①


 明くる日。

 実に数週間ぶりの……早くからいる者たちにとっては、実に一ヶ月以上ぶりの休日である。が、いたずらみんをむさぼってなどいられない。朝食を終えただだっ広いテーブルに、ヒデオは昨夜、たいから借りた地下階の地図を並べていた。

 その気付きのほつたんは、昨日の午後にあったしんどう。みーことエルシアが起こしたという地震だった。

かく変動による、通常の地震であれば、ともかく。地表でのばくはつや何かが。我々のいる、この最下層まで……届くでしょうか」

 問題は、最下層ということだ。中身のまった地層ではない。パイ生地のようにいくつもの空間をはさんだ、その最下層なのだ。上でのそうどうがどの程度の規模かがわからない以上、確定的ではなかったが……そうした空間は震動を吸収して余りあるのではないか。

 並べた地図に、ヒデオはアルファベットを振っていた。Aはに、Bはつながるように。

「ちょっと……ダーリン、これって……!」

 真っ先に声を上げたのはアカネだった。ヒデオはしゆこう

「仮説に、過ぎない。だが。恐らくは……こういうことかと」

「う……む。しかし……」

 面子メンツの中ではもっともこのダンジョンに精通しているだろう大佐が息をみ、うなる。

 ヒデオがアルファベットを振ったのは、地図のはし。大佐が目印としていた川の、端と端。その流れが繫がるのだ。まったくでたらめな階層同士、地下四階と地下十二階、地下十二階と地下二十九階……そして地下四十九階の水流は地下二階へ、水流を合わせるとぐるりと変則的なドーナツ型に一周し、いくつかの支流がララミーしようにゆうどうと呼ばれる地下六十一階、すなわち中央部に流れ込み、また流れ出ている。

 つまり、階段やエレベーターだけで見ればダンジョンは真っ直ぐ下方向に続いているように思えるが、実際はちがうのではないか。

 本来はもっと浅く、広く……そう、はちの巣のように。蜂の巣の一つの部屋に、十階層ほどが重なって入っている。それを降りきると、また別の部屋の最上階にワープさせられる……。

「恐らくは、階段のちゆうで。様式が変わるという、十階層ごとに」

 そうした幾つかのひとまとめにしたつつじようのダンジョンが、都市の地下に広く、横並びになっているのではないか。その程度の深度であれば、地表の震動も伝わるのではないか。

「だが……いや、やはり鹿げている。そもそもが、私の老いた頭から取り出したあやふやなおくの地図だ。そもそもこれでは、エッシャーのだまし絵と同じではないかね。水源がどこか……」

「では、大佐。我々が今呼吸している空気は、どこから。この地下三十階付近、青空が見えるというのはどういう理屈で」

「う、む……、それは……」

「そうか……!」

 あっと声を出したのはこうろうだった。

「大佐、覚えていないか? 最初のころ、余計な土砂をそこの川にどかどか流してたら、飲み水がほこりっぽくなったことがなかったか? あそこからみ上げる水なんだから当然だってことですぐにやめたが……あんな急流なのに、昼間捨てた土砂が夜になっても混ざってるなんて、おかしいと思わなかったか?」

 ヴェロッキアが相づちを打った。

「……なるほどな、それであれば我も不思議に思っていた。だがヒデオの言う通りであれば、納得できよう」

「ああ、その日はまだちん殿でんしきらないどろみずが、このドーナツ川をぐるぐる回っていたんだ……俺たちの今いるこの場所が、どの部分にあるかはわからないがな」

 甲士郎とヴェロッキアがうなずき合う。

 これはある種の実証ではないか。いや、ふうらせば今からでも、容易に検証が可能な事実。

「大佐。あなたは、常識の外側を知っているのでは。僕は。神や、魔人がいて。異界や。魔法があるのに……ワープがないなどとは、認められません」

「……ふふっ。いくら知識と経験があっても、若者たちの頭のじゆうなんさにはおよばんか」

「けど……ヒデオさん」

 が言った。

「この場合、エレベーターってどうなるんでしょうか……?」

「もちろん、それは……僕も。気になっていました。ですから、確かめに行きましょう」

 幸か不幸かこの場所には、ゆいいつの出入り口としてそれが通じているのだから。ヒデオが立ち上がり、止める間もなく部屋を出て行くと、一同がそれに続いた。

「お、おい外に行くのか? ちょっと待ってくれ、ジャバンスーツにえてくるから……!」

 甲士郎があたふた飛び出し。最後に席を立ったハニ悪はマルボロをくわえ、どこかうれしそうに火をけた。

「急に……。男の目に、もどりやがったな……。あんた……どう思う……」

 部屋のしきまたいだところで、ヴェロッキアはこうていした。皮肉げに笑ってみせながら。

「ああ、今のやつの血はさぞうまいだろう。だが、その血を何リットル吸ったところで、我の意志には従うまい……。まったくもって、人間とはよくわからんイキモノよな」


    ◆


 美奈子といつしよに放り込まれて以来、初めて戻ってきた。がんぺきに奥まったエレベーターのドアは、こちらから操作できるボタンもなく、固く閉ざされている。魔物の気配は、今はない。念のため、レミーナのじようの歌が聞こえる中。

〝久しぶりに戻ってきたでござるが……どうするつもりでござるか〟

「開けます」

 ヒデオはたんてきに言い放った。

「ちょ……っとダーリン。これ、たぶんオリハルコンの合金よ? どうやって開けるの」

「……。」

 オリハル、コン?

 なんだかトラウマチックな思い出がよみがえる。

「エリーゼちゃんの鉱山でダーリンも見たでしょ。合成は違うと思うけど、あんな感じの」

 終わった。しゆうりよう

 そうか。よく考えれば不思議な話だが、どうりで魔物がいるような中でもこわれないはずだ。

 息巻いて出てきたヒデオは、あぶらあせ一つ。しかし。

「▼々◇金属デスカ」

 やってきたグレイが、端末をそのドアへ向けてピコパポピパ。

「ワタシノ銃ヲ ふるぱわー照射スレバ ナントカナリソウデスガ」

 アカネがぎょっとした。

「な……、なんとかなっちゃうの……!?

