COLUMN 富野監督作品全解説2 1980~1988


イデが浮き彫りにする人の〝業〟
『伝説きよじんイデオン』
一九八〇年五月八日より放送 全三九話


『伝説巨神イデオン』のメインスポンサーはトミー(現・タカラトミー)。日本サンライズ(現・バンダイナムコフィルムワークス)は『イデオン』の直前にトミーの提供で『科学冒険隊タンサー5』(つじたかお監督)を制作しており、メカデザイン担当の会社サブマリンは『タンサー5』に続き、日本サンライズの依頼で『イデオン』に参加することになった。
 玩具のセールスポイントは二段変形と合体。三台の自動車がそれぞれ飛行機や戦車に変形し、さらに変形合体して巨大ロボットになるギミックが売りだった。サブマリンのぐちゆういちは三台のデザインにあたり戦車、タンクローリー、幼稚園バスを想定したという。
 富野の参加が決まったのは、トミーがスポンサーとして正式に決まった後。その時点でメインメカの方向性はすでに決まっていたが、富野はそれをあえて「第六文明人の遺跡」と設定して自身の物語のプランの中に組み込んでいった。
 物語は、地球の植民惑星ソロ星に、伝説のげんちからイデを求める異星人バッフ・クランの探索隊が接近したことから始まる。ドバ総司令の次女カララが好奇心からソロ星に降り立ったために、両者の間で戦端が開かれてしまう。ソロ星の避難民たちは、発掘されたばかりの第六文明人の遺跡──宇宙船ソロシップと巨大メカ・イデオンを使い、バッフ・クランと戦いながら、宇宙へと逃亡の旅に出る。イデを巡る逃避行と追撃。戦いは次第に激しさを増し、多くの生命が失われていく。
 キャラクターデザインのがわとものりは、『無敵鋼人ダイターン3』で敵側のドン・ザウサー、コロスなどのデザインを担当したことがあったが、本作で本格的に富野とコンビを組んだ。富野は「湖川の〝女〟の部分がほしいと思った(1)」と起用の理由を語っている。湖川は最初にカララのデザインを固め、髪型や瞳の処理など『イデオン』の世界観はそこで決まったと話している(2)。さらに湖川はキャラクターの色彩設計も手掛けた。当時、『イデオン』で使えたセル絵の具の色数は九二色と少なく、青や赤の髪色やバッフ・クランの軍服の白などは、そうした制限の中で選んだ色だったという。
 プロデューサーは前年に『サイボーグ009』を担当したがわとおる。演出も『009』班にいたスタッフが多い。音楽のすぎやまこういちも『009』に続いての登板だ。一方、脚本は『タンサー5』に参加していたわたなべゆうとみすけひろが参加。『機動戦士ガンダム』に続いて参加した松崎健一は、そのSFセンスや知識を期待して富野が声をかけたという。
『ガンダム』のヒットは、いわゆる〝リアルロボットもの〟というカテゴリーを生み出すことになった。〝リアルロボットもの〟に具体的な定義はないが「ロボットを工業製品として扱うこと」「ロボットは軍隊などの組織が道具として運用する」「シリアスな人間ドラマを描く」などが特徴として挙げられる。『イデオン』も〝リアルロボットもの〟に分類される作品ではあるが、『ガンダム』直後の段階ではまだ〝リアルロボットもの〟としてのジャンル意識は明確ではなく、その後の〝リアルロボットもの〟に受け継がれていない要素は多い。例えばイデオンのパフォーマンスは、イデのゲージの状態に左右されることが多く、パイロットの操縦によるものだけではない。対する敵ロボットは三本脚の重機動メカが中心だが、それ以外にも戦闘機、宇宙船、手足を持たない特殊な戦闘兵器など多岐にわたる。この「なぜ動いているのかわからない異文明のロボット」という点と、異種格闘技的要素がある戦闘は『イデオン』のロボットアニメとしての特徴だ。
 当初全四三話の予定だったが、玩具セールスの不調などにより、TV放送は第39話で打ち切りとなる。その後、未放送部分の公開を目的に劇場版の制作が決定する。それは一九七七年の『宇宙戦艦ヤマト 劇場版』の大ヒットから始まったアニメブームの中に、大きな足跡を残すことになった。ライター・編集者のさいとうよしかずは、当時の熱気を次のように振り返る。
「劇場版『イデオン』の公開までの舞台裏を描いたゆうきまさみ氏のイデオン マイナーノート及びマイナーノート補足は、当時のサンライズと、その周辺に集まったアニメファンたちの熱気と陶酔を伝える、迫真のドキュメントであるが、その中にこんなひとコマがある。オールラッシュの試写にアニメ誌の記者を招いた、サンライズの関係者が上映を前にして口上を述べるシーンである。
本日お見せするイデオンのラッシュフィルムは、現時点における世界最高の映像です
