トロイの木馬


「トロイの伝説って、あれ信じられないよな?」

 デスクワークに飽きたのか、隣の席の同僚が話しかけてきた。

「難攻不落の城壁を落とすため、木馬の中に兵士を隠して、城壁の内側に入れさせるって、あり得ないだろ?」

 しかし、実際には、シュリーマンが、その伝説からトロイの遺跡を発掘している。同僚は、何を疑っているのだろう?

「だって、怪しい木馬が置いてあるんだぜ。明らかに誰かが潜んでるだろ? それに気づかないって、どんだけボンクラだよ」

 たわいない雑談に飽きたのか、同僚は、またパソコンに向かい、仕事をはじめた。


 それから小一時間後──。

 隣の席から、悲鳴に近いうめき声が聞こえた。同僚のパソコン画面を見ると、画面いっぱいに、

「警告:ウイルスに感染しました」

 という文字が表示されている。

 どうやら、コンピュータウイルスに感染してしまったらしい。

「何でそんなことになっているんだ?」

 同僚は、オロオロとした声で説明した。

「何かメールが来て、高額クジに当選したから、添付の書類を開いて、必要事項を記入しろって……」

 いまだに、そんな見えすいたメールにひっかかってしまう人間がいることに驚いた。

 古代から現代まで、好奇心と欲望の前には、心の城壁などは、すぐに陥落するということだろう。



トロイの木馬殺人事件


 城壁の前に置かれた大きな木馬を、トロイ軍の誰もが疑いの目で眺めた。明らかに、誰かが潜んでいるパターンである。しかし、木馬の中からは物音ひとつせず、誰かが隠れている気配もない。

 トロイ軍は、一応、木馬を城壁内に運びはしたが、大勢の兵士がやりを構え、木馬の周囲を取り囲んだ。観察してみると、木馬はおなかの部分にトビラがある。やはり、中に誰かが潜んでいるのだろうか。

 ゆっくりとトビラを開ける。たしかに敵軍であるギリシアの兵士がたくさんいた。

 しかし、兵士たちは全員死亡していた。なぜ、彼らは死んだのか、あるいは殺されたのか、結局、その真相はわからずじまいだった。


 敵の兵士たちの死体は、木馬から外にだされ、三日間、広場に放置された。

 それからさらに三日ほど経った頃から、城壁の中で、おそろしい病気がまんえんしはじめ、あっという間に壊滅的な被害をトロイ軍に与えた。

 トロイにはもはや、戦争を続ける体力はなく、降伏せざるをえない状況に陥った。


 さかのぼること一ヵ月前──。

 ギリシアのある町で怖ろしい病気が流行し、大勢の人間が死んだ。

 原因はわからなかったが、ギリシア軍は、その病気で死んだ者に兵士の格好をさせ、木馬の中に入れ、トロイの城壁の前に置いてみた。

 細菌やウイルスで病気が感染するなどとは、まだ知られていない時代の出来事である。