「ソノ代ワリ えねるぎーぱっくガ空ニナリマスノデ 以降 もんすたー退治ノオ手伝イハデキナクナリマス」

 それとなく、全員で大佐の方を見る。

「いいのではないかね? これまでとちがい、ヒデオ君には何らかの考えがあるのだ。むしろ、それだけのエネルギーがまだ残っていることを幸運に思おうではないか」

 話はすぐに決まったが、歌い終えたレミーナが言う。

「あの。エレベーターの中身ごと……もしかしたら私たちごと、どかーん! とき飛ぶようなことは」

「ソコハ ゴ安心ヲ。構成物質ノみくろカラ めぞ的組成ニ作用サセマス。固有振動数せっとヨシ すぴんカイセキ……えこー・ぱたーんノ いんぷっとヨシ」

 オモチャじみているくせにえらい高性能な銃の回路を、うでに付けたたんまつからのデータとリンクさせていく。

 グレイ一人を残し、全員でドアからはなれる。

 美奈子がふとつぶやいた。

「でも……これを壊したら、アルハザンにはなんて言い訳すれば?」

 あっ、と全員で口を開けたときには、びぃむ、と放たれた非常にわかりやすい光線が、ドアにぽっかりと真円の穴を開けていた。

「……まあ、開いてしまったものは仕方ないな」

 言いながら冷や汗半分の大佐。アカネがかたをすくめる。

「新種のちようぜつ特級激レア最強モンスターが出て来て壊した、とでも言えばいいのよ。時間があったら、私が適当な金属でれんせいしても……」

 と、穴の中を見たアカネがくちもる。

「なに、これ……?」

 気付き、全員で絶句する中……仮説から仮説を組み立てていたヒデオは、一人冷静にその光景をながめていた。思考に生じていたじゆん、ウィル子へ伝えたかったメッセージ。整合するか否かのしゆんかんであった。


    ②


 ドアの中の空間には、カウンターウエイトと呼ばれる重りが一つ。それをつるすワイヤーと一緒に、何かのケーブルが上にびていた。

 だが、それだけなのだ。あとは何もない。

 ここが終点らしく、地面はある。だがかべはなかった。黒い、というよりやみ、とでも言うべきか。ウエイトとエレベーターの下りてくる区画分の地面があるだけで、あとはどこまでも落ちていきそうな闇。

「ヒデオさん……!?

 美奈子の制止も聞かず、その中に入ったヒデオは見上げてみる……が、暗い。

「すみませんが。誰か。明かりは」

「待ってろ、俺がヘルメットのフラッシュライトで……」

 同じくその空間に入ったジャバンが、ライトのスイッチをオン。サーチライトのような明かりで上を見上げる。

「すごいな……なんだ、あれは? ドアが……いているぞ」

 真っ暗な中、上へと伸びるワイヤーに沿うよう、ぽつりぽつりとドアが見えた。かすかなどう音をともない、ジャバンスーツのヘルメットに内蔵されたカメラはズームする。

「……ん? ちゆうからはつうのエレベーターシャフトになっているのか」

 と言っても、はるか上空の話だ。おそらくはそこから先がセンタービル。

 入れわり、立ち替わり、みんなでその様子を見た。目指すべき、なつかしき地上が見えた。まだ辿たどり着く手段はない。だが、目指すべき場所が見えたというそれだけで、活気付くにはじゆうぶんすぎた。

「もう一つ。調べて、欲しいものが」

「ん?」

 ジャバンにたずねたのはカウンターウエイトにくっついている機械と、そこから伸びるケーブルのことだった。

「こいつはっ……大変な発見だぞ、ヒデオ! 無線機だ!」

 そのままヘルメットのモニターを通し、ケーブルのつながる先を見上げる。大佐がめずらしく興奮気味に訊ねた。

「本当かね!?

「コチラノせんさーデモ 確認デキマシタ。コノ☆デ イツパン的ニ使用サレルたいぷノ 無線チユウケイ器ノヨウデス」

 しかし、グレイの声はそこでトーンが落ちる。

「……デスガ」

「ああ。電力が通っていない」

 ジャバンが相づちを打つ。

「くそっ……エレベーターと電源が共通なのかも知れないな。結局のところ、あいつらが上で操作しないと使えないってことだ」

 だが、これでなぞが一つ解けた。

「ヒデオさん、これが目的だったんですか……? この中継器」

「ええ。昨日の、話です」

「「「昨日?」」」

 昨日、アーチェスが言ったばくやくでの最後の仕上げ、どうえんかく操作するのかと思ったが……ヒデオには、その可能性がこれしか思い浮かばなかった。配給の時、こちらから開けることのできないエレベーターをどう開けていたかも、これで説明が付く。エレベーターが起動していれば、無線れんらくが使える。直接のリモコン操作か、やはり上に呼びかけての操作かはともかく。アルハザンの誰かがここにいるとき、という制約は付くにせよ、連絡が付くのだ。

 昨夜、爆薬の話の後、ザジがけいたい電話を取り出したときにほぼ確信していたが……確信は今、確証に変わった。

〝なるほど……やはりヒデオ殿どのは、いざというときにこそ冷静でござるな。せつしや、あのように所構わずめーるする若者は好かぬと思うばかりでござった。ウィル子殿のこともあって、なおさらでござったよ〟

「ええ。本官もウィル子さんのことがショックで、そんなことを考えるゆうとてもありませんでした」

 ……?

 おかまるの言葉で昨夜のことを思い出したヒデオは、少し引っかかった。

 ザジてのメール。

 話の流れから、てっきり早く帰ってこいとのさいそくのメールかと思ったが……それにしては折りたたみの携帯を開けなかったのはなぜだろう? 背面の小窓で着信は確認できたとしても、内容まではわかるまい。この中継器の秘密をさとらせないように……とも考えられるが、だったら最初から電源を切っておけばいい。彼らがそんな簡単なことをおこたるとは考えにくい。

 それにメールであれば、やはり確認するべきだろう。彼らが行っていることの規模と重大さを考えれば、仲間たちからの、リーダーであるアーチェスへの一大事のメールかもしれないのだ。

 しかし着信はあった……。

 ……着信?

 いや、知らせるために使用される機能はもう一つある。

 アラームだ。

 ミッシェルの帰りがおくれて二人が降りてきたように、他の者に心配をかけさせぬように時間を区切っていたのか……?

(……)

 筋は通るが何かちがう。何か感がある。もっと他のことが結びつけられそうな。

 なんだろう。

「……ほら、美奈子さんがウィル子ちゃんのこと言うからダーリン思い出してしずんじゃったじゃないのー……」

 ひそひそ。

「ええっ? いえ、本官は別にその……岡丸があんなこと言うから……」

 ぼそぼそ。

〝でも美奈子殿も言ったでござるよ……〟

(……)

 いけない。そうだった。思い付いた新たな問題よりは……と思った矢先、察したようにヴェロッキアが話題を変えた。

「どうするのだ、ヒデオ。せっかく上が見えておるのだ、我が少し見てきてやろうか」

「……いえ。結局の、ところ。これを使って全員がだつしゆつするのは、難しい話でしょう」

 ぽっかりと闇に浮かぶドア。ダンジョンの中の、どこかの階には出られるだろう。だが当面の問題として、他の人質たちの安全確保。それができなければ何も意味がない。

「しかしだヒデオ君、結局は見ての通りではないかね? ドアは一列に並んでいる。残念ながら、ドーナツ川説は……」

「いえ、たい。それではなぜ、こんな意味不明の空間に、入り口が並んでいるのでしょうか。通常の、縦穴ではなく」

「ふぅむ……」

 と大佐は一息。

「つまりこう言いたいのかね。ダンジョンの基本構造はあのテーブルに並べたとおりで……曲がっているのは、この闇のエレベーターシャフトの方だと」

「曲がっているか。あれらのドアがワープホールになっているかは、ともかく……でなければ、説明が付きません。センタービルより上の階は、通常のシャフトである説明が。地下部分だけが、すような闇になっている説明が」

 根負けしたように大佐は苦笑する。それは同時、死を思いめるほどに打ちひしがれたヒデオのへんぼう……その根幹たる、若さへのノスタルジー。

「わかった、わかったよ。オーケーだ、ヒデオ君。昨日までなんの手立てもなかったものを、ここまで読み当てたのだ。これから先は、君の説にのつとって話を進めてみようじゃないか」

 そこでアカネが手を挙げた。

「ねえ、ところでダーリンと大佐。この穴どうするの? ふさぐなら早い方がいいわよ」

 ?

