①


 アーチェスは、一人もつこうし続けていた。

 そうして彼が考え込む姿は、長く彼に従ってきたレナやガーベスのような子供らにとっては、何らめずらしいものではなかった。

 カムダニア以前もそうだった。カムダニアへ行くと決めたときもそうだった。その作戦決行前夜もそうだった。エンジェルセイバーのかいにゆうがわかったときもそうだった。そして幹部とも呼べる息子たちの大半を失った後も、そうだった。

 机にひじをつき、手を組み、どこでもないくうの一点だけをじっとめ続ける。そうすれば未来が見えるのだろうか。もちろん違う。ただぼうだいな量の可能性を推考し続けているだけだ。その結果として、未来をる。いな、そうして望むべき未来をつかみ取る方法を導き出すに過ぎない。

 それを子供達は、誰一人としてじやしない。ガーベスも、ザジも、ライネーズも。彼の口から次の言葉が発せられるのを、待つだけだ。知っているからだ。彼のめいせきな頭脳は、その答えを導き出すのにそう長い時間を要さないことを知っている。

 このせいはいという大会にかかわることを決めたときもそうだった。聖魔王すずらんと直接に対面したときもそうだった。クロスフラッグスへの参加をしようだくしたときもそうだった。その前夜もそうだった。

 ものの二~三分。長くても数十分。それだけの時間があれば、彼は答えを導き出してきた。それがアーチェス・アルエンテという、彼ら子供達の信じる親の姿。

 だからこそ、異様だった。

 ウィル子を殺し、ラトゼリカをらえてより、もう何時間がっただろうか。まだ日の明るいうちから、日が暮れて、しかし邪魔をしてはいけないと誰も電灯の明かりもつけず、アーチェスは差し込む月明かりを背に負ったまま、どうだにしていない。

 とうとう、えかねたようにザジが切り出した。

「でさ……結局どうするんだい、オヤジ」

「ん? 食事なら私に構わず行ってきてください。もうお腹のく時間でしょう」

 そう。それでいて、上の空ということは決してない。ザジは軽くたんそくした。

「……そうじゃなくてさ。オヤジがどこまで先のことを考えているのかわからないけど、とりあえずはラトゼリカのことだ。あの人だけは聖魔王のえんたくだよ。知らぬ存ぜぬで通すのか、こうしようの口を開いてしまうかだろ」

「そんなことはお前に言われるまでもなく、わかっておられる」

 冷ややかな目付きで言うガーベスに、ザジは小さくうなずいた。

「そりゃそうだろうけど。オレはこんなに長く考えてるオヤジは初めてなもんだから……なんか、ちょっと不安でさ」

 一息したアーチェスはようやく組んでいた手をほどき、に背もたれた。

おそらく、私のせいだけではないでしょう。みなさんの思っている通り。状況は、お世辞にもかんばしいものではなくなりました。ザジ君も、なんとなくそれに気付いているのでしょう」

「……ああ。なんて言うかな。スナイパーライフルのスコープで、頭のどっかをめ回されてる感じだ。確信はないさ。本当に頭っ飛ばされるかもわからないけど……そんな、いやな感じがする」

 ザジの独特な表現に、アーチェスはなおに頷いた。

「なるほど、言い得てみようです。我々はラトゼリカさんを捕らえることで、まつさつ商会という敵に対して明らかな位置を知らせてしまいました」

 かべた表情はていかん

「完全に失敗でしたね……彼を捕らえてしまったのは」

 感に、ガーベスが言った。

「彼……というと? 彼女ラトゼリカではなく、ですか?」

「ヒデオ君のことです」

 ちようするようなアーチェスが告げた名に、全員が意外そうな顔をした。

「どう考えても、地下で進めている今回のプロジェクトに彼は必要ありませんでした」

 彼方かなたの月が逆光となり、そう自省するアーチェスの表情はうつむいてしまえばうかがい知れなかった。

「どうして我々の計画が、誰よりも無力な彼一人にとんさせられなければならなかったか。きっと私は無意識のうちに聖魔王という……彼女が従えるいにしえの神々という、強大な力におびえていたのでしょう。私は自分の思考を信じ切れず、結果として未来視などという得体の知れないものにすがろうとした。そしてそんなせんぱくな自分の心が許せず……そのいかりのけ口を、安直に彼に結びつけてしまったのです」

 そうした一時の激情にられたせいで、ウィル子という真に得体の知れないモノの危険性を、今日の今日までこうりよできなかった。

 あの夜、大人しく彼に手続きを終えさせ、何事もなく帰らせていれば。少なくともウィル子は、今まで通りの日常を過ごしていたのではないか。今日、あれだけの決意をしてヒデオをさがしに来ることはなく、ならばラトゼリカとの接点はなく、結果として魔殺商会にしんいだかせるような可能性はなかったのではないか。

 通常のしんにゆうに対する手段は、不審に思われぬ程度にいてある。だが不可視結界のようなちようじようの力を用いられれば、こうする手立てはほとんどない。聖魔王一派がその気になれば、その程度のないていは容易に進められるだろう。だからこれは気付きの問題。気付かれてしまえばそれで終わりの、危うい橋なのだ。

 それからニコリ。いつもの笑顔を取り戻す。

「ですが、それは今さら言っても始まりませんね。とりあえずはザジ君の言う通りです。魔殺商会へのフォローをどうするか、ですが……鈴蘭様からのれんらくはまだありませんね?」

 ライネーズは小さくしゆこう

「はい、アーチェス様」

 アーチェスもけいたい電話は持っているが、まだ鳴ってはいない。デパートの方に電話があれば、転送されてこちらに回ってくる。デパートの従業員であるアルハザンの組織員からも、異状のしらせはない。

