第一章 魔王軍、襲来


「俺様の名はエミール・ビュシェルベルジェール! レベル99を誇るファルトラ最強の《怪力戦士》である!」

 堂々たる名乗りを上げた。

 男は金色の全身よろいに身を包んだ戦士だ。ヒューマンにもかかわらずひようじんぞくの男性のようなきよで、背中には真っ赤な大剣を背負っていた。

 東方の街から城塞都市ファルトラへと向かう街道の途中。

 馬車が横倒しにされている。

 その中から、商人らしき格好をしたひげづらの男がい出てきた。壮年のドワーフか。

「冒険者……!? お、お助けを!」

「困っているようだな」

 エミールは視線を敵へと向ける。馬車が横倒しになっているのは、このモンスターにやられたせいだろう。

 しつこくの巨鳥《ジャイアントクロウ》が、馬車を踏みつけていた。

 カラスのような外見だが、ひとぞくすらまるみにしそうなほどの巨体だ。鋭いくちばしは長剣よりも長い。

 魔に属する獣──魔獣だった。

 西方で魔王が復活したといううわさが流れている。世間では〝魔王が復活すると魔獣が増える〟とわれていた。

 山野の獣より、はるかに強くて戦意旺盛で危険なモンスターだ。

 ドワーフの男が叫ぶ。

「なんとかしてくだされ、戦士殿! まだ馬車の中に、娘がいるんです!」

「娘だと!?

 エミールは目を見開いた。

 背負っていた巨大な剣を引き抜く。

 刃に宿った魔力が炎となって、周囲をあぶった。

 大上段に剣を構える。

「俺は女性が大好きなのだ!」

「……!?

 ドワーフの男が〝変なヤツに助けを求めてしまった〟という後悔を顔に浮かべた。

 しかし、エミールは気にしない。

「もう一度言う! 俺は女性が大好きなのだ! このエミール・ビュシェルベルジェールは全ての女性の守護者である!」

 誰にげんな顔をされようと、全く構わなかった。そんなことは、女性を守るという大義の前には、さいなことだ。

 エミールはジャイアントクロウへと突っこんでいく。

「行くぞ、鳥めがッ!!

 相手は翼を広げ、羽ばたいた。馬車から足を浮かせる。

 ──逃げるか!?

 そうではなかった。

 一度、高く飛び上がって、空から突っこんでくる。ひとぞくの技の多くは、地上にいる敵を想定したものだ。空へは攻撃しにくい。

 しかも、ジャイアントクロウが降下する勢いが加えられ、攻撃の威力は巨人のつちにも匹敵する。

 グワッとモンスターがくちばしを開いた。

「ガァァァァッ!!

「遅い!」

 エミールは跳ぶ。

 彼は全身板金よろいを着ており、その重さは自身と同じくらい。常人なら立ち上がることも難しく、鍛えあげた戦士でさえ走るのがやっとだろう。

 しかし、エミールは跳躍した。

 迫ってきたジャイアントクロウの頭上まで。

 ウサギのように俊敏な動きを特徴とするグラスウォーカーでも、ここまでは軽快ではあるまいというほどだった。

「せいやぁッ!!

