第三章 祝宴には行かない


 れきと化した城門跡を、燃えるような西日が照らす。

 遠くの丘陵に、太陽が沈みつつあった。

 兵士や冒険者たちが、負傷者の応急手当をしたり、担架に乗せたりしている。重傷者は教会へ運ぶ。亡くなった者の遺体も。

 ディアヴロたちにかけられる賞賛の声は、なかった。

 大魔王との戦いを見ていた者たちが抱いている感情は、恐怖だ。そう表情が語っていた。

 ──守ってやったのに、とは思うまい。

 ゲームの頃から、そうだった。

 本来は大人数で討伐する仕様のレイドボスを、ディアヴロが単身で倒したときも、べつに褒めてくれる人なんかいなかった。

 この異世界の住人たちは命がかかっているから、努力を嘲笑したり、証拠もないのにズルと決めつけたりしない。そのぶんだけ、マシだった。

 ディアヴロはロゼとササラを引き連れて、シェラをぶら下げ、街に戻る。

 たたた、と軽快な足音が駆けてきた。

 クルムが両手をぶんぶん振る。

「ディアヴロー!! よくぞ、大魔王をやっつけたのだ!」

「お、おう。お前は、無事か?」

「当然なのだ! マオーは頑丈だからな!」

 もう元気そうに振る舞っているが、よく見ると肌に無数の傷のようなものが残っていた。

 つやつやの陶磁器のような肌だったのに……

 跡が残らないといいな、と思う。

 クルムの後ろには、エデルガルトが立っていた。消滅しかかるほどの大怪我だったはずだが、すっかり治っている。

「……ふぅ」

 さすがに、ちょっと疲労の色が見て取れた。金曜に終電を待つOLみたいな顔をしている。

 さらに後から、レムが歩いてきた。

「おつかれさまでした、ディアヴロ……さすがです、もう言葉が見つかりません」

 また格好つけて返そうとして、ふと気付く。

 彼女の顔色が悪かった。

「どうかしたのか、レム?」

「……あ……そんなに悪そうですか。さっきまでは気を張っていたせいか、平気だったのですが、《転移》に酔ったのかもしれません。大魔王を倒したと思った途端に、気が抜けてしまったのでしょうね」

「相変わらず、貴様は乗り物に弱いな」

《転移》が乗り物かどうかは、なんとも言えないところだが。

 レムがうつむいた。

「……すみません」

 ディアヴロは内心で焦る。そんなに落ちこむとは思わなかった。こんなところで、コミュ障を発揮してしまうとは!

 しかし、前言を撤回する魔王というのも、らしくない。

 次の言葉を探していたら、金属よろいの音をさせて地方騎士たちがやってきた。

 彼らの持つ担架に乗せられ、領主ガルフォードが運ばれてくる。

 左腕がなく、右腕も折れていた。腹部から派手に出血した跡があるが、こちらは止血されているようだ。

 他の者など比較にならないくらい土気色で死体みたいな顔色をしていた。これに比べたら、レムもエデルガルトも元気いっぱいだ。

 ガルフォードが担架に横たわったまま、首だけ動かして、ディアヴロを見る。

 紫色になった唇を動かした。

「あの大魔王を、倒すとは……想像を絶する」

「フッ……苦戦するほどの相手ではなかったな!」

 自分自身のレベルアップ、剣聖ササラ、魔導機マギマテイツクメイドのロゼ。そして、魔術反射の指輪。どれか一つでも欠けていたら、結果は怪しかったが、せっかく勝ったので全力で強さアピールをしておいた。