 現実に私はロマンアルバムの担当者として試写を見学し、その口上を聞いたことがある。(略)あの時あの場にあった高揚感はまぎれもなくホンモノだったのだ。
 怖いもの知らずで目の前の道がまっすぐ天上へ続いてゆくであろうことを疑いもしなかった。今から思えば、あれはアニメの〝青春〟であったのだろう(3)。」
 劇場版『THE IDEON』は、アニメが、どんどん深化・進化していくことが当たり前に感じられた時代の最先端の作品でもあったのだ。

SF西部劇で人のバイタリティを描く
『戦闘メカ ザブングル』
一九八二年二月六日より放送 全五〇話


 よしかわそう監督と脚本家の鈴木良武が進めていた企画『エクスプロイター』が頓挫し、新たに富野が監督を引き受けることになり生まれたのが『戦闘メカ ザブングル』だ。このため原作のクレジットが『無敵超人ザンボット3』に続き、鈴木と富野の連名になっている。富野はここでガソリンエンジンで動くロボットが労働力として使われる、SF西部劇というユニークな世界観を立ち上げた。
 舞台は惑星ゾラといわれる地球。シビリアンと呼ばれる人々は、惑星各地に存在するドームに住むイノセントたちの有形無形のコントロールを受けていた。シビリアンの少年ジロン・アモスは、両親の仇のティンプ・シャローンを追いかけていた。ゾラではあらゆる犯罪は三日間逃げ切れば免罪になる。周囲にバカにされながらも、本懐を遂げようとしぶとく頑張るジロン。無法集団サンドラットのラグ・ウラロや交易商人の娘エルチ・カーゴとも知り合い行動を共にすることになる。ジロンたちの行動はやがてイノセントにも注目されるようになり、ジロンたちは反イノセント組織ソルトに接近していくことになる。
『ザブングル』の放送枠は名古屋テレビ(キー局)土曜一七時半から。この放送枠は『ガンダム』が放送された枠で、以降は『無敵ロボ トライダーG7』『最強ロボ ダイオージャ』と、対象年齢を若干低めに設定した作品を放送していた。そのため『ザブングル』は、「〝ガンダム〟〝イデオン〟のシリアスラインと〝トライダーG7〟〝ダイオージャ〟のギャグラインの中間であるユーモア・アクションを狙っています」、と企画書(4)には書かれている。
 キャラクターデザインはイデオンに続いて湖川友謙が担当。ジロンの主人公らしからぬ丸顔のデザインはインパクトをもって受け止められた。また瞳のハイライトを斜めの白線で表現するスタイルは、ほかに例を見ない個性的なデザインである。これは蛍光灯が瞳に映り込む様子をヒントに考案されたという。
 湖川は『ザブングル』の作画について「●動き中心の可能性 ●リアリティのある考え方 ●基本を無視したデフォルメ」を土台にすることを考えたという。しかし第1話「命をかけて生きてます」以降は、劇場版『THE IDEON』の作業があったため、第27話「うたえ! 戦士の歌を」まで半年の間は、ゲストキャラクターのデザインしかできず、作画の狙いを徹底できなかったと語っている(5)
 その一方で本編では、動画を入れない「中なし」のアクションや、『未来少年コナン』(演出:宮﨑駿)をヒントにした体を使ったアクションなどが頻出し、バイタリティあふれるキャラクターたちの存在を印象づけた。
 メインのメカデザインはおおかわくに。交易商人のエルチたちが使う母艦(ランドシップと総称される)のアイアンギアーは、『エクスプロイター』のときにデザインされたものである。その後、ガソリンで動くロボットという世界観を受けて、自動車から人型ロボットになるザブングルがデザインされた。
 玩具展開が前提のザブングル、アイアンギアーに対し、具体的に世界観を表現したのは、その周囲を固めたさまざまなウォーカーマシンである。荒野で働くガソリンエンジンのメカという泥臭さを体現したような、大小さまざまな形状のメカで、(戦闘目的を含めた)作業機械で多くのものは顔も持たない。デザインはメカニカル・ゲストデザインのいづぶちゆたかが担当。富野がラフを描いたものも多く、湖川がデザインをしたものもある。
 メカの見せ方についても新しい挑戦が行われた。序盤では、主人公メカであるにもかかわらずザブングルが二台登場して対決するなど、印象的なシーンが作られた。後半はジロンの乗る機体がザブングルからウォーカー・ギャリアに切り替わり「主人公の二号ロボットへの乗り換え」を行った。本作以降、『聖戦士ダンバイン』から『機動戦士ゼータガンダム』まで、主人公の二号ロボへの乗り換えは定番のイベントとなっていく。
