「雑魚ではありませぬぞ、ラムニテス殿……魔族や魔獣です」

「ハンッ! 初夜の小娘のようにおびえおって」

「なっ!?

「案ずるな。敵の指揮官さえ倒せば、魔王軍は瓦解する。個々の戦闘力は高くとも、ごうの衆よ。恐れることはない」

 ガルフォードが口を開いた。

「魔王軍を率いているのは、大魔王モディナラームだ。それを倒せば、この戦はひとぞくの勝利となる……そんなことは理解している」

「ならば、話は早い。力のある者を集め、大魔王と戦うのだ。これしかなかろう?」

「王都に救援要請は出しているがね」

 フンッ! とラムニテスが鼻を鳴らした。

「あの、腰抜けが! 王都から戦力を動かすものか!」

「陛下はそうめいかただ」

「もしも、本当に王が聡明で勇敢な名君ならば、今頃は勇者たちが大魔王討伐に向かっておっただろうよ。かつての、お主たちのようにな。魔王軍がのジルコンタワー市に攻めてきてから何日が経ったと思っておるのだ!?

「御考えが、あるのだろう」

けたか、ガルフォード!」

けいに言っておく──魔王と戦うには、ひとぞくの一致団結こそが重要だ。たとえ、どのように内心では思っていようとも、将兵が王を疑っては勝てぬ」

「暗愚に従えば、ひとぞくは滅びるぞ!?

「違う。いさかいこそが、ひとぞくの滅びを招くのだ」

 ラムニテスが舌打ちした。

「フンッ……まぁ、引く道がない以上、戦う他はないわ。王都からの援軍が期待できぬという点においては中将も余と見解が同じ。王の頭の出来なんぞで言い争うのも馬鹿馬鹿しいな」

「幕僚の前で、あまり不敬なことを言わぬように」

「魔王軍が来るのは、こんゆうなのだな? 戦の準備をしておく。余と卿と……他に使える手駒はあるのか?」

「……」

 ガルフォードが押し黙った。

 ファルトラ市は魔王領と接する要衝だけに、駐留軍は精鋭ぞろいだ。

 しかし、ひとぞくの限界を超えたような者は、いなかった。

 そうした才覚あふれる者は、王都に召し上げられてしまう。部下の出世は喜ばしいことだが、この最前線に際立った兵がいないのは事実だった。

 ラムニテスが問う。

「ディアヴロは、まだ戻らぬのか?」

「剣聖の街《ソドマス》に向かったという情報はある」

 領主はディアヴロを監視対象と定め、おんみつ行動にけた者に追跡させていた。それはファルトラ市を出たあとですら解除していない。ジルコンタワー市や王都での動きも追いかけていた。

「ソドマス? 何のために?」

「意図まではわからぬが……そこで肥料を買ったり、山に登っていったりしているそうだ」

「まさか、畑でも作っているのではあるまいな?」

「所詮は冒険者……頼りになど、せぬほうがよかろう」

「こんなことを言うのはしやくだがな……アレがおるか、おらぬかは、戦を左右するぞ」

「報は出している。動くかどうかは、わからぬ」

 ガルフォードが肩をすくめ、ラムニテスがため息をついた。

 ボリスは思う。

 ──ディアヴロさんは、すごい。

 この二人が、その存在の重要さを語るなど、とんでもないことだった。

 どうか早く戻ってください、と祈らずにはいられない。

 ふと西方に視線を向けた。窓の外には城壁が見えており、ゆっくりと太陽が傾いていく。

 不安ばかりが大きくなるのだった。



 十五時──

 日没後に襲来するかと思いきや、城壁の上の見張りが声をあげたのは、夕暮れ前だった。

 ボリスはウルグきようさいの仲間たちと同じように、ファルトラ市守備隊に編入されている。西門から、やや北側にある見張り塔のあたりに配属された。

 見張り塔は、結界の増幅装置でもある。

 ボリスは西を指差した。

「来た!」

「ううぅ……来た!?

 友人のマッサが唇をわななかせる。

 他にも敵襲に動揺する声が、あちこちからあがった。

 厳しい訓練を重ねている最前線の兵士たちでも、魔王軍の威容を見て平常心を保つのは難しい。

 巨大なグランドタートルは、西日を背にして、夜の闇が染み出してきたかのように見えた。

 血と獣の臭いが、遠くからでも漂ってくる。

 それは人々の恐怖を具現化したかのようだった。

 敵襲を告げる警鐘が鳴らされる。

 兵士の多くが、西門を見た。

 中将は打って出るのか? 城に籠もるのか?

