①
「……あれが……」
まるで別人だった。
大佐はそれが、あの
ウィル子だけが感じていた。
今のいままで、いつ
「……へぇ。世界の
「だから。まだそんなこと言ってるのか、って」
そう言ったヒデオの
「演技が
ヒデオのそんなただ一言が、
「本当になんの力もないただのヒキコモリが、電子の
「っ……」
瞬間、まるで空間の入れ替わるように
真実は
言い返せるはずがない。それらが本当にただの偶然だったとしても、それだけの数を挙げ連ねられれば、答えられる者などいるはずがない。
「
ああ、偶然なんかじゃない。
いつだって、ヒキコモリなりにそのときできる
……そして。
「俺が彼女を、この舞台へと連れてきた」
合図するように小さく手を挙げる。
「さあ。そろそろ、姿を見せてやれ」
《イエス。マイ・マスター》
スピーカーから
「
強い目付きでアーチェスが呟いた。
「あいつら気付くの
大人びた
ウィル子がヒデオの
だが、
「だから落ち着け、
「うるさい……うるさい! うるさい!
「なら押してみろ、そのボタン。
「待ちなさいっ……!」
ヒデオに気を取られていたアーチェスが
だが……結果は、無音。
何も起きない。レナが何度押しても、結果は変わらない。冷や
「……なぜ……。あのフロアは、私が設計した転送
ウィル子が
「電子回路、電気回線、電波。これだけの
「……わかったか、霧島。俺は別に優勝するためにこの都市へ来たわけじゃない。もう一度言う。俺は君を殺させない。いや、君だけじゃない」
もはや、全天が真夜中に染まっていた。星も、月さえもない。そういう真の
「この世の誰一人、あんなものに殺させたりはしない。俺たちは、ただそのためにここへ来た。だから、安心していいんだ」
ようやく思い知らされたように、レナの手から
「……ほん、とに……? ヒデオ君……」
「ああ。本当だ。今まで通りの明日にする」
ヒデオは強く
もう引き返せはしない。カーテンコール。グランドフィナーレ。ハッピーエンドを見せる、そのときまで。
「……
「こんな終わり方は、誰も望んでいない。もうやめろ」
「仮に私がそう思い直したところで、止められはしませんよ。それが
小さく笑う声がもう一つ。
エルシアだった。
「そう……
天を見上げる
「すぐ
ヒデオはそれを鼻で笑う。
「……お笑いぐさだな。あんたはもっと利口な人だと思っていた」
「なん……ですって……?」
エルシアの目に、初めて
次に言ったのはみーこ。
「
そうとも。身に染みている。全身に
「あれはの、小僧……この世に善が生まれたときに生まれた悪……光が生まれたときに分かたれた闇ぞ……。お
みーこの言葉。
「……どいつもこいつも常識の外側にいるクセに、そんな常識に
ああ、知ったこっちゃない。
第四世界も。澱の世界も。だって自分はたかがヒキコモリではないか。その常識の外側から現れたイレギュラー。
だから。だからこそ。知らぬからこそ、自分が跳ねっ返らなければ。最も
確かに自分では手も足も出ない。だが信じることはできる。自分を信じてくれた神を、信じることはできる!
ウィル子は
「……ヒデオ君。もう君が
「どうしたアーチェス。ビビったのか」
「……、ヒデオ君……」
ヒデオの売り言葉に、アーチェスが危機感を浮かべた。
とどのつまり、本当のことは誰もわかりはしないのだ。目に見える武力はともかく……その者の目に、何が映っているかなど。
「
「ッ……!」
「言ったはずだ……俺が彼女を連れてきたと」
「っ……まさか……!」
アーチェスの視線が、じっと瞳を
そうだ、信じろ! 信じさせろ!
無限の可能性を秘めた正体不明の彼女であれば、それをなし得ると信じさせろ! それが自分の役割だ!