 一九八三年七月九日にはTVシリーズの総集編映画『ザブングルグラフィティ』が公開されている。監督は富野だが、TV版に絵コンテ・演出として参加したきくかずひとが構成演出として立っている。反イノセント組織ソルトにかかわる部分をカットしてシンプルにまとめた一方で、完成画面ではない動画撮影を見せて「これが動撮だ! まにあわないとこうなっちゃう」というファン向けの内輪ウケギャグなども盛り込まれている。同時上映は『太陽の牙ダグラム』(たかはしりようすけかんたけゆき監督)の総集編映画『ドキュメント 太陽の牙ダグラム』(高橋良輔監督)とギャグ短編『チョロQダグラム』(演出:うらまさのり)。
 富野は一九八三年八月に文庫『増補改訂版 だから僕は…』(アニメージュ文庫)が出版されるのにあわせ、アサヒグラフ一九八三年六月一七日号に載った、TVアニメの「総集編二本立て」で商売をしようとする志の低さを皮肉った映画評を取り上げて、評へのコメントを同書の締めくくりとしている。
「まさに、御指摘のことに加担してきたわけで、この状況すべてをクリアーにする力を、我に! と、イデ(イデオンでつかった絶対力の名称)の存在に願いたくもなる……(6)。」

異世界バイストン・ウェルの創出
『聖戦士ダンバイン』
一九八三年二月五日より放送 全四九話


『ダンバイン』は中世ヨーロッパ風の世界を舞台にしたハイファンタジーだ。これは一九八三年の国内エンターテインメントとしてはかなり珍しい存在だった。アメリカではこの少し前から、テーブルトークRPGが普及しコンピューターゲームも登場しつつある状況があり、『コナン・ザ・グレート』(一九八二年七月日本公開)や『ダーククリスタル』(一九八二年一二月アメリカ公開)といったファンタジー作品の映画化が試みられるようになっていた。このようなエンターテインメントのトレンドの変化が、『ダンバイン』登場の遠景にはあったと考えられる。
 富野が創造したバイストン・ウェルは「海と陸の間にあり、輪廻する魂の休息と修練の地」と説明される。この世界には、コモンと呼ばれる普通の人間たちだけでなく、羽の生えた妖精のようなミ・フェラリオ、天女のようなエ・フェラリオ、野卑で粗暴な種族ガロウ・ランなどが暮らしている。この世界は、命あるものすべてが持つ〝オーラちから〟によって支えられている。
 キャラクターデザインは湖川友謙、美術監督はいけしげと『ザブングル』から連続するスタッフ陣も参加している。では、この世界にどのようなロボットがふさわしいか。
 メカデザインはスタジオぬえのみやたけかづたか。宮武は富野にまず「変形ロボットにしろ合体ロボットにしろ、いじればいじるほど没個性になって存在感が薄くなる(7)」といわれたという。富野はキャラクター性が強い、新しいロボットキャラクターを求めていたのである。またサイズについてもパイロットのフィギュアと並んで置けるぐらいの小型サイズがいいというオーダーもあったという。このように『ダンバイン』は「玩具を売るためのロボットアニメ」における新機軸へのチャレンジでもあった。
 そのうえで宮武がいくつか出したアイデアの中に、セミに手綱をつけて、その背中に乗って空を飛んでいる人物の絵があった。これを突破口にして、昆虫世界で虫の羽を持ったロボットという方向性が生まれた。まずクロカナブンをベースに一般兵士が乗るドラムロがデザインされた。そしてそこで固まったコンセプトを踏まえ、カブトムシをベースにした主人公機が描かれこれがダンバインとなった。宮武はこのほか、オーラバトラーのダーナ・オシー、それに長距離移動用のサポートメカ、ウィングキャリバーのフォウ、主人公たちが乗るオーラシップ、ゼラーナのデザインをしている。諸事情により宮武が抜けた後は、出渕裕が参加し、さまざまなオーラバトラー、オーラシップをデザインしている。
 インパクトがあったエピソードは第16話「東京上空」から第18話「閃光のガラリア」にかけて描かれた、いわゆる〝東京上空三部作〟だ。これは主人公ショウ・ザマが、ドレイク軍のガラリアと戦闘中にオーラロードが開き、二人が地上界へと送りだされてしまうというエピソード。地上界へ赴くエピソードは、第三クール冒頭あたりに想定されていたが、それを前倒しにした形で描かれることになった。第16話「東京上空」(脚本:渡邉由自、絵コンテ:せきおさむ)の後半で、ショウは東京・吉祥寺の自宅にダンバインに乗った状態で出現する。
 ショウの父親(シュンカ・ザマ)は経営コンサルタントと設定されているが、作中で具体的に仕事に言及はされていない。シュンカが書斎でパイプをくわえながら書き物をしていると、背後のテレビに彼が出演中の姿が映し出されている。そこに秘書がコーヒーを運んでくる。シュンカは秘書に「経済企画庁の資料はどうした」と尋ねると、秘書は「そろえました」と答えて、そのまま脇にしゃがみ込み、デスクに腕と頭をちょこんとのせている。台詞はごく普通だが、演技によってシュンカと彼女の関係性が浮かび上がってくる。
