「イタリアのリーグでプレーできることは、サッカー選手の夢だから、向こうからオファーがあったときは嬉しかったよ」

 日本のサッカー界で活躍する、その男は言った。

「ただ、同時に『怖い』という気持ちもあったんだ。だって、イタリアで自分のプレーが通用しなかったら、そこで目標を失ってしまう気がしたんだ。

 だから、イタリアに行くかはすごく悩んだ。そんなとき、おふくろが病気で倒れた。誰かがそばで看病しなければならない──。そんな感じでずっと悩んでいるうちに、イタリアのチームがしびれを切らして、オファーを取り下げてきたのさ。

 夢が逃げていってしまったんだ」

「夢が逃げたんじゃなくて──」

 サッカー選手の妻が、何か言いかけた。

 男は彼女と、母の看病をきっかけに一年前に知り合い、そして、彼女の強さと優しさにひかれ、結婚した。

 彼女は、男をぐに見て、言い直した。

「夢が逃げたんじゃなくて──逃げたのは、あなただったんじゃないの」

 男は何も言わず、妻をにらんだ。

「おさん、亡くなる前、いつも泣いてた。あなたが夢をあきらめたのは、自分が原因だって。お義母さんが、ずっと苦しんでいたのは、病気じゃなくて、あなたのことなのよ」

 男の目に涙が浮かぶ。

「イタリアのリーグがあなたの夢なら、オファーなんか待っていないで、自分からチャレンジすればいい。お義母さんも私も、そんなあなたが大好きなの」