最高のパートナーと出会えたことを、無意味だなどとは言わせない! あの日彼女と出会えたことを、今ここで
「教えてやる……これが、俺の
「イエス! マイ・マスター!!」
電子の精霊が、ゆっくりと
「電子たるもの我が元へ
異空間を
(っ……)
ヒデオは五感に
そうして体がどんなに苦痛でも、ヒデオは口元をにやけさせた。ウィル子が創造したものは……ヒデオの予想を
「……得意のハッタリもそこまでだったようですね。ヒデオ君」
「どうかな……それは後ろを見てから言え、アーチェス……!」
皮肉にも、みんなみんなヒデオとウィル子に気を取られるあまり、その変化に気付いていなかったのだ。それがあまりに大きすぎて、視界には入っていても気付けなかったのだ。
「っ……!!」
アーチェスだけではない。
そこにはあれだけの
同じだけの巨体、長大さを誇る、
②
《ですけど……マスター》
彼女の言葉が、直接脳裏に聞こえてくる。
《これが現在生成可能な最大です。それにあれを起動するだけのエネルギーは、さすがに……》
……そうか。
《
(だが、起動できれば打ち
《それは……ウィル子の計算上はそうですが……。実を言うとウィル子はもう、あの
そうか。
それはそうだ。
そんなに何もかもうまく行くはずがない。
でも、いつだってそうだった。彼女と出会ってから、いつだって四苦八苦していた。
《かといってこれ以上マスターの精神を
ひょっとしたら、
(大丈夫。君の01分解能ならできる)
《無茶です……! それで何を!? ウランですか? プルトニウムですか? たとえ
(……そんな回りくどいことをせず、エネルギーそのものを作れ。相対性理論
化学変化の比ではない。核分裂、核融合、ブラックホールを用いた重力発電理論すらそうした質量の少量の変化に過ぎない。具体的な数値なんて覚えていないが、それを完全に
《それはっ、物質から物質へは
いや、できるはずだ。
元より精神なんてありもしないものを源泉にする精霊であれば。
《無理です!》
最も効率のいい
《無理ですっ!》
腕で足りなければ、
《
《マスター! あなたの言葉は、
「っ……」
気付くと、
半ば気絶しかかっていたらしい。
「マスター……」
心配げなウィル子の声。
「いいか、絶対に……あの塔を
顔を上げるとアーチェスが、そら恐ろしいほどの無表情で立っていた。
「……どうやら、結局はハッタリだったようですね。あの
「そうでも……、ない……」
「が……今すぐってわけでもないのは事実だ……」
「……今すぐでなければ……?」
ヒデオは定まらぬような視点、視界で
「
「……人の思い、ですか?」
ビンゴだ、とヒデオは彼を指差す。そのままヒデオは同じ手で、自己を親指で示す。
「俺が
「さて、どのときでしょうか。あなたを殺せるチャンスは無限にあった」
前へ構えた両手に、アーチェスは一本のサーベルを
「……それは、今この時でさえも変わりありません」
そして無造作なほど
「させません!!」
美奈子が
「アァチェエエエエエスっ!!」
直後に、リュータの
二人のことなど、まるで飛んできた虫を払い除けるような動作だった。ただヒデオを眼中に収めたままの。
そしてヒデオの足元に、リュータの日本刀が転がってくる。
「……一つ聞いておきましょうか、ヒデオ君。ならばなぜあなたは、今この時まで待っていたのですか。言葉を返しますが、あなたにもまた、私の行いを
「ああ。視えていたからな……。今の今まで待っていた」
「……まだ、言いますか」
「だったら。なあ……アーチェス。なぜ、あんたはサーベルを抜いた」
分かり切っていたかのようなヒデオの言葉に、アーチェスが
「……ヒデオ君。君は」
「強いやつほど力を吸われるんだろう。この中で最も強い力を持っていたのはあんただ。
「君は……一体どこまで視通していると……!」
「魔族のあんたを
「っ……!」
ヒデオが初めて手にしたそれは、想像以上の重さだった。
でも、思い出していた。
この大会に参加した、真の理由を。
負け犬から生まれ変わるためだったか?
