①


「……あれが……」

 まるで別人だった。

 大佐はそれが、あのうつうつと死を望んでいた青年と同一人物とは思えなかった。は目の前の彼を、地下へと送られる際になみだぬぐった気弱な青年と重ねられなかった。

 ウィル子だけが感じていた。

 今のいままで、いつなんどきでさえ感じたことのなかった力を。うばうどころか、一方的に流れ込んでくるほどの。気をいたたん、ちっぽけなPCからはじき出されてしまいそうな力のほんりゆうを。

「……へぇ。世界のめつって聞いて、こわさのあまりこの世界を救う勇者にでもなっちゃったわけ? ただの負け犬、ヒキコモリの、社会のクズが……」

「だから。まだそんなこと言ってるのか、って」

 そう言ったヒデオのちようしように、レナが小さく息を吞んだ。

「演技がかんぺきすぎてわからなかったか?」

 ヒデオのそんなただ一言が、ちようしゆうの全てをった。

「本当になんの力もないただのヒキコモリが、電子のせいれいぐうぜん出会ったと思っているのか? それで偶然、初戦で優勝候補のブラッドフィールドをたおしたと思っているのか? 偶然そのまま優勝候補の座を保ったまま勝ち続けたと思っているのか? クロスフラッグスのだいたいで、偶然アーチェスだけを巻き込んでせいおうに敗れ……偶然、お前たちがごくと呼んだあの場所から、こうやって五体満足に生きて帰ってきたと思っているのか? なんの取りもない、ただのヒキコモリが」

「っ……」

 瞬間、まるで空間の入れ替わるようにしんは逆転する。

 真実はいつわりに。偽りこそが真実に取って代わる。魔眼とうたわれたそうぼうは、まんこそが真実だとゆうべんに語る。何者もかえりみぬ笑みが、そこにはくしやをかける。

 言い返せるはずがない。それらが本当にただの偶然だったとしても、それだけの数を挙げ連ねられれば、答えられる者などいるはずがない。

ちがうだろう、霧島。お前たちの計画のかくしんであるあの場所へ、まず真っ先に事情を知る大佐を送り込んだ。そしてお前たちのお眼鏡めがねかない、かつ絶対にせいかんできる者たちだけを俺が取捨せんたくし、倒し続けた。勝負の名を借り、だつしゆつの糸口としての第四鉱区のクレーターをさいし、そしてお前たちが計画していた最後の一わくに……脱出の手引きをするために俺が収まった。何一つ、偶然じゃない」

 ああ、偶然なんかじゃない。

 いつだって、ヒキコモリなりにそのときできるせいいつぱいをこなしてきた。あの日、あのアパートから彼女が連れ出してくれた。

 ……そして。

「俺が彼女を、この舞台へと連れてきた」

 合図するように小さく手を挙げる。

「さあ。そろそろ、姿を見せてやれ」

《イエス。マイ・マスター》

 スピーカーかられ聞こえた意地悪な笑い声が、そのまま現実の声へと移り変わっていく。

鹿、な……」

 強い目付きでアーチェスが呟いた。

 はなばなしい電光と共に再び現れたその容姿は、それまでと違っていた。まるで仮面をぎ捨てるように、それが真の姿だと言わんばかりに。

「あいつら気付くのおそすぎですね、マスター。これでようやく、きゆうくつな思いをしなくて済みます」

 大人びたこわ。そしてしようじやな白い衣装は、ようえんとも言える黒いドレスに。

 ウィル子がヒデオのひようへんおどろいたように、ヒデオもまた彼女の成長した姿に驚いていた。

 だが、たがいにそれをおもてには浮かべない。それが前もって決められていたことであるかのように、ただ互いをたのもしく思うのみ。

「だから落ち着け、きりしま。俺は君を殺させない。君を無用だなんて思っているやつは、今の今まで誰一人としていなかった。お前が自分で、勝手に自分を切り捨てようとしただけだ」

「うるさい……うるさい! うるさい! だまれ!」

「なら押してみろ、そのボタン。ばくだんなんてはなから使えやしない」

「待ちなさいっ……!

 ヒデオに気を取られていたアーチェスがり返ったときには、すでにレナがボタンを押し込んでいた。ある者は身をすくめ、ある者はかたく目をつぶる。

 だが……結果は、無音。

 何も起きない。レナが何度押しても、結果は変わらない。冷やあせ半分に息をんだのはアーチェス。

「……なぜ……。あのフロアは、私が設計した転送じんを用いなければ辿たどり着けないはず……」

 ウィル子がわらう。

「電子回路、電気回線、電波。これだけの行程プロセスそろっていたのでは簡単なことです。どれか一つでも食べてしまえばいいのですから。しよせんウィル子の敵ではありません」

「……わかったか、霧島。俺は別に優勝するためにこの都市へ来たわけじゃない。もう一度言う。俺は君を殺させない。いや、君だけじゃない」

 もはや、全天が真夜中に染まっていた。星も、月さえもない。そういう真のやみに変わっていた。あまりに終末感のただよう光景。

「この世の誰一人、あんなものに殺させたりはしない。俺たちは、ただそのためにここへ来た。だから、安心していいんだ」

 ようやく思い知らされたように、レナの手からけいたいがこぼれ落ちる。極限までたかぶっていたきんちようの糸がゆるんだように、我に返ったひとみに涙をかべ、またその場にぺたりと座り込む。

「……ほん、とに……? ヒデオ君……」

「ああ。本当だ。今まで通りの明日にする」

 ヒデオは強くうなずいた。

 もう引き返せはしない。カーテンコール。グランドフィナーレ。ハッピーエンドを見せる、そのときまで。

「……むすめをこの手にかけずに済んだことには感謝します、ヒデオ君。ですが……暗黒神はすでによみがえりました。それをあなたたちは止められると?」

「こんな終わり方は、誰も望んでいない。もうやめろ」

「仮に私がそう思い直したところで、止められはしませんよ。それがせいはいのチカラと引きえにした、けいやくなのですから」

 小さく笑う声がもう一つ。

 エルシアだった。

「そう……なのよ。ねむりをさまたげられた暗黒神は、もしかしたら契約の量をえても止まりはしないでしょうね……」

 天を見上げるすずしげな瞳、からかうようにヒデオを向く。

「すぐかされる程度の欺瞞なら、見苦しいだけよ。教えたはずね……この世界にはもう、未来視は存在しないって……」

 ヒデオはそれを鼻で笑う。

「……お笑いぐさだな。あんたはもっと利口な人だと思っていた」

「なん……ですって……?」

 エルシアの目に、初めていらつような色が見えた。

 次に言ったのはみーこ。

ぞう……。ぬしは若いゆえに知らぬであろうがの……チカラある者たちは、チカラを知る者たちはみな、わかっておるのだよ……。あれがいかに強大かを、身に染みての……。ぬしはねっ返っておるだけであろう……」

 そうとも。身に染みている。全身になまりを流し込まれているようだ。力を持たぬ自分でさえこの有様。なるほど、力ある者たちは、皆すでに身動きも取れぬほどだ。

「あれはの、小僧……この世に善が生まれたときに生まれた悪……光が生まれたときに分かたれた闇ぞ……。おじようの言う最古にして最強の言葉に偽りはない……。おりに住むわしらが束になってもかないはしまい。それを人の子の分際が、何ができる……」

 みーこの言葉。すべて真実なのだろう。しかし、それでもヒデオは笑い飛ばす。

「……どいつもこいつも常識の外側にいるクセに、そんな常識にとらわれているんだからな」

 ああ、知ったこっちゃない。

 第四世界も。澱の世界も。だって自分はたかがヒキコモリではないか。その常識の外側から現れたイレギュラー。

 だから。だからこそ。知らぬからこそ、自分が跳ねっ返らなければ。最もえいきようを受けぬ、誰よりも無力な自分が立ち続けなければ。

 確かに自分では手も足も出ない。だが信じることはできる。自分を信じてくれた神を、信じることはできる!

