第四章 孤独なる者


「ディアヴロ」

 名前を呼ばれた。

 誰の声だろう、と考える。

 シェラのようだった気もするが、もう一人の少女のことを思い浮かべた。

 ──レムだったか?

「ディアヴロ、起きてください」

 ああ、今度はちゃんとレムの声だった。

 視界に浮かびあがるのは……

「えっ!?

 間違いなくレムだ。

 しかし、その服装は、いつもの装備《秘石のかさね》ではなかった。

 真っ白なウェディングドレスのような……いや、それにしては透けすぎている。まるでわくてきな下着のような格好をしている。

 その隣には、シェラもいた。

 やはり、同じように目のやり場に困る衣装だった。

 ベッドの上で膝立ちになって、ぐぐっと身を寄せてくる。

「ディアヴロ♡」

 ──おまえたち……何を……!?

「お……お……う」

 上手く言葉にならなかった。魔王ロールプレイどころではない。

 レムが耳元でささやく。

「……ディアヴロがいけないんです」

 シェラが重ねる。

「そうだよ、ディアヴロがいけないんだよ」

 ──俺が悪い!?

 なにが悪かったのか考える。心当たりが多すぎた。もともと、自信がないからコミュ障などやっているのだ。悪いと言われたら、生まれてきたことからびるべきか、と思ってしまう。

 これまでの人生を振り返ると、失敗と後悔と挫折と……逃避……

「ううぅ……」

 ディアヴロはうようにして逃げ出す。

 どうしてか、そんな気分だった。

 ──なぜ俺は、透けたドレスみたいな格好をしたレムとシェラから、こんなにも必死で逃げようとするんだ?

 理由は……

 ひゅっ、と宙に浮く感覚。

 ゴツン! と頭を打ちつけた。

 頑強な身体なので、あまり痛くはなかったが、じわじわと恥ずかしくなる。

 目を開くと、ディアヴロはベッドから床に転げ落ちていた。


「ゆ、夢だったか」


 ため息をつく。

 いきなり、レムとシェラがあんな衣装を着ているなんて、おかしいと思った。

 不条理な光景も、自分の奇妙な行動も、理由は明快だ。夢なんて、そういうものだ。

 疲れすぎて妙な夢を見るのは、初めてではない。

 ──今、何時だろう?

 窓の外は暗い。

 まだ表通りからは、歌声が聞こえていた。

 何時間も寝たわけではなさそうだ。

 現代日本にあった数々の文明の利器は、意外となくても生活に困らないものだが、時計くらいは欲しいところだった。

 ドンドンドン! と勢いよくドアがノックされる。

 急なことで驚いた。

 ディアヴロは床から飛び起きる。

 しかし、焦った声を出すなんて魔王らしくない。深呼吸して、演技ロールプレイを取り戻した。

なにやつ!? 騒々しい!」

『大変です、ディアヴロさん!』

 ドアの向こうからの声は、ボリスだ。

 怒鳴りつける。

「くどい! 我は祝宴など行かぬと言ったぞ!?

『レムさんが! セレスティーヌ様の暗殺を謀ったんです!』

 すぐには意味が理解できなかった。

 ディアヴロの思考が停止する。

 その間にも、ボリスが言葉を続けた。

『先程! レムさんが、魔術師協会を訪れました。セレスティーヌ様への報告をしている最中に、魔術で攻撃したとのことです!』

「馬鹿な!」

『そ、そう思いますが……目撃者は多く……』

「レムは……!?

『報告によると、西の城壁に追い詰めているみたいで』

 生きていることにはあんしたが、まったく歓迎できる状況ではなかった。

 ディアヴロは装備を調える。

 外していたマントを着け、ブーツを履きながら。

「セレスは!?

『レムさんの攻撃は逸れ、あとは同席していた冒険者協会会長ギルドマスターにより、襲撃は未遂に終わったそうです』

 ──どういうことだ?

 困惑しかなかった。

 レムはセレスに常々感謝していた。今回だって、自由を許してくれている恩を感じて、報告に向かったはずだ。

 魔術師協会に拘束されそうになった? いや、今のレムは魔王の器ではなくなった。拘束する理由がない。

 それに、魔術師協会側が仕掛けるなら、わざわざセレスの前でやる必然性が……

 ディアヴロはじようを手にし、部屋から出る。

 ボリスが脇にどいた。

「西門跡地を目指してください。大きく移動していなければ、門の近くの崩れきっていない城壁のところに」

 うむ! と言いかけ──ふと引っかかりを覚えた。

「ボリスよ、レムは魔術で攻撃したのか?」

「はい」

「召喚術ではなく?」

「元素魔術だったそうです」

 ぞわ、とディアヴロの背筋が凍る。

「そいつは、本当にレムなのか!? あいつは召喚術士だ! 人を殺せるほどの元素魔術を使うことはできない!」

 ボリスの顔が、みるみる青ざめていった。

「あ、ああああ!」

「この件、ロゼたちにも伝えておけ! 俺は先に行く!」

 普段なら、これだけ大騒ぎをしていれば全員が部屋から出てきただろう。

 しかし、ササラはろうこんぱいして寝ている。

 ロゼも似たようなものだ。魔力を注いだあとは、深い眠りに落ちたような状態になる。自己修復が必要というのも一因か。

 エデルガルトは? 先の戦いで消滅しかかったのだから、魔族といえど本調子とは遠かろう。

 彼女たちには頼れない。

 ディアヴロは宿屋から飛び出した。


 ──レム、今、お前に何が起きている!?