 玄関が開く音がしたので、彼女(川原ヨーコ)は「嫌だ。今頃誰かしら」と行って、書斎のドアに向かう。するとドアが開き、シュンカの妻(チヨ)が入ってくる。
 チヨは教育評論家という設定。台詞から講演の仕事がなくなったため予定よりも早く帰宅したことがわかる。チヨが「ヨーコさん、この家の台所は私のものですから勝手にいじらないでくださいね」などと、嫌味を言い始めたことをきっかけに、シュンカとチヨの口論が始まる。「こんなことやっているからショウが家出するのよ」「お前が教育者ヅラをして家をあけてばかりいるからだ」「ショウがほしがるものをあげるだけの甘やかしをしてるから」。仕事(と愛人)にかまけて子供を顧みない両親とその子供という構図は、『Zガンダム』でも繰り返されている。
 この夫婦喧嘩のさなかにダンバインが現れることになる。しかし、二人は眼の前に現れたショウを息子だと認めようとしない。ショウが本人かどうかを見分けるための質問を思いつけたのが、父の愛人のヨーコだけというのは非常に皮肉な構図である。
〝東京上空三部作〟はこの後、地上でのガラリアとの戦闘が描かれ、新宿を中心に大きな被害が描かれる。この一連の戦闘シーンは、現実の土地や建物を、ある程度のリアリティを持って描く初期の例の一つで、さらに防衛隊のヘリや戦闘機なども登場し、「実景の中に異形の存在が現れる」という〝怪獣映画〟的趣向の魅力がある。しかし、同時に重要なのは『ガンダム』でも描かれた「子供が親を捨てる」という親離れのエピソードでもあるという点だ。
 第32話「浮上」(脚本:富田祐弘、絵コンテ:斧谷稔・いまがわやすひろ)で、バイストン・ウェルの混乱を収めるため、エ・フェラリオの長ジャコバ・アオンが、オーラマシンをすべて地上へと放逐し、以降は地上界で物語が展開する。この後半戦開始の直前の、一九八三年八月にはメインスポンサーだったクローバーが倒産。バンダイがメインスポンサーとなり、番組のテコ入れのために設定された二号ロボ、ビルバインの玩具はトミー(現・タカラトミー)から発売されることになった。
 後半のエピソードではジェリルの操るオーラバトラー、レプラカーンが巨大化して攻撃をくわえてくる第37話「ハイパー・ジェリル」のパワフルな戦闘が注目を集めた。絵コンテ・演出が今川泰宏、作画監督がスタジオ・ビーボォ(湖川友謙主宰の作画スタジオ)の若手おおもりひでとしきたづめひろゆきのコンビ。今川は後に『機動武闘伝Gガンダム』で監督を務め、大森と北爪は『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』で腕を振るうことになる。
 富野はさまざまな形で本作への反省を語っているが、ショウについては第1話での描き方が作劇ミスだったと語っている。その失敗とは、第1話「聖戦士たち」(脚本・絵コンテ:斧谷稔)で、地上から召喚されたショウを寝かせてしまったことだという。第1話では確かに、夜に召喚され、時間を飛ばして翌日になる描写があり、さらにもう一泊してダンバインに乗ることになる。時間の流れも飛び飛びで、その結果もあって画面における動きの印象が非常に薄い。
「あの人(引用者注:ショウ)、バイストン・ウェルで一晩寝たでしょう。あの間がショウ・ザマを自堕落にしたんです。降りて来た時に、完全な戦闘空間にスポーッと入っていたら、弾んだね。
(略)敵味方を順々に見せていくというTVの作り方を投影させて、ショウにその中を上手くくぐり抜けて行かせよう……という穏やかなルートを作った。個人でなく世界を上手く見せようという気分がここにも出てた(8)。」
 バイストン・ウェルというユニークな世界とキャラクターを並行していかに描けばいいかという難しさがここにある。
 設定制作として参加したかざひろしは、時代の半歩先どころではなく「二歩半先、それもかなり競歩状態で斜め上を向いていたのではないか(9)」と、『ダンバイン』という作品のユニークさと、それゆえの難しさを振り返っている。

ペンタゴナワールドの青春群像
『重戦機エルガイム』
一九八四年二月四日より放送 全五四話


『重戦機エルガイム』の舞台となるペンタゴナワールドは、一九七九年一二月に富野が描いたイメージボード『ムゲン・スター』の中にすでに登場している。イメージボードでは二重太陽と同じ軌道上に並んだ五つの惑星が登場する太陽系が描かれており、キャラクター名も含めいくつかの固有名詞はこの時点ですでに原型が見られるほか、ポセイダルの圧政と人々の反乱という構図まで描かれていたという10。この企画は、一九八三年には「Spiral Flo スパイラルフロー」と改められ、企画書としてまとめられている。『エルガイム』のプリプロダクション段階で、後にダバ・マイロードと名付けられるキャラクターの原案に、ムゲン・スターと名前が書かれている11