 ウィル子はもくして語らない。誰の目もおよばぬ先に、その解答をさくし続けている。

 だいじよう。きっと、すぐに見つかる。

「……ヒデオ君。もう君がかんすべきことではないでしょう。人間である君やせいれいであるウィル子さんは、魔人がどうなろうと……」

「どうしたアーチェス。ビビったのか」

「……、ヒデオ君……」

 ヒデオの売り言葉に、アーチェスが危機感を浮かべた。

 とどのつまり、本当のことは誰もわかりはしないのだ。目に見える武力はともかく……その者の目に、何が映っているかなど。

おそろしいか。クロスフラッグスで一度はあんたをおとしいれた、未来視の魔眼が」

ッ……!

「言ったはずだ……俺が彼女を連れてきたと」

「っ……まさか……!」

 アーチェスの視線が、じっと瞳をせたウィル子へ向く。つられ他の者たちのもくが向く。

 そうだ、信じろ! 信じさせろ!

 無限の可能性を秘めた正体不明の彼女であれば、それをなし得ると信じさせろ! それが自分の役割だ! おびえ、恐れ、そうした敵の思いさえも彼女へのしんこうに変えろ! 思いが精霊を生み出し、神格化する!

 最高のパートナーと出会えたことを、無意味だなどとは言わせない! あの日彼女と出会えたことを、今ここでせきに変えろ!

「教えてやる……これが、俺のた未来だ! やれ、ウィル子!!

「イエス! マイ・マスター!!

 電子の精霊が、ゆっくりとりよううでを広げていく。連動し、きよだいな電光のつばさが開き始める。それら全てこの異世界の境目より、直接に外界へとつながる神の見えざる手。

「電子たるもの我が元へつど!! 電脳たるもの我が命に従え!! 神器、〝〟……発動ッ!!

 しゆんかん

 異空間をちようえつした精霊の腕は、球面に落ちたひとしずくもんのように、地球上に存在するありとあらゆるおく装置をめぐった。数千年を経て全人類のたくわえたありとあらゆるえいをさらい出し、集結する。精霊は万能に及ばずとも全知を成し、ゆえに新たな神は昨夜にその使徒とちかった通り、導き出し、構築する。

(っ……)

 ヒデオは五感にすさまじいノイズをらいながらもその場にみとどまった。もうれつがフィードバックされるが、だからこそ、彼女が答えに至ったというごたえを感じた。その手応えを、さらなる意志の力に変える。

 そうして体がどんなに苦痛でも、ヒデオは口元をにやけさせた。ウィル子が創造したものは……ヒデオの予想をはるかに超えて、凄まじかった。

「……得意のハッタリもそこまでだったようですね。ヒデオ君」

「どうかな……それは後ろを見てから言え、アーチェス……!」

 皮肉にも、みんなみんなヒデオとウィル子に気を取られるあまり、その変化に気付いていなかったのだ。それがあまりに大きすぎて、視界には入っていても気付けなかったのだ。

っ……!!

 アーチェスだけではない。みなが皆、見上げたはしからがくぜんと目を疑う。

 そこにはあれだけのきよたい、長大さをほこったセンタービルはなく。

 同じだけの巨体、長大さを誇る、こうげきのための単一能としては史上最大の兵器。ほうしんちよう四〇〇メートル超。有効直径五〇メートル超の光学兵器が、闇をつらぬくようにそびえ立っていた。


    ②


《ですけど……マスター》

 彼女の言葉が、直接脳裏に聞こえてくる。

《これが現在生成可能な最大です。それにあれを起動するだけのエネルギーは、さすがに……》

 ……そうか。

かくぶんれつどころの話では済みません。人類があつかったことの無いほどの、天文学的エネルギー量が必要です。そんなものは、どこを探しても……》

(だが、起動できれば打ちはらえるんだな?)

《それは……ウィル子の計算上はそうですが……。実を言うとウィル子はもう、あのほうとうを保っているだけでせいいつぱいで……》

 そうか。

 それはそうだ。

 そんなに何もかもうまく行くはずがない。

 でも、いつだってそうだった。彼女と出会ってから、いつだって四苦八苦していた。

《かといってこれ以上マスターの精神をうばったら、マスターは本当に……》

 ひょっとしたら、みように気持ちがぶっ飛んでるのはそのせいか。

(大丈夫。君の01分解能ならできる)

《無茶です……! それで何を!? ウランですか? プルトニウムですか? たとえかくゆうごうでも、まだ追い付かない……!》

(……そんな回りくどいことをせず、エネルギーそのものを作れ。相対性理論いわく、質量はエネルギーらしいじゃないか。すべて分解し、エネルギーに構成し直せば)

 化学変化の比ではない。核分裂、核融合、ブラックホールを用いた重力発電理論すらそうした質量の少量の変化に過ぎない。具体的な数値なんて覚えていないが、それを完全にへんかんできた場合のエネルギー量は、まさしく人類が扱ってきたものとはかくにならないけただったはずだ。

《それはっ、物質から物質へはりゆうの組成を組みえるだけだったから……!》

 いや、できるはずだ。

 元より精神なんてありもしないものを源泉にする精霊であれば。

《無理です!》

 最も効率のいいかてが信じる心というのなら……そうと信じる者ならば。ならば自分の腕一本で足りるか?

《無理ですっ!》

 腕で足りなければ、りようあしで足りるか?

いやですっ!!

 で足りなければ……。

《マスター! あなたの言葉は、じようだんか本気かわかりません……あなたは混乱しているんです!!

「っ……」

 気付くと、かたひざをついていた。

 半ば気絶しかかっていたらしい。

「マスター……」

 心配げなウィル子の声。

「いいか、絶対に……あの塔をくずすなっ……」

 顔を上げるとアーチェスが、そら恐ろしいほどの無表情で立っていた。

「……どうやら、結局はハッタリだったようですね。あの鹿げたおおづつどうする気配は、まるでありません。なぜかは、あなたたちのその様子を見れば明らかです」

「そうでも……、ない……」

 つかれ果てた精神、体にむちって、ヒデオは立ち上がる。

 おくするな。案じるな。ただ不敵に笑い返せ。

「が……今すぐってわけでもないのは事実だ……」

「……今すぐでなければ……?」

 ヒデオは定まらぬような視点、視界でものを探す。ここまで来て。ここまで来て、ただ死ぬわけには行くまい。

せいれいの根源が何か、知っているか……?」

「……人の思い、ですか?」

 ビンゴだ、とヒデオは彼を指差す。そのままヒデオは同じ手で、自己を親指で示す。

「俺があきらめない限り、ウィル子はチカラを蓄えられる……もう、あんたの負けは確定だ。いや、あのとき俺を殺さなかった時点であんたの負けは決まっていた」

「さて、どのときでしょうか。あなたを殺せるチャンスは無限にあった」

 前へ構えた両手に、アーチェスは一本のサーベルをしようかんする。

「……それは、今この時でさえも変わりありません」

 そして無造作なほどりゆうれいにそのさやき放った瞬間。

「させません!!