 情報のとおりだった。

 崩落した西門から顔を北に向ければ、けんそうが聞こえてくるほどの距離に、物々しい雰囲気の人だかりができている。

 兵士と野次馬が輪をなしていた。

 いくつもの松明たいまつかれ、そこだけ昼間のように明るくなっている。

 人々の視線は、傾いた城壁の上に集まっていた。

 誰かいる。

 城壁の上に、黒髪の少女の姿があった。

 レムか。

 傾いた城壁の上には、彼女一人だけしかいなかった。下には兵士たちが列を成しているものの、誰も城壁に上ろうとはしない。

 兵士たちの先頭に立っているのは、ラムニテスとシルヴィか。

「投降せよ、レム・ガレウ! 逃げ場などない!」

「レムさーん、事情を聞かせてよ。悪いようにはしないから! ね?」

 ──最悪の二人だな。

 色香や可愛さにだまされてはいけない。ラムニテスもシルヴィも実は頭が固かった。組織のためには犠牲をいとわない性格だ。

 法を優先する善人である。

 善人だが、法が優先される。

 彼女たちを説得し、この場を任せてもらうのは、不可能だろう。下手をすれば、レムの共謀者としてディアヴロが先に拘束されかねなかった。

「ここは……上から行くか」

 SSR級装備のブーツ《虚空の舞踊》に魔力を流しこむ。

 しよう魔術の効果が発揮され、身体が宙に浮いた。

 ひゅうっ、と城壁の上に飛びあがる。

 その姿を見て、兵士たちがどよめいた。魔族と勘違いされなかったのは、飛翔魔術ならラムニテスも使えるからか。

 先の戦いでディアヴロのことを知った兵が多かったのも幸いした。大魔王を倒したディアヴロに、かつに矢弾を飛ばしてくるような者はいない。

 ディアヴロは傾いた城壁まで到達する。

 ひび割れ、ゆがみ、今にも崩れそう。

 用心しつつ、彼女から十歩ほど離れた場所に降り立った。

「レム!」

「……ッ!?

 彼女は驚いたように目を見開く。

 よかったような、残念なような……間違いなく本人だった。もう一年近く朝から晩まで一緒にいるのだ。仕草や雰囲気だけでも、別人ではないとわかる。

「……ディアヴロ……来てくれましたか」

「何があった? 話すがいい」

 降り立ってみると、どうして兵士たちが下から見ているばかりで、誰一人として城壁に上ってこないのか、理由がわかる。

 かすかに揺れていた。

 ぱらぱら……と破片が常に落ちていく。

 この部分の城壁が倒れるのは、時間の問題だろう。今すぐか、数年後かはわからないが。確実に言えるのは〝重装歩兵が大挙して上ってきたら即座に崩落する〟ということだった。

 ディアヴロはしよう魔術の効果を残し、城壁に体重をかけないよう調整する。

 レムが苦しげな顔をした。

「信じてもらえないかもしれませんが……」

「ほう?」

「……今……わたしの中には、モディナラームがいるのです」

 ディアヴロは舌打ちする。

「そんなことだろうと思ったが」

「えっ、信じてくれるのですか……!?

「どうして、俺が疑うと思った? クレブスクルムの魂が封じられていることも、信じたではないか」

「そうですが……でも……わたしは……セレスを」

「無事と聞いたが? 詳しく話せ。魔術師協会で何が起きた?」

 ちら、とレムが地上に視線を向けた。

 兵士たちに動きはない。ディアヴロが現れたので、成り行きを見守っている、という感じだった。

 先頭のラムニテスとシルヴィが、険しい表情を浮かべている。

 レムが口を開いた。

「……魔術師協会の執務室で、セレスと話していたときです。わたしは意識が一瞬、遠くなりました。眠くなるのに近かったです。もともと体調は微妙でしたし、戦ってはいなくても、疲労が蓄積しているのかも──と思いました」

「うむ」

「……ですが、気付いたときには右手に魔術のやりが……黒色の」

「《ブラックランス》か?」

 彼女は小さく頭を左右に振る。

「……わかりません。わたしには、そこまでの知識はないので……ただ、もう魔術は発動する寸前でした。どうにか、セレスに当てないよう、標的を逸らしたものの」

「なるほど」

「……わたしには、経験がありましたから、気付いたのです。自分の中に魔王がいる、と。今回のように身体を操られたのは、初めてでしたが」

「クレブスクルムは封印されていた。モディナラームは逃げこんだ。その差かもしれんな」

 こんなイベントは、MMORPGクロスレヴェリには存在しなかった。

 レムがうつむく。

「……クレブスクルムは、わたしが死んだとき復活する、と」

「そうだったな」

「どうやら……モディナラームはわたしが眠ったとき、覚醒するようなのです」

 なぜレムばかりが?