 ガルフォードは大戦の英雄で、エルフが軍を率いてきたときも、それ以外のときにも、積極的に軍を動かした。

 今回も西門前に重装歩兵が集められている。

 しかし、動かず。

 開門を命じるラッパは鳴らされない。

「……出ない」

 誰かがつぶやいた。

 このまま正面から戦ったら勝てない──と中将は判断したわけだ。

 当然か。

「……勝てないのかよ」

 誰かが落胆の声をこぼした。

 大戦の英雄が、迫った魔王軍をどうにかしてくれるのではないか──という淡い期待は打ち砕かれた。

 現実とは、凍りつくほど冷徹で、甘やかさの欠片もない。

 一〇〇〇の魔王軍に、抗える者などいなかった。

 こんな状況を想定していたか、あるいは籠城を知っていたのだろう、士官が声をあげる。

「籠城戦だ! 俺たちには結界がある! 魔族どもは兵糧なんて気の利いたもんは用意してない。そして、今は冬だ。この戦、勝てるぞ!」

 なるほど、と兵士たちの顔が明るくなった。

 言われてみれば、いくらファルトラ市周辺が温暖な土地とはいえ、冬は冬だ。森の木々は葉が落ちて、果実も動物も少なくなる。

 畑は休ませている時期だ。

 魔族も食事を取るというが、あれほどの巨体なら、さぞ多く食べることだろう。

 一〇〇〇の魔王軍を長期に支える食料を調達するのは、不可能だった。相手に兵糧がないと踏んでの籠城戦か。

 ファルトラ市の城壁は、謎の爆発によって部分的に内側から崩されてしまったが、もう修繕してある。

 士官が続けた。

「ファルトラ市には、二〇万人を半年は食わせられるだけの兵糧がある。魔王領から難民が逃げこんできているが、それも織り込み済みだ。案ずるな」

 さすが、ガルフォード中将だ。

 そんな声が聞こえた。

 ボリスは西を見つめる。

 胸の内が落ち着かなかった。

「…………」

「どうしたの、ボリス? 顔が青いよ」

 マッサの問いに、声をひそめる。

「……魔族一〇〇体が、ウルグきようさいに攻めてきたこと、あったろ?」

「あったねぇ。もうダメかと思ったなぁ」

「あのとき、ファルトラ市の内側に魔族が侵入して、セレス様が危なかったらしいんだよ」

「聞いた聞いた。魔族グレゴールだっけ? エミールって冒険者が倒したんでしょ?」

「……そういうことになってるけど」

 ボリスは、ウルグ橋砦でのディアヴロの活躍を目にしていた。

 そして、彼の言葉も聞いている。


〝帰還魔術を試す〟


 ディアヴロは、そう叫んだ。直後、姿が光に包まれて、消えたのだ。

 冒険者たちの報告で、魔族グレゴールを倒したのはエミールということになっているが、真実と異なるのではないかとボリスは疑っていた。

「いや、今は、それが問題じゃなくて……あのときですら、魔族は結界を排除する方法を考えてたんだよ」

「うん」

「あのときの一〇倍の数で来て、魔王までいるのに、結界のこと考えてないもんかな?」

「まさか……セレス様が!?

「……当然、中将は警戒してると思うけど」

 魔術師協会で異変が起きたりはしていないか?

 街の中央に視線を向けた。の穂先のような独特な形状の塔を見つめるが、普段と変わるところはなかった。



 城塞都市ファルトラが目前に迫る。

 オウロウは片手をあげた。

「全軍、停止なのである」

 ラズプーラスが復唱し、魔獣使いマヌエラに伝える。

 彼女の魔術により、グランドタートルたちがゆっくりと足を止めた。

 しかし、ひとぞくの軍隊のように整然とはいかない。

 一部の魔族たちが雄叫びをあげた。

 ひとぞくの街を前にして、理性を失ったらしい。勝手に突撃していく。

 ラズプーラスが顔をしかめた。

「バァル派の連中ですな」

 ひとぞくを殺したい──それだけに思考が染まっている。仲間内で殺し合うことも多く、獣以下の理性しか持たないような連中だった。

 オウロウが背を向ける。

「捨て置くのである。呼んでもおらぬのに勝手についてきたぶつども……捨て駒にする価値もない」

「左様ですな」

 オウロウが両手を広げた。

 叫ぶ。

はこを解き放つのである!」

 背後に控えていた魔族たちが、わらわらと動き出した。

 ラズプーラスはマヌエラを連れて、グランドタートルから降りる。

「さあ、急いで」

「待って」

「急ぐのです」

 マヌエラが足下の甲羅をなでた。

「……ごめんね」

 鎖がおので切断され、匣の戒めが解かれていく。

 ラズプーラスはマヌエラを脇に抱えた。

「時間がありませぬ故」

「あっ」

 甲羅から飛び降りると、太い腹に似合わぬびんしようさでグランドタートルの背後へと駆ける。

 ゆうはなかった。

 おのを手にした魔族たちが声をあげる。

「鎖、切断!」

 その頃、オウロウは上空へと飛び上がっていた。背中にあるふくろうの翼で、ばっさばっさと羽ばたいている。

はこを開けるのである! 開封である!」

「開封ー!!

