突然、目の前が、真っ白になった。
違う──銀色の光で、満たされた。
燃えている──『館』が、炎に包まれていた。
階下、恐怖の絶叫と逃げ惑う騒ぎが、分厚い絨毯と石作りの床越しに伝わってきた。
ジェイムズの色金狂いが、デイヴィットの糞野郎が、慌てふためいて立ち上がった。
伏せていた兵士が気取られた──娘たちが秘密を漏らした──テトスの親父が、父の旧友が裏切った──最初から全てが罠だった──あらゆる可能性を並べ立て、すぐに否定した。
用心棒たちを求め女を押し退ける太った爺、目の前で護衛に飛びつく軟弱な男、叫ぶだけの女たち、戸惑いを見せる用心棒、護衛、男ども、誰も、なにも、分かっていない。
が、なにが起こったのかは、どうでもよかった。目に明らかな異常事態も、例え天が砕け地が消えても、知ったことではなかった。自分の全てを、今ここに遂げねばならない。
こいつらを自分の手で消す。
それだけしか、頭になかった。
ドレスの内に隠していたナイフを掴み、助けを求める振りをして糞野郎に──
グン、
と、床が大きく撓むのを感じた、また沈み込んだかと思った、
途端、全てが弾けた。
屋根が巻き上げられ、壁が砕け、窓が破れ、床が抜けた。カーテンが絨毯が椅子がテーブルが食器が酒が食べ物が吹き飛び、燃えた。梁が落ち、煉瓦が散り、炎が舞い、黒煙が満ち、
自身は、転がっていた。
血と煤に塗れて、痛みで動けず、手にナイフはなかった。
そんな、無様に転がる、転がることしかできない自分の前に、
銀色に燃える狂気の姿が、聳え立っていた。
覆い被さってくるように、太い手足を大きく広げる、歪んだ西洋鎧。その汚れた板金の隙間からザワザワと這い出そうとしている、虫の脚のような物。鬣のように炎を噴きあげる兜。まびさしの下にある、目、目、目、目……
(なに、よ、これ……)
わけが、分からない。
理解不能な状況の中、想像を絶する相手は、腕を振り上げた。軋む板金の中に蠢く虫の足、その隙間から銀色の炎が噴き出し、瓦礫の間から、目当てのものを引きずり出す。
苦痛以上に、恐怖の悲鳴を上げる、同僚の娘たち。
宙吊りのまま喚き、怯えて暴れる、『館』の用心棒や男ども。
同じく暴れる兵士たちに芸人衆、流血し意識を失っているテトス親父。
そして、護衛もろとも磔のように持ち上げられる、ジェイムズとデイヴィット。
(こい、つ)
銀色に燃える化け物は、覆い被さる姿勢のまま、無数の目を全て、自分に向けている。
(私を、見ている)
やがて化け物は、宙にある者らを喰らい始めた。まるで果実をもいでは頬張るように。娘たちから、順番に、一人ずつ……一人ずつ……一人ずつ……一人ずつ……一人ずつ……
(違、う)
なぜか皆、一人喰われる毎に、同じ反応を示した。まるで、自分が初めて喰われるかのように。それまでに喰われた者たちを忘れてしまったかのように。一人が傍らで喰われていくという極限の恐怖が過ぎると、また次の者が、喰われるという未知の恐怖に叫ぶ。
(わらってる)
こんなことになっても、起き上がれない、指一本動かせない、ナイフもない。
ただ、床に転がっていることしか、化け物の為す様を見続けることしか、できない。
(私を、わらっている)
今ここにある全てを、壊して、殺して、奪って、嘲笑う──
自分の合図で始まる、自分の手で変える、自分の意思が世界を拓く──
あるいは今の光景こそ、自分が遂げ、果たすべきものだったはずなのに、それを──
(あざ、わらって、いる)
ジェイムズの色金狂いとデイヴィットの糞野郎が、炎の中で引き裂かれ、鮮血を撒き散らすのを見ても、血を啜られるように喰われてゆくのを見ても、動けなかった。自分のものを、自分の全てを、本当になにもかも、奪われた瞬間だったというのに──動けなかった。
ただ、銀色の怪物は、笑っている。
(嘲笑っている)
だから、瀕死の体に残された全てで、叫ぶ。
悪夢を破るために、全身全霊を奮い起こして、叫ぶ。
叫ぶ。