「では……」

 とアーチェスが言いかけた矢先だった。ライネーズがふところの携帯電話を取り出し、えきしようを一目する。

「……デパート、社長室への直通回線からの転送です。発信元は……魔殺商会です」

 きんちよう半分に述べたライネーズが、アーチェスの差し出した手にそれをわたす。

「はいはい、お待たせしました。物産店マルホランドのアーチェスです~」

 それまでがうそのように打って変わったアーチェスの明るいこわ。向こうから聞こえたのは鈴蘭の声だった。

《アーチェスさん? ちょっと聞きたいんだけど、うちのラトゼリカさん見なかった? あ、いつもセンターの受付にいるラティさんのことなんだけど》

「ラティ……、ラトゼリカさんですか?」

 と、ごく自然な間を持たせてザジを向く。

眼鏡めがねかけてる、いっつもあいのいい受付の姉さんだよ」

 こうした場合、ザジはもともと無気力によくようなくしやべるタイプ。演技との区別がほとんどない。

「あ……、あ~あ~! ラティさんですか! ラトゼリカさん!」

《うん、そうそう! カッコがね、いつしよにご飯食べに行く約束してたらしいんだけど、心当たりをさがしてもいないんだって》

「いえ、私はわかりませんけど……少しお時間いただけます? うちの従業員に店内を捜させてみますよ」

《うん、お願い。あ、あとウィル子ちゃん遊びに行ってない?》

「はい? 今度はウィル子さんですか?」

《うん、お昼過ぎ……え? あ、夕方? うん、そのくらいからいなくなっちゃったんだって。その辺のパソコンで大事なデータ食べたりしてない?》

「え!? ちょっと、じようだんじゃありませんよ!? いくら魔殺商会の子会社になったとは言え、うちにはうちの経営というものが……!」

《いやははは、うん、だからまあ、そういうこともあるかも知れないから気を付けてねってお話で。いそがしいところごめんなさい》

「いえいえ、ラティさんとウィル子さんですね? 何かわかったら、すぐこちらからご連絡差し上げますよ」

《うん、お願いします。それじゃ》

 通話が切れた。

 室内はせいじやくだ。スピーカーかられた、いつもと変わらぬ鈴蘭の元気な声は全員の耳に届いていた。ガーベスが率直に述べる。

「……しつそうしたことが話題になってはいても、そこに我々がかんしているとまでは気付いていないようですな」

 ライネーズが同意。

「あの時の二人とも、まだそういった情報を送る前だったんでしょうね。一かばちかでしたが、あの時打って出られたアーチェス様の判断は正しかったようです」

「ええ。不幸中の幸いですが……」

 言いかけたアーチェス。だが無論、色い表情ではなかった。

「何らかの推測を得た上で、さいしんいだかせぬようこちらの出方を窺ってきた可能性もあります。それでなくても、これによってけいかい心が芽生えることは確かです」

 言いえれば、彼女たちが動き出す糸口が生まれてしまった。あとは、その疑いの目がどこへ向くかの問題でしかない。いや……こちらへ向くまでの、時間との勝負か。

 それでも、ただあせるのでは計画そのものが立ち行かなくなる。

「以後、彼女らと接するときはより細心の注意をはらうよう心がけてください。人質たちのとくにもです」

 と、面々をわたし。

「レナさんとミッシェルさんは?」

「確か、地下に配給に行ってから合流すると……今日は運営側の大半が、スタジアム復旧の対応で追われていますから」

 左のそでを軽くまくり、時計を確認するライネーズ。

「……ですが、少しおそいですね」

 ザジが一息。

「ミッシェルはどうせまたヒデオでもチクチクいじめてるんだって。けど、アネゴが混じってるとなると……」

 過日の様子を思い起こしたアーチェスは、まゆをひそめた。そのまままなしを険しくし、静かに席を立つ。

「それは困ったものですね……ザジ君、一緒についてきてください」


    ②


 魔殺商会。

 一同の顔をき合わせるテーブルの上には、つかまっているペアのリストが、それぞれビル内と地下とに分かれてプリントアウトされていた。机上のPCからの声に、全員が耳をかたむける。

《一度デパートの社長室に着信した後、センタービルの方へ転送されています。ちゆうけい機の位置から言って、地上七十階以上です》

 ウィル子の言葉に、鈴蘭がくちびるはしを持ち上げる。

「ふぅん、黒なわけだ。で、シラを切ってきたと。役者だなぁ……」

 それに対してしよう

「感心している場合じゃないだろう!? ウィル子、君は直接そこへ行くことはできないのか?」

《あ~、まぁ行くことはできますが、どこへ出ろと。何をしろと》

「それは……」

 翔希はすぐにくちもった。

 ここにいる全員で行けるならまだしも、ウィル子一人では昼間の二のまいになるだけだ。

 たかが言う。

「しかし鈴蘭、役者と言うなら君もじゆうぶんすさまじかったが……ハッパの一つもかけてやらずに良かったのか?」

 その言葉にエリーゼがかたをすくめた。

しようもなくさぶったって、相手を警戒させるだけでしょーが。向こうは少なくない数の人質を取っているのよ。見せしめに二、三人殺したって差しつかえない数のね」

「だが……うちの幹部クラス、この都市にいる分だけでも充分だろう。総こうげきをかければ、その二、三人を殺されるうちには制圧できるのではないか?」

「だめです、ご主人様。私はそんなのは望んでいません。死ねば盛り上がるとか、死ななきゃ盛り上がらないとか、そういうのがいやでこのせいはいという大会のルールを決めて……そしてみんなで楽しく盛り上がってきたんですから。最後の最後で、そんな悲しい結末は認めません」

 今度は、それを聞いた貴瀬が肩をすくめる番だった。

「だが、連中の言う地下……ダンジョン内部だとすれば、魔物発生率は並のダンジョンの比ではないぞ。深さにもよるがAランク、Sランクがひんしゆつするような深度だとしたら、誰がいつまで生き残れるかあやしいものではないか?」

「それは……」

 鈴蘭は言いよどむ。

 貴瀬の言葉もまた事実だった。時間との勝負なのだ。ウィル子が引っ張ってきたあの報告書通り、じやしんとやらが復活するか否かでもある。また一方で貴瀬が言う通り、ひとじちたちの生死如何いかんでもある。

 ここに至ってはいかな鈴蘭でも、だいじよう、などと軽々しくは言えなかった。

「そうした事態へのよくりよくの意味でも、おどしておくのは有用だと俺は思ったのだがな」

 指一本れてみろ。誰か一人でも死んでいてみろ。貴様らの全員を殺す──。

 殺人に対し、今さらりん観など抱きようもない数多あまた幹部、アウターたちがこちらにはいる。説得力は十二分。

 思いなやむ鈴蘭を見て、貴瀬は一息。

「ま……あくまでも俺の考えだ、あまり気にすることはない。それに俺の意見をむよりは、実際にヒデオが人質となっているウィル子の意見を尊重するべきだろう」

《いえ、社長。そこでいきなりウィル子にられてもです》

 自分ではどうしようもできないから、協力を求めにきているわけで。

 そのとき、翔希がプリントをながめながら言った。

「このリスト……俺の知る限り、下に捕まっているのは相当なばかりだ。生き延びられる可能性は高いだろう。けど……」

 そこで勇者は視線を上げ、紙面をたたいた。

「……その気になったアルハザンは、確実にこの彼らへ危害を加えられる。ちがうか?」

 魔物相手であれば、彼らは主体的に勝ちに行ける。だが、アルハザンはその彼らに対し、どうしようもなく負けをいることができる。

「なるほど、少しは成長しているではないかクソガキ。それはいい考え方だ。だったら俺の意見を引っ込めてやる」

 鈴蘭はうなずく。

「そうですね……せんぱいの言うとおりです。上に捕まっている人たちの安全は、実際にウィル子ちゃんがかくにんしているわけだから……」

 もう一度、自分を納得させるように頷く。

「うん。今は、下の人たちが無事でいてくれることを信じよう。それから霧島君がアルハザンの幹部だったくらいだから、この事実は部外秘に。私たちはてつてい的にシラを切り通す。ウィル子ちゃんもラトゼリカさんも、単純にゆく不明。明日、明後日、うちの全社員を使ってこの都市内にローラー作戦をかけよう」

あきれたな、鈴蘭。都市の流通がストップするぞ」

 口では言いながら、しかし面白そうだと言わんばかりに笑う貴瀬。

「それぐらい本気でやらなきゃしんけんがありませんよ、ご主人様。もし本当に、ラトゼリカさんやカッコが行方不明になったら……それでも足りないくらいです。実際、ウィル子ちゃんは今までずっと……そんな気持ちでヒデオくんのこと、さがしてたんだろうし」

 理解してもらえた。

 ヒデオはまだ見つかっていなかったが、どこか申し訳なさそうな鈴蘭のがおを、ウィル子はなんだかうれしく思った。

「なるほど、では明日になったらふくめんどもには俺から通達しよう。だがその後はどうする?」

「その後は、エリーゼ興業とケンカします」

 ぴき。とエリーゼの表情にいかりが走った。

「あ? 何ですって? あんた今なんて言ったかわ鈴蘭?」

「い……いやいや、だからほら、これだけ捜しても見つからないのはうちにうらみのある者の犯行だ~、ってことで。アルハザンを疑ってないことを、さらにアピールするわけ」

「っ……。」

 ビキビキ。

「うちの連中が工業区に毎日ダンプっ込ませたり、放火したり、本社にカチ込み入れたりするのを、いつもみたいにムキになって追い返してくれれば……」

 どかーん! とエリーゼがテーブルをひっくり返す。

「ふざけんじゃないわよバーカっ!! なんで非もないウチが悪者あつかいされた挙げ句そんながいまでこうむらなきゃなんないワケ!?