 何体もの魔族が、匣の前面に手をかけ、あるいは武器の刃を突き立て──

 こじ開けた。

 濃密な魔力が噴き出してくる。

 匣の内側から、物質化した魔力があふれた。

 黒色のスライムのようなものが、匣の周囲にいた魔族たちに触れる。その者たちは悲鳴をあげる暇もなく、光の粒子と化した。

 消滅だ。

 触れただけで、魔族を消滅させるほどの魔力。

 その光景を見下ろし、オウロウは叫ぶ。


「大魔王砲、発射である!」


 匣から、魔力が噴き出した。

 魔力はせんこうと化し、まるで太陽が落ちてきたかのように周囲を明るく、まぶしく……

 直視した者の眼球を焼くほどの光を放った。

 魔族であれば耐えられるだろうが、ひとぞくには無理だ。ファルトラ市の城壁上にいて、光量に危険を察しなかった者は、残らず失明した。

 それほどの光が満ちる。

 光が熱に変わった。

 まずグランドタートルの頭部が蒸発する。甲羅の前半分も、匣から放たれる熱に耐えられなかった。

 次に、先行していたバァル派の魔族たちが熱にまれる。影も残らず消えた。

 その超々高熱の塊が、ファルトラの城壁に迫る。

 結界がきしむ。

 街が誕生してから、幾度となくひとぞくと魔王の戦争は起きたが、これほど強大な力を受け止めたことはなかった。

 もしも、結界がなければ、都市が消し飛んでいるほどの威力だ。

 城壁の上の兵士たちが悲鳴をあげる。

 街の住人たちも、同じだった。

 地面が揺れ、大気が揺れ、建物が揺れ、耳をつんざくような音が響き渡る。

 それでも、結界は破れない。

〝魔から成るものを通さず〟という属性は絶対だ。

 結界だけは。

 光が収まっていく。

 膨大な熱も……

 ボリスは城壁の上で、足元につっぷして、ぼたぼたと垂れるほど汗をこぼしていた。

 死ぬかと思った。

 あの光にまれて、消し飛ばされるのを覚悟した。

「ハァッ! ハァッ! ハァッ! すごい……生きてる!」

 結界が勝ったということか。

 顔をあげたとき、西門のほうから絶叫があがる。

「待避ーッ!!

「は?」

 思わず、間抜けな声を出してしまった。西門のほうから兵たちの叫び声が聞こえてくる。

 もう魔王軍から放たれた光と熱は、すっかり収まっていた。

 それなのに、怒号と悲鳴は多くなるばかり。

 やがて、地響きが伝わってきた。

「どうなってるんだよ!?

 ボリスは立ち上がり、城壁の縁に手をついて、外を視界に捕らえる。

 ──そんな!?

 西門の外側にあるはずの地面が、すっかり消滅していた。

 結界は地下にも伸びる。

 だが、その結界の及ばない外側の土が、ごっそり削り取られたようになくなっていた。

 ファルトラ市の周囲を囲む堀から、水が流れこむ。ジュウジュウと音をたてて水が蒸発し、白煙をあげた。

「待避ー!! 待避ー!!

 西門の上から、兵たちが慌てて逃げ出す。

 もうボリスのいる位置からでも、はっきり揺れているのが見えた。

「崩れるのか!?

 巨大な建造物の、基礎を支える土を取ったら、当然の結果だ。

 西門が外側へと大きく傾き、積み木を倒したみたいに崩れてしまった。

 その周辺まで引きずられるように地割れが起きる。

 城壁は構造的に相互を支え合うようにできているから、ボリスたちのいる場所も危なくなった。

「待避ー!!

 士官が叫んだ。

 その前に、勘のいい者は逃げ出している。

「うわっ」

 足場が崩れてきた。

 段差につまずいてマッサが転ぶ。

「あぐっ! ま、魔族に足をつかまれた、助けてー!!

「落ち着け、転んだだけだ!」

 ボリスは彼の手を引っ張って立ち上がらせ、走らせる。

 幸いにも城壁は傾いただけで済んだ。

 安全そうなところまで走ってから、ボリスは振り返って、がくぜんとなった。

 膝が震える。

 呼吸すら、難しくなった。

 絶対になくてはならない物が、その姿を消している。

 魔除けの結界を成立させている見張り塔──そのうちの一本が、城壁と共に横倒しとなっていた。

 れきの山と化している。

「……け、結界が……消えた!?

 ボリスは自分の声だというのに、まるで遠くから聞こえたような気がした。



 崩れた西門に向かって、何体もの魔族と魔獣が駆けてくる。

「ヒーギャーハー!!

 城塞都市ファルトラ、陥落の危機だった。

 西門の崩壊に巻きこまれ、守備隊の兵士たちは大混乱に陥っている。逃げたり、ぼうぜんしつに陥ったり。

 こんなときこそ、冒険者の出番だ!

 エミールは大剣を肩に担ぎ、西門広場に足を踏み入れる。立派だった西門も城壁も、全て瓦礫と化していた。

「おーおー、派手にやられちまったなー」

 突撃してくる魔族たちを防ぐための結界は、もうない。街は無防備な状態だった。

 仲間が声をかけてくる。

「エ、エミール、どうするの? あんなの……」

 白いローブをかぶったのチュロンだった。他にも、武器を強化する付与魔術エンチヤントけたエラストフなど、四人のパーティーメンバーがいる。

 エミールは片手を振った。

「勝つ! それしかないからな。結界は消えて、街には大勢の女性たちがいて、魔王軍が迫ってきている。そして、俺様の名はエミール・ビュシェルベルジェール、全ての女性の守護者である!」

 の少年チュロンが口元をゆがめた。

「ふふ……諸国漫遊で、バカに磨きがかかったね」

「バカじゃないぞ!?

