当時のニューヨークは、一九一六年に制定されたゾーニング法によって、聳そびえ立つビルディングに、とある様よう式しきが加えられるようになっている。

 一定の高さより上層の階は、街路への採光のため、敷しき地ち線せんから角度をつけて後退させることを義務付づけられた結果たる様式……いわゆるセットバックである。簡単に言うと、この時期の高層ビルは、先せん端たんに行くに従って細くなる尖せん塔とう型(さらに簡単に言えばエンピツ型)にするよう定められていたのだった。

 世界的に有名なものとして、車のホイールをデザイン化した華か美び極まるクライスラー・ビル、ゴシック様式を存ぞん分ぶんに取り込んだウールワース・ビル、電波をモチーフにした複雑な頂部を持つRCAヴィクター・ビル、アール・デコの巨大なモニュメントたるロックフェラー・センター(着ちやつ工こう中)等がある。

 これら絢けん爛らんな摩ま天てん楼ろう群ぐんを取り揃そろえたニューヨークという都市は、まさしく文明の象しよう徴ちよう、二十世紀における近代建けん築ちくの万ばん国こく博はく、という趣おもむきさえあった。

 このビルも、その一つ。



 夜なお、というより、夜であればなおのこと増える来客に賑にぎわうエントランスホール。

 ビルを象かたどる大きな銅どう版ばんレリーフの下、総合受付に、不ふ思し議ぎな来訪者があった。

「こんばんは、お嬢じようさん」

 係員の女性が顔を上げると、目ま深ぶかに被かぶったソフト帽ぼうに真新しいトレンチコートという、小こ洒落じやれた出で立ちの男が、忽こつ然ぜんと立っている。

「……」

 女性は、常の接客を一瞬忘わすれ、ポカンとなった。職業柄がら、人の気配に敏びん感かんなはずの自分が、寸すん前ぜんに立たれるまで、全く気付けなかったからである。紛まぎれて近付けるような人ひと混ごみは、どこにも見えなかった。逆に、なぜかこの男の周りだけ、妙みように人との距離がある。

「……あ、ようこそ、いらっしゃい、ませ」

 ようやく、それだけをたどたどしく答えた。

 不思議な男は、洗せん練れんされた挙きよ措そで帽ぼう子しをヒョイと持ち上げて一言、

「いやまったく、素晴らしいビルです」

 と賞しよう賛さんする。

 観光に訪れるおのぼりさんから、それに類する言葉を何万回と受けた彼女が、言葉に詰まった。先からの奇き妙みような感覚だけが、理由ではない。

「写真では幾いく度ども拝はい見けんしましたが……いざ実見するとまた、別の感かん嘆たんを抱かされますな。これだけの構造物を、僅わずか四〇五日という短い工期で建けん造ぞうしてしまうとは。まさに古いにしえのバベル、バビロンにも並ぶ偉い業ぎようです」

 熱っぽく語る、どうやら壮そう齢れいらしき男の顔が、まるで靄もやか蒸気でもかかっているかのようにぼやけ、ハッキリと見ることができなかったからである。目の前にいるというのに。

 自分の頭の中までがぼやけてしまったかのように、あやふやな声で、受付の女性は返す。

「お、恐れ入り、ます」

 男は気配だけで笑い、両掌てのひらを受付のカウンターに突いた。なぜか、ガチャン、と金属のぶつかる音がする。

「このビルは、人間という生き物の底知れないパワー、建築という文明の壮大な営み、双そう方ほうの確かな証あかしとして、永えい劫ごう、記録に留められるでしょう──」

 いつしか男は、朗ろう々ろうと大声を上げていた。

「──そして、新たな人間のパワーが次のビルを生み出し、営みは限りなく大きく、底なしに深く、果てもなく広がってゆくでしょう!!」

 唐とう突とつに繰り広げられた演説に、係員の女性だけでなく、ホールにあった人々が皆、驚きと奇き異いの視線を向け、また僅わずかな感かん嘆たんの声を混ぜる。

 それら観衆のあることを大いに自覚した風ふうに、男はクルリと半はん回転し、ソフト帽ぼうを取り、腰を折って一礼した。低い姿勢のまま、ゆっくりと受付を離れ、ホールの中央に向かう。

 物好きな数名が、演説の熱意に比して寂しい拍手をパチパチと贈った。

 男は帽ぼう子しを被かぶり直すと、背を伸び上がらせ、両手を大きく広げる。

「人間たちよ──」

 と、

 男の周りに、明るいのか暗いのか分からない光が漏れていた。

 すぐ蒸気になって消えてゆくその光は、火ひの粉こであるらしい。

「──私は、祝福します」

 ボッ、と今度は明らかな発火音が、した。

 突とつ如じよ、男を中心とした輪を作るように、鉛なまり色いろの炎ほのおが、暗く昏くらく閃ひらめき走り、鈍く緩く広がりたゆたい、熱く厚く燃え上がった。

「見せなさい。この灰かい燼じんの跡に、この喪そう失しつの先に、新たに塗り替える、世界を!!」

 ホールに在る誰だれ一人、眼前で起きている事じ象しようを理解できない。不ふ思し議ぎな男──〝穿せん徹てつの洞ほら〟アナベルグが、蒸気の内から丸型メーターの顔を、火ひ掻かき棒の手を、既に現していることにすら、気付けない。

 騒ぐことも忘れ、展望台への観光客、オフィス勤めのビジネスマン、幾いく人にんも詰めていた警けい備び員、最初に接客した受付嬢じよう、皆してその場で呆ぼう然ぜんと、男の周りで踊る炎ほのおを見つめている。

「さあ、我が『文明の加速』に殉じゆんじなさい……エンパイア・ステート・ビル!!」

 アナベルグの叫びに応じて、炎が溢あふれ出そうとした、

 そのとき、

 人間でない一人が、理解し、気付き──呟つぶやいた。

「封ふう絶ぜつ」



 道みち端ばた、空あき家の玄げん関かん口ぐちに座り込んでいた『魑ち勢せいの牽ひき手て』ユーリイ・フヴォイカが、自じ在ざい法ほう発現の気配を察して、顔を上げる。

「……始まった」

「みたい、ね」

 腰にある短剣型の神じん器ぎ〝ゴベルラ〟から、〝き蜴えきの帥すい〟ウァラクが短く答えた。

 遠くミッドタウンに張られた、特大の封ふう絶ぜつが見える。

 その中で、どんな戦いが起こっているのか、ここからでは分からない。

 ただ、戦いが始まったこと、それだけしか分からない。

「ユーリイ」

 ウァラクが、ゆるりと口を開いた。

 遠い封ふう絶ぜつを、なにかを請こうように見上げながら、少年は答える。

「なに?」

「なんで、バカ正直に答えたのよ」

「……さっきの、こと?」

 少年の脳のう裏りに、尊そん敬けいするフレイムヘイズへと示した決意の声が蘇よみがえる。

(──「あのとき、誰も助けられなかった」──)

 実のところ、それらの言葉は、初めて口にしたわけではなかった。

(──「今度くらいは、誰かを助けたいんです」──)

 彼は一年前、この大陸に流れ着いて初めて出会ったフレイムヘイズ……『星せい河がの喚よび手て』イーストエッジに、全く同じ言葉を向けていたのだった。

(──「おまえの思いは、誰にも求められない。おまえの望みは、危険すぎる」──)