 理不尽さに憤りを覚えるが、それより対処を考えなくては。

「クルムなら、解決策を知っているかもしれん」

 彼女は魔王の欠片であり、自身が神に粉砕された頃からの知識を蓄えている。他の魔王の能力にも詳しい。

「……そう、だと……いいのですが……実は、もう限界のようです」

「なんだと!?

「……も、もう、モディナラームの意識が強くなっていて」

「レム! しっかりしろ! お前は優れた冒険者なのだろうが!?

「……わかっています。わたしにも、きようがあります。むざむざ踏み台に……なりたく、ありません……だから……ッ」

 彼女が城壁の外側の縁まで歩く。

 遠くをにらんだ。

「……魔族が」

「なに?」

「きっと……彼らはモディナラームが再覚醒することを知っていたのでしょう。そのため、あの場に残っていた」

「かもしれんな」

「……思いどおりには、させません」

「当然だ。お前の中にいる魔王は、我に任せるがいい」

 ふっ、とレムが微笑んだ。

 その顔から、もんの色が消えていた。

 晴れやかな表情だ。

「……ありがとうございます、ディアヴロ……わたしは、最期にあなたとえて、本当に幸せでした」

 ──最期!? なにをする気だ、レム!?

 彼女が歯を食いしばる。

 城壁の上から、外側へと身を躍らせ──

 ディアヴロは叫ぶ。


「レム! 死ぬな!」


 その命令に、彼女の首にまっている鉄の輪が反応した。

《隷従の首輪》

 城壁の外へと半ばまで身体を出していたレムが、石になったかのように動きを止める。

 間に合ったか。

 彼女の瞳から涙がこぼれた。

「……なぜ……どうして、死なせてくれないのです、ディアヴロ!? わたしは……あなたの敵になりたくないのに……」

「我は魔王ディアヴロ! 貴様が何に支配されようと、必ずそれを撃滅してくれる!」

「ッ!!

 レムの四肢から、力が抜けていく。

 倒れこみそうになった。

 ところが、まるで上からひもられたかのように、斜めになったままピタリと動きが止まる。

 彼女の身体を黒いもやが包みこむ。

 姿が変わっていった。

 頭の横から、角のようなものが伸びる。

 爪もナイフのように鋭利にとがった。

 もともと露出は多めだったが、衣服の形が変化して、より際どいものへ。しかも、肌に貼り付けたうろこのような質感に。

 クルムが復活したときの衣装に似ていた。

 まるで、魔王のような……

 変貌したレムの背中から、紫がかった黒色の翼が広がる。その数は左右二対で四枚となった。

 ゆらゆらと形の定まらない煙のような翼だ。その翼の一枚に、くろの顔が浮かびあがる。

 ──モディナラーム!!