 付与魔術師エンチヤンターの男エラストフが肩をすくめる。

「……たしかに、賢い選択とは思えないが、やるしかないな……座して死を待つのは性に合わない」

 彼がつえを振ると、パーティー全員の装備に魔術が付与された。攻撃力と防御力が三割増しで強化される。

 武器の代わりに巨大な盾を持った戦士グルタスが、一番前に出た。《遮断戦士ブロツカー》と呼ばれる職業クラスの仲間だ。

「よっしゃあ! やってやろうぜ! 俺たちが新時代の勇者様だ!」

「ああ、俺たちが、この街を守るんだ!」

 弓使いの男ユアンも気炎をあげた。

 エミールたちはれきを踏みしめ、城壁の外を眺める。

 まだ地面には熱が残り、革靴を履いていてすら、足の裏が焼けそうなほどだった。


 背後から、また別の集団が──

「ふむ……逃げない冒険者がいるとは……」

「む?」

 エミールは振り返る。

 現れたのは地方騎士たちだった。一〇〇人を超える。

 先頭に立っているのは、領主ガルフォードだ。

「ほう、君だったのか……名は、たしか……」

 二ヵ月ほど、エミールは彼から剣を教えてもらっていた。押しかけ弟子といった感じだったが。

「フッ……俺の名は──」

「エミール・ビュシェルベルジェールだったか。剣聖には会えたのかね?」

 ざわっ、と冒険者たちが騒然となった。

 ──名前を覚えている!?

 エミールは胸を張った。

「おうとも! 剣聖の本気の斬撃を、この身を以て教えてもらったぞ。おかげで、俺は生まれ変わった」

「ふむ……なんとか、数には入るか」

 地方騎士たちがたじろぎ、その列が左右に割れる。

 現れたのは、色香が漂ってきそうな美女だった。いろの髪を後ろでまとめ、真っ赤なよろいを身に着けている。

「どくがいい……の邪魔をするなら、その身ごと撃ち抜いてくれるぞ?」

 ファニス・ラムニテスだった。巨大な魔銃マギガンを構える。

 銃口がエミールのほうを向いた。

「な、なにする気だ!?

「どけと言った。もう、余の射程内だ」

「なに!?

 魔王軍が突撃してきている。まだ先頭の顔も判然としないような距離だが、彼女が言うのなら、事実なのだろう。

 ラムニテスの魔銃使いマギガンナーとしての腕は、知らぬ者がいないほど有名だった。

 エミールたちは彼女の前を開ける。

 引き金トリガーが絞られた。

 バスッ! バスッ! バスッ! と空気が抜けるような音が響く。

 いかに大型の魔銃とて、この距離から撃って、どれほどの威力があるのか──エミールは半信半疑だった。

 たとえ一撃必殺の威力だとしても、突撃してくる魔王軍は先陣でも二〇〇以上だ。一体や二体を倒したところで……

 爆発が起きた。

「なに!?

 城壁より高くまで黒煙があがる。

 何体もの魔族が、原形も留めずに打ち上がり、地面に落ちるより早く光の粒子となって消えた。

 それが、三ヵ所で。

 しばらくして、衝撃波がやってきた。それほど遠い。徒歩なら十分はかかりそうなほどの距離だった。

 仲間の冒険者たちも驚きの声をあげる。

「な、なんだ……今の!?」「ありえないだろ!?」「三〇匹くらい倒したんじゃないか!?

 エミールには銃弾が爆発したというより、地中で何かが爆発したように見えた。

「もしかして、何か仕掛けがあったのか?」

「ふふ……意外と察しがいいではないか。流石さすがはガルフォードきようが目を掛けている男だな」

 ラムニテスが魔銃マギガンを構えたまま、楽しげに笑った。

 ガルフォードが不本意そうに首を左右に振る。

「私は冒険者などに期待していない」

「毎日のように稽古をつけておったろう?」

「早朝訓練に割りこんできたので、たたしただけのこと」

「部下に命じず手ずから、わざわざ訓練用の鈍剣なまくらでか」

 三十歳も年上の男をからかいつつ、彼女は再び魔銃を撃ち放った。

 また爆発が起きる。

「エミールといったか……なんじの推察どおり、城門の西側には仕掛けをしておいた。理屈は魔銃の弾丸と同じよ」

 銃を構えたまま、ラムニテスが言った。

「そんなことができるのか!?

「いずれ、戦のさまは変わるであろうな。しかし、今はおどしよ」

 ガルフォードがうなずいた。

「魔王軍との戦いとは、つまるところ、魔王を倒せるかどうか……それに尽きる」

「フンッ……魔王軍とて、そう多くはない手勢を無駄に失いたくはなかろうて。この城が易く落ちぬとあらば、強者が出てくるはずよ」

 二人の言うとおりに、西門に向かってきていた魔族たちが止まる。

 静かになった。

 風の吹く音さえ聞こえそう。

 土を踏み、こちらに歩いてくる者がいた。



 最初はひとぞくの少女かと思ったが、背中にドラゴンのような翼がある。でかいせいりゆうとうを肩に担いでいた。

 頭には角があり、尻尾が左右に揺れている。

 そいつが、れきの山の前までやってきた。

 止まる。

 間合い二十歩といったところか。

「ふふーん♪ 大魔王砲で街ごと吹っ飛ばしちゃったかと思ったけど……意外としぶといわね。ご褒美に、たっぷり遊んでから殺してあげる!」

 甲高い少女のような声だった。

 エミールは問う。

「大魔王砲? それが、さっきのまぶしかったやつのことか?」

「そうよー。よく知らないけど、大魔王様がはこの中で長々と魔力をめ込むことで撃てるんだって。オウロウは《眼球の魔王》の能力とか言ってたわ。あ、いや、《手の魔王》のほうだったかな?」

《乱心の魔王モディナラーム》は他の魔王を吸収して、大魔王を名乗っていた。

 どうやら、先程の攻撃は、その吸収した別の魔王の能力らしい。

 わざわざ教えてくれるとは思わなかったが……

「大魔王ってのは、いくつの魔王を吸収したんだ?」

 ひの、ふの……と魔族の少女が指折り数える。

 しかし、両手でも足りなくなったらしい。

「…………い、いっぱい! そのうち三つは、このリョカが入手したの! スゴイでしょう!?