否。
人生の転機を
否。
優勝し、
否。全て、否だ。
「マスター、何を考えているのですか!? そんなの……そんなの他の人たちに任せればいいではありませんかっ! マスターはもう
「……ウィル子」
ヒデオは静かに語りかける。
「わかったことが、一つだけあったんだ。僕は、これが自分の物語だと思っていた。でも、たぶん違った。僕という視点から見ていたから、そう
そう、きっと。
「君という神話の始まりを、見ていた」
「どうでもいいです! 神話なんて! 神なんて! ウィル子は! マスターさえ無事なら、それでっ……!」
「君が言ったことだ、ウィル子。僕は君に捧げられた生け
「一生ですッ!!」
ウィル子の
「ウィル子がこの世界に生まれ出てからの一生ですっ!! あなたが連れ出してくれました! 確かにあなたは、多くを語ってはくれませんでした! でもウィル子はずっとあなたを見てきたのです! あなたの生き方を見てきました! あなたの生き方が、何も知らなかった私をいい方へいい方へ導いて! それから、それからっ……!」
未来視を演じてはいても、そんなことを言われるとまでは予想できなかった。
つらいな、とヒデオは思った。
だから笑った。
「……
「マスター!」
「君も
「マスター……
「……君が決めた名前だろう。
世紀を願う
負けるな。
「僕は、そのための贄になる……!」
真っ直ぐに。
「まるで、
アーチェスの
「誰も負けるとは言っていない。あんたじゃウィル子を殺せないことは、あんた自身が証明した。ならどうする、アーチェス。あの光の
「……あなたには、何度
アーチェスが構えを変えた。
弓を引くように、右手のサーベルをいっぱいに引き
「負けを……未来視など
そうとも。文字通りの付け焼き
だが、
しくじれない。チャンスは二度とない。
ヒデオも
演じきれ。
「あんたは
「……私が……?」
「信じてやればいい。長いこと……長いことかかって、平和や、人権や……そういうものが、
強い
「何千年も待ってきたって、言っていたじゃないか。そんなすごい努力。
「……なぜ、君のような人間ともっと早くに出会えなかったのでしょうか。どうして君のような人間が、もっと大勢いなかったのでしょうか」
「大丈夫。きっとまだやり直せる。俺が勝ったら……そう、約束して欲しい」
こんな自分でもやり直せたのだから。
アーチェスも、レナも、みんなも。
きっと。きっと。きっと。きっと大丈夫。
自分はきっと、そのためにウィル子をここへ連れてきた。そのために自分は、ここへ
何かを
「……残念です」
ヒデオが気付いたときには、アーチェスは目と鼻の先にいた。常人の視覚に
そしてヒデオが気付いたときには、彼のサーベルは深々と左胸を
「マスターっ……!!」
「っ……」
意識は
「やはり君は未来視などではなかった……! なぜ……どうして、こんな
もう瞳の
そうしてヒデオが
(あぁ……)
これで終わりだ。
薄れ行く意識の中、思う。
最期ぐらい、いいだろう。
そして自分という名の
「俺の……勝ちだっ……」
力ない
生まれて初めて。最初で最後の勝利を述べたヒデオの顔には、一点の
そして不自然なことに、流血もなかった。ただ一滴の血も流れ出ない。
代わり、光の粉となって
③
「あっ……ああ、あっ……!」
ウィル子は怯えるまま否定した。
消えていく。
あんなに強かったはずの
彼が、消えていく。
「ああああああぁっ……!」
だからウィル子は食べた。
泣きながらヒデオを食べた。
それが彼の望みだったから。
その精神。肉体。
生まれてきた全て、生きてきた
「ああっ、あ……あああっ……!!」
最愛のパートナーを、
出会わなければ良かった。
あの日出会わなければ良かった。
せっかく地上へ出られたのに。そうして元の自分に帰れたと、ただいまと喜んでいたのに。
私は結局、そんな彼を食べるだけのウイルスだった。加護も
なのに自分の中を過ぎゆく彼が、こう語りかけるのだ。
神になれ、ウィル子。
君の手で、僕という
(YES……!)