 その浮かんだ顔が、口を開いた。


……なんじ、愚かなり。情に溺れ、を滅する最後の機を逸すとは」



 ディアヴロはじようを構える。

 レムが、モディナラームに乗っ取られたか。

 もしかすると、自分は選択を間違えたのかもしれない……

 だが、後悔はなかった。

「モディナラームよ、我が所有物に手出ししたことを後悔させてやる。貴様を倒し、レムを取り戻す!」

「否。余は完全を超えた」

「む?」

「先程の戦いでの敗北に、二つの理由あり。まず知識の差──余は汝を知らず、汝は余と他の魔王たちに精通す」

 たしかに、それは勝敗を分けた要因だろう。

 ディアヴロはモディナラームの技の数々をおおむね把握していた。

 MMORPGクロスレヴェリで戦った魔王の攻撃ばかりだったから、よく知っていたのだ。

 逆に、相手はディアヴロが魔術反射できることを知らなかった。

 敵陣営には魔族オウロウがいるから、その情報はあったはずだが……

 強さ故の慢心か。

 情報共有がされていなかった。

 例えば、なんの工夫もなくクリアできるようなゲームの攻略サイトなんて作られないし、意見交換をしようなどという者は現れないだろう。

「余は知識を得た。このひようじんぞくから、汝のことを……」

「なぜ、レムだ? そんなふうに乗っ取れるのなら、回りくどいことをせず、俺を乗っ取ればよいではないか。まぁ、貴様なんぞに屈する魔王ではないがな!」

 彼女の背から広がる翼がゆらめいた。

「このひようじんぞくは、器……魔王の魂すら納めることのできるな存在。空いていたのは余にとっての、ぎようこうだ」

 大昔、神がクレブスクルムをレムの家系に封じたらしい。

 そのとき、器としての能力が与えられたのか、器としての能力があったから使われたのか。

 いずれにせよ、クレブスクルムを取り除いたことで、レムの中に空きが出来ていたようだった。

 そして、レムの中に入ったモディナラームは、彼女の記憶からディアヴロの戦い方を知ったらしい。

 もう極大魔術を放ってくるような失策は、期待できなかった。

 モディナラームが言う。

「理由の二つ目──配下の差。大魔王の前に立つ不遜なる魔族はなし。ひとぞくとは、違う」

「ふんっ……勇将の下に弱卒なし、と言うがな?」

 あおりはしたが、つまり文化の差だった。

 魔族たちが戦いを眺めているだけなのは〝手助けは無礼〟という価値観があるからなのか。

 レムが自分自身を指差した。

「このひようじんぞくの記憶によれば……今、なんじの配下は、なし」

「ハッ! ぶつめ。手勢などおらずとも、この俺が直々に貴様をほふってくれる!」

 ディアヴロは強気な姿勢を崩さなかった。

 しかし、ササラとロゼの前衛が、先の戦いで大きな役割を果たしたのは、間違いない。

 ──やりにくいな。

 これまでは、ディアヴロが一方的に敵のことを知っていた。

 MMORPGクロスレヴェリでの知識や、事前の情報収集で、優位に立っていたわけだ。

 今のモディナラームはこちらの事情を熟知していた。

 しかも、獣や幼児のごとく短絡的ではない。

 知性的だった。

 これまでもディアヴロは、策を練ってくる敵に追い詰められたことが、何度かある。領主ガルフォードや、聖騎士長バドゥタなど……

 能力値パラメーターが高いだけの敵よりも、頭を使ってくる相手のほうが手強いのだった。

 モディナラームが断言する。

の敗北は、無し。必然、勝利せしめる!」

 レムが右手を掲げた。

 そこにしつこくの大剣が現れる。

《ゴッドブレイカー》

 接近戦に持ちこむつもりだった。

 魔術が反射されるのだから、当然の選択か。

 ディアヴロはモディナラームが話している最中も、戦いの先の先を読んでいた。

 命令する。


「魔王ディアヴロの名において命じる! レムよ、動くな!」


 また《隷従の首輪》が発動した。

 彼女が大剣を構えたまま、身体を硬直させる。

「がっ……何と!?

 レムを操り、しつこくの大剣で斬りかかってこようとしていたモディナラームが、きようがくの声をあげた。

 ──よし! 大魔王ですら、そう簡単に《隷従の首輪》は解除できない。

 彼女の身体は、ディアヴロの支配下にあった。

 命令に従わせるのは本意ではないが、他者に操られているとなれば、話は別だ。そのうえで、ディアヴロは全力で見下してやる。

「クックックッ! 知識を得ても、使い方がわからぬ頭には、意味がなかったな! レムは我に隷従している。その身体に入っているかぎり、貴様もこの魔王ディアヴロの下僕だ!」

「ぐぐっ……これほどの強制力が……!?

「動くなよ、レム。今すぐ、その目障りな翼を粉砕してくれる」

 ディアヴロは右手の拳を握った。

 ──接触系の魔術を? いや、《マトイイズナ》も《アブソリュートゼロ》も、あの黒色の翼だけでなくつながっているレムにまで重大なダメージを与えてしまう。

 ならば、《ダークネスカノン》か。

 貫通力の高い砲弾を撃ちこむ魔術だ。

 レムに当たらないよう、至近距離からたたきこむ!

 一瞬で戦術を選び、駆けた。

 肉薄する。

 彼女の背から広がっている翼が、その形を変化させた。まるで巨人の拳のような形態へと。

「必勝なりや、は!」

 レムの身体は《隷従の首輪》で行動を制限できるが、その身体の外に出ているモディナラームは、当然のように攻撃してくる。

 翼が巨大な拳と化して、突き出されてきた。

「そうだろうな! それしかあるまい!」

 予想していたため、ディアヴロはあっさり回避する。

 それでも、わずかに触れられた。

 肩をかすめただけで、上半身が丸ごと持っていかれそうなほどの衝撃を受ける。

 戦士としての修行をしていなければ、今の攻撃を受けて終わっていただろう。

 モディナラームにしてみれば、たんなるけんせいかもしれないが、ディアヴロにとっては致命的になりそうな一発だった。

 たとえるなら、手の届きそうな距離から、急にトラックが突っこんでくるようなものだ。

 ──今の装備で防御できるか?

《トネールアンペラール・リベレ》で受け流すことは?

 可能かもしれないが、失敗したときは即死だろう。リスクが大きすぎる。

 レムの背中から、黒い怪物が姿を現した。

 くろの頭に、ゴリラのような肉体──ただし、昼間に戦ったときとは様子が違っている。

 輪郭が定まっていなかった。

 霧というか、オーラというか。

 魔力の塊? あるいは、霊体とでもいうべきか?

 ディアヴロは似たような性質のモンスターが、MMORPGクロスレヴェリにいないか、記憶を漁る。

 少なくとも霧化する魔王は実装されていなかった。

 しかし、不定形となるモンスターは何種類か存在する。

 形を持ったときには物理攻撃が通じるが、基本的には魔術が有効なはず。

 ──だが、小技で性質を見極めていくべきか。

「《ライトニングアロー》ッ!!