 燃える大剣をたたきつける。

 まさか上から攻撃されるとは思っていなかったのか、ジャイアントクロウはきようがくして動きを止めていた。

 骨を砕く音があがる。

 魔獣の頭が真っ二つに裂ける。

 生きている獣ならば鮮血をまき散らしているだろうが、ジャイアントクロウは魔獣だ。死んだときには、光の粒子へ変わる。

 エミールの一撃が巨大な魔獣を消滅させた。

 ダンッ、と彼は地面に着地する。

 にやりと口元をゆがめた。

「フッ……また、俺の強さで、女性をとりこにしてしまったかな?」

 エミールは振り返る。

 横倒しになった馬車のところに、ドワーフの男と、その娘が感謝の眼差しを向けて──

 いない。

 誰もいなかった。

 念のため、馬車の中を確かめてみるが、積み荷こそ残っているものの、猫の子一匹いない。

 戦っている間にいなくなったということか。

「…………」

 フッ、とエミールは口元を緩めた。

 前髪をパッとげる。

「やれやれ、恥ずかしがり屋な娘さんだな。れた男と、顔も合わせられないなんて」

 エミールは圧倒的にポジティブだった。


 正午の鐘が鳴らされる頃──

 ようやく、エミールはファルトラ市の城門をくぐる。

 物々しい様子だった。

 いつもなら、大通りには露天商が並び、買い物客でにぎわっている。

 しかし、今は出歩く住人の姿がほとんどない。

 大半の店が閉まっており、わずかに宿屋や武器屋などが営業しているだけだった。

 兵士だけは多い。

 道のあちこちによろいを着た重装備の兵士たちがいた。

 ジロリとにらまれるが、エミールは気安く片手を挙げて挨拶する。

「よお、今日は何の祭りだい?」

「エミール!? 生きてたのか、この野郎! 久しぶりだなあ!」

 兵士たちが数人、集まってきた。

 ファルトラ市において、エミールは有名人だ。冒険者ではあるが、頼りになる戦士として、兵士からも信頼されている。

 友人も多かった。

「生きてたか、だって? 当然だろう、俺様はエミール・ビュシェルベルジェール! この世界に守るべき女性がいるかぎり、倒れることはない!」

「相変わらずだなあ……しかし、そんなお前だからこそ、こんなときに帰ってきてくれたんだろうな」

 兵たちは旧知の相手との再会に喜んでいるが、その表情には悲壮感がある。

 それほど状況は悪いのか。

「西は、どうなってる?」

「ウルグきようさいの放棄が決まった。もう《ひとくいの森》に魔王軍が現れているらしい。かなりの数ってうわさだぞ。大型の魔獣もいるんだとか」

「ほう……腕が鳴るな」

 エミールの言葉に、兵士たちが顔を見合わせた。

「お前の、底抜けの前向きさが羨ましいよ。今回ばかりは、ファルトラもダメかもしれないのに」

 深刻そうに別の兵士がうなずく。

「いくら魔族を通さない結界があっても……何年も街の内側だけで生きていけるわけじゃないからな」

 エミールは彼らの肩に手を置いた。

「大丈夫だ!」

「え? お前、何か秘策があるのか? それとも、王都から援軍が来るとか!?

「秘策などない。それに、援軍なんて来ないだろう。魔王が復活したというのに王都の守りを減らしたりはしないさ、あのリフェリア王はな」

「ぜんぜん大丈夫なんかじゃ……」

「でも、大丈夫だ! 俺を信じろ!」

「なに?」

「女性のついでに、お前たちも絶対に守る! だから、お前たちは、お前たちの剣が届くところで、女性を守ってくれ!」

 やれやれ、と兵士たちが苦笑した。

「はは……ついでかよ。まぁ、エミールを見てると深刻に落ちこんでるのがバカバカしくなってくるな」

「落ちこむなんてバカバカしいさ。だが、これだけは間違いのない事実だ……俺たちは、全ての女性の守護者である!」

「おう、そうだな!」

 兵士がうなずいた。

 もう一人の兵士が気炎をあげる。

「チクショウ! やってやろうぜ!」

 その勢いが、周りにも広がっていくのだった。



 同日、十一時──

 友人のマッサが蚊の鳴くような声を出す。

「……なぁ、ボリス? こんな場所で、大丈夫かなぁ?」

「たぶん。それより、絶対に頭を高く上げないように。あと、頼むから何が起きても声をあげないでくれよ?」

「わかってる……馬だって、とびっきり大人しい二頭を選んできたよ」

 馬は自分たちから少し離れた場所につないである。古い納屋の陰で、川の向こう側からは見えない位置だった。

 ボリスたちは地面にいつくばって、身を隠している。

 ウルグきようさい──

 そこの守備隊に所属するボリスは、志願して偵察に残っていた。それなら自分も、とおさなみのマッサも残った。

 他の者たちは撤退している。

 ボリスたちの役目は、魔王軍の陣容と動向をつかむことだった。

 街まで攻めてこられたら戦うしかないとはいえ、敵の数や主戦力を知っておけば、何らかの対策が……それは無理でも、心の準備はできる。

 魔王軍の動向を摑めれば、兵たちは今来るか今来るかと神経をらして待つ必要がない。

 情報は貴重だった。

 ただし、目で見える距離まで魔王軍に近付くことになる。極めて危険な任務だった。

「来た!」

 叫びかけたマッサの口を、ボリスは片手で塞ぐ。

 鼻に指が当たり、彼が涙目になるが、それどころではなかった。

 目をみはる。

 ──魔王軍!!

