5章 罪の裁定



 ローシェンナ侯爵の謁見を受けてから数日後。

 私は謁見の間で玉座に座って、目の前にひざまずいている者たちを見下ろしていました。

 跪いているのは会議に参加していた西部の貴族たちです。その中には当然、ローシェンナ侯爵もおり、彼は先頭に立って深々と頭を下げています。

 私の隣にいるのはアニス、うえうえ、レイニ、ラング、ミゲル。そして護衛としてナヴルやガークを始めとした騎士たちが控えています。

 皆、西部の貴族たちへの視線が冷ややかなものです。それを感じ取っているのか、西部の貴族たちは落ち着かなそうに身じろぎをしていたりします。

「──面を上げなさい」

 私が声をかけると、西部の貴族たちがおのおの顔を上げます。顔を青くしている者、視線が落ち着かずに彷徨さまよう者。……そして、恨めしそうに私の隣にいるアニスをにらむ者など様々な反応を示しています。

 今日、これから行われるのはかれが犯した罪を突きつけ、罰を告げることです。

「これより、貴方たちの罪を問います。一つ、王族に対する不敬罪。二つ、違法とされる輸入品の売買を行った罪。三つ、王家に対する報告を偽り、欺いた罪。不敬罪に関しては私の目の前で行われ、証人もいるので是非を問うまでもありません。違法輸入品の売買と、王家への偽証についてですが……」

「な、何か証拠があるのでしょうか!」

「それは全てはレグホーン伯爵の狂言でございましょう!」

「罪を犯すなどと、そんなあまりにも畏れ多いことを!」

 次々と西部の貴族たちがわめき出しました。アニスが不愉快そうに眉を寄せるのが横目で見えました。予想していた通りの反応にためいきこらえられません。

「お静かに。不正についての情報ですが、以前からこちらでも調査の手を入れておりました。更には情報提供者がおりましたので、裏付けが取れております」

「なぁっ!?

「い、一体どこからの情報だと言うのですか! これは王家と西部の間を引き裂くための陰謀に違いありません! その証拠とやらのしんぴょう性を疑いますな!」

「情報提供者はローシェンナ侯爵です」

 私がローシェンナ侯爵の名前を告げると、西部の貴族たちが一気にざわめきました。

 ローシェンナ侯爵はただ静かに跪いており、動揺を見せることはありません。

 私と謁見した後、ローシェンナ侯爵は私たちに不正の証拠を提出してきました。こちらで調査を入れていた情報と符合する点や、より詳細な情報が記載されていることもあって間違いないという判断が下りました。

 そして、ローシェンナ侯爵は自分も含めて西部の貴族たちの罪が裁かれることを望みました。彼とて、心から西部の不正を見逃したかった訳ではなかったという思いは伝わってきました。

 しかし、悲しいことに彼は西部の現状を正せる程の力はありませんでした。だからこそ私たちに証拠が託されたのでしょう。私たちなら西部のうみを取り除くことが出来ると期待されて。

 最初から私に従う素振りを見せなかったのは、見極めのためだったのでしょう。あまり気分が良いとは言えませんが、仕方ないと飲み込むしかありません。

 重要なのはこれからの西部をどうするのかなのですから。

「ば、馬鹿な……!」

「まさか、本当にローシェンナ侯爵が!?

「事実だ」

 ローシェンナ侯爵が肯定すると、西部の貴族たちは次々と詰め寄ります。

「こ、これは一体どういうことですか、ローシェンナ侯爵!?

「どうもこうもない。王家より罪を問われ、証拠があるならば、と言われたので私の知る全てを打ち明けたまで」

「この、裏切り者がッ!」

 西部の貴族たちは諦めたようにうなれていたり、ちらちらとこちらの隙をうかがうように見たり、ローシェンナ侯爵に今にもつかみかかりそうな勢いで睨んでいる者など様々です。

 これを醜態と言わずしてなんと言えば良いのでしょうか。まだ静かに沙汰を待っているローシェンナ侯爵の方がマシでしょう。

「随分と、王家の目が届かないからと好き勝手にやってくださったようですね」

……ッ!