 光弾が飛んだ。

 魔王に放つには、威力が物足りないが、弾が速くて命中精度が高い。

 巨大な拳で、殴られ霧散した。

 黒山羊の頭が目を細くする。

「そう……なんじは、このひとぞくを傷つけない……故、極大魔術は使えまい」

「あれこれ考えるものだ」

「勝利こそ、至高!」

「うむ、それだけは同感だな」

 ディアヴロは地面を蹴って、距離を取った。

 ひとつ、うなずく。

「モディナラーム、貴様は三つ勘違いをしている」

「……」

 山羊頭の表情から思考は読み取れないが、相手の動きが止まった。

 ディアヴロは指を一本立てる。

「レムを操っていることで、我の極大魔術を封じたつもりだろうが……そもそも、貴様を倒すのに、そのようなおおなものは必要ない」

「虚言を……」

「聞け──もう一つの勘違いは、我は戦い方の全てをレムに教えているわけではない、ということだ」

「む!?

「こういう用意もある!」

 ディアヴロはポーチから筒を取り出した。

 じくたる思いだ。

 使う直前、奥歯をみしめた。

「くっ……この俺が……こんなものに、頼ることになろうとは……ッ!!

 ──ガチャ産の課金アイテムなんぞに!!

 筒が、ボンッ! と音をたてる。

 光る球体が打ち上がった。

 周囲が、青白い輝きに照らされる。

 頭が傾いた。

「照明なるや?」

「まぁ、やはり、レムは知らなかったか。そうだろうな」

 ゲーム内ですら希少なSSR級ガチャ産アイテムなのだから。

 ガチャにおけるSSR級の排出率は3%だ。そのうえ、アイテムの種類はSSR級だけでも300を軽く超える。一つ一つの確率は計算したくもなかった。

 上空に浮かぶ青白い球体は、まるで月のよう。

 ディアヴロは唇の端をゆがめる。

「モディナラームよ……レムを操るなどというからめを使ったのは貴様が先だ。よもやきようなどとは言うまいな? まぁ、のたまったところでわらってやるだけのことだが」

「この光、なるや!?

「クックックッ……教えてやろう、こいつは《領域改変弾カスタマイズボム》という。この場に、ある条件を適用する魔導器だ」

「ある、条件?」

「心せよ──条件は《物理制限フイジカルリストリクター》! 今から、この場は、物理攻撃90%低下となる!」

「…………!?

 表情の読めないモディナラームだが、その絶句から、動揺が伝わってきた。

 ディアヴロは駆けだす。

「そして! 貴様の勘違いの、三つ目は──この俺に勝てると思っていることだ!」

 再び手の届く距離へと詰めた。

 モディナラームが巨大な拳を振り回す。

「オオオオオッ!!

 えた。

 ディアヴロは向かってくる巨岩のごとき拳に対し、真っ正面から自分の右拳をたたきこむ。

「《ボルケーノカノン》ッ!!

 右拳から、魔術によるしやくねつのマグマが噴出した。

 両者の拳がきつこうする。

 通常の環境ならば、モディナラームの拳は超高熱に焼かれようと、その理不尽なまでの威力により、マグマを吹き飛ばし、ディアヴロの上半身を打ち砕いていただろう。

 しかし、今だけは威力が大幅に減少している。

 ディアヴロは目を見開いた。

「ククク……モディナラームよ、物理攻撃は減少すると教えてやっただろう? 殴る以外の芸はないのか? 魔術を撃ってきたらどうだ? まぁ、我は反射してしまうがな!」

「グッ……ディアヴロォォォォッ!!

 押されかける。

 ──一割に減らして、これほどの強さとは!

 しかし、これで仕留める!

「《ロックカ……ッ!?

 相手の姿が、急に視界から消えた。

 一瞬、ディアヴロは混乱する。

 今のモディナラームが、それほど速く動けるわけがなかった。なぜなら、脚となっているのはレムだからだ。彼女には動かないよう、命令してある。

 浮遊感があった。

 そして、地響きのようなごうおんが続く。

 ──城壁が崩れた!?



 ブーツ《虚空の舞踊》のしよう魔術を使ったままにしておいたのが、幸いした。

 崩れる城壁に巻きこまれずに済んだ。

 ディアヴロは街の外の地面に降り立つ。

 城壁は長さ100メートルくらいにわたって横倒しとなり、街の中では人々が大騒ぎしていた。

 そして、黒色の翼を羽ばたかせ、レムの身体ごとモディナラームが降りてくる。

 相変わらず、レムは操られたままか。

 彼女の背中から生えた翼が、また頭のゴリラの形となった。

 ディアヴロは考える。

 ──街の西では、多くの魔族が戦いを眺めている。そこへ飛んで逃げられたら、やや面倒だったがな。

 今の形態のせいか、《物理制限フイジカルリストリクター》のせいか、飛行速度は遅い。

 仕切り直しとなったが、形勢は変わらなかった。

 もう一度、接近して、今度こそ。

 拳を握りしめた。

 モディナラームがうめく。

「おのれ……」

「む?」

は! 大魔王! 数々の魔王を吸収し! 《始祖の魔王》に至りし、究極の魔王! 最大の魔力! 最大のりよりよく! 最大の魔王軍! それが……ひとぞくごとき! ひとぞくごときに!?

