第四章 孤独なる者
「ディアヴロ」
名前を呼ばれた。
誰の声だろう、と考える。
シェラのようだった気もするが、もう一人の少女のことを思い浮かべた。
──レムだったか?
「ディアヴロ、起きてください」
ああ、今度はちゃんとレムの声だった。
視界に浮かびあがるのは……
「えっ!?」
間違いなくレムだ。
しかし、その服装は、いつもの装備《秘石の
真っ白なウェディングドレスのような……いや、それにしては透けすぎている。まるで
その隣には、シェラもいた。
やはり、同じように目のやり場に困る衣装だった。
ベッドの上で膝立ちになって、ぐぐっと身を寄せてくる。
「ディアヴロ♡」
──おまえたち……何を……!?
「お……お……う」
上手く言葉にならなかった。魔王ロールプレイどころではない。
レムが耳元でささやく。
「……ディアヴロがいけないんです」
シェラが重ねる。
「そうだよ、ディアヴロがいけないんだよ」
──俺が悪い!?
なにが悪かったのか考える。心当たりが多すぎた。もともと、自信がないからコミュ障などやっているのだ。悪いと言われたら、生まれてきたことから
これまでの人生を振り返ると、失敗と後悔と挫折と……逃避……
「ううぅ……」
ディアヴロは
どうしてか、そんな気分だった。
──なぜ俺は、透けたドレスみたいな格好をしたレムとシェラから、こんなにも必死で逃げようとするんだ?
理由は……
ひゅっ、と宙に浮く感覚。
ゴツン! と頭を打ちつけた。
頑強な身体なので、あまり痛くはなかったが、じわじわと恥ずかしくなる。
目を開くと、ディアヴロはベッドから床に転げ落ちていた。
「ゆ、夢だったか」
ため息をつく。
いきなり、レムとシェラがあんな衣装を着ているなんて、おかしいと思った。
不条理な光景も、自分の奇妙な行動も、理由は明快だ。夢なんて、そういうものだ。
疲れすぎて妙な夢を見るのは、初めてではない。
──今、何時だろう?
窓の外は暗い。
まだ表通りからは、歌声が聞こえていた。
何時間も寝たわけではなさそうだ。
現代日本にあった数々の文明の利器は、意外となくても生活に困らないものだが、時計くらいは欲しいところだった。
ドンドンドン! と勢いよくドアがノックされる。
急なことで驚いた。
ディアヴロは床から飛び起きる。
しかし、焦った声を出すなんて魔王らしくない。深呼吸して、
「
『大変です、ディアヴロさん!』
ドアの向こうからの声は、ボリスだ。
怒鳴りつける。
「くどい! 我は祝宴など行かぬと言ったぞ!?」
『レムさんが! セレスティーヌ様の暗殺を謀ったんです!』
すぐには意味が理解できなかった。
ディアヴロの思考が停止する。
その間にも、ボリスが言葉を続けた。
『先程! レムさんが、魔術師協会を訪れました。セレスティーヌ様への報告をしている最中に、魔術で攻撃したとのことです!』
「馬鹿な!」
『そ、そう思いますが……目撃者は多く……』
「レムは……!?」
『報告によると、西の城壁に追い詰めているみたいで』
生きていることには
ディアヴロは装備を調える。
外していたマントを着け、ブーツを履きながら。
「セレスは!?」
『レムさんの攻撃は逸れ、あとは同席していた冒険者
──どういうことだ?
困惑しかなかった。
レムはセレスに常々感謝していた。今回だって、自由を許してくれている恩を感じて、報告に向かったはずだ。
魔術師協会に拘束されそうになった? いや、今のレムは魔王の器ではなくなった。拘束する理由がない。
それに、魔術師協会側が仕掛けるなら、わざわざセレスの前でやる必然性が……
ディアヴロは
ボリスが脇にどいた。
「西門跡地を目指してください。大きく移動していなければ、門の近くの崩れきっていない城壁のところに」
うむ! と言いかけ──ふと引っかかりを覚えた。
「ボリスよ、レムは魔術で攻撃したのか?」
「はい」
「召喚術ではなく?」
「元素魔術だったそうです」
ぞわ、とディアヴロの背筋が凍る。
「そいつは、本当にレムなのか!? あいつは召喚術士だ! 人を殺せるほどの元素魔術を使うことはできない!」
ボリスの顔が、みるみる青ざめていった。
「あ、ああああ!」
「この件、ロゼたちにも伝えておけ! 俺は先に行く!」
普段なら、これだけ大騒ぎをしていれば全員が部屋から出てきただろう。
しかし、ササラは
ロゼも似たようなものだ。魔力を注いだあとは、深い眠りに落ちたような状態になる。自己修復が必要というのも一因か。
エデルガルトは? 先の戦いで消滅しかかったのだから、魔族といえど本調子とは遠かろう。
彼女たちには頼れない。
ディアヴロは宿屋から飛び出した。
──レム、今、お前に何が起きている!?
