「超大国」と呼ばれ、国際政治と経済をリードするその国は、海外で泥沼の戦争を繰り広げていた。多くの兵士を派遣するも、犠牲は増えるだけで、国内ではしだいに反戦ムードが高まっていた。

 自分たちの子どもが兵士として徴兵され戦地に送りこまれたフライ夫妻も、反戦運動の集まりの一員だった。


「テレビを消して!」

 妻のスーザンは、両手で顔を覆って立ちあがり、キッチンへ駆け込んだ。テレビから流れる戦争のニュースに耐えられなくなったのだ。

 ため息をつきながら、夫のジョンは、力なくテレビのスイッチを切った。二人の一人息子であるカイルは、今も兵士として戦地で戦っている。戦争の状況を知りたくもあり、知りたくもない、というのが、ジョンの正直な気持ちであった。

 カイルは優しい子だった。戦地に赴いてからは、二人を心配させないよう、こまめに手紙を送ってくれていた。

 その優しい息子からの手紙が、この二ヵ月ほど途絶えている。今までに、こんなに手紙の間隔があいたことはない。夫婦の会話も、途切れがちになっていた。話す話題は息子のことしかない。しかし、不吉な想像を口にしてしまうと、それが現実のものになってしまいそうで怖かったのだ。

 日曜日には、夫婦そろって教会に行き、息子の無事を祈った。反戦集会には必ず参加した。プラカードを掲げ、声を限りに反戦を叫んだ。息子は、戦地で過酷な戦いを続けている。私たちも、ここで戦わなければ。

 二人とも、そんな思いでいっぱいだった。


 そんなある日のこと。

「スティーブが戦地から帰還したらしい」

 二人はそんな知らせを耳にした。スティーブは、息子カイルのクラスメイトだった青年だ。

「今朝、両親が車で迎えに行ったから、そろそろ町に着くころだ」

 複雑な心境のまま、ジョンとスーザンは、帰還兵スティーブを出迎えるため、町の中心部へ向かった。もしかしたら、息子カイルのことについて、何か知っているかもしれない。そんな淡い期待もあった。

 そこには、すでに数十人の人々が集まっていた。その中には、スティーブのガールフレンド、リタもいた。小さな花束を持っている。スティーブの乗った車が町に到着した。車のドアが開く。リタが、気を失って倒れた。花束が地面に落ち、彼女を介抱するために駆け寄った人々の靴の下でつぶれた。

 車から降りてきたのは、真新しいひつぎだった。


 薄暗いリビングで、ジョンとスーザンは言葉もなくソファに座り込んでいた。スティーブの両親の嘆き悲しむ姿が、二人の目に焼きついて離れない。

 私たちにも、今日のようなつらい日が待っているのだろうか……。二人はどちらからともなく、手を握り合っていた。

あかりをつけましょうか……」

 よろよろと立ちあがるスーザン。

「夕食の支度を、しなくちゃ」

 魂が抜けたような声だった。そのとき電話が鳴った。電話は、軍病院からだった。

「カイル? カイルなのね!?