 美奈子がいどみかかる。だがアーチェスはおかまるで払いけ、サーベルのつかなぐりつけて退ける。

「アァチェエエエエエスっ!!

 直後に、リュータのり下ろしたやいばが彼の背中を切り付けた。だが、浅い。振り返りざまにアーチェスは日本刀をサーベルで払い上げ、そのももひとし、横に転がす。

 二人のことなど、まるで飛んできた虫を払い除けるような動作だった。ただヒデオを眼中に収めたままの。

 そしてヒデオの足元に、リュータの日本刀が転がってくる。

「……一つ聞いておきましょうか、ヒデオ君。ならばなぜあなたは、今この時まで待っていたのですか。言葉を返しますが、あなたにもまた、私の行いをする無限のチャンスがあったはずです……未来というものが、もし本当に視えていたのなら」

「ああ。視えていたからな……。今の今まで待っていた」

「……まだ、言いますか」

「だったら。なあ……アーチェス。なぜ、あんたはサーベルを抜いた」

 分かり切っていたかのようなヒデオの言葉に、アーチェスがどうようの色をかべた。

「……ヒデオ君。君は」

「強いやつほど力を吸われるんだろう。この中で最も強い力を持っていたのはあんただ。せいはいのチカラを。しかもそれを、召喚のために暗黒神へささげた。あんたの中に、今どれだけの力が残っている? ひょっとしたらエルシアの言う通り……もうけいやくだのおさえるだの言ってられないほどに吸い取られたんじゃないのか? だからけんたよらざるを得なくなった……。ちがうか?」

「君は……一体どこまで視通していると……!」

 みしたアーチェスをわらい、リュータの刀を拾い上げる。

「魔族のあんたをたおすなら、今しかないってことだろう!?

っ……!

 ヒデオが初めて手にしたそれは、想像以上の重さだった。ぶるいするほどに重く。にぶかがやく刃はぞっとするほど美しく。今そうしてたいする殺意のアーチェスは、真に恐ろしかった。

 でも、思い出していた。

 この大会に参加した、真の理由を。

 負け犬から生まれ変わるためだったか?

 否。

 人生の転機をつかむためだったか?

 否。

 優勝し、えいえい耀ようを手にするためだったか?

 否。全て、否だ。

「マスター、何を考えているのですか!? そんなの……そんなの他の人たちに任せればいいではありませんかっ! マスターはもうじゆうぶんに戦ったではないですか!」

「……ウィル子」

 ヒデオは静かに語りかける。

「わかったことが、一つだけあったんだ。僕は、これが自分の物語だと思っていた。でも、たぶん違った。僕という視点から見ていたから、そうさつかくしただけで……これは、君の物語なんだって。僕はきっと……」

 そう、きっと。

「君という神話の始まりを、見ていた」

「どうでもいいです! 神話なんて! 神なんて! ウィル子は! マスターさえ無事なら、それでっ……!

「君が言ったことだ、ウィル子。僕は君に捧げられた生けにえだ。なに、たった二ヶ月ばかりの付き合いだ……そう気にするほどの」

「一生ですッ!!

 ウィル子のさけびに、ヒデオは小さく目を見開く。

「ウィル子がこの世界に生まれ出てからの一生ですっ!! あなたが連れ出してくれました! 確かにあなたは、多くを語ってはくれませんでした! でもウィル子はずっとあなたを見てきたのです! あなたの生き方を見てきました! あなたの生き方が、何も知らなかった私をいい方へいい方へ導いて! それから、それからっ……!

 未来視を演じてはいても、そんなことを言われるとまでは予想できなかった。

 つらいな、とヒデオは思った。

 だから笑った。

「……だいじよう。それでも、二ヶ月だ。君はこれから、長く生きる」

「マスター!」

 ちようした。

「君もだまされていたんだ。ウイルス入りのパソコンなんて、誰も好きこのんで拾いはしない」

「マスター……うそです……そんなの、噓……。やっと地上へ帰って来れたって喜んでいたではありませんか! やっと自分にもどれたって喜んでいたのではないですか!!

「……君が決めた名前だろう。世紀を願うWill. Century Of 21神になれ、ウィル子」

 負けるな。げるな。

「僕は、そのための贄になる……!」

 おだやかな声で、ヒデオは構える。

 真っ直ぐに。

「まるで、こんじようの別れですね」

 アーチェスのをヒデオは否定する。

「誰も負けるとは言っていない。あんたじゃウィル子を殺せないことは、あんた自身が証明した。ならどうする、アーチェス。あの光のほうとうを止めるにはどうする。源である僕を殺すしかない。そして僕は……俺は、負けない!!

「……あなたには、何度おどろかされたかわからない。なるほど。本当に全てのすじを読まれるとすれば、ずいぶんと不利な勝負でしょう」

 アーチェスが構えを変えた。

 弓を引くように、右手のサーベルをいっぱいに引きしぼった。そういう最速の構えに変えた。

「負けを……未来視などかたりであることを認めなさい、ヒデオ君。あなたの構えはまるでなっていない。たとえ私の剣を読めたとしても、それでは防ぎきれるはずがない」

 そうとも。文字通りの付け焼きだ。

 だが、おびえるな。勝つことを信じろ。

 しくじれない。チャンスは二度とない。

 ヒデオもあせの浮かぶ刀のつかにぎめる。

 演じきれ。

「あんたはやさしすぎたんだ。アーチェス」

「……私が……?」

「信じてやればいい。長いこと……長いことかかって、平和や、人権や……そういうものが、しんとうしてきたんだ。だから、もうちょっとだけ、待ってくれればいい。あなたたちの子孫を。僕たち人間を。もう少しの間、信じてはくれないか」

 強いひとみで、彼の瞳をえる。

「何千年も待ってきたって、言っていたじゃないか。そんなすごい努力。しんぼう。今ここでにしちゃいけない。進むことをやめたら、それが結果になってしまう」

「……なぜ、君のような人間ともっと早くに出会えなかったのでしょうか。どうして君のような人間が、もっと大勢いなかったのでしょうか」

「大丈夫。きっとまだやり直せる。俺が勝ったら……そう、約束して欲しい」

 こんな自分でもやり直せたのだから。

 アーチェスも、レナも、みんなも。

 きっと。きっと。きっと。きっと大丈夫。

 自分はきっと、そのためにウィル子をここへ連れてきた。そのために自分は、ここへ辿たどり着いたのだから。

 何かをり切ったようにアーチェスがつぶやく。

「……残念です」

 ヒデオが気付いたときには、アーチェスは目と鼻の先にいた。常人の視覚にとらえられる速度ではなかった。

 そしてヒデオが気付いたときには、彼のサーベルは深々と左胸をつらぬいていた。おくれて、焼け付くような痛みが走り。

「マスターっ……!!

「っ……」

 のどの奥から、血の味が広がっていく。

 意識はまたたく間におぼろになる。

 かいこんするような表情で、アーチェスは強く首を振った。

「やはり君は未来視などではなかった……! なぜ……どうして、こんな鹿げたを……!?