 れつごとく怒ったかと思えば、次のしゆんかん、つーんとそっぽを向いて席を立つエリーゼ。

かいだわ。帰る」

「あっ、ちょっと……!」

がんってスタジアム直してね。そしたら決勝戦出てあげるから。いつのことになるかわかんないけど~」

「むっ……むっかぁ! いいよ! あんなに頭を下げたのにまだ根に持ってるなんて! いいもん! 直さない、出ないっていうなら不戦敗だぞっ!!

「あっそ。じゃあ一人で勝手にあのれきの山のド真ん中でさびしく優勝宣言してれば? ずかし~。あんなに盛り上がった聖魔杯のシメが不戦勝なんてこの大会のしゆさい者ってどれだけ要領悪いのかしらネ? その様子だけ笑いに行ってあげるわ、自作自演って言いふらしながら」

「いぃやぁああああああああああああああああああああああああああああああ!? 待って待ってごめんなさいごめんなさい!!

 その光景を想像してしまったのか、聖魔王頭をかかえてさくらん。それを見ながらエリーゼがき捨てる。

「あんたんとこの会長ってばほんっと使えないわね伊織貴瀬、死ネ」

「ぐっ……!? 初めて意見が合ったな、エリーゼ・ミスリライト! くたばれ!!

「……一つ言っていい? 伊織貴瀬?」

「いちいちフルネームで呼ぶな!! なんだ!!

「たぁくんのバァ~~~~カっ♪ 死ネ」

 死んだ。精神的に。

 伊織貴瀬社長、なぜか死亡。

「いや……おい、エリーゼ……」

「あ? なに、バイト。文句ある?」

 にぎやかな二人がもどってきたのはその時だった。

「ヘンタイドクター連れてきたっす!!

「ダンジョンヲタ連れてきた~っ!!

 クラリカとヴィゼータが、それぞれの引っつかんだものを入り口のふちにぶつけながら飛び込んでくる。

「……にゃ~……なにごと? 鈴蘭が喜びに打ちふるえ、ハァハァともだえている」

「怪しい言い方するなカッコ! つうに! もっと普通!」

「で、クサレ社長はなにぶったおれてるっすか」

「いや……我が社の機密保持の甘さをうれえてだな……」

 各々、フラフラと起き上がる。

 ずれた眼鏡めがねを押し上げたドクター。

「なんの用事だってぇ? ひひっ。昼間の一件のおかげで、うちの病院もいそがしくってねぇ……三つしかない手術室がどこもスシめ状態さあ!!

「俺はどうやら、そんな行列のできる手術室に放り込まれる寸前でつかまったらしいんだけどよ」

 ぼそぼそ、リュータが頭をく。

「なんだって? ダンジョンがどうとか」

「そう、それ! いつだったかのマップ! 持ってる!?

 鈴蘭の言葉に、リュータは一つまばたきした。


    ③


 少し時間をさかのぼる。

 上ではウィル子が、人質となったラティたちとかいこうしているころ……ヒデオは地の底で、たんたんと、そしてもくもくと作業をこなしていた。

 昼間、断続的に起きた小さなしんに、一同はじやしん復活の予兆ではないかと息をんだが……今ではすっかり収まり、元のように作業が続いている。

 ヒデオは無用に希望をいだくことはなかったが、かといってネガティブなことも考えないように、無心無心に働いた。この土砂をすくおうとスコップを振る。すくおうと思いながらスコップを振るう。考え事をしながら動くのではなく、動くことを考え続けていた。しよせん人の頭など一つしかないのだから、そうしていれば余計を考える余地はない。

「ちったぁ……マシな顔付きに戻ったじゃねえか……」

 同じように土砂を退けながら、ハニワルが言った。

「……そう、でしょうか」

「男ってやつぁよ……前を向いてなくちゃいけねえ……。なんだっていいのさ……。そう……打ち込む……って、ことだ……」

 ざくん、とヒデオのものより二回りも大きいシャベルがハニ悪の手によって打ち込まれ、てんこ盛りの土砂をトロッコへとすくい上げる。小型ユンボくらいの馬力がありそうだった。

「ですが。これが……世界の。めつへの、手伝いでも」

「若いときにゃ……ありがちなことだな……。なんでも、自分一人で背負っちまおうとするのは……」

 聞きながら、ヒデオも負けじスコップをるう。ハニ悪が言った。

「ヒデオ……てめえは、この世界を救おうってのか……?」

「……」

 手を止めるヒデオ。

 まさか、と。なおに心にかんだ。それにはたと気付き、なつとくする。その様子を笑うでもなく、ハニ悪は言葉を続けた。

「そういう、こった……。たいにゃ悪いが……どう考えたって、このじようきよう……オイラたちがどうにかしようって話じゃねえ……。オイラたちは助けられる立場……そうは、思わねえかい」

 その通りだった。世界を救えるのは、この苦境を打破できるのは、先の問いに対し「何とかしなければ」と素直に言い返せる者。そしてヒデオは、自分には、その才覚がないことを知っていた。

 言うなれば、ここにいる者たちはわきやくなのだ。主役として外側から助けに来てくれる何者か……今はただ、それを待つだけの脇役。

「デスガ アマリゆうちようニ待ッテイル時間モ ナイヨウデス」

 グレイだった。彼のたんまつが、くつさく作業をする全員を振り返らせる。空気ハンマーのトリガーを休めて、大佐がたずねる。

「近いのかね」

「あるはざんノ 言ウ通リニ…… コノぺーすデリ進メバ。アト二週間ホドデ 時空間ノ境目マデ 掘リイテシマウコトデショウ」

 うでけい型の端末が、ピコパとめいめつしていた。

 そういえば、とヒデオは問う。

「その、端末で……。母船と。れんらくを、取ることは」

 グレイは軽くうつむき、首を左右。

「都市ガ 異空間ニ存在スルタメカ コノ一帯ノ岩盤ガ 特殊ナタメカハ ワカリマセンガ。地表カラガ 通信可能ナ ぎりぎりノ範囲ダッタヨウデス……。量子通信機デアレバ 問題ナク使エルノデショウガ コノ小型端末デハ 高次先進波通信マデシカ 使用デキマセン。ソレデモ何度カ 試ミテハイルノデスガ」