 川の向こうに姿を現したのは、間違いなく魔王の軍勢だった。まず巨大な魔獣の姿が見えた。

 亀の形をした《グランドタートル》だ。

 まるで動く城のよう。

 背中に、異形の魔族たちが乗っている。

 その周りにも、歩いている魔族たちの姿があった。あまりに大きなグランドタートルに比べて小さく見えるが……

 魔族はひとぞくより倍以上も大きい。

 他に、中型以下の魔獣などもいる。

 それらは隊列というほど整然としておらず、気の向くまま一緒に歩いているといった雰囲気だった。

 ボリスは心の中でつぶやく。

 ──なんだ、あの四角いのは? はこ

 先頭のグランドタートルの甲羅に、真四角の六面ダイスのような匣が縛り付けられていた。

 船をくような鎖が束で使われている。

 匣の色は黒。

 表面に、見ているだけで胃がけいれんしてくるような不快感のある模様が刻まれていた。

 魔族たちの異形にも、生理的な嫌悪感をいだくが、それを何倍も濃くしたような……

 ボリスの隣で、マッサが震える。

「ううぅ……吐きそう……」

「見ないほうがいい」

「……もう……充分だよ……帰ろう、ボリス」

「いや、まだだ。顔を伏せて、故郷のカノジョのことでも考えてろ」

「…………そんなのいないよ」

「すまん。母親のことでも考えててくれ」

 ボリスは隊長から預かった貴重な望遠鏡をのぞきこんだ。

 先頭の匣の前に、何者かがいる。

 指揮官か?

 だとすると、あれが《大魔王モディナラーム》なのか?

 ──フクロウみたいだな?



 グランドタートルの背中に、匣が載せられている。

 分厚い甲羅をまるで船の甲板のように扱い、太いくいが突き立てられていた。杭の先から鎖が伸ばされ、その匣を固定していた。

 ゆっくりではあるが、グランドタートルの歩みにより、ぎしぎしときしんでいる。

 匣の大きさは、貴族の屋敷が丸ごと入ってしまいそうなほどだった。グランドタートルが動く城だとすれば、匣は本丸といったところか。

 匣の前に、フクロウの頭を持つ魔族が立っていた。身体にはひとぞくのような手足があり、筋肉の塊だった。

「見えてきたのである! とうとう、ひとぞくどもの領地が……!!

 他にも魔族がいて、こちらは膝をついている。

 ゆるい布をまとい、金のしゆうが施された縦長の帽子をかぶっていた。ただし、顔はカエルに似ている。

 屈強なたいの者が多い魔族にしては珍しく、腹が出ており、いかにも重そうだった。

「オウロウ大将軍、ウルグきようさいです。ひとぞくの軍隊がおるやもしれませんが?」

 問われ、フクロウ頭の魔族は片手を突き出し、命令する。

「このまま前進あるのみ! 粉砕である! 全てのひとぞくおうさつこそが、大魔王モディナラーム様のなのであるッ!!

ぎよのままに……」

 カエル頭の魔族は、丸い身体を窮屈そうに丸めて、低頭した。

 魔族の司祭ラズプーラスという。

 かつては、竜眼の魔族エデルガルトに助言を与えていたが、彼女の失脚により立場を変えた。

 今はオウロウの参謀だ。

 ラズプーラスが傍らにいる少女──マヌエラに目を向ける。

 この少女は、オウロウたち他の魔族に比べると半分の背丈しかなく、ひとぞくと同じくらいの大きさだった。

 手足も胴体も細く、触れたら折れてしまいそうなほどきやしやだ。骸骨のよう。

 マヌエラはりよりよくに乏しいが、優秀な《魔獣使い》だった。

 彼女もまた、仕えるあるじを変えた魔族だ。元は、バナクネスという吸血鬼タイプの魔族の幕僚で、妻でもあった。

 バナクネスは大将軍の地位にあったが……魔族の価値観でいえば〝情けないことに〟ひとぞくの魔術師に倒されたらしい。

 今は彼女もオウロウの配下となり、ラズプーラスと共に軍団を支えている。

 マヌエラの魔術のおかげで、本来は魔王にさえ従わない魔獣たちを自在に操れているのだった。

 オウロウがじゆのごとくつぶやく。

「忌々しいのである……あの、ちっぽけなとりでを越えることが、なんと我々の悲願となっていたのだから」

 ラズプーラスが石橋に視線を向けた。

「あの橋、一度は半壊したのだとか」

「ウム……エデルガルトがひとぞくの魔術師と戦ったとき、やつは《ホワイトノヴァ》を唱えたというのである」

「私も聞き及びましたが……信じられぬ気持ちです。ひとぞくごときが、あの超高等魔術を」

 オウロウが顔にしわを寄せる。

「なお忌々しい。だが、やつの名は《ディアヴロ》……の魔術師であれば、もありなん」

 傍らで黙々と魔獣を操っていたマヌエラが、唐突に金切り声をあげる。

「ディアヴロ……ッ!? あああぁぁぁぁ! ディアヴロォ!!