†
情報のとおりだった。
崩落した西門から顔を北に向ければ、
兵士と野次馬が輪をなしていた。
いくつもの
人々の視線は、傾いた城壁の上に集まっていた。
誰かいる。
城壁の上に、黒髪の少女の姿があった。
レムか。
傾いた城壁の上には、彼女一人だけしかいなかった。下には兵士たちが列を成しているものの、誰も城壁に上ろうとはしない。
兵士たちの先頭に立っているのは、ラムニテスとシルヴィか。
「投降せよ、レム・ガレウ! 逃げ場などない!」
「レムさーん、事情を聞かせてよ。悪いようにはしないから! ね?」
──最悪の二人だな。
色香や可愛さに
法を優先する善人である。
善人だが、法が優先される。
彼女たちを説得し、この場を任せてもらうのは、不可能だろう。下手をすれば、レムの共謀者としてディアヴロが先に拘束されかねなかった。
「ここは……上から行くか」
SSR級装備のブーツ《虚空の舞踊》に魔力を流しこむ。
ひゅうっ、と城壁の上に飛びあがる。
その姿を見て、兵士たちがどよめいた。魔族と勘違いされなかったのは、飛翔魔術ならラムニテスも使えるからか。
先の戦いでディアヴロのことを知った兵が多かったのも幸いした。大魔王を倒したディアヴロに、
ディアヴロは傾いた城壁まで到達する。
ひび割れ、
用心しつつ、彼女から十歩ほど離れた場所に降り立った。
「レム!」
「……ッ!?」
彼女は驚いたように目を見開く。
よかったような、残念なような……間違いなく本人だった。もう一年近く朝から晩まで一緒にいるのだ。仕草や雰囲気だけでも、別人ではないとわかる。
「……ディアヴロ……来てくれましたか」
「何があった? 話すがいい」
降り立ってみると、どうして兵士たちが下から見ているばかりで、誰一人として城壁に上ってこないのか、理由がわかる。
かすかに揺れていた。
ぱらぱら……と破片が常に落ちていく。
この部分の城壁が倒れるのは、時間の問題だろう。今すぐか、数年後かはわからないが。確実に言えるのは〝重装歩兵が大挙して上ってきたら即座に崩落する〟ということだった。
ディアヴロは
レムが苦しげな顔をした。
「信じてもらえないかもしれませんが……」
「ほう?」
「……今……わたしの中には、モディナラームがいるのです」
ディアヴロは舌打ちする。
「そんなことだろうと思ったが」
「えっ、信じてくれるのですか……!?」
「どうして、俺が疑うと思った? クレブスクルムの魂が封じられていることも、信じたではないか」
「そうですが……でも……わたしは……セレスを」
「無事と聞いたが? 詳しく話せ。魔術師協会で何が起きた?」
ちら、とレムが地上に視線を向けた。
兵士たちに動きはない。ディアヴロが現れたので、成り行きを見守っている、という感じだった。
先頭のラムニテスとシルヴィが、険しい表情を浮かべている。
レムが口を開いた。
「……魔術師協会の執務室で、セレスと話していたときです。わたしは意識が一瞬、遠くなりました。眠くなるのに近かったです。もともと体調は微妙でしたし、戦ってはいなくても、疲労が蓄積しているのかも──と思いました」
「うむ」
「……ですが、気付いたときには右手に魔術の
「《ブラックランス》か?」
彼女は小さく頭を左右に振る。
「……わかりません。わたしには、そこまでの知識はないので……ただ、もう魔術は発動する寸前でした。どうにか、セレスに当てないよう、標的を逸らしたものの」
「なるほど」
「……わたしには、経験がありましたから、気付いたのです。自分の中に魔王がいる、と。今回のように身体を操られたのは、初めてでしたが」
「クレブスクルムは封印されていた。モディナラームは逃げこんだ。その差かもしれんな」
こんなイベントは、MMORPGクロスレヴェリには存在しなかった。
レムがうつむく。
「……クレブスクルムは、わたしが死んだとき復活する、と」
「そうだったな」
「どうやら……モディナラームはわたしが眠ったとき、覚醒するようなのです」
なぜレムばかりが?
