──ゲームと、ぜんぜん外見が違うな。

 ディアヴロは敵を眺め、そんなことを思った。

 MMORPGクロスレヴェリに登場した《乱心の魔王モディナラーム》は、瘦せ細った身体に大きなの頭が乗っていた。

 第一段階を倒すと、真っ黒なタコのような胴体に変わる。

 しかし、今のモディナラームは筋骨隆々のゴリラのような肉体だった。接近戦も得意そうだ。

 ディアヴロは敵を警戒しつつ、息も絶え絶えなエミールをシェラへと任せる。

「さっき渡したポーションを使ってやれ」

「う、うん!」

「他の連中にもな」

「そうだね、わかった!」

 シェラが深くうなずいた。

 彼女はポーチから、HP生命力回復ポーションの管を取り出す。SR級のアイテムだが、ひんから回復するだけなら充分だろう。

 レムのほうは、クルムとエデルガルトのところへ行っていた。

 ──間に合ったのか?

 エデルガルトは消滅していないから、大丈夫のはず。

 クルムは?

 魔王は死ぬとどうなるのか。

 MMORPGクロスレヴェリでは、ゆっくりと姿が崩れ落ちる演出があった。

 同じだとすれば、まだ身体が形を保っているから、生きているはず。そう信じる他はなかった。

 ディアヴロは意識を敵に向ける。

 おそらく、こいつがモディナラームなのだろう。

「フンッ……俺のおらぬ間に、ずいぶん暴れてくれたようだな?」

「何者なるや?」

 くろの頭が傾いだ。

 ゲームでのモディナラームは、ひょろりと手足も胴も細かったが……他の魔王たちを吸収した結果、容姿が変化したのか。

 今は身長4メートルはあり、ゴリラのように屈強な肉体で、黒山羊の頭がついていた。

 ダメージは見られない。

 ──ガルフォードやエミールたちだけでなく、クルムと戦ってすら、ほぼノーダメージとは。

 間違いなく強敵だ。

 しかし、ディアヴロは魔王を演じている。

 演じなければならない。

 素の自分なら、こんな恐ろしい怪物の前に立つことなんてできなかった。きっと戦いから逃げ出し、家に引きこもってしまうだろう。

 ──今の俺は魔王!

 絶大な強さを持つ魔王だ!

 だから!

「モディナラームよ、その不遜に相応ふさわしい処罰をくれてやろう! 真の魔王である俺が、直々にな」

「この大魔王に、不遜を……真の魔王とは?」

「クックックッ……大魔王などと名乗っておきながら、我を知らぬのか? 無知の極みだな!」

 ディアヴロは魔王と言い張っているだけのひとぞくなので、知らなくて当然なのだが……自信満々に言い放つのも、演技ロールプレイのうちだった。

 モディナラームが問うてくる。

なんじ、何者なるや?」

「フゥーハハハ!! 我こそは異世界より来たりし魔王、ディアヴロだ!」

 モディナラームが首を左右に動かした。

「否……汝は魔王にあらず」

「貴様の器で計れぬだけのこと! 我が力、身をもって知るがよい!」

 ディアヴロはじようを剣に変形させる。

《トネールアンペラール・リベレ》

 接近戦にも対応し、攻撃を七重化する効果があった。ただし、MP精神力消費量は跳ね上がる。

 レムもシェラも、負傷者たちを充分に遠ざけた。

 おしゃべりでの時間稼ぎは終わりだ。

 先手を取る。

「《ホワイトノヴァ》ッ!!

 すでに用意しておいた極大魔術をいきなりたたきこんだ。

 地表の荒れ具合から見て、魔術反射はない。魔術無効カツトはあるかもしれないが、それが確認できるだけでも価値がある。

 なにより、こちらから魔術戦を仕掛ければ……

 より強大な魔術を応射してくるはず。魔術反射で一気に形勢をつかむ。

 ホワイトノヴァのせんこうが消えた。

 相変わらず、周辺への被害が大きい魔術だ。

 地面までえぐれていた。

 モディナラームの姿が変化している。

 背中から黒色のカラスのような翼が生え、それが前に回りこんで盾として魔術を防いだ様子だった。

 しかし、無傷ではない。

 翼は破れかけ、屈強な肉体にも、ひび割れが起きていた。

 ──よし! 魔術でダメージを与えられる!

