①
明くる日。
実に数週間ぶりの……早くからいる者たちにとっては、実に一ヶ月以上ぶりの休日である。が、
その気付きの
「
問題は、最下層ということだ。中身の
並べた地図に、ヒデオはアルファベットを振っていた。Aは
に、Bは
に
「ちょっと……ダーリン、これって……!」
真っ先に声を上げたのはアカネだった。ヒデオは
「仮説に、過ぎない。だが。恐らくは……こういうことかと」
「う……む。しかし……」
ヒデオがアルファベットを振ったのは、地図の
つまり、階段やエレベーターだけで見ればダンジョンは真っ直ぐ下方向に続いているように思えるが、実際は
本来はもっと浅く、広く……そう、
「恐らくは、階段の
そうした幾つかのひとまとめにした
「だが……いや、やはり
「では、大佐。我々が今呼吸している空気は、どこから。この地下三十階付近、青空が見えるというのはどういう理屈で」
「う、む……、それは……」
「そうか……!」
あっと声を出したのは
「大佐、覚えていないか? 最初の
ヴェロッキアが相づちを打った。
「……なるほどな、それであれば我も不思議に思っていた。だがヒデオの言う通りであれば、納得できよう」
「ああ、その日はまだ
甲士郎とヴェロッキアが
これはある種の実証ではないか。いや、
「大佐。あなたは、常識の外側を知っているのでは。僕は。神や、魔人がいて。異界や。魔法があるのに……ワープがないなどとは、認められません」
「……ふふっ。いくら知識と経験があっても、若者たちの頭の
「けど……ヒデオさん」
「この場合、エレベーターってどうなるんでしょうか……?」
「もちろん、それは……僕も。気になっていました。ですから、確かめに行きましょう」
幸か不幸かこの場所には、
「お、おい外に行くのか? ちょっと待ってくれ、ジャバンスーツに
甲士郎があたふた飛び出し。最後に席を立ったハニ悪はマルボロを
「急に……。男の目に、
部屋の
「ああ、今の
◆
美奈子と
〝久しぶりに戻ってきたでござるが……どうするつもりでござるか〟
「開けます」
ヒデオは
「ちょ……っとダーリン。これ、たぶんオリハルコンの合金よ? どうやって開けるの」
「……。」
オリハル、コン?
なんだかトラウマチックな思い出が
「エリーゼちゃんの鉱山でダーリンも見たでしょ。合成は違うと思うけど、あんな感じの」
終わった。
そうか。よく考えれば不思議な話だが、どうりで魔物がいるような中でも
息巻いて出てきたヒデオは、
「▼々
◇金属デスカ」
やってきたグレイが、端末をそのドアへ向けてピコパポピパ。
「ワタシノ銃ヲ ふるぱわー照射スレバ ナントカナリソウデスガ」
アカネがぎょっとした。
「な……、なんとかなっちゃうの……!?」
「ソノ代ワリ えねるぎーぱっくガ空ニナリマスノデ 以降 もんすたー退治ノオ手伝イハデキナクナリマス」
それとなく、全員で大佐の方を見る。
「いいのではないかね? これまでと
話はすぐに決まったが、歌い終えたレミーナが言う。
「あの。エレベーターの中身ごと……もしかしたら私たちごと、どかーん! と
「ソコハ ゴ安心ヲ。構成物質ノみくろカラ めぞ的組成ニ作用サセマス。固有振動数せっとヨシ すぴん
オモチャじみているくせにえらい高性能な銃の回路を、
グレイ一人を残し、全員でドアから
美奈子がふと
「でも……これを壊したら、アルハザンにはなんて言い訳すれば?」
あっ、と全員で口を開けたときには、びぃむ、と放たれた非常にわかりやすい光線が、ドアにぽっかりと真円の穴を開けていた。
「……まあ、開いてしまったものは仕方ないな」
言いながら冷や汗半分の大佐。アカネが
「新種の
と、穴の中を見たアカネが
「なに、これ……?」
気付き、全員で絶句する中……仮説から仮説を組み立てていたヒデオは、一人冷静にその光景を
②
ドアの中の空間には、カウンターウエイトと呼ばれる重りが一つ。それを
だが、それだけなのだ。あとは何もない。
ここが終点らしく、地面はある。だが
「ヒデオさん……!?」
美奈子の制止も聞かず、その中に入ったヒデオは見上げてみる……が、暗い。
「すみませんが。誰か。明かりは」
「待ってろ、俺がヘルメットのフラッシュライトで……」
同じくその空間に入ったジャバンが、ライトのスイッチをオン。サーチライトのような明かりで上を見上げる。
「すごいな……なんだ、あれは? ドアが……
真っ暗な中、上へと伸びるワイヤーに沿うよう、ぽつりぽつりとドアが見えた。
「……ん?