 それが、少年の真しん摯しな決意に対する、偉い大だいな討うち手からの答えだった。

「フレイムヘイズから、同じ答えを……拒絶をもらうことは、分かってたはずよ」

 ウァラクの言うとおりだった。

「なのに、どうして?」

「分かってたよ……うん、分かってた」

 ユーリイは頷うなずいて、また見上げる。フレイムヘイズの戦場を。

「けど」

 ポツリと、口にする。

「僕には、それが間違ってることだとは、どうしても思えないんだ」



 ホテルのロビーからさらに外、数個先さきの区画スクエアまで広がる巨大な封ふう絶ぜつが、世界最高峰ほうの高こう層そう建築物、エンパイア・ステート・ビルを丸ごと飲み込んでいた。地面に大きく紋もん章しようを描く火か線せんは、陽炎かげろうのドームに時とき折おりよぎる炎ほのおは、再び見まみえる群ぐん青じよう色いろ。

「やれやれ、なんと無ぶ粋すいな停滞を」

 アナベルグは全てが静止する中で呟つぶやき、自身の周囲から溢あふれ出しつつあった炎の渦うずを、幻まぼろしのように消した。封ふう絶ぜつが張ってあっては、何の意味もない。改めて『文明の加速』を行うには、封ふう絶ぜつを張る者を倒すしかなかった。

 そこに、声がかかる。

「封ふう絶ぜつも張らずに大暴れ?」

「ナリに似に合あわず、ギョーギが悪いじゃねーか」

 声の源へと、アナベルグは答えを返す。

「ふふ、趣味は人それぞれ、というやつですよ。我々〝徒ともがら〟であれば、なおのこと……」

 ガラスと銀色のフレームに群青を映す、豪ごう勢せいな玄げん関かん口ぐちに、女が仁に王おう立だちしていた。

「進歩の舞台にようこそ、おいで下さいました。〝蹂じゆう躙りんの爪そう牙が〟マルコシアス殿、『弔ちよう詞しの詠よみ手て』マージョリー・ドー殿」

 呼ばれて、マージョリーは笑いかける。愛あい想そ笑いではない。心の底からの、獲え物ものに再会できた猛もう獣じゆうの喜き悦えつたる笑いである。止まった周囲を見渡し、

「舞台、って割には寂しいわね。一人?」

「な、わけねーわな」

 逆に真剣な声のマルコシアスが、唸うなるように続ける。

『弔ちよう詞しの詠よみ手て』たる二人は、先から奇き妙みような感覚の中にあった。

 この付近、何処いずこかに潜ひそんでいるだろう、護ご衛えいの〝千せん変ぺん〟シュドナイと、眼前にあるアナベルグの気配が、混じり合って捉とらえきれないのである。最初にアナベルグと戦ったときは、自分たちが気配遮しや断だんの自じ在ざい法ほうを使っていたため、その気配を細かに感じることができなかったのだとばかり思っていた。

(それが、間違ってたってこと?)

(チッ、意い外がいに面めん倒どうな野や郎ろうだな)

 二人して、土ど壇たん場ばでの計算違ちがいに戸と惑まどう。もっとも、

(まあ、違ってたとしても)

(やることにゃ変わりはねえ!)

 戸惑いはしても、恐れはしない。躊躇ためらいもない。

「こんな寂しい舞台で空から演えん説ぜつぶつより、私の招待を受けてくれない?」

「っ夜空で楽しく踊ろうぜ、ッヒャーッハーッ!!」

 二人して笑い、跳びあがる間に、その全身が燃え上がった。

「おおっ!」

 驚くアナベルグに向かって、弾だん丸がんのように飛んでくるそれは、群ぐん青じよう色いろの炎ほのおによって形作られた寸ずん胴どうの獣けもの──『弔ちよう詞しの詠よみ手て』の纏まとう炎の衣〝トーガ〟だった。

 慌あわてて足元から蒸気を噴ふん射しやし、横っ飛びに逃げるアナベルグを無視するように、炎の獣となったマージョリーらはロビーの壁面、エンパイア・ステート・ビルのレリーフへと、正面からぶつかった。

 と、

 ぶつかった炎の衣が砕け、幾いく百ひやくもの欠かけ片らとなって飛び散った。その破片が、周囲の床に壁に天井に、人に観かん葉よう植物に絨じゆう毯たんに燃え移り、体積を増して渦うず巻まいてゆく。

「むうっ!?」

 アナベルグがよけた先、よけた後を追う間に、いつしか炎はエントランスホール全体に燃え移り──翻ほん然ぜん、炎の濁だく流りゆうと化して押し寄せた。

 残された退路は、唯ただ一つ。

 ボン、と再び蒸気を袖そで口ぐちから噴ふいて、アナベルグはその退路、ビルの玄げん関かん口ぐちに向かって飛んだ。一いつ旦たん、外の石いし畳だたみを踏んで、さらに足元から蒸気を噴射、上空へと逃れる。

 間かん一いつ髪ぱつ、その後をロビーから溢あふれた群青色の炎の雪崩なだれが襲おそい、通り過ぎた。

「ふう。フレイムヘイズは人間の抜ぬけ殻がら、と言いましたが……訂正しなければならないようですね。その抜け殻に、危険と殺意を詰め込んである。価か値ちがない以上の、害がい毒どくでしかない」

 率そつ直ちよくな賛さん辞じとともに、メーターの顔を持つ〝徒ともがら〟はエンパイア・ステート・ビルの直線的過ぎる壁面へと、真横に着地した。

 眼下に溢れた炎は、やがて渦を巻いて凝ぎよう縮しゆくし、再び炎の獣の形となる。

 その立てた枕まくらのような、しかし凶きよう暴ぼうな牙きばを剥むき出して唸うなるトーガに向けて、アナベルグはガッチャンガッチャンと、火ひ掻かき棒のような手で拍手する。

「さすがは世に知られた自じ在ざい師し、多た彩さい高度な力ですな。私など、ほとんど一つの特性のみしか扱えま──」

 せん、とまでは言わせてもらえなかった。

 トーガの獣が、熊くまよりも長く太い両腕を大きく振り上げ、その先から幾いく十もの炎えん弾だんを、まるで先の世界大戦で登場した機き関かん銃じゆうのように、釣つる瓶べ撃うちに放ってきていた。

 アナベルグが壁面を垂直に走って逃げる、その後に炎えん弾だんは次々と着ちやく弾だんして、コンクリートとガラスの大雨を降らす。

 その、人間に当たれば即そく死しさえする破片と瓦が礫れきからなる大おお嵐あらしの中を、トーガの獣けものは全く意に介かいせず高速で上昇、討とう滅めつすべき敵の後を追う。

「私の特性は、見ての通りの、っと!」

 蒸気を噴ふいてアナベルグの避けた後を、手品のように伸びた腕が掠かすめる。

「全てをぼやかす蒸気、っでして!」

 転がるように、弱い力しか持たない〝徒ともがら〟は壁面を駆け上がってゆく。

「幸いなことに、この蒸気は広がり薄まっても、ある程度の広こう範はん囲いに効果を及ぼすのです。そして、ぼやかす対象は、ご存ぞん知じのはず──」

 これを猛もう然ぜんと追うトーガの獣は、炎弾を放つ傍かたわら、大きく息を吸い、腹を膨ふくらませた。火か炎えん放射の予よ備び動作である。

「──気配、です!」

 言ってアナベルグの避けた向こう、既に迫っていたエンパイア・ステート・ビルの頂部が見えた。針のような尖せん塔とう、その先せん端たんにある飛行船を繋けい留りゆうするためのマスト(名ばかりのもので、実際に繋留しようとして大だい失敗している)が、陽炎かげろうのドームを刺すように伸びている。

(これが、この弱っちい〝徒ともがら〟の)

 それを何気なく見たトーガの中のマージョリーは、

(手品のタネか!!)