「グレイさんがやったの、分子分解みたいだから。今ならその辺にただよってる分子を集めて、あやしまれないように元通り直せそうなの」

「デシタラ ソノ前ニ。 念ノタメ イツデモ開ケラレルヨウ ろっく機構ニ 細工ヲシテオイテハ イカガデショウ」

「そいつはいいアイデアだ! ちょっと待っててくれ、いまジャバンスーツのセンサーでスキャンするぜ」

 結構かつやくしているが。ヒデオはふと思った。

 じんのコスモエネルギーと思われたグレイの光線じゆうは、その実、エネルギーパックによるものだった。ならば。

「……ジャバンスーツの、エネルギー源は」

「熱い血潮と、根性さ!!

 親指、ビシィ!!

「……。」

 いや。

 何も言うまい。

 せいれいだって精神エネルギーを食べる。そこら辺の仕組みを科学的に何とかすれば、どうにかこうにか。どうせ、常識などない世界なのだ。

「本官も、何かお手伝いすることはありませんか?」

「スミマセン。手ガ 装置ニ届カナイノデスガ」

「手ではなく背が届かんのだろう。我がかかえてやる」

 アイデア出し合い、協力し合う彼らを見て、レミーナが微笑ほほえましそうに言った。

「若いって、いいですねぇ……」

 ハニ悪がうまそうにタバコのけむりをくゆらせる。

「最近の若いやつらは……なんて言ったところで……。時代を作るのは、いつだって若い奴ら、なのさ……」

 本当に、みんなでわいわいがやがやと。なんだか文化祭の前夜を思い出す。

「……しかし、そうなると」

 ヒデオは再び思った。

「レミーナさんの、お歳は」

 へらっ、とレミーナ先生の笑顔になる。

「どこの病気ですか?」

 ぶんぶか首をって否定。

 そうこうする間に。

「再構成ーっ!!

 アカネのえいしよう一発。こちらからも開閉可能、しかし見た目はそのままのドアが復活した。

「ふぅ……我ながら上出来っ! こわしたままにしておいて、あいつらのおどろく顔を見たかった気もするけどね!」

 とアカネはウインク一つ。大佐がまんざらでもなさそうにうなずいた。

「そうして連中を言いくるめるのも、確かに面白そうだが……せっかくちゆうけい器という面白いものが見つかったのだ。ものどもに装置やケーブルをやられてはやはり困るだろう」

「ええ。ウィル子は、そこからやってきますので」

「そう、ウィル子さんがここから……」

 と当たり前のように頷きかけた美奈子。

「……って、なんですってヒデオさん!?

 全員が、ぜんとなった。


    ③


 地上では予定通り、まつさつ商会による全力を挙げてのローラー作戦がかれていた。いなくなった、そしているはずのないウィル子とラトゼリカを、ふくめんやメイドたちは必死になってさがしている。二人ともあいよくみなに好かれていただけに、真実を何も知らされていない社員たちの熱の入り方は、相当なものだった。

 社長室ならぬ会長室。ウィル子はそんな様子を、街角ウェブカメラで見ながら。

《うあ~……なんだか申し訳ないのですよ~……》

「気にしない気にしない。いっつもサボってばかりなのが、ようやく給料分走り回ってるだけだから」

 あっけらかんと笑う鈴蘭。

 どうやって成り立っているのだろう、この会社。

「で……リップルラップル。どう?」

「まあ、待つの。あの性悪女が設計した都市なの。複雑かいもいいとこなの」

 聞いたところ、意外や意外。専門の畑は違うがこの幼女、あのドクターにひつてきする知能の持ち主らしい。いくつものホワイトボードに、見たこともない数式をガンガン書き並べていく。ゆかには、その元となる試し算の紙がそこら中に散乱していた。

《設計した性悪女というと……つまり天界の?》

「いつもスカした無表情で羽もないくせに天使とは生意気なの。ぞくに言う、ええかっこしいなの」

 最近はあまり俗に聞かない気がするウィル子、無表情はそういうリップルラップルもいつしよではなかろうか……と思った矢先、リップルラップルがフェルトペンを持たない方の手に金属バットをしようかんした。

「言いたいことがあるならはっきり言うの。ぞうぞうの区別なく、私のバットも許しはしないの」

 いらついたように数式を書きなぐる速度が上がる。

《え~、まあ。その……》

 スピーカーをミュート寸前に。

すずらんさん。性格、そんなに悪いのですか……その天使とやら》

「う~ん、でもリップルラップルほどはたんして痛ぁあああっ!?

 投げるペン先ストライク。

「ほらこれだ! すぐそれだ! どー見てもマリアクレセルの方が落ち着きあるよっ! っていうか姉妹なんだからもっと仲良くしなきゃだめなんじゃないっ!?

「その台詞せりふ、どこかの姉妹にそっくりそのままお返しするの」

 冷たく言い放ったリップルラップルは新たなペンのキャップを開け、また書き始める。でも気配以外はおこるでもなく、ほんと無表情。

「それにしてもドクターの話、本当なの? その……入れ子になってるって」

「あの女であれば、そんなみようれつ的な設計でもやりかねないの」

 事のほつたんはリュータの持ってきた地図である。当初はヒデオたちがどこにらえられているか、またどうやってそこから救出するかを、検討するためだったのだが……それを取り込んだウィル子は気付いたのである。

 さいに描き込まれた複雑な地図だったため、他の者たちの肉眼では気付きにくかったようだが、ウィル子はデータとして整理するためにいくつかの領域レイヤーに分けて取り込んだ。まず通路を。それから宝箱やトラップのようなオブジェクト。最後に、情報量として最も少ない泉や、〝川〟である。

 他の者たちが話し込む間、ウィル子なりにあれこれ地図をながめた結果……どうも、川の流れがつながるらしいことがわかった。ぐるっと、一周して。

 そこで登場したのが、ダンジョンをチート的にり進むために呼んだドリルの専門家。というか愛好家。というか愛好へきしようの、あのドクター。

 都市の地下がワープを使用したハニカム構造となっているか、異世界の入れ子になっているか、二つの可能性があると言い出した。そして今現在、リップルラップルが入れ子構造の可能性を研究中というわけである。

 入れ子とはつまり、ロシア土産みやげのマトリョーシカ人形。人形を開けると一回り小さい人形が入っているアレである。この場合はつまり、異世界であるこの都市の中に、ダンジョン専用の異世界が用意されているのではないか、という推測にもとづくものだ。

 やがてリップルラップルの手により、どつ、と一際強くピリオドが打たれる。

 Q.E.D.