 ディアヴロは唇の端をゆがめた。

 くろの目が見開かれる。

「なんという、魔力……」

「フッ……意外とやわらかいではないか、モディナラームよ?」

「ディアヴロ……ディアヴロ……は欲する、その魔力!」

 目玉がこぼれるほど開かれ、真っ赤に染まった。

 ガアァァァ!! と獣じみた雄叫びをあげ、モディナラームが突っこんでくる。

 速い。

 その動きを目で追うことすらできず、やりのように鋭い指先で、ディアヴロは胴体を貫かれていた……かもしれない。レベルアップをしていなければ。

「さすがに、速いが!」

 寸前で、回避した。

 今のディアヴロに見切れないほどの速さではない。

 ところが、モディナラームの手が、異様な角度に曲がって追ってきた。

「逃がさぬ!」

「なにッ!?

 突き出してきた指先を、斬撃が払う。

 割りこんだのは、ササラだった。

 柄頭に三日月の紋章が彫られた日本刀を手にしている。

 ──《さい》ッ!!

 ぼとぼと、とモディナラームの指が四本とも落ちた。

「傷を、!?

 さすがは剣聖だ。

 ササラが隣に立つ。

「気をつけて、ディアヴロ……敵の拳には、武技《必中》の気配があります」

 武技を使った様子はなかった。

 すると、常時発動か?

「ふむ……そういえば、《手の魔王ハットジャブール》は《必中》や《必殺》の武技が永続だったな」

「武技が永続ですか!?

「さらに、《鉄壁》もついていたはずだが……魔術も剣も通じたところをみると、すでに割ったあとか。ダメージ無効カツトに回数制限があるからな」

 モディナラームが目を細める。

「そこまでを知る、なんじは……否……やはり、魔王にはあらず。何者なるや?」

「フッ……」

 ──たんなる、廃人ゲーマーだ!

「我こそは、真なる魔王!」

 魔導機マギマテイツクメイドのロゼが前に立った。双頭剣を構える。

「配下の差から言っても、マイ・マスターのほうが格上なのは、歴然たる事実かと」

 ロゼはレベル150戦士相当の強さ。そして、ディアヴロの隣にいるササラは、レベル200の戦士だという。

「え、あの……私は配下じゃなく、師匠で……あ、いえ、なんでもないです」

 ササラが少しだけ不満そうだった。

 モディナラームの率いている魔族たちは、この戦いを遠巻きに見ているばかり。

 魔族オウロウもいるようだが、おおふくろうの姿のままだった。

 リョカはいない。好戦的なうえに強そうだから、警戒していたのだが……もう誰かが倒したのか?

 ディアヴロとモディナラームの戦いに参加してくる魔族はいなかった。

 妙な感じだ。

 かつてのディアヴロは常に独りだった。

 今は、味方がいる。

 配下だか、仲間だか、師匠だか、呼び方は微妙だが……とにかく、頼れる相手がいる。

 ──どうにも慣れないが、悪くもないかな。

 じっくりと魔術を練ることができる。

 ディアヴロはMP精神力回復ポーションを飲んでおく。先程の七重《ホワイトノヴァ》で、すでに大半を消耗していたからだ。



「クルム! しっかりなさい!」

 レムは叫んだ。

 ディアヴロたちが戦っている場所から離れ、街の城門まで戻っている。

 城門といっても、今はれきしかない。

 西の城門の跡地だ。

 ディアヴロの戦いに加われない弱さを情けないとは思うが、今はそれどころではなかった。

 周りには、ひんの者たちや、もう動かない者たちが倒れている。

 無傷なのは、おそらく、レムとシェラだけだろう。

 ──一人でも多く助けなければ!