と言っても、
入れ
「もう一つ。調べて、欲しいものが」
「ん?」
ジャバンに
「こいつはっ……大変な発見だぞ、ヒデオ! 無線機だ!」
そのままヘルメットのモニターを通し、ケーブルの
「本当かね!?」
「コチラノせんさーデモ 確認デキマシタ。コノ☆デ
しかし、グレイの声はそこでトーンが落ちる。
「……デスガ」
「ああ。電力が通っていない」
ジャバンが相づちを打つ。
「くそっ……エレベーターと電源が共通なのかも知れないな。結局のところ、あいつらが上で操作しないと使えないってことだ」
だが、これで
「ヒデオさん、これが目的だったんですか……? この中継器」
「ええ。昨日の、話です」
「「「昨日?」」」
昨日、アーチェスが言った
昨夜、爆薬の話の後、ザジが
〝なるほど……やはりヒデオ
「ええ。本官もウィル子さんのことがショックで、そんなことを考える
……?
ザジ
話の流れから、てっきり早く帰ってこいとの
それにメールであれば、やはり確認するべきだろう。彼らが行っていることの規模と重大さを考えれば、仲間たちからの、リーダーであるアーチェスへの一大事のメールかもしれないのだ。
しかし着信はあった……。
……着信?
いや、知らせるために使用される機能はもう一つある。
アラームだ。
ミッシェルの帰りが
(……)
筋は通るが何か
なんだろう。
「……ほら、美奈子さんがウィル子ちゃんのこと言うからダーリン思い出して
ひそひそ。
「ええっ? いえ、本官は別にその……岡丸があんなこと言うから……」
ぼそぼそ。
〝でも美奈子殿も言ったでござるよ……〟
(……)
いけない。そうだった。思い付いた新たな問題よりは……と思った矢先、察したようにヴェロッキアが話題を変えた。
「どうするのだ、ヒデオ。せっかく上が見えておるのだ、我が少し見てきてやろうか」
「……いえ。結局の、ところ。これを使って全員が
ぽっかりと闇に浮かぶドア。ダンジョンの中の、どこかの階には出られるだろう。だが当面の問題として、他の人質たちの安全確保。それができなければ何も意味がない。
「しかしだヒデオ君、結局は見ての通りではないかね? ドアは一列に並んでいる。残念ながら、ドーナツ川説は……」
「いえ、
「ふぅむ……」
と大佐は一息。
「つまりこう言いたいのかね。ダンジョンの基本構造はあのテーブルに並べたとおりで……曲がっているのは、この闇のエレベーターシャフトの方だと」
「曲がっているか。あれらのドアがワープホールになっているかは、ともかく……でなければ、説明が付きません。センタービルより上の階は、通常のシャフトである説明が。地下部分だけが、
根負けしたように大佐は苦笑する。それは同時、死を思い
「わかった、わかったよ。オーケーだ、ヒデオ君。昨日までなんの手立てもなかったものを、ここまで読み当てたのだ。これから先は、君の説に
そこでアカネが手を挙げた。
「ねえ、ところでダーリンと大佐。この穴どうするの?
?
「グレイさんがやったの、分子分解みたいだから。今ならその辺に
「デシタラ ソノ前ニ。 念ノタメ イツデモ開ケラレルヨウ ろっく機構ニ 細工ヲシテオイテハ イカガデショウ」
「そいつはいいアイデアだ! ちょっと待っててくれ、いまジャバンスーツのセンサーでスキャンするぜ」
結構
「……ジャバンスーツの、エネルギー源は」
「熱い血潮と、根性さ!!」
親指、ビシィ!!「……。」
いや。
何も言うまい。
「本官も、何かお手伝いすることはありませんか?」
「スミマセン。手ガ 装置ニ届カナイノデスガ」
「手ではなく背が届かんのだろう。我が
アイデア出し合い、協力し合う彼らを見て、レミーナが
「若いって、いいですねぇ……」
ハニ悪がうまそうにタバコの
「最近の若い
本当に、みんなでわいわいがやがやと。なんだか文化祭の前夜を思い出す。
「……しかし、そうなると」
ヒデオは再び思った。
「レミーナさんの、お歳は」
へらっ、とレミーナ先生の笑顔になる。
「どこの病気ですか?」
ぶんぶか首を
そうこうする間に。
「再構成ーっ!!」
アカネの
「ふぅ……我ながら上出来っ!