 マストの頂いただきに、アナベルグと混じり合った気配を感じていながら、今まで位置を特定できなかった〝千せん変ぺん〟シュドナイが立っているのを──無む造ぞう作さに飛び降りてくるのを──体の輪りん郭かくが膨れ上がるのを──虎とらとも獅し子しともつかない有ゆう翼よく有ゆう角かくの化け物となるのを──その鉤かぎ爪づめが眼前に迫ってくるのを──見た。

「美び貌ぼうは、隠かくすものではないだろう!?」

 平然と言って、怪かい物ぶつに変じたシュドナイはトーガの獣を引き裂いた。



 ユーリイは、道みち端ばたに立って、封ふう絶ぜつを遠く見つめていた。

「間違ってない、ねえ」

「うん。例え他の人たちがどうであっても、それが僕にとっての、『フレイムヘイズとして此こ処こに在る理由』だと思えるんだ」

 ウァラクに答える顔には、強い決意の色があった。

「皆の留る守すを狙って、このニューヨークに〝徒ともがら〟が来たんだ」

「そりゃ、来るでしょうね」

 腰で、短剣の鯉こい口ぐちが、ガチンと鳴る。

 その動作の重さを感じて、ユーリイは呟つぶやく。

「イーストエッジさんは、動けない」

「そういう、立場だもの」

 また、ガチンと鳴る。

 また、返して呟く。

「今、『弔ちよう詞しの詠よみ手て』さんが戦ってる」

「それが、彼女の使命よ」

 さらに、ガチンと鳴る。

 今度は、即そく答とうしない。

「……」

 言われたことを考えて、

 自分のことを考えて、

 そして、それでも、はっきりと言う。

「助けられるのは僕だけなんだ」

「……危険視しされたことを、そのまんま言うなんて、いい度ど胸きようしてるわねえ」

 フレイムヘイズ本来の使命とユーリイの目指すものとの間には、明らかな齟そ齬ごと乖かい離りがあった。異い能のうの討うち手たちは、正義の味方ではない。世界のバランスを保つため〝紅ぐ世ぜの徒ともがら〟を討とう滅めつする、それだけを唯ゆい一いつの目的とする存在である。人助けは結果であり、目的ではない。

(なんだけど、ねえ……)

 ウァラクは、短剣の身を小さくカチャカチャと震わせた。笑っている。

「ホント、変な子と契約しちゃったもんだわ」

「ごめん、ウァラク」

 素直に頭を下げる少年には、常のフレイムヘイズのような貫かん禄ろくは欠かけ片らもない。しかし、また慌あわててかけ直す眼鏡めがねの奥、おっとりした双そう眸ぼうには、決意の力が満ちている。もう、譲ゆずる気はないらしかった。

「ごめん、で済むわけないでしょ、このスカタン」

 いつものように気だるそうに言い、

「でも、ま」

 やはり気だるい声を、継ぎ足す。

「復ふく讐しゆう鬼きの行く先ってのは正直、見み飽あきちゃってんのよね」

「えっ?」

「たまには、別のケースを見届けるのも、悪くはないかも」

「いいのかい、ウァラク!?」

 少年の顔が、喜びに輝いた。

 その無む邪じや気きさに釘くぎを刺すように、ウァラクは言う。

「最後に一つだけ、確認させて。イーストエッジは、あんたの心構えや他人にかける迷めい惑わくだけを、心配してたわけじゃない、ってことは?」

 もちろん、ユーリイには分かっていた。

「……」

 あの無表情な、怒るときも諭さとすときも、笑うときでさえ表情をほとんど変えない、偉い大だいな討うち手が、自分を戦いに出さなかった理由の、使し命めい以外の部分での、大きな一つ──命の心配。それは他でもない、彼の慈いつくしみ。それを思ってなお、決意は揺るがない。

「……戦うんだ、分かってるよ」

「なら、いいわ」

 ウァラクも軽く流し、戦いにおける注意を始める。

「で、助けに入るのは結けつ構こうだけど、封ふう絶ぜつ内部の状況が分からなきゃ、かえって足を──」

「大丈夫」

 少年は、今度は一人の、異い能のうの討ち手として笑った。

「たった今、支配しておいた蜥蜴とかげを三匹ほど、中に潜もぐらせて監かん視しし始めたところだよ。まだ自じ在ざいに数千数万を操あやつる『隷れい群ぐん』には程ほど遠とおいけど、これくらいなら、なんとか」

 相あい棒ぼうに披ひ瀝れきして見せたそれは、『魑ち勢せいの牽ひき手て』の持つ力、周囲に在る小動物を使い魔まとして操る『隷れい群ぐん』の一いつ端たんだった。

「あっ、あんた、さっきからじっとしてたのは……!」

 してやられたことに気付き絶ぜつ句くする〝き蜴えきの帥すい〟ウァラクに、フレイムヘイズ『魑ち勢せいの牽ひき手て』ユーリイ・フヴォイカは言う。

「あのときみたいに、飛ぶよ」

 静かに、宣言する。

「そして、今度こそ助ける」



 鉤かぎ爪づめによって引き裂かれたトーガの獣けものが、その傷きず口ぐちに沿ってパックリと分かれた。

「!?」

 虎とらとも獅し子しともつかない様よう相そうを驚きに歪ゆがめるシュドナイ、その周囲に、分かれた数だけのトーガが出現していた。それらは摩ま天てん楼ろうの風に揺られ、またすれ違う間に数を増す。

 いつしか、空に留まるシュドナイと、ビルの壁面に立つアナベルグを、無数のトーガの獣たちが取り囲んでいた。

「パンチとジュディのパイ取り合がつ戦せん!」

 トーガ全体から、マージョリーの歌声が響ひびき渡る。

「パンチはジュディの目に一発!」

 さらに続けて、マルコシアスの歌声が風に混じる。

 アナベルグはメーターの首でクルクルと、異常な光景を見回した。

「これは!?」

「……『屠と殺さつの即そつ興きよう詩し』か!」

 シュドナイが叫び、蝙蝠こうもりの翼つばさを一ひと打うち、依頼主の元へと急行する。

 フレイムヘイズ『弔ちよう詞しの詠よみ手て』による、自じ在ざい法ほう発現の予よ備び動作、『屠と殺さつの即そつ興きよう詩し』。

 本来ならば、式の構こう築ちくや力の配分等など、繊せん細さい複雑な作業を必要とする大掛かりな自在法を、即興の歌を口ずさむだけで発現させるという、恐るべき技能、殺し屋たるの所以ゆえんだった。

 そのマージョリーの声と、

「パンチが曰いわく、もひとついかが!?」

 最後にマルコシアスの声で、

「ジュディが曰く、もうケッコー!!」

 空にあったトーガの獣けものが一いつ斉せいに弾はじけた。猛もう烈れつな炎ほのおが爆ばく圧あつを伴い空を迸ほとばしり、ビルの上層階かいが撓たわんで砕け、先せん端たんのマストと尖せん塔とうが粉こな々ごなに吹き飛ぶ。

 ガラスを溶よう解かいさせるほどの壮そう絶ぜつな熱量が残したものは、濛もう々もうと上がる白はく煙えんと、頂ちよう部ぶに見るも無む残ざんな半はん壊かいの様さまを現すエンパイア・ステート・ビル。

