決断


 十二月二日の昼──

 叩きつけるようにドアを閉め、沢田が社長室からでてきた。

 オフィスに緊張が走る。すかさず同期の山本が近づき、小声で沢田にたずねる。

「おいおい、いったいどうしたんだよ?」

 沢田は、怒りを抑えられないのか、オフィスの全員に聞かせるような、大きな声で言った。

「もし、社長が発言を撤回しないなら、俺はこの会社を辞めざるをえない!」

 山本は、社長室をチラチラと見ながら、なだめるような口調で問いかけた。

「何があったんだ。社長に何て言われたんだ?」

 沢田が大きく深呼吸すると、先ほどとは打って変わって、情けない表情になって、山本に泣きついた。

「社長がさぁ、お前は使いものにならないから、クビだって言うんだよ……」

 山本は、あわれむような目で沢田を見ながら思った。

 ──「撤回しないなら、俺はこの会社を辞めざるをえない」って、そりゃそうだろ。クビを宣告されているんだから……。



会社の歯車


 十二月二日の朝──

「なぜ、私がプロジェクトから外されなくてはいけないんですか!?

 沢田は、相手が社長であろうと、言いたいことを飲み込む男ではなかった。

「納得いきません。しかも、私の代わりに新人を入れるって……。私は、この会社の歯車なんですか!」

 それまで黙って聞いていた社長が、沢田を落ち着かせようとしてか、静かな声で言った。

「沢田くん、私は、キミを、この会社の歯車だなどと思ったことは、一度もないよ」

「なら、なぜ?」

 沢田は、なおも食い下がった。社長が同じ静かな声で続けた。

「沢田くん、『歯車』ってのはね。どれか一つでも抜けたら機械が動かなくなる、とっても大事なものなんだよ。今のキミは、歯車ほどの働きもしてないだろ?」

 さらに追い打ちをかけるように言った。

「キミがプロジェクトを外されたくないのは、キミがいなくてもプロジェクトが回ることを、もっと言えば、キミより新人のほうが、いい仕事をすることを知られたくないからだろ?」

 そして、それまでとは打って変わった、怒鳴り声に近い、厳しい調子で言った。

「私の言うことが聞けないなら、この部屋から、そして会社からも出て行きたまえ!」



二人分の仕事


 十二月一日──

 今日は、社長との年俸交渉の日。

「言うべきことは、はっきり言おう」

 山本は、そう心に決めていた。

 そして、社長に向かって、強い調子で言った。

「私の部署が、毎年、売り上げの目標を達成できるのは、はっきり言って、私が二人分の仕事をしているからです。

 単刀直入に言いますが、給料を上げていただきたいです。二倍は無理でも、一・五倍くらいは、いただく権利があります!」

 しかし、山本の粘り強い交渉にも、社長が首をタテに振ることはなかった。

 あきらめて社長室を出ようとする山本に、社長が言った。

「山本くん、キミの働きには深く感謝してるよ。残念ながら、キミの給料は増やせないが……」

 そして、口の端を意地悪くつり上げて続けた。

「キミが『二人分』と言ったのは、誰かの分を補っている、ということかな? その者をクビにすれば、いずれキミの給料も、増えるかもしれないぞ」

 山本は、社長の冷酷さにゾッとした。しかし、社長にも負けない、冷たい微笑を浮かべながら言った。

「社長、私に、同僚の沢田を裏切れと? 私は、同僚の沢田が使えない奴だなんて、口が裂けても言いませんよ」