 先日、ガルフォードは、クルムを連れて行って検査しようなどとしていた。ディアヴロと対立するのは危険、と思わせておいたほうがいいだろう。

 彼が唇をゆがめる。

「君は……」

 何か言ったようだが、あまりに声が小さかったので、聞き取れなかった。

 地方騎士たちが一礼して担架を運んでいく。

 ディアヴロは左腕にぶら下がっているシェラにたずねる。

「ガルフォードにはポーションを使わなかったのか?」

「ううん、使ったよ。でも一本じゃ、あれくらいまでしか治らなかったんだ。もう一本、使おうとしたんだけど、もう必要ないって言われちゃってー」

「ふむ……」

 レベル100以上の戦士だと、SR級HP生命力回復ポーションでは、さほど治癒できなかったか。

 かといって、SSR級となると貴重品だ。

 自分や周りの者たちに使っているだけなら、残りを心配しなくていいくらいの備蓄がある。

 しかし、大規模戦闘の負傷者にまで使っていたら、さすがに持たない。

 命の危険がないのなら、あとは教会の神官に任せよう。

 調子に乗って気軽に使って、本当に必要なときに足りない──なんてことは、絶対に嫌だった。



 怒鳴りつける女性の声がして、そちらに視線を向ける。

 ラムニテスだった。

「急げ! 戦は、まだ終わっていないぞ!」

 引き連れているのは、測量機を持った工作兵たちだ。

 シェラが首をかしげる。

「どうしたんだろ?」

「……城門や、結界の塔を再建しなければ、戦が終わったとは言えませんから」

 レムが説明した。

 たしかに、今のファルトラ市は危険な状態だ。

 西のほうには、魔族たちが残っている。大魔王が消えたことを受け入れられないのか、まだ好機があると期待しているのか。

 七体のグランドタートルも、健在だった。あれらが前進してきたら、充分に驚異だ。

 侵攻を阻むには、結界を張り直さなければならなかった。

 ディアヴロは誰にともなく問う。

「塔を再建するには、何日くらい必要なのだ?」

「……崩されたのと同じものを建てるならば、一年や二年はかかるかと。ですが、おそらく、先に仮設の塔を造ると思います」

「ふむ」

 レムの説明に、うなずいた。

「……仮設ならば、三日もあれば」

「魔族たちが動くとすれば、その間だろうな」

「はい」

 大声で仕切っているラムニテスを眺め、レムが言う。

「……ファルトラ市の領主が負傷している今、旧魔王領にあったジルコンタワー市で領主をしていたラムニテスきようがいるのは、心強いことですね。本来、彼女は駐留軍において、何の指揮権もないはずですが、そんなことを言っていられる状況ではありませんから」

「たしかにな」

 細かいことを気にせず、率先して行動できるラムニテスは、危機に陥った組織にとって、願ってもない人材だった。

 そんなことを考えながら眺めていたら、ふと彼女と視線が合う。

 ラムニテスが片目を閉じ、ウインクしてきた。

 思い出す。

 前に、ジルコンタワー市を魔族の軍隊から守った夜──彼女が宿に押しかけてきて、礼と称してイロイロあった。

 ディアヴロは思わず赤面してしまう。

 隣にいたレムが、首をかしげた。

「……どうしました?」

「あ、いや……なんでもない」

 似たようなことが、エルフの国でもあって、そのときはレムに見つかってしまい……

 本気で怒った彼女は、しばらく口もきいてくれなくなった。

 そのとき、もう流されるのはめよう、と誓ったのだ。

 ディアヴロはラムニテスから視線をがした。

 街のほうを見ると──

 やってきた馬車から、ぽんとウサミミの女の子が飛び降りた。赤い髪を肩の高さでそろえ、やたら布の少ない衣服を着ていた。

 露出が多いだけの子供に見えるが、このファルトラ市の冒険者を仕切る協会会長ギルドマスター──シルヴィだ。

「やーやー、ディアヴロさん! みんな! おつかれさま!」

「シルヴィさん、おひさしぶりー」

 満面の笑みでシェラが手を振った。

 レムが会釈する。

「……」

 クルムとエデルガルトとロゼは無関心だった。

 ササラが礼儀正しく頭を下げる。

「はじめまして。第十三代剣聖のグラハム・ササラと申します」

「うん、はじめまして! ボクはシルヴィ」

 ぺこり、と頭を下げた。

 他の者たちと挨拶を交わしてから、改めてディアヴロに話しかけてくる。

「本当に助かったよ! 城門が壊されたときには、もうダメかと思ったからね」

「うむ」

「おや? 今さら何しに来た、とか言わないんだねぇ」

「魔術師協会にいたのであろう?」

 シルヴィが苦笑する。

「やー、ディアヴロさんには敵わないなー。お見通しだね」

「魔王軍が、ファルトラ市に侵攻してきたとき、要となるのは魔除けの結界だ。これがあるかぎりひとぞくの短期敗北はない」

「うんうん」

「逆に言えば、魔王軍には何かしら結界への対策があると考えるのが当然だろう。前にエデルガルトが攻めてきたときは、魔術師協会の一員をそそのかしての魔族潜入。その魔族による、セレス暗殺だった」