「少なくとも十以上か」

「褒美としてワタシは大魔王様から何回も力をもらったわ! もう魔王軍にすら全力で戦える相手がいなくなっちゃったくらい……オマエたちは、どうかしら!?

 リョカと名乗った魔族がニヤリと笑い、殺気をぶつけてきた。

 エミールは息をむ。

 背筋がゾクッと冷えた。

 付与魔術師エンチヤンターのエラストフが、ガクガクと震えて膝をつく。

「ううぅ……あ、あの魔族に斬られる自分の姿が、頭に浮かんで……」

「しっかりしろ!」

 エミールは彼の肩を支えた。

 ガルフォードが前に出て、淡々とした口調で魔族に尋ねる。

「今の話には不自然な点がある……十以上もの《魔王の欠片》を魔族たちが短期間に見つけたというのかね? 信じがたい」

 たしかに、疑問だった。

 リョカが面倒そうにしつつ、意外にも教えてくれる。

「見つけたのは大魔王様よ。魔王には別の魔王を感じ取る能力があるんだって。ふつーはひとぞくを滅ぼすのに必要ないから放っておくけど」

 エミールたちには驚きの情報だったが、ガルフォードは納得したようにうなずいた。

「全ての欠片を集めたのかね?」

「ううん。ひとぞくの領地にあるものは、まだ。それと、逃げたやつもいるし」

「逃げた……とは?」

「そんなヘマ、ワタシはしてないけどね! 覚醒が近くて、もう意識のある魔王が、吸収されたくなくて逃げたらしいわ」

「他にも魔王が……そいつは、どこに?」

 また彼女が答えようとしたとき、たたたたたたたと駆けてきた魔族がいた。

 尾が三本で、キツネの頭をしている。

 ひとぞくよりも大きな身体を丸め、長い口をリョカの耳元へ近づけた。

「リョカ様、リョカ様」

「ん?」

「オウロウ様から〝早く殺すのである〟とのご命令です。あと〝余計なことをしゃべるなである〟とも言ってました」

「ハァ? さっきは〝話を最後まで聞け〟って言ったくせに! アイツ、頭悪いんじゃないの!?

 リョカが唇をとがらせた。

 じろり、とエミールたちをにらんでくる。

「まぁ、いいわ。もともと、ワタシは早く戦いたかったし」

 リョカがせいりゆうとうを片手で振り回した。

 身長ほどもある鉄塊を小枝のように扱う──やはり、ひとぞくとはかけ離れたりよりよくの持ち主だ。

 先程までの雑談と同じような気負わない様子で、声をかけてくる。

「誰からやんのー? それとも、いっぺんに戦う? ワタシはどっちでもいいよ!」

 まるで街角で少女が友人とおしゃべりをしているような口調なのに、かつてないほどの威圧感があった。

 エミールは震える。

「くっ……やばいぞ……」

 のチュロンがうなずいた。

「たしかに、他の魔族たちとレベルが違うみたいだね」

「ああ、別格のかわいさだ。なにより、女性だ」

「ちょっ!? エミール、あれは魔族だよ!?

「だが女性だ」

「魔族に男も女もないよ!」

 ごちゃごちゃ言っていたら、ガルフォードが前に進み出た。

「援護を」

 ラムニテスが意外そうな顔をする。

「おや、よいのか? 一対一の勝負とか、そういう騎士道みたいなものに男はこだわるものだろう」

「……あれは、そのような甘い考えで勝てるような存在ではない」



 かつて西門がそびえていた場所の周りは、すっかり様変わりしていた。

 門の内側にあった広場は、大きくひび割れている。

 そこには、騎士団が配されていた。

 地方騎士はひとぞくとしては充分に鍛えられている者たちだが、名のある魔族や大型魔獣と戦うなら、戦力としては数えられない。

 彼らの前に魔銃マギガンを構えたラムニテスがいた。

 敵に狙いを定めている。

 エミールと仲間の冒険者たちは、元々門のあった場所にいた。

 足元はれきばかり。

 すぐ後ろにいるラムニテスを守りつつ、魔銃の射線は開けていた。

 そして、西門の前だ。

 大魔王砲により、でかい穴が空いていた。その穴に西門だった瓦礫が崩れ落ちており、かつて美しく整備された城門や街道があったことなど面影もない。

 その壊滅の中心地のような場所が、ガルフォードの戦場となっていた。

 腰の剣に手を掛け、まだ抜いていない。

「…………」

 間合いは十歩ほど。

 たいするリョカが目を細めた。

「ふぅん、少しは楽しめそうね♪」

「……共感できんな……私は、戦いを楽しいと思ったことなど、ない」

「それは弱いからじゃない? ワタシをがっかりさせないでよ!?

 威勢よく言い放つと、リョカが地面を蹴った。

 突進。

 しかし、想像していたより速くない。

 エミールは思う。

 ──もしかしたら、俺は修行しすぎてしまったかな?

 ガルフォードが一対一では勝てないと断言するほどの魔族が、そう速く感じられないなんて。

 リョカがせいりゆうとうを振る。

「おりゃ!」

 まだ遠いはず。

 ところが、刃が光を放った。

 一歩ほど遠い距離から、斬撃が届く。意表を突かれた!?