さあ、見せてやろう。
大会には敗れても、僕たちこそが最高のパートナーだったことを見せてやろう。
(YES、マスター……!)

何が最古にして最強の神だ。
最新最高の神の力を見せてやれ。
あの日、僕たちが出会えたことは、何にも勝る
(YES、マイ・マスター!!)
そうだ。それでいい。
さようなら、ウィル子!
「わぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁっ──!!」
新たな神の、それが産声。
空間そのものに
激情に
だがウィル子はやめなかった。
それでは気が済まなかった。
電神はやがて
「っ……!」
消えて無くなれ。
私たちを引き
我が力を見よ。
我が最愛の使徒が託した力を見よ。
「さようなら、マイ・マスター! 本当に、本当にありがとう──!!」
別れの言葉と同時、光が
④
後には、日の
それを見上げたまま
「……
そして
「そんな……そんな……! では彼は! 自分の死を知っていてこの都市に来たというんですか……!? そんな……!」
「……認めるしか、ないでしょう……」
同じように、どこか
「……あなたが確実に殺しに来るタイミングを知っていたのよ。優しすぎるあなたが、
視線の先には、一人静かに
彼女はヒデオを殺すことなどできなかった。彼を光へ変換することはできなかった。彼の身をもってしか、彼女はその奇跡を起こすにはいたらなかった。
そしてアーチェスにその命を絶たれた以上……彼女は、彼の意志を
「あれは……ヒデオは、その神のために……この世界のために、身を
そして救われた。
誰一人の
彼の望み通りに。ただ、彼の望んだハッピーエンドの中に……彼だけがいない。
「なんでだっ……!」
リュータが
「なんでだアーチェス!? どうして俺でもお前でもなく、あいつが死ななきゃならなかった!? アーチェス! 答えろ!!」
ヒデオが手にした
「やめてください!!」
今しも
「ヒデオさんは、そんなことを望んだわけではないでしょう!? きっとやり直せるって……そう願って……!」
「ああ、わかってんだよ! わかってんだけどよぉ……!
「ウィル子」
エリーゼが、ふらふらとウィル子の元にやってくる。
「ヒデオは……、何か言ってた?」
「……あ……ありがとう、って……」
「なら、いいのよ。ヒデオはそれで満足だったんだから。あんたがどう思おうと、わたしたちがどう思おうと、ヒデオは自分の正義を
エリーゼが、晴れ
「……俺の勝ちだって言ったじゃない。なら、ヒデオは勝ったのよ。あんたと二人で勝てたことを、何よりも
ウィル子は小さく、力なく頷き、エリーゼの胸に顔を
「マリアクレセルっ……!!」
この都市を造りだした張本人。天界と呼ばれるところの
それに
「……
「マリアクレセル! ヒデオ君……ヒデオ君を
鈴蘭の悲痛な言葉に、期待の視線が集まる。だが天使は
「不可能です」
「そんなっ! どうして! あのときは! みんな生き返らせてくれたじゃない! どうしてたった一人くらい……! ヒデオ君は、私たちの世界を救ってくれたのに!!」
「一度死んだ者は、そう簡単に生き返りはしません。あなたにその対価を
「対価……って……」
「確かにあの時、私はあなたの願いを聞き届けました。ですがそれは、あなたの
「それ……は……」
思い至り
「あなたは言ったはずです。五年後の今日、あなたの地位を利用する者が現れたら……そのときはあなたではない誰かが、きっとそれを
鈴蘭はそのまま
「だからって……こんな……。こんな終わり方っ……!」
その様子を見て、マリアクレセルは一息。暗黒神の消えた空を見上げた。
「……とは言え、たとえあなたがその力を残していたとしても。たとえ誰かがその役回りを買って出たとしても、今回ばかりは不可能です」
「ど……どうして……?」
「存在そのものは、用意できます。ですがそれだけです。彼の全ては、そこにいる彼女が光に変換し、暗黒神へと
と、冷めた瞳がウィル子へ向く。
「私が新たに彼の
鈴蘭がいよいよ返す言葉を失う。
そしてウィル子は、小さく首を横に
「……いいのですよ。もう。エリーゼの言う通りです。マスターは、そうすることが自分の意味と信じて消えていきました。しかも誰も