とアカネはウインク一つ。大佐がまんざらでもなさそうに
「そうして連中を言いくるめるのも、確かに面白そうだが……せっかく
「ええ。ウィル子は、そこからやってきますので」
「そう、ウィル子さんがここから……」
と当たり前のように頷きかけた美奈子。
「……って、なんですってヒデオさん!?」
全員が、
③
地上では予定通り、
社長室ならぬ会長室。ウィル子はそんな様子を、街角ウェブカメラで見ながら。
《うあ~……なんだか申し訳ないのですよ~……》
「気にしない気にしない。いっつもサボってばかりなのが、ようやく給料分走り回ってるだけだから」
あっけらかんと笑う鈴蘭。
どうやって成り立っているのだろう、この会社。
「で……リップルラップル。どう?」
「まあ、待つの。あの性悪女が設計した都市なの。複雑
聞いたところ、意外や意外。専門の畑は違うがこの幼女、あのドクターに
《設計した性悪女というと……つまり天界の?》
「いつもスカした無表情で羽もないくせに天使とは生意気なの。
最近はあまり俗に聞かない気がするウィル子、無表情はそういうリップルラップルも
「言いたいことがあるならはっきり言うの。
《え~、まあ。その……》
スピーカーをミュート寸前に。
《
「う~ん、でもリップルラップルほどは
投げるペン先ストライク。
「ほらこれだ! すぐそれだ! どー見てもマリアクレセルの方が落ち着きあるよっ! っていうか姉妹なんだからもっと仲良くしなきゃだめなんじゃないっ!?」
「その
冷たく言い放ったリップルラップルは新たなペンのキャップを開け、また書き始める。でも気配以外は
「それにしてもドクターの話、本当なの? その……入れ子になってるって」
「あの女であれば、そんな
事の
他の者たちが話し込む間、ウィル子なりにあれこれ地図を
そこで登場したのが、ダンジョンをチート的に
都市の地下がワープを使用したハニカム構造となっているか、異世界の入れ子になっているか、二つの可能性があると言い出した。そして今現在、リップルラップルが入れ子構造の可能性を研究中というわけである。
入れ子とはつまり、ロシア
やがてリップルラップルの手により、どつ、と一際強くピリオドが打たれる。
Q.E.D.
その最後を
かく示されたり。
一息ついて、リップルラップルが振り返る。
「……リュータの地図の
「ええっと……つまり?」
「リュータの地図を元に異空間を造ろうとしても、入れ子の容積が足りないの。マトリョーシカは
「マトリョーシカ……って、誰だっけ? いや、ロシアとかあっちの方の人っていうのはわかるけど」
無表情のリップルラップルの目が、さらに冷たく細くなる。ああもうなんかめんどくさい人だなぁ……と鈴蘭を無視したウィル子は、先を
《ハニカム構造の方が可能性は高いわけですね?》
こくこくと。
「その通りなの。問題は……」
問題は、どのフロアにヒデオたちが
だが希望は
「ウィル子はいるか」
入ってきたのは
《ウィル子ならここに》
「連中、動いたぞ。『みんなの広場』を見てみろ」
言われ、ウィル子は
「え? ヒデオくんの書き込み?」
「と、通常であれば思うだろう。ウィル子、念のため少し調べてみてくれ」
次に彼が見せたのは、いくつかのWebアドレスを記したメモ用紙。
《……ははぁ、なるほど》
ウィル子はすぐに貴瀬の意図するところを
《にほほ! にほははは! 電子の
「えっと、どういうこと? ログとか
《ラティさんのことはともかく、ウィル子の
あのとき自分は、
貴瀬が
「そういうことだ。もしエンジェルセイバーからパクった機密を残さず、ウィル子が急に消えたとしたら……そして、今朝になってこのメッセージを俺たちが見つけたとしたら」
「あ……そっか。ウィル子ちゃんは、このヒデオ君の書き込みを見て出て行った……って思いますよね」
二人同時のあてどない失踪よりは、片方は理由があって失踪した……という方が不審感は
こくこく。リップルラップルが
「でも、いよいよ策士が策に
「え?」
「鈴蘭。ウィル子は見事
「ああ、なるほど……!