 ガルフォードがれつぱくの気合い。

「ゼッ!!

 剣を抜いた。

 エミールは目をみはる。

 以前、自分に稽古をつけていたときとは、別次元の速さだった。

 ──手加減されているだろうとは思っていたが、ここまで速かったとは!

 ガルフォードの剣が、リョカの飛ばした斬撃を打ち消す。

 ドンッ! と空気が震えた。

 即座に、もう一撃。

 エミールでさえ目で追うのがやっと、というほど素早いガルフォードの二連撃だった。

 リョカの右手の甲から鮮血が舞う。

 彼女が目を丸くした。

「ワタシが、斬られたの!?

「む……」

 ガルフォードが剣に目を落とす。

 刃の先が欠けていた。

 リョカの傷が、スルッと消えてしまう。

「うふふふ……やるじゃない。もうちょっと速くしてあげる!」

 再び攻撃してくる。

 最初よりも明らかに速い斬撃だった。

 踏みこんできて、今度こそ青龍刀の刃が届く間合い。

 ガルフォードが剣で受け流した。

「ッ…………せえいッ!!

 受ける動きから、円を描くようによどみなく斬りつける。

 リョカの上腕をたたき斬った。

 かなり深い傷を与えたが、斬り落とすまでには至らなかったか。彼女の左腕が、だらんと落ちる。

「なんで!? ワタシのほうが速いのに!?

 技術の差だった。身体能力はリョカという魔族のほうが上のようだが、剣技に圧倒的な違いがある。

 ガルフォードの剣技は攻防一体というか、防御から攻撃への区切りがなかった。防いだと思ったら、水が低きへ流れるような自然さで反撃まで終えている。いかめしい顔に似合わない、美しい剣術だった。

 しかし、完全に骨まで断ったはずのリョカの左腕が、瞬く間に元へ戻ってしまう。

 ──不死身か?

 リョカが口元をほころばせた。

「雑魚じゃないみたいね! これぞ、戦いよ!」

 また斬りつけてきた。

 先程の反撃を偶然だとでも思ったのか? 同じような攻撃だった。

 また受け流し、今度の反撃はリョカの左肩を斬る。

 さらに、魔族が加速する。

 合わせるように、ガルフォードの剣の振りも速くなった。

 けんげきでは、金属と金属のぶつかる音が何度もあがるものだ。

 しかし、この両者の戦いは、別次元だった。

 一撃一撃が、重い。

 キン、キン……といった軽い音ではなく、ガッ、ゴッ……と重い音がして、そのたびにガルフォードの剣が欠けた。

 リョカの振るうせいりゆうとうは魔術付与されているのか、曇り一つない。

 剣技では勝っているが、武器の差で負けそうだ。何か手はないのか?

 急にリョカが間合いを取った。

「ちっ……」

「む?」

 ガルフォードは慎重に身構えたまま、追わない。

 リョカが青龍刀をだらりと下げた。

「やめた」

「ほう……帰ってくれるのなら、ひとぞくとしては引き留める理由はないな」

「オマエ、本気で戦ってないでしょう?」

「なぜ、そう思ったのかね?」

「ワタシに合わせて、ぎりぎりの速さにしてる。隙を見せても、斬ってこないし」

「……私は慎重派でね。あからさまな隙はわなだと思っている」

「あ、そ……じゃ、本気にさせてあげるわ」

 リョカが視線をガルフォードの背後へと向けた。

 エミールたちをにらみつけてくる。

 ──な、なんだ!?

 当然、気は抜いていない。

 充分に警戒していた。そのはずだ。

 リョカの瞳が怪しく輝いた。

 ラムニテスが叫ぶ。

けろーッ!!

「ガッ!?

 付与魔術師エンチヤンターのエラストフが血を吐いた。

 左胸に穴が空いている。

 そこからも、真っ赤な血が噴き出していた。仰向けに倒れこむ。

 傍らにエミールは膝をついた。

「エラストフ!」

 力の限り名を呼ぶ。

 ごぼっ、と彼の口から、言葉ではなく血がこぼれた。

「……ッ」

「エ、エラストフ……ッ!!

 のチュロンがつえを掲げる。

 神へのとうささげた。

 ほのかな光が、エラストフを包みこむ。

「…………」

「神よ! お慈悲を……ッ!!

「……」

「傷を癒したまえ、神よ! 神よ!」

 懸命な治癒術。

 しかし、エラストフは動かない。呼吸すら、戻らなかった。

 ガックリ、とチュロンが崩れ落ちる。

「ううぅ……くっ……」

「し、死んだ……!?

 エミールは自分の声が、まるで他人が発した言葉のように聞こえた。

 仲間が死んだ。

 リョカが唇をゆがめた。

「どう? 本気でやらないなら、一人ずつ減らしていくわ。ひとぞくって仲間が死ぬのが嫌なんでしょう?」

 ガルフォードがうめく。

「馬鹿な真似を……」

 エミールは駆け出していた。



「貴様ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーッ!!

 エミールの血が沸騰する。

 大剣を振り上げ、リョカへと駆けた。

 ラムニテスが舌打ちし、魔銃マギガンを発砲する。

「バカめが……ッ」

 ガンッ、とリョカが大きくのけぞった。

「あうっ!?

 当たった! 回避しなかったのか!? それとも、反応できなかったのか!?

 油断!?

 いずれにしても、好機!

 エミールは突っこむ。

「《ソードスマイトⅢ》ッ!!