言いながら、そっと
「レナのことは自分と同じだって悲しんで、でもときめかせてくれたって。アーチェスのことは、こんな
声が
「だから、いいのですよ……。マスターがそれで満足してくれたのならっ……、ウィル子は、もう泣かない……泣くものですかっ……! 私のマスターは、マスターの望み通りに! 最高に、かっこよく死んでいったのですからっ……!!」
初めて、自ら死という言葉を口にし、その瞳から
ただ
二人の救った世界に、
◆
(……ここは)
気が付くと、一面まっくろけだった。
(……そうか……。僕は……)
貫かれた自分の胸。それも左の、心臓のあるところ。その場所の焼けるような痛みを覚えている。その後、清流に
だからこれは、いわゆる死んだというやつで。このまっくろけは、死後の世界とかそういうものなのだろう。
〝……残念だが、それは
声が聞こえた。聞いたこともない声だ。
いや、そもそも声であったのか。こんな中では、自分に耳があるかもあやふやだった。何かの意志が、直接伝わってきたようだ。
「……あなたは」
〝
「……闇?」
〝そう。光を
「闇……」
〝その通り。君の全ては光として私へ放たれ、そして君はこうして私の中にある〟
夢にしては良くできていた。天国にしては暗いし、
(そう、か……)
それが語りかけているということは、結局
〝……君の意識を再構成したのは他でもない〟
それはそうだ。
片やは勝手に呼び覚ました上に、片やは勝手にキレてろくすっぽ暴れもしないうちに帰れと言う
「
すでに死んだ存在。ならばこれは、永遠に
〝再び眠りにつく前に、一つ聞いておきたいことがあった。それを聞いておかなければ、気になって眠れない〟
「聞きたい……こと?」
〝私はおよそどこにでもある。だからほとんど
闇が言う。
〝君は結局、なんのためにあの大会に参加したのか〟
「なんの……ために?」
〝そう……今こうして、君がここにいることは、あの日、東京のアパートを出たときに君の中で決定していたことなのか。君は本当に未来が
「……そんなことか」
ヒデオは
「ああ。僕は……」
死ぬためにあの大会に参加した。
そうとも、いま思えば
それが開会式で殺し殺されることを禁じられ、そうして優勝候補などと持ち上げられる間に、こんな自分でも優勝できるのではないかと勝手に思い込んでいたのだ。
冷静に考えれば、
〝……それだけか〟
「ああ。……それだけだ。でも結果として、僕はアーチェスに殺してもらえた。そう……いま思えば望み通りになったわけだ。でも、そうなるまでにいろいろあった。いろいろ考えた。そして……いろいろ思い直した」
確信する。
「おかげで同じ死でも、最高の人生として死ぬことができた。ウィル子と出会ってからの二ヶ月間、僕は僕にできる全部をやったんだ。最高の気分だ。もちろん、あなたにだって感謝している」
〝私に?〟
「負の感情もあなたの一部であるならば。あなたが僕の心に巣くってくれたおかげだと思う。自分を嘆いてばかりいたから、
心から言える。
「本当だ。
〝……〟
きっとそれこそが、自分しか映さない鏡のようなヴェールを打ち破ったということ。引きこもっていた自分の殻を、全てを暗く映し出す心のフィルターを打ち破ったということ。
すなわち、本当の自分に
「あなたがいたから、〝僕〟は引きこもった。でもあなたがいたから、〝僕〟は〝俺〟に帰れた。でも、もしも僕が、引きこもらずにずっと〝俺〟のままだったら……どうしようもない、ただのガキだったろうから」
〝……だが、引きこもらなければその若さで死ぬこともなく、
「ない。そんなもの」
ヒデオは断言した。
〝……〟
「ウィル子と出会えた以外に、どんな最高があるものか。彼女が連れ出してくれた以外に、あんな
「だから、ありがとう。ロソ・ノアレ」
口ではなく、意識で会話しているのだから。
そこにおべっかや
しかしそうして素直なヒデオの気持ちを聞いた闇は、
〝……私は私を
それはそうだろう。概念的な意味も
〝君の夢は、私が見てきた中でもお気に入りの一つだった。東京に出てからの君の心は、いつも九割方は
愉快だと……どうなるのだろう。
〝君はいつまで経っても、私と同化しないだろう〟
同化しないと……どうなるのだろう。
〝帰りたまえ〟
どこに?
