「とんでもない展開」が触発する

 第4章で触れたとおり、富野は『機動戦士ガンダム』第6話の後、第7話から第21話までは、ストーリー案を書いていない。
 第7話から第21話は、地球上に降りたホワイトベースが北米から太平洋を越え、ユーラシア大陸を横断していく過程を描いた内容だ。第7話から第15話までは、敵の司令官ガルマ・ザビとの戦いから始まり次なる敵となるランバ・ラルの登場を描くが、各話完結のエピソードも多く含まれる。第16話から第21話までは、ランバ・ラル隊との死闘とそれが、アムロたちの兄貴分であったリュウ・ホセイの死によって一区切りを迎えるまでが描かれる。
「HISTORICAL MATERIALS of MOBILE SUIT GUNDAM」には、一五話分のストーリーメモが存在しない理由が富野自身の寄稿「ファースト・ガンダムの構成案の欠落について(1)」によって説明されている。
 それによると、この一五話分の脚本作業を進めていた時期は、ほかの監督業務と重なって忙しかったことと、脚本作業にも勢いがある時期だったので打ち合わせで方向性の話をするものの、脚本に先立って富野がストーリーメモを書くことはなかったという。だからこそ「この時期の物語が独立性の高い物語になり、固有なキャラクターが登場して、とんでもない展開に」なっているのに対して、「ホワイトベースを中心にした物語にするための努力」が必要だったと語っている。しかしその「とんでもない」展開に触発されたことで、『ガンダム』という作品が豊かなものになったことも、富野はそこで認めている。
 例えば第13話について、シナリオにアムロの母「カマリアには同棲している男がいるとは書いていなかったはずなのだが、(略)画面上で背後に男を置くという隠し技を使った。(略)これは、当時のぼくが、シナリオを無視するコンテ・マン、演出家という悪評があったからで、それを回避する作戦」と語っている。
 さらにラルと彼のパートナーであるクラウレ・ハモンについては、「ライター任せであればこそ、ライター独自のアイデアと物語性がまず提示されて、それを演出的にいかにガンダム的物語に調和させるのかという仕事がぼくに課せられたわけで、このカップルを演出するに当たっては、燃えた」「(引用者注:二人の印象的なシーンも)シナリオでラルとハモンの組み合わせを創作してくれたからこそ、発想できたことなのだ」と記している。ちなみに第16話から第21話の六話分のうち、富野は五話分の絵コンテを手掛けており、独立性の高い第18話のみ貞光紳也が担当している。
 ラルの名前は前述の七ブロックのストーリーメモの段階で登場しているが、素直な戦士という程度の記述にとどまっている。その前に記述されている、ククルス・ドアンのほうが「坊ず! この命、貴様にならくれてやる」という台詞と相まって、本編のラルに近いイメージを持っている。いずれにせよガルマ退場後の、新たな敵キャラクターとして設定されたラルとハモンは、脚本家陣が仕込み、富野がそれを演出していく過程で大きな膨らみを持ったキャラクターとして描かれることになった。

ランバ・ラルとクラウレ・ハモン

 ラルとハモンをどう演出したかについて、富野は次のように触れている。

 夫婦のようでありながら、普通の夫婦とは違う、という科白せりふの展開には苦労した。つまり、「本来なら、部下と指揮官のわたしたちだが、一緒に生活している仲だから……」とかの、説明的な科白ではなく、二人の関係を表現するにはどうしたらよいのか?ということを集中して考えたということだ(2)

 ランバ・ラルとハモンの登場するファーストカットは、宇宙船ザンジバルのブリッジに、二人が入ってくるカットだ。ハモンがドアを開け入ってくると、ドア脇の兵士がすぐにハモンに対し敬礼をする。ハモンは軍服を着ていないが、この兵士のリアクションでハモンの立ち位置がまず見える。その後、続いてラルが入ってくるが、ハモンはそれにともなって一旦脇に退き、ラルが入ると、ドアを閉めてその後へとついていく。ここで今度はハモンとラルとの関係性が見えてくる。
 続いて部下からホワイトベースを発見したことが伝えられる。しかしラルたちは、大気圏突入中で、ザンジバル以外は小型の大気圏突入用のポッドのため、ホワイトベースのいるところまで赴くには航続距離に難がある。
 状況を検討する会話の中、ハモンが椅子の後ろからランバ・ラルの肩にさりげなく手を置く。椅子に座ったラルも、自然にそこに自分の手を重ねる。そして「しかし手を出さずに行き過ぎる男なぞ、お前は嫌いだったな」という台詞。スキンシップの自然さと、ラルの、自分がハモンにどう見えているかをよくわかっている言葉から、今度は二人の男女としての関係が見えてくる。
 ラルがパイロットスーツに身を包むと、ハモンが「やはり指揮官らしく収まっているあなたより、こうやって出撃なさる時のあなたを見るほうが好きだわ」と語り、ラルもごく自然に言葉を肯定する。その後、二人は軽くキスを交わす。このキスも、ラブシーンというほど大げさなものではなく、自然に重ねられる手と同じぐらい当たり前の風景として、さりげなく演出されている。
 二人がお互いのことをよく理解していることが伝わっているダイアローグと、自然なスキンシップ。こうして夫婦ではなく、まして若い恋人同士でもない、男女のムードを出そうとしていることが伝わってくる。

空間による演出

 アムロがこの二人と出会うことになるエピソードが、第19話「ランバ・ラル特攻!」だ。ブライトに反発してホワイトベースを脱走したアムロ。彼は中立地帯の食堂で、ランバ・ラルの部隊と出くわしてしまう。
 富野はこのシーンの演出について、ハモンとラルという〝一対の男女像〟をアムロに見せたかった、という趣旨のことを書いている(3)。それは、アムロに目を留めたハモンに対しラルが「フフ、あんな子が欲しいのか?」と投げかけ、ハモンが「ふ、そうね」と答えるあたりに現れている。ここは先述の初登場のシーンの演出の延長線上にある。
 加えて、このシーンで注目したいのは、食堂という空間を巧みに使うことで、アムロとラルたちの関係性を浮かび上がらせる演出だ。
 この食堂は演出的に三つの空間に分かれている。まず一つは、アムロが座っているカウンターの席。これは店の奥のほうに位置している。次が、ラルたちが入ってきて腰掛ける、入口に近いテーブル席。そして三つめが、このシーンでキャラクターが出入りすることになる、食堂の入口だ。