 この富野が考えた作品世界の大枠を踏まえつつ、シリーズ構成の渡邉由自が構想したテーマ性やストーリーライン、メカデザイン・キャラクターデザインで参加したながまもるの構築した世界観などが組み合わさって『エルガイム』の世界が完成したと考えられる。
 当初渡邉が構想したプランでは『スター・ウォーズ』を念頭に置いて「親の仇をとってお家を再興する」というスタンダードな大枠を用意し、そのうえで正規軍に入るつもりで故郷を出たダバが、正規軍ではなくアマン商会の自警軍に入るという方向を想定していたという。このアマン商会が実は、反乱軍の後ろ盾となっており、やがて星系を支配するポセイダルが親の仇であることが見えてくるという展開に繫がる予定だった12
 本編は、コアムの田舎から出てきたダバ・マイロードと友達のミラウー・キャオのコンビが、山賊あがりのファンネリア・アムと、正規軍一三人衆の一人だったガウ・ハ・レッシィと出会い、ここに妖精のような先住民ミラリィのリリス・ファウをくわえたメンバーで、反乱軍に参加していく展開となった。『ザブングル』『ダンバイン』と続いた二号メカの登場も行われ、ダバの乗機がエルガイムから変形機能を持つエルガイムMk-IIへと交代する。また一年シリーズの前半と後半で主題歌が「エルガイム-Time for L-GAIM-」(MIO/現MIQ)から「風のノー・リプライ」(あゆかわ)に変更になるが、このような試みが行われた極初期の作品でもある。
 本作は「若者の気分」を作品に反映することと同時に若手育成が意識された作品だった。
 文芸面では富野から渡邉に「村上春樹風の若者的な風俗」を取り入れてほしいという話があったという13。当時の村上春樹は、長編でいうと一九八二年に『羊をめぐる冒険』で第四回野間文芸新人賞を受賞した後の時期で、一九八七年の『ノルウェイの森』で大ヒットを飛ばすかなり前。おそらく村上春樹の具体的な作品が念頭にあったというより、日本の土着の雰囲気から距離をとった都市生活者のムードというイメージだったのではないだろうか。例えば本作ではサブタイトルがすべて英語(カタカナ表記)になっている。渡邉、富田といったベテランのライターに加えて、若手の女性ライターのわたなべが参加したのも、そうした若い感覚を期待してのことだったろう。
 そのような若手起用の筆頭はいうまでもなく永野護であるのは間違いない。キャリアの浅い永野を、メカニカルデザインとして抜擢しただけでなく、キャラクターデザインもすべて任せるというのは富野の大英断であった。
 永野の描くヘビーメタル(この世界でのロボットの総称)は、スマートで個性的なシルエットとメカニカルなディテールの魅力を併せ持っており、アニメ業界やアニメファンに強いインパクトを与えた。ムーバル・フレームという、内骨格とそこに収まったメカニックの上に装甲がついているという発想は、モノコックボディの発想がメインだったロボットデザインにとって新機軸であった。このアイデアは、そのまま『Zガンダム』以降に登場するモビルスーツがムーバブル・フレームを採用しているという設定に受け継がれることになった。
 キャラクターデザインも、個性的な髪型のシルエットと、ファッション性の高い衣装で、多くのファンの心を摑んだ。一九八四年の第二回日本アニメ大賞のファン大賞キャラクター部門では、ダバが男性部門、レッシィが女性部門でともに一位に選ばれ、永野は手塚治虫選考委員長から賞状とトロフィーを受け取った。
 湖川友謙はアニメーションディレクターという肩書で一歩下がったポジションに立ち、各話の作画監督は『ダンバイン』で頭角を現したビーボォーの若手である北爪宏幸、大森英敏、えんどうえいいちまさゆきが中心となった。

シリーズ化、年代記化する『ガンダム』
『機動戦士Zガンダム』
一九八五年三月二日より放送 全五〇話


『ガンダム』終了から五年後にスタートした続編。企画の背景には『ガンダム』以降、バンダイがスポンサーとして加わった『ザブングル』『ダンバイン』『銀河漂流バイファム』『エルガイム』のセールスが、『ガンダム』を上回ることがなかったのが大きな原因としてある。この後、『ガンダム』シリーズは間を空けながらも現在まで継続して制作されることになる。
