エンディング



 武闘大会は、アニスとぶつかったレグホーン元伯爵が小さな騒ぎを起こした以外は大きな問題が起きることもなく決勝戦まで執り行われました。

 まず、結果だけ言えば優勝したのはアニスでした。この結果になることは疑っていなかったので、私からすれば順当でした。

 そして二位ですが、これが驚きの人物でした。

 なんと、シアン男爵が準優勝したのです。つまり決勝戦でアニスと戦ったのは彼でした。この結果には多くの人が驚いていました。何せ、武闘大会で決勝まで残ったのが魔法を使うことが出来ない二人だったのですから。

 しかし、この結果に文句を付けるのは難しいでしょう。それだけアニスとシアン男爵の戦いは白熱したのですから。

 シアン男爵はアニスに負けず劣らずの判断力と反応速度で試合を進めていましたが、それでもアニスの猛攻を前にして敗北を喫してしまいました。

 けれど、それが逆に驚きを呼んだのでしょう。何せ、この大会中でアニスは一撃で勝負を決めることがほとんどだったからです。それだけにシアン男爵の実力というものが浮き彫りになりました。

 正直、望んだ以上の成果が得られたと思っています。この二人が武闘大会で優勝と準優勝したというのが今後の布石となるでしょう。魔法にだけこだわっていた貴族たちが一回戦で敗退していったというのも合わせて、魔道具の有用性をけんでんする結果になったでしょう。

 そして、私は三位まで残った出場者たちに祝いの言葉を授ける役目を果たすため、出場者たちが入室してくるのを待っていました。

「ユフィリア女王陛下、入賞者の皆様をお連れしました」

「えぇ、通してください」

 私が指示を出すと、案内の者が一度下がりました。

 アニスが来るのを今か今かと待っていると、一緒に待っていた義父上が苦笑しながら声をかけてきました。

「ユフィリア、少し落ち着きなさい。こちらに通しているとはいえ、女王として祝福を授けるのだからな」

「……はい」

 義父上に注意されてしまいました。少しだけ恥ずかしいです……。

「こうも落ち着きがないのは珍しいものだ」

「グランツ、茶々を入れるんじゃありません」

 お父様が余計なことを言うのでイラッとしましたが、義母上がすぐにかばってくれました。仕方ないじゃないですか、アニスが優勝してくれたのですから。

 優勝するだろうとは思っていても、もなくちゃんと優勝してくれたことはうれしいのです。それを喜んで何が悪いというのでしょうか?

 そんなことを考えていると、扉が開かれました。案内の者に先導されて入ってきたのは優勝者のアニス、準優勝者のシアン男爵、そして三位まで勝ち上がった壮年の男性です。

 彼の名前はデリック・セラドン伯爵。北部から参戦したという騎士で、髪の色は暗めの深緑色、瞳の色は柔らかな黄緑色。彼は何故なぜか私を見ると嬉しそうに顔を綻ばせました。

「お久しぶりです、ユフィリア女王陛下。お元気そうで何よりです」

「久しぶり……? どこかでご挨拶させて頂いたでしょうか?」

 どこで会ったのか記憶にありません。内心、少しあせっているとセラドン伯爵は楽しげに笑いました。何故かアニスとシアン男爵まで笑っています。

 どうして二人まで笑っているのでしょうか?

「これは失礼致しました。こうして直接、顔を見せるのは初めてなので誰かわからないでしょう。私です、ドラゴン討伐に参戦していた騎士団長と言えばわかりますか?」

「……えっ!? ドラゴン討伐の時の!?

「驚いたでしょ? まさか準決勝まで勝ち上がってくるなんて、ビックリしちゃった」

 それはアニスが知っていてもおかしくないはずです。そうですか、あの時の騎士団長でしたか。アニスの言う通り、驚いています。まさかこのような形で再会するなんて。

「ほう、ドラゴン討伐に参戦していたということは黒の森の守護をになっているのか?」

「はい、オルファンス先王陛下。今でもかの森の守護を務めさせて頂いております。かのドラゴン襲来の際にはアニスフィア王姉殿下とユフィリア女王陛下の助力を頂き、心より感謝しておりました」

「良い、あれは美談に仕立てているが娘の暴走だ。結果として良い方向に向かったから良いものの、そなたには心労をかけたことだろう」

「いえいえ、そのようなことはございません。それに、あのドラゴン討伐を間近で見ていた身として、刺激を受けました。その努力の結果がこうして報われて嬉しく思っております。まぁ、シアン男爵にはしてやられてしまいましたが」

