エレーナとアレクセイは、結婚して三年目の夫婦だ。

 二人はこれまで大きなケンカをすることもなく、結婚生活はうまくいっていた。

 アレクセイはまじめで優しく、頭がいい。大学で科学の研究をしている。

 読書が趣味で、いろんなことを知っている。エレーナがわからないことをたずねると、たいていすぐに答えてくれる。

 それに、アレクセイは、お金の無駄使いをしない。酒もたばこも、ましてやギャンブルもやらない。ふだんお金を使うのは、昼食代のほかは、本を買うときぐらいだ。

 おっとりした性格のエレーナは、夫を頼りにしていた。そして愛していた。

 しかし、夫に対して不満を感じることもあった。

 夫は、よく言えば「まじめで優しい」が、別の見方をすれば「堅物」なのだ。もう少しロマンチックだったり、気前がよかったりしてもいいんじゃないかと思うことがある。いつもは、もの静かでもいい。でも、時には情熱的であってほしい……。

 独身時代のデートも、公園を散歩するばかりで、おしゃれな高級レストランなんて連れて行ってもらったことはない。

 それでも、誕生日やクリスマスには、プレゼントをくれる。

 アレクセイがエレーナに贈ってくれるのは、いつも本だった。

 最初は、名作と呼ばれる長編小説のような分厚い本をプレゼントしてくれた。しかし、エレーナが読み切ったためしがないからか、絵本や画集が贈られるようになり、最近は料理や健康法などの実用書をプレゼントされるようになった。

 その気持ちはうれしい。でも本音をいうと、たまにはアクセサリーのような華やかなプレゼントをしてくれたら、もっとうれしい。

 彼がプレゼントしてくれたアクセサリーは、結婚指輪だけだった。


 クリスマスが近づいたころの、ある日曜日。二人はデパートに買い物にでかけた。

 目あての売り場に行く途中、宝石店の前でエレーナは立ち止まった。

 ガラスケースの中に飾られていたのはネックレス。プラチナのチェーンに、ダイヤモンドのペンダントトップがキラキラと輝いていた。

「わあ、きれい……」

 値札を見てみる。気軽に買える額ではない。でも、堅実な収入があり、無駄使いをしないアレクセイにとって、まったく手が届かないというわけではないはずだ。ねだってみようかと横を見ると、アレクセイはすでに一人で先に進んでいた。

「ねぇ待って。これを見てよ。素敵ね」

 アレクセイは戻ってきて、ネックレスを見た。

「ああ、そうだね」

 と言ってほほえんだが、すぐに前を向いて歩きだした。


 次の日、エレーナは友人のリーザとカフェでおしゃべりしていた。

 リーザは指に大きなエメラルドのついた指輪をはめていた。彼女の夫からのプレゼントだという。そして、こんないきさつを話してくれた。

「この前、私と夫が大統領のパーティによばれる……という夢を見たの。私はドレスを着て、エメラルドの指輪をつけていたわ。そしたら次の日、夫と街を歩いていると、宝石店のショーウィンドーに夢とそっくりな指輪が飾ってあるのを見つけたの。私は夫に夢の話をして、こう言ったわ。『運命を感じるわ。あの夢、どういう意味なのかしら。この指輪をつければ、あなたは大統領のパーティによばれるくらい、出世するかもしれないわよ』って。そしたら彼、買ってくれたの! 『これは、幸運の指輪かもね』なんて言ってね」

「わあ、すごい! そういうの正夢っていうのかしら?」

 エレーナが感動していると、リーザは小さく舌を出し、いたずらっぽく笑った。

「その夢の話、うそよ。じつは、前からこの指輪に目をつけてたの。でも、ふつうにねだっても買ってくれそうにないから、ちょっとだけ噓をついたの。罪のない噓でしょ」

 エレーナは、よくそんなこと思いつくものだと感心した。そして、だまされたとはいえ、気前よく指輪を買ってくれる夫をもつリーザが、うらやましくなった。

 そして次の瞬間、ひらめいた。

 クリスマスのイヴの朝。

 朝食を食べながらエレーナはこう切り出した。

「あのね、昨夜こんな夢を見たの。なんと、あなたがノーベル賞を取って、その祝賀パーティに出席しているの。もちろん私も一緒よ。そこで私はドレスを着て、首にはきれいなネックレスをしているの。ほら、デパートで見た、あのネックレスよ。すごくリアルな夢だったわ。あの夢、どういう意味なのかしら」

 話を聞き終えたアレクセイは、じっとエレーナの目を見た。

「夢の意味を知りたいのかい?」

「え、ええ」

 夫は微笑み、「今晩あたりわかるかもね」と言った。


 夫を送りだすと、エレーナは部屋を飾りごちそうを用意して、帰りを待った。

 アレクセイの帰りはいつもより遅かった。夫の帰りが予定より遅くなることなんて、めったにないことだった。だけどエレーナは、不安になったりしなかった。むしろ期待で胸がいっぱいになった。きっと彼は、プレゼントを買いに行っているに違いないからだ。

 夫がほほえむ顔を思い出すと、エレーナの顔も自然にゆるむのだった。

 やがて玄関のチャイムが鳴った。

「お帰りなさい!」

 エレーナが満面の笑みで出迎えると、夫は申し訳なさそうに言った。

「ごめん、遅くなって。ちょっと寄るところがあったから」

 そう言ってバッグからリボンのついた包みを取り出し、はにかんだ笑みを浮かべてエレーナに差し出した。

「メリークリスマス!」

「えっ!?

 エレーナの胸の鼓動は高鳴った。

「気に入ってくれるといいんだけど……」

「あなたがくれるものなら、どんなものでもうれしいわ」

 そうは言ったが、頭に浮かんでいるものは一つだ。

 エレーナは、はやる気持ちをおさえ、そっとリボンをほどいた。包みのなかから、プラチナチェーンのダイヤモンドのネックレスが……出てはこなかった。

 包みのなかから出てきたのは一冊の本だった。本の表紙には、大きく『夢占い』というタイトルが記されている。

「店員に聞いてみたら、それが一番よくあたるんだって。きっと、君が昨日の夜に見た夢の意味もわかるよ」


(原案 欧米の小咄 翻案 桑畑絹子・桃戸ハル)