 突撃系の武技で一気に間合いを詰めた。

 ガルフォードが叫ぶ。

かつに近付くな!」

 そう言われても、エミールの思考は怒りに満ちていた。

 構えの崩れているリョカだったが、片腕一本でせいりゆうとうを振り回す。

 勢いよく突っこんだところへ、重ねられた。

 巨大な刃が、エミールの眼前に迫る。

「てやぁ!」

 青龍刀を大剣で弾く。

 突進直後のよこなぎを中断して、別の技へとつなげた。

「《クアドスラッシュ》ッ!!

 これが使えれば戦士としてはレベル80──とわれている武技だ。ほぼ同時に四連撃を繰り出す。

 大剣を軽々と扱える《怪力戦士》ならではの攻撃だった。

 一発目は防がれるが、残りがリョカの胴をえぐる。

 吹っ飛ばした。

「くはっ!? 雑魚のくせに、生意気な……!!

「まだまだ!」

 長く苦しい修行の成果だ。

 このリョカは、以前にファルトラ市で暴れた魔族グレゴールよりも、はるかに強いだろう。その強敵を斬り合いで押しこんでいる。

 エラストフの付与魔術エンチヤントのおかげでもあった。

 魔術付与されたエミールの大剣は、魔族のせいりゆうとうと真正面からぶつかっても砕けず、リョカの頑強な肉体を斬っても刃こぼれ一つ無い。

 ──かたきは、取る!!

 大剣を魔族の脇腹へとたたきつける。

 相手の身体が、変な角度で曲がった。ひとぞくなら真っ二つだったかもしれない。

 ──勝てる!

 エミールは大剣を真上へと掲げるように構えた。

《アルプスフォールⅢ》

 威力は大きいが、溜めが長い。普通に繰り出したら、先に斬られるのがオチだろう。

 かつて、ディアヴロと戦ったときも、武技の発動前に殴りつけられ、壁まで吹っ飛ばされた。

 それでも、この使えないと評価されている武技が、自分には最も合っている──とエミールは確信している。

 だから、《瞬発》の特技まで会得した。武技の溜めを短縮できる。これなら、ダメージを与えてひるませた相手に、《アルプスフォール》が間に合う。

「くぅらえぇぇぇ──────ッ!!

 リョカの顔が、視界に入った。

 角がある。ドラゴンのような翼も尻尾もある。ひとぞくも殺した。魔族だ。

 しかし、その顔は、女性だった。


 ──俺の名はエミール・ビュシェルベルジェール。全ての女性の守護者である!


「くっ!!

 自分でも意識しないような、瞬間的なちゆうちよ

 リョカが牙を見せた。

きようめだわ、雑魚が!」

 その頭に振り下ろした大剣が──

 彼女のせいりゆうとうによって、砕かれた。

「なに!?

 相手の刃から、真っ黒な炎としか形容できないオーラが放たれている。

 いくつも攻撃を浴びながら、リョカは奥の手を隠していたのか。手加減をしていたのか。

 大剣を失ったエミールに、しつこくの炎をまとった青龍刀が襲いかかる。

「二匹目ぇ!」

「エミィィィルッ!!

 間に割りこんできた者がいた。

 巨大な盾で、魔族の青龍刀を受け止める。

 いや、受け止めようとした。

「ゴボッ!?

 遮断戦士ブロツカーのグルタスが、その盾ごと、胴体を真っ二つにされる。エミールの視界が、真っ赤になった。

「グル……ッ……!?

 しかも、肉厚の盾と巨漢一人を斬ってなお、リョカの一撃の威力は減じない。

 エミールのよろいが裂かれていた。

 胸に焼けた鉄を押しつけられたかのよう。〝痛い〟ではなく〝熱い〟と感じた。

「があああぁぁぁぁぁぁ!?

 地面に倒れ伏す。

 痛みで、身体に力が入らない。

 リョカが虫を見るような目で見下ろしていた。

「二匹目は、別の雑魚になっちゃったわね。まぁ、いいわ……ねぇ、オマエ? そろそろ本気で戦う気になったかしら?」

 もうエミールのことは見ていない。

 彼女の関心はガルフォードへと戻っていた。

 問われ、ため息をつく。

「……命令に従わず、勢い任せに挑んで、戦線離脱か……やはり、冒険者など戦力に数えるのは無駄だった。時間稼ぎにも意味はなかったな」

 時間稼ぎ。

 ガルフォードは待っていたのか……

 この絶望的な戦況を覆せる者を。

 しかし、そんなあやふやな期待は、もう捨てる──そう彼は口にした。

 ぼろぼろの長剣が、その手から落ちる。

「魔王と戦うまで、使わないつもりだったのだがね」



 リョカが首をかしげた。

「なんなの? 武器を捨てて……まさか、降参する気? 言っておくけど、オマエたちは皆殺しにするわよ?」

「そうだろうとも。私からも言っておこう……君たち魔族に、慈悲はかけない」

 ガルフォードは剣を持っていない。それにもかかわらず、腰に剣を提げているかのように構えた。

 ますます、リョカがげんな顔をする。

「ハッタリ……じゃなさそうね」

 身じろぎもしないガルフォードの額から、だらりと汗がこぼれた。

 心拍数が上がる。

 フッ、フッ、と短い呼吸を繰り返した。

 身構えたまま、筋肉が膨れあがる。

 武技の根源となるのは、体内を巡るだとわれていた。内的に使えば、身体能力の限界を引き上げる武技になる。

 極めれば、それとは別の使い方も存在した。

「はああああああッ!!