実際には、すでに人質たちをどうするかの算段に入っているとも知らずにだ。
「じゃあここは
「だが、あまり早く気付いても不自然だ、それは午後になってからでいいだろう。それより……ダンジョンの
足元の計算用紙を
「ええ、それは
「そのとおりなの。あとは、リュータたちの座標調査次第なの」
「ふむ、万事順調……」
と言いかけ、貴瀬はウィル子の表情に気付いた。
「どうした、ウィル子。まだ何か気付いたことがあるのか」
《え? あー、いえ……書き込み自体は偽装でいいのですが、この内容はどういう意味かと》
〝昔の君の部屋で待つ。〟
《ただの偽装にしては、
「……
それはそうか。
でも、君の部屋?
(ウィル子の部屋……)
アルハザンは、なぜそんな言葉を選んだのだろう。書き込みのログは深夜。受付のカウンターでやられてから、
(……)
時間が経っている。
いや、逆に……なぜすぐに書き込まなかったのだろう? 最初は無視を決め込むつもりだったのか……ひょっとしたらその間に、ヒデオに何か聞いていた?
偽装を
ウィル子はモニターの中で一度かぶりを振った。助けたい一心のせいか、どうも都合よく考えてしまっている気がする。仮にヒデオ自身の言葉だったとしても、そこまで用心深いアルハザンであれば、書き込む前に書き直してこの形にしているのだろうし。
だが……この不自然な文脈。書き込みまでの不自然に空いた時間には、何か理由があるに
向こうは、自分が死んだと思っているのだ。アーチェスの性格から言えば、包み
──彼女に、何か
「……!」
そのときヒデオが自分の生を信じていてくれたなら、そこに符丁を込めたのではないか?
連中も意味はわからない。不思議がる。だが、ヒデオ自身が言ったのだ。そして
(けど……)
もしそうだったとしても。ならばヒデオは、この言葉にどんな意味を込めたのだろう。そこが最大の問題だ。彼は何を求めているのだろうか。
そうしてウィル子は、めまぐるしい勢いで、暗号解説や暗号にまつわる雑学的なサイトを
「でも……ダンジョンの調査が終わらないと、私たちとしてはこれ以上動きようがないね。スタジアムが直らなきゃ決勝戦も始まらないし」
「
「いらんいらん、ただでさえ
リップルラップルはふるふる、首を横に。
「食べ物で遊んでは、いけないの」
「ならばドクターに言って角砂糖射出機でも作らせるか。遊びではなく実戦用の」
「面白そうですけど話がずれすぎです、ご主人様。それだったらむしろ……」
なんか外野がうるさいのでウィル子はポートをくぐり、そっとその場を
◆
大会が
そこへ。
「……ご用ですかニャ?」
訪れたのはダンジョンの常連で有名なリュータ・サリンジャーと、決勝へ勝ち進んだエリーゼのパートナー、長谷部
リュータが言う。
「ダンジョン
続いて背後の翔希を親指で示し、
「こっちは逆に、決勝まで時間が空いちまったから
「そですかにゃ」
ミッシェルは受付用紙を二枚。
「けど、その荷物はなんですかにゃ?」
と翔希の背負った、メカメカしいバックパックを指差す。
「ん? ああ、
「怪しいですニャ」
何気ないミッシェルの言葉に、翔希は苦笑。
「そこなんだよな……あの人の作るものは
言いながら用紙に書き込む翔希。
「フリーターは大変ですニャ」
「まったくなぁ」
先に書き終え、用紙を
「でも無職よりはいいですニャ?」
「モンスターハンターだ。自営業だ。フリーランスであって、フリーターじゃねえ」
「そですかニャ」
翔希の書き終えた用紙も受け取るミッシェル。
「
「俺はリュータほどここのダンジョンになれてないからさ、道案内を