 SFはさほどくわしくないが、彼が言うのだ。だめなものはだめなのだろう。

 返信はない。あるいは、こちらから届いてはいるが向こうの電波が届かない……というのは、楽観的すぎる推測か。

 では、宇宙までは届かないとして。

「地表までは……届く、のでしょうか」

「コノ一帯ノ岩盤ガ ヨホド 特殊ナモノデナイ限リ 届イテイルト思イマスガ……」

 大佐がかたをすくめた。

「それについては我々も訊ねたよ。だが、彼の端末は完調ではないらしい。何と言ったかな……アルゴリズム、だったか?」

 さしもの老兵も、コンピューターについてのぞうけいは深くないようだった。それでもせんとう機やら戦車やらの電子装備ならかんぺきに操作できてしまいそうでこわいが。

「ソウデス。コノ☆デ 主ニ使用サレテイル ましーんニ対シテ 有効ナあるごりずむヲ 発スルコトハ デキナイノデス」

 またうまい具合にこわれているものだ。

 だが、この手のアイテムが見過ごされていることは幸いではないか? まさかこんな腕時計に、宇宙にまで届くほどの通信機能が備わっているとはアルハザンも思っていなかったのだろう。また、こうして会話できなければ、いくら新入りと放り込まれたところで現場は混乱するだけだろうし。

 グレイは体が小さいため、掘削よりはもっぱらものそうとうの役を負っていた。手先からバリアみたいなものが出るので、ディフェンス役にうってつけなのだ。のみならず、スモークのものとタイプはちがうが、魔物を消し去るほどの光線じゆうも持っている。

 ああでもないこうでもないと話し始めた彼らをに、ヒデオは視線を移す。光線銃と言えば、ジャバンもメタリックスーツ一式に、ブレード、ブラスターを装備している。視線に気付いたジャバンが振り返る。

「……ん? どうした、ヒデオ」

「ジャバンスーツに。通信、機能は」

「それなんだけどなぁ……ほら、お前のパートナーがアプリケーション一式ダメにしてしまっただろう?」

 そう言えばそうだった。ウィル子がみんな食べてしまったのだ。

「最初はジャバンブラスターとジャバンソードだけでここに放り込まれてな……。おやっさんに直させたってこのスーツが届けられたのは、それから少し後のことだ。ごていねいに、戦闘機能以外は直させてもらえなかったらしい」

 そこまでして戦えということか。

「戦うには何の問題もないからいいんだが、ぎようちやく機能がないからだつちやくがめんどくさいのなんのって……」

 だがSFアイテムがこんなにある。目茶苦茶な能力を持つ者もいる。これだけアドバンテージがあっても、地上との連絡は取れないものなのだろうか。何かうまく組み合わせることはできないのだろうか。

 ヒントはないか。手がかりはないか。

 さらにざっとながわたす。

 大佐の使っているエアハンマー。それに動力を送るコンプレッサー。電力はある……が、深度がありすぎるとかで上から来ているものではない。自家発電機だ。あとは……その燃料である軽油。トロッコ。レール。スコップシャベルツルハシ。居住区には衣料品。りよう用具。食料。テーブル。机。ベッド。トランプ……あと、この地下には何があった。何が。

「ヒデオさん? ヒデオさんてば」

 だった。

「……何か」

「夕飯のたくができましたから、今日の作業は切り上げてもどりましょう。今日は本官がうでによりをかけてアジの開きを焼き上げました。おしるはナメコで……」

「それは、どうも」

 アジ。コンロ。ごはん。ちやわん。皿。はし……味噌汁。

 ……水?

「ちょ、ちょっとヒデオさんてばどうしたんですか、とつぜん走り出して……!」

 居住区に差しかったところで、たいつかまえる。

「? どうしたのかね」

「水は……どこから」

「「「水……?」」」

 ヒデオの声を聞いた全員が、オウム返しにつぶやく。

「電気は、自家発電です……では、水源は。空気はどこから」

 なんでもいい。外部とのつながり。

 急いた様子のヒデオに対し、しかし察したような大佐は、落ち着いた様子でこう答えた。

「もちろん我々も、ありとあらゆる可能性をさくしたよ。まあ立ち話もなんだ……食堂で話そう」


    ④


「通気口はある。しゆうじん機のダクトが続いた先に、粉塵をはいしゆつするためのな。だが、ちゆういくつかの送風機が設けられている。高速回転するファンは、人間わざで通り抜けられるものではない」

 大佐の言葉を受け、ヴェロッキアがしぶい顔をした。

「それでも、我がきりに姿を変えて一度は抜けようとしたのだがな。やつら、それをしたように途中に結界をしかけておったわ」

「ファンを。かい、することは」

 ヒデオは聞くが、大佐は色よい返事をしなかった。

「破壊するだけなら、じゆうぶん可能だ。まあ、ここがあのダンジョンのどこか一角と考えれば、完全に空気が絶えるということはないだろうが……行っている作業が作業だ。好ましくないじようきようになることはちがいない。だがそれ以上にそうした派手な動きは、確実にアルハザンに気付かれることになるだろう。その方が問題だ」

 気付かれれば人質が。

 ……だめか。

「では、水源は」

 そこで大佐が、部屋から持ってきたという手書きの地図を広げて見せた。

「この居住区画の奥に、川が流れている。我々が使用している水道やシャワーは、そこからみ上げられた水を使っているが……泳ぐには流れが速すぎてな。こっちはレミーナに調べてもらおうと思ったんだが……」

 全員の視線を受けた彼女が、申し訳なさそうにかたせまくした。

「すみません……私、たんすいってだめなんです。ローレライとは違うので……あ、おくらいは平気なんですけど。泳ぐのとか、ちょっと……」

 っ込んでも仕方ない。グレイの通信機と同じ。本人がだめというならだめなのだ。

 ふと思い立って、ヒデオは聞いてみた。

「……。ジャバン、スーツは」

しずむぜ?」

 じゃあいいや。

 ビッと立てられたこうろうの親指に、ヒデオは一つうなずいた。大佐がひげでながら、呟くように述べた。

「もっとも……通気口にせよ地下水脈にせよ、そうして出た先はおそらく地下六十階か七十階の辺りだろう」

 そうしてまた別な紙を広げる。

「これは」

「まだ大会が始まる前、ダンジョンにもぐるたびに記していた地図……を、思い起こしながらいた地図だ。ひまつぶしに私がとうたつした地下一階から地下六十八階まで、すべての階層分があるが……まあ見ての通りだよ」

 この区画の地図と違って、みようにあやふやなのはそのせいか。トラップの位置やとくちよう的な部屋、川や泉などの目立つ目印は記されているが、迷路的な通路の構造は適当だった。

「実際にはおくたよりに描いたこんな地図より、はるかに複雑だ。そうして苦労してダンジョンをけたところで、階段にせよエレベーターにせよ、行き着く先はセンタービルに他ならん」

 役員に混ざっているというアルハザンの人員に、見つからない保証はない。ミッシェルたちの配給は数日置きだが、まわりには毎日降りてくる。だつそうがバレれば、本来のよくりよくである人質の生命が危ぶまれる。

 わたされた何枚もの地図を、上から順に眺めていくが。

(……)

