──お前は、娘ダナエの子によって殺される。

 アルゴスのアクリシオス王は、恐ろしい神託を受けて、震え上がった。

「なんということだ……」

 アクリシオス王は、すぐにダナエを誰の目にも触れない塔に閉じ込めた。今、ダナエに子どもはいない。ダナエに子どもを産ませなければ神託が実現することもない。塔に閉じ込めたのは、男性と接触させないためだ。ところが、ダナエの姿は、最高神ゼウスの目にとまった。ゼウスは黄金の雨に姿を変えて塔に入り、ダナエと関係をもち、ペルセウスが生まれた。

 ──娘と孫を葬らなければ、自分の命があぶない。

 とはいえ、娘と孫を殺すのはしのびなく、アクリシオス王は、母子を木の方舟はこぶねに入れ、海に流した。方舟は、セリポス島に漂着し、そこでダナエとペルセウスの親子は漁師に助けられ、平穏に暮らすようになった。

 ペルセウスが青年になったころ、島の王であるポリュデクテスが、美しいダナエを我がものにしようとしつこく言い寄るようになった。ペルセウスは、母を守ろうとして、ポリュデクテスの邪魔をした。

「まったく、うっとうしい奴だ……」

 王は一計を案じ、ペルセウスを遠ざけるために、彼に命令した。

「ペルセウスよ、怪物メドゥーサの首を取ってきてはくれまいか!?

 王の命令には逆らえない。ペルセウスは了承するしかなかった。

「わかりました。首を取ってみせましょう」

 王は、ほくそえんだ。

 ──メドゥーサを殺せるわけがなかろう。これで邪魔者がいなくなる……。

 メドゥーサは、ゴルゴン三姉妹の末娘で、無数の毒蛇の髪の毛、いのししの歯をもつ、醜い姿の怪物である。ステノ、エウリュアレという二人の姉は不死の身体だが、メドゥーサは不死ではなく、殺すことができる。ただし、メドゥーサの姿を直接見た者は、石になってしまうという。

「あの怪物に、どう立ち向かえばいいのだろうか……」

 ペルセウスは悩んだ。

 そんなとき、メドゥーサ退治の噂を聞きつけ、力を貸そうと言ってくれる者があらわれた。知恵の女神アテナである。アテナは、ペルセウスに、よく磨かれた輝くたてを授けた。

「おお! これは素晴らしい!」

 ペルセウスは、立派な青銅の楯を手に取り、楯をながめた。そこには、メドゥーサ退治に意気ごむ、自信に満ちた若者の姿が映っていた。

 さらにペルセウスは、アテナの勧めにしたがい、ステュクス河のニュンフたちのもとを訪ね、翼のついたサンダル、かぶると姿が見えなくなるかくれ帽、それにメドゥーサの首を入れておくための袋を借りた。

 なぜ、そこまで親切にしてくれるかはわからないが、困り果てた自分を助けてくれる女神アテナに、ペルセウスは深く感謝した。

 そして、万事準備が整うと、ペルセウスはメドゥーサのすみへと向かった。

 ペルセウスがメドゥーサの住処に忍びこんだとき、メドゥーサは、眠っているところだった。磨かれた青銅の楯は、鏡のようにはっきりと眠るメドゥーサを映した。ペルセウスは、楯に映るメドゥーサの姿を見ながら慎重に忍び寄った。

 そして、楯にメドゥーサの姿をとらえながら、剣を振りかざした。その瞬間──

「ここまで殺しに来たのか!」

 かっと目を見開いたメドゥーサが、ほうこうに近い声で叫んだ。ペルセウスは、その言葉の意味もわからず、しかし、その咆哮におじけづくこともなく、剣を振り下ろし、その首をはねた。

 そのときだ。切り離された怪物の首が、小さな声で何かつぶやいたような気がした。聞き間違いか、「ありがとう」と言ったように聞こえた。

 早く逃げなければならない。ペルセウスは、切り落としたメドゥーサの蛇の髪をつかんで袋に入れ、かくれ帽をかぶり、サンダルを履いて上空に舞い上がった。

 そのとき、メドゥーサの首から、血しぶきとともに、背に翼をもつ馬ペガサスが生まれた。

 ペルセウスは、天馬ペガサスにまたがり、はるか遠くに飛び去り、メドゥーサの二人の姉からなんとか逃げ延びることができた。

 そして、ペルセウスが、ペガサスに乗って天を翔け、母の待つセリポス島に向かう途中のこと。ペルセウスは、眼下に、岩に鎖でつながれた美しい乙女を見つけた。その岩場から少し離れたところからは、恐ろしい大海獣が迫っていた。

 乙女は、エチオピアの王女アンドロメダだった。大海獣が迫るというのに、娘を海岸から見つめるケペウス王とカシオペア王妃は、うろたえるばかりで、何もできずに涙していた。

 いったい、なぜこんなことが起きているのか?

