父の交際相手
仕事から家に帰り、玄関のドアを開けると、
──そういうことか。
母が亡くなって六年が経つ。父親に交際相手がいても不思議ではないし、再婚をするなら勝手にすればよい。その相手が俺と同じくらいの年齢の若い女性だったとしても、俺がとやかく言うことではない。
ただ、俺に見せつけるような方法で既成事実にするような
俺にとって彼は、お世辞にもよい父親ではなかった。仕事人間で、家庭をかえりみない男だったからだ。俺も、今は社会人なので、仕事で家に帰れない事情や状況は理解できる。
しかし、病気で苦しみながら亡くなった母に対して、いたわる様子すら見せなかった父親を、どうしても許せなかった。
病院のベッドで寝ている母に、「どうして父さんは病院に来ないんだ」と嘆くと、母は俺の手を握り、小さな声で言った。
「お父さんは、今とっても大事な時期なの。それに、お母さんは大丈夫よ。だから、ハジメもお父さんのこと悪く思わないで。二人がケンカするほうが、お母さんにはつらい」
その時の、やせ細った母の姿は、今でも俺の脳裏に焼きついている。
「ハジメ、お前も座れ。こんなに沢山ご馳走を作ってもらったんだ」
父親にそう言われて、俺は返事もせずにイスに座った。父親は、豪快に酒をあおりながら、美味しそうに料理を食べている。
「ゆきこさんの料理、どれも美味しいです。そうだ、食事のあと、腕時計のコレクションをお見せしましょう」
父は、台所で料理する女性に声をかけた。
──「ゆきこ」という名前なのか。
「由利子」という名だった母と、名前が似ている。すると、女性は、控えめに、「ありがとうございます」と応え、父親に感じのよい笑顔を向けた。
それにしても、若い女性が腕時計のコレクションなんかに興味があるのだろうか。
もう一つ父親の嫌なところをあげるとすれば、すぐに自慢をすることである。
父親は仕事もよくしたが、趣味も満喫していた。ゴルフ、登山といったアウトドアな趣味にとどまらず、特に腕時計を集めることに情熱を傾けていた。父は、自分のためには高級な腕時計をいくつも買ったが、母にアクセサリーの一つもプレゼントをしたことはあったのだろうか。俺には、いつもつつましやかに暮らしていた母が、アクセサリーをつけていた記憶がない。
それにしても、あの父親が、女性に「さん」づけとは意外だ。母のことは「由利子」と呼び捨てだった。それに、「美味しい」と料理をほめている。当然ながら、母の料理をほめているところなど一度も見たことがない。父親は、すっかりこの女にのぼせ上がっているのだろう。たしかに料理上手だし、美人で上品だ。父親でなくても、男なら誰でも好意をもつだろう。
しかし、ここまでほれているさまを見せつけられると、死んだ母が浮かばれない。まったくもって気分が悪い。そんなことを思っていると、インターホンが鳴った。宅配便かなにかだろう。
「あっ、私、出ます。お二人はどうぞ召し上がっていて下さい」
俺や父親より早く、女は玄関のほうへ小走りで駆けていった。しばらくすると、父親が小声で言った。
「素敵なお嬢さんじゃないか。気が利くし、美人だ。それに由利子の若い頃にそっくりだ。家に帰って彼女が台所にいた時は驚いたが、すぐにピンときたぞ。あんな素晴らしい女性なら、お前がほれるのも無理はないな。実はな、由利子が亡くなる前に言ってたんだ。『あなたの無愛想なのはしょうがないけれど、ハジメの結婚相手には親切にしてくださいね。私は
一人で嬉しそうにしゃべり続ける父親を、俺はポカンと見つめた。
「母さんからの遺言で、そう言ってるんじゃないぞ。本当に素晴らしい女性だと思っている。ところで、お前たち、いつから付き合っているんだ?」
いったい何を言っているんだ。
「
「どういうことって、とぼけるなよ。あのお嬢さんは、お前の彼女だろう?」
「は? 知らないよ。親父の交際相手だろ?」
俺と父親は顔を見合わせた。それからすぐ二人で玄関へ走ったが、女性の姿はない。ふと何かに気づいた父は、自室に急いで向かった。それからすぐに、「ああー」と、父親の叫び声が聞こえた。
「時計が、時計がない! 現金も、貴金属も、全部持っていかれた!」
(作 塚田浩司)