 とどのつまり、人質。その安全が確認されない以上は、身動きが取れないのだ。結局はハニ悪の言葉通りなのか。こちら側からどうにかできる問題ではないのか。

 外部から何らかのきっかけがあれば。

 いや、そこまでではなくとも……他の人質たちとうまくれんけいすることができれば。主戦力はこちらにかたよっている。アーチェスたち幹部をうまくこちらに引き付けることができれば、他の者たちはかく的安全にげられるのではないか。せめて、そのタイミングを知らせ合うことができれば。

 ……もっともこんなこと、言うまでもなくみんな考えているだろう。問題は、知らせ合うためのその方法なのだ。知識も能力もある者たちがこれだけ集まっているのだ。今さら自分が思い至るようなものは、全て試している。ヒキコモリが本気を出そうとした所で、こうして空回りするのが関の山。

 現実は甘くない。

 かたを落とすヒデオへ、勇気づけるように大佐が言った。

あせることはない。打開策が見つからんのは、機が熟していないだけかも知れん。今必要なのは、いつか来るそのチャンスの時まであきらめんこと……そのチャンスが必ず来ると信じ続ける、強いハートだよ」

 彼はこぶしで、自分の胸をたたいてみせた。

 そして話が一段落となり、食事が始まる。

(……そう)

 実際、ここにいる全員、心が強かった。それぞれに不安はかかえているのだろうが、じんもそれを見せる気配がない。他愛もない会話に笑い、突っ込み、何ら変わらぬ日常のように過ごしている。

 そんな心の強さが欲しいと、ヒデオは思った。

 いや、いつだって思い続けてきた。

 ウィル子がいてくれれば、無理にでもこの会話の中に引っ張り込んでくれたのだろうか。そうして半ばごういんに、ときに流れだけで勝負にもつれ込んでいた日々が、すでなつかしい。

「……だから、あの耳としっぽは本物なのかってことだ」

 甲士郎が言った。ヴェロッキアが言い返した。

「まだ貴様はそのようなことを言っておるのか。だからあれはワーキャットと言ってだな……」

「ネコマタなんているわけないだろう? そのしように、ミッシェルにはしっぽが一本しか生えていない」

「ネコマタかどうか我は知らんが、ならばここにいる面子メンツはどう説明するつもりだ」

 言われ、甲士郎が面々をわたす。要するに彼もまたこちら側の世界にくわしくはなく、にもかかわらず初日にヒデオに負けてここへ来たので、他の種族とかそういうものも疑わしいらしい。察するに会場入りもおそかったのだろう。

「貴様、まだこの我をヴァンパイアと認めんのか?」

「だってお前、どう見てもちょっとの長いだけの人間だろ? そうでないとちょっと八重歯の長いかいじんとして俺はたおさねばならん。いやしかし、霧に姿を変えるなんて怪人でもなければ……ううむ」

 難しく考える甲士郎へ、そのきばいて飛びかかろうとするヴェロッキア。レミーナが間に入って、まあまあとそれをなだめる。

「えーと、でも私も一応セイレーンなんですけど……」

「ああ、あんたの歌声は最高だ! まさにセイレーンと呼ぶに相応ふさわしい!」

 セイレーンという異名を持った、歌がうまいだけの女としか思っていないらしい。

「じゃあハニ悪はどうなのよ?」

 アカネがひときわきよかんの彼を指差すと。

「このサイズから言って、中の人がいるに決まってるじゃないか」

「……中の人に中の人呼ばわりされてるよ、ハニ悪さん」

 あきれ返ったアカネの声に、ハニ悪はおこるでもなく慣れたように一言。

「そいつぁ……ひとちがい、ってやつさ……」

「あのぉ……そうすると」

 当然のように美奈子が突っ込む。

「グレイさんは? こればっかりは、さすがに子供の体形でも難しいと思うんですけど……」

「いや、宇宙人はいるに決まってるだろ」

 なんでとつぜんそんな当たり前のこと聞くの? みたいな表情がいよいよイタましかった。

「ろずうぇるデノ 一件デ 我々ノ姿ハ 大キク報道 サレテシマイマシタカラネ」

 それが信じられているかどうかは、個々の思想信条によるとして。甲士郎の場合はコバヤシ寄りのてつがくの持ち主なのだろう。そういうこうというか。最終的には宇宙けいを名乗りたそうだし。

「話がれたが、ミッシェルのあれはそういうレベルじゃないと思うんだ。ジャバンスーツのセンサーでスキャンしてみたが、しっぽも耳も、糸や何かであやつっている様子がない……ヒデオはどう思う?」

 いきなり話をられて、しるきそうになった。

「……」

「なあ、ヒデオは日本人だからわかるだろ? 本当にネコマタなら、しっぽは二本生えているはずだ」

 それはそうだけれども。

 うわさをしたので何とやら、ミッシェルが配給にやってきた。めずらしく、きりしまレナと二人で……。


    ⑤


「たばこジャンキーにタバコですニャ。お前らタスポもないくせにペース速過ぎですニャ」

 大佐とハニ悪に、それぞれドライシガーとマルボロが渡される。

「葉巻は日本のはんには売っていないのでね」

「男はだまってカートン買い……なのさ」

「ぶっちゃけいま肺ガンで倒れられても困るのですニャ?」

 何をいまさらと、長年のあいえんである大佐は笑った。

「それはどうもご親切に。だが……見たところ二人だけのようだが」

 いつもはじゆうで武装した部下を何人か連れているのに。部下の一人もなく、付きいは幹部のレナが一人。

「珍しいな。今日は、他の連中はどうしたのかね?」

「準決勝でみーことエルシアが鹿やらかしましたのニャ。せっかくのスタジアムが目茶苦茶で、決勝をどうするかでスタッフ全員大わらわニャ。お前たちの手も借りたいくらいニャ」

(……)

 なるほど。昼間、しんにしては妙なれがあったが……地震ではなく、その二人が暴れたせい?

 しかし、ついに準決勝までいったか。クロスフラッグス以降は試合も経過も見られなかったが、何となく、かんがい深いものがあった。

えんりよすることはない、今からでも喜んで手伝おうじゃないか。地上まで連れて行ってくれればの話だがね」

いやを言っただけですニャア。お前たちはただもくもくと……」

 穴ってればいいのニャ。といういつものセリフを言おうとしたのだろう。だが言いかけたまま、ポケットからメモを取り出していちべつ

「……よく働いてるから、きゆうを上げるニャ。明日から一週間、作業を休んでいいのニャ」

 思いも寄らぬ申し出に、全員目を丸くした。

 単調な機械労働をり返す日々に、その時初めてアクセントが付いた。言うなればアルハザン側の計画に、何らかのへんこうが入った。動きがあったのだ。

(……)

 さっき、大佐はなぜ、チャンスの時まで強いハートが必要だと言った? そのチャンスをのがさぬための観察眼、それを生かすための機転が必要だからではないのか?

 そうしてみなが皆、その異変を感じ取ったのだが……それまで黙していたレナが、気配を察したように、先んじてくぎす。

「言っとくけどみようなことは考えない方がいいよ。ボクたちがもどらなければ、すぐにガーベスたちが降りてくるから」

 だがむざむざ逃す手は無い。降りてくるその時までは、チャンスがあるということだ。

 ならばこそ、まずは彼女らを帰さぬことだ。

「♪」

 ふと何かに気付いたミッシェルが、小鼻を鳴らして舌なめずり。

「アジの開きとはぜいたくニャ……」

 考えめで手を付けていなかったヒデオのアジを、止める間もなくひょい、ぱくり。

 自然、目が合う。おもむろにヒデオが立ち上がると、なおからかうようにミッシェルが笑う。

「なんニャ。まだ生きてたヒキコモリが文句あるのか……ニャ?」

 ぎゅ。としっぽをにぎめた。

「にゃんニャあああああああああああああああああああああああああっ!?