「一体、この落とし前はどのようにつけるつもりなのでしょうか?」

 私が問いかけると、西部の貴族たちは一斉に動きを止めました。けれど、誰も声を上げるようなことはしません。隣に居る者たちを見たり、誰かが発言するのを待ったり、こちらにすがるような視線を向ける者……。

 溜息しか出てきません。すると、感情が無くなったように表情を消したアニスが口を開きました。

「ユフィ」

「はい、何でしょうか? アニス」

「彼等には答える口がないようだ。だから、私が代わりに提案するのはどうかな?」

「それはいいですね。それでは、アニスはどのように処罰するのが良いと考えますか?」

「これだけの罪だ。──族滅が妥当だと思うよ。一族郎党、皆殺しだ。それでれいさっぱり片付けよう」

 アニスが淡々と告げたのは、族滅。つまりは一族含めての処刑だ。

 過激な罰でしょう。それを聞いた西部の貴族たちは信じられないと言った様子でアニスへと視線を向けました。

 アニスが貴族たちに向ける視線は、はやちりあくたを見るような程に冷たいものです。冗談でも何でもなく本気なのだと悟ったのか、彼等は一斉に騒ぎ始めた。

「ぞ、族滅……!?

「アニスフィア王姉殿下、どうかお待ちを!」

「おや、口があったんだ。だったらどうしてユフィの質問に答えなかったの?」

「そ、それは……!」

「ことここに至ってもまだ王家をめてるとしか思えないね? それとも、お前たちの頭の中には自分の保身しかないの?」

 アニスが問いかけると、また一度黙ってから狼狽うろたえ始めます。

 似たような反応しか出来ないんでしょうか。せめて、もうちょっと取り繕って欲しいと思うのですが……。

 そんな貴族たちをたしなめるようにローシェンナ侯爵が語りかけます。

「アニスフィア王姉殿下のおっしゃる通りであろう。我らが犯した罪、一族を滅ぼされても妥当としか言えない」

「ローシェンナ侯爵! 貴様、裏切ったのか!!

「まさか、我らを売り払って自分だけ助かろうという腹づもりのつもりか!?

「──たわけ者が! 恥の多い身なのは承知の上! 恩赦など求めるものか! 我らへの罰に族滅が妥当だと言うのならば、いさぎよく受けてみせよう!!

 ローシェンナ侯爵が一喝するように貴族たちに告げます。その声には力があり、覇気が籠もっていました。

 そんな彼の様子に貴族たちは恐れおののきますが、中には更に声を荒らげる者もいました。

「こ、このきょう者が! 今更になって西部を道連れにして死ぬつもりか! そもそも貴様とて黙認してきたことではないか!」

「否定はしない。そのつもりなどなかった、と言っても何の意味もない。王家を欺くために、国を守るために、国政に左右されぬために、理由をつけては王家の干渉を拒否し続けてきた。それを悪用して違法売買に手を染めた者をとがめず、見逃してきた」

「そうだ! それこそお前の罪ではないか、ローシェンナ侯爵!」

「──国防のための予算を横領していたやからは、肝だけじゃなくて声まで大きいんだね」

 ローシェンナ侯爵への罵倒がみみざわりだったのか、アニスが殺気を込めて言い放った。

 貴族は突然向けられた殺気に恐れ戦き、直接向けられた訳でもないローシェンナ侯爵すら冷や汗を流す程です。

 彼等はこれだけ怒りをあらわにしているアニスを見たことがないのでしょう。だからどうしていいのかわからず、右往左往することしか出来ていません。

「ローシェンナ侯爵は確かに罪を犯した。だけど、ローシェンナ侯爵が罪を〝犯さざるを得ない〟状況に追い込んだのは、違法売買に関わった貴族たちでしょう?」

「ち、違います……!」

「そ、それは何かの誤解で……!」

「騎士団を維持するための資金まで押さえ、違法売買に手を染めさせ、共犯に落とし込む。成る程、悪辣だけどなかなかの一手だね。露見さえしなければ、西部を自分たちの思うがままに出来る訳だ。資料が必要ならあるけど、見る?」