〝君を待つ仲間たちの元へ。君を構成した全ては私の中にある。生き
「ちょっ……。」
〝……不服か〟
「いや。つまりその……」
〝大勢
だめだ。それはだめだ。
なおさらだめだ。
あそこまで散々かっこつけて死んだものを。そんな
〝そう、それがいい。この二ヶ月。私を抱えながらそうして
「そこをなんとか」
〝
「僕の……魔眼?」
〝そうだ。厳密にそのような光景が
「……それが……、未来視だと……?」
闇が、
〝そうとも。君の暮らす世界の
「っ……!?」
〝誰にも文句を言わせはしない。チカラを望むときは私の名を呼ぶといい。
闇しか見えなかったヒデオの意識に、
〝さあ、行くといい、二代目聖魔王。魔眼王よ。君を待つ、仲間たちの元へ──〟
◆
ヒデオが
みんな泣いてて気付かない。
(……。)
居たたまれない。居場所がない。それはそうだ。自分はもう、この世にはいないはずなのに。
そんな中、一人だけこちらに気付いた少女がいた。
怒っているのか、元から無表情なのか、そういう顔でじっとヒデオの顔を
「な……。なに、を」
少女は一言。
「空気を読みなさい」
いま一番言われたくなかった言葉が、ざっくりヒデオの胸に
「あそこまで
そんな赤毛の少女のこめかみに、ロケット
「……偉そうに説教垂れたのは、自分の勝手なの。自分が
起き上がった赤毛の少女が、
「だからといって姉さんは、妹の
「そのスカした無表情が、妹の分際でナマちゃんだと言っているの」
「無表情はお
「カッチーンときたの」
なぜか。ぼっかすかと、もの
だがその光景に
「ますたぁ~~~~~~~~~~っ!!」
首にすがりついてきたウィル子を、ヒデオは
「ウィル子……」
言葉もないとはこのことか。
見回せば、みんな無事だった。みんなみんな、無事だった。
「僕は……」
ヒデオは
居場所なんて、どこにもないと思い
「……僕は、ここにいていいのだろうか」
ウィル子が言った。
「何を……何を言っているのですかーっ! ウィル子がもうどこへもやりませんっ!! いくらマスターの言うことでも、もう二度とあんな無茶は許さないのですよーっ!!」
「そうとも、二人とも元々はうちの社員だ! もうどこへ行く必要もあるまい!」
エリーゼが言う。
「借金のカタに働かせてたクセに何が元々よ!? うちよウィル子、ヒデオと
アカネが割り込む。
「だめーっ! ダーリンは私が家に連れて帰るんだからーっ!!」
美奈子が言う。
「いいえ、本官の家にご
西日にマントを
「ふん。それでこそあの晩、我も負けてやった
グレイが言う。
「銀河ノ
ハニ
「ああ……大した、
レミーナが
「こんっ……お帰りなさい、ヒデオさん。みんな、待ってたんですよ」
そして
「もう少し、
「っ……。はい……」
泣いた。
自分が
人目もはばからず、ヒデオは泣いた。
⑤
その夜は
少しの間は飲み食いしたヒデオだったが、元が元、やはりいきなり大勢に囲まれるのは
「……ヒデオ君」
アーチェスの声に振り返ると、彼だけでなくレナもいた。