 巨大な手が、小さな山羊頭を抱えた。

 みしみし、と音がする。

 頭がゆがみはじめた。

 血の出るような声で、モディナラームが叫ぶ。

なるや!? この大魔王が、劣勢!? 何故だぁぁぁぁぁぁぁ!!

 ディアヴロは言い放つ。


「貴様の準備が、足りなかったからだ」


「ぎいぃぃぃやあぁぁぁぁぁぁぁッ!! ディィィアヴロォ……オ……オゴッ! オゴゴ? オゴゴ……オッ!?

 ぶしゅっ! と山羊頭が割れた。

 血が飛び散る。

 自らの大きな両手で、頭を押し潰した。

 ──自害だと?

 しかし、嫌な気配は消えていない。

 なにより、レムの意識が戻っていない様子だった。

 ──クソ! 次は何が起きている!?

 今、彼女を取り戻すべきか!?

 一歩、前に出たとき、レムの身体から、黒色の蛇が飛び出してきた。

「うっ!?

 とつに放つべき魔術を迷ってしまう。

 射線上に、レムがいる。

 貫通したら、彼女にダメージが……

 しかし、威力が低ければ、防ぐことができず自分が……

 真上から雷光が落ちてきた。

 雷が黒蛇をく。

 続けて、女の子の大きな声が響いた。

「下がれぇ、ディアヴロ! 巻きこまれるのだー!!

「クルム!?

 ──レムを残してか!?

 そう思ったが、今は彼女を信じる。街のほうへしよう魔術で戻った。

 直後、判断の正しさを知る。

 レムから何匹もの黒蛇が、あふした。どんどん増えて、レムの姿が見えなくなってしまう。

「なんだ、あれは!?

「《乱心の魔王モディナラーム》が本性を現したのだ!」

 駆け寄ってきたクルムが言った。

 一緒に、シェラも来ている。

「レムは!? レムはどうなっちゃってるの!?

「落ちつくのだ、シェラ! モディナラームが中におるのだから、無事ではあるだろう。復活の準備が整っていないうちに器が壊れたら、さしもの魔王とて消滅してしまうからな!」

「クルムちゃんが何を言ってるか、よくわかんないよ!?

「あー、つまり、レムが死ぬとモディナラームも死ぬから、生かしてるはずなのだ」

「え……? それじゃ、モディナラームを倒すには、レムが死ななきゃいけないってこと?」

 クルムが頭を左右に振った。

「させぬわ! マオーなら、ヤツをレムから引きずり出せるからな!」

「やった!」

「しかし、モディナラームもそれは知っているのだ。レムを踏み台にしても、ディアヴロに勝てなかった。もはや、器は弱点でしかない。次なる形を求めて、あのようなことになったのだろう」

 ディアヴロは問う。

「クルムよ、ヤツは何を始めた?」


「魔力をあつめる気なのだ。ディアヴロに勝てるくらい強大な身体を手にするために。それが自らの破滅であると知っているはずなのにな」


「どういうことだ? 魔王は無限に魔力が湧き出てくるのではないのか?」

「うむ、元気なら無限なのだ! しかし、モディナラームは本来の肉体を破壊されて、レムの中に逃げこんだ。残っていた魔力ではディアヴロに勝てなかった」

 そんな状態だったのか。

「魔力を集めるとは?」

「はじまったのだ。見れば、わかる」

 クルムが指差した。

 無数の黒蛇が、魔族たちのほうへと向かう。

 悲鳴があがった。

 叫び声。

 魔術や武技による爆発も起きた。

 それでも、黒蛇が止まることはなく。次々と、魔族や魔獣たちがわれはじめた。

「うっ……」

 シェラが口元を押さえる。

 ディアヴロとて背筋を冷たい汗がつたい落ちた。

「魔力とは……魔族たちのことか!?

「幸いだったな? ひとぞくには、そう強い魔力を持った者がいないから、あっちに行ったのだ」

 あれだけの数の魔族や魔獣なら、さぞ魔力も多いだろう。



 黒蛇が現れたとき、大将軍オウロウが一番最初に飛び去った。

 参謀のラズプーラスは叫ぶ。

「いかん! 待避! 逃げるのです!」

 魔獣使いのマヌエラが、足下の甲羅をたたいた。

「グランドタートル、逃げて」

「もう、この大亀じゃ、間に合いませぬ!」

 ラズプーラスはマヌエラを脇に抱え上げる。巨大な亀から、甲羅を滑るように駆け下りた。

 魔族や魔獣たちは、大半が逃げていない。

 何が起きるのか、と眺めていた。

 彼らは個々の戦闘力が高い。そのため、恐怖心や警戒心が薄かった。

 ──全滅だ。

 ラズプーラスは駆け出す。

 軍団の先頭にいた大型の魔族が、まず黒蛇にまれた。

「大魔王様!? なん、で……」

 悲鳴があがり、他の魔族も。次に魔獣が。

 マヌエラが顔を青ざめさせた。

「どうして、大魔王様が!?