 クルムの身体は無数にひび割れていた。持ち上げただけでも、ぱらぱらと崩れてきてしまう。

 腹部に貫通した穴があった。

 すでに死んでいるのでは? と絶望しそうになるほど酷いさまだ。

 小さなまぶたが、ゆっくり開いた。

「……レムか」

「クルム! 生きていたんですね!」

「いや……マオーは……負けたのだ。もう、修復が……できぬ」

「そんなこと! ディアヴロからもらったHP生命力回復ポーションがあります!」

 レムはポーション管を傾けた。

 クルムの小さな唇に、液体を流しこむ。

 彼女が口元をゆるめた。唇が割れて欠ける。

「無駄なのだ……マオーに、ひとぞくのポーションは効かぬ。まして、神の奇跡など、聞くも見るも……おぞましい」

「それじゃ……」

「マオーは、孤高なもの……傷を、癒やすは……自らの魔力……のみ……」

「ならば、すぐ自分で治してください! 魔王は魔力が奥から湧き出てくる、と前に言っていたではありませんか!?

「……魔力を……奪われ、すぎた、な。湧き出てこぬし……もう、身体にも……残って、おら、ぬ」

 だんだんと声が細くなってきた。

「クルム!?

「ああ……もう一枚……ビスケットが……食べ……た…………」

 レムの目頭が熱くなる。

 胸の奥が締め付けられた。

 このままでは、クルムが消滅してしまう。

 かつては、この命に代えても消滅させたいほど憎んでいた魔王クレブスクルムだが、今では、もう家族だった。

「クルム、わたしは、あなたを……失いたくない」

 ポーチから取り出したのは、透明な球体──内側に黒色の炎が揺れている《しんけつしよう》だった。

 レムの中にあった魔王のざんを、ダークエルフの長ラフレイシャに取り出してもらったものだ。

 ──これを戻したら、クレブスクルムになってしまうかもしれない。

 クルムがビスケット大好きな幼女になったのは、記憶を失っていたからだった。

 魔王はひとぞくを殺すもの。その欲求を彼女は持っていなかった。

 そうでなければ、きっと戦いになっていただろう。

 この《神結晶》に封じてあるのは、おそらくクルムの記憶だろうと思われた。ひとぞくを滅ぼしたいという衝動。

 しかし、間違いなく魔力でもあった。

 クルムを助けるためには、この魔力が必要で……

 レムは見つめる。

 今にも、砂山と化しそうだった。いや、もう手遅れかもしれない。猶予はなかった。

「……わたしは!」

しんけつしよう》をクルムの身体へ。

 腹部に開いた穴へ押しつけた。

 透明な球体が、粉々に砕け散る。中で揺れていた炎が、ふわっと広がった。

「クルム!」

 しかし、何も変わらない。

 小さな女の子の身体は、無数にひび割れ、ただ横たわっていた。

 ──遅かった!?

 レムの手が震える。

 クルムがしそうにビスケットを食べる姿が思い浮かんだ。街の人々に迷惑をかける悪党に憤慨している姿も。楽しそうに歌う姿も……あと、ステーキを食べたり、ケーキを食べたり、パスタを食べたり……

 食べてばっかり。

 ぼろぼろ、と涙があふれてきて、視界がゆがむ。

 レムはしゃがみこんでしまった。

「ごめ……ごめん……なさい……わたしが……迷った、ばかりに……ッ」

 両手で顔をおおい、声をあげて泣いてしまう。

「あ、ああぁぁあああ!」

「レム……!? だ、大丈夫!?

 肩に手を置いたのは、シェラだった。

「クルムが……わたしの、せいで! わたしが! ああぁぁああ!」

「えっ!? クルムちゃんが……!?