 そして、砕けたビルの壁面に埋まる、奇き妙みような物体。

 宙に一つだけ残されていたトーガの獣の中で、

「ん……?」

「は、はあ」

 マージョリーが怪け訝げんに眺ながめ、マルコシアスが理解したそれは、まるで二匹の亀かめを腹でくっつけたかのような、人を丸まる々まる二人入れられるほどの大きさの、球体状じようの甲こう羅らだった。シュドナイの防ぼう御ぎよ体勢らしい。

「さすがは〝千せん変ぺん〟、なんでもありね」

「丸焼きが嫌で壺つぼ焼やきになった、ってか、ヒャーハハッ!」

 と、その甲羅の中から、くぐもった返事が。

「いやはや、本当にお見事です。『弔ちよう詞しの詠よみ手て』マージョリー・ドー」

 アナベルグの声だった。

「しかし、どうせなら封ふう絶ぜつを張らずに壊して頂きたいものですな。せっかくの破壊力が、もったいないではありませんか」

「……あんた、やっぱり、このビルを」

「封ふう絶ぜつもなしに、ブチッ壊すつもりだったってのか」

 マージョリーとマルコシアスは剣けん呑のんな声で、確認する。

 甲こう羅らの中からの声は、聴衆に漲みなぎる怒ど気きを知ってか知らずか、

「もちろん、すでにお聞かせした通り──これぞ『文明の加速』!」

 悦よろこびに高まり、大きく反はん響きようした。

「素晴らしいとはお思いになりませんか、この聳そびえ立つ摩ま天てん楼ろう! 人間の力、世界の在り様ようすら変える文明の力を! この、無いものを目指し、失って補う、という形で育はぐくまれてきた偉い大だいな力の先を、もっと見たい、自分の力で引き寄せたい、とは思われませんか?」

 ようやく『弔ちよう詞しの詠よみ手て』たる二人は、この怪かい人じんの目的──否、手段への確信を得た。得て、憤ふん激げきを覚える。

「だから、私は与えるのです……炎ほのおによる喪そう失しつを、次なる変化に向かう人間たちへの祝福として。そうすれば、焼け跡から、今を超える力が芽め吹ぶく。世界の在り様を変える文明の力が、私の手で、私の力で、私の炎で──変わる! なんという悦えつ楽らく、なんという快かい美び感かん!!」

 興こう奮ふんも絶ぜつ頂ちような声に、トーガの獣けものは並ぶ牙きばをジャリン、と鳴らした。中からマージョリーが、不ふ愉ゆ快かいさを音にしたような声で、眼前で閉じ籠こもる人間の敵に向かって言う。

「ふん、大した理論武ぶ装そうの放ほう火か魔まね」

「言葉だきゃあ、大おお仰ぎようだがな。こりゃ傑けつ作さくだ、ハハ、ヒーッヒッヒッヒ!!」

 同じく、言葉だけで笑うマルコシアスに、落らく胆たんの溜ため息いきが漏れる。

「ふう、む……やはり、人間であることを捨てた、広がりを持ち得ない抜ぬけ殻がらには、この偉い業ぎようの価か値ちは理解できませんか」

 トーガの獣は答えるついでに、口を開けた。

「こっちは抜け殻、そっちは消し炭、どっちが酷ひどいのかしらね」

 メラメラと揺れ動く群ぐん青じよう色いろの炎が、中から覗のぞく。

「ほいじゃま、そろそろ、壺つぼごと程ほどよくとろかして──」


「上!!」


「!?」

 マージョリーは、突然届とどいた、聞き覚えのある少年の声から、

 声に込められた危機感から、反射的に宙にある身を逸そらした。

「──っ」

 ゴシャッ、と硬いもの柔らかいものが引き裂かれる音が、その耳元を掠かすめる。

「──っぐ、あ!?」

 真上から来たなにかが、凄すさまじい勢いで脇を突き抜けていった。

 群ぐん青じようの炎ほのおで編まれた頑がん健けんな鎧よろいたるトーガを容た易やすく半はん壊かいさせ、中にあったマージョリーの本体、右肩から脇わき腹ばらを抉えぐり引き裂いたそれは、下方で翼つばさを開き、滞たい空くうする。

「マージョリー!? くそっ!」

 マルコシアスが驚き見やったそれは、紛まごうことなき〝千せん変ぺん〟シュドナイ。先の虎とらとも獅し子しともつかない異い形ぎようの、脳のう天てんから背中までに、まるで衝しよう角かくの如ごとき巨大な一本角つのを生はやしている。

 そのシュドナイは、やや不快げに目め線せんを下方にやり、

「要いらぬ邪じや魔まを──ッゴアア!」

 一発、炎えん弾だんを口から吐き出した。

 ビルの壁面にへばりついていた蜥蜴とかげ、遠くにある少年フレイムヘイズの声を伝え、マージョリーの命を救った使い魔ま、『隷れい群ぐん』の一匹が、瞬しゆん時じに爆ばく砕さいされる。

「惜しかったですな」

 中からの声を合図に、球形の甲こう羅らが濁にごった紫むらさきの火ひの粉ことなって散った。その後には、ソフト帽ぼうにコートの怪かい人じん、アナベルグ一人だけが残される。

(しま、った……)

(体を切り離してやがったのか!)

『弔ちよう詞しの詠よみ手て』は、自分たちがまんまと敵の策にはまっていたことを知る。

 シュドナイは、アナベルグの蒸気によって起きる気配の混こん淆こうに乗じて、自身の一部だけを依頼者の守りに残し、本体を遠く上空に逃がしていたのである。そうして、眼前に彼が在ると誤ご認にんさせたマージョリーを、猛もう烈れつな速度による完全な不ふ意い打うちで一いち撃げき必ひつ殺さつする、はずだった。

 妙みような蜥蜴とかげの介かい入にゆうさえなければ。

 その不ふ愉ゆ快かいさを獣じゆう面めんの内に隠かくして、シュドナイは依頼人に答える。

「なに、構わんさ。予定が少々、ずれ込んだだけだ」

 答えて、虎とらの顔を嘲ちよう笑しようで歪ゆがめた。

 肩から脇わき腹ばらを一いつ線せん引き裂く深ふか手でを受け、血みどろになったマージョリーは、宙に浮かぶ〝グリモア〟の上で片かた膝ひざを着くという……もはや敵ではない、獲え物ものとしての姿を、〝徒ともがら〟たちの目に晒さらしていた。



 エンパイア・ステート・ビルを中心とした封ふう絶ぜつの、すぐ外側。

 五番街とブロードウェイの交差路に建つ、鋭角な三角型のフラット・ライアン・ビル屋上に、ユーリイは立っていた。望んで、しかし望んでいなかった今の状況で、

(僕が助けないと、『弔ちよう詞しの詠よみ手て』さんは死んでしまう)

 自分を必死に焚たき付ける傍かたわら、右手で動どう悸き激しい胸を押さえる。

「さっきの、伝でん声せいで警けい戒かいされたろうから……もう『隷れい群ぐん』は近づけないだろうね」

 左手では、腰に差した短剣型の神じん器ぎ〝ゴベルラ〟の柄つかを、掴つかんでいる。

「そーね。でも、それは同時に、狙いどころでもあるわ。あれで終わり、って油ゆ断だんしてくれれば、今からの本命を、まともに食らってくれる」

 そこから響ひびくのは、今までとは打って変わって真剣な、ウァラクの声。

「改めて、おさらいよ。私たちの『隷れい群ぐん』、本来の特性は、数多くの使い魔まを力の奔ほん流りゆうに変えて、これを自じ在ざいに操作すること。でも、あんたにはまだ、それだけの技量はない」