 未遂に終わったが。

 過去の失敗を思い出し、エデルガルトが少し顔をしかめた。

 ぴん、とシルヴィが指を立てる。

「それを警戒して、今回は魔術師協会からボクに依頼があったんだよ。セレスさんを守ってほしいって」

「妥当だな」

 依頼内容も人選も的確だ。

「まさか、力業で城門も塔も壊されちゃうとは思わなかったけどね」

 レムが尋ねる。

「……セレスは無事ですか?」

「うん。結界が壊されたときには、泣くほどおびえてたけど。今は二十年ぶりに結界から解放された、とか言って笑ってたよ」

「……笑える状況ではないでしょうに。とはいえ、魔族とてディアヴロが圧倒的な強さを見せつけましたから、そうそう侵攻してこないでしょうね」

「だねー」

 ああ、それでね──と、シルヴィが本題に入る。

「エミールは冒険者協会ギルドで引き受けたよ。重傷だけど命は助かったから大丈夫。三日もあれば治せると思う」

 よかったー、とあんの声をあげたのは、シェラだった。

HP生命力回復ポーションを使ったけど、足りたか不安だったんだ」

「シェラちゃん、ありがとう。それがなかったら、たぶん無理だったと思う」

「えへへ」

 レムが声を潜めて。

「……他の者たちは?」

 この問いに、シルヴィが目を伏せた。

「ん……エラストフやグルタスは、ダメだったよ」

「……そうですか」

「城門や城壁にいた兵士や、地方騎士にも、けっこうな戦死者が出てる……だけどね? それでも、一〇〇〇の魔王軍が侵攻してきたとわかったときには、ファルトラ市をはじめとして、リフェリア王国領の西半分は焦土と化す──なんて予測もあったんだ」