 そういえば、彼女のあるじを殺したのも、その者だったか。

 ラズプーラスは声をかける。

「落ち着きなさい。魔術に集中して……大丈夫だ、大魔王モディナラーム様が全て滅ぼしてくださる」

「フゥー……フゥー……フゥー……」

 カチカチ、と歯を鳴らしながら、マヌエラがうなずく。

 今までとは違う。

 負けるはずがない。

 八頭のグランドタートルを擁して、一〇〇〇の魔族と魔獣を率いて、全てが大魔王様から力を与えられている。

 川を渡った。

 この程度の川など、グランドタートルの進行を阻む障害とはならない。石橋も建造物も関係なく、まるで荒野を行くがごとくだった。

 ウルグきようさいを押し潰す。

 ごうおんをたてて、とりでれきに変わった。

 にんまり、とオウロウが笑顔を浮かべる。

「ククククク……圧倒的なのである、我が軍は!」


 ぴゅう、と風を切る音がした。

 ばっさばっさとドラゴンのものに似た翼を動かし、また別の魔族が降りてくる。

 すらりとした少女だった。

 胸元からヘソまで開いたチャイナドレス風の衣装に身を包んでおり、長い髪を後ろで結っている。

 腰に大きなせいりゆうとうるしていた。

「今、潰したの、ひとぞくの砦でしょ!? ひとぞくはどこ!? 戦いは!?

 その美しい少女の尻からは、うろこに覆われた尻尾が伸びており、ばたばたうれしそうに左右へ揺れている。

 オウロウが首をぐるんと真横まで回転させた。

ひとぞくの気配がせぬ。からじろなのである」

「ハァ? なにそれ!?

「我が軍の侵攻に気付いて、ひとぞくどもは放棄したのであろう」

「じゃあ、たんなる石コロってこと? ムカつく!」

 怒気を隠さない少女を、ラズプーラスはいさめる。

「リョカ殿も、落ち着きなされ……大魔王モディナラーム様の御前ですぞ?」

「むむっ……わ、わかってるわよ。でも、いつ戦えるの!? このドンカメ、もっと速くなんないわけ? 待ちくたびれちゃったんだけどー!!

「……ドンカメ?」

 むっ、とした表情をマヌエラが浮かべた。《魔獣使い》は魔獣に愛着を持っている。

 リョカは武器を使う魔族らしく、武器だけに愛着を注いでいる。

 そして、魔族とはがんらい好戦的で群れないものだった。

 どう仲裁しようか、とラズプーラスが頭を悩ませていたら──リョカがギロリッと前方をにらみつける。

 街道を一頭の馬が逃げていく。背に兵士が一人。

ひとぞく!?

