……数ヶ月後。
ヒデオの元には、あちこちからその後を知らせる便りが届いていた。
(……)
ハニ悪とジョニーは、あの都市でステーキショップの営業を再開したそうだ。押しも押されぬ人気店として、日夜賑わっているらしい。
ジャバンとおやっさんは同じく都市刑事として、あの街の平穏を護るため、またさらなるステップアップを目指して、邁進しているという。
ヴェロッキアとサンゼルマンは東欧の屋敷に戻り、クルースニクとかいう対魔組織を適当にあしらいながらのんびりしているそうだ。
アカネとアッシュも、一旦屋敷に帰った。というか、ヒデオがなんとか説得して帰らせた。錬金術の修行を積み、惚れ薬を錬成できるようになったら……云々言っていたが、はてさて。
レミーナは、やはり故郷エーゲ海での暮らしがいいらしい。ステージに立つことはやめたが、田岡のたっての希望で近々CDを出すのだという。レコード店に並ぶ日が楽しみだ。
グレイとスモークは一応の任務を終え、それぞれの☆へと帰って行った。二人はこの☆での出来事を、故郷でどのように話すのだろうか。
コバヤシは特にそんな二人との出来事を、MMMRで大々的に発表。珍しく辻褄の合う特集として、その号の別冊週刊フライDはよく売れたそうな。
仇敵を捜すという旅の目的を失ったリュータは、古巣であるエンジェルセイバーに戻ったという。また、大佐も一緒に指導教官として復隊したそうだ。隠居生活は性分ではないのか、あるいは久しぶりに派手に暴れたせいで、昔の血が騒いでしまったのだろうか。
写真には制服姿のそんな師弟と、しゃんとお座りしたロッキー号が並んで写っている。
エリーゼと翔希は聖魔王の座を手にしたものの、今のところはそれまで通りの暮らしのようだ。とどのつまり、魔殺商会が当面の一番の悪ということなのだろう。エルシアも結局はそんな両社の対立が退屈しないらしく、都市に居着いているのだそうだ。
鈴蘭たちは相変わらずあの都市で、あの祭りの日々のように、やんちゃな日々を過ごしているのだろう。
今度は、アーチェスたちも一緒になって……。
元の生活に戻った者もいれば、あの都市に留まることを決めた者もいる。そしてそのどちらもが、新たな道を歩み始めているのだろう。聖魔杯という大会での悲喜こもごもを糧にして。あの大会を経ずにはなかった、まったく新しい各々を進んでいくのだろう。
そしてヒデオは……。
「ヒーデーオーくーん」
(……)
布団を被ってそんな各方面からのメールを眺めながら、あの頃は楽しかったと悦に浸りつ、引きこもっていた。
「ヒデオくーん。出ておいでー」
《あの……ますたー。呼んでますが……》
天界から遊びに来たウィル子が後ろを指差すのを、頭から布団被ってガン無視。
ちなみにさっきから呼んでいるのは職場の先輩で、怒るとえらいきっつい人だった。長谷部翔香という名前で、なんかどっかで見たことのある字面だと思ったら、あの長谷部翔希の姉だという。
「出て来なさい川村ヒデオ。いるのはわかっているのです」
こっちの冷たい声は、可愛い顔して怒らずともきっつい同僚で、名を名護屋河睡蓮と言い、どっかで聞いた名字だと思ったらあの鈴蘭の妹だという。
「くくっ……」
《あ、あの……ますたー?》
くくくくくっ。
なに、これ?
ああそうさ、そりゃあ気構えは変わったさ。あの大会のおかげで何か吹っ切れた自分なのさ。でもいくら性格が変わったところで、生まれつきの目付きの悪さは変わりようがなかった。ああ、それに気付かなかった自分が馬鹿。
とりあえず高卒で採ってくれるって企業、十社回って全敗。二年前のトラウマ再発。俺、終了。
諦めなければ? 前に進み続ければ?