 受話器を握ったまま倒れそうになる妻を、ジョンが支えた。電話の声の主は、まぎれもなくいとしい息子カイルだった。

「二ヵ月も便りがなかったから心配してたのよ! 元気なの? してない?」

 今までこらえていた思いがせきを切って、矢継ぎ早な質問責めになる。スーザンの勢いに驚いたのか、カイルは無言になる。

「ごめんなさい。疲れているのは当然よね。つい嬉しくて」

「僕も、母さんの声を聞けて嬉しいよ」

 依然と変わらぬ、優しい口調のカイルだった。

「今、帰国して、軍病院で簡単な検査をしているけど、もう少しで帰れると思う」

「おお、神様! ありがとうございます! 息子を返して下さって!」

 スーザンは泣きながら叫ぶように言った。夫のジョンもそばで泣いている。

「それはそうと、一つお願いがあるんだ……」

 口ごもりながら、カイルは言った。

「戦地で親友になった親友のリチャードを連れて帰って、一緒に住みたいんだけど……いいかな?」

「もちろんよ!」

 スーザンは、すぐに答えた。電話の声が夫にも聞こえているのか、ジョンも大きくうなずいている。

 カイルとともに戦った親友なら、きっと兄弟よりも強いきずなで結ばれていることだろう。息子が二人になったと思えば、こんなに喜ばしいことはない。

 しかし、カイルの次の言葉に、ジョンとスーザンはとまどいを隠せなかった。

「一つだけ言っておきたいことがあるんだ。リチャードは、僕を助けるために敵の爆撃を受けて、一命はとりとめたけど、全身が麻痺状態になってしまったんだ。右手が少し動かせるだけだから、誰かが助けてあげないといけないんだ」

「…………」

 押し黙った両親の様子を察して、さらにカイルは言った。

「僕は彼を連れて帰りたいんだ。だって、リチャードは僕を助けるために負傷したんだから!」

 ようやく頭を整理したスーザンは、懇願するように言った。

「カイル、あなたのその優しさは、あなたの宝物よ。でも、あなたにも人生があるんだから、そのお友だちのお世話に一生縛られるなんて無理なことだわ。あなたは、自分の人生をすべて犠牲にして、今後の人生を生きるつもりなの?」

 代わって電話口に出た父親のジョンも続けて言った。

「お前は、自分のせいで友だちが負傷したことに負い目を感じているんだ。でも、その友だちがそんなことになった原因は、お前じゃない。国の責任なんだ。その友だちの面倒は、国が見るべきなんだ」

 それに対するカイルの返事はなかった。ジョンは言った。

「そのお友だちには、しばらくここで一緒に住んでもらおう。その間に、国に働きかけて、彼の今後を相談しよう」

 しばらく無言だったカイルが、小さな声で一言だけ言った。

「父さんと母さんは、リチャードのことが邪魔なの?」

 きれいごとを言ってもしょうがない。ジョンは、はっきりとカイルに伝えた。

「せっかくお前が無事に戻って来たんだ。今は、自分たちの家族が幸せになることを優先したいんだ。カイル、わかってくれ」

 その直後、電話は切られ、ふたたび部屋には静寂が戻った。


 数日後、ふたたび軍病院から電話がかかってきた。そして、今度の電話は、夫妻をさらに驚かせた。しかも、前回とは違い、絶望に満ちた驚きである。

「カイルが自殺未遂!? なぜ?」

 両親の悲痛な叫びが家中に響く。

 大量の睡眠薬を服用したカイルは、かろうじて命をとりとめたものの、意識不明の危険な状態だということだった。

 ジョンとスーザンは、急いで軍病院へと向かった。

 ──なぜ、自殺なんか。友だちについて、親である私たちが言ったことに失望したのだろうか。カイルが、友だちの人生にそこまで責任を負わなくてはいけない理由は何なのだろう?

 治療室へ案内され、意識不明のままベッドに横たわっているカイルを見る。医師がカイルが書いた手紙を見せてくれた。そこには、震えるような筆跡で、こう書かれていた。


「父さん、母さんへ リチャードという友人はいません。あれは、今の僕です。僕は戦争で、右手以外、自分では動かせない体になってしまった。こんな僕がいたら、二人のこれからの人生に迷惑がかかると思う。でも、生きていたかった。だから、電話で二人の本心を聞いてみたかったんだ。僕のことを思ってくれてありがとう。でも、二人にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。さようなら。

カイル」


 手紙を読み、ベッドの横で泣き崩れた両親は、震える手でカイルの右手を握りしめて、振り絞るようにうめいた。

「命さえあれば……。命さえ!」

 あとは声にならなかった。

 カイルの命さえあれば、これからの人生で私たち夫婦の犯した過ちを償うことができるかもしれない。カイルの絶望を癒やすことができるかもしれない。

 それは、ジョンとスーザンの祈りにも似た言葉だった。


 目を閉じたままのカイルの頰に、ひとすじの涙が光った。


(原案 アメリカの都市伝説 翻案 おかのきんや・桃戸ハル)