「手のかかるモンスターは元勇者の経験値になってもらって、俺は道先案内人として少しばかりマージンをもらう。利害の
「それはいいですニャ。では確かに受け付けましたニャ。気を付けて行ってらっしゃいですニャ」
二人はエレベーターへと向かっていく。
「止める理由もなかったですが、よかったですかニャ?」
《ええ。こちらでもライネーズ君が
と、アーチェス。
《まあどれだけ怪しかったとしても、下手に止めれば怪しまれるのはこちらです……その調子で、いつも通りの対応をお願いしますよ》
「
④
旧スタジアム
その
「ひひっ、どうだい? どうなんだいぃ!? こんなこともあろうかと僕の開発しておいたロータリック・コンバインド・ギャラクシィ、その名も『いなほX』の
「ぐっ……く……!」
エリーゼは
フルクローラーで
「
「そうだろう! そうなのさぁ! いひひひひひぃっ!! なかなか理解してもらえなくてねぇ……」
理解してもらうには、制作物の成功と失敗とが
「「「ハイール、シャチョウ!! Aブロックノアシバガ、クミアガリマシタ!」」」
「え……あ、そ……。じゃ、
「「「サー、イエッサー! ハイール、シャチョウ!!」」」
高々と右手を挙げ、またザッザッザッ、と持ち場へ去っていく。
「あれ……あんたの病院に担ぎ込まれた連中よね。ナニシタ?」
「いやぁ、鈴蘭から急ぎでって言われたからねぇ……。ひひっ♪」
「あとで元に
それはそうと。エリーゼは背後にデンと
「……これはなんなワケ?」
ドクターは
「
「ふぅん。例の、地下構造の位置測定するっていう……?」
「時空間の入れ子構造だった場合でも、子機の位置座標を高次元的にプロットする優れものさ……あとは子機を背負ったリュータたちが、地下にいる人質たちの場所にたどり着ければ一発なんだけどねぇ」
その場所は
「子機の電波ってのは、地下からでも届くわけ?」
「ひひっ、抜かりはないよ。この親機と子機の間で
エリーゼは
「……
「こんなオーパーツ、今の人間たちには必要ないよ。神さまや
「そ。おかげで私やウィル子みたいな新しい
ドクターがニヤリと笑った。
「それだけが在り方でもないさぁ……ボクなんかは、こうして人間たちと一緒にいた方が楽しいけどねぇ」
「……それは……そうかもね。精霊の庭にいるよりは……」
と、何の気なしに
《乱暴な……。エリーゼ、パソコンは
「あんた
「……で。なんの用」
周りの目がないことを
「……あんたの部屋で待つ? パソコンの中でってこと?」
《いえ。それではどう考えてもおかしいので、ウィル子は
「あんたはどう思う、ドクター」
エリーゼが話題を振ると、彼も
「そうだねぇ。元
やはりその辺りまでは間違っていない……とウィル子は首肯。
ヒデオは東京で引きこもっていた間、よほど
《ではやはり、
「類語辞典なんかで、いろいろ読み
《なるほど! わかりました!》
さっそく文章をひらがなにしたりカタカナにしたり様々な文節を切ったりしつつ、その手のサイトに
「でもウィル子。あんた、前にヒデオとテレパシーみたいなことできるって……あ、それで通じるくらいなら、とっくに居場所もわかってるわよね」
言いかけたエリーゼだったが、自己完結。
《そうです……マスターが
《でも……》
「?」
《マスターは、きっとやる気になっています》
「……そうね。やっぱりあんた、だいぶ元気になってるものね」
「それまでのヒデオはよっぽど落ち込んでたんでしょうね。だからあんたも調子が奮わなかった。でも今は
《そ、そうなのですよー! いつも勝負のときに感じた……!》
《わくわくするような、イケイケな感じがしているのです! マスターはいま、きっと何かをやる気でいます! 何か希望を見つけたのです!》