理不尽さに憤りを覚えるが、それより対処を考えなくては。
「クルムなら、解決策を知っているかもしれん」
彼女は魔王の欠片であり、自身が神に粉砕された頃からの知識を蓄えている。他の魔王の能力にも詳しい。
「……そう、だと……いいのですが……実は、もう限界のようです」
「なんだと!?」
「……も、もう、モディナラームの意識が強くなっていて」
「レム! しっかりしろ! お前は優れた冒険者なのだろうが!?」
「……わかっています。わたしにも、
彼女が城壁の外側の縁まで歩く。
遠くを
「……魔族が」
「なに?」
「きっと……彼らはモディナラームが再覚醒することを知っていたのでしょう。そのため、あの場に残っていた」
「かもしれんな」
「……思いどおりには、させません」
「当然だ。お前の中にいる魔王は、我に任せるがいい」
ふっ、とレムが微笑んだ。
その顔から、
晴れやかな表情だ。
「……ありがとうございます、ディアヴロ……わたしは、最期にあなたと
──最期!? なにをする気だ、レム!?
彼女が歯を食いしばる。
城壁の上から、外側へと身を躍らせ──
ディアヴロは叫ぶ。
「レム! 死ぬな!」
その命令に、彼女の首に
《隷従の首輪》
城壁の外へと半ばまで身体を出していたレムが、石になったかのように動きを止める。
間に合ったか。
彼女の瞳から涙がこぼれた。
「……なぜ……どうして、死なせてくれないのです、ディアヴロ!? わたしは……あなたの敵になりたくないのに……」
「我は魔王ディアヴロ! 貴様が何に支配されようと、必ずそれを撃滅してくれる!」
「ッ!!」
レムの四肢から、力が抜けていく。
倒れこみそうになった。
ところが、まるで上から
彼女の身体を黒い
姿が変わっていった。
頭の横から、角のようなものが伸びる。
爪もナイフのように鋭利に
もともと露出は多めだったが、衣服の形が変化して、より際どいものへ。しかも、肌に貼り付けた
クルムが復活したときの衣装に似ていた。
まるで、魔王のような……
変貌したレムの背中から、紫がかった黒色の翼が広がる。その数は左右二対で四枚となった。
ゆらゆらと形の定まらない煙のような翼だ。その翼の一枚に、
──モディナラーム!!
その浮かんだ顔が、口を開いた。
「
†
ディアヴロは
レムが、モディナラームに乗っ取られたか。
もしかすると、自分は選択を間違えたのかもしれない……
だが、後悔はなかった。
「モディナラームよ、我が所有物に手出ししたことを後悔させてやる。貴様を倒し、レムを取り戻す!」
「否。余は完全を超えた」
「む?」
「先程の戦いでの敗北に、二つの理由あり。まず知識の差──余は汝を知らず、汝は余と他の魔王たちに精通す」
たしかに、それは勝敗を分けた要因だろう。
ディアヴロはモディナラームの技の数々をおおむね把握していた。
MMORPGクロスレヴェリで戦った魔王の攻撃ばかりだったから、よく知っていたのだ。
逆に、相手はディアヴロが魔術反射できることを知らなかった。
敵陣営には魔族オウロウがいるから、その情報はあったはずだが……
強さ故の慢心か。
情報共有がされていなかった。
例えば、なんの工夫もなくクリアできるようなゲームの攻略サイトなんて作られないし、意見交換をしようなどという者は現れないだろう。
「余は知識を得た。この
「なぜ、レムだ? そんなふうに乗っ取れるのなら、回りくどいことをせず、俺を乗っ取ればよいではないか。まぁ、貴様なんぞに屈する魔王ではないがな!」
彼女の背から広がる翼がゆらめいた。
「この
大昔、神がクレブスクルムをレムの家系に封じたらしい。
そのとき、器としての能力が与えられたのか、器としての能力があったから使われたのか。
いずれにせよ、クレブスクルムを取り除いたことで、レムの中に空きが出来ていたようだった。
そして、レムの中に入ったモディナラームは、彼女の記憶からディアヴロの戦い方を知ったらしい。
もう極大魔術を放ってくるような失策は、期待できなかった。
モディナラームが言う。
「理由の二つ目──配下の差。大魔王の前に立つ不遜なる魔族はなし。
「ふんっ……勇将の下に弱卒なし、と言うがな?」
魔族たちが戦いを眺めているだけなのは〝手助けは無礼〟という価値観があるからなのか。
レムが自分自身を指差した。
「この
「ハッ!