 もう瞳のしようてんうすれていた。

 そうしてヒデオがさいに見上げた空は、それまでに見た何よりも黒い色だったが。それまでに見上げたどんな空よりも、明るく、高く。かがやいて見えていた。

(あぁ……)

 これで終わりだ。

 薄れ行く意識の中、思う。

 しようがいにただ一度でいい。言ってみたい台詞せりふがあった。

 最期ぐらい、いいだろう。

 そして自分という名の人生ゲームを終えよう。


「俺の……勝ちだっ……」


 力ないみで、たおれ込む。

 生まれて初めて。最初で最後の勝利を述べたヒデオの顔には、一点のくもりもなかった。

 そして不自然なことに、流血もなかった。ただ一滴の血も流れ出ない。

 代わり、光の粉となってあふれ出し。

 い上がり。


    ③


「あっ……ああ、あっ……!

 ウィル子は怯えるまま否定した。

 消えていく。

 あんなに強かったはずのきずな、こんなにもはかなく消えていく。どれだけ否定しても、あわゆきけるように消えていく。

 彼が、消えていく。

「ああああああぁっ……!

 だからウィル子は食べた。

 泣きながらヒデオを食べた。

 それが彼の望みだったから。

 その精神。肉体。たましい。彼を構成した、全て。

 生まれてきた全て、生きてきたあかしすら、こんな自分にはいらないのだと。過去も未来も、全て君にたくそうと。そうとうも見ず未来だけを願って死に行く彼が、そう望んだから。かわむらヒデオという全存在を、彼が望む未来のために食べ続けた。

「ああっ、あ……あああっ……!!

 最愛のパートナーを、おのれの中にたくわえることすら許されぬまま、全てを分解し、ただエネルギーへと変えていく。

 出会わなければ良かった。

 あの日出会わなければ良かった。

 せっかく地上へ出られたのに。そうして元の自分に帰れたと、ただいまと喜んでいたのに。

 私は結局、そんな彼を食べるだけのウイルスだった。加護もあたえず食いくすだけのあくりようだった。彼からもらったたくさんの恩の、何一つ返していないのに。私なんて生まれてこなければ良かったのに。

 なのに自分の中を過ぎゆく彼が、こう語りかけるのだ。


 神になれ、ウィル子。

 君の手で、僕というかせい破れ。


(YES……!)


 さあ、見せてやろう。

 大会には敗れても、僕たちこそが最高のパートナーだったことを見せてやろう。


(YES、マスター……!

 何が最古にして最強の神だ。

 最新最高の神の力を見せてやれ。

 あの日、僕たちが出会えたことは、何にも勝るせきだったと教えてやれ。


(YES、マイ・マスター!!


 そうだ。それでいい。

 さようなら、ウィル子!


 本当に……ありがとう!!


「わぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁっ──!!


 新たな神の、それが産声。

 空間そのものにげきしんが走る。

 激情にられるまま、じんぞうに力を生み出すウィル子にれる。もはや設計の許容量をえ、臨界点を超えオーバーフローさせてなおエネルギーを送り込まれ続けるほうとうが、きしいななく。

 だがウィル子はやめなかった。

 それでは気が済まなかった。

 電神はやがてやみをも喰らい始める。それがこの世界をしんしよくし始めたときのように、ウィル子は降り来るそれら闇すら侵食し、電解し、消化し、ただ正反対の光へとへんかんしていく。

っ……!

 なみだを振り切り、天をあおいだ。


 消えて無くなれ。

 私たちを引きいたもの。

 我が力を見よ。

 我が最愛の使徒が託した力を見よ。


「さようなら、マイ・マスター! 本当に、本当にありがとう──!!

 別れの言葉と同時、光があふれ出す。

 あまねく照らし出す、すべてのかげげ場を許さぬ光。彼であったものは、いつさいを光の白にえていく。


    ④


 後には、日のかたむきかけた青空だけが残った。

 それを見上げたままぜんと、アーチェスがひざをつく。

「……鹿……な……。まさか……本当に……」

 そしてなげいた。

「そんな……そんな……! では彼は! 自分の死を知っていてこの都市に来たというんですか……!? そんな……!」

「……認めるしか、ないでしょう……」

 同じように、どこかぼうぜんとエルシアが言う。

「……あなたが確実に殺しに来るタイミングを知っていたのよ。優しすぎるあなたが、けんかざるを得なくなるしゆんかんまで待ったのよ。殺されるために。そうでなければ、彼女は……」

 視線の先には、一人静かにたたずむウィル子がいた。

 彼女はヒデオを殺すことなどできなかった。彼を光へ変換することはできなかった。彼の身をもってしか、彼女はその奇跡を起こすにはいたらなかった。

 そしてアーチェスにその命を絶たれた以上……彼女は、彼の意志をむしかなかった。

 さびしげなひとみでみーこがうなずく。

「あれは……ヒデオは、その神のために……この世界のために、身をささげたか……」

 そして救われた。

 誰一人のせいもなく。

 彼の望み通りに。ただ、彼の望んだハッピーエンドの中に……彼だけがいない。

「なんでだっ……!

 リュータがこぶしを地に打ち付ける。

「なんでだアーチェス!? どうして俺でもお前でもなく、あいつが死ななきゃならなかった!? アーチェス! 答えろ!!

 ヒデオが手にしたおのが愛刀を取り上げ、リュータはさけぶ。だが。

「やめてください!!

 今しもり付けんとするリュータを、泣きはらした美奈子が押しとどめる。

「ヒデオさんは、そんなことを望んだわけではないでしょう!? きっとやり直せるって……そう願って……!」

「ああ、わかってんだよ! わかってんだけどよぉ……! ちくしよう……! 死ぬなら俺で良かったろうに……ヒデオよぉ……!!

 

「ウィル子」

 エリーゼが、ふらふらとウィル子の元にやってくる。

「ヒデオは……、何か言ってた?」

「……あ……ありがとう、って……」

 なみだごえのウィル子の背を、ぽんとたたく。

「なら、いいのよ。ヒデオはそれで満足だったんだから。あんたがどう思おうと、わたしたちがどう思おうと、ヒデオは自分の正義をつらぬいたのよ」

 エリーゼが、晴れわたった空を見上げる。

「……俺の勝ちだって言ったじゃない。なら、ヒデオは勝ったのよ。あんたと二人で勝てたことを、何よりもほこったのよ。ヒデオの目にはきっと、その未来だけがえていたのよ……」

 ウィル子は小さく、力なく頷き、エリーゼの胸に顔をうずめる。ウィル子だけではない。美奈子やリュータを始め、涙する者は多く。救われたというのに、みをかべる者はただの一人もいなかった。

「マリアクレセルっ……!!

 すずらんが天に向かって呼びかける。

 この都市を造りだした張本人。天界と呼ばれるところのさいこうほうを。

 それにこたえ、現れたのは……しんかみをなびかせた、無表情なセーラー服姿の少女一人。

「……鹿さわぎは終わりましたか」

「マリアクレセル! ヒデオ君……ヒデオ君をよみがえらせて! できるでしょ!? 存在をつかさどるあなたなら!」

 鈴蘭の悲痛な言葉に、期待の視線が集まる。だが天使はき放すように冷めたこわで、それをいつしゆうした。

「不可能です」

「そんなっ! どうして! あのときは! みんな生き返らせてくれたじゃない! どうしてたった一人くらい……! ヒデオ君は、私たちの世界を救ってくれたのに!!

