家庭を顧みず、母に迷惑ばかりかけ、勝手気ままに生きてきた父が、認知症を発症した。

 発症後の父には、かつての雰囲気は消えていた。毎日、母のあとを追いかけ回し、子どもの私が見ても恥ずかしくなるような愛情表現で母に接する。

 ──しかし、もしかするとそれが、母に対する父の、本当の想いだったのかもしれない。

 母は、迷惑そうな顔をしながらも、父の世話をした。その後、父が末期ガンであることがわかった。

 家庭をないがしろにしてきた父であったが、最期は、母にられながら、この世を去った。父は、幸せな人生を送ったのかもしれない。


 医者は俺に非情な宣告をした。末期ガンで、余命一年もないと言う。

 俺が真っ先に考えたのは、「妻に恩返しをしてから死にたい」ということだった。

 俺は、家庭のことなど気にせず、自由に生きてきた。端から見れば、妻を愛していない、と見えたかもしれない。しかし俺は、妻のことを深く愛していた。

 せめて、そのことだけは、妻に伝えたいと思った。が、今、そのことを伝えても、「看病してほしくて、ウソをついている」と思われるのがオチだろう。

「認知症になると、素の自分がでる」

 真偽のほどはわからないが、そう思っている人もいる、と聞いたことがある。

 俺は、末期ガンであることを隠し、認知症になったフリをすることを決意した。疑われることなく、妻への愛情を伝えるために──。