「うん」

 ユーリイは率そつ直ちよくに自分の実力を認め、頷うなずく。

「だから大して技量の必要ない、乱暴な突とつ撃げきだけを行う」

「うん」

 また頷いて、徐おもむろに〝ゴベルラ〟を抜く。

「乱暴だけど、あんたの全力を注そそぎ込む、強きよう烈れつな一撃よ。遠えん慮りよなく、食らわせてやんなさい」

「うん」

 さらに頷いて、夜景を仄ほのかに宿す刀とう身しんを、前にかざす。胸に添えていた手も加え、両手で真正面に、短剣を突き出す姿勢となる。

「狙いは、定まってるわね?」

「うん。残り二匹の蜥蜴で、遠くから計測してる。大丈夫、訓練と同じだ……外さない」

 いつしか表情の強こわ張ばりは覚かく悟ごの厳いかめしさに変わる。

 ボッ、と全身を丹に色いろの光が薄い輪りん郭かくとして包んだ。

 かつての『魑ち勢せいの牽ひき手て』たちは、この光の下、無数の『隷れい群ぐん』を巨大な竜たつ巻まきとして立ち昇らせたという。しかし、今の彼にできるのは、その、ほんの小さな真ま似ね事ごとだけ。

 異い能のうの力に惹ひかれ、夜のマンハッタンで、誰も気付かない移動が始まる。

 街灯に引き寄せられていた夜の虫たちが、明かりの元から離れてゆく。様々な、無数の、統制にさほどの力を要しない生き物たちが、一人の少年の纏まとう光の元へと、集ってゆく。

 それはやがて大きな輪となり、中心に引き込まれて渦うずとなり、収しゆう束そくして竜巻となる。

 人一人を包むサイズの、高速で渦巻く無数の虫たちを巻き込み力とする、丹色の竜巻。

「僕は、飛ぶ」

「それが、誓ちかい」

 二人で一つの『魑ち勢せいの牽ひき手て』は、

「僕は、戦う」

「選んだのは、あんた」

 かつての誓いを再び交わして、夜を飛ぶ。

 かつて抱いた思いを再び胸の中で叫び、

(上に、向かう、力を──!!)

 望み、見上げる短剣を突きつける。

 封ふう絶ぜつの中に聳そびえる、摩ま天てん楼ろうへと。



 翼つばさをはためかせて、シュドナイは再びマージョリーの頭上を取った。

 今度は、周囲にあの小こ賢ざかしい蜥蜴とかげが存在しないか、一いち望ぼうして確かめる。

(ちっ、気配を掴つかみにくい、が……まずは、こいつだ)

 宙に浮かぶ〝グリモア〟の上に膝ひざを着く美び麗れいの女は、傷ついてなお……否、傷ついたその姿により改めて、大きな感かん銘めいを見る者に与える。

「引き裂き散り行く花は……どれほどの可か憐れんさで、目を楽しませてくれるのかな?」

 そんな殺しの賛さん辞じに、

「──ペッ」

 と血混じりの唾だ棄きを返礼に受け取ると、

「ふっ」

 シュドナイは笑って翼を縮め、降下を始めた。

 蹲うずくまる女を一いち撃げき、引き裂き叩たたき潰つぶすべく、腕を振り上げる。

(終わり、だ!!)

 思った瞬間、


 腹部が、吹っ飛んでいた。


「な」

 状況を理解できない僅わずかな時を経て、

「にいっ!?」

 シュドナイは痛みよりも、まず驚きから叫んでいた。自分が、猛もう烈れつな速度を持つ巨大な弾だん丸がんのようなもので貫つらぬかれ、上、下半身が引き千ち切ぎられたことに気付く。

「っぐ」

 自分を貫いた丹に色いろの弾丸は、封ふう絶ぜつの外から飛ひ来らいしたらしい。それは巨大な陽炎かげろうのドームの壁かべ際ぎわで急速ターンし、引き返してくる。

(速い……さっきの使い魔まの主あるじか!)

 シュドナイは急ぎ、上半身の断面から無数の蛇へびを伸ばし、下半身に結合させた。やけに大おお雑ざつ把ぱな構成の、しかしそれなりに強力な自じ在ざい法ほうを迎え撃うつべく、炎えん弾だんを腹の中で練る。

 と、

 その眼前、空中で数十個、立て続けに爆発が起こった。

(これは!?)

 腕で顔をかばったシュドナイは、爆発そのものではなく、輝く色に戦せん慄りつした。

 群ぐん青じよう。

(まだ、これだけの力を残していただと!?)

 並みのフレイムヘイズなら、致ち命めい傷しようという深ふか手でを与えたはずである。

 だが、

 そう、

『弔ちよう詞しの詠よみ手て』マージョリー・ドーは、並みのフレイムヘイズではなかった。



 封ふう絶ぜつの空をUターンしてシュドナイを狙っていた丹色の弾丸、『魑ち勢せいの牽ひき手て』ユーリイ・フヴォイカは、突とつ然ぜん前方に閃ひらめいた無数の爆発を見て、再び軌き道どうを変えた。

 その正面に、〝グリモア〟が。

「っわ!?」

「止まるな!」

 マージョリーは鋭く叫んで身を翻ひるがえし、少年の隣となりを高速で併へい進しんする。

 救援への、一片の謝しや辞じすらない。右腕もだらりと垂れ下がった、鮮せん血けつを振り撒まく重傷の身には、その極きよく限げん状態であればこその、煮え滾たぎるような執しゆう念ねんだけが漲みなぎっていた。

 怯ひるみや恐れは、見せない。見せれば、死ぬからである。それらの感情を持たない、と見る者に思わせる。思わさねば、殺されるからである。

 この、フレイムヘイズという存在を、今まさに目まの当たりにした少年の、

「傷が──」

 分かってなお、口にしかけた気き遣づかいを、

「役割分ぶん担たん、相手は分かってるわね!!」

 フレイムヘイズは、咆ほう哮こうのような怒ど声せいで遮さえぎった。

 怒声を発した口は、凶きよう暴ぼうな殺意を漲らせ、笑っている。

 笑いが、再び湧わき起こった群ぐん青じようの炎ほのお、トーガの内に隠かくれた。

 なにを言うにも、なにをするにも、まず敵を討うち果たしてから。

 そんな存在たるの表明を指示として受け──ユーリイは、また飛ぶ。



 あまりに唐とう突とつ過ぎる状況の変化に、アナベルグは付いてゆけない。

「い、いったいなにが……?」

 ビルの壁面に立って、メーターの針を忙せわしなく揺らして戸と惑まどう。

 その彼の元に、丹に色いろの光を撒まいてユーリイが飛び込んでくる。

「お、おっ!?」

 咄とつ嗟さに蒸気を噴ふん射しやして、アナベルグはこれを避けた。

(しまった、新あら手てのフレイムヘイズか!)

 心しん中ちゆう、大いに焦る。

 実は、彼の持つ特性、気配や認にん識しきをぼやかす蒸気の効果は、自分たち〝紅ぐ世ぜの徒ともがら〟だけに作用するものではない。仇きゆう敵てきたるフレイムヘイズらにも同様に効果を齎もたらす、諸もろ刃はの剣だった。その来らい襲しゆうを事前に察さつ知ちすることは不可能……でなければ、いかに高速とはいえ、あの〝千せん変ぺん〟シュドナイがみすみす不ふ意い打うちなど受けようはずもない。

 この自じ在ざい法ほうの難なん点てんゆえに、彼は敵てき味方が入り混じらない状況、つまりフレイムヘイズが欧おう州しゆうに集しゆう結けつする隙すきを突いてニューヨークへと現れたのである。散発的に現れる敵には、マージョリーとの戦いのように、シュドナイと同じ場所に在ることで対たい処しよする。

 しかし、

(いかん、計算違ちがいだ!)