 言うやいなや、参謀のラズプーラスどころか、大将軍であるオウロウの言葉すら待たず、彼女は矢のように飛んでいってしまった。

 ラズプーラスはその先を目で追う。

「……おとりですかな」

 街道を駆けていく馬に、リョカが追いついた。

 せいりゆうとうを振る。

 斬撃は兵士ごと馬の胴体まで両断して、地面すらも大きく斬り裂く。鮮血と内臓がぶちまけられた。



《安心亭・夕暮れ店》

 ガラン、と誰も客のいない食堂をせっせとモップがけしているのは、店の従業員メイだった。

 もう十二時だ。いつもなら、客でにぎわっている時間なのに。

「ふぅ……」

 茶色い髪を肩の高さでそろえたひようじんぞくの少女で、浮かない表情をしている。

 玄関ドアが押し開けられ、取り付けてあるベルが鳴った。

 メイが瞬時に満面の笑みになって迎える。

「安心亭にようこそにゃ~! 宿屋の看板娘アイドル、メイちゃんだよ☆」

「あはは……ごめん」

 苦笑いしつつ入ってきたのは、冒険者協会会長ギルドマスターのシルヴィだった。

 やたら布の少ない服を着ている。子供のように見えるが、それは成長しても容姿の変わらないグラスウォーカーという種族だからで、実際には大ベテランの冒険者だった。

 メイが半眼になる。

「なんだ、客じゃないのか」

「一応、これでもだからね。街に異常がないか、見て回ってるんだよ」

 言い訳がましいシルヴィに、メイは肩をすくめる。

「ディアヴロさんたちなら、まだ帰ってないよ」

「そっかー」

 ときどき、彼女は見回りと称して、ここ安心亭を訪ねてきていた。

 常連客である魔術師が、とんでもなく強いらしいという話は聞いている。メイは彼らが戦っているところを見たことはないが、うわさは入ってくるものだ。

 たずねる。

「街、そんなに危ないの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけどねー」

 シルヴィは明るく返してきたが、余計に不安になった。

「頼る必要ないのに、何度も様子を見に来たりしないでしょ……」

「ははは……本当に大丈夫だよ。ファルトラ市には魔除けの結界があるからね。魔族や魔獣どころか、魔王だって入ってこれない」

 城塞都市ファルトラの周囲には、立派な石造りの壁がある。

 石壁に塔が何本もあり、それらが結界の増幅装置となっていた。結界そのものは、魔術師協会のおさセレスティーヌ・ボードレールの魔力により造られているという。

 セレスが街にいるかぎり、魔術師協会の塔から結界は発生し、城壁で増幅され──魔に属する者たちは、ファルトラ市に入ってこられないのだった。

 そう知っていても、メイの不安は消えない。

「兵隊は戦うんでしょ?」

「ボクは軍隊のことはわからないなー。ファルトラ市の駐留軍は、領主の私兵みたいなものだからね。ガルフォードさんが決めると思うよ」

「じゃあ、冒険者たちは?」

「気合い入ってるよ。みんなで街を守るから、安心しててね!」

 むー……とメイは唇をとがらせた。

「冒険者の人たちにも顔見知りが多いから、心配にゃ」

「ありがとう。でも、魔王からひとぞくを守るのが、冒険者たちの役目だからね」

 そろそろ、次へ行かないと──とシルヴィはきびすを返す。

 ドアを引き開けた。

 念を押すように、シルヴィが言う。

「ディアヴロさんが戻ってきたら、冒険者協会ギルドに来てくれるよう、伝えておいて」

「わかってる。でもぉ、タダとは言わないのにゃ?」

「えー?」

 ぴん、とメイは指を立てる。

「魔王を追い払ったあと、みんなで安心亭の絶品ソーセージを食べに来ること!」

「……ふふ……約束するよ。それじゃ」

 シルヴィが出て行き、ドアが閉じられ、また店内が静かになった。



 城塞都市ファルトラの西門──

「開門! 開門だ!」

 馬にまたがった男が、城壁の上に向かって叫んだ。

 若いヒューマンの男で、よろいも着けず、帯剣もしておらず、兵士には見えない。

 それでも、門番は彼の顔に見覚えがあった。

「ボリスだ! 開けてやれ!」

 すぐ開門の命令が伝えられる。

 橋の奥にある城門には、鉄の扉がついており、それが鎖を巻き上げることで引き開けられる。

 一頭の馬と、ボリス。

 そして、馬の背に、もう一人。

 ぐったりした様子のマッサの姿もあった。

 城内に入ると、兵士たちが駆け寄ってくる。

「よく戻ったな! どうだった!?