 アニスがそう言うと、レイニが資料を取り出してアニスの横に立つ。

 貴族たちは誰も前に進み出て来ようとせず、その場でうつむいています。資料を見て真実であれば罪を認めざるを得ないことを理解しているからでしょう。

 ここにまで来てしまったら、言い逃れすることも出来ないのだと。

「これが西部の貴族の現実か。実に醜悪だね。……ユフィ、どう思う?」

「そうですね……」

「お許しください、ユフィリア女王陛下!」

「どうか、どうかご慈悲を!」

「これからは心を入れ替えて忠誠を誓います!」

 次々と許しをい始める貴族たち。その姿にローシェンナ侯爵が無念そうに目を伏せているのが見えました。

 私もあきれてものが言えなくなりそうです。

「言葉だけではどうとでも言えましょう。貴方あなたたちの誠意は信用に値しません」

「な、ならば! 我らを失えば西部の守りはどうなるとお思いですか!」

 ふと、突然唾を飛ばす勢いで貴族の一人が叫びました。

 すると、その糾弾に飛びつくようにして多くの貴族たちが声をそろえて訴え始めます。

「そ、そうです! 我らを排すれば国力の低下はまぬがれません! そうなれば隣国がどのような反応をするのか!」

「我らは彼等へのツテも持っております! これをただ切り捨てるのは惜しくはないというのでしょうか!?

 ……本当に、彼等の訴えを聞いているだけで頭が痛くなりそうです。なんて浅ましいのでしょう。貴族としての誇りはないのでしょうか?

 私たちの側にも、あまりの醜態にけん感を隠せなくなっている者までいます。

「それは、王家をどうかつしていると受け取ってもよろしいので?」

「ど、恫喝!?

「な、何故なぜそのような曲解を……」

「どこが曲解? つまりお前たちは自分がいなければ国が危うくなるぞって王家に対して突きつけているつもりなんでしょう? やれやれ、ここまで王家に対する忠誠心がないのも問題だね」

「そうですね。西部はパレッティア王国の守りの要、これがこんなにも信用の置けぬ者たちの手にあるのは、王家としても不信の念を抱かざるを得ません」

「じゃあ、やっぱり族滅かな。領地の運営にはしばらく王家が口を出すけれど、家を継げなくて私に仕えてくれる次男や三男が私の下に集ってくれているからね。後釜を育てるのには時間はかかるけれど、数年もすれば安定させることも出来るよ」

「それは頼もしいことですね、アニス」

 アニスと打てば響くような会話をするだけで、ささくれた心が慰められるような心地になります。

 西部の貴族たちは再び黙り込んでしまい、そんなかれに向けてアニスは冷ややかに告げました。

 私に向けて語りかける時は優しい笑みを浮かべているのに、彼等に向ける表情は感情がせていました。その落差が、彼等に自分たちの立場をわからせようとしているかのように思えてきました。

「わかった? それとも、もっとはっきり言った方が理解出来る? お前たちが西部にいなくても問題はない。むしろ排斥した方が利益がある。それなのに、どうしてお前たちを生かしておく必要がある?」

「ほ、本当に我らを切り捨てるおつもりで……?」

「そうだよ」

「わ、私はユフィリア女王陛下に問うているのです!」

「私ならいな、と言うとでも?」

「私たちは貴方様の同胞にございます!」

 そう訴えたのは、あのレグホーン伯爵でした。先程からアニスに向けて不愉快な視線を向けていた一人です。

 気に入らない相手ではありますが、同胞とは一体どういう意味なのでしょうか?