ディアヴロは強気な姿勢を崩さなかった。
しかし、ササラとロゼの前衛が、先の戦いで大きな役割を果たしたのは、間違いない。
──やりにくいな。
これまでは、ディアヴロが一方的に敵のことを知っていた。
MMORPGクロスレヴェリでの知識や、事前の情報収集で、優位に立っていたわけだ。
今のモディナラームはこちらの事情を熟知していた。
しかも、獣や幼児のごとく短絡的ではない。
知性的だった。
これまでもディアヴロは、策を練ってくる敵に追い詰められたことが、何度かある。領主ガルフォードや、聖騎士長バドゥタなど……
モディナラームが断言する。
「
レムが右手を掲げた。
そこに
《ゴッドブレイカー》
接近戦に持ちこむつもりだった。
魔術が反射されるのだから、当然の選択か。
ディアヴロはモディナラームが話している最中も、戦いの先の先を読んでいた。
命令する。
「魔王ディアヴロの名において命じる! レムよ、動くな!」
また《隷従の首輪》が発動した。
彼女が大剣を構えたまま、身体を硬直させる。
「がっ……何と!?」
レムを操り、
──よし! 大魔王ですら、そう簡単に《隷従の首輪》は解除できない。
彼女の身体は、ディアヴロの支配下にあった。
命令に従わせるのは本意ではないが、他者に操られているとなれば、話は別だ。そのうえで、ディアヴロは全力で見下してやる。
「クックックッ! 知識を得ても、使い方がわからぬ
「ぐぐっ……これほどの強制力が……!?」
「動くなよ、レム。今すぐ、その目障りな翼を粉砕してくれる」
ディアヴロは右手の拳を握った。
──接触系の魔術を? いや、《マトイイズナ》も《アブソリュートゼロ》も、あの黒色の翼だけでなく
ならば、《ダークネスカノン》か。
貫通力の高い砲弾を撃ちこむ魔術だ。
レムに当たらないよう、至近距離から
一瞬で戦術を選び、駆けた。
肉薄する。
彼女の背から広がっている翼が、その形を変化させた。まるで巨人の拳のような形態へと。
「必勝なりや、
レムの身体は《隷従の首輪》で行動を制限できるが、その身体の外に出ているモディナラームは、当然のように攻撃してくる。
翼が巨大な拳と化して、突き出されてきた。
「そうだろうな! それしかあるまい!」
予想していたため、ディアヴロはあっさり回避する。
それでも、わずかに触れられた。
肩をかすめただけで、上半身が丸ごと持っていかれそうなほどの衝撃を受ける。
戦士としての修行をしていなければ、今の攻撃を受けて終わっていただろう。
モディナラームにしてみれば、たんなる
──今の装備で防御できるか?
《トネールアンペラール・リベレ》で受け流すことは?
可能かもしれないが、失敗したときは即死だろう。リスクが大きすぎる。
レムの背中から、黒い怪物が姿を現した。
輪郭が定まっていなかった。
霧というか、オーラというか。
魔力の塊? あるいは、霊体とでもいうべきか?