 ざり、とヒデオの顔にひっかき傷。周囲はぜん

「お前馬鹿ニャ!? 人のしっぽいきなり握るなんて失礼にもホドがあるニャ!! ワーラビットのウサ耳が目の前で揺れてたらお前は握るかニャ!? それくらい失礼な話だと言ってるニャアフゥウウウ!!

 ガミガミ。

 しかしヒデオは、れっきとした人間である。じゆうじんの常識など知ったこっちゃない。まあ、それくらい怒って当然のことをしたのかも知れないにせよ……これで完全にこちらのペースに乗った。翔希と同じだ。直情型はあつかいやすい。

 引っかかれたほおからだらだら血を流しながら、ヒデオは言った。

「……認めましょう。本物の、しっぽであることを」

「お前やっぱ馬鹿ニャ!? アパートにいたときからの付き合いなのに今まで作り物だと思ってたのかニャ!?

「ですが。別人」

「……ニャ?」

「あの。優しかった、大家さんと。今の、あなたは……あまりに。かけはなれ過ぎている」

「当たり前ニャ。大家なんて参加者のリサーチのためにやってただけニャ」

 なるほど。

「ニャアニャア、うるさい」

「……」

「……」

 し~ん、といたたまれぬせいじやくが数秒。

「ネコがニャアニャア言って何が悪いニャ! お前とうとうココに来たかニャ!?

 事実、周囲の目にはそのように映っても無理からぬ暴挙。だがそうぼうは、かつてがんおそれられた冷静そのもの。

 それも当然だった。一度はエリーゼに殺されかけ、タガの外れたレナにおうされ、数多あまた魔物の異形を見続け、そして大佐に死を言い渡された。ヒデオはこれまでに、およそおそろしいと思えるほとんどを経験してきた。

 比すれば目の前の彼女などニャアニャアうるさいだけで、愛くるしくこそあれ……今のヒデオにとっては、おびえるような存在では断じてなかった。数々の意地悪な言動も、頭さえしゃんとしていればツンデレに脳内へんかん可能なほどだ。

「……なおに、なればいいものを」

「お前ほんとにだいじようかニャ」

 さて、どうやって話を続けるか……とヒデオが思う間に。

「へぇ。ちょっと見ない間に、ずいぶんとテンパったじゃない。ヒデオ君」

 レナだった。

「上ではそれはもう大変なさわぎになったけど。うそつきの魔眼だって。ここではいじめられなかった?」

 いつの間にかレナのひとみが、あの夜と同じ危なっかしいかがやきを宿していた。

 種類はちがうが……彼女もまた、心に病をかかえている。いや、きっと、自分よりはるかに深刻な。ペースに乗せるのはミッシェルより遥かに簡単だろうが、いつしゆんふつてんちようし話し合いにならなくなる可能性の方が高いか。

 しかしまあ、ここで彼女に帰ると言い出されてもまずい。

「そういう、あなたは」

「……は? なに?」

「アーチェス氏に。おこられなかったかと」

「っ!!

 一瞬にしてり上げられたレナのうでは、またたく間にヒデオをなぐり付けた。だが二発目以降は、警官らしく護身術にけた美奈子の手により、難なく押さえられる。

「放せっ! 放してよっ! こんな! こんなやつっ……!

「落ち着いてください、霧島さん! あなたはどうしてそんな……!」

 これでだいぶ話がこじれ、やつかいになった。時間かせぎにはじゆうぶんだろう。他の者たちも、あの司会者りからは想像だにできないレナのこのひようへん振りは初めてのことだったらしく、信じられないおもちで美奈子の加勢に入る。

 まるで何かの常習者を押さえるような騒ぎだ。

「なるほどな……ヒデオ君があんな有様で降りてきたわけか」

 たいがレナに向かって言う。

「で、これはアーチェスの指示なのかね?」

「それはっ……」

 他方でレナの心に理性が働く。そうしてようやくじようきようみ込んだように、力なくうなれる。

「……ごめん。ヒデオくん……」

 あまりに意外な言葉だった。

(……)

 しかるに、彼女はかわむらヒデオそのものをうらんでいるわけではなく……あくまでも彼女にとっての生き神たるアーチェスに、害やあだなす存在が許せないのか。

 ようやく落ち着きを取り戻したレナを見て、美奈子がその腕を放す。

「ですけど、一体どうして……」

「あんなに困っているパパを見たのは、初めてだったから」

「え……?」

 暴れはしないが。今度は何かに取りかれたように、ぼそぼそとつぶやき始める。

「困らせたヒデオくんが、どうしても許せなかった……。悪い……? 大切な家族みんながヒデオくんにだまされてた……怒って悪い? どうしてここにいる皆は怒らないの……? ボクは、そっちの方が不思議……」

「そんなの、勝負だったんだから仕方ないじゃないですか!」

 美奈子の言葉に、レナがきょとんと顔を上げる。

「ルール無用の勝負の中で、本官たちが武器や力にたよったみたいに、そういったものがないヒデオさんは、に頼っただけじゃありませんか! あなたたちだって、同じように知恵で魔眼を見破ればよかったじゃないですか! あなたたちは、ヒデオさんとの知恵比べに負けたんです!」

 そうしてれつのように怒る美奈子は、ヒデオをふくめた誰しもが初めて見るものだった。

「本官たちはそれがわかってるから、怒ったりなんかするわけありません! それをあなたたちは勝手に信じ込んで、噓だとわかったらさかうらみして、一方的に暴力を使ってこんな所に閉じこめて……鹿じゃないですかっ!?

 そのとき、ピコンと耳を動かしたミッシェルがドアの方を向く。他の者たちの耳に足音が聞こえたのは、少ししてからのこと。

「おいミッシェル、いつまで油を売ってるつもりだよ」

 入ってきたのは、ザジと、そしてアーチェス本人だった。


    ⑥


「またヒデオのことでもからかってたのか?」

「……違いますニャ。こいつら、どうして作業延期かり葉掘りしつこいニャ」

 ミッシェルへ、にこやかな表情でアーチェスがうなずく。

「なるほど、まあ私もそんなところではないかと思いましてね」

「ほう、それでボスが直々にお出ましかね」

 大佐がちようせん的に口のはしり上げる。

 ヒデオにたんを発したミッシェルとレナの足止めは、しくもアーチェスという予想以上の大物をり上げるに至ったのだ。これが楽しくないワケがない。

「ええ。なかなか納得しにくいお話でしょうし、有りていに申し上げましょう」

 それからせきばらい一つ。

「すでに彼女たちから聞いているかも知れませんが、今日の準決勝第二試合で重大な事故が起きましてね……会場となるスタジアムが、ぜんかいしてしまいました。しゆさい者である鈴蘭様からたっての申し出で、決勝戦の開催日時を延期することになったんです」