「一度死んだ者は、そう簡単に生き返りはしません。あなたにその対価をはらうことができますか?」

「対価……って……」

「確かにあの時、私はあなたの願いを聞き届けました。ですがそれは、あなたのおうとしてのばくだいな力と引き替えだったからです」

「それ……は……」

 思い至り狼狽うろたえる鈴蘭を、マリアクレセルは厳しい視線できゆうだんした。

「あなたは言ったはずです。五年後の今日、あなたの地位を利用する者が現れたら……そのときはあなたではない誰かが、きっとそれをするはずと。そして聖魔杯を作らせ、この大会を計画し……それを利用する者が現れた。これがその結果です。あのとき、すべての力をじようしたあなたが望んだ未来。その結末」

 鈴蘭はそのままくちもり、くちびるみ、嚙み切った。

「だからって……こんな……。こんな終わり方っ……!

 その様子を見て、マリアクレセルは一息。暗黒神の消えた空を見上げた。

「……とは言え、たとえあなたがその力を残していたとしても。たとえ誰かがその役回りを買って出たとしても、今回ばかりは不可能です」

「ど……どうして……?」

「存在そのものは、用意できます。ですがそれだけです。彼の全ては、そこにいる彼女が光に変換し、暗黒神へとち込んでしまいました。彼であった全ては、暗黒神に取り込まれてしまったのですから」

 と、冷めた瞳がウィル子へ向く。

「私が新たに彼のけいがいを作り上げたところで、彼女が喜ぶとでも」

 鈴蘭がいよいよ返す言葉を失う。

 そしてウィル子は、小さく首を横にった。

「……いいのですよ。もう。エリーゼの言う通りです。マスターは、そうすることが自分の意味と信じて消えていきました。しかも誰もうらまず、全部に感謝していました」

 言いながら、そっと微笑ほほえむ。

「レナのことは自分と同じだって悲しんで、でもときめかせてくれたって。アーチェスのことは、こんなおおたいで最高の死に場所を用意してくれたって。暗黒神だって、マスターにかかればそうしてかっこよく死ぬための、私が神になるための引き立て役で……そうやって、みんなに感謝していきました」

 声がふるえる。

「だから、いいのですよ……。マスターがそれで満足してくれたのならっ……、ウィル子は、もう泣かない……泣くものですかっ……! 私のマスターは、マスターの望み通りに! 最高に、かっこよく死んでいったのですからっ……!!

 初めて、自ら死という言葉を口にし、その瞳からおおつぶなみだあふれ出す。誰もその涙をぬぐえない。その涙を止める言葉を持たない。

 ただいちじん

 二人の救った世界に、やわらかな風がき抜けていく。


    ◆


(……ここは)

 気が付くと、一面まっくろけだった。

(……そうか……。僕は……)

 貫かれた自分の胸。それも左の、心臓のあるところ。その場所の焼けるような痛みを覚えている。その後、清流にけ出すように流されていく感覚も。

 だからこれは、いわゆる死んだというやつで。このまっくろけは、死後の世界とかそういうものなのだろう。

〝……残念だが、それはちがう〟

 声が聞こえた。聞いたこともない声だ。

 いや、そもそも声であったのか。こんな中では、自分に耳があるかもあやふやだった。何かの意志が、直接伝わってきたようだ。

「……あなたは」

やみ

「……闇?」

〝そう。光をさえぎったときにある物理的状態の闇でもあるし、絶望や悲しみといったがいねん的な闇でもある。君たちのような意識を持った生命体がそうして関連付けた、ありとあらゆる意味での闇〟

「闇……」

〝その通り。君の全ては光として私へ放たれ、そして君はこうして私の中にある〟

 夢にしては良くできていた。天国にしては暗いし、ごくにしては居心地がいい気がする。だから、そのまっくろけの言う通りなのだろう。

(そう、か……)

 それが語りかけているということは、結局たおしきれなかったということだ。いや、このまっくろけの言葉が事実なら、エルシアの言う通り……本当に、倒すとか倒さないとかいう問題ではない存在だったのだろう。

〝……君の意識を再構成したのは他でもない〟

 それはそうだ。

 片やは勝手に呼び覚ました上に、片やは勝手にキレてろくすっぽ暴れもしないうちに帰れと言うさんじようだった。その身勝手さには、いくらねむるだけの温厚な神もおこって当然だ。

かった僕を許さないのか」

 すでに死んだ存在。ならばこれは、永遠にえぬ自我。えいごうの責め苦。それくらい容易に想像が付く。

〝再び眠りにつく前に、一つ聞いておきたいことがあった。それを聞いておかなければ、気になって眠れない〟

「聞きたい……こと?」

〝私はおよそどこにでもある。だからほとんどすべての出来事を、夢の中で見てきている。だが予言者などというものと違い、人の心までのぞき見ることはできない。にくしみや、怒り、なげきのような負の感情は別にして。そして君たちが行った聖魔杯という大会の中で、君については一つ疑問が残った〟

 闇が言う。

〝君は結局、なんのためにあの大会に参加したのか〟

「なんの……ために?」

〝そう……今こうして、君がここにいることは、あの日、東京のアパートを出たときに君の中で決定していたことなのか。君は本当に未来がえていて、私を防ぐためにあのアパートを出たのか〟

「……そんなことか」

 ヒデオはかたをすくめる気分だった。実際に肩があるか、それをすくめられたかはわからないが。

「ああ。僕は……」

 死ぬためにあの大会に参加した。

 そうとも、いま思えばこつけいだ。何が優勝だ。何が一発逆転だ。勝手なことを吹いていろ。負け犬のヒキコモリが優勝できないことなど、わかりきっていた。現実がそこまで甘くないことは、誰よりも身に染みてわかっていた。ならば武器の持ち込みが認められるようなその大会、殺されて終わりと高をくくったのではないか。そんな大会であればきっと、自殺より楽に、なんの責任もあとくされもなく殺してもらえると思ったから。

 それが開会式で殺し殺されることを禁じられ、そうして優勝候補などと持ち上げられる間に、こんな自分でも優勝できるのではないかと勝手に思い込んでいたのだ。

 冷静に考えれば、鹿な話にもほどがある。

〝……それだけか〟

「ああ。……それだけだ。でも結果として、僕はアーチェスに殺してもらえた。そう……いま思えば望み通りになったわけだ。でも、そうなるまでにいろいろあった。いろいろ考えた。そして……いろいろ思い直した」

 確信する。

「おかげで同じ死でも、最高の人生として死ぬことができた。ウィル子と出会ってからの二ヶ月間、僕は僕にできる全部をやったんだ。最高の気分だ。もちろん、あなたにだって感謝している」

〝私に?〟

「負の感情もあなたの一部であるならば。あなたが僕の心に巣くってくれたおかげだと思う。自分を嘆いてばかりいたから、なやむことができたんだと思う。悩み続けたから、その先に想像した何かがこわくて……あるいは何かに希望をいだいて、そうして前に進めたんだと思う。でも結局は、あなたが最強最高のかたきやくとして現れてくれたから……僕は、僕の心にあるあなたというからを破ることができたんだ」

 ちがいない。

 心から言える。

「本当だ。さいに見上げたあなたの姿は、今までに見たどんな空よりも明るくかがやいて見えたんだ」

〝……〟

 きっとそれこそが、自分しか映さない鏡のようなヴェールを打ち破ったということ。引きこもっていた自分の殻を、全てを暗く映し出す心のフィルターを打ち破ったということ。

 すなわち、本当の自分にもどれたということ。

「あなたがいたから、〝僕〟は引きこもった。でもあなたがいたから、〝僕〟は〝俺〟に帰れた。でも、もしも僕が、引きこもらずにずっと〝俺〟のままだったら……どうしようもない、ただのガキだったろうから」