ディアヴロは似たような性質のモンスターが、MMORPGクロスレヴェリにいないか、記憶を漁る。
少なくとも霧化する魔王は実装されていなかった。
しかし、不定形となるモンスターは何種類か存在する。
形を持ったときには物理攻撃が通じるが、基本的には魔術が有効なはず。
──だが、小技で性質を見極めていくべきか。
「《ライトニングアロー》ッ!!」
光弾が飛んだ。
魔王に放つには、威力が物足りないが、弾が速くて命中精度が高い。
巨大な拳で、殴られ霧散した。
黒山羊の頭が目を細くする。
「そう……
「あれこれ考えるものだ」
「勝利こそ、至高!」
「うむ、それだけは同感だな」
ディアヴロは地面を蹴って、距離を取った。
ひとつ、うなずく。
「モディナラーム、貴様は三つ勘違いをしている」
「……」
山羊頭の表情から思考は読み取れないが、相手の動きが止まった。
ディアヴロは指を一本立てる。
「レムを操っていることで、我の極大魔術を封じたつもりだろうが……そもそも、貴様を倒すのに、そのような
「虚言を……」
「聞け──もう一つの勘違いは、我は戦い方の全てをレムに教えているわけではない、ということだ」
「む!?」
「こういう用意もある!」
ディアヴロはポーチから筒を取り出した。
使う直前、奥歯を
「くっ……この俺が……こんなものに、頼ることになろうとは……ッ!!」
──ガチャ産の課金アイテムなんぞに!!
筒が、ボンッ! と音をたてる。
光る球体が打ち上がった。
周囲が、青白い輝きに照らされる。
「照明なるや?」
「まぁ、やはり、レムは知らなかったか。そうだろうな」
ゲーム内ですら希少なSSR級ガチャ産アイテムなのだから。
ガチャにおけるSSR級の排出率は3%だ。そのうえ、アイテムの種類はSSR級だけでも300を軽く超える。一つ一つの確率は計算したくもなかった。
上空に浮かぶ青白い球体は、まるで月のよう。
ディアヴロは唇の端を
「モディナラームよ……レムを操るなどという
「この光、
「クックックッ……教えてやろう、こいつは《
「ある、条件?」
「心せよ──条件は《
「…………!?」
表情の読めないモディナラームだが、その絶句から、動揺が伝わってきた。
ディアヴロは駆けだす。
「そして! 貴様の勘違いの、三つ目は──この俺に勝てると思っていることだ!」
再び手の届く距離へと詰めた。
モディナラームが巨大な拳を振り回す。
「オオオオオッ!!」
ディアヴロは向かってくる巨岩のごとき拳に対し、真っ正面から自分の右拳を
「《ボルケーノカノン》ッ!!」
右拳から、魔術による
両者の拳が
通常の環境ならば、モディナラームの拳は超高熱に焼かれようと、その理不尽なまでの威力により、マグマを吹き飛ばし、ディアヴロの上半身を打ち砕いていただろう。
しかし、今だけは威力が大幅に減少している。
ディアヴロは目を見開いた。
「ククク……モディナラームよ、物理攻撃は減少すると教えてやっただろう? 殴る以外の芸はないのか? 魔術を撃ってきたらどうだ? まぁ、我は反射してしまうがな!」
「グッ……ディアヴロォォォォッ!!」
押されかける。
──一割に減らして、これほどの強さとは!
しかし、これで仕留める!
「《ロックカ……ッ!?」
相手の姿が、急に視界から消えた。
一瞬、ディアヴロは混乱する。
今のモディナラームが、それほど速く動けるわけがなかった。なぜなら、脚となっているのはレムだからだ。彼女には動かないよう、命令してある。
浮遊感があった。
そして、地響きのような
──城壁が崩れた!?
†
ブーツ《虚空の舞踊》の
崩れる城壁に巻きこまれずに済んだ。
ディアヴロは街の外の地面に降り立つ。
城壁は長さ100メートルくらいに
そして、黒色の翼を羽ばたかせ、レムの身体ごとモディナラームが降りてくる。
相変わらず、レムは操られたままか。
彼女の背中から生えた翼が、また
ディアヴロは考える。
──街の西では、多くの魔族が戦いを眺めている。そこへ飛んで逃げられたら、やや面倒だったがな。
今の形態のせいか、《
仕切り直しとなったが、形勢は変わらなかった。
もう一度、接近して、今度こそ。
拳を握りしめた。
モディナラームがうめく。
「おのれ……」
「む?」
「
巨大な手が、小さな山羊頭を抱えた。
みしみし、と音がする。
頭が
血の出るような声で、モディナラームが叫ぶ。
「
ディアヴロは言い放つ。
「貴様の準備が、足りなかったからだ」
「ぎいぃぃぃやあぁぁぁぁぁぁぁッ!! ディィィアヴロォ……オ……オゴッ! オゴゴ? オゴゴ……オッ!?」
ぶしゅっ! と山羊頭が割れた。
血が飛び散る。
自らの大きな両手で、頭を押し潰した。
──自害だと?