『ザブングル』、『エルガイム』で制作デスクだったうちけんが、プロデューサーとなって作品を担当。内田はこの後、『逆襲のシャア』まで富野による『ガンダム』を担当する。富野はスタッフィングについて「ファースト(引用者注:『ガンダム』)という殻を脱皮したいんだ14」と内田にリクエスト。このリクエストは、富野メモにある「五年後のスタッフの発見15」という記述や、若手育成を一つの課題に掲げた『エルガイム』の延長線上と考えることができる。結果的に前作の世界観を担ったキャラクターデザインの安彦良和、メカニカルデザインの大河原邦男に参加してもらいつつ、その周囲を若手が固めるという体制となった。
 モビルスーツのデザインは当初、永野護がメインで担当する予定だった。しかし諸事情で降板が決まったため、デザインワークスとしてクレジットされている。これは、ムーバブル・フレームを持つモビルスーツのコンセプトや、コックピットのリニアシートなどのデザインなど世界観に関わるデザインを担当したからだ。モビルスーツのデザインには永野以外にも、多数のデザイナー、マンガ家、アニメーターなどがコンペ形式で参加している。
 このほかにもこれまで日本サンライズとは縁のなかった新しいスタッフにも参加してほしいということで、美術監督のひがしじゆんいちやオープニングの作画を担当したうめやすおみに声がかかり、当時注目の東映動画(現・東映アニメーション)の演出家、とうじゆんいち(クレジットでははだいち)に第19話「シンデレラ・フォウ」などの絵コンテも依頼している。
 タイトルメカであるZガンダムのデザイン決定がずれ込み、登場が第21話までずれ込んだ。そのため主人公カミーユ・ビダンは当初、ガンダムの後継機ガンダムMk-IIに搭乗し、その後Zガンダムに乗り換えることになった。この主役メカの登場遅延にあわせてバンダイからリクエストが出たのはMSV(モビルスーツ・バリエーション)を登場させることだった。MSVはプラモデルのみで展開したスピンオフ企画。当時、バンダイ開発第一部部長という立場で『Zガンダム』担当だったまつもとさとるによると、バンダイ側としては次のような目論見があったという。
「MSVの登場に関してはこちらからお願いしましたね。そもそも主力商品のZが20話過ぎまで登場しないわけですから、それなら〝つなぎ〟としてMSVは出してほしいというわけです。それにMSVはサンライズがガンダムの続編をなかなかつくらないので、バンダイで独自に展開したわけです。そういうものを作品にも出してもらうことで適当に作ったものじゃないよと認知してもらう狙いもありました16。」
 こうしたことの積み重ねにより『ガンダム』シリーズといわゆるガンプラは、「人気ロボットの商品化」という枠を超えた密接な関係を育んでいくことになる。
『Zガンダム』で一四本、続く『ガンダムZZダブルゼータ』で一七本の脚本を担当した脚本家のえんどうあきのり(当時・あきのり)によると『Zガンダム』当時の作業は次のようだったという。
「まず打ち合わせして富野監督のライナーノートからプロットを構成し、再度それをもとに打ち合わせて、それから初稿という流れでした。時には富野監督がネーミングで悩んでライナーが遅れるなんてこともありましたね。富野監督とはいつも一対一で打ち合わせしたんです(略)注意点としては、ロボットものなのだから毎回戦闘シーンを入れるように、とは言われましたね。それから、子どもが画面から目を離しても物語についてこられるよう、視聴者の注意を引くために本来ならカットしてしまうようなセリフをわざと入れておくんだ、なんていうアドバイスも覚えています17。」
『Zガンダム』で設定的に新しく導入されたのは強化人間というアイデアだ。これは人間に投薬や催眠療法などをほどこすことで精神や肉体を改造し、パイロット特性に特化したニュータイプのような存在を作り出すというもの。精神を操作されているため、強化人間は精神的に不安定な人間が多い。強化人間はこれ以降、ガンダム世界の定番の存在となっていく。
『Zガンダム』は大ヒット作の続編ということもあり、放送当時は賛否両論であった。しかし時間経過とともに、一定の評価を獲得していく。その要因は大きく二つある。一つは『Zガンダム』が〝最初のガンダム〟だったファンの成長。二つめはシリーズの継続により『Zガンダム』がガンダム・シリーズのスタンダードとなったこと。
 放送当時『ニュータイプ』の編集者だったいのうえしんいちろうは次のように記している。
「富野としては全く別物を描こうとしていたにもかかわらず、その意図が思い通りにファンに伝わらなかったため、ファースト世代にはに対する拒絶感が強い。一方でそれは、ファースト・ガンダムではなく初めてのガンダム体験とする新しいファン世代をつくり出してゆく。七年(引用者注:五年の誤り)という発表時期のブランクが成せる技であり、自分たちのガンダムを求めていたファースト世代の弟世代のニーズにぴったりと合致したシリーズでもあった18。」