 この新たな、しかもシュドナイを一いち撃げきで叩たたき落とすような強つわ者もの(と彼は思った)の乱入は、彼にとっては予想外の事態だった。慌あわてて、

「〝千せん──!!」

 呼びかけようとした彼の真正面に、丹に色いろの弾だん丸がんが、少年の雄お叫たけびが、飛び込んでくる。

「やっと──」

「う」

 反射的に蒸気を噴ふん射しやして回かい避ひしようとするが、間に合わない。

「──捕らえた!!」

「があっ!?」

 弾丸を形成する丹色の奔ほん流りゆうに巻き込まれた左腕が、根こそぎもぎ取られた。飛び散る金属らしき破片の舞う間も僅わずか、腕はトレンチコートの袖そでごと鉛なまり色いろに燃え果て、消える。

 その上から、一歩遅かった〝千せん変ぺん〟シュドナイが、

「貴き様さま──!!」

 襲おそい掛かろうとする、さらにその脳のう天てんへと、

「あんたの相手は」

 トーガの獣けものが、両腕をハンマーのように組んで叩たたきつけた。

「っ私、よ!!」

 叫びを力に変えた打撃のまま、シュドナイを強ごう引いんに、エンパイア・ステート・ビルの壁面に押し付け砕きながら降下する。

「ぬ、ぐ、おおおおおおおおおおおおおおお!?」

 異い形ぎようの怪かい物ぶつは、コンクリートと鉄骨とガラスを八十六階、全長三八一メートル分、凄すさまじい圧力を持って叩きつけられ続けた。ガレキが肉にく片へんが火ひの粉こが弾はじけ飛び、群ぐん青じようと濁にごった紫むらさきは、混じり合い縺もつれ合いしながら、遥か下方へと、落ちた。

 それを割れたメーターに映す、孤立無む援えんのアナベルグは、

「今さら、邪じや魔ま立だてを……フレイムヘイズ!!」

 今までにない、怒ど気きを含んだ叫びを上げて、両足から蒸気を噴射した。

 封ふう絶ぜつの中を大回りに戻ってくる丹色の弾丸へと無む謀ぼうとも思える突進を行い、その接触寸すん前ぜん、ぎ取られた肩口から蒸気を吐き出して回かい避ひする。同時に、スレスレに過ぎ行く破壊力の塊かたまりへと、残った右腕を振り向けて炎えん弾だんを連れん射しやする。

 ドドドッ、と空に轟とどろく炸さく裂れつ音、宙に膨ふくれ上がる鉛色の爆ばく炎えん、二つを正反対の方向に破って双そう方ほう、擦すれ違う。

「カ、ハッ!」

 至し近きんでの、ほとんど捨て身の攻撃を行ったアナベルグは、蒸気の勢いですっ飛びながら、鉛色の息を吐き出した。

 一方のユーリイは、

「く、仕し留とめ損そこなった!」

 自身の纏まとう攻こう防ぼう一体の力、丹色の竜たつ巻まきとも見える『隷れい群ぐん』に包まれていたため、立て続けの炎えん弾だんにも、全くダメージを受けていない。ただし、

(やっぱり、キツいか)

 彼の内に在り、また突とつ撃げきの先せん端たんでかざされた短剣〝ゴベルラ〟に意思を表すウァラクは、少年が、どんどん消しよう耗もうしてゆくことを感じて焦る。

 この一年、ユーリイはイーストエッジの指導の元、自じ在ざい法ほうを効率的に使う訓練を、毎日欠かさず行ってきた……が、契約以い来らい初めてとなる本格的な戦闘への緊きん張ちよう、上がりすぎたモチベーションが、持てる力を無む茶ちや苦く茶ちやなペースで吐き出させている。

(あまり長くは持たない)

 分かっていたことを改めて認にん識しきし直すと、ウァラクは愛すべき契約者を焚たき付ける。

「ああいう変則的な力を持った奴やつは、細さい工くをさせる前に、速攻で片付けるのよ!」

「うん!」

 ユーリイは答え、後方から斉せい射しやされる追つい撃げきの炎弾をかわしながら、丹に色いろの弾だん丸がんの軌き道どうを曲げる。その敵の浮遊する座ざ標ひようを、離れた位置から『隷れい群ぐん』の一部たる蜥蜴とかげで捉とらえ、

(すごい、力だ──もっと、上う手まく使えれば、もっと、たくさんの人を──)

 もっと楽に、とは考えず、自身の得た『魑ち勢せいの牽ひき手て』の力を、存分に振るう。スタミナが無限でないことは重じゆう々じゆう理解し、実感もしていたが、それでも抑えられない。技巧からの意味ではなく、心が、抑えを利かなくしていた。

「行く、ぞ!!」

 丹色の弾丸が径けいを縮めて収しゆう束そく、破壊力を増す。

 描かれるカーブの行き先を知ったウァラクは、

「ど、どうする──、っ!!」

 驚く間に、少年の狙いを察して、息を呑んだ。

 その後方、封ふう絶ぜつの空に輝く軌き跡せきを、アナベルグは蒸気の噴ふん射しやで追う。

(若い、討うち手だったか)

 彼も、それなりにフレイムヘイズとの交こう戦せん経験を持っている。ユーリイの戦い振りから、ようやく敵が強つわ者ものなどではない、素しろ人うと同然の新しん米まいであると見抜いていた。

(ただ逸はやり猛たけって、不ぶ器き用ように力を撒まき散らすだけという相手なら、むしろ組し易やすい……攻撃をかわし、いなして、消耗を待てばよろしい)

 いかに速いとはいえ、不ふ意い打うちでさえなければ、そうそう攻撃を受けたりはしない。ターンして向かって来ても、大きく回かい避ひしながら逐ちく次じ、炎弾をお見舞いするだけのことである。

(あの技、恐らく中からの攻撃はできない……一いち撃げきでしとめられなかったのは、敵ながら手抜かりと言う他ありませんね、ふ、ふ)

 左腕を失った痛みを怒りの微笑に変え、逃げる丹色の弾丸に次々と鉛なまり色いろの炎弾を撃うち込む。かわされているようだが、実のところ、それも先刻から張っている罠わなの一いつ環かんだった。

(不用意な反はん転てん攻勢をかけてきたときこそが、勝しよう機き)

 二度目の接触で自じ爆ばく寸すん前ぜん、擦すれ違い様ざまの攻撃をかけたのは、炎えん弾だんをとにかく命めい中ちゆうさせるためだった。それから以降、後方から同様に炎弾を放っているが、全てかわされている。

 それで、いいのだった。

 この、命中イコール爆発、という確信を無意識に抱かせ、不用意な突とつ撃げきをかけてきたところで、立て続けに外れそうな釣つる瓶べ撃うちを行う。そうして、隠かくし技たる『炎弾の任にん意い爆発』によって、外れたと思わせた炎弾を、周囲で一いつ斉せいに起き爆ばくさせる……!!

(いかにあの自じ在ざい法ほうが頑がん丈じように維持されていたとしても、不ふ意いに起きた全周からの大だい爆発を耐えるためには、相当な力を消しよう耗もうせずにはいられますまい──ふ、ふ!)