しかし、嫌な気配は消えていない。
なにより、レムの意識が戻っていない様子だった。
──クソ! 次は何が起きている!?
今、彼女を取り戻すべきか!?
一歩、前に出たとき、レムの身体から、黒色の蛇が飛び出してきた。
「うっ!?」
射線上に、レムがいる。
貫通したら、彼女にダメージが……
しかし、威力が低ければ、防ぐことができず自分が……
真上から雷光が落ちてきた。
雷が黒蛇を
続けて、女の子の大きな声が響いた。
「下がれぇ、ディアヴロ! 巻きこまれるのだー!!」
「クルム!?」
──レムを残してか!?
そう思ったが、今は彼女を信じる。街のほうへ
直後、判断の正しさを知る。
レムから何匹もの黒蛇が、
「なんだ、あれは!?」
「《乱心の魔王モディナラーム》が本性を現したのだ!」
駆け寄ってきたクルムが言った。
一緒に、シェラも来ている。
「レムは!? レムはどうなっちゃってるの!?」
「落ちつくのだ、シェラ! モディナラームが中におるのだから、無事ではあるだろう。復活の準備が整っていないうちに器が壊れたら、さしもの魔王とて消滅してしまうからな!」
「クルムちゃんが何を言ってるか、よくわかんないよ!?」
「あー、つまり、レムが死ぬとモディナラームも死ぬから、生かしてるはずなのだ」
「え……? それじゃ、モディナラームを倒すには、レムが死ななきゃいけないってこと?」
クルムが頭を左右に振った。
「させぬわ! マオーなら、ヤツをレムから引きずり出せるからな!」
「やった!」
「しかし、モディナラームもそれは知っているのだ。レムを踏み台にしても、ディアヴロに勝てなかった。もはや、器は弱点でしかない。次なる形を求めて、あのようなことになったのだろう」
ディアヴロは問う。
「クルムよ、ヤツは何を始めた?」
「魔力を
「どういうことだ? 魔王は無限に魔力が湧き出てくるのではないのか?」
「うむ、元気なら無限なのだ! しかし、モディナラームは本来の肉体を破壊されて、レムの中に逃げこんだ。残っていた魔力ではディアヴロに勝てなかった」
そんな状態だったのか。
「魔力を集めるとは?」
「はじまったのだ。見れば、わかる」
クルムが指差した。
無数の黒蛇が、魔族たちのほうへと向かう。
悲鳴があがった。
叫び声。
魔術や武技による爆発も起きた。
それでも、黒蛇が止まることはなく。次々と、魔族や魔獣たちが
「うっ……」
シェラが口元を押さえる。
ディアヴロとて背筋を冷たい汗がつたい落ちた。
「魔力とは……魔族たちのことか!?」
「幸いだったな?