「だから
《その通りです!》
だから、なんとしても読み解かなければいけない気がするのだ。気がする、なんて電子世界では有り得ない考え方だが、今は違う。
エリーゼが言った。
「あんたの部屋、どんなだったの?」
《は?》
「あんた、パソコンの中の自分の部屋をヒデオに見せたことはなかったの? その風景の中に、何か特別なものはなかった?」
あ……。
《ああっ!?》
そのとき、まさにぴたりと当てはまった類義語があった。そして視界に映ったものがあった。彼と、PC内の部屋について語ったことはただ一度だけ。
昔の部屋。昔。過去。
──太古の技術、ワイヤーフレームです。
いつ言った言葉だった? いや、いつだったかなんてどうでもいい。そこに思い至ったとき、ウィル子の目の前には、資材を上げ下げするクレーンのワイヤーがあった。金属ワイヤーなら電気は通る。自分なら行くことはできる? そう思ってそこで待っている? ワイヤーのある場所で君を待っている? 捕らえられている場所には、どこか外部からワイヤーが
《どう思いますか!? とんでもない曲解というのは、ウィル子もわかっていますが……!》
これで思考が固着し、発想の
「……あるかも知れないねぇ」
《それは本当ですかドクター!?》
「可能性としてね。リュータくらい熟練したプロの
この都市、ひいてはダンジョンを生成したのは鈴蘭にお願いされた天使と呼ばれる存在だという。だからトラップと言っても
その設計者が、いいように悪用されかねないような密室を用意しているか、と言えばそれは考え難いという話。
じゃあどこに、どうやって。
「君がデパートの
エリーゼが賛同する。
「パネルにちょっと細工してやれば、ボタンの組み合わせで
《十階ごとに止まるエレベーターの、その
「そうだねぇ……ダンジョンが入れ子構造にしろ、ハニカム構造にしろ、そうなるとエレベーターシャフトはきっと普通の時空構造をしていないさぁ。そこだけが異空間という可能性もある。適当な高さでドアを開け、シャフトの
《でも、それだと……地下じゃないという可能性も?》
「あるかも知れないし、ないかも知れないねぇ……ひひっ。でも君の言うワイヤーが、彼らの
さらにエリーゼが
「ちょっと行って調べてみればいいじゃないの。電線の中じゃ、
《向こうも見つけようはありませんが、どこかの
回線というのは、ずーっとトンネルの中のようなものなのだ。地下鉄に乗ってるとき、今どこを走っているかわからないのと
駅であれば次は何駅、何番線に乗れば行き先は何方面と、ある程度わかるが……ネット上であれば行きたい場所を
《というか、すでにセンタービルの方を探っているのですが……え?》
「どうしたのよ」
《センタービルって、エレベーターは何基ありますか?》
丁度今しがた、電源の入ったそれがあった。
確か……とドクターが
「ダンジョン探索用に一基、地上階用に四基あるはずだけどねぇ……まあ、上のオフィス部分は大会役員しか用事がないから、上の方は今は二基しか動いていないはずさぁ。残りの一基は予備、最後の一基は非常用の」
そうか。
今までチェックしていたデーターサーバーなど、もぬけの
だからこうして、通電
「現在使われていないそのどちらかは、地下まで通じていますか!?」
「なんだって……?」
それまでおかしな笑い方しかしなかったドクターが、初めて不可思議な表情をみせた。
決まりだ。
行く価値はある。
通電。トンネルに明かりが
そんな場所に降りられるのか?
いや、そんなことはあまりに細かい問題だ。
彼が待つ、その場所へ……!