 レムだけでなく、シェラやササラも真剣な顔で聞いていた。

 顔には出さないようにしつつ、ディアヴロも。

 シルヴィが真っ直ぐに目を見て言う。

「ディアヴロさんたちが、守ってくれたんだ。ありがとう。ボクは心から君たちに感謝してるよ」



「じゃあ、ボクはセレスさんのところへ戻るよ。まだ油断はできないしね」

 シルヴィの言葉に、レムが片手をあげる。

「……わたしも一緒に行っても?」

「いいけど、どうしたの?」

「……自由と引き換えに、わたしは隠さず報告することを約束していますから」

「なるほどね。ボクも聞きたいなぁ」

「……お断りです」

 そんな話をしながら、レムとシルヴィは魔術師協会へ向かった。


 クルムが街の南側を指差す。

「よし! ビスケットを食べに行くのだ!」

「えー、もう夜だよ? どこもやってないよ」

 シェラが目を丸くした。

 夜だとか昼だとか、そういう問題ではない。魔王軍が攻めてきて結界が破壊され、今にも魔族が街へれこんできそうなときに、店を開けている者などいないだろう。

 クルムが地面を蹴りつけた。

「でーもー、ビスケットが食べたいのだ!」

「みんな、寝てるんじゃない?」

「そんなことはなかろう! あんなに騒いでいるではないか」

 彼女の言うとおり、人々は祭りでも始まったかのようににぎやかだった。絶望的な状況から、大魔王が倒れ、街が助かったからだ。

 ジルコンタワー市でも同じようなことがあった。

 大勢が戦勝に沸いている。

 シェラが尋ねる。

「ビスケット、買い置きしてなかった?」

「全部、食べてしまったのだ。《乱心》と戦う必要がありそうだったので、気合いを入れるためにな」

「ありゃりゃ~」

「マオーはがんばった! がんばったのに、ビスケットが食べられないなんて!」

「う、うん」

「もう、全てをかいじんすしかないのだ!」

「ダメダメダメ! じゃあ、買いに行こっか。でも、お店がやってなかったら、朝まで待ってね?」

「うむ」

 シェラが困ったような顔をしつつ、言う。

「ディアヴロ、あたしたち《ピーター》まで行ってくるね」

「ふむ……ならば、俺も」

「それはうれしいけど……あれだけ戦ったら疲れてるでしょ? 無理しないで。ササラさん、眠そうだし」

「む?」

 言われて、見てみれば──

 ササラが立ったまま寝ていた。

 ロゼにもたれるようにして、すでに寝息を立てている。

「くー……くー……」

「お、おい、ササラよ?」

 ディアヴロの声で、パチッと目を開けた。

「ハッ! あ、すみません……私、暗くなると、眠くなっちゃって」

「徹夜で書物を読んでいたこともあっただろうに」

「えっと……本気で戦ってなければ、それくらい大丈夫なんですけど……ほわわぁ」

 超高レベルの武技を使った戦闘をすると、眠くなるのか。

 ディアヴロにも疲労感はあった。

 念のためにMP精神力はポーションで回復しておいたが、極度の緊張を強いられたため、休息を必要としている。

 エデルガルトがうなずいた。

「ディアヴロ様~、たちは、休む。魔王様は、エデルガルトが~、守る? 守る!」

「バカを言え。化粧はしていないし、ウエイトレスの服もボロボロではないか。今のお前は、どう見ても確実に魔族だ」

「む……」

 彼女は自分の格好を見下ろす。

 クルムにより身体は治してもらったようだが、大魔王の攻撃を受けた服はボロ布と化しており、明るければ目のやり場に困るほどの半裸だった。

 エデルガルトが首を傾げる。

「……ウェザリング?」

「プラモか、お前は! 却下だ」

 メイドカフェもどきで働いているせいか、妙な知識を身につけつつあった。

 どう言い張っても、ダメだ。

 今はディアヴロと一緒にいるうえ、先程の戦いを見ていた者も多いからいいが、街中を歩いていたら高確率で面倒なことになるだろう。

 クルムのほうは、自分の格好を好きに変更できるらしい。今の衣装に、戦いの痕跡はなかった。

 広めのスカートに尻尾を仕舞っているし、大きな帽子で角も隠す。耳や瞳にも特徴はあるが、ちょっと珍しい亜人で通りそうだった。

 クルムが命じる。

「エデルガルト、宿で待っておくのだ!」

「ううぅー。わかり、ました」

 恨みがましい目でにらまれ、シェラが苦笑していた。

 結局、シェラがクルムを連れて《ピーター》に向かう。


 ロゼがササラを抱えていた。

「マスター、この者は、いかがいたしますか?」

「あー……宿まで運んでもらおうか。問題はないか?」

「造作もありません」

「ロゼだって、疲れて……いや、疲れてはいないのか?」

魔導機マギマテイツクに疲労はありません。ただし、魔力が消耗しています。損傷の自己修復も必要なため、早急にじゆうてんをいただきたく」

「うむ」

 少し意外だ。

 ロゼはササラが寝てしまったら、捨て置くかと思った。

 出会ったときは、《魔王の迷宮》への侵入者扱いをしていたはずだ。

 一緒に並んで戦ったことで、なにかしら価値観に変化があったのだろうか?

 そんなふうに、自分も変わっているのかもしれない──とディアヴロは思った。

 自然とほおがゆるむ。

「フッ……ササラのこと、大切にしているのだな、ロゼよ?」

「もちろんです、マスター。SSR級以上のアイテムは、入手時に自動ロックをかける仕様です。つまり、許可なく廃棄いたしません」

「お、おう」

 アイテム扱いだった。



 予想以上に、お祭り騒ぎだ。

 考えてみると、この異世界にはスマホもSNSもない。前線は結界の復旧に全力をあげており、まだ戦争終結を宣言していなかった。

 だから、大魔王が倒されたことは、戦いを見ていた兵士からの伝聞しかない。

 情報の広がりは、命を左右するほどの重大事であっても歩くような速さで。けれども、確実に伝わっていく。

 戦勝の報を聞いた者は、通りに飛び出し、神への感謝を叫び、踊った。

 オッサンたちが名前も知らない者どうしで肩を組み、酒を酌み交わして、宗教歌や国歌や軍歌を大声で歌う。徒党が道でぶつかれば、誰かれかまわずハイタッチしたり、ハグしたり。

 彼らの喜びを見て、ディアヴロは街を救えたことに、静かな満足感を得た。

 ──ああ、守れてよかった。

 お祝いムードに乗じて、イケメンが路上で捕まえた女性に、名前を告げることもなくディープなキスをする。女性のほうも満更ではなく、彼の背に手を回したりなんかして。

 ディアヴロは拳を握った。

 ぐぎぎ、と歯を食いしばる。

 ──これじゃ、俺……ひとぞくを守りたくなくなっちまうよ……。

 ロゼが瞳を輝かせた。

「マスターが、とても良い表情を……ハァ、ハァ」

「い、いや……平和が一番だな。うむ!」

 西地区にある《安心亭・夕暮れ店》に到着する。

 ところが、店の前には大勢の人だかりができていた。そういえば、大通りにも、こんな場所が何ヵ所かあった。

 戦勝を祝って、酒や食べ物を大盤振る舞いしているような店が。

 タダメシはいいが、騒がしいのは嫌だな──とのんに考えていたら、脇道から飛び出してくる影があった。

「ッ!?

