第二章 大魔王と戦ってみる


 絶叫が大気と地面を揺らした。

 せんこうを放ったはこの前だ。

 そいつは、黒色でのような頭をしていた。

 背に蝙蝠こうもりの翼がある。

 大きさはひとぞくの倍くらいか。大柄な魔族よりも、二回りほど小さかった。筋肉もそう付いていない。

 引き締まっているというより、瘦せてヒョロリと細い印象だった。

 それなのに、威圧感は他の何者とも比較にならない。その声を聞いただけで、エミールですら身がすくんだ。

「な、なんだ……あれは……!?

「あれが……大魔王だ」

 告げたガルフォードの声が震えていた。

 うめき声をもらし、弓使いユアンが膝をつく。

「ううぅ、うそだろ……あんなのと、戦えるわけがない……」

「だとしても、諦めるわけにはいかないよ」

 のチュロンが、つえを振るう。

 何度目かの治癒術により、ようやくエミールの傷が塞がった。

 エミールは長剣を手にする。

 自分の大剣は、リョカに砕かれてしまったから、これは別の者の装備品──

 亡くなった遮断戦士ブロツカーグルタスの剣だった。

「借りるぜ、グルタス……」

 血に染まった長剣を手に、立ち上がる。

 とんでもない相手だ。

 想像を絶する。

 たとえるなら、底の見えない断崖絶壁に飛びこめと言われているような……そのほうが、まだマシと思えるほどの絶望感だった。

 それでも、剣を握りしめる。

「俺は絶対に倒れない!」

「ふむ……逃げない蛮勇だけは、褒めておこう」

 ガルフォードの身体を魔術の光が包んだ。

 背後に並ぶ地方騎士たちの中に、がいるのか。

 彼の傷が消えた。

 しかし、消耗したまでは回復しないはず。

 エミールは断言する。

「逃げるものか! 今度こそ、俺は俺の剣で、女性を守る!」

「……君の過去に、何があったのかは詮索しないがね。微力とはわかっていても、その奮闘に期待しよう」

 オオオオオオオオッ!!

 表情がわからないほど遠くで叫び声をあげていた大魔王モディナラームが、こちらを向いた。

 ガルフォードが身構える。

「来るぞ!」

 敵が地面を蹴った。爆発が起きたかのように、土くれが巻き上がる。

 もはや間合いなどという概念は意味がない──そう思えるほど一瞬で、モディナラームが目前に迫った。

 エミールは剣を振る。

 様子見はしない。最初から全力の武技をたたきこむ。

「《クアドスラッシュ》ッ!!

 大剣よりも軽い長剣ゆえ、先程よりも速い。

 ほぼ同時の四連撃。

 突っこんできた大魔王に、必中のタイミングだった。

 それでも、エミールは覚悟している。攻撃は回避されるか、弾かれるか、当たってもダメージがないか。

 簡単な相手ではない、と充分に覚悟していた。

 しかし、これは予想できない。

 たたきつけた剣の刃が──モディナラームの歯で、んで止められるなんて。

「な、なんだと!? 俺の剣が……食われる!?

 あっさり、白銀の刃が砕かれた。

 王都で手に入れた、かなり高級な名剣のはずなのに!

 くろの顔が、笑ったような気がした。

 ギギギギッ!!

 瘦せ細った腕が、ごつごつした拳を突き出してくる。身体はひとぞくの造りに近かった。

 ──避けられる!

 そう思って回避した先に、大魔王の拳があった。

 先読みされた!?

 エミールは顔面を殴りつけられる。

 その寸前だ。

 モディナラームの肩から脇腹までを《光の剣》が斬り裂いた。

「せえいッ!!

「ギァガアアァアアアッ!!

 生きている者の発する音とは思えない。壊れた楽器の雑音のような叫び声だった。

 斬ったのは、ガルフォードだ。

 会心の斬撃!

 かと思いきや、彼が舌打ちした。

「《鉄壁》……か!?

 武技だ。ダメージの一切を無効にする。

 モディナラームが叫びながら、再び拳を突き出してきた。

 ガルフォードは距離を取る。

 ところが、さほど速く見えないのに、まるで彼の動きが遅くなったかのようだった。

 むしろ、吸いこまれるように拳を受けてしまう。

 ビキッ!

 枯れ木が折れたような音がした。

「ぐっ!?

 ガルフォードが顔をゆがめる。攻撃を受け止めた彼の右腕が、あらぬ方向に曲がっていた。

 エミールは我が目を疑う。

 ──あれほど高レベルなガルフォードが、あっさり腕をたたき折られるなんて!?

「ううぅ……強い……強すぎる」

「まだだ! 右腕の一本くらいで、私が引くわけには……いかんッ!!

 左手に《光の剣》を出した。

 武技《ヒートソニック》──光の剣が、真っ赤な炎をまとう。そのうえで、八連続で斬りつける大技だった。

 ところが、モディナラームは驚異的な速さで連続攻撃を回避する。

 それどころか、ガルフォードの左腕にみついた。

 湿った嫌な音があがる。

 びちゃびちゃと真っ赤な血が地面に散った。

「ぐあっ!!

 ガルフォードがもんの声をあげ、跳びすさる。なんと、彼の左腕の肘から先が、なくなっていた。

 ぼたぼた、と血がこぼれる左腕を、モディナラームがくわえている。

 ──腕を食いちぎられた!?