「わたしが、迷ったから! 手遅れに……ッ……ぐっ! 間に合わなくて! うあぁ!」

「なんだとー!?

「間に合わなかったの、クルムちゃん!?

「マオーは間に合わなかったのか!? よくわからんが、泣くな、レム。ビスケットをやるから」

 レムは呼吸さえも止めた。

 ──え!?

 がばっ、と顔をあげる。

 きょとん、とした顔のクルムがいた。

 小首をかしげる。

「お、泣き止んだな。よしよし、ビスケットをやろう。ちょっと割れてしまったけどな」

 クルムが笑みを浮かべた。小さな手に、粉々になったビスケットをのせて差し出してくる。

 その肌には、うっすらひび割れが残っているが、もう治りつつあった。

 小さな頭をシェラがなでる。

「生きててよかったー。ホッとしちゃった」

「ふふん、当然なのだ!」

 レムはぼうぜんとなる。

「クルム……生きて……る?」

「なにを言っておるのだ、レムよ? キサマがマオーに魔力をくれたのではないか」

「そ、それは……そうですが……間に合わなかったのかと」

「ふっふっふっ、マオーは強いからな!」

 ふふん、と胸を張った。

 そうそう、とクルムが振り返る。

「エデルガルトも治しておくのだ」

 いくつも穴が開き、消えかかっていた魔族の少女が、一瞬にして治癒された。

 ガバッ、とエデルガルトが起き上がる。

「魔王~様ぁ~! ご無事……!? ご無事! よがっだぁぁぁぁ!」

「なんじゃ、魔族が泣くなんぞ。恥ずかしいヤツなのだ」

「うじぁうぅ」

 出会った頃は、まるで人形のように無表情で恐ろしげだと思えたエデルガルトだが……魔王が関わることには感激屋で、今では可愛げさえ感じられた。

「エデルガルトさんも、よかったねー」

 シェラが涙ぐんでいる。

 彼女は思考も涙腺もゆるめだった。

 つられて、レムはまた泣きそうになってしまう。

 ──それにしても、ひんだった魔族を瞬時に治せるなんて、クルムがひとぞくの敵でなくて本当によかった。

 ハッ! と気付いた。

「クルム、あなた記憶は……!?

「む? ああ、いろいろと思い出したのだ。レムの、おかげでな」

「……思い出した?」

「くっくっくっ……魔王とは、ひとぞくせんめつする存在なのだ!」

 レムは身構える。

「そ、そんな……!!

「しかし、マオーはビスケットが好きだ」

「え?」

「この街での、レムやシェラたちとの暮らしも楽しいしな。まだ食べていないしそうな物も、いっぱいある」

「……本当ですか? でも、記憶が」

「レムは、魔王クレブスクルムを倒したい、と思っておっただろう?」

「は、はい……否定はしません。それは、悲願でした」

「今もなのか?」

 首を横に振った。

「……そうであったなら、あなたに魔力を返したりはしなかったでしょう」

「うむ。ならば、マオーと同じなのだ! さつりくの衝動があったことは思い出した。だが、もう過去のことだ。記憶なんぞ、その程度のものなのだ!」

「クルムちゃん!」

 シェラが抱きついた。

「なんじゃ、暑苦しいのだ、シェラよ!」

「大好きー!!