 その最後をかざる一点である。

 かく示されたり。

 一息ついて、リップルラップルが振り返る。

「……リュータの地図のきよの誤差十メートル以内、フロアの高さが誤差二メートル以内と仮定した場合、このかく空間都市内において入れ子構造にした際の同程度の容積を持つフロアは、約五十階層分までしか存在できないの」

「ええっと……つまり?」

「リュータの地図を元に異空間を造ろうとしても、入れ子の容積が足りないの。マトリョーシカははじけ飛ぶの」

「マトリョーシカ……って、誰だっけ? いや、ロシアとかあっちの方の人っていうのはわかるけど」

 無表情のリップルラップルの目が、さらに冷たく細くなる。ああもうなんかめんどくさい人だなぁ……と鈴蘭を無視したウィル子は、先をうながした。

《ハニカム構造の方が可能性は高いわけですね?》

 こくこくと。

「その通りなの。問題は……」

 問題は、どのフロアにヒデオたちがつかまっていて。そのフロアが、この都市の中のどの場所に位置しているか。

 だが希望ははるかに高まった。入れ子ではない以上、場合によってはダンジョンに対する最大のきん、地表からいきなりその階へとがんばんをぶちける!

「ウィル子はいるか」

 入ってきたのはたかだった。

《ウィル子ならここに》

「連中、動いたぞ。『みんなの広場』を見てみろ」

 言われ、ウィル子はそくアクセス。鈴蘭にも見えるよう、そのまま画面に表示。

「え? ヒデオくんの書き込み?」

「と、通常であれば思うだろう。ウィル子、念のため少し調べてみてくれ」

 次に彼が見せたのは、いくつかのWebアドレスを記したメモ用紙。

《……ははぁ、なるほど》

 ウィル子はすぐに貴瀬の意図するところをみ取った。どこもそれなりに著名なけいばんとう稿こう者名は『ひでお』で共通、メッセージも同一だが……投稿日時はおよそ、昨日自分がやられた前後。

 えきしように映る日時はそうだが、各サーバーへのアクセスログは深夜の同一時間帯だ。あとはプロクシをどんどんさかのぼっていけば、あのデパートか、センタービルかに辿たどり着くだろう。

《にほほ! にほははは! 電子のせいれいあざむくにはあまりにおまつ!》

「えっと、どういうこと? ログとかくしとかさばとか……ウィル子ちゃん、一人で納得してないで」

《ラティさんのことはともかく、ウィル子のしつそうについてはこれでそうしているつもりなのですよ~》

 あのとき自分は、がんとしてヒデオを出せと言い張った。自分がヒデオを右往左往捜していることは、彼らも、魔殺商会側も知っていた。

 貴瀬がしゆこう

「そういうことだ。もしエンジェルセイバーからパクった機密を残さず、ウィル子が急に消えたとしたら……そして、今朝になってこのメッセージを俺たちが見つけたとしたら」

「あ……そっか。ウィル子ちゃんは、このヒデオ君の書き込みを見て出て行った……って思いますよね」

 二人同時のあてどない失踪よりは、片方は理由があって失踪した……という方が不審感はうすい。最悪、その理由の方にラティ失踪をこじつけることもできる。ウィル子とヒデオが、ラティ失踪に関わっているのでは、と。

 こくこく。リップルラップルがうなずいた。

「でも、いよいよ策士が策におぼれたの」

「え?」

「鈴蘭。ウィル子は見事せいかんしたまま、ここにいるぞ。だが、やつらは偽装した。殺したという事実をいんぺいするためにな。つまり連中は、ウィル子を殺したものだと思い込んでいる

「ああ、なるほど……! たくらみは、まだ誰にも気付かれていない、って向こうは思ってる!」

 実際には、すでに人質たちをどうするかの算段に入っているとも知らずにだ。

「じゃあここはだまされた振りをして、ウィル子ちゃんは、ヒデオ君を捜しに出て行ったみたい……ってことにしましょうか」

「だが、あまり早く気付いても不自然だ、それは午後になってからでいいだろう。それより……ダンジョンのかいせきとやらはできたのか?」

 足元の計算用紙をわたし、かたをすくめる貴瀬。鈴蘭は首肯。

「ええ、それははちの巣型の構造ってことで一応。ね?」

「そのとおりなの。あとは、リュータたちの座標調査次第なの」

「ふむ、万事順調……」

 と言いかけ、貴瀬はウィル子の表情に気付いた。

「どうした、ウィル子。まだ何か気付いたことがあるのか」

《え? あー、いえ……書き込み自体は偽装でいいのですが、この内容はどういう意味かと》


〝昔の君の部屋で待つ。〟


《ただの偽装にしては、っているような》

「……しよせんくうのメッセージだ、内容などどうでもよかったのではないか? 君たち二人の間で通じるような、意味深なちようであれば。ハッキリと場所を特定させて、俺たちが実際に捜しに行ってしまっても困るだろう」

 それはそうか。

 でも、君の部屋?

(ウィル子の部屋……)

 アルハザンは、なぜそんな言葉を選んだのだろう。書き込みのログは深夜。受付のカウンターでやられてから、じゆうぶんに時間は経っている。半日も考えに考えた結果がこの言葉?

(……)

 時間が経っている。

 いや、逆に……なぜすぐに書き込まなかったのだろう? 最初は無視を決め込むつもりだったのか……ひょっとしたらその間に、ヒデオに何か聞いていた?

 偽装をてつていするために、貴瀬の言う符丁のようなものを聞き出したか……あるいは、うまく言いくるめて、彼自身の口からこの言葉を言わせた?

 ウィル子はモニターの中で一度かぶりを振った。助けたい一心のせいか、どうも都合よく考えてしまっている気がする。仮にヒデオ自身の言葉だったとしても、そこまで用心深いアルハザンであれば、書き込む前に書き直してこの形にしているのだろうし。

 だが……この不自然な文脈。書き込みまでの不自然に空いた時間には、何か理由があるにちがいない。

 向こうは、自分が死んだと思っているのだ。アーチェスの性格から言えば、包みかくさず、真っ正直にヒデオに話すことも考えられる。そしてあの気弱な、申し訳なさそうな顔で言うのだ。


 ──彼女に、何かけの言葉はありませんか?