 ここでいう「ファースト世代」の弟世代とは、だいたい団塊ジュニア(一九七一年から一九七四年に生まれた世代)に相当する。二〇〇四年のムック『大人のガンダム』(日経BPムック)のアンケートで『Zガンダム』は歴代二位の人気を獲得したが、得票の六割は二五歳~三四歳が占めており、団塊ジュニアの支持が多いことがうかがえる。
 二つめの「スタンダード」には二つの要素がある。一つはメカ描写や科学的リアリティなど、放送から五年が経過し『ガンダム』の表現の古びた部分を『Zガンダム』がアップトゥデートしたという要素。もう一つはガンダムを名乗るタイトルは、プラモデルを中心とするガンダム・ビジネスの中核となる存在だ、という立ち位置の確立である。
 井上は先の原稿のラストを「時代の選択の数々こそが、その後の十数年において、ガンダムがアニメの、そしてホビー業界のスタンダードたりうる礎となった時期であることを、読者諸兄には御認識いただきたい19」と締めくくっている。

ロボットアニメの原点回帰
『機動戦士ガンダムZZ』
一九八六年三月一日より放送 全四七話


『機動戦士Zガンダム』の続編として、同じ放送枠で継続してスタートした。スタッフは基本的に継続しているが、キャラクターデザインは安彦良和から北爪宏幸に、美術監督は東潤一から池田繁美に交代している。また本作も当初は永野護がモビルスーツのデザインを手掛ける予定で、非常に個性的なデザインがあがっていたが、今回も降板となり、ばやしまことや出渕裕など多数のデザイナーがモビルスーツのデザインを担当している。
 物語は『Zガンダム』で倒されることのなかったハマーン・カーン率いるネオ・ジオンとの戦いを描く内容で、主人公はサイド1シャングリラに住む一四歳のジュドー・アーシタ。『Zガンダム』における最後の戦いの後、シャングリラに入港したアーガマに乗り込むことになったジュドーは偶然が重なり、ZZガンダムのパイロットとなる。そしてネオ・ジオンに連れ去られた妹リィナを取り戻すため戦うのだった。
 このように『Zガンダム』と時系列的に直結した物語だが、作品性は「現実認識の物語」を掲げた『Zガンダム』(第7章参照)とは正反対で、「明朗な子供向けアニメ」を目指して本作はスタートした。そのため序盤では『ザブングル』を思わせるドタバタしたノリが目立ったほか、全編を通じて大型で高出力なモビルスーツが多数登場したりと、小学生に対する訴求を意識した作品として制作されている。それはメインメカであるZZガンダムの扱いをみてもよくわかる。
 ZZガンダムはコア・ファイターを含む三機の航空機が合体・変形をするというシステム。額部分にはハイメガキャノン砲を装備している。第11話「始動! ダブルゼータ」(脚本:遠藤明吾、絵コンテ:かわとしふみ)では合体をした後、見栄をきるようなポーズを決めて、そのかっこよさを視聴者にアピールした。もともと一九七〇年代の『ガンダム』以前のロボットは合体や変形の後、決めポーズをとることが多かった。そういうお約束を廃したのが『機動戦士ガンダム』の新しさだったことを踏まえると、本作の「明朗なロボットアニメ」への回帰の姿勢がよりクリアに見えてくる。そのためニュータイプもシンプルに「子供の純粋な感性の発露」という形で取り扱われている。
 ただし本作は中盤以降になると、次第にシリアスな方向に進んでいく。中盤以降では第36話「重力下のプルツー」(脚本:かまひで、絵コンテ:たかまつしん・斧谷稔)が印象に残る。和平を考える連邦政府に対し、ネオ・ジオンはイギリス・ダブリンへのコロニー落としを決行。ジュドーたちと行動をともにしていたネオ・ジオンのニュータイプの少女エルピー・プルは、廃墟となったダブリンで、自らのクローンであるプルツーと戦い生命を落とす。一方、プルツーもまた倒したプルに自らを重ねて動揺する。
 このエピソードの前にリィナも生死不明状態となっている。ジュドーの動機である妹や妹に近い存在が姿を消し、それによってジュドーとプルツーの因縁が深まることで、クライマックスへの助走が始まっている。
 ジュドーは明朗な性格だが、世の中を混乱させている無責任な大人たちには憤っている。しかし、その怒りを大人に直接ぶつけ、逆に大人に押しつぶされるようなことにはならない。それは作劇上、ジュドーを守る方向へとお話が組み立てられているからである。