「うむむ……それは、わかった。放すがよいのだー」

 嫌がりつつも、クルムは笑っていた。

 レムは目元をぬぐう。

「……わたしたちの過ごした……この平和な街での日々には、意味があったのですね」

 その生活を守るためにも、勝たねばならない。

 戦いへ視線を移す。

 ちょうど、ササラとロゼによるモディナラームとの接近戦が繰り広げられていた。

 ──あまりにも速い。

 目で追うことさえ難しかった。

 ディアヴロが多重魔術の構えに入る。ササラとロゼを信頼しているのだと、はっきりわかった。レムとシェラと旅していたときは、接近した敵に使ったことがなかったから。



 ディアヴロは《トネールアンペラール》をじように戻し、モディナラームに向ける。

 多重魔術を開始。

 三つの極大魔術を重ねて一つの魔術として放つ大技だった。

 準備の間がやたらと長いため、プレイで、素早い敵を相手には、絶対に使えない魔術だ。

 多重魔術は《特殊技能》だから連続使用ができない。たとえ発動に失敗しても、この戦闘では二度と使えなくなる。

 リスクはあるが、成功すれば、大ダメージを与えられるはずだった。

 ディアヴロは三つの極大魔術のうちの一つ目を唱える。

よりくらよるからしようぜし闇よ、に集え……《ダークアークシーク》」

 じようの先端を中心として、上下に黒い弓が伸びた。

 モディナラームが黙って見ているわけがない。複数の魔王の知識があるというのなら、この魔術の威力を知っているだろう。

 叫び、突っこんできた。

「捨ておけぬ、その魔術!」


 ロゼが応じて駆ける。

「マスターには、指一本触れさせません! 《クリオス》ッ!!

 彼女の背後──なにもなかったはずの空間から、巨大な手が現れた。かつちゆうに似ているが、装甲の内側には機械が見える。

 動脈のようにパイプが走っており、魔術で使う文字記号が刻まれている。それが発光し、根元から指先へ流れていた。

 機械仕掛けの両腕《魔導機兵マギマテイツクソル》には、ロゼが持つのと同じ形の双頭剣が握られている。

 ただし、大きさは違う。片方の刃部分だけでもロゼの身長と同じくらいあった。

 大型の双頭剣をたたきつける。

 モディナラームは右手にしつこくの大剣を生み出した。

 ──《眼球の魔王イアンカローズ》の《ゴッドブレイカー》か!

 それで、ディアヴロは察した。

 ファルトラ市の城壁が壊れているのは、ゲーム内で最大の威力とわれる《覆滅の炎》のせいだろう。

 イアンカローズに挑むと、いきなり撃ってきて、プレイヤーキャラクターのしかばねの山を築いた。

 攻略サイトでは《開幕破局》とか《目からビーム》とか《波動砲》とか呼ばれていたが……どう呼ぶかで、だいたい世代がバレる。

 ロゼの魔導機兵マギマテイツクソルの双頭剣と、イアンカローズの漆黒の大剣とがぶつかった。

 きつこうしたのは、一瞬だけ。

 あっさり押し負ける。

魔導機兵マギマテイツクソル!?

 ロゼがきようがくの声をこぼした。巨大な機械の腕がきしみ、双頭剣の刃に亀裂が走る。

 レベル150戦士相当の彼女が、真っ正面から打ち合って勝てるような相手ではないらしい。

 しかし、間髪入れずにササラが武技を放っていた。

 ──《》ッ!!

 間合いを無視した斬撃が、モディナラームの手首に傷を作る。

「愚弄するか、!?

 さらに、ササラは《しゆんとつ》で、ロゼと入れ替わるように肉薄した。武技《せんじゆ》で瞬間的に何十回も斬りつける。

 ところが、斬られながらも相手は大剣を払った。

 回避が遅れ、ササラは腹部に一撃を受ける。

「ぎゃうっ!?

 吹っ飛ばされたが、すぐ起き上がった。彼女は一日のうち一度目だけダメージを無効にできるらしい。とんでもないチートだと思うが……二度目はない。次は真っ二つにされかねなかった。

 レベル200の戦士でさえも、一対一では劣勢か。


 ディアヴロは二つ目の極大魔術を唱える。

しんばんしようみこむきよよ、我が手に来たれ……《ブラックホールアロー》」

 じようの先端に、黒色の球体が生まれた。

 紫電をまとっている。

 触れた物をことごとく吸収してしまう穴だった。


 ロゼとササラが左右から同時に攻撃する。

 しかし、モディナラームが二本目の大剣を生み出した。左右の大剣でそれぞれの攻撃を受け止められ、押し返されてしまう。

 片腕であっても、レベル200のササラよりりよりよくが上回っているのか。

 なにより、《ゴッドブレイカー》の二刀流だなんて、ゲーム内のイアンカローズの行動にはなかった。

 モディナラームに吸収されて、大魔王と化した影響か? あるいは、クロスレヴェリに実装されていなかっただけか?