 セラドン伯爵がそのように言うと、シアン男爵は苦笑を浮かべて肩をすくめました。

「何の、あれは私の運が良かったに過ぎません。セラドン伯爵がマナ・ブレイドの特性を知り尽くせば、私に勝ち目はないでしょう」

「いやいや、ご謙遜されるな! 貴方あなたに男爵位を授けると話があった時は様々な意見があったものだが、こうして結果を出しているではないか。先王陛下の目は確かだったということを自ら証明している。素晴らしいことだ」

「うむ、そうだな。私も嬉しく思っているぞ、シアン男爵。ご息女とともに娘たちの支えになってくれていて頼もしい限りだ。私も胸をろしているよ」

「恐縮でございます、オルファンス先王陛下。これも全てアニスフィア団長のお陰にございます。これからも魔道騎士団副団長の名に恥じぬよう、精進していきたいと思います」

「ハッハッハッ! まさか冒険者として黒の森に狩りをしに訪れていたアニスフィア様が新たな騎士団の団長とは! 人生とはわからないものです!」

 セラドン伯爵が陽気な調子で笑います。そうするとアニスも釣られて笑いました。

「私も、セラドン団長が大会に参加して、こうして顔を合わせるなんて思わなかったよ。ナヴルくんにも良い刺激になったんじゃないかな」

「えぇ、紙一重でしたな。経験の差で勝ちを拾ったようなものです。スプラウト騎士団長も鼻が高いでしょう。ご子息がこれ程の活躍を見せたのですから」

「いやいや、まだまだですよ。精進が足りませぬな、もっと息子には奮起してもらわねばなりますまい」

 惜しくもセラドン伯爵と競って、入賞を逃したのは実はナヴルでした。

 一緒に観戦していたスプラウト騎士団長は嬉しいのやら、悔しいのやら、とても複雑そうに笑っていました。まだまだこれから、もっと鍛えなければ、とつぶやいていたのが実に印象的でしたね。

 余談ですが、他に参加していた顔見知りと言えばガークですが、彼は途中でシアン男爵とぶつかって敗退しています。

「皆様の努力がこうして形になったこと、心から賞賛の言葉を贈らせて頂きます」

「ユフィリア女王陛下、光栄にございます」

「まだまだ道半ばの身です。これからも上を目指せるよう努力を続ける所存です」

 セラドン伯爵とシアン男爵が深々と頭を下げました。そして、アニスは少しだけ誇らしそうにほほみ、軽く頭を下げて一礼をしました。

「この後に慰労と親睦を兼ねた祝宴が催されますが、その時にも祝いの言葉を授けたいと思います」

「ありがとうございます! いや、今日の酒は実にうまいでしょうな! 楽しみです!」

 セラドン伯爵は本当に楽しみだと言うように朗らかに言いました。

 それから空気は明るいまま、会話に興じることになりました。主に私が気になったのは北部や黒の森周辺の近況です。

 ドラゴンが襲来したぎわは魔物が減少していたこともありましたが、今は普通に以前の環境が戻っていて、相変わらず忙しいのだとか。

 そんな中でも、ドラゴン討伐の一件で知り合った女性と結婚をしたなどの嬉しい報告も聞けました。

「北部、特にドラゴン討伐に関わった者たちは皆、アニスフィア様のことを称えていますよ。ここ数年のご活躍には驚きましたが、我が事のように喜んでおります。そして魔学都市と魔道騎士団には強く期待しております。いずれ北部でも魔道具が使える日が来て欲しいものですな」