 エミールは身体が震えるのが止められない。

 恐怖。

 リョカとたいしたとき、強いと感じた。戦ってみたら、予想以上にとんでもなく強かった。

 しかし、モディナラームは違う。

 勝負にならない。

 エミールは悟った。

 自分たちには、モディナラームにダメージを与える攻撃ができない。そして、自分たちには、モディナラームの攻撃を防ぐ手段がない。

 こんなもの〝戦い〟とは言えない……



「虐殺なのである!」

 戦いを眺めながら、オウロウがくらい笑みを浮かべた。

 ラズプーラスはうなずく。

「まさに、羽虫をたたつぶすがごとく……ですな」

「ククク……大魔王様は多くの魔王様を取りこんでいる。その結果、常に武技《鉄壁》を使っている状態であるし、拳は《必中》、その牙は《必殺》なのである!」

 オウロウがこうこつとした口調で言った。

 感嘆する他はない。

「圧倒的です。ひとぞくが鍛錬に鍛錬を重ねて、瞬間的に発する異能を、大魔王様は永続的に得ているわけですから」

「勝利は揺るがぬのである!」

「左様ですな」

 ラズプーラスは密かにあんしていた。

 大魔王様が広範囲を魔術で吹き飛ばしたりしなかったからだ。そんなことをされたら、大半の食料が燃えてしまう。

 接近戦であれば、ファルトラ市はれきくらい残るかもしれない。遅かれ早かれひとぞくは根絶やしにするが、食料は奪わなければならなかった。

 早期の決着が望ましい。

「……無駄なあがきをめて、ひとぞくは滅びを受け入れるべきですな。そのほうが、苦しみが少なくて済むでしょうに」

「ククククク……そう、大魔王様に抗うなど無駄なことである」

「左様ですな。この地に、大魔王様を傷つけることのできる者などいるはずが……」


 大魔王モディナラームが、派手に吹っ飛ばされた。


 オウロウとラズプーラスはそろって声をあげる。

「「なぁぁぁぁぁぁぁ!?」」



 幼女が腕組みをしてへいげいした。

「くっくっくっ……このマオーの蹴りに耐えるとは、なかなか頑丈ではないか、《乱心》よ」

 わざわざ高いところ──崩れ残った城壁の上に登ってから、飛び蹴りを見舞ったのは小さな女の子だ。

 にゅっと左右に伸びた角と、先端が二股に分かれた尻尾を持つ。

 淡い金色の髪が、風に吹かれて躍った。

 その髪をかきあげ、今度は腰に手を当てる。後ろに倒れそうなほど、薄い胸を反らせた。

「マオー参上なのだ!」

 その姿に、エミールは目を見開く。

「クルムちゃん!?

「うむ!」

 ガルフォードがうめいた。その額からは、脂汗がこぼれ落ちる。左腕は肘から先がなく、右腕はありえない角度に曲がって、だらりと垂れていた。

「ぐっくっ……あの混魔族デイーマン……の連れていた……子供、か? まさか、モディナラームを蹴り飛ばした……だと?」

 倒れかかった彼を支えたのは、いろの髪の女性──ラムニテスだ。その手には、もう魔銃マギガンを握っていなかった。

 大魔王には通用しない、と判断したのか。

「今は下がるんだよ、ガルフォードきよう! 大魔王があそこまでの化物とは想定外だ。何者かは知らぬが、あの子供に託すしかなかろう!?

「くっ……アレも、魔王だ、と言っていた」

「な、なに?」

ごとだと……思ったのだがな」

 実は、エミールは知っていた。

 かつて、一度だけファルトラ市の中で魔王クレブスクルムが覚醒したとき、それを目撃していたからだ。

 あのクルムという幼女は、魔王クレブスクルムだった。

 エミールたちの前に、場違いにもウエイトレス姿の少女が現れる。手にはやりを持っていた。

「魔王様~、の邪魔? 邪魔! 下がれ、ヒューマン」

 その瞳や肌に、違和感を持つ。

 ひとぞくではないような……

 エミールはハッ! と気付いた。

「ま、まさか……魔族!?

「だ……ったら?」

 ジロリ、とウエイトレスがにらみつけてくる。リョカや大魔王とは別種の威圧感だ。

 そんなことは、どうでもよかった。

「……美しい」

 いつもの名乗りを上げようとしたが、槍の穂先で足元を突かれる。

「下がれ、とぉエデルガルトは~、言った?」

「お、おおっと」

 無念だが、彼女の言う通りだった。

 エミールどころか、ガルフォードやラムニテスですら、あの大魔王モディナラームに対しては戦力外だ。

 ぐっ、とみするのだった。


 蹴りで吹っ飛んでいたモディナラームが、身体を起こす。

 グルルル……との頭のくせにおおかみのようなうなり声をあげた。

 ふんっ、とクルムは腰に手を当てたままだ。

「他の魔王をあつめ、あれこれ覚えたようだが……使いこなせねば意味がないのだ、《乱心》よ」

 今は大魔王を名乗っているモディナラームだが、本来は《乱心の魔王》の異名を持っていた。

 ガアッ!

 モディナラームがほうこうをあげ、一気に間合いを詰めてくる。

 拳を放ってきた。

 ひょろりと細腕なのに、ガルフォードの腕を砕いたほどの威力がある。