「私が貴方たちの同胞だと? 何故、私を同胞だと言うのでしょうか?」

「同じ始祖の血を引き、魔法の奇跡を授かった同胞ではないですか! 我らは確かに罪を犯しました! ならばこそ償うと、心を入れ替えると言っているのです! どうしてそれを信じてくださらないのですか!」

「信用なりませんね」

「だから、どうしてですか!?

「むしろ、こちらこそ問いたいですね。何故、私が貴方たちを救わなければならないのでしょうか?」

「貴方様は始祖の再来! 民を救った伝説そのものではありませんか! 我らが罪を犯したのも、真に仕えるべき王を見失っていたに過ぎません! 正しい王がいれば、私たちは何も間違いなど犯さなかった!! そうでしょう!?


「──何? そんなに、今ここで死にたいの?」


 今日一番、強烈な殺気がアニスから放たれました。

 その殺気を直接向けられたレグホーン伯爵はひゅっ、と息をみ、その場に尻餅をついてしまいました。余波を受けた周囲の貴族たちも膝を突き、がくがくと震え始めます。

 護衛として控えていた騎士たちは膝こそ折らなかったものの、顔色を悪くしながら歯を食いしばっています。それだけアニスの怒りは強烈でした。

「精霊信仰に傾倒したことで、王家をないがしろにする貴族が増えたのは嘆かわしいね。本来は貴族はかくあるべきと育まなければならない信仰が、民をしいたげ、国を割る教えと成り果てている。時代に即していないとしか言いようがない」

「申し訳ありません、アニス。意識改革にはもっと手を入れていかなければならないようです」

「ユフィの責任じゃないよ。それに信仰そのものが悪い訳じゃない。悪いのはそれを悪用して私欲を満たす貴族たちだ」

 起き上がれないままの貴族たちをにらみながら、アニスは深く息を吐き出した。

「私は魔学と魔道具によって民にも魔法の術を与える。それは、貴族ばかりに頼らないためだ。貴族だけが魔法の奇跡を独占しているから、勘違いする者が増える」

「か、勘違いなど……!」

「そ、そうです! アニスフィア王姉殿下も知らないはずがないでしょう! かつて貴族ならぬ魔法使いが悪辣の限りを尽くしたことを!」

「ならばこそ、貴族の復権こそが重要なのではないですか!?

 貴族たちの訴えに対して、アニスは冷ややかな目を向けました。

「そもそも、そんな事件が起きたのも貴族の傲慢によるものだよね? 貴族だったら平民を思うままに扱っていい。そう思って振る舞ってきたから恨みつらみが生まれた。首謀者も野に放り出された庶子という出自だ。そうでしょう?」

「……それは」

「お前たちは自分たちの都合のいいことは口が滑らかだけど、都合が悪くなると口を閉ざすね。……その態度がこっちの不興を買ってると気付かない程に愚鈍なの?」

 アニスの問いかけに、やはり貴族たちは何も答えない。それを見たアニスの口から呆れ果てたようなためいきこぼれる。

「貴族だとか、平民だとか、それ以前に人としてお前たちは信用に値しない。それなのに重要な西部の地を任せておくことは出来ない。これは決定事項だ」

「……」

「だけど、お前たちにも一部だけ利がある」

 アニスの言葉に、貴族たちははじかれたように顔を上げた。

「腐ってもお前たちは貴族であり、魔法使いだ。その価値を投げ捨てるのは私たちだって本意じゃない」

「そ、それでは……!」

「許しはしない。けれど、生命までは取らない」

「その代わり、貴方たちには西部から南部へと領地を移すことを命じます」

「なぁッ!?

 アニスの言葉を引き継いで、私からそう告げると貴族たちが目の色を変えて私を見ました。彼等の表情は驚きから、恐怖に引きつったり、不満を露わにするように変わっていきます。

「な、南部ですと!?

「馬鹿な! 結局それは私どもに死ねとおっしゃっているも同然ではありませんか!?