 一いつ旦たん、そうやって彼ひ我がの戦力バランスを崩し、不意打うちの成功という心理的優ゆう勢せいに立つことができれば、後は余よ裕ゆうで自じ滅めつを待つことができる。ひたすら逃げ回り、ときに反撃の素そ振ぶりでも見せれば、年とし若わかいフレイムヘイズは無意識に、再びの痛つう撃げきを警けい戒かいする。もはや戦せん局きよくを動かす大だい胆たんな行動、思い切った攻撃は、選択できなくなる。

(事実、これまでもそうでした)

 舌なめずりするように思い、逃げる丹に色いろの弾だん丸がんを追う。速度で劣っているため、すぐ引き離されるが、距離さえ開いていれば特段の問題はない……と考える間に、予定との齟そ齬ごが出た。

(どういう、ことだ?)

 その弾丸が引き返してこない。本当に逃げている。いつしか、封ふう絶ぜつの中心に立つエンパイア・ステート・ビルをグルグルと双そう方ほうして回る、間抜けな追いかけっこ状態になっていた。

(まさか、こうやって私の後方に付くつもりか?)

 向こうの速度が勝っているのだから、当然いつかは立場が逆転する。

(ふん……そうなったとして、後方から来るところを狙い撃つまで)

 向こうが時間を稼いでくれるのなら、むしろありがたいこと、攻撃する方向が変わるだけ、やることは同じ、と哂わらうアナベルグは、全く気付いていなかった。

 追いかけっこに興きようじる間に、双方の旋せん回かい半径が縮まっていたことを。

 エンパイア・ステート・ビルとの距離が詰まっていたことを。

 ユーリイはただ、その距離だけを欲し、飛び続けていた。

 そして遂ついに、『隷れい群ぐん』の一部たる蜥蜴とかげが、射しや程てい圏けん内に獲え物ものの入ったことを知らせ、

 これを受けた『魑ち勢せいの牽ひき手て』は進路を急速変へん更こう、敵との距離を一気に詰める。

 今まで壁としてあったエンパイア・ステート・ビルを、回らずに、突き抜けて。

「──」

 自身の蒸気で気配を混こん淆こうさせていたアナベルグは、

「──っ」

 突とつ如じよ、至し近きんにあったビルの壁面を砕き現れた丹色の弾丸を、

「──っな!?」

 逃げようのない腹の中心に受け止め、上下真っ二つに断ち割られた。

「っぐあああああああああ!!」

 この粉ふん砕さいを自分の正面に見たユーリイは、遂ついに果たした自分の悲願に喜ぶ、

「やった!」

「まだよ!」

 間を与えられなかった。

 ウァラクの叫びの意味を理解する前に、眼前。

「なん、何、なんという、ことだ」

「っは!?」

 隻せき腕わん、上半身だけとなったアナベルグが、空を貫つらぬいて飛ぶ丹に色いろの弾だん丸がん、その先せん端たんにへばりつき、衝しよう撃げきと熱にボロボロと部品を撒まき散らしながら、執しゆう念ねんの絶ぜつ叫きようを上げていた。

「私が、私、ワタシが! フレイムヘイズ、復ふく讐しゆう、だけの、抜ぬけ殻がら、に!」

「う……」

 怒りと欲望に塗まみれた声に押され、ユーリイは咽の喉どを詰まらせる。

 ウァラクは、この程度の〝徒ともがら〟を一いち撃げき必ひつ殺さつできなかったことに、内ない心しんで舌した打うちしていた。

(ちっ、追いかけっことビルの突破で、破壊力が減げん衰すいしてる)

「振り落とすのよ、ユーリイ!」

「──う、ん!」

 我に返り、頷うなずいたユーリイの顔色は、既に困こん憊ぱいの色を隠かくせなくなっている。が、その身の危険を押して戦うことへの、自身を燃やす充実を表してもいた。

(そう、だ……敵を、倒すんじゃ、ない──)

 丹色の弾丸が、軌き道どうを螺ら旋せん状に変える。

 ものの数秒で、残った胴どう体たいの半分がゴソッと脱落し、鉛なまり色いろの火ひの粉こに、次いで蒸気となって散った。ガクガクと揺れる絶叫は、未だ続いている。

「も、もっと、見、ワタ、人間の、人間、ニン」

 言う間に、バキン、とメーターのガラスが割れ、蒸気が噴ふん出しゆつした。

 苦痛と虚きよ脱だつ感かんの中、ユーリイは怪かい人じんの遺言に、強烈な怒りを覚える。

「僕は」

 脳のう裏りに、使い魔ま越ごしに聞いた彼の宣言が過よぎる。

(──「だから、私は与えるのです……炎ほのおによる喪そう失しつを、次なる変化に向かう人間たちへの祝福として」──)

「助ける」

 重く咆ほえる間に、また、別の言葉が過ぎる。

(──「やはり、人間であることを捨てた、広がりを持ち得ない抜ぬけ殻がらには、この偉い業ぎようの価か値ちは理解できませんか」──)

「僕は」

 体中から力が失せ、骨が肉が悲鳴を上げる。

 眼前に〝徒ともがら〟が張り付き、立ちはだかっている。

「ニ、見届、ト、」

「抜け殻じゃ、ない」

 それでも、咆ほえる。

 本当に言いたかった言葉──「僕は、僕も、人間だ」──は、事実ではなかった。それを分かって、分かっているからこそ、眼前の〝徒ともがら〟に、咆える。

「そう、だ、僕は、お前のような、奪う者から守る──それだけしかない者だ!!」

「人 、ゲ 、     」

 ユーリイに向かってか、それとも断だん末まつ魔まの切れ端はしか、判別のつかない片かた言ことを残して、遂ついに怪かい人じん・アナベルグは最後のパイプ、ネジ、メーターの針までバラバラになって、消えた。

「やっ、た……!」

 今度こそ、本当に。

 とうとう、自分の力で〝徒ともがら〟を倒した。

 とうとう、自分の力で、人を──

(!!)

 感かん慨がいに埋もれかけた心が、覚めた。

(そうだ、まだ、助けてなんかいない)

 丹に色いろの弾だん丸がんの針路が、変わる。

「よしなさい、無む茶ちやよ!!」

 少年の意図に気付いたウァラクが、制止の叫びを上げた。

「分かってる」

 答える少年の声は、消しよう耗もうというだけでない、静けさに満ちている。

「無茶なのは、分かってるんだ」

 それは、自分の道を全力で走り切ると決めた者の、真しん摯し過ぎる覚かく悟ごの様さま。

「あんたって、フレイムヘイズは……」

 ウァラクは、彼の行為を受け入れるしかないことを悟さとり、溜ため息いきとともに呟つぶやく。

「……こうやってしか、生きられないのね」

 慨がい嘆たんと呆あきれ、哀かなしみと共感を綯ない交ぜにした、それは理解の言葉だった。

「うん」

 ユーリイは頷うなずき、神じん器ぎ〝ゴベルラ〟を、より強く前へと突き出す。

 向かう先は、ただ一つ。



 ビルの壁面を砕き降りる間にも、互いに爪そう牙がを突き立て、猛もう火かを混ぜる、壮そう絶ぜつな殺し合いを繰り広げた獣けものと獣が、瓦が礫れきの底で対たい峙じしていた。双そう方ほうとも疲労に息い吹ぶきを荒げ、しかし全く衰おとろえない殺意を、言葉として交わす。