あれだけの数の魔族や魔獣なら、さぞ魔力も多いだろう。
†
黒蛇が現れたとき、大将軍オウロウが一番最初に飛び去った。
参謀のラズプーラスは叫ぶ。
「いかん! 待避! 逃げるのです!」
魔獣使いのマヌエラが、足下の甲羅を
「グランドタートル、逃げて」
「もう、この大亀じゃ、間に合いませぬ!」
ラズプーラスはマヌエラを脇に抱え上げる。巨大な亀から、甲羅を滑るように駆け下りた。
魔族や魔獣たちは、大半が逃げていない。
何が起きるのか、と眺めていた。
彼らは個々の戦闘力が高い。そのため、恐怖心や警戒心が薄かった。
──全滅だ。
ラズプーラスは駆け出す。
軍団の先頭にいた大型の魔族が、まず黒蛇に
「大魔王様!? なん、で……」
悲鳴があがり、他の魔族も。次に魔獣が。
マヌエラが顔を青ざめさせた。
「どうして、大魔王様が!?」
ラズプーラスは重い身体を必死で運び、逃げる。
「あれは、もう大魔王様ではありませぬ! 魔力を欲するだけの、毒蛇ですぞ!」
「司祭ともあろう方が、不敬では!?」
「その説教、ここを生き残れたら、聞きましょう!」
カエル頭の太い魔族が、ばたばたと脚を動かして、駆けた。速くはないが、黒蛇は他の魔族や魔獣を貪り食っている。
森の中へと逃げこんだ。
その直後──
ラズプーラスたちの頭上を黒い影が覆う。
「あ……」
黒蛇だった。
†
シェラが声をあげる。
「また、形が変わるよ!」
「うむ! どうやらアレが、モディナラームの選んだ、最期の姿なのだ!」
ふんぬ、とクルムが鼻息を荒くした。
城だ。
ディアヴロには見覚えがある。
「……魔王城だ」
といっても、本物はもっと大きいだろう。ゲームでは城塞都市ファルトラよりも、魔王城のほうが大きかった。
物語中盤の街より、最終ダンジョンのほうが広いのは当然だが。
クルムが言う。
「おそらく、ディアヴロを呼んでいるのだろうな」
「む……」
「あの中ならば勝てる、とモディナラームは考えて……いや……もう思考などと呼べるものは、吹っ飛んでおるか。ただ、キサマと戦いたいだけなのだ」
「レムも、中に?」
クルムがうなずいた。
「うむ。マオーはレムとずっと一緒だったからな。ニオイでわかるぞ」
その頃になって、街から他の連中も出てきた。
といっても、もう城壁は
「やあ、ディアヴロさん。大変なことになってるね?」
シルヴィだった。
ラムニテスも一緒だ。
「なんなのだ、あの城は? いつの間に?」
「大魔王モディナラームの成れの果てだそうだ」
ディアヴロの説明に、ラムニテスは信じられないという顔をしたが、否定はしなかった。
シルヴィがクルムに
「あれって、魔力の塊だよね? 肉体もなしに、そんな長いこと維持できるものかい? 本物の魔王の意見が聞きたいなー」
サラッと〝偽物の魔王もいる〟と言ってませんか、それは? とディアヴロは思ったが、黙っておく。
クルムがうなずいた。
「うむ! あれは魔族たちから集めた魔力で作ったが、端から霧散しているのだ! たぶん、明日には消えてなくなるだろうな」
「やっぱり!」
「だが……それを待っておったら、この街は無事では済まんぞ?」
「あー、やっぱり?」
シルヴィが頭を
よく見れば、偽魔王城から、また黒蛇が湧き出している。そのうえ、ゆっくりだが、城が近付いてきていた。
ラムニテスが
「あの速力なら、一時間でファルトラ市に接触する。黒蛇がどれほど伸びるかわからんが、
彼女は砂船を駆る
残念ながら、このままでは無事に朝日を拝むことさえ、できそうになかった。
ラムニテスが背後に控えている地方騎士たちに命令を飛ばす。
「負傷者を優先して、住民を東門に避難させよ! 王都側へ逃げたい者は、出してやれ。ただし、避難の護衛に回す兵はない。総員、この場を死守せよ!」
「了解!」
シルヴィが目を丸くする。
「アレと戦うの!? 魔王軍を
「敵が何であれ……結界の塔は、八のうち六が健在か補修可能だ。二塔なら三日で仮設できる。魔術師協会の中央塔も無事だ。このファルトラ市は
「んー……正直、いると思うよ」
慎重派で、なかなか前に出てこない魔族というのも、いるものらしい。
軍隊と冒険者たちは、街を防衛か。
慌ただしく駆けていく地方騎士たちと入れ替わるように、こちらに走ってくる者がいた。
シェラが手を振る。
「ロゼさん! エデルガルトさん!」
†
ディアヴロの前でロゼが深々と頭を下げた。
「大変申し訳ございません。このロゼに何なりと処罰を。マスターが戦っているときに、眠っているなどと……」
「よい、休息は必要だ。ササラはどうした?」
「どうしても、起きませんでした」
──マジで!?