「魔王軍を見ました!」

 おおおっ! と周りから驚きの声があがった。

「よくぞ、無事で戻った」

「いえ……おとりにしたせいで、馬一頭と装備を失いました」

 わらで作った人形に鎧を着せて、馬を街道へ走らせる。逃げ切れるようなら、自分たちも街道を馬で逃げるつもりだったが……

 囮は、あっさり有翼の魔族に斬られてしまった。

 見つかったら殺される。

 魔族たちが街道の馬に意識を向けている間に、ボリスとマッサは別の馬に相乗りして逃げ、街道から離れた森の中を進み、ファルトラ市まで戻ったのだった。

 マッサが青ざめた顔の口元を押さえる。

「うぷ……吐きそうだよ、ボリス」

「だ、大丈夫か? もう降りていいぞ。報告は俺だけでも」

「うん、任せる。中将、おっかないし……うぷす……」

 彼は乗り物が苦手だった。

 周りの兵たちが、ねぎらう。

 士官がボリスの馬の手綱を取った。

「馬や装備のことは気にするな。それより、中将に報告をな」

「了解!」

 西門から城壁に沿って北側へ行くと、軍の駐屯地がある。きゆうしや、兵舎、訓練所、武器庫、食料庫……

 そして、司令所だ。

 普通ならば、士官しか入ることのないれんづくりの建物だった。

 ボリスは番兵に敬礼する。

「ウルグきようさいから戻りました! 中将にご報告を!」

「入れ!」

 番兵が敬礼し、ボリスは中へと入った。

 廊下を進んだ一番奥の扉へと進む。何度か、同じようなやり取りがあって、とうとう城塞都市ファルトラの領主チェスター・レイ・ガルフォード中将の前までやってきた。

 司令室──

 正面の大机に中将。

 左右に並べられた机に紙束が積まれており、幕僚たちが並んでいる。

 汗とインクと鉄の臭いが充満していた。

 ボリスがガルフォードを見るのは、今年初めの訓示以来だから一年ぶりとなる。たった一年とは思えないほど、記憶にある中将と、目の前にいる渋面の彼とは、印象が異なっていた。

 しわは深くなり、肌は土色に変わり、髪には白いものが交じっている。

 しかし、眼光だけは鋭く、ボリスをにらみつけていた。

「魔王軍を見た……と?」

「はい! 大型魔獣グランドタートルが八! それぞれの甲羅の上に多数の魔族がおり、さらに中型の魔獣なども率いて、その数は推定一〇〇〇前後。人が走る程度の速さで進んでおり、本日の十一時にウルグきようさいを通過しました!」

 魔族や魔獣が一〇〇〇だと!? と幕僚たちから、どよめきが起きる。

 一〇〇でも絶望的という数なのに。記録上、一〇〇〇の魔王軍と、ひとぞくの軍隊が交戦したことはない。

 髪の薄い年配の参謀が、立ち上がった。

「本当に見たという証拠は!?

「……あの速さのままであれば、夜になる頃にファルトラ市へ到達するかと」

「むむむ」

 別の士官がたずねる。

「人が走る程度の速さか。馬車なら逃げられるんじゃないのか?」

「グランドタートルからなら。でも、俺……いや、自分たちは有翼の魔族に襲われかけました。そいつは馬よりも速かったですし、一撃でよろいと馬を両断されました」

「なんと……」

 魔王軍の目的は、ひとぞくせんめつだ。和平や降伏といった交渉は成立しなかった。

 どう対処するべきか?

 幕僚たちは話し合いを重ねていた。

 ガルフォードが訊ねてくる。

「魔王は? 大魔王モディナラームは、見たかね?」

 ボリスは首を横に振った。

「わかりませんでした。先頭の大型魔獣の上には、フクロウの魔族がいて、偉そうな感じでしたけど……」

「そいつは、オウロウだろう。古参の魔族だ」

「あれが……」

「他には見なかったか?」

 ボリスはドラゴンの翼と尾のある女性型魔族や、カエル頭の魔族のことを話す。

「あ、それと、はこを見ました」

「匣とは?」

「グランドタートルの背中に鎖で縛りつけられてて、なんか……表面に……気味の悪い模様があって……」

 思い出すと、おう感がこみあげてくる。

 口元を押さえた。

「ふむ」

 ガルフォードは腕組みして考えこむ。

 ボリスの背後で部屋のドアが、音をたてて開けられた。

 女の声があがる。


「まだ、ごちゃごちゃやっておるのか? 気が長い連中よなあ」


「ラムニテス殿!?

 幕僚が名を呼んだ。

 ファニス・ラムニテス元ジルコンタワー領主だった。

 ボリスは初めて目にする。

 真っ赤な軍服をまとった女性で、ヒューマンとは思えないほど豊かな胸元と、輝くようないろの髪をしていた。まつが長く、唇は艶やかで、場に不釣り合いなほどの色香を振りまいている。

 ボリスは思わずぼうぜんと見とれてしまった。

 ラムニテスは一度は魔王軍を退けた猛将だ。

 しかし、魔王が復活したとあってはジルコンタワー市を守りきれぬと判断して放棄し、今はファルトラ市に留まっていた。

 彼女は自分が指揮官であるかのように、幕僚たちに言う。

「一〇〇〇だろうが、二〇〇〇だろうが関係あるまい? どうせ、雑魚など何匹いようと、問題にはならぬのだから」