「それが? こちらの作業とどういう関係があるのかね」

「順を追って説明しましょう。まずじやしんの現れ方には、二つの可能性があります。一つは私のしようかんに応じて、姿を現してくれること。これがベストなわけですが……もう一つ。世界がつながったたんに、なみのように押し寄せてくる可能性が考えられます。しかし、私は必要であればせいいといませんが、無用な犠牲は好みません」

「……つまり、それだけばくだいなチカラを呼び起こそうというわけだ」

「万一暴発すれば、専守防衛をうたう天界が動いたときにはすでに取り返しのつかない……そうした事態にまで発展する可能性があります。私はまず、この都市をかの神の力に満たされたきよてんにできればいいのです。魔族が復権するためのきようとう。聖魔王や天界と戦うために、言うなればせんとうじようさいとして機能させることが第一の目的です」

 それから一息、にゆうな表情を取りもどす。

「世界をめつさせようだとか、そうしたせつもくのためではありません」

「だが、そうなる可能性はあるわけかね」

「いよいよとなればミーコ様のようなアウターたちが相手となります。かつてラグナロクと呼ばれた全面戦争においては、山を割り海を干し、大陸を消滅させたとのこされるほどの真の神々です。意図しない形ではんらんしない限りは、その程度の力は必要と考えます」

「暴走した場合は」

「そうならないよう、しんちような手作業をお願いしているわけです。ですが……Xデーとなるその時には、聖魔王とそのえんたくの誰一人として、この都市内にはいないことが望ましい。つまりみなさんがその作業を終えるのは、大会しゆうりよう後、鈴蘭様が満足して都市をはなれられた後が望ましいんですよ。万が一の暴走も考えれば、都市内にはできるだけ人がいない方がいいでしょうしね」

 祭りの後の静けさが欲しいというわけだ。

「……そのとき、我々の安全は保証されるのかね?」

「ご安心ください。最後の一線は、ばくやくによってとつします。ですがそれは無論、皆さんがペアの方々といつしよに解放された後のことです」

(……)

 大佐が深くいきした。

「……てつてい的だな」

「何がです?」

「私も軍歴が長いが、そこまでりよに気を遣う司令官は見たことがない」

「それなりのこくなお願いをいていますので。許して欲しいとは言えませんが、でき得るはんでの当然のことと考えます」

 大佐がおうようにもたれ、仲間たちを見回した。

「……他に聞きたいことがある者はいないかね? 今であればなんでも答えてくれそうだが、どうも私にはいい質問が思いかばん」

「いえいえ、レッドフィールド大佐。そんなことを言われたらけいかいしちゃうじゃないですか……皆さんのとうそうに役立つような情報だけは、お教えできませんからね」

 それができないことを知りながら、おどけて笑ってみせるアーチェス。

(……)

 なるほど、油断はまんしんから生まれるものだ。

 ……最後の一線は爆薬によって。

 つまりその時、あの穴の奥には誰もいないということだ。ここからスイッチで? そんな得体の知れないものが異世界からあふれ出るとなれば、この最深部にいること自体、自殺こうだろう。いや、げ場のないこのダンジョンそのものも。ならばどこからスイッチを入れる?

 ……外だ。

 だが電波が届くのか? 否、大佐いわく地下六十階以上の深度。多くの地層、がんばんはばまれても通る電波を彼らは有するだろうか。ならば有線か? 否、電力も水道も全てこのフロア内で自己完結している。外部から何らかの導線が通っているはずがない。

 ……ちゆうけい器?

 地下街や地下鉄でけいたい電話を通じさせるためのじようとう手段だ。だがあるのか、そんなもの。いや、あったとして結局は有線にカテゴリーできるのではないか?

(……)

 さあ、考えろ。メスのられたあのときのようにだ。その異変の中にかくれているチャンスを、思考の刃でえぐり出せ。

「……オヤジ、ミッシェルとアネゴはなんともなかったんだ。帰りがおそいとガーベスたちが心配する」

 無気力かつすきのないひとみで、こちらの全員をわたし続けるザジが忠告した。リボルバーとオートマチックの四丁けんじゆうは、いつ見ても相変わらずだった。

「そうですね。お食事のお邪魔でしょうし、それではこの辺で……最後にヒデオ君、君に一つ伝えておきたいことが」

「……」

 きびすを返そうとして、アーチェスが立ち止まる。

「今日の午後、私はウィル子さんを殺しました」

 午後?

 ヒデオより先に、同様に付き合いの長い美奈子が息を飲んだ。

「そんなっ……!?

「私も心苦しく思っています。ですが、むを得ませんでした」

(……)

 午後。

 あのときか。急にまいを起こしたあの時。

 あれは……だんまつだった……?

 うそだ。馬鹿な。じようだんじゃない。びようのトラをどうやって。屛風を焼けばいいという話ではない。ネットというじんの世界を持つ彼女をどうやって。

「どう、やって……」

 突然の話になんの実感もかぬヒデオに対し、アーチェスは申し訳なさそうに目をせた。

「彼女はかくしんに近付きすぎたんです。センタービルに現れたところを、全ての電力と回線をしやだんしました」

(……)

 なんだ。その程度か。


 いや、ちょっと待て。


「っ……」

 ぞっとした。

 心臓がはやがねを打ち、かんせんが開くほど興奮した

 殺した? 電源を落とされ、はいされた旧式ノートパソコンの、たかが20GBのハードディスクの中でさえも生き残っていた彼女を? みーこにたてき、レールキャノンのエネルギーを自前で用意したほどの彼女を?

 つまり今、ヒデオの耳にアーチェスの言葉はこう聞こえたのだ。


 殺さねばならぬほどの核心をかれたにもかかわらず、取り逃がした……!!


「……苦楽を共にしたパートナーを失う痛みは、察します。ですが……」

 あいとうなど聞こえもしない。

 なるほど、それだけ危機的なじようきよう下にあったのかもしれない。だがそのしゆんかん、ウィル子が、とつじよぶったおれるほどのエネルギーを吸い上げた事をどう説明する? しんどうは、みーことエルシアが引き起こしたものだったとすれば……エリーゼいわく最も効率のよい、この自分からうばい取ったばくだいなエネルギーをウィル子は何に使用した?

 自己保存のために決まっている。

 そう考えるのが、ヒデオにとっては自然だった。誰よりも長くウィル子と一緒に過ごしてきたヒデオにとって、当然の帰結であった。

 彼がみーこを神と評するのなら、ウィル子はその神々から新たな仲間であると評されたうつわ。そもそもが、一日二日でちくできるようなものを、人はウイルスとは呼ばない。しかもただのウイルスではない。ちようかいごくあくかんせんウイルスだ。ならば核心は、すでにばらかれている。

 いや、いやいや。アーチェスがそれを知らないということは……秘密に。おそらくはウィル子とえんの深い、そして彼らが最もすべきまつさつ商会あたりに。

(そう、か……)

 そうだ。だとすれば、ここで口をすべらせるのはマズイ。ああくそ、わかったようにざんするアーチェスがこつけいで仕方ない! ウィル子、君は本当にすごい! 生来の鉄面皮なのに、こんなときだけうっかり笑ってしまいそうなほど……最高に面白い!!

