まくあい レイニの決意



 私は、その扉がいつ開くのかと落ち着かないまま、息を潜めて廊下に立っていた。

 ユフィリア様が体調を崩してしまい、それを連絡したらアニス様がすぐに戻ってきてくれた。それから二人で話したいということで部屋を出たのだけど……。

「本当に大丈夫かな……」

 何かがおかしい、と思ったのはアニス様の気配が、一気に大きくなったから。

 部屋の外にいても聞こえてくる怒声と、足が震えてしまいそうな程の殺気。アニス様の感情に反応してなのか、ドラゴンの気配すらも漂ってきている。

 扉越しでも恐ろしいと感じるのだから、アニス様がどれだけ怒っているのか考えるだけで背筋が寒くなってしまう。

 ユフィリア様は大丈夫だろうか、とハラハラしていたけれど、次第に気配が落ち着いてきたから、アニス様が暴発するということはないみたいだ。

 それでも不安は消えない。そうして待っていると、扉が開いた。

 姿を見せたのは思わぬ人物──リュミ様だった。

「リュミ様!?

「あら、レイニ。どうも」

 リュミ様はいつも通り、つかみ所のない微笑を浮かべて挨拶してくれた。

 彼女とは、あまり言葉を交わしたことはない。アニス様とユフィリア様を除けば、昔の知り合いであるオルファンス先王陛下たち以外にはあまり声をかけない人だ。

 私はユフィリア様のそばにいることが多いから顔を合わせることはあるけれど、面と向かって話したことはない。

 でも、なんでリュミ様が部屋から出てきたんだろう? まだ部屋から出て来ない二人は大丈夫だろうかと、気だけが逸ってしまう。

 そんな私の気配を察したのか、リュミ様がクスクスと笑う。

しばらく放っておきなさい、二人っきりにしておけばその内落ち着くでしょう」

「アニス様とユフィリア様は大丈夫なんでしょうか? アニス様がすごい怒ってたと思うんですけど……」

「えぇ、とても怒ってたわね。今にもユフィリアに余計な負荷をかけた者たちを皆殺しにするんじゃないかって勢いだったわ」

「ですよね……」

 私ですら、絶対に許せないと怒りを感じているのだから、もっとユフィリア様への思いが強いアニス様がそんな風になっても驚かない。

 それでも、その恨みやつらみを素直に出すなんてしてはいけない。そう思っても心が追いつかない。思わずためいきが出てしまう。

「まぁ、アニスの暴走は私が止めておいたから安心しなさい。アニスの暴走を許したら、ユフィリアの体調が更に悪くなっていたでしょうしね」

「ありがとうございます、リュミ様」

「別にお礼なんて要らないのだけど……それなら、お礼代わりに一つ聞いてみてもよいかしら?」

「? 何をですか?」

「貴方は人ならざる者が国王であることに、不安を感じないの?」

「え……?」

 リュミ様の問いかけに、私はすぐに答えることが出来なかった。

 リュミ様は答えを待つように静かに見つめてくる。顔を合わせることはあっても、ここまで見つめられたのは初めてだ。

 彼女のことはどうしても常人離れしていると感じてしまう。まるで何を考えているのか読み取れない。

 ヴァンパイアの力を使って彼女の感情を探りたくなってしまったけれど、逆にそれすらも怖い。そんな風に感じるのは、長い時を生きてきた精霊契約者だからなのか。

 答えられないままでいると、先にリュミ様が口を開いた。

「あの子たちは普通の人間じゃない。その気になれば、あっさりとこの国を滅ぼすことが出来るでしょうね。そうなったら私じゃ止められないわね。じゃあ、他に誰が止められるのかしら?」

「それは……」

「不安にならない? そんな物騒で、常人からかけ離れた存在が国の頂点にいる。それがいつ自分たちに牙を向けるのかわからない。自分たちが理解出来ないことで激高することだってある。怖いわねぇ」

「……それは恐ろしいですが、ユフィリア様とアニス様なら信じることが出来ます」

「そう、素敵な答えね。でも、どれだけの人が貴方と同じように言えるのかしら? 貴方は側にいることが出来るからそう思える。そうじゃないかしら?」

「……それは、そうですね」

「距離が離れれば離れるほど、人となりというものは理解されないもの。それにあの子たちには圧倒的な力があるし、この国では大きな意味を持つ精霊契約者という肩書きもある。どれだけの人があの子たちの心の内を理解出来るかしら」

 多くはないだろう、と思う。けれど、口に出すことは出来なかった。言葉にしてしまえば、その現実と嫌でも向き合わなきゃいけない。

 それを理不尽だと思ってしまえば、それを二人に強いるこの世界にいきどおりを感じてしまうから。どうしてあの人たちのことをわかってくれないんだ、って。

「理不尽なものよね」

「……否定はしません」

 人は、自分に理解が出来ないものを見ると恐怖を感じてしまうから。

 だから遠ざけようとしたり、排除したりしようとする。それが人というものだ。

「だからユフィリアたちに自分が理解出来る存在であって欲しいと望むのでしょう。自分が望むままの存在でいてくれれば、恐怖など感じないのだから」

「……見てたんですか?」

「何を?」

「ユフィリア様が、その、お怒りになった時を……」

 私が確認すると、リュミ様は首を左右に振りました。

「その現場は見てないわね。まぁ、話を聞いたら想像するのは容易たやすいけれど」

「そうですか……」

「私はね、ユフィリアたちの方針が間違っているとは思わないわ。でも、それが全ての人に受け入れてもらえる訳ではない。精霊信仰にすがってきたこの国を変えるのは簡単なことではないわ。試練の時ね」

「試練、ですか……」

「試されているのは、果たして誰なのかしらね? あの子たちかしら、それともこの国そのものかしら」

 ぽつりと、リュミ様はそうつぶやいてから目を伏せる。

「この国の行く末を握っているのは、間違いなくアニスフィアとユフィリアの二人。その二人は補い合うことで互いの暴走を防いでる。でも、それはひどく危うい均衡だわ。その気になればあの二人は国を滅ぼすでしょう。それも全ては、愛故に」

「愛……」

 愛する