 いずれにせよ、注意が必要だった。ゲームと全て同じだと思っていると、足下をすくわれる。

 ディアヴロは三つ目の極大魔術に集中した。

 放つ。

きよの矢よ、天地せかいきようかいくさび穿うがて! 《グラビティアビス》ッ!!

 魔術により生じたしつこくの矢が、モディナラーム目がけて飛んでいった。

 弾速は、並の魔銃マギガンより速い。

 それを至近距離からだ。

 当たれ──と念じるよりも早く、命中していた。敵の左胸に。

 大気が震える。

 極大魔術を重ねた多重魔術が、発動する。

 モディナラームの胸に発生した穴が、めりめりとよろいのように頑強な表皮を引きずりこんでいった。

「オ、オオオオオォォォォ……ッ!?

 超大型魔獣《サンドホエール》すら大半をみこんだ魔術だ。ひとぞくの倍程度の相手であれば、容赦なく落ちるはず。

 モディナラームが叫ぶ。

は、大魔王! ひとぞくを滅ぼす者、ぞ!」

 自身の身体へと、その手にした大剣をたたきつけた。左手の剣で左肩から真下へと断ち、右手の剣で左脇腹を裂いていく。

 ひとぞくならば、間違いなく絶命しているだろう。

 大魔王は違っていた。

 上半身の左側を切断しきる。

《グラビティアビス》に落ちたのは、モディナラームの一部だけとなった。左上半身が左腕ごと。



 普通ならば致命傷だった。

 ひとぞくに限らず、魔族だろうと、魔獣だろうと、上半身の半分を失って生きているなど、ありえない。

 ──さすが、魔王ということか。

 ディアヴロは余裕の笑みを浮かべつつ、内心ではきようがくしていた。

 ゲームではどれほど敵にダメージを与えようと、欠損が表現されることは、ほとんどない。

 断面のグロさは、吐き気を催すほどだった。

「フッ……気色悪さが増したな、モディナラームよ。わるきせず、落ちておれば醜態をさらさずに済んだものを」

「グググ……許さぬ……これほどの傷を、に!」

 声と一緒に血がこぼれる。

 ササラとロゼが、ディアヴロの前に戻ってきた。

《グラビティアビス》に巻きこまれないよう、魔術を放つ直前に離れていたのだ。

 まだ警戒は解いていない。

「ディアヴロ、気をつけて……まだ敵の戦意を感じます」

「マスター、ロゼにご命令を」

「俺が待ってやる理由はない。大魔王もろとも、魔族どもを一気にせんめつしてくれる!」

 実は、多重魔術により、かなり消耗を感じていた。

 MP精神力はポーションで回復できるが、戦いが長引けば集中力が落ちる。

 グランドタートルが七体と、その周辺の無数の魔族たちを全て相手するのは、今のディアヴロには難しく思えた。

 背後から、少女の声がかかる。

 レムだった。

「ディアヴロー!! クルムもエデルガルトも助けました! 領主たちやエミールもです!」

 ──よかったー。

 そう思いつつ、魔王らしさを意識して鼻を鳴らした。

「フンッ……しぶとい連中だな」

 崩れた城門の付近には、倒れて動かない者も多い。自分たちは間に合った、とは言えないかもしれない。

 それでも、クルムたちを失わなくて済んだのは、幸いだった。

 ディアヴロは再び魔剣を構える。

 情けをかける余地はない。

 もしも、自分が来なければ、モディナラームはクルムだけでなく、この街の人々を……

 それどころか、ひとぞくの全てを殺すつもりだったのだ。

おうさつだ」

なんじ……遅きに失した、ディアヴロよ」

「なんだと!?