 例えば『Zガンダム』でブリーフィングに遅刻したカミーユは、スポンサーであるアナハイム・エレクトロニクス社のウォン・リーから鉄拳制裁を受けている。しかし、『ガンダムZZ』のウォンは気合を入れようとしたジュドーに、逆に膝蹴りを入れられている。これは当然「ジュドーのほうがカミーユより強い」ということではない。『ガンダムZZ』の作劇のルールが、〝そう組み立てられたから〟というだけのことである。このような描かれ方をすることで「否定しきれない現実の汚さ」からジュドーは守られているのだ。その点で、ジュドーと仲間の少年少女だけが、大人たちから離れ、ネェル・アーガマに乗り込み砂漠を移動するエピソードは、いかにも『ガンダムZZ』らしいエピソードといえる。
 作劇上〝守られてきた〟彼がはっきり大人たちのやり方に怒りをぶつけることができたのは、第47話(最終回)「戦士、再び……」(脚本:遠藤明吾・斧谷稔、絵コンテ:すぎしまくにひさ・斧谷稔)の全ての戦闘が終わった後。ジュドーはそこで、ようやくかけつけた連邦軍のお偉いさんをなじるのである。しかし殴りかかれるのはやはり「気が済むなら俺を殴れ」と、「怒りを受け止める役」を買って出たブライトだけなのである。

アムロとシャアの最終章
『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』
一九八八年三月一二日公開


『機動戦士ガンダム』から物語の中核に位置してきたアムロとシャアを再びメインキャラクターに据えて制作された完全新作映画。ネオ・ジオンの総帥となり、地球に隕石落としを仕掛けようとするシャアを、アムロが止めようと戦うストーリーである。
 本作も永野護がメカニックデザインを担当する予定だったが、『Zガンダム』『ガンダムZZ』につづいてみたび降板となった。スケジュールの余裕がない中、メインメカである新型ガンダムのデザインは難航した。複数のデザイナーにコンペの形で依頼され、大森英敏、庵野秀明のほか、若手のデザイングループ、ヴィシャルデザイン(ほりぐちしげるつかたかのりやなぎさわたつひこくわばらひろしすずあつふみ)、なかざわかずのり、鈴木まさひさのメンバーが参加した。新型ガンダムのデザイン要件は大きく二つ。「初代ガンダム(RX‐78)のようなシンプルなスタイル」「マントを帯びている」というもの。さまざまな画稿が描かれ、それを踏まえたうえで出渕裕がνニユーガンダムのデザインをまとめた。出渕はνガンダム以外のモビルスーツも担当。また艦船や宇宙服などについてはガイナックスが担当している。
 キャラクターデザインは『ガンダムZZ』に続いて北爪宏幸が担当。実質的な主人公であるクェスのキャラクターに苦労し、三月にさまざまな原案を描き、五月にデザインを完成させた。決定稿のクェスは長い髪をアシンメトリーにまとめた不安定さを感じさせるデザインとなっている。
 また本作は3DCGを本格的に導入した黎明期の作品でもある。『Zガンダム』の頃から背景をスライドさせることでスペースコロニーの回転を表現してきたが、本作では3DCGを使ってスペースコロニーを表現している。3DCGを担当したのは、IMAGICA傘下のトーヨーリンクス。スペースコロニーのモデルに美術で描いたテクスチャを貼り付けるマッピングの手法を使うことで、アニメの画面に馴染むコロニーを完成させた。ちなみにクライマックスでサイコフレームが虹色の光を放ちながら地球の周囲を回るシーンで地球が立体的に回転しているが、こちらは3DCGを使ったものではない。こちらは地球儀の表面を剝がしそこに美術スタッフが新たに地球を描いたもので、それを撮影台の上で回転させながら撮影したものである。
 ストーリー的に大胆に整理されたのはミネバ・ラオ・ザビの存在である。ミネバは、『機動戦士ガンダム』に登場したドズル・ザビの娘で、ザビ家の血を引く唯一の存在だ。『ガンダム』のときには赤ん坊だったが、『Zガンダム』では七歳になり再登場。摂政のハマーン・カーンの指導のもとザビ家の正統後継者として傀儡的君主として存在している。『ガンダムZZ』でも同様の立場で登場するが、最終回で、自分は影武者であることを告白する。本物のミネバは、グリプス戦役(『Zガンダム』のクライマックスで行われた戦闘)以来行方不明であるという。この状況から考えると、ミネバが『逆襲のシャア』に登場してもおかしくない。富野はミネバに触れなかった理由を次のように語る。
「それをやってしまうと、シャアとミネバの物語ができてしまうからです。まるで別な一本の物語がね。そんな物語にアムロが嚙んできたらややこしくなるだけです。(略)だから、本能的にそのようなストーリーは避けました。
(略)結局シャアはザビ家を問題としていなかった人ですし、ミネバを殺しても怨念話にも何にもなりませんから単純に捨てたというか、彼女のことを忘れてしまったと思ってください20。」