 きっかけは、カシオペアが、

「私やアンドロメダの美しさは、神にも勝る」

 と口をすべらせたことだった。これが神々の怒りを買った。

 ケペウスとカシオペアは、神託に従い、娘アンドロメダを岩に縛りつけ、怪物のにえにささげなければならなかったのだ。

 メドゥーサ退治で自信をつけていたペルセウスは、

「王女を助けたら、妻にもらいうけたい!」

 と、ケペウスとカシオペアに叫び伝えた。

「わかった。とにかく、早くあの怪物をやっつけてくれ」

 ケペウスが了承した。するとペルセウスは、大海獣にメドゥーサの首を見せて石にし、アンドロメダの救出に成功した。

「なんと、強い男だ……」

 ところが、王と王妃は、娘をペルセウスに嫁がせるつもりなどなかった。アンドロメダは、ケペウスの兄弟ピネウスと婚約していたからだ。

 ペルセウスとアンドロメダの結婚式のとき、二人はひそかにピネウスを招き入れ、ペルセウスの命を狙わせた。

「アンドロメダは、私のものだ!」

 ピネウスは、手下とともにうたげの席に乗り込んできた。

 すると、ペルセウスは、ふたたび袋からメドゥーサの首を取り出し、彼らをみな石に変えてしまった。

 こうしてアンドロメダを妻に迎えたペルセウスは、母の待つセリポス島に帰還し、母と妻を連れてアルゴスへと向かった。しかし、神託を恐れたアルゴス王アクリシオスはすでに逃亡していて、ペルセウスがアルゴスの王となった。

 それからのち、ペルセウスが競技会に招かれて円盤を投げたとき、円盤が老人にあたって亡くなるという事件が起きた。実は、この老人こそアクリシオスで、こうして神託は実現したのだった。


 物語は、英雄ペルセウスが活躍するよりも、はるか以前にさかのぼる。

 あるところに、ステノ、エウリュアレ、メドゥーサという、美しい容姿をもったゴルゴン三姉妹がいた。三姉妹はそれぞれに輝く美貌を持っていて、なかでも、末娘のメドゥーサはもっとも美しいと評判だった。

「メドゥーサほど美しい娘はいない」

 人々は、メドゥーサに見とれ、その美貌をほめたたえた。

 その美貌に対し、あまりに多くのしょうさんを受けて育ったメドゥーサは、あるとき、つい調子に乗って、こんなことを言ってしまった。

「私は、女神アテナよりも美しいわ」

 女神アテナは、最高神ゼウスのまなむすめである。知的で美しい女神だったが、同時にたけだけしい気性をあわせもっていた。プライドが高く、特に、自分と美で張り合う女性には、容赦なく厳しい罰を与えるような女神だった。そんな女神よりも美しい、などということは、絶対に言ってはいけない言葉だった。

 メドゥーサの言葉は、すぐにアテナの耳に入ってしまった。怒りをたぎらせたアテナは、メドゥーサの前にあらわれると、こう言った。

「私よりも美しいなどと言っている者がどうなるか、思い知るがよい! 二度と人前に出られないほど醜い姿になりなさい!!

 すると、メドゥーサの自慢の金髪は生きた蛇になり、小さな口からは猪のような牙がはえ、なめらかな手はざらざらとした青銅になってしまった。

「なんということを! どうか、私たちの美しい妹を返してください」

 二人の姉は、涙ながらにアテナに訴えたが無駄だった。それどころか、

「ええい、黙れ! お前たちも同罪だ。罰を受けるがよい!」

 と、姉たちを不死の体をもつ怪物に変えてしまった。「不死」ということは、死んでその呪いから逃れることもできないのだ。

 それでも、なおアテナの怒りは収まらなかった。二人の姉は、怪物になるとともに不死身になってしまったが、妹のメドゥーサだけはそうではなかった。アテナは長い時を経ても、その怒りを収めることはなく、たんたんと、メドゥーサへのさらなる報復を狙っていた。

 しかし、メドゥーサが人目の届かない洞窟に逃げ込んでしまったこと、アテナが自分の手を汚すことを嫌ったことで、メドゥーサはなんとか生きながらえていた。

 ペルセウスがメドゥーサを退治するという噂をアテナが聞きつけたのは、それからだいぶ後のことであった。アテナは、まだメドゥーサを許してはいなかった。彼女は、ペルセウスを助けるふりをして、援助を申し出て、楯を授けた。そして、ペルセウスは旅立った。


 ふと物音がして目を覚ましたとき、メドゥーサのそばには、たくましい若者が立っていた。どうやら、楯を鏡がわりにして近づいてきたらしい。

「ここまで殺しに来たのか!」

 メドゥーサは思わず叫んでしまった。

 この若者が、誰の差し金で来たのかは明白だった。

 しかし、メドゥーサは、すぐに落ち着きを取り戻し、自らの首を切りやすいよう、若者の前に差し出した。

 かつて人々から称讃された美貌を失い、今は醜い怪物となり、人々から隠れ住んでいる。もう疲れてしまった。姉たちのように不死身ではないが、殺されない限り死ぬこともない。生きていることは地獄である。そして若者の剣が振り下ろされた。

 首と胴体が切り離された瞬間、メドゥーサは小さな声でつぶやいた。

「ありがとう……」


(原案 ギリシア神話 翻案 桃戸ハル)