「沈め、絶望に……万物を滅ぼせし、ついの炎ッ!!

 モディナラームが自身の右胸に手を伸ばし、その皮膚に指を突き入れた。

 めりめり、と音を立てて、表面をがす。

 右胸に目玉が埋まっていた。

 ぞく、とディアヴロの背筋が震える。

「《眼球の魔王イアンカローズ》!?

「消し飛べ! 大魔王に刃向かいし、愚か者よ!」

 モディナラームが絶叫した。

 ──《覆滅の炎》

 右胸に埋めこまれた目玉から、視界を覆うほど極太の光が放たれる。

 城塞都市ファルトラを襲った膨大な熱量を持ったせんこうだった。再び迫る。すでに結界は壊されていた。

 ディアヴロはササラとロゼを押しのける。

 前に出た。


「貴様の負けだ! 大魔王!」


 左拳を突き出す。

 クロスレヴェリで最大の威力を持つ《覆滅の炎》は、魔術であり──《魔王の指輪》の反射対象だった。

 ディアヴロの薬指にまった指輪が、禍々しい紅の輝きを放つ。

 どれほどの威力であろうと、それが魔術ならば!

 閃光が敵を包む。

 最後に見せた、大魔王の表情は、きようがくだった。くろの顔ではあったが……目を見開き、口を開け、何かを叫んだけれども魔術のごうおんで聞こえなかった。

 その姿が白光にまれる。

 真っ白になった。

 目が潰れそうなまぶしい光が、やっと収まる。

 音も消え、不気味なほど静かになった。

 ディアヴロは周囲を警戒する。

 跡形もない。

 ──死体もなしか。

 こういうのって、勝利に沸いてるときに、実は生きていた敵から不意打ちされて、仲間が殺されるのがパターンだよなぁ。

 そんな、下らない〝お約束〟には乗ってやらない。

 ディアヴロは声をあげる。

「シェラよ! 魔族たちの魔力がわかるか!?

「ひぇっ!? う、うん。だいたい」

「先程までと変化は!? 大魔王から与えられた魔力が、消えているか!?

 ひとぞくの視力では、表情がわからないほど遠いので、判別できるかは不安だったが……

 シェラが断言する。

「減ってる! 魔族たちの魔力が、さっきよりも減ってるよ、ディアヴロ!」

「……ッ!!

 やったのか!?

 ササラがうなずいた。

「ぴりぴりと感じていた強い殺気が、もうありません。おそらく、大魔王は……」

 ロゼが報告する。

「各種センサーに反応なし。マスターの勝利です」


「おっしゃあああああ!」


 などと無邪気に喜ぶのは、魔王らしくない。がんばって自制した。

 ディアヴロは退屈そうに肩をすくめる。

「フンッ……大魔王などと称しておるから、さぞ強かろうと期待していたのだが? なんとも下らぬ座興であったな。終わってみれば、我は傷ひとつないではないか。とんだ、期待外れだ!」

 ──まぁ、敵の切り札の極大魔術は反射できたし、ササラとロゼが守ってくれてたからだけど。

 前衛がいると戦闘が楽だ、と再認識できた戦いだった。

 シェラが駆けてくる。

「やったぁぁぁ!! ディアヴロ、強いッ!!

「フッ……今さら、わかりきったことを言……ふわぷっ!?

 飛びついてきたシェラの豊かすぎる胸に、顔がうずもれた。

 ロゼが目を細める。

「マスター、申し訳ありません。敵性生物を見逃しておりました……」

「わわっ!? ロゼさん、剣でお尻をつつかないでよー!?

 シェラが抱きついたまま暴れる。

 より、顔に、胸が!

 胸が!

 やわらかい、あったかい、まんまりゅい。

「ロゼさん、刺さるぅ、お尻に、刺さっちゃうー!?

「マイ・マスターから離れなさい!」