 ラズプーラスは重い身体を必死で運び、逃げる。

「あれは、もう大魔王様ではありませぬ! 魔力を欲するだけの、毒蛇ですぞ!」

「司祭ともあろう方が、不敬では!?

「その説教、ここを生き残れたら、聞きましょう!」

 カエル頭の太い魔族が、ばたばたと脚を動かして、駆けた。速くはないが、黒蛇は他の魔族や魔獣を貪り食っている。

 森の中へと逃げこんだ。

 その直後──

 ラズプーラスたちの頭上を黒い影が覆う。

「あ……」

 黒蛇だった。



 シェラが声をあげる。

「また、形が変わるよ!」

「うむ! どうやらアレが、モディナラームの選んだ、最期の姿なのだ!」

 ふんぬ、とクルムが鼻息を荒くした。

 城だ。

 ディアヴロには見覚えがある。

「……魔王城だ」

 といっても、本物はもっと大きいだろう。ゲームでは城塞都市ファルトラよりも、魔王城のほうが大きかった。

 物語中盤の街より、最終ダンジョンのほうが広いのは当然だが。

 やりのような塔が何本も建ち並び、高い城壁に囲まれている。正面の門が、ギギギと音を立てて開いた。

 クルムが言う。

「おそらく、ディアヴロを呼んでいるのだろうな」

「む……」

「あの中ならば勝てる、とモディナラームは考えて……いや……もう思考などと呼べるものは、吹っ飛んでおるか。ただ、キサマと戦いたいだけなのだ」

「レムも、中に?」

 クルムがうなずいた。

「うむ。マオーはレムとずっと一緒だったからな。ニオイでわかるぞ」

 その頃になって、街から他の連中も出てきた。

 といっても、もう城壁はれきの山と化しているから、荒野と街のきようかいは、曖昧になっているのだが。

「やあ、ディアヴロさん。大変なことになってるね?」

 シルヴィだった。

 ラムニテスも一緒だ。

「なんなのだ、あの城は? いつの間に?」

「大魔王モディナラームの成れの果てだそうだ」

 ディアヴロの説明に、ラムニテスは信じられないという顔をしたが、否定はしなかった。

 シルヴィがクルムにたずねる。

「あれって、魔力の塊だよね? 肉体もなしに、そんな長いこと維持できるものかい? 本物の魔王の意見が聞きたいなー」

 サラッと〝偽物の魔王もいる〟と言ってませんか、それは? とディアヴロは思ったが、黙っておく。

 クルムがうなずいた。

「うむ! あれは魔族たちから集めた魔力で作ったが、端から霧散しているのだ! たぶん、明日には消えてなくなるだろうな」

「やっぱり!」

「だが……それを待っておったら、この街は無事では済まんぞ?」

「あー、やっぱり?」

 シルヴィが頭をいた。

 よく見れば、偽魔王城から、また黒蛇が湧き出している。そのうえ、ゆっくりだが、城が近付いてきていた。

 ラムニテスがにらみつける。

「あの速力なら、一時間でファルトラ市に接触する。黒蛇がどれほど伸びるかわからんが、魔銃マギガンと同じくらいの射程とすれば、三十分ほどで街中に届くであろう」

 彼女は砂船を駆る魔銃使いマギガンナーだ。そのあたりの目測は信用できる。

 残念ながら、このままでは無事に朝日を拝むことさえ、できそうになかった。

 ラムニテスが背後に控えている地方騎士たちに命令を飛ばす。

「負傷者を優先して、住民を東門に避難させよ! 王都側へ逃げたい者は、出してやれ。ただし、避難の護衛に回す兵はない。総員、この場を死守せよ!」

「了解!」

 シルヴィが目を丸くする。

「アレと戦うの!? 魔王軍をまるみしちゃった大魔王だよ!?

「敵が何であれ……結界の塔は、八のうち六が健在か補修可能だ。二塔なら三日で仮設できる。魔術師協会の中央塔も無事だ。このファルトラ市はひとぞくの領土を守るため、絶対に失ってはならない! もし突破されれば、たとえ大魔王が消えたとしても、他の魔族が無防備な街をじゆうりんするだろう。それとも、後詰めの魔族などいないと断言できるのか?」

「んー……正直、いると思うよ」

 慎重派で、なかなか前に出てこない魔族というのも、いるものらしい。

 軍隊と冒険者たちは、街を防衛か。

 慌ただしく駆けていく地方騎士たちと入れ替わるように、こちらに走ってくる者がいた。

 シェラが手を振る。

「ロゼさん! エデルガルトさん!」



 ディアヴロの前でロゼが深々と頭を下げた。

「大変申し訳ございません。このロゼに何なりと処罰を。マスターが戦っているときに、眠っているなどと……」

「よい、休息は必要だ。ササラはどうした?」

「どうしても、起きませんでした」

 ──マジで!?