「ヒデオさん……」

 うつむき、顔をおおったヒデオの背に、なぐさめるように美奈子が手をえる。

 笑顔を隠しているだけなのが、自分ばかり楽しんでいるのが、本当に申し訳なかった。

「……だいじよう……です」

 すぐさまなみだくように強く顔をこすり、笑みをき消す。

 そして興奮を冷ますように一息。

「アーチェス、氏……」

「なんでしょうヒデオ君。私をなぐって気が晴れるようでしたら、いくらでも……」

 ヒデオは静かにかぶりをった。

「……いえ。け、を」

「手向け? それは……ウィル子さんに、ですか?」

「ええ」

 どう伝える。

 この今の流れ、彼の性格にいつわりがなければたいていは聞き入れられる。

「『みんなの広場』、けいばんに。とくめいで、構いません」

「なるほど。電子のせいれいだった彼女へメッセージを送るには、相応ふさわしいのかもしれませんが……」

 無論、あからさまな言葉はダメだ。自分でキーボードを打てない以上、改行縦読みトラップなどもっての外。この一瞬で思い付けるようなヘタな暗号ではそくに看破される。そうなれば最悪、口約束だけというせんたくも彼にはある。

 だから。

 ああ、確証はない。確証はないが。

「……昔の、君の部屋で待つ」

「ミッシェルの管理していた、あのアパートのことですね。それだけでいいんですか?」

「……ええ。今は……、それだけで」

 手向けを装った思い付きでは、これが限度だ。相当な曲解が必要になるし、もしこちらの意図する通りに通じたとしても、あの場所が本当に推測通りかの裏付けもまだ取れていない。

「っ……」

 一瞬。かすかにレナがよろめいた気がした。

 せんさくさえぎるようなしんどう音。

 ザジがふところから折りたたみの携帯電話を取り出し。

「……オヤジ」

「ええ、わかっています……ではみなさん、束の間かも知れませんが、ゆっくり休養してください。作業再開のくわしい日取りは、追ってお知らせします」

 アーチェスたちはそれきり振り返ることなく帰って行った。

 暗いちんもく。痛ましそうな、あるいは察するような視線がヒデオに集中する。ヒデオはだまってこしを下ろし、冷たくなったご飯をおかずもなく、冷めたしるで流し込んでいく。

 得られた情報の全てを整理。

 そうして最後の一口を飲み下し、静かにはしを置く。

「……アルハザンとの、この勝負。僕たちの勝率は、限りなく高いものになりました」

「「「……」」」

 てっきり悲しみにしずみこんだと思っていた一同はおどろいたように顔を上げ。

「……勝ちに、行きましょう」

 そんな、突然のヒデオの言葉に声を失った。


    ◆


「昔の君の部屋で待つ……ですか?」

 たんまつを前に、ライネーズはかたわらに立つアーチェスを振り返った。

「ええ。どういう意味だと思います?」

「どう、と言われましても……」

 急に意見を求められたライネーズが口ごもる。後ろでザジが、興味なさげにガンアクションをり返していた。

「言葉通りの意味だよ、オヤジ。思い出深いアパートで待ってれば、ウィル子のたましいかなんかが帰ってくるとかさ。ロマンチストなんだろ」

「……ですね。私もそんな風にしか」

 あいづちするライネーズ。

「やっぱり、それだけの意味にしか思えませんよねぇ……」

「あんたほんと心配性だな……」

 ザジがぼそぼそとかみを搔く。

「いえ……気のせいかもしれませんが、あのとき」

「あ?」

「ヒデオ君が顔をかくして泣いた時……一瞬、彼が笑ったような気がしたんですよね」

「……顔隠れてたのによく見えたな、あんた」

「ええ、ですから気配というか、なんというか……」

「……でもちょっと待って」

 トレイに人数分のホットコーヒーをせ、レナがもどってくる。

「ミッシェルが管理してたアパートのことなら、僕たちの部屋、って言うんじゃない?」

「ああ……なるほど。感の正体にやっと気付きましたよ。ずっと何かおかしいと思っていたんですが」

「んじゃ、アネゴ。ウィル子の部屋ってなんだ?」

 コーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れたザジ。

「それはほら、きっと……パソコンのことじゃない?」

「何言ってんだあんた」

 ひようけしたようなザジに、レナはさも当たり前のように言う。

「だってウィル子ちゃん、パソコンの中に住んでたって言うんでしょ」

「それはオレでも知ってるよ。けどヒデオがどうやってパソコンの中で待つんだ、って」

「だから、それはロマンチストなんじゃない? ちょっと前にったでしょ。バーチャルとか、ダイブとか、マトリックスみたいな。お星様になる代わりに、パソコンの中に入れるとか思っちゃったんじゃない? ウィル子ちゃんといつしよにいたせいで」

 と、レナはブラックのコーヒーを一口。

「……今日のヒデオくん、なんかおかしかったから……ウィル子ちゃんが死んだって聞かされて、いよいよ最後の一線えちゃったとかね。パパが笑ったように見えたって言うのも、きっとそのせいじゃないかな。ほんとにもうどうでもよくなって、笑うしかなかったとか」

 そういうことがまれにあることは、この場にいる全員が知っていた。ことあのような、いつ死んでもおかしくないじようきよう下では。そして聞かされたのが、希望を絶やすようなきようほうでは……それはになって笑いたくもなるだろうと。

 そこで、わたされたコーヒーがほどよく冷めるまで待っていたライネーズ。

「仮に外部へ何かを伝えようとしているとしても、掲示板に匿名ではだれから誰へのメッセージかもわかりませんし……有用な情報をふくめるには、文章が短すぎます」

「ていうかオヤジ。そんなに心配ならりちに聞いてやることもないだろ」

「あ、いえ……本当に心からのお願いだったりしたら、やはりにするのは可哀かわいそうじゃありませんか。何もなければそれでいいんです。そして気になっていた違和感も、ヒデオ君が笑ったような様子も、一応のくつは通りましたからね。確かにただのいつぱん人である彼に、あの場所での長期の労働は精神をんで余りあるものだったのでしょう」

「で、あんたはそのとどめをしたわけだ。知らぬが仏だったろうに」

 皮肉るザジを、レナがたしなめた。

「ザジってば……! いいじゃない、ヒキコモリのうそきの、あんなヤツがどうなったって……!」

「レナさん」

 とうしようとしたレナは、アーチェスのその声だけで我に返り、しゅんとなる。

「ごめんなさい……。わかって、いるんだけど……」

 一息。

「……ではライネーズ君、彼の言葉通りに。ただしとくめいではなく、ヒデオ君の名前で。『みんなの広場』だけではなく、外の世界のあちこちのけいばんにも適当に載せてください」

 キーボードに手をやったところで、ライネーズはぱちくり、り返る。

「えっ……、と、それは……?」

「言葉はちがいなく彼のものです。ですからこうなります。彼はこの都市からゆくくらましましたが、決してらえられたわけではなかった。そしてウィル子さんも殺されたわけではなく、誰よりも早くそのメッセージに気付き、ヒデオ君をさがしに魔殺商会を立ち去った」

 ザジがそっと視線を移す。

「……あんた、ほんとに優しいんだかおそろしいんだかわからない人だよな」

 うすく笑っただけで、アーチェスは答えなかった。

とう稿こう日時のかいざんも、君であればできますね? ライネーズ君」

「はい、かしこまりました。アーチェス様」