「私にゃ!」

 思わずたたきこみそうになった《トネールアンペラール》を、声を聞いて引っこめる。

「メイ……か?」

 暗がりだったのでわかりにくかったが、安心亭の看板娘アイドル──メイだった。

 にゃん、と彼女がポーズを決める。

「はい♡ メイちゃんにゃ☆」

「こんな場所で、何をしているのだ?」

「ディアヴロさんを待ってたの。このまま安心亭に戻ったら大変なことになっちゃう」

「許す、詳しく話せ」

 キョロキョロ、とメイが左右を確かめる。

「話すから、ついてきて。ここはマズイから」

 怪しいとは思いつつ、わなでもあるまい──と彼女を追って、脇道に入った。

 ロゼが言う。

「よろしいのですか、マスター?」

「たとえ罠だとしても……大魔王以上の脅威が用意されているなら、一興ではないか?」

 彼女は一礼し、後ろへ下がった。

 エデルガルトは黙ってついてきている。

 これが、レムやシェラなら、そもそも交渉事を任せられるのだが……

 表通りのけんそうから離れたところで、メイが口を開いた。

「さっき《夕暮れ店》の前に集まってたのは、みんな、ディアヴロさん待ちだったの」

「なに!?

「大魔王を倒したのがディアヴロさんってうわさで」

 ロゼがうなずいた。

「噂ではなく、事実です。偉大なるマイ・マスターが大魔王をじんかいと化したのです」

「わー……マジにゃんだー。あ、んで、もうなんか興奮した人たちが集まってきちゃったわけ」

「ほ、ほう……」

 悪くない気分だ。

 顔を出してやってもよかったかもしれない。

 メイが肩をすくめた。

「あんな大勢じゃ一人一言のお礼を聞くだけでも朝になっちゃうし、オッサンから感謝のハグされて、ディアヴロさんが喜ぶとも思えなくてー」

 ──メイちゃん、マジありがとう!

 ディアヴロは興味なさそうな顔をしつつ、すごく感謝していた。

 彼女の案内で、細い道をジグザグに抜ける。

「と、いうわけで……じゃん☆ 《安心亭・隠れ家店》にゃ! トクベツなお客様だけの、秘密の宿屋だぞ」

 民家の裏手にあって、看板もなかった。

 外観にも戸口にも特徴はなく、知らなければ確実に前を通ってすら宿屋だとは気付かない。

 ロゼが冷静な声で言う。

「……民家では?」

「そそそそんなことないにゃ! 快適なサービスは《安心亭》ですからにゃ!?

 ディアヴロはおうようにうなずいた。

「よい、許す。我は騒々しいのを好まぬ。ここにとうりゆうするとしよう」

「ようこそにゃ♪」

 レムとシェラとクルムが後から《夕暮れ店》に帰ってくるはずなので、彼女たちも案内してくるよう、頼んでおく。

 建物内は、まんま《安心亭》だった。

 メイが鍵を出してくる。

「ロゼちゃんと新人ちゃんは、この鍵ね。クルムちゃんとエデルちゃんは、これ。レムちゃんとシェラちゃんにも部屋を用意しておいたよ。今、《隠れ家店》はディアヴロさんたちしかいないから、貸し切りだぞ」

「ふむ」

 大きなベッドに雑魚寝も慣れたが、一人で寝るほうが落ちつくのは事実だった。

「あ、ディアヴロさんは、ちょっと待ってほしいな」

「む? ロゼよ、先に部屋へ行き、ササラを寝かせてやれ」

「かしこまりました、マスター」

 彼女はササラを引きずるようにして、階段を上っていく。

 エデルガルトも鍵を受け取り、部屋に向かった。


 メイと二人きりになる。

「我に、何用か?」

「んと……ディアヴロさんの、お部屋の鍵は、これ」

 銀の鍵だった。

「ほう?」

「《安心亭》の特別なお客様の証……永年無料で、ご招待にゃ♪ 今日からは、故郷みたいなものだと思って使ってね☆」

 思わず、メイの顔をまじまじと見てしまう。

 彼女がほおを染めた。

「えへへ……気に入ってくれた?」

「うむ、悪くない」

「鍵はオーナーからのプレゼント。こっちはメイちゃんからのプレゼントだよ」

「ん?」

 メイが傍らに寄ってくる。

 わざわざ用意してあった踏み台に乗り、さらに爪先を伸ばした。

 唇が、ディアヴロの頰に触れる。

「ちゅっ♡」

 …………え?

 パッ! とメイが踏み台から降りて、身体を離した。

 顔が真っ赤になっている。

「うにゃ~……気に入らなかったらゴメンだにゃ。でも、看板娘アイドルのファーストキスなんだぞ☆」

「…………」

「ディアヴロさん、メイちゃんたちを守ってくれて、ありがとうなのにゃ!」

 照れ隠しにポーズを取る彼女は、とっても初々しかった。



 部屋に入る──

 ロゼが上を脱いで待っていた。おっぱい、丸出し!

「すげえ、ギャップ!」

 思わず声に出してしまった。