ええ、あのときのああいう雰囲気の中では素晴らしい言葉でしたね。
しかし一度は啖呵を切った手前、天界やエリーゼ興業や魔殺商会の門戸は叩きにくく、そんな折になぜか鈴蘭が勧めていた公務員職に応募した結果が見事採用。
回された先が、その名も宮内庁神霊班。西に怪奇現象があれば行って原因を突き止め、東にお化けが現れれば行って退散させる。そうして日本全国のオカルト事件にかけずり回るのが仕事だそうな。
《……いいではないですか、マスター。ウィル子も昔はアングラな辺りで、電子オカルトとしてブイブイ言わせたものですよ》
精霊は、精霊。
オカルトは、オカルト。
「宮内庁神霊班精霊課の川村ヒデオ君ってばさ」
だってその課、自分しかいないし。なのに課長でもなくヒラとかわけわかんないし。そもそも班の下に課っておかしいし。
《ああぁ、ますたー……あの日あのときの輝きはどこへ……》
ない。そんなものは全て幻だった。
な、なんだってー。
くっ、くくっ、くっくっく……。
……はぁ。
《……》
さすがのウィル子もものが言えなくなってくる。
どかぁんっ
!!
「っ!!」
ドアを蹴破る音に、のそ、とヒデオが毛布から顔を覗かせると。
黒髪長髪、切れ上がった目尻をさらに吊り上げた黒いパンツスーツの翔香と。元からそんな感じで睨め付けるような目付きをした、巫女装束の睡蓮とが、土足でずかずか上がり込んでくるところ。
「ふん、痴れ者め。そのような悪しき目付きで、何をいかがわしくいんたーねっつしていたのですか」
ウィル子はすでに引っ込んでいた。
「いえ。メールです。ただの、メールチェックを」
げん、とそのヒデオを一蹴りした翔香。
「いやあ残念だったねえ、ヒデオ君。うちってば出勤拒否したところでクビになれるほど甘い部署じゃないんだよ。いやほんと、あの貴瀬と鈴蘭ちゃんと翔希のオススメって言うから年中人手不足のあたしら、どれだけ期待したことか……ねえ、睡蓮ちゃん」
「はい、長谷部先輩。ここまでグズのクズの愚鈍のコケとは思ってもみませんでしたが」
アーチェス氏。人権は、人権は、未だに不当に蹂躙され続けているのです。
「……裏切らないよね? 期待」
「いえ、それは、副長っ……ですが……今度は、何を」
「新木場で水死体の霊だって。しかも心中の二人組だって。悪霊。これはもう精霊課の期待の新人、ヒデオ君の出番でしょ」
ガクガクブルブル震えながら、ヒデオは否定。
無理です。
精霊と悪霊は違うものです。精霊課の自分が言うのだから絶対です。ていうかまず幽霊と悪霊と精霊の定義をハッキリさせていただきたい。
「もう警察庁の心霊班も情報摑んでるらしいから急ぎなんだよ。ほら、あそこに新しく入った北大路って娘がさ、めっぽう腕利きだって話したっけ? 今どき十手持ちなんだよ」
「……。」
いくらなんでも世間が狭すぎる。
《あ、本当ですマスター。美奈子の名前がそのような部署に登録されています。昔のよしみなら有利ではないですか》
「ちょっ。待っ……」
ヒデオがスピーカーを押さえたときには遅かった。
「……いたのですか。悪しきカミ」
《いたのですよー。みこみこ睡蓮》
ズゴゴゴゴとオーラをぶつけ合う、なんか仲が悪いこの二人はともかくとして。
「へー。あそう。こりゃいいこと聞いちゃったねえ。ヒデオ君の知り合いなら、行かないわけにはいかないよねえ」
「いえ。つまりその。知り合いと言っても……」
「というわけで、ほら起きた起きた。よかったねぇ、あたしらみたいな美人二人と同伴出勤だなんて。ヒデオ君は三国一の果報者だよ。それとも何かい? またうちの道場で剣術のお稽古してみる?」
(……。)
取り憑かれるかどうかわからないお化けよりは、死ぬと決まった副長の稽古が怖いわけで。
《ファイトです、マイ・マスター! ますたーの望んだ未来ではないですか!!》
(……まあ)
まあ。
それもそうか。
ようよう決心を付け、布団を抜け。着替えようとパジャマを脱いで、婦女子の前で破廉恥な、と睡蓮に殴られる。
そうとも。
思い通りでなくとも。
かっこよくなくとも。
こんなことも含めて、自分なのだから……。
引きこもり続け、一度は捨てた自分という名の人生を。
今度は〝奇跡〟という名に変えて、新たな一歩を歩み始める。
これはそんな、川村英雄という青年の物語──。