微妙な空気が一同に流れる。
ふと、ディアヴロは思う──そういえば、神に選ばれし者のような
「まさか、とは思うが……まぁ、無理はさせるな。剣は研いでこそ輝くものだ。必要だというなら寝かせてやれ」
「
一方、エデルガルトは複雑そうな表情で、偽魔王城を見つめていた。
「…………」
「どうしたのだ?」
クルムの問いに、魔族の少女がうめく。
「いっぱい~、仲間……消えた……ました」
「ああ、そうであったか。キサマは魔王城の魔族だったな」
「はい……でも……えー……うー……」
エデルガルトが言葉を探した。彼女は会話をするのが、やや苦手だ。
誰も急かさなかった。
やっと、一言。
「無念?」
「うむ……そうだな」
エデルガルトのつぶやきに、クルムが目を閉じ、二人は一拍ほど黙った。
それから、パンッ! とクルムが手を
「さて! ディアヴロよ、もう御託はたくさんであろう? 決めるがよい! キサマはどうするのだ!?」
ディアヴロは全員を見回した。
シェラ、クルム、エデルガルト、ロゼ、シルヴィ、ラムニテス……
それから、魔王城を。
──レム。
「当然、我は所有物を取り返す! モディナラームも決着を望んでおるようだしな」
クルムがニヤリと笑った。
「それでこそ、マオーの主なのだ。核を破壊せねば、どうせアレは止まらぬ。やっつけろなのだ!」
あれ、とシェラが首を傾げる。
「クルムちゃん、行かないの? みんなでレムを助けに行くんじゃないの?」
「俺が一人で行く」
モディナラームの強さは、充分に理解していた。
おそらく、城内では《
先程と同じような戦いになれば、周りを守っている余裕はなかった。
そういえば、とディアヴロは指示しておく。
「今、この周辺は、物理攻撃が意味をなさない。剣や
実は、このことにモディナラームが素早く気付いたら、また別の対策が必要だった。
なまじ地力があるから、工夫に頭が回らなかったのだろう。
シルヴィが難しい顔をした。
「無茶だ、ディアヴロさん! 兵士も冒険者も大半が物理攻撃なんだ。そして、魔術攻撃化の付与なんて高等魔術だから……ボクが数人に付与するのが、やっとだよ!?」
「む……」
想定外だ。
そういえば、この異世界の魔術付与なんて調べたことがなかった。
ディアヴロ自身は《魔王の指輪》で魔術付与を反射してしまうため、余計に興味が薄い。
戦力の大半が無力だとすると、あの黒蛇から街を守るのは難しいか?
背後から、声があがる。
「その魔術付与、私が引き受けましょう」
振り返ると、地方騎士と魔術師たちの一団が近付いていた。ザッと囲みが左右に分かれる。
美しい女性が笑みを浮かべた。
長い
「ディアヴロさん、お久しぶりですわね」
「セレス!?」
愛称で呼んだせいか、護衛の魔術師たちが眉をひそめた。
彼女の隣には、ガルフォードもいる。
「状況報告は受けている。魔術師協会が全面的に協力してくれることになった。ここは任せたまえ……まだ
「ガルフォードよ、偉そうに出てきたが……貴様は役に立つのだろうな?」
「試してみるかね?」
殺気に衰えはなかった。
失っていたはずの腕も元に戻っている。
あれだけの負傷と消耗から、半日も経たずに復帰するとは! これが大戦の経験者というものか。
セレスが間に割りこんできた。
「ディアヴロさん」
「む?」
「私、がんばります」
「あー、うむ、そうだな……まぁ、小物たちを手伝ってやるがよい」
彼女の間延びした口調は、ピリピリした雰囲気を和ませる。この状況では、良くも悪くもだ。
セレスが言う。
「お願いいたします、ディアヴロさん……どうか、レムさんを助けてください」
「本気か? お前はレムに殺されかけたのだろう?」
「レムさんは、そんなことをしません。あれは大魔王の仕業なのです。あの子は、責任感が強く、我慢強く……孤独なのです。私、レムさんが本当の意味で自由になれたらなあ、と思っているんです」
彼女の言葉は、魔術師にもかかわらず神に祈るかのような響きだった。
言われるまでもない。
ディアヴロは
「全て、任せておくがいい!」