「……!」

 そのときヒデオが自分の生を信じていてくれたなら、そこに符丁を込めたのではないか? あやしまれぬだけのわずかな時間に、ありったけの機転と思考をかせ、そしていちの望みをたくしたのがこの言葉だったとしたら? あの、勝負にのぞむカッコイイ目付きになったヒデオであれば。逆にアルハザンを言いくるめ、これをそのまま書かせたとは考えられないだろうか?

 連中も意味はわからない。不思議がる。だが、ヒデオ自身が言ったのだ。そしてゆいいつこの文章をかいしやくできる自分が、もうこの世に存在しないと考えれば……貴瀬の言う意味深な符丁というリアリティを重視するため、そのまませたとは考えられないか?

(けど……)

 もしそうだったとしても。ならばヒデオは、この言葉にどんな意味を込めたのだろう。そこが最大の問題だ。彼は何を求めているのだろうか。

 そうしてウィル子は、めまぐるしい勢いで、暗号解説や暗号にまつわる雑学的なサイトをあさり始める……。

 ぼつとうしてしまったので、鈴蘭は一息。

「でも……ダンジョンの調査が終わらないと、私たちとしてはこれ以上動きようがないね。スタジアムが直らなきゃ決勝戦も始まらないし」

のんなものなの。エリーゼに、差し入れの一つも持っていくのが筋というものなの」

「いらんいらん、ただでさえばいしよう金をぼったくられているのだ。そんなことを言ってくるようなら、角砂糖でも投げ付けてやれ。地味に痛いぞ」

 リップルラップルはふるふる、首を横に。

「食べ物で遊んでは、いけないの」

「ならばドクターに言って角砂糖射出機でも作らせるか。遊びではなく実戦用の」

「面白そうですけど話がずれすぎです、ご主人様。それだったらむしろ……」

 なんか外野がうるさいのでウィル子はポートをくぐり、そっとその場をはなれた。


    ◆


 大会がおおめとなったこともあったが、昨日のさわぎで人が続出したこともあり、その日もセンターの受付カウンターはひまだった。

 そこへ。

「……ご用ですかニャ?」

 訪れたのはダンジョンの常連で有名なリュータ・サリンジャーと、決勝へ勝ち進んだエリーゼのパートナー、長谷部しようみような取り合わせであった。

 リュータが言う。

「ダンジョンたんさくだ。どうせ昨日負けちまって暇なんでな。大会が終わるまでに、大佐の記録レコードだけでもいてやろうと思ってよ」

 続いて背後の翔希を親指で示し、

「こっちは逆に、決勝まで時間が空いちまったからきたえ直しておきたいんだと。さっき街中でぐうぜん会っちまったんだが、皮肉なもんだよなぁ……」

「そですかにゃ」

 ミッシェルは受付用紙を二枚。

「けど、その荷物はなんですかにゃ?」

 と翔希の背負った、メカメカしいバックパックを指差す。

「ん? ああ、もの探知機だってさ。レアモンスターや強いモンスターを探すのにもってこいだって、おりのとこのドクターがな」

「怪しいですニャ」

 何気ないミッシェルの言葉に、翔希は苦笑。

「そこなんだよな……あの人の作るものはたいてい怪しいんだけど、まあモニターテストってことで、バイト料ももらえるらしいからさ」

 言いながら用紙に書き込む翔希。

「フリーターは大変ですニャ」

「まったくなぁ」

 先に書き終え、用紙をっ返したリュータが笑う。ミッシェルは一言。

「でも無職よりはいいですニャ?」

「モンスターハンターだ。自営業だ。フリーランスであって、フリーターじゃねえ」

「そですかニャ」

 翔希の書き終えた用紙も受け取るミッシェル。とうたつ階数、たいざい時間とも両者同一だった。

いつしよもぐりますかニャ?」

「俺はリュータほどここのダンジョンになれてないからさ、道案内をたのんだんだ」

「手のかかるモンスターは元勇者の経験値になってもらって、俺は道先案内人として少しばかりマージンをもらう。利害のいつってやつだな」

「それはいいですニャ。では確かに受け付けましたニャ。気を付けて行ってらっしゃいですニャ」

 二人はエレベーターへと向かっていく。

 めつに客の来ないロビーには、またミッシェルが一人。

「止める理由もなかったですが、よかったですかニャ?」

《ええ。こちらでもライネーズ君がかいせきしましたが、何かの観測機械というわけでもなさそうでした。問題ないでしょう》

 と、アーチェス。

《まあどれだけ怪しかったとしても、下手に止めれば怪しまれるのはこちらです……その調子で、いつも通りの対応をお願いしますよ》

りようかいですニャ」


    ④


 旧スタジアムあとにして、新スタジアム建設予定地。ばんがほぼまともだったのが不幸中の幸い、安全メットをかぶったエリーゼは現場かんとくらと共にじんとう指揮に立ち、れきを退けたはしから新たなじきを組ませていた。

 そのかたわらにはひぃひぃ笑う、やはり安全メットに白衣姿の医者ひとり。

「ひひっ、どうだい? どうなんだいぃ!? こんなこともあろうかと僕の開発しておいたロータリック・コンバインド・ギャラクシィ、その名も『いなほX』のりよくはぁっ!!

「ぐっ……く……!」

 エリーゼはみする。

 フルクローラーでれ地をばくそうするいなほX。見た目はロータリー除雪車のようなきよだいな開口部を備えた、十二条がりクラスの大型コンバインである。だが豊作の水田に持ち込めば開口部から取り込んだものは精米とぬかいなわらに、瓦礫の山に持ち込めば粉セメントと砂と鉄骨により分けるという意味不明の優れもの。

くやしいけど、すごい! 欲しいっ!! さすがうちのようこうを開発設計しただけのことはあるわね……魔殺商会の中でも、あんただけは認めざるを得ないわ」

「そうだろう! そうなのさぁ! いひひひひひぃっ!! なかなか理解してもらえなくてねぇ……」

 理解してもらうには、制作物の成功と失敗とがきよくたんすぎるという話。そのとき労働者たちの一群が、ザッザッザッ、と共産けんの軍隊のように一糸乱れぬ行進でやってきた。

「「「ハイール、シャチョウ!! Aブロックノアシバガ、クミアガリマシタ!」」」

「え……あ、そ……。じゃ、打って。鉄骨組んで。安全第一で」

「「「サー、イエッサー! ハイール、シャチョウ!!」」」

 高々と右手を挙げ、またザッザッザッ、と持ち場へ去っていく。

「あれ……あんたの病院に担ぎ込まれた連中よね。ナニシタ?」

「いやぁ、鈴蘭から急ぎでって言われたからねぇ……。ひひっ♪」

「あとで元にもどしなさいよ。うちの社員、あんたらのとこのふくめんちがって元からまともなんだから」

 それはそうと。エリーゼは背後にデンとひかえた、やたらとアンテナの生えたおおぎような機械のかたまりり返る。

「……これはなんなワケ?」

 ドクターはうつむき、声をひそめた。

そつきよ機さぁ」

 そうぞうしい現場の中、やっと聞こえるような小さな声だったことから、エリーゼも察し、平静を装って現場をながめながら声を落とす。

「ふぅん。例の、地下構造の位置測定するっていう……?」

「時空間の入れ子構造だった場合でも、子機の位置座標を高次元的にプロットする優れものさ……あとは子機を背負ったリュータたちが、地下にいる人質たちの場所にたどり着ければ一発なんだけどねぇ」