「依頼主を殺されたのは、初めてだ……趣味とはいえ、大した屈くつ辱じよくだな」

「そう思うんなら、余よ計けいな真ま似ねせずに、星のお姫様と引きこもってなさいよ」

 シュドナイとマージョリーは、不敵に言い合う陰で獣の足を摺すり、次なる行動への体勢を整える。

 互いを動かす戦せん機きがなんであるかは、分かりきっていた。

 アナベルグの討とう滅めつによって、気配を混こん淆こうさせていた蒸気も消しよう滅めつしている。封ふう絶ぜつ内に残された者たちの気配は明確に掴つかめるようになっていた。誰が、なにをしているか──今、どこにいるか──これから、なにをしようとしているのか──全てが、感じられる。

 シュドナイは、

 ただそこに在り続けるだけで、正面と頭上、双方からの挟はさみ撃うちに晒さらされるという、自身の置かれた危き機き的てき状況を思った。思って慌あわてず、

(さて、どう動くか)

 迷うというよりは、戦機に動くための予よ備び動作として、思し考こうを流す。

(もはや依頼人もいない……ここで妙みような意地を張って戦う必要はない、が)

 眼前で戦意に逸はやり猛たけるトーガの獣を、虎とらの瞳ひとみで見つめた。実際に干かん戈かを交えてこそ掴める、容易ならぬ強敵の実感、それだけが唯ゆい一いつにして絶対の判はん断だん材料。

(この殺し屋が、易やす々やすと逃のがしてくれようはずもない)

 それどころか、下へ手たな逃走の挙きよ動どう、緩んだ様よう態たいなど見せれば、的確にして苛か烈れつ、遠えん慮りよ容よう赦しやのない追い討うちがあることは明らかだった。

(皆殺しにするか)

 それが一番簡かん単たんな方法ではあった。力ちから技わざで両者を討ち伏せることは十分可能──

(だが)

 と、自身の爪つめと炎ほのおで掴んだ実感が、掣せい肘ちゆうをかける。

 強力なフレイムヘイズが死に瀕ひんして発はつ揮きする底力は、甘く見てよいものではない。大した意義もない場ば末すえの戦いで、無む駄だな深ふか手でを負うリスクは避けるべきだった。

(面めん倒どうだな……やはり、退ひくか)

 見切りを付けた彼は、退くに容易ならぬ敵を出し抜くための算さん段だんを、考えない。ただ戦いの流れに身を任せ、閃ひらめきを得る時を、なおも続く危機的な状況の中で、悠ゆう然ぜんと待つ。

 マージョリーは、

 不ふ意い打うちによる深ふか手でを負っている。この身でも、死力を尽くして戦い、挟撃すれば、シュドナイに痛つう撃げきを与える、上う手まく行けば討とう滅めつすることも不可能ではない、だろう。

(でも)

 彼女は、『命いのち懸がけ』の戦いを安売りする気など、微み塵じんもなかった。フレイムヘイズという存在が、単純な、ただ力を振るい暴れ回るだけの狂きよう戦せん士しでないことの所以ゆえんを、最も色濃く宿した者であればなお、当然のこと。すなわち彼女が思うのは、

(こんなところで死ぬわけには、いかない)

 この、自身が果たすべき復ふく讐しゆうのために生きる、という『戦意に根ざした、生への強烈な渇かつ望ぼう』である。ゆえに、彼女始め、極きよく限げん状態にあるフレイムヘイズの大半は、命を使った博ばく打ちなどを軽々に打ったりはしない。使命に生きる云うん々ぬんは、しょせん〝王〟との契約における建たて前まえ、行為を正当化する後付けの理り屈くつに過ぎない。

(奴を、殺すまで、絶対に死ねない……絶対に!)

 最終的に、彼女はそれだけを思う。生き延びてこそ、仇きゆう敵てきを目指せる。数百年を戦い抜いてきた、というのは、死を避ける選択肢しを採り続けてきた、ということでもある。この、極限状態における冷静な判断力を備えていないフレイムヘイズは、生きてゆけない。

(そう、生きる)

 そのためだけに感覚を研とぎ澄ます、ほんの数秒間だけの、思し考こうと決定。

 片方は、無む駄だな戦いに見切りを付け、退ひく判断を下した。

 もう片方は、命懸けの戦いを、生き延びるために避けた。

 いずれも至し極ごく当然な、理り路ろ整然とした、生きるための道だった。

 この戦場でただ一人、ユーリイだけが、異なる道を選んでいた。

 瓦が礫れきの底で戦せん機きの到とう来らいを待つ獣けものと獣を、丹に色いろの光が照らし出す。



 ユーリイの纏まとう『隷れい群ぐん』の竜たつ巻まき、丹色の弾だん丸がんが、今まさにシュドナイを直上から襲おそう。

 瞬間、

「ぬうん!!」

 不用意に回かい避ひすれば双そう方ほうからの挟きよう撃げきに遭あうだけ、と分かっていた戦闘巧こう者しやたる〝紅ぐ世ぜの王〟は、より強い敵・マージョリーの反撃を最も遅らせることのできる唯ゆい一いつの突破口こうに向かい、全身の輪りん郭かくを膨ぼう張ちよう変形させて──飛ぶ。

 驚いたのは、ユーリイだけだった。

 巨大な鳥となったシュドナイが真ま正面に迫る、

「──っ」

 と見たときには既に、

「──っ、ぁ!?」

 その刃やいばとなった翼つばさに、力を弱めていた竜たつ巻まきは切り裂かれていた。

 中にあった少年も、諸もろ共ともに、ひとたまりもなく。

 フレイムヘイズ『魑ち勢せいの牽ひき手て』ユーリイ・フヴォイカは、自分が敵たる〝徒ともがら〟二人にそうしたように、胴どうを真っ二つ、断ち割られていた。

 そして、百戦錬れん磨まの〝千せん変ぺん〟シュドナイは、少年のように、詰めを忘れたり誤ったりはしない。断ち割られ、二つになって燃え落ちてゆく残ざん骸がいへと、その向こうに在る本当の標ひよう的てきへと、肩に一つ生はやした鎌かま首くびから、

「ゴアアアアアッ!!」

 追つい撃げきを断つための、特大の炎えん弾だんを放っていた。

 無論、フレイムヘイズ屈くつ指しの殺し屋たる『弔ちよう詞しの詠よみ手て』マージョリー・ドーは、欠かけ片らも油ゆ断だんなどしていない。動どう揺ようも今は感じない。この、自分に向けられた必殺の一いち撃げきを、トーガの口から吐き出した特大の炎弾によって相そう殺さいする。

「はああああああっ!」

 間にいる、すでに致ち命めい傷しようを受けた、助けようもない、無む謀ぼうにも突っ込んできた、ただ殺されるためだけに割って入ったも同然の、ユーリイ少年にも、

 無む論ろん、構わず。


 ほんの少しだけ欲しかった──涙は、トーガに包まれていて、見えなかった。

(ごめん、ウァラク)

(しくじってない、でしょ?)

 しかし、ただの錯さつ覚かくだろう──炎ほのおの獣けものは、悲しげな顔をしているように、見えた。


 特大の炎弾同士の激げき突とつは、シュドナイを遥か遠くへ押しやり、マージョリーをその場に押さえつけ、ユーリイを粉こな々ごなに打ち砕き……激しい戦いにようやくの水みず入いりと、死を齎もたらした。

 それだけの、ことだった。

 世界最高を誇る高こう層そう建築物、エンパイア・ステート・ビルへの放火と破壊を目論もくろんだ〝紅ぐ世ぜの徒ともがら〟──〝穿せん徹てつの洞ほら〟アナベルグは討とう滅めつされ、その企き図とも潰ついえた。

 それこそが、成果だった。

 全てが当然の、在り様ようと結果。