†
ドン! と天井から大きな音がした。
慌てて、ディアヴロはレムを抱きかかえるようにして、身を
胴体はゴリラのようだ。
絶叫する。
「ディーアアアーヴゥゥゥーロォォォォォォー!!」
「モディナラームッ!!」
クルムが推測していたとおりか。相手の声からは、知性よりも狂気を感じた。
自分が明日には消滅すると知りながら、配下の魔族や魔獣たちを吸収し、こんな偽の魔王城に姿を変えた。
「ギィヒャーハーッ!!」
「《乱心》か」
ディアヴロは
しかし、状況は
《
モディナラームは大量の魔力を収集したことで、全力に近かった。まともに接近戦をやると、かすっただけでも危険だ。
そのうえ、レムを守りながら戦うことになる……
──勝てるのか?
いや、勝つしかない!
ここで倒さなければ、この偽魔王城は止められないのだから!
ディアヴロは
「レムよ、自分は役立たず、などと言うまいな?」
「それは……」
「心しておけ──実力も才能も自信もないヤツが、努力から逃げるな。死ぬまで
彼女が
そして、微笑み、うなずいた。
「……はい。もともと、わたしは諦めが悪い性格です」
「よし、俺の後ろから離れるなよ?」
「……ディアヴロ、確証はないのですが、試したいことがあります。《エリクサー》を持ってきていますか?」
「無論あるが、どうした?」
ディアヴロは《エリクサー》を取り出す。
神の秘薬と呼ばれていた。
レムが重傷を負っているようには見えなかった。
彼女は敵を指差す。
「……モディナラームに使ってください」
「なんだと!?」
「ギョ!?」
レムが説明する。
「……モディナラームが中に入ってきて、わたしの記憶を
「《エリクサー》を怖がるだと? どういう理由でだ!?」
「……《乱心》は
「なん、だと!?」
モディナラームに、そんな弱点があったとは!
MMORPGクロスレヴェリでは無数のプレイヤーがモディナラームと戦った。
しかし、ゲームでさえ超希少な《エリクサー》を魔王に使った物好きはいなかったらしい。
少なくとも、攻略サイトには、そんな情報はなかった。
ディアヴロは左手に《エリクサー》を持ち、じわじわと敵との距離を詰める。
「フッ……面白い。試してみようではないか!」
しかし、結果を見るまでもない。
モディナラームが後ずさる。
恐れているのは明白だ。
ドーム状の部屋の出口を背にして、
ディアヴロは言う。
「隙など見せぬ。慈悲など掛けぬ。この場で、確実に、仕留める!」
「ウッ……ウッ……ウッ……」
「モディナラームよ、消えるがいい!」
「ギョエッ、ギョエッ、ギョエッ!」
ガシャン! と機械的な音が、ドーム状の空間に響いた。
山羊頭の額に、記号らしきものが刻まれる。
「何だ!?」
嫌な予感しかしなかった。
レムが思案顔で言う。
「神代言語の数字……たしか、九、八、七……」
刻まれた記号が、だんだんと変化していった。それは、数字であり、ほぼ一秒ごとに減っていく。
どう考えてもカウントダウンだ。
「貴様!」
山羊頭の口元が、いやらしく両端で
「ナ、ナ、
「ああ、悪いが……そのパターンは知っている」
ディアヴロは右手でレムを抱き寄せた。
「ひゃっ!?」
モディナラームの額の数字が、さらに変化する。
その身体から、
†
城塞都市ファルトラの西門前──
シェラが矢を放つ。
「てやあっ!」
黒蛇に直撃した。
ボムッ! と音をたてて、黒蛇が消し飛んだ。
「うむうむ、やるではないか、シェラよ!」
クルムが満足げにうなずいた。
この戦いの前に、シェラの弓はクルムによって更なる強化を施されている。衣服やブーツまでも。
今や〝魔王装備一式〟と言えるほどだった。
おかげで、シェラとクルムのいる場所は持ちこたえている。
一方──
しかし、もともと不足気味だった魔力が、とうとう底を突きかけている。
「マスターに任されたお役目……この身が砕けようとも!」
逆に、倒しても倒しても倒しても、黒蛇の数は増えていく一方だ。城が近付くほど、攻勢の苛烈さは増していた。
ガルフォードの剣や、ラムニテスの
しかし、他の者たちの場所は、決壊寸前だった。
兵士たちが黒蛇に
魔術師たちに囲まれたセレスティーヌが、声をあげる。
「がんばってください! もうすぐ! きっと、ディアヴロさんが、あの城を止めてくれますから!」
気休め──そう思われていた言葉が、まさか実現するとは!