 その場所はいまだ不明だ。だからダンジョン構造だけでも、確定させておく。

「子機の電波ってのは、地下からでも届くわけ?」

「ひひっ、抜かりはないよ。この親機と子機の間でかく空間を形成して、そこに電波を走らせる……これならとうちようも不可能さ」

 エリーゼはたんそく

「……あきれたわね。あんた、まともに人の世のための研究でもしなさいよ。今からだって神さまに返りけるわ」

「こんなオーパーツ、今の人間たちには必要ないよ。神さまやほうなんてインチキを振り切って、自力で歩くと決めた人類にはね……」

「そ。おかげで私やウィル子みたいな新しいせいれいなんするわ。いつまで経っても、神さまになんかなれやしない……」

 ドクターがニヤリと笑った。

「それだけが在り方でもないさぁ……ボクなんかは、こうして人間たちと一緒にいた方が楽しいけどねぇ」

「……それは……そうかもね。精霊の庭にいるよりは……」

 と、何の気なしにきゆうけい用のテントを見てあせるエリーゼ。すーっと近寄り、ノートPCのモニターを張りたおすようにせた。

《乱暴な……。エリーゼ、パソコンはちよう精密機械で……》

「あんたゆく不明のくせにひょっこり顔出してるんじゃないわよ!」

 おこられた。

「……で。なんの用」

 周りの目がないことをかくにんしてから、エリーゼが再び画面を開ける。かくかくしかじか、ウィル子はじようきようを説明。

「……あんたの部屋で待つ? パソコンの中でってこと?」

《いえ。それではどう考えてもおかしいので、ウィル子はあやしいのではと》

「あんたはどう思う、ドクター」

 エリーゼが話題を振ると、彼もこうていした。

「そうだねぇ。元ちようほう員だとか、よほどの暗号マニアだというのでなければ、いつぱん的な暗号というのは考えにくいんじゃないのかい? なおさら、君の想定するようなとつぱつ的な会話の中で暗号を作るなんて、数十けたの暗算をいつしゆんで解けるくらいの計算力がなければ不可能な話さぁ……思い付きで作れるようなものなら、その場でアルハザンにもわかってしまうだろうしねぇ」

 やはりその辺りまでは間違っていない……とウィル子は首肯。

 ヒデオは東京で引きこもっていた間、よほどひまだったせいかテレビや雑誌で聞きかじったような雑学はそこそこあるが……買い物の時のおりなんかの計算程度で、多少手間取るくらいだ。そろばんすらやったことがないのだろう。暗号マニアというより、ただのゲーム好き。諜報員なんてもってのほか。やはり暗号ではなく、ちようと取るべき。

《ではやはり、じゆんすいに言葉の意味を考える方向でいいのでしょうか?》

「類語辞典なんかで、いろいろ読みえてみたらどうだい? 文章をモンタージュしてみるのさ……人間の脳は論理的な演算は苦手だけど、一瞬の着想や発想というものに優れているからねぇ」

《なるほど! わかりました!》

 さっそく文章をひらがなにしたりカタカナにしたり様々な文節を切ったりしつつ、その手のサイトに無差別ランダムアタックアクセス

「でもウィル子。あんた、前にヒデオとテレパシーみたいなことできるって……あ、それで通じるくらいなら、とっくに居場所もわかってるわよね」

 言いかけたエリーゼだったが、自己完結。

《そうです……マスターがそばにいて、マスターが伝えようと思っていてくれれば、だいぶハッキリと読み取れるのですけど……》

 はなれすぎている。聞くというより、胸のうちをすかす、という表現の方が正しいのかも知れない。最低限、彼の姿を視線にとらえてないと難しい。

《でも……》

「?」

《マスターは、きっとやる気になっています》

「……そうね。やっぱりあんた、だいぶ元気になってるものね」

 ごく当然のようにエリーゼは首肯した。

「それまでのヒデオはよっぽど落ち込んでたんでしょうね。だからあんたも調子が奮わなかった。でも今はちがう、って言いたいんでしょ?」

《そ、そうなのですよー! いつも勝負のときに感じた……!》

 まゆを寄せたエリーゼがパソコン側面のダイヤルをくるくる回し、スピーカーの音量を下げていく。

《わくわくするような、イケイケな感じがしているのです! マスターはいま、きっと何かをやる気でいます! 何か希望を見つけたのです!》

「だからしようはないけど、あんたはこれがヒデオからのメッセージだと思うわけね。この言葉にたくされたメッセージが、ヒデオの希望そのものだと」

《その通りです!》

 だから、なんとしても読み解かなければいけない気がするのだ。気がする、なんて電子世界では有り得ない考え方だが、今は違う。けんきずなが、確信的にうつたえかけてくる。

 エリーゼが言った。

「あんたの部屋、どんなだったの?」

《は?》

「あんた、パソコンの中の自分の部屋をヒデオに見せたことはなかったの? その風景の中に、何か特別なものはなかった?」

 あ……。

《ああっ!?

 そのとき、まさにぴたりと当てはまった類義語があった。そして視界に映ったものがあった。彼と、PC内の部屋について語ったことはただ一度だけ。

 昔の部屋。昔。過去。いにしえ太古


 ──太古の技術、ワイヤーフレームです。


 いつ言った言葉だった? いや、いつだったかなんてどうでもいい。そこに思い至ったとき、ウィル子の目の前には、資材を上げ下げするクレーンのワイヤーがあった。金属ワイヤーなら電気は通る。自分なら行くことはできる? そう思ってそこで待っている? ワイヤーのある場所で君を待っている? 捕らえられている場所には、どこか外部からワイヤーがつながっている……?

《どう思いますか!? とんでもない曲解というのは、ウィル子もわかっていますが……!》

 これで思考が固着し、発想のじゆうなん性が断たれてしまうのはけたい気もする。しかし一度は導き出された答えだ、可能性の一つとして……。

「……あるかも知れないねぇ」

《それは本当ですかドクター!?