 微妙な空気が一同に流れる。

 ひとぞく存亡の危機だというのに、夜は寝る時間か!?

 ふと、ディアヴロは思う──そういえば、神に選ばれし者のようなだいしゆしんかんルマキーナは〝自身には治癒の奇跡が効かない〟という特殊なハンディを背負っていた。

「まさか、とは思うが……まぁ、無理はさせるな。剣は研いでこそ輝くものだ。必要だというなら寝かせてやれ」

かしこまりました」

 一方、エデルガルトは複雑そうな表情で、偽魔王城を見つめていた。

「…………」

「どうしたのだ?」

 クルムの問いに、魔族の少女がうめく。

「いっぱい~、仲間……消えた……ました」

「ああ、そうであったか。キサマは魔王城の魔族だったな」

「はい……でも……えー……うー……」

 エデルガルトが言葉を探した。彼女は会話をするのが、やや苦手だ。

 誰も急かさなかった。

 やっと、一言。

「無念?」

「うむ……そうだな」

 エデルガルトのつぶやきに、クルムが目を閉じ、二人は一拍ほど黙った。

 それから、パンッ! とクルムが手をたたく。

「さて! ディアヴロよ、もう御託はたくさんであろう? 決めるがよい! キサマはどうするのだ!?

 ディアヴロは全員を見回した。

 シェラ、クルム、エデルガルト、ロゼ、シルヴィ、ラムニテス……

 それから、魔王城を。

 ──レム。

「当然、我は所有物を取り返す! モディナラームも決着を望んでおるようだしな」

 クルムがニヤリと笑った。

「それでこそ、マオーの主なのだ。核を破壊せねば、どうせアレは止まらぬ。やっつけろなのだ!」

 あれ、とシェラが首を傾げる。

「クルムちゃん、行かないの? みんなでレムを助けに行くんじゃないの?」

「俺が一人で行く」

 モディナラームの強さは、充分に理解していた。

 おそらく、城内では《物理制限フイジカルリストリクター》の効果がなくなっている。《領域改変弾カスタマイズボム》の光が届かないからだ。

 先程と同じような戦いになれば、周りを守っている余裕はなかった。

 そういえば、とディアヴロは指示しておく。

「今、この周辺は、物理攻撃が意味をなさない。剣ややりを使う者は、魔術攻撃化するよう魔術付与しておくがよい」

 実は、このことにモディナラームが素早く気付いたら、また別の対策が必要だった。

 なまじ地力があるから、工夫に頭が回らなかったのだろう。

 シルヴィが難しい顔をした。

「無茶だ、ディアヴロさん! 兵士も冒険者も大半が物理攻撃なんだ。そして、魔術攻撃化の付与なんて高等魔術だから……ボクが数人に付与するのが、やっとだよ!?

「む……」

 想定外だ。

 そういえば、この異世界の魔術付与なんて調べたことがなかった。

 ディアヴロ自身は《魔王の指輪》で魔術付与を反射してしまうため、余計に興味が薄い。

 戦力の大半が無力だとすると、あの黒蛇から街を守るのは難しいか?

 背後から、声があがる。


「その魔術付与、私が引き受けましょう」


 振り返ると、地方騎士と魔術師たちの一団が近付いていた。ザッと囲みが左右に分かれる。

 美しい女性が笑みを浮かべた。

 長いつえを持っている。

「ディアヴロさん、お久しぶりですわね」

「セレス!?

 愛称で呼んだせいか、護衛の魔術師たちが眉をひそめた。

 彼女の隣には、ガルフォードもいる。

「状況報告は受けている。魔術師協会が全面的に協力してくれることになった。ここは任せたまえ……まだひとぞくは存亡の危機にひんしている。あの魔王城モドキを止められなければ、我々に勝利はない」

「ガルフォードよ、偉そうに出てきたが……貴様は役に立つのだろうな?」

「試してみるかね?」

 殺気に衰えはなかった。

 失っていたはずの腕も元に戻っている。

 あれだけの負傷と消耗から、半日も経たずに復帰するとは! これが大戦の経験者というものか。

 セレスが間に割りこんできた。

「ディアヴロさん」

「む?」

「私、がんばります」

「あー、うむ、そうだな……まぁ、小物たちを手伝ってやるがよい」

 彼女の間延びした口調は、ピリピリした雰囲気を和ませる。この状況では、良くも悪くもだ。

 セレスが言う。

「お願いいたします、ディアヴロさん……どうか、レムさんを助けてください」

「本気か? お前はレムに殺されかけたのだろう?」

「レムさんは、そんなことをしません。あれは大魔王の仕業なのです。あの子は、責任感が強く、我慢強く……孤独なのです。私、レムさんが本当の意味で自由になれたらなあ、と思っているんです」

 彼女の言葉は、魔術師にもかかわらず神に祈るかのような響きだった。

 言われるまでもない。

 ディアヴロはじようを取り出した。

「全て、任せておくがいい!」