「ごめんね、ヒデオ君」
そう述べるレナはしおらしく、
「いろいろ
それが本当の、彼女の素顔なのだろう。その素顔で、彼女が微笑む。
「ありがとう。パパのことも、私のことも、助けてくれて」
「……。いえ」
元から美人なのだから。
そんな風に笑われては、イチコロになってしまいそうだった。
「やり直すことにしたんだ。アルハザンのみんなで。ヒデオ君も、
「ええ」
アーチェスが頷く。
「本当にムシのいい話で
「……できれば、その」
「ええ、もちろん。力に
そうか。なら、よかった。
ならばきっと。
「
「……蜘蛛?」
「アルハザンの印」
と、レナが
「よく、毒蜘蛛なんて言われますが。ただの蜘蛛です。魔界では、国や慣習によって神聖視もされる生き物です」
まあ、確かに……
「なぜ、シンボルに」
「ええ。蜘蛛は、巣を張るでしょう。
「……なるほどな。そういう意味だったのか」
リュータだった。やってきた彼を見て、アーチェスが言う。
「もう、傷の具合は……」
「ああ。あそこまで
以前にヒデオがデパートで見たのとは、
「お前ら、どうすんだこれから? アルハザンは解散か?」
「いえ、丁度その話をしていたところですが……鈴蘭様が、この都市を使えばいいと」
「なに?」
アーチェスの言葉に、リュータが目を丸める。
「じゃ、あれか……今度
「そういうことです。そして何年先かはわかりませんが……少しずつ、人間たちとの
「……
リュータの言葉で、にこやかだったアーチェスの表情から、さーっと血の気が引いていく。レナがぐっと
「大丈夫だよ、パパ。そしたら今度は、それが私たちの戦い!」
「……なるほど。ええ……そうですね。きっとこれから先は、今までになく楽しい戦いが続いていくんでしょうね」
リュータが苦笑した。
「……めんどくせぇよな。なんで俺らは最初っから、こううまく分かり合えねえんだろうな」
「……さあ。でも」
「でも……なんだ?」
ヒデオは言う。
「傷付け合うことで深まる何かも、あるのかも知れない。誰かがなんとなく始めたような戦争じゃなくて……わけもわからない兵隊同士じゃなく。君と、アーチェスのように。はっきりと意見を持った者同士なら、戦うことも無意味なんかじゃないかも知れない」
「……なるほどな。ああ、言えてるぜ。そういう幸運も、たまにはあるのかもな」
入れ
「……いえ……あの」
「……結局」
「あなたは、未来視の魔眼なのかしら」
「それは。なぜ、また」
「……
「……」
なるほど。どうだろう。さすがに今、それを
そして彼女は確信したように、小さく
「……もっともあれこそが、
ヒデオは
「ええ。きっと、誰にでも」
ヒキコモリの自分にもあった熱。他の誰かにないなんてことは、きっとない。人は誰でも、何かを決め、何かに進み始めたとき、熱を持ち、やがて
「そうね。だから私は、人間が好きなのね」
「
「……。どこへ」
「あなたの家へ」
「待っ」
それを言う
遊びに来るって。
あんな美人が?