「可能性としてね。リュータくらい熟練したプロのぼうけん者が、かくとびらや隠し階段を見落とすっていうのは考え難いんだよ」

 この都市、ひいてはダンジョンを生成したのは鈴蘭にお願いされた天使と呼ばれる存在だという。だからトラップと言ってもそくするようなきようあくなものではないし、隠し○○というのも意地悪ではなく、気を付けて根気よく探しさえすれば見つけられる程度。ものの強さ以外はほどよいごたえ、というのはリュータの弁だ。

 その設計者が、いいように悪用されかねないような密室を用意しているか、と言えばそれは考え難いという話。

 じゃあどこに、どうやって。

「君がデパートのちよう簿から見つけたような大量の機材や、定期的な食料を運び込んでいるとすれば……やはりエレベーター以外は現実的じゃない気がするねぇ」

 エリーゼが賛同する。

「パネルにちょっと細工してやれば、ボタンの組み合わせでだん止まらないような階に止めることもできるわよね」

《十階ごとに止まるエレベーターの、そのちゆうの階……?》

「そうだねぇ……ダンジョンが入れ子構造にしろ、ハニカム構造にしろ、そうなるとエレベーターシャフトはきっと普通の時空構造をしていないさぁ。そこだけが異空間という可能性もある。適当な高さでドアを開け、シャフトのへきめんにでも転送じんを設置しておけば、まあどこにでも出られるだろうしね」

《でも、それだと……地下じゃないという可能性も?》

「あるかも知れないし、ないかも知れないねぇ……ひひっ。でも君の言うワイヤーが、彼らのかんきんされているすぐ近くまで通っている可能性は高いと思うよ」

 さらにエリーゼがうながす。

「ちょっと行って調べてみればいいじゃないの。電線の中じゃ、やつらもあんたのこと見つけようがないでしょう」

《向こうも見つけようはありませんが、どこかのたんまつに繫がらないことには、ウィル子も何が何やら》

 回線というのは、ずーっとトンネルの中のようなものなのだ。地下鉄に乗ってるとき、今どこを走っているかわからないのといつしよだ。駅にとうちやくして、駅名を見て、初めて場所がわかるように……辿たどり着いたPCやサーバーに割りられたアドレス、ドメインなどを見て、現実の場所を判断する。

 駅であれば次は何駅、何番線に乗れば行き先は何方面と、ある程度わかるが……ネット上であれば行きたい場所をけんさくしたり、アドレスを指定することで行き先を決めるが……何せエレベーターのワイヤーだ。

《というか、すでにセンタービルの方を探っているのですが……え?》

「どうしたのよ」

《センタービルって、エレベーターは何基ありますか?》

 丁度今しがた、電源の入ったそれがあった。

 確か……とドクターがくうを見上げて指を折る。

「ダンジョン探索用に一基、地上階用に四基あるはずだけどねぇ……まあ、上のオフィス部分は大会役員しか用事がないから、上の方は今は二基しか動いていないはずさぁ。残りの一基は予備、最後の一基は非常用の」

 そうか。

 今までチェックしていたデーターサーバーなど、もぬけのからに決まっている。そんなもの見たところで、向こうもハッキングを危険視して重要なデータなど放り込まなかったのだろう。

 だからこうして、通電せいぎよシステムをのぞいてみるまでわからなかった。

「現在使われていないそのどちらかは、地下まで通じていますか!?

「なんだって……?」

 それまでおかしな笑い方しかしなかったドクターが、初めて不可思議な表情をみせた。

 決まりだ。

 行く価値はある。

 通電。トンネルに明かりがともると同時、その先に駅が見えた。回路の様式からして、いつぱん的な端末ではない。無線用のちゆうけい器かなにかだろう。

 そんな場所に降りられるのか?

 いや、そんなことはあまりに細かい問題だ。たんていごっこはもう終わり。考えるのはもう終わりだ。自ら電子回路を作り上げてでも、降りてみせる。

 彼が待つ、その場所へ……!


    ⑤


 いいとこ話し終えてしまっては、元よりすることもない地下組。そこへ降りてきたのが、まわりもねたザジだった。

「ヒマだろうって、オヤジがさ。好きなように遊んでくれと」

 大きなかみぶくろ一つ、食堂のテーブルに置く。ボードゲームやら、カードゲームやら、ブロックゲームやら。値札がってあるところからして、デパートのオモチャ屋からのものだろうか。

「今日は君の当番なのかね?」

 とたい。ザジがかたをすくめる。

「前も言ったろ。オレの当番ってより、ミッシェルが受付のシフトなんだってば」

 ジャバンとアカネとレミーナと、さっそくめぼしいゲームはないかプレゼントの中身をあさっていた。

「あいつも後で配給持ってくるよ。何か欲しいものがあったら、オレから伝えとくけど。どうだい」

「……きりしまレナは、いつからあんななのかね?」

「あ?」

 大佐の言葉、ザジにとっては予想外のものだったらしい。

「あんなってのは?」

「ヒデオ君が少し口をいただけで、何かに取りかれたようにね……」

「なんだ……昨夜は変なふんだったとは思ったけど、結局やっちまったのかい、アネゴは」

しんちようなアーチェスにしては、らしくない人選だと思ってね。彼女のように不安定な者を、重要なポストにけているのは」

 表情は変えず、大佐には答えず、ひとみだけをヒデオへ向けるザジ。

りないな、あんたも。アネゴとは口を利かないのがおたがいのためだろうに。ちがうかい」

「……」

 切り出したのは大佐だったが……まあ、心を病んだ同士のよしみ。ヒデオも興味はあった。

「何が。原因で」

「……パートナーのウィル子が死んだら、今度はアネゴの心配かい?」

「……」

「……わかったよ。そうにらむなよ」

 と、ザジは小さく両手を上げる。

 ヒデオはそんなつもりはなく、生来の目付きの悪さなだけだったが……おこらせるようなからかい言葉を言った、という自覚がザジにあったのだろう。で、結局のところは彼もひまなのだろう。

「と言っても、オレもよくは知らないよ。早い話が、家庭の問題だったかなんだか。ガーベスのやつが言うにはね」

「……家庭、の」

「アネゴはガーベスよりは若いけど、オレよりは古い人でね。人権とかそういうのも、あんまりなかった時代さ。家庭の問題とか軽く言っても、そりゃひどかったんだろうさ。いつだったか、地下室に閉じこめられてたじんの子供が、生みの親もろとも、村一つみなごろしにしちまったなんてうわさもあったけど……アネゴの場合は、そういうおにをずっと心にかくしてたんだろうさ」

「つまりは、ぎやくたいっていただけだと?」

 半ばひようけしたような大佐の声。

 ザジが生気のない目でうすく笑う。

「さすが軍人さんだ、戦場だけがごくだってかい? そんなの度合いによるだろうさ。当人が死んだ方がマシだって思えたら、世の中がどんなに平和だってそれは地獄なんだよ」

(……)

「でまあ実際、あっちこっちのてつで、生きたの死んだのを見て回ったガーベスが、一等ひどい状態で見つけたって言うんだ……実際イカレちまうにはじゆうぶんだろ? 着るものも食うものもる場所もある人間が、学校でなまりだまぶちまけたり、工具片手に通り魔をやるくらいだ。アネゴなんてよっぽどまともさ」