〝……だが、引きこもらなければその若さで死ぬこともなく、しようがいをもっと幸せに過ごせたかも知れない〟

「ない。そんなもの」

 ヒデオは断言した。

〝……〟

「ウィル子と出会えた以外に、どんな最高があるものか。彼女が連れ出してくれた以外に、あんならしい仲間たちと出会える機会なんて無かった。彼女たちと過ごした二ヶ月以上に、どんな素晴らしい時間があると言われたって……僕は、それだけは絶対に信じない」

 うなずく。

「だから、ありがとう。ロソ・ノアレ」

 口ではなく、意識で会話しているのだから。

 そこにおべっかやうその入る余地はなく。

 しかしそうして素直なヒデオの気持ちを聞いた闇は、たんそくするような気配だった。

〝……私は私をり起こす者を、決して許さなかった。確かに長い歴史の中で、そうした私のチカラを打ちはらった者もいた。かなわず私にまれた者もいた。だがそうして私の怒りを見た誰一人……君のように、私に感謝する者はいなかった〟

 それはそうだろう。概念的な意味もふくめた上での闇となれば、それはおそれて当然の存在でなければならないのだから。

〝君の夢は、私が見てきた中でもお気に入りの一つだった。東京に出てからの君の心は、いつも九割方はわたしかかえていた。なのに君は私をうらまないという。私の怒りを見てもこれっぽっちもおびえもせず、あまつさえ今、何よりも明るく見えたと感謝しているという。やはり君は楽しい存在のようだ。とてもかいだ〟

 愉快だと……どうなるのだろう。

〝君はいつまで経っても、私と同化しないだろう〟

 同化しないと……どうなるのだろう。

〝帰りたまえ〟

 どこに?

〝君を待つ仲間たちの元へ。君を構成した全ては私の中にある。生きかえりたまえ〟

「ちょっ……。」

〝……不服か〟

「いや。つまりその……」

〝大勢なみだし、君の死をいたんでいる〟

 だめだ。それはだめだ。

 なおさらだめだ。

 あそこまで散々かっこつけて死んだものを。そんなあいとうの場にみんなの涙を無下にするようにひょっこり生き返るなんて、いくら何でも。ドリフのコントじゃないのだから。

〝そう、それがいい。この二ヶ月。私を抱えながらそうしてまどい、四苦八苦している君が楽しかった。元より君のように憎まず、恨まず、何一ついず、私にさえ感謝を表するような、そんなに明るいものを私は取り込めない〟

「そこをなんとか」

だいじよう。私が認めよう、君のがんを〟

「僕の……魔眼?」

〝そうだ。厳密にそのような光景がえたわけではなかったにせよ、望む未来を思いえがき、それに少しでも近付こうと進み続けた。自分が望む未来へと、現実を導いていったその意志の力だ〟

「……それが……、未来視だと……?」

 闇が、りよううでを闇の中に広げるような感じがした。

〝そうとも。君の暮らす世界のだれが認めずとも、三千世界にわたるこの闇が認めよう! いつさいの力にたよることなく戦い続けた魔眼の王よ! なお私すら恐れぬ君こそが、次代の聖魔王に相応ふさわしい……!〟

っ……!?

〝誰にも文句を言わせはしない。チカラを望むときは私の名を呼ぶといい。ねむり続けるもの。億千万の闇。ロソ・ノアレ。アンリ・マンユ。君の好きなように呼ぶといい。私は目覚めず、ただ私の見る夢のために、君の視る未来のためにそのチカラをあたえよう。そうして私は怒りをき世界をめつするよりも、君というお気に入りの夢の続きを見よう。それにめんじて私は今、君たちの世界からこの身を退こう〟

 闇しか見えなかったヒデオの意識に、まばゆい光が差し込んだ。

〝さあ、行くといい、二代目聖魔王。魔眼王よ。君を待つ、仲間たちの元へ──〟


    ◆


 ヒデオがまぶしさに目を開けると、そこはスタジアムのど真ん中だった。

 えつ。すすり泣く声。四方八方から。

 みんな泣いてて気付かない。

(……。)

 居たたまれない。居場所がない。それはそうだ。自分はもう、この世にはいないはずなのに。

 そんな中、一人だけこちらに気付いた少女がいた。しんかみをしたセーラー服姿の、しかしこの都市では見かけたこともない美少女が、つかつかとヒデオの元へ歩み寄る。

 怒っているのか、元から無表情なのか、そういう顔でじっとヒデオの顔をえ……ぽけっ、とやおらヒデオをなぐった。

「な……。なに、を」

 少女は一言。

「空気を読みなさい」

 いま一番言われたくなかった言葉が、ざっくりヒデオの胸にさる。

「あそこまでえらそうに鈴蘭に高説をした私の立場はどうなるというのですか」

 そんな赤毛の少女のこめかみに、ロケットだんのように真横っから飛来するかげ一つ。リップルラップルがり一発、勢いのままぶったおれた赤毛の少女が、ずざーっとステージ上をすべっていく。

「……偉そうに説教垂れたのは、自分の勝手なの。自分がずかしい責任を、他人にてんするべきではないの。今は、ヒデオのかんを喜ぶべき場面なの」

 起き上がった赤毛の少女が、そでぐちでぐっと口元をぬぐう。

「だからといって姉さんは、妹のよこつら音速のドロップキックをかましますか」

「そのスカした無表情が、妹の分際でナマちゃんだと言っているの」

「無表情はおたがい様です。久しぶりに会ったというのに姉さんは相変わらず背が低いですね、あらあらかしこ」

「カッチーンときたの」

 なぜか。ぼっかすかと、ものすごい取っ組み合いの大ゲンカが始まった。

 だがその光景にぼうぜんとするヒデオ以上に、そのヒデオの姿に呆然としていたみんなが、わっとけ寄りまたたく間に輪を作り上げる。

「ますたぁ~~~~~~~~~~っ!!

 首にすがりついてきたウィル子を、ヒデオはめた。もう、いつかのようにけば飛びそうな身体からだではなかった。息づかいも、ぬくもりもあった。

「ウィル子……」

 言葉もないとはこのことか。

 見回せば、みんな無事だった。みんなみんな、無事だった。

「僕は……」

 ヒデオはつぶやいた。

 居場所なんて、どこにもないと思いめていた青年は、今それだけを聞きたかった。

「……僕は、ここにいていいのだろうか」

 ウィル子が言った。

「何を……何を言っているのですかーっ! ウィル子がもうどこへもやりませんっ!! いくらマスターの言うことでも、もう二度とあんな無茶は許さないのですよーっ!!

 たかが言う。

「そうとも、二人とも元々はうちの社員だ! もうどこへ行く必要もあるまい!」

 エリーゼが言う。

「借金のカタに働かせてたクセに何が元々よ!? うちよウィル子、ヒデオといつしよにうちの会社に来なさいっ!!

 アカネが割り込む。

「だめーっ! ダーリンは私が家に連れて帰るんだからーっ!!

 美奈子が言う。

「いいえ、本官の家にごあいさつに来るって約束しましたっ!!