⑤
いいとこ話し終えてしまっては、元よりすることもない地下組。そこへ降りてきたのが、
「ヒマだろうって、オヤジがさ。好きなように遊んでくれと」
大きな
「今日は君の当番なのかね?」
と
「前も言ったろ。オレの当番ってより、ミッシェルが受付のシフトなんだってば」
ジャバンとアカネとレミーナと、さっそくめぼしいゲームはないかプレゼントの中身をあさっていた。
「あいつも後で配給持ってくるよ。何か欲しいものがあったら、オレから伝えとくけど。どうだい」
「……
「あ?」
大佐の言葉、ザジにとっては予想外のものだったらしい。
「あんなってのは?」
「ヒデオ君が少し口を
「なんだ……昨夜は変な
「
表情は変えず、大佐には答えず、
「
「……」
切り出したのは大佐だったが……まあ、心を病んだ同士のよしみ。ヒデオも興味はあった。
「何が。原因で」
「……パートナーのウィル子が死んだら、今度はアネゴの心配かい?」
「……」
「……わかったよ。そう
と、ザジは小さく両手を上げる。
ヒデオはそんなつもりはなく、生来の目付きの悪さなだけだったが……
「と言っても、オレもよくは知らないよ。早い話が、家庭の問題だったかなんだか。ガーベスのやつが言うにはね」
「……家庭、の」
「アネゴはガーベスよりは若いけど、オレよりは古い人でね。人権とかそういうのも、あんまりなかった時代さ。家庭の問題とか軽く言っても、そりゃひどかったんだろうさ。いつだったか、地下室に閉じこめられてた
「つまりは、
半ば
ザジが生気のない目で
「さすが軍人さんだ、戦場だけが
(……)
「でまあ実際、あっちこっちの
違うかい、とザジが小首を
ヒデオは……自然と、
「……意外だな。あんた、アネゴを
「……。別に」
これも素直に首を横。
それよりは、ザジの言葉が
そして彼らが地獄と呼ぶこの最下層だが……逆に、意識が変わった今のヒデオにとっては、そう悲観的な場所でもなかった。魔物が出る。明日の保証はない。アルハザンの計画一つで、いつ死ぬともわからない。
でも、仲間たちと
そうして居場所なんて、本人が決めるもの。
どんな目に遭っていたかは、知りようがないが……レナは、地獄のような中でアーチェスという神に手を差し
自分が、あのアパートから連れ出してくれたウィル子に恩義を感じているように。いや、もしかしたらレナはそれ以上に、アーチェスに
(……)
少し切なくなる。
彼女とは、もう敵同士。
戦うとなればアーチェスという神を切り
「お
「……」
「ま、だからアネゴも本気になってたのかもな」
お人好しだから本気で
意味を理解できないヒデオを、ザジが鼻で笑う。
「
昨夜のように、
不自然なまでの
充分に、その足音が遠ざかったところで。
「……
ヒデオの声に、ピコパとそれをいじったグレイが、かぶりを
「イエ ひでお氏。 ソレラシイ反応ハ 何モ……」
「ジャバン、スーツの方は」
こちらも首を横に振り、
「いや……残念ながら、あのときみたいな異状はないな……」
(……ウィル子……)
来ない……か。
さすがに、昨日の今日では無理な話か。
それとも、あれだけの言葉ではだめだったのだろうか。それともやっぱり、自分からのメッセージとは気付いていないのだろうか。それとも……まさか自分が思い込んでいるだけで、本当に死
「っ……」
まるで
なしだ。それだけは許されない。
自分が信じなければ、どうする。
「……少し。見てきます」
急に立ち上がったヒデオに、
「見てくるって、ヒデオさん!? ちょっと!」
〝一人では危ないでござるよ……!〟
だがヒデオは構わず
(でも)
それでも、信じたのなら。
動かなければ
そうしてヒデオは駆け足に、エレベーターの前まで
今朝、見たままの光景だった。
ただし……ある一点を除いて。
「ウィル、子……」
今朝見たままの、カウンターウエイトの横に。どこから降ってきたとも知れない、パソコンが一つ。
まるで何かの
《……ますたー?》
「っ……」
泣くものか。
だって信じていたのだから。
ああ。聞き
ヒデオは深く頷いた。
「……ウィル子……」
「マイ・マスターっ……!!」
飛び付き、
「マスター! やっぱり無事だったのですね! やっぱりあれはマスターからのメッセージだったのですね!? やっぱりマスターはかっこよくアルハザンを
はしゃぐ彼女の頭を、しっかりと
よかった。
本当によかった。
何もかも投げだそうとした自分なのに。ただ
「……君も。無事で、よかった」
「には……にはは。ウイルスの
ヒデオのウィル子を
《にはは……実は、上で少しばかりやられてしまいまして……》
そうか。やはり相当きわどい
「……ああ。無理は、しなくていい」
それでも元気な姿は見られたのだ。
振り返れば……

だが、これが現実だ。
「ウィル子。みんなの、パートナーは」
《全員の無事を確認しています! 場所も特定して、今はいつでも
「外の、様子は」
《魔殺商会とエリーゼ興業に、
やはり、すごい。
「君は……。本当に、すごい」
《にひひ! にほほっ! にほはははっ!!》
ようよう我に返ったような仲間たちが、
さあ、これで
もう何も