 違うかい、とザジが小首をかしげる。

 ヒデオは……自然と、うなずいていた。しばなどではなく。なんの考えもなく、素直に頷いた。

「……意外だな。あんた、アネゴをうらんでないのかい」

「……。別に」

 これも素直に首を横。

 それよりは、ザジの言葉がごく真っ当に聞こえた。地獄と思えば、そこが地獄。学校へ行きたくないと思えば、学校が地獄。外へ出たくないと思えば、外出が地獄。会話が苦手なら、人と会うのが地獄……なんだか、とても身につまされたのだ。

 そして彼らが地獄と呼ぶこの最下層だが……逆に、意識が変わった今のヒデオにとっては、そう悲観的な場所でもなかった。魔物が出る。明日の保証はない。アルハザンの計画一つで、いつ死ぬともわからない。

 でも、仲間たちとはげまし合いながら過ごしている今……一人ぼっちで、誰と口を利くこともなかったあのアパートよりは、よほど人間らしく暮らせているのではないか、と。

 そうして居場所なんて、本人が決めるもの。

 どんな目に遭っていたかは、知りようがないが……レナは、地獄のような中でアーチェスという神に手を差しべられた。だから、彼の側にいることがユートピア。その神が目指す理想、それをおびやかす者は……なるほど。キレるには、よほど真っ当なくつではないか。

 自分が、あのアパートから連れ出してくれたウィル子に恩義を感じているように。いや、もしかしたらレナはそれ以上に、アーチェスにむくいねばならぬと感じているのだろう。

(……)

 少し切なくなる。

 彼女とは、もう敵同士。

 戦うとなればアーチェスという神を切りくずし、彼女が信じるユートピアを打ちくだかねばならない。そうして気落ちするようなヒデオを、ザジはどう受け取ったのか。

「おひとしだな、あんた。よく大会中、未来視だなんてハッタリつき通したもんさ。大した役者だよ」

「……」

「ま、だからアネゴも本気になってたのかもな」

 お人好しだから本気でなぐった? 役者だから本気で殴られた?

 意味を理解できないヒデオを、ザジが鼻で笑う。

じようだんだよ、気にするなって。じゃ、オレはそろそろ帰らせてもらうよ」

 昨夜のように、けいたい電話の小窓を見てきびすを返す。立ち去っていく。

 不自然なまでのせいじやくだけが、そこに残る。

 充分に、その足音が遠ざかったところで。

「……たんまつ、には」

 ヒデオの声に、ピコパとそれをいじったグレイが、かぶりをる。

「イエ ひでお氏。 ソレラシイ反応ハ 何モ……」

「ジャバン、スーツの方は」

 こちらも首を横に振り、たんそくする。

「いや……残念ながら、あのときみたいな異状はないな……」

(……ウィル子……)

 来ない……か。

 さすがに、昨日の今日では無理な話か。

 それとも、あれだけの言葉ではだめだったのだろうか。それともやっぱり、自分からのメッセージとは気付いていないのだろうか。それとも……まさか自分が思い込んでいるだけで、本当に死

「っ……」

 まるでほつ的に目を閉じ、首を振る。

 なしだ。それだけは許されない。せいれいが人の意志の生み出す存在であるならば、死んだ彼女が生き返るほどに信じ続けなければ。

 自分が信じなければ、どうする。

「……少し。見てきます」

 急に立ち上がったヒデオに、あわてて美奈子が声を上げる。

「見てくるって、ヒデオさん!? ちょっと!」

〝一人では危ないでござるよ……!〟

 だがヒデオは構わずけ出した。

 はたから見たら、どう映ってるのだろうか。パートナーの死を信じられないロマンチストが、わがままを振り回しているだけか。それで調子に乗って勝算があるなどと。川がドーナツ状などと。ウィル子が現れるなどと。いよいよ、さくらん状態と思われたっておかしくない。

(でも)


 それでも、信じたのなら。

 動かなければうそだろう。


 そうしてヒデオは駆け足に、エレベーターの前まで辿たどり着く。ドアに手をかけ、横に引く。

 今朝、見たままの光景だった。

 ただし……ある一点を除いて。

「ウィル、子……」

 今朝見たままの、カウンターウエイトの横に。どこから降ってきたとも知れない、パソコンが一つ。

 まるで何かのちようのように……あの日拾ったものと同じ型式のノートPCが一つ。

《……ますたー?》

「っ……」

 泣くものか。

 だって信じていたのだから。

 ああ。聞きちがえるはずもない。

 ヒデオは深く頷いた。

「……ウィル子……」

「マイ・マスターっ……!!

 飛び付き、すがり付くウィル子。ヒデオがPCへ差し伸べようとしていた両手、りよううで、そのままき止める形へ変わる。

「マスター! やっぱり無事だったのですね! やっぱりあれはマスターからのメッセージだったのですね!? やっぱりマスターはかっこよくアルハザンをだまして言いくるめて……!」

 はしゃぐ彼女の頭を、しっかりとでてやる。

 よかった。

 本当によかった。

 何もかも投げだそうとした自分なのに。ただまんぜんと生きていただけなのに。それなのに、こんなにも喜んでくれている。でも何より……ウィル子が無事であったことの方が、何よりもうれしい。

「……君も。無事で、よかった」

「には……にはは。ウイルスのちくは一日にしてならずです。たぶん、一世紀や二世紀でも無理です! ちようかいごくあくかんせんウイルス、Will.CO21めつなのですよ~っ!! ……あ、あわあわうぅ」

 ヒデオのウィル子をかかえていた腕が、すかっ、と空を切る。気が付くと彼女はモニターの中に収まっていた。

《にはは……実は、上で少しばかりやられてしまいまして……》

 そうか。やはり相当きわどいじようきようだったのだろう。

「……ああ。無理は、しなくていい」

 それでも元気な姿は見られたのだ。じゆうぶんだった。

 振り返れば……みな、やはり半信半疑だったのだろう。あるいは、まさか本当にこうしてだつしゆつの目が現れるなど、望外のおどろきだったのだろう。全員、ぽかんと立ちくしているばかりだった。

 だが、これが現実だ。

「ウィル子。みんなの、パートナーは」

《全員の無事を確認しています! 場所も特定して、今はいつでもれんらく可能です!》

「外の、様子は」

《魔殺商会とエリーゼ興業に、すでに協力を取り付けています! ダンジョンの構造がかいせきでき次第、救出作戦の立案に移れます!》

 やはり、すごい。

「君は……。本当に、すごい」

《にひひ! にほほっ! にほはははっ!!

 ようよう我に返ったような仲間たちが、かんせいを上げて駆け寄った。

 さあ、これですべてがつながった。

 もう何もおくすることはない。