 西日にマントをかぶったヴェロッキアが笑う。

「ふん。それでこそあの晩、我も負けてやったがあったというものだ」

 グレイが言う。

「銀河ノケ橋ハ ヤハリ 強カッタノデスネ」

 ハニワルうなずいた。

「ああ……大した、やまだましいだったぜ。本物の男に、なりやがったのさ……」

 レミーナがやわらかく微笑ほほえんだ。

「こんっ……お帰りなさい、ヒデオさん。みんな、待ってたんですよ」

 そしてたいが、目をうるませたヒデオの背をたたく。

「もう少し、うれしそうな顔をしたまえ……ウィル子君は神になり、君はえいゆうになった。ここは、君たちが救った世界ではないかね」

「っ……。はい……」

 泣いた。

 すべて、全て良かったのだと。

 自分がたハッピーエンドは、それを望んで進み続けたことは何一つではなく、全て正しかったのだと。

 人目もはばからず、ヒデオは泣いた。


    ⑤


 その夜はせいはいしゆうりようもあって、都市を挙げてのお祭りさわぎとなった。スタジアムはそのままパーティー会場に。ステージにはレナに代わり、ヴィゼータとラトゼリカが司会進行の役を買っていた。

 少しの間は飲み食いしたヒデオだったが、元が元、やはりいきなり大勢に囲まれるのはつかれるもので。話題が自分かられたところで、今は少しはなれたところで、そのにぎやかなけんそうながめていた。

「……ヒデオ君」

 アーチェスの声に振り返ると、彼だけでなくレナもいた。

「ごめんね、ヒデオ君」

 そう述べるレナはしおらしく、かざった様子も、おにもいない。

「いろいろひどいこと言ったり、殴ったりして……ごめんなさい」

 それが本当の、彼女の素顔なのだろう。その素顔で、彼女が微笑む。

「ありがとう。パパのことも、私のことも、助けてくれて」

「……。いえ」

 元から美人なのだから。

 そんな風に笑われては、イチコロになってしまいそうだった。

「やり直すことにしたんだ。アルハザンのみんなで。ヒデオ君も、しよう君も、鈴蘭様も……みんな、鹿みたいに簡単に許してくれるから……おくれじゃなかったから。やり直せるって言ってくれたから。ね……、パパ」

「ええ」

 アーチェスが頷く。

「本当にムシのいい話できようしゆくですが……ヒデオ君の言う通りです。投げ出すということは、今までの自分の行いを全て無駄にするということですから」

「……できれば、その」

「ええ、もちろん。力にたよるやり方は、もうやめます。何しろ、ミーコ様やエルシア様をひるませたあの暗黒神でさえ、退けられてしまったのですから……今はもう、そういう時代ではないのでしょう。自分で、りん観の整った素晴らしい時代と言っていたのに、見失っていたんですね。そして、君のおかげで思い出すことができました」

 そうか。なら、よかった。

 ならばきっと。

のエンブレムを刻んだときに、ちかったはずなんですけどね……」

「……蜘蛛?」

「アルハザンの印」

 と、レナがそでをまくってみせる。そこには確かに、蜘蛛のマークがあった。アーチェスが苦笑。

「よく、毒蜘蛛なんて言われますが。ただの蜘蛛です。魔界では、国や慣習によって神聖視もされる生き物です」

 まあ、確かに……いつぱん的にへびやなんかと同じで、どこか気味の悪い印象があるが。

「なぜ、シンボルに」

「ええ。蜘蛛は、巣を張るでしょう。ものらえるためでもありますが、巣とはつまり家です。蜘蛛は何度でも巣を張ります。ときに獲物ではなく、自分より強大な動物によってこわされることもありますが……何度でもあきらめずに巣を作り直すんです。自分の家を。居場所を。それなのに私は……いつの間にか、その決意を忘れてしまっていたんですね」

「……なるほどな。そういう意味だったのか」

 リュータだった。やってきた彼を見て、アーチェスが言う。

「もう、傷の具合は……」

「ああ。あそこまでかんぺきな不意打ちだってのに、ねらったように骨もけんけられてたからな……回復薬だけでふさがっちまったぜ」

 以前にヒデオがデパートで見たのとは、ちがっていた。リュータの表情には、アーチェスを見ても毒気は無かった。そのリュータを見たアーチェスには、申し訳なさそうではあってもあわれむような色がなかった。

「お前ら、どうすんだこれから? アルハザンは解散か?」

「いえ、丁度その話をしていたところですが……鈴蘭様が、この都市を使えばいいと」

「なに?」

 アーチェスの言葉に、リュータが目を丸める。

「じゃ、あれか……今度じんの子供見つけたりしたら」

「そういうことです。そして何年先かはわかりませんが……少しずつ、人間たちとのしんぼくを深めて行けたらと思います。このたった二ヶ月で、私たちはこれだけ分かり合えたのですから」

「……だいじようかよ、アーチェス。魔殺商会がいるんだぞ」

 リュータの言葉で、にこやかだったアーチェスの表情から、さーっと血の気が引いていく。レナがぐっとこぶしにぎる。

「大丈夫だよ、パパ。そしたら今度は、それが私たちの戦い!」

「……なるほど。ええ……そうですね。きっとこれから先は、今までになく楽しい戦いが続いていくんでしょうね」

 おやは、まるで血のつながったそれのように、語らいながら去っていく。

 リュータが苦笑した。

「……めんどくせぇよな。なんで俺らは最初っから、こううまく分かり合えねえんだろうな」

「……さあ。でも」

「でも……なんだ?」

 ヒデオは言う。

「傷付け合うことで深まる何かも、あるのかも知れない。誰かがなんとなく始めたような戦争じゃなくて……わけもわからない兵隊同士じゃなく。君と、アーチェスのように。はっきりと意見を持った者同士なら、戦うことも無意味なんかじゃないかも知れない」

「……なるほどな。ああ、言えてるぜ。そういう幸運も、たまにはあるのかもな」

 くつたくのない笑顔でリュータはうなずき、そしてまたえんかいの輪へともどっていった。

 入れわるように訪れたのは、エルシアだった。いつかのように、無言でどんどん近付いてきて、同じようにいきのかかりそうなきよで、じ、っと目をのぞき込んでくる。

「……いえ……あの」

「……結局」

 つぶやき、彼女が離れる。

「あなたは、未来視の魔眼なのかしら」

「それは。なぜ、また」

「……せいかんできると知っていたにしては、死に向かったあなたの熱はすさまじかったから」

「……」

 なるほど。どうだろう。さすがに今、それをかつできるほどの言葉は思いかばない。

 そして彼女は確信したように、小さく微笑ほほえんだ。

「……もっともあれこそが、あまねく人の子の持つ可能性なのかしらね」

 ヒデオはしゆこう

「ええ。きっと、誰にでも」

 ヒキコモリの自分にもあった熱。他の誰かにないなんてことは、きっとない。人は誰でも、何かを決め、何かに進み始めたとき、熱を持ち、やがてかがやき始める。

「そうね。だから私は、人間が好きなのね」

 きびすを返したところで、彼女は一度り返る。

退たいくつになったら、遊びに行くわ」

「……。どこへ」

「あなたの家へ」

「待っ」

 それを言うひまもなく、展望階の君は去っていく。

 遊びに来るって。

 あんな美人が?