そう深い付き合いでもなかった気がするが、どこかでなんか変なフラグでも立っていたのだろうか。
「どうしたの。もう一人の主役が、こんなとこで一人
鈴蘭だった。ミラーグラスをかけない笑顔は初めて見たが、なるほど、あれだけ大勢に
両手にグラス。その片やを
「飲もう」
「どうも」
受け取り、一口。向こうにいたときはハメの外れないように、酒は
「終わっちゃったね、
「ええ」
「……楽しかった。すっごい楽しかったけど……ごめんね。なんだか、いろいろ大変な目に
「いえ。この大会があったからこそ……」
ウィル子と出会ってからの素晴らしい全ては。鈴蘭が望んだ、みんなの楽しかった思い出の全ては、この都市で。
「……このハッピーエンドを、こうして
「うん……そっか。うん、そうだ。そうだよね」
花火が上がる。色取り取りに。大勢の
本当に、本当に楽しいことが大好きなのだろう。彼女の横顔は有終の美に満足する一方で、それが終わってしまうことへの
「ヒデオ君は、これからどうするの? やっぱり、うちの会社じゃだめ?」
「いえ……」
なんというか。
そういうのではなく。
「やっぱり、ガラじゃないか。あ、でも公務員なんか似合うかも。
「……そう、でしょうか」
役所の窓口に自分みたいな目付きなのがいたら、自分はきっとなんの相談にも行かない。
「ま、いっか。でも、うちならいつでも
いや。それは指名手配と。
「料理もお酒も、まだまだいっぱいあるから! 早く戻ってきてね!」
大きく手を振りながら、鈴蘭が輪の中へ帰って行く。
(……)
終わる。
祭りが終わっていく。
「ここにいましたか」
なんの足音も気配もなかったのだが。
声に振り向くと、リップルラップルとケンカを始めた、あの少女が立っていた。
「君は……」
「マリアクレセルと言います。この都市の創造者。あなたたちが元々暮らしていた世界の管理者……いえ、今となっては守護者の方が適切でしょうか」
「ひょっとして……天界の」
「天使です」
それからヒデオが
「……そのあなたが、何か」
「先ほど〝
ああ……そうだった。
確かにそう言われた。が、大会の優勝者は翔希とエリーゼだ。どうせ話半分のことだし、誰に信じてもらえるとも思えない。ヒデオはそれをまだ誰にも言っていなかった。
「表向きは翔希とエリーゼの二人が、次代の聖魔王となりました。そのため鈴蘭の望みで、聖魔杯はもう一度作り直しますが……」
「作り直す……ですか」
少し危ない気もしたが。
「もちろん今回のような悪用がないように、セキュリティは強化します。聖魔杯そのものは文字通りの
「まさか」
「あなたに会いに来たのは、その自覚を
自覚もなにも、実感すらないというのに。いや、だからこその警告なのか。ちょっとしたことで軽々にそれを使ってしまわぬように。
ならば
ヒデオは一つ首肯。
「わかりました。しかし他にまだ、何か」
「あなたはこの世界をどうしたいですか。もちろん、この
どうと言われても。
どうしろと?
「表向きに世界を律する聖魔王がいます。ですが一方で、その気になれば彼らの決めたルールを
すなわち、自分。
なるほど。リーダーが二人。
「しかも
「僕は、僕のままでいい。翔希とエリーゼの世界なら、きっと満足もできるはず。まあ、それ以前に……」
ヒデオは視線を移す。
みんなと
「……僕は、僕たちが生きる二十一世紀という未来を、ウィル子に
「そうですか」
その声には表情と同じで、納得する色も、否定する色もない。
「では、これからどうしますか」
「……それは、だから」
「いえ。あなた自身の身の
身の振り方。
鈴蘭にも聞かれた。
ずっと迷っていた。
結局、東京の元のアパートに戻っても何もない。実家にも帰れない。
引く手は
「あなたも天界へ来ますか?」
「……」
「いえ。死ねという意味ではありません」
当たり前だ。
「あなたたちが
「ウィル子が……?」
「そうです。もはやあなたたちの世界を語る上ではないがしろにできない、電子世界を
そうか。
……そうか、本当に。
(……ああ)
よかった。
なら、それがいい。
「本来の
「いえ……、僕は」
自分は、どうしようか。
「……僕は、元の世界に戻ります。一度投げ出してしまった社会生活を、もう一度やり直してみます」
「就職活動を?」
「ええ。それでだめだったら……そのときは。
「そんな二本目の矢があると思っているから失敗するのです」
ざっくり心を切り
でも。まあ。
いいじゃないか。
「その辺も含めて、僕なので」
言ったところで、美奈子の声が聞こえた。
「ヒデオさん! ほら、さっきからウィル子さんが!」
「まぁ~すたぁ~~~~~っ! いつまで
軽く

有り
本当に有り難い。
ああ、そうだ。この先どんなに
「……僕はもう、一人じゃない」
「ええ。その通りです。ですから覚えておいてください。魔殺商会やエリーゼ興業の他に……天界という
「はい」
ヒデオの声に、マリアクレセルは
「みんな待っています。さあ、生きなさい。あなたという
「はいっ……!」
仲間たちの待つ場所へ。