「そうなるように頑張ります。セラドン伯爵もお時間が出来たら、奥さんと一緒に魔学都市に観光しに来てください」

「いっそ騎士団同士の交流も検討したいところですね。それも魔学都市の開発が終わってからになると思いますが、楽しみにしておきたいと思います」

「私も楽しみにしていますね」

 アニスも心の底から笑みを浮かべていて、良い交流になりました。

 しかし、楽しい時間というのはすぐに過ぎていくもので、そろそろ祝宴に参加しなければならない時間が迫っていました。

「もう時間か、私たちは一足先に会場に行っている。また後で会おう」

「えぇ、父上。また後で」

「アニス、ちゃんと最後までしっかりするのよ?」

「は、はい、母上……」

「ユフィリア、アニスをお願いね」

「えぇ、任せてください」

 最後までアニスを案じながら、うえうえに連れられるように会場に向かっていきました。

 ここから祝いの言葉をかけるのは、私一人の仕事ですからね。お父様とスプラウト騎士団長も二人についていきました。

「……申し訳ありません。シアン男爵、セラドン伯爵、少しだけお時間を貰っても良いですか? すぐに追いつきますので」

「え? ユフィ、どうかしたの?」

かしこまりました。先に行って待っておりますので、ごゆるりと。セラドン伯爵、先に参りましょう」

「うむ? あぁ、そうか。了解した。それでは、また後ほどに」

 二人は私の考えを察したのか、一礼してから足早に去って行く。

 そして残されたのは私とアニスだ。アニスは二人になってから察したのか、額を押さえてためいききました。

「ちょっと、ユフィ?」

「ごめんなさい、アニス。もう辛抱ならなくて」

 ジト目を向けてくるアニスを、私は強く抱きしめました。

 アニスの存在を全身で感じながら、いとおしさに身を任せて彼女を腕の中に閉じ込めます。アニスは驚きながらも、すぐに仕方ないというように身を預けてくれました。

「……もう、これから皆の前に立たなきゃいけないんだから。変なことしないでよ?」

「……少しだけ、もう少しだけこのままでいさせてください。じゃないと、アニスが愛おしいという気持ちでどうにかなってしまいそうなんです」

「それは怖いなぁ。まったく、仕方ないんだから」

 アニスも私の背中に手を回して、幼子をあやすように背中をたたいてくれます。

「アニス」

「なぁに?」

「大好きです」

「知ってるよ」

「愛してます」

「うんうん」

「……私の全てを受け止めて、全力で私を求めてくれる貴方が本当に愛おしいんです」

「……うん」

 アニスもまた私を抱きしめてくれました。

 このまま時間が止まってしまえばいいのにと、本気でそう思ってしまいました。

 私は幸せです。この人からどうしようもなく幸福を与えられています。私という存在が、魂が貴方を求めているに違いありません。

 ずっと離したくない。もっと貴方を求めて、私も求めて欲しい。こんなに貪欲だったのかと自分で思う程に、貴方を愛しているんです。

「私の隣に、ずっといてください」

「……いいのかな?」

「世界が許さなくても、私が許します。そして、私は世界も従わせてみせます」

「なんか怖いこと言い出してる……」

「もう、遠慮しない方がいいのかなと思いまして」

「ちょっと待って、今まで遠慮してたみたいなこと言ってない? 流石さすがに冗談でしょ?」

「私がアニスに冗談を吐くとでも?」

「……都合の悪いことは言うと思う」

「じゃあ、これは都合が悪いことだと思いますか?」

「……えぇ?」

 抱き合いながら顔を見合わせると、アニスは情けない表情になっていました。

 その顔を見ているだけで面白くなってしまって、笑みがこぼれて仕方ないのです。

「アニスだって、こんなに全力で私を求めてくれたじゃないですか。ダメですよ、心臓がずっと落ち着かなかったんですから」

「……れ直したってことでいい?」

「はい。何度だって、貴方に生まれ変わらせて貰ってます」

おお〜!」

「大袈裟じゃないですよ」

 もう貴方は、私の命同然になっているんですから。

 貴方がいるから、私は人を愛することを覚えました。

 貴方が世界を愛しているから、私も愛したい世界を見つけました。

 でも、貴方を失ってしまえば全てがいろせてしまうことでしょう。

 もしも世界が貴方を否定し、その居場所を奪うというのなら。

 私は世界を滅ぼしてでも貴方が生きることが出来る世界を作るでしょう。

 こんな思いを知ってしまえば、貴方に恐れられてしまうかもしれません。心のどこかでそれを恐れていたかもしれません。

 でも、貴方が私と同じだけの思いで、私を愛してくれるというのなら。

 私は、私の全てをもって貴方を求めていいのでしょうか? それが許されるなら、私は世界で一番の幸せ者になるでしょう。

 アニスの肩口にうずめるように顔を寄せながら、私は祈るように貴方の名を呼ぶのです。

「……アニス」

「もう、何? 今度はどうしたの?」

「私は、幸せになってもいいですか?」

 どうか、望む答えをください。

 貴方あなたが幸せになってくれる世界に、私も一緒に生きることを許して貰っていいですか?

 人に知られれば恐れられるだろう一面を持っていても、貴方のそばにいたいのです。

 どうか許して欲しいと、そううように貴方に愛を求めてまないのです。

 貴方に拒否されたら、きっと朽ちる花のように枯れてしまいますから。

 息を吸うように、渇きを潤すように、自然と側にいることが当たり前だと思える程に側にいることを許して欲しいんです。

「そんなの当たり前じゃない。ユフィは幸せにならないとダメなんだよ」

「ダメなんですか?」

「そうでしょう? だって、一緒に幸せにならないと私が嫌だもん。ね?」

 ……はぁ、と。震えた吐息が零れてしまいました。あんと幸福感が胸を満たしていく。

 私は、ちゃんと息をしている。この生命を精一杯に生きている。

 この愛すべき世界で、貴方と一緒に。それが例えようもない程の幸せなのです。

 私たちは言葉もなく見つめ合って、そして自然と唇を重ねました。


 ──こうなるのが自然の摂理だと、そう言い張れるぐらいに私は貴方を愛しています。