頭から血を流しつつ、エデルガルトが城を
「あ……光?」
爆発がこぼれた。
内部から、
やがて城全体が赤黒い爆炎に
人々は
シェラが悲鳴のような声をあげる。
「ディアヴロ!? ねえ、ディアヴロは!? レムは、どこ!?」
その問いに答えられる者はいなかった。
黒蛇まで延焼し、次々と巨大な焼死体を大地へと横たえる。ジュウジュウ、バチバチと音をたて、灰になる。
そのあと、光の粒子になって天へと昇っていった。
炎が小さくなる。
クルムが城のあった場所を指で差した。
「見よ!」
†
爆心地の底に、上半身だけになったモディナラームが横たわっている。
下半身は消滅していた。
残った部分も崩れはじめて、すべて消え去るのも時間の問題だろう。
「………………」
少し離れた場所に、球体があった。
黒色の玉だ。
しゅる、と球体を形作っていた布がマントへと変化する。
「ぷはっ!」
息を吐いたのは、レムだった。
同じように息苦しい思いをしていたが、ディアヴロは魔王らしさを維持するため、我慢した。
「ふぅぅぅー……」
「……無事ですか、ディアヴロ?」
「レムこそ、どうなのだ?」
「……ん」
笑みを浮かべた。
地面に横たわっているモディナラームが、ガチガチと歯を鳴らす。
「ナゼ!? ナゼ? ナ……ゼ?」
ディアヴロはマントをつまんだ。
「《
MMORPGクロスレヴェリでは『効果の対象はパーティーメンバー全員』だったが、使った感じだと、三人が限界に思えた。
レムが感心する。
「……そんなマントがあるなんて……とてつもなく希少な品なのでしょうね」
「いいや、《
効果は強いが、性能は控えめだった。
魔王のような桁違いに強い相手と戦うときにだけ、ディアヴロは装備しておくのだった。
──MMORPGクロスレヴェリでは、三分に一回の頻度で使えたが、この異世界ではどうなのだろうか?
ディアヴロは、倒れているモディナラームの傍らに立つ。
《エリクサー》を手にした。
もう抗う力は残っていないようだが……
「また、レムの中に入られては面倒なのでな。消えるがいい」
「マテ……回復スル、
「ハッタリが下手だな、モディナラームよ。そういう言葉は、自爆する前に言うのだな」
ディアヴロは管の中身をぶちまける。
まるで、氷の像に、熱湯をかけたかのようだった。
「アッ! アッ! アッ! キエル! キエル! アッ……ギャアアアアアアッ!!」
濁った悲鳴が荒野に響く。
大魔王モディナラームが消滅した。
ディアヴロは何もなくなった
焼けた土に刺さった。
墓標の代わりにもならないが……
振り向くと、レムと目が合う。
彼女は左手の薬指をなでていた。銀色の飾り気のない指輪が
「……あの、ディアヴロ……これは本当に、もらってもいいのですか?」
「う、うむ」
改めて問われると、恥ずかしかった。
「……言葉にしてほしいのですが」
難しいことを簡単に言う。
うごご。
「あー、うー」
ディアヴロは近づき、レムの肩に手を置いた。
「つ、つまり……だな……」
「……はい」
背の小さな彼女が、あごを上げたまま、くっと目を閉じる。
ふるふる、と
──え? え?
思わず硬直してしまう。
なんだ、この状況!? 俺は、どうしたら!?
そのとき、街のほうから、シェラの声が聞こえてきた。
「ディアヴロ~!! レム~!!」
名を呼ばれて、そちらに視線を送る。
声をあげたシェラだけでなく、クルムやロゼや他の者たちも、駆けてくるのが見えた。
レムが応える。
「シェラー!! クルムー!!」
ディアヴロは腕組みし、
──ああ、やっと終わったな。
レムが笑みを浮かべ、尻尾を振った。
「ディアヴロ!」
「む?」
「……わたし、諦めが悪いですから! 覚悟してください!」