 西部の貴族たちから悲鳴のような非難が次々と浴びせられます。

 彼等がそこまで抵抗するのも、南部という地域には問題があるからです。

 パレッティア王国の南には海があります。海から得られる資源というのはとても魅力的であり、今も何とか開拓しようと試みています。

 しかし、当然ながら海にも魔物が生息しており、海辺に拠点を作るのも一苦労なのです。それ故、何度も撤退を繰り返しているのが現状です。

 南部から得られる資源は惜しい。けれど、開拓するのは難しい。それは今まで開拓するための人員が足りていなかったからでもあります。

 ここに領地を取り上げた西部の貴族たちを宛がおうと考えたのは、ラングたちです。

 これならば彼等の命を奪うことなく、国益に変えることが出来ます。南部はほぼ未開拓の土地ではありますが、この開拓を成功させることで得られる利益と名誉は後の世に名を残すことが出来る可能性もあります。

 それは貴族としての栄誉として取れることも出来るため、族滅という罰を与えるよりは良いのではないかと提案されました。

 アニスも良い案だと認めたので、西部の貴族たちの罰は南部への領地替えに決定したのです。

 貴族たちがおびえるように、事実上の死刑宣告というのは間違ってはいません。しかし、開拓を成功させることが出来れば返り咲くことも不可能ではないため、彼等にとって損ではない話でしょう。

「確かに南部は開拓の難所と言えましょう。ですが、アニスは魔学都市の開拓に成功を収めています」

「そ、それは……!」

「今ならアニスの成功例をることも出来ます。時間はかかるでしょうが、開拓の拠点を得ることは可能でしょう。そうですよね?」

「わ、我らにアニスフィア王姉殿下の開拓方法を真似よ、と……!?

「実際に成功を収めているのですから、南部にも適応させることも難しくないと考えています。不服ですか?」

 貴族たちは顔を見合わせていますが、誰もが不安や不満をあらわにしています。

 まったく、アニスの功績を疑ったり、魔法を使えないことを蔑むのに、このように実績を挙げたことも、それにならうということも出来ないなんて。

 いくら魔法が使えるからといっても、そういう態度が信用出来ない人物だと印象付けてしまっていることに自覚はあるのでしょうか?

「どうしても不服だと言うのであれば、仕方ありません。それでは、西部の処罰に関してはアニスの自由にさせましょうか」

「じゃあ、やっぱり族滅かな。ことここに至ってまで私たちに従うつもりのない反逆者なんて要らないからね」

 私がアニスに話を振ると、アニスはあっさりとそう言い放った。

 貴族たちが再びギョッと目を見開いているものの、アニスはさして気にした様子もなく言葉を続けます。

「私たちには従わないし、侮辱までする。罪を犯している身で、罰から逃れようとする。死罪でもおかしくないところに生きるための道を提示しても従おうとしない。つまりはさ、私たちをめてるんでしょ? そこまでする筈がないって」

「そ、そのようなことは……!」

「ない? さっきからずっと駄々こねてるくせに? これは私への挑戦と受け取ってもいいのかな? いいよ、その挑発に乗ってあげるよ。帰って戦の準備をするといい」

「戦ですと……!?

 アニスの告げた戦という言葉に、貴族たちはどんどんと顔色を悪くしていきます。

「どうせ私は魔法の使えない無能者、魔法を使えるお前たちに負ける理由なんてありはしないのでしょう? それなら戦の最中で己の有用性を証明すればいい。そうすればユフィも貴方あなたたちを見る目が変わるかもしれないよ?」