 そう深い付き合いでもなかった気がするが、どこかでなんか変なフラグでも立っていたのだろうか。

「どうしたの。もう一人の主役が、こんなとこで一人さびしく黄昏たそがれちゃって」

 鈴蘭だった。ミラーグラスをかけない笑顔は初めて見たが、なるほど、あれだけ大勢にしたわれるだけあって、じやで愛らしく。

 両手にグラス。その片やをき付けてくる。

「飲もう」

「どうも」

 受け取り、一口。向こうにいたときはハメの外れないように、酒はひかえていたのだが……アルコールの心地よい熱さが、のどから胃のへとけめぐっていく。

「終わっちゃったね、せいはい

「ええ」

「……楽しかった。すっごい楽しかったけど……ごめんね。なんだか、いろいろ大変な目にわせちゃったみたいで」

「いえ。この大会があったからこそ……」

 せきが始まったのだ。

 ウィル子と出会ってからの素晴らしい全ては。鈴蘭が望んだ、みんなの楽しかった思い出の全ては、この都市で。

「……このハッピーエンドを、こうしてむかえられたのですから」

「うん……そっか。うん、そうだ。そうだよね」

 花火が上がる。色取り取りに。大勢のかんせいに乗って。

 本当に、本当に楽しいことが大好きなのだろう。彼女の横顔は有終の美に満足する一方で、それが終わってしまうことへのせきべつを浮かべていた。

「ヒデオ君は、これからどうするの? やっぱり、うちの会社じゃだめ?」

「いえ……」

 なんというか。

 そういうのではなく。

「やっぱり、ガラじゃないか。あ、でも公務員なんか似合うかも。くちきしてあげようか?」

「……そう、でしょうか」

 役所の窓口に自分みたいな目付きなのがいたら、自分はきっとなんの相談にも行かない。

「ま、いっか。でも、うちならいつでもかんげいだからね。この都市だけじゃなくて、外にも会社はあるから。いつでも遊びに来てくれていいからね! 写真回して、全員にヒデオ君の顔覚えさせちゃう!」

 いや。それは指名手配と。

「料理もお酒も、まだまだいっぱいあるから! 早く戻ってきてね!」

 大きく手を振りながら、鈴蘭が輪の中へ帰って行く。

(……)

 終わる。

 祭りが終わっていく。

「ここにいましたか」

 なんの足音も気配もなかったのだが。

 声に振り向くと、リップルラップルとケンカを始めた、あの少女が立っていた。のりが利いていたはずの制服はくたびれ、赤いかみもどこかほつれ気味。

「君は……」

「マリアクレセルと言います。この都市の創造者。あなたたちが元々暮らしていた世界の管理者……いえ、今となっては守護者の方が適切でしょうか」

「ひょっとして……天界の」

「天使です」

 それからヒデオがまばたき一つする間に、乱れた髪は流れるように、制服もおろしたてのように戻っていた。ただならぬ存在であることは、それだけで十分に理解できた。

「……そのあなたが、何か」

「先ほど〝やみ〟からのたんまつが現れ、私に告げました。闇はあなたを次代の聖魔王に認め、そのためのチカラをあたえると」

 ああ……そうだった。

 確かにそう言われた。が、大会の優勝者は翔希とエリーゼだ。どうせ話半分のことだし、誰に信じてもらえるとも思えない。ヒデオはそれをまだ誰にも言っていなかった。

「表向きは翔希とエリーゼの二人が、次代の聖魔王となりました。そのため鈴蘭の望みで、聖魔杯はもう一度作り直しますが……」

「作り直す……ですか」

 少し危ない気もしたが。

「もちろん今回のような悪用がないように、セキュリティは強化します。聖魔杯そのものは文字通りのうつわとして、そのチカラの発動にはいくつかのかぎを必要とするように。ですが問題は……おそらくは、あなたが願うことにより現出する暗黒神のチカラは、そんなものの比ではないということです」

「まさか」

「あなたに会いに来たのは、その自覚をうながすことが一つ」

 自覚もなにも、実感すらないというのに。いや、だからこその警告なのか。ちょっとしたことで軽々にそれを使ってしまわぬように。

 ならばきもめいじておこう。自分のような無力なものが、そんな力を持っていてもロクなことが無い気がする。

 ヒデオは一つ首肯。

「わかりました。しかし他にまだ、何か」

「あなたはこの世界をどうしたいですか。もちろん、このかく空間の外もふくめた世界の話です」

 どうと言われても。

 どうしろと?

「表向きに世界を律する聖魔王がいます。ですが一方で、その気になれば彼らの決めたルールをちからくで打破できる存在がいます」

 すなわち、自分。

 なるほど。リーダーが二人。

「しかもやつかいなことには、あなたの力は我々天界や、その他の神々がどうしようと取り除けるものではないということです。あまつさえあなたは、最古のみならず最新の神とまで……」

「僕は、僕のままでいい。翔希とエリーゼの世界なら、きっと満足もできるはず。まあ、それ以前に……」

 ヒデオは視線を移す。

 みんなといつしよにはしゃぎ回るウィル子の姿を。

「……僕は、僕たちが生きる二十一世紀という未来を、ウィル子にたくした。だから、それでいい。僕は何も望まない」

「そうですか」

 その声には表情と同じで、納得する色も、否定する色もない。

「では、これからどうしますか」

「……それは、だから」

「いえ。あなた自身の身のり方をどうしますか、という意味です」

 身の振り方。

 鈴蘭にも聞かれた。

 ずっと迷っていた。

 結局、東京の元のアパートに戻っても何もない。実家にも帰れない。

 引く手は数多あまただ。だが……ああ、一度投げ打った命だから余計に持て余す。

「あなたも天界へ来ますか?」

「……」

「いえ。死ねという意味ではありません」

 当たり前だ。

「あなたたちがいつぱんに言う天国と、我々のいる天界とは似て非なるものです。世界にまれに現れる天才、さい、そういった者たちを特定分野におけるエキスパートとして、天界へ招くことは希にあります。先ほど聞いたところ、ウィル子はそれを望みました」

「ウィル子が……?」

「そうです。もはやあなたたちの世界を語る上ではないがしろにできない、電子世界をべる神として……あなたが望むとおりに、この世界を正しく導きたいと」

 そうか。

 ……そうか、本当に。

(……ああ)

 よかった。

 なら、それがいい。

「本来の寿じゆみようのあるうちであれば、丁度この都市のように元の世界と行き来することは可能です。あなたも望むのであれば、闇を統べる者として……」

「いえ……、僕は」

 自分は、どうしようか。

「……僕は、元の世界に戻ります。一度投げ出してしまった社会生活を、もう一度やり直してみます」

「就職活動を?」

「ええ。それでだめだったら……そのときは。まつさつ商会や。エリーゼ興業や。みんなの、お世話に」

「そんな二本目の矢があると思っているから失敗するのです」

 ざっくり心を切りかれた気分。

 でも。まあ。

 いいじゃないか。

「その辺も含めて、僕なので」

 言ったところで、美奈子の声が聞こえた。

「ヒデオさん! ほら、さっきからウィル子さんが!」

「まぁ~すたぁ~~~~~っ! いつまできゆうけいしているのですかぁ!! 世界を救った電神と魔眼王がおらずして、なにがえんかいかと!!

 軽くっぱらったウィル子が、手を振っている。声に、みんながこちらを振り返る。みんなが呼んでいる。みんなみんな手を振ってくれていた。

 有りがたい。

 本当に有り難い。

 ああ、そうだ。この先どんなにくじけそうになっても。

「……僕はもう、一人じゃない」

「ええ。その通りです。ですから覚えておいてください。魔殺商会やエリーゼ興業の他に……天界というせんたくすら、あなたにはあるということを」

「はい」

 ヒデオの声に、マリアクレセルはうなずいた。

「みんな待っています。さあ、生きなさい。あなたというせきを、大切に。幸せあれ」

「はいっ……!

 しようする彼女へ一礼し、ヒデオはけ出した。

 仲間たちの待つ場所へ。