 を外的に集中させ、具現化する。

 ゆっくりと引き抜く動作。

 ガルフォードの手に、輝く剣が出現した。

《光の剣》

 リョカが唇の両端を耳までげて、満面の笑みを浮かべる。

「やっと、本気か。グズめ、うっかり殺してしまうところだったじゃないの」

 彼女が地面を蹴る。

 今までより、明らかに速い。

 エミールは手加減されていたのだ、と知る。それですら、仲間を斬られ、自分も斬られ、地面に倒れ伏していた。

 怪物だ。

 リョカは他の魔族と、格が違う。

 いくらガルフォードが大戦の英雄で、奥の手を出そうとも、あんな怪物にひとぞくが抗うことなどできるはずがない──そうエミールは思った。

 先に、リョカが斬りかかる。

「本気とやらを見せてみなさいよ! 笑ってあげるわ、ヒューマン!」

「せいっ!」

 斬撃に対し、ガルフォードは身を捻りつつ、輝く剣で受けた。

 なんと、光の剣が砕け散る。

 輝く破片と化した。

 リョカが変な笑い声をあげる。

「ひゃはっ!」

ザン!!

 ガルフォードがからの左手を振った。同時に、その左手側に、二本目の《光の剣》が発生している。

 鮮血が飛び散った。

 リョカの両手が切断される。

「なっ!? なんで……ッ!?

 彼女のせいりゆうとうが、二つの手首ごと地面へ落ちた。

 血走った目でガルフォードがにらみつける。

「逃がさんッ!!

 叫んだときには、もう左手に持った剣を振り抜いていた。


 リョカの首が落ちる。


 高く飛んで、ぼとりと地面に転がった。

 生首になったリョカが、両目を眼球がこぼれそうなほど大きく開ける。

「ばかなっ!? ワタシが……!?

 首だけで声をあげる姿は、まさに人ならざる者だった。

 今度は、ガルフォードが見下ろす。

「どうしたのかね? 笑いたまえ……戦いは、楽しいのだろう?」

「ギッ……オマエ……!!

「君は傷を負っても瞬時に癒えるから、恐怖心も警戒心もなく防御に意識が向いていなかった。そのせいで、武器を失ったのだ」

「剣が二本! だまちじゃない、きようもの!」

「卑怯か……最高の褒め言葉だな」

「そんな勝ち方して、楽しいわけ!?

「先程も言ったとおり──私は、戦いを楽しいと思ったことなど、ない」

 リョカの頭に、ガルフォードは《光の剣》をたたきつけた。



 魔族の司祭ラズプーラスは、巨大魔獣の背に乗って、戦況を眺めている。

 最初に乗っていたものは、大魔王砲により光の粒子と化していた。今は別のグランドタートルの上だ。

 隣には《魔獣使い》のマヌエラ。

 そして、魔王軍の大将軍たるオウロウがいた。

「さすがは、輝く剣の英雄チェスター・レイ・ガルフォードなのである。限界まで強化したリョカが敗れるとは……」

 驚いた様子ではあるが、これは計算の内だったのだろう──とラズプーラスは思う。

 大将軍はリョカを目障りに感じている様子だった。若くて奔放な彼女は、たびたび命令を無視していたからだ。

 元エデルガルト派の魔族たちが、あからさまにリョカを担ぎ上げようとする動きもあった。

 オウロウは魔王軍における己の地位を盤石にするため、才能の芽を摘んでおきたかったはず。

 おそらく、リョカの敗戦を予想しながら、単身で戦わせたのだ。

 このろうかいな魔族は、抜け目のない策士か? あるいは、保身に走る小物か? 評価は分かれるところだが……

 いずれにしても、今の魔王軍はオウロウの指揮なくして成立しなかった。彼の統率力と決断力は、絶対に必要だ。

 ラズプーラスは地面に落ちているはこに視線を向けた。

 ──なぜなら、大魔王モディナラーム様は、もはや王とは呼べぬさまだからな。

「オウロウ大将軍、匣を閉じませんと」

「もう遅い」

「なんですと!?

「どうやら、大魔王様は戦いに関心を持たれたようだ」

「そ、それは……大丈夫なのでしょうか? また街を消滅させてしまうのでは……」

 ラズプーラスは懸念を口にした。

 かつてない規模となった今の魔王軍を維持するには、それなりの食料が必要だ。兵糧などない。

 ひとぞくの街から奪う必要があった。

 オウロウが首をぐるん、と横に回す。

「この城塞都市ファルトラを抜けば、背後の拠点は多くが無防備なのである。大魔王様に御力を見せていただくところである」

「なるほど……」

「大魔王様の戦意をあおったのは、敵の失策。愚かである。ひとぞくの抗い過ぎが招いた末路なのである」

「……」

 それも計算の内だろう、と思われた。

 リョカを倒させ、その戦いを見せることで大魔王様を駆り立てる。

 ファルトラ市を焦土と化して、リフェリア王国の西側をことごとく制圧する算段か。

 抜け目ない。

 ラズプーラスはファルトラ市を眺めた。

「大魔王様と相対することになるとは……私は魔族ですが、ひとぞくれんびんの情を抱きますな」

「司祭は甘すぎるのである!」

 そうかもしれない。

 しかし、あわれんでしまうほど、大魔王様の力は圧倒的なのだった。