「そんな未来があるといいですね」

 もし、アニスにかすり傷一つでも付けたら罪人のらくいんをつけた上で身一つで南部に労働力として放り出してやりましょうか。

 そうしてアニスと笑い合っていると、貴族たちの顔色は真っ青になっていました。

 内戦は避けたいですが、必要となればやるしかないでしょう。うえであれば避けた道でしょうが、私たちは内戦を選んでも国を保つ自信があります。

 むしろ、かれを抱えている方が足を引っ張られるだけです。どれだけ言っても態度を改めないのであれば、もう致し方ないでしょう。

「南部は難しい地域ですが、開拓に成功すれば十分にうまみがあるのですけどね」

「海から得られる利益は王家としても無視することは出来ない。また返り咲くことが出来る可能性はあるよ?」

「もしそうなれば、私も貴方たちを評価し直さなければいけないでしょうね」

「西部という地域を統治する難しさは貴方たちという前例をもって私たちも理解したしね。その教訓に免じて、不正を許すことは出来ないけれど、生き残りたいというのならば道を用意しよう。それ以外に貴方たちを生かす道は、ない」

 アニスは最後の通告だと言わんばかりに告げる。

「私は民に可能性を与えた。それは、貴方たちにだって例外ではない。ただし、それとは別に罪は罪として償ってもらう。大いに反省して心を入れ替えて欲しい。それが出来ないなら、話はそこで終わり。賢明な判断を願うよ」


* * *


「なかなか思い切ったことを考えましたな」

「実質、けいによる死罪を言い渡されているようなものだが……可能性がない訳ではない。アニスフィア団長という前例がある今、それを踏襲するのはありだろう」

 西部の貴族たちに罰を言い渡した後、私たちは場所を移して会話していた。

 ラングはひたすら感心したようにうなずいていて、ミゲルは楽しげに笑っています。西部の貴族たちは葬儀の最中だと言わんばかりに暗い雰囲気になっていましたが、それとは対照的に私たちの空気は和やかなものになっています。

「ラングたちが集めてくれた資料のお陰で決断が出来ました。領地替えを選ばないのであれば、族滅以外に選択肢はなかったですね」

「ローシェンナ侯爵の情報提供もあったから上手うまく話が進んだのは幸運だったね。まぁ、西部の貴族全てが腐った人ばかりじゃないって言われたから、それならどうにかした方がいいかなって考えた結果ですし」

「そのローシェンナ侯爵はどうするんですか? 一応、王家に事態解明のために協力した訳ですが……」

「特に何か優遇することはありません、本人もそれを望んでいませんから。むしろ率先して南部に向かうと言っていましたよ。そうすれば自分たちを慕う者たちは付いてきてくれるかもしれない、自分の手が及ぶ範囲で守るつもりだと」

「ふぅん。それだけ覚悟があるならもっと早く事を起こしてくれれば、と言いたくなるが、西部の事情をかんがみれば無理も出来なかったんだろうな……」

 ミゲルがぽつりとつぶやくと、アニスがあいづちを返しました。

「うん。だから一度、西部は中身をごっそり入れ替えるしかないよ。それで苦労をかけることにはなっちゃうだろうけど……」

「その辺りはマゼンタ公爵が協力を申し出てくれているのでご安心を」

「これを良い機会だと言って、人事に力を入れてくれるそうです」

「……感謝しないといけませんね」

 マリオンとラングの言葉を受けて、私は小さく呟きました。

 お父様は義父上が即位した際のクーデターで荒れ果ててしまった東部を立て直していました。その際、様々な貴族と縁を結んでいて顔が広いのです。その縁を伝って西部を治めてくれる貴族を探してくれるとのことで、正直とても助かっています。

「後は西部の貴族たちが領地替えを受け入れられるかどうかだ」

 あくまで、今回会議に出席していた貴族たちは代表者という立場に過ぎない。

 これから彼等は領地へと戻り、このことを伝えなければならない。事前に王家から使者を送って通達しましたが、西部はこれから荒れることになるでしょう。

「でも受け入れるしかないんじゃないですか? 受け入れなかったら死罪ですよ」

「……王家に牙をく、という可能性はないか?」

 ガークが暢気のんきな調子で言うと、ナヴルが眉をひそめながらぽつりと呟きました。

 それに対して首を振ったのはラングとミゲルの二人です。

「それはないですね」

流石さすがにないと思います」

「利益に忠実な者たちだ。王家を敵に回して生き残ったとして、その後に先がないことぐらいは理解出来るだろう。……出来るよな?」

 自分で言っておいて、疑いが出てきてしまったのかラングが眉間をほぐしながら呟きました。

 そんなラングの様子を見て、アニスが苦笑を浮かべました。

「そういった反乱が起きる可能性も考えて、次の手も打ってあるよ」

「アニス様、そうなんですか?」

「一体どのような対策をお考えで?」

「えっと……ユフィ、説明をお願いしてもいい?」

「えぇ、構いませんよ。まず西部はお互いの弱みを握り合うことで連帯意識を高めていました。しかし、それを王家に知られたことで連帯することの意味を失いました。次に連帯するとなれば、領地替えを撤回させるために王家に反逆することなどが考えられます」

 私が説明すると、アニスが頷いてから続けました。

「正直言って、中央と東部が味方になっている以上、西部に負ける要素はない。勝ち目なんてないんだ。今までは西部が必要だから見逃されてきただけであって、西部が抜けた穴を埋められるようになった今、放置する理由がない」

「なので諦めて従うか、なんとか逃げだそうとするでしょう。連携など取れるはずもありません。利でまとまれなければぜいじゃくなのが西部の弱点と言えます」

「……成る程?」

「おい、ガーク。ちゃんと理解出来て頷いているんだろうな?」

「……」

「目をらすな、おい!」

 いつものやり取りを始めるナヴルとガークに、つい苦笑が浮かんでしまいました。

 アニスも同じ気持ちだったのか、彼女も苦笑を浮かべています。きっと私たちは同じような表情を浮かべていることでしょう。

「そこで更に加える一手なんだけど、武闘大会を開きたいと思っているんだ」

「武闘大会、ですか? アニスフィア王姉殿下、それは一体?」

「騎士から冒険者、身分を問わずに己の腕を競い合う大会を開こうと思って。この大会で優秀な成績を残せば、私個人としても引き抜いていいかなと考えてる。で、私がそう考えるように、各地の騎士団も注目すると思うんだよ」

「成る程! 西部が揺れている今、ただ罪人として南部に送られるよりは、どこかの騎士団に誘われて籍を移す可能性にかける者たちが出てきますね」

 納得がいった、と言うようにガークが手をたたきました。それにアニスは少し照れたようにほほみます。

「西部はどの道、人を入れ替えざるを得ない。西の守りを再編するためにも、ここで腕自慢を集めて競い合わせることは、色んな意味で有効な手だと思ってね」

「はぁ〜、それで武闘大会ですか。それってパレッティア王国中から集められるってことですよね?」

もちろんだよ。これは西部だけのチャンスじゃない。中央や東部にだってまだまだくすぶってる人材はいる筈だ。騎士や冒険者たちの中にね」

「上手く目に留まれば、ユフィリア女王陛下やアニスフィア団長に近づくことも出来ると考える者もいるかもしれませんね……」

 皆から反応が良い。けれど、私たちは苦笑しか浮かんできません。これは私たちが考えたことではありませんからね。

「この案を考えてくれたのは、ローシェンナ侯爵なんだけどね。あの人には思うところはあるけれど、罪を償おうと協力的な姿勢は認めてあげないと。……色々と複雑だったんだと思うからね。改めて調べれば調べる程、あの西部の統治は難しい。西部の貴族たちを処罰するだけでは足りないね」

「足りないですか」

「うん。隣国との交易と、商人の関係が複雑にからみ合ってる。これはもういっそ、大規模に商人たちを締め上げなきゃいけないって結論になってる」

 アニスは悩ましそうに表情をゆがめながらそう言いました。

「発端は貴族から持ちかけられた話なんだろうけど、それが慣習になってしまって商人が力を持った。貴族も商人たちの意向を無視することは出来ない。かといって、商人たちも無理強いが過ぎれば貴族たちの暴発を招きかねない」

「恐らく、西部の貴族を排するだけでは商人たちの台頭は防げません。国から逃げ出す者もいるかもしれませんし、これまでのように貴族を取り込もうとする動きをするかもしれません。単に貴族を罰するよりも商人たちの扱いには頭が痛いです」

「これから流通を広げよう、ってところで商人たちにも利益を提示して連動しようとしていたんだけど、これはすぐには無理そうかな。かといって、混乱が続くと隣国を刺激してしまう恐れがあるから、しばらく手は抜けないよ」

「成る程……それは確かに難儀ですね」

「本当に難しいんだ。今の若い世代として生まれた西部の貴族たちは苦しかったと思うよ。だからと言って、許すつもりはないけれど。特にレグホーン伯爵とやらはね」

 レグホーン伯爵の名前が出ると、皆が何とも言えない表情を浮かべました。

 やはり彼の態度に関しては同じ貴族という立場である以上、色々と思うところがあるようですね。

うわさには聞いてましたが……ひどかったですね」

「信仰にのめり込みすぎなんだよ。一昔前の魔法省並みに酷いね」

「耳が痛いな……」

「ラングは丸くなったし、昔だってそこまで酷い態度だったとは思わないよ。まぁ、この問題もゆっくり解決していくしかない。人の意識なんてそう簡単に変えられるものじゃないからね。無理矢理、荒療治で過酷な地に放り込むなんて方法はそう簡単に選んで良い手段じゃない」

「そうしないとダメって思わせるまでやらかした西部の貴族には同情出来ませんがね」

 それは本当にその通りです。これからのことを思えばためいきしか出てきません。

 うえにも改めて同情してしまいます。よくこんな貴族たちの間を取り持ちながら国を立て直したと思います。

「しかし、武闘大会と言いますが、会場はどこにする予定なのでしょうか?」

「ウチ」

「はい? ウチ、とは?」

「だからウチ、魔学都市だよ。あそこは後の流通の起点になり得るし、魔法による建設の勢いを見せるという意味もある。会場を作れるだけの広さは確保しているしね」

「……言われれば確かに?」

 最初はいぶかしげな表情を浮かべていたナヴルも、納得したようにうなずきます。

「他には宿とか作らないといけないけれど、どの道いつかは作らなきゃいけないから計画を前倒しにすれば良い。武闘大会の会場は、そのまま魔道具の実験場とかに流用すればいいしね。だから、ウチでやるのが一番都合が良いの」

「……しかし、間に合うんですか?」

「それについては問題ありません。暫く魔学都市にとうりゅうして休暇を頂く予定ですので」

「……ユフィリア様が?」

 初耳だ、と言うようにナヴルが目を丸くしました。

「ユフィには気晴らしが必要だし、武闘大会の会場を建設するなら現地にいて指示を出した方が早いだろうって。それにユフィの魔法があれば建設はもっと進むだろうしね」

「ユフィリア様が建設に関わるんですか!?

「それは……確かに建設は進むでしょうが。良いんですか?」

「良いんです。休暇中のたわむれです」

「戯れで建設……?」

 ナヴルが信じられない、と言うように衝撃を受けています。すがるようにラングへと視線を向けましたが、ラングは透き通ったような笑みを浮かべて首を左右に振りました。

 ラングにも色々と言われましたが、押し通しましたからね。

「それにいい加減、小うるさい者たちを黙らせる頃合いかと思ったので。実際に私の力を目にしないからめられるのでしょう。義父上に免じて、手荒な手段は出来るだけ選ばないようにしていましたが、やはり弱腰だと取られたのかもしれません。ここで一度、引き締めを図ろうかと思います」

「……めっちゃくちゃ全力で横っつらひっぱたくようなもんじゃないすか、これ?」

「こちらを見るな……」

 ガークがナヴルに問いかけていましたが、ナヴルは目を逸らして答えませんでした。

 それにしても、魔学都市に滞在するのは楽しみですね。レイニとイリアも連れていくつもりなので、息抜きが出来るでしょう。

 レイニもシアン男爵と過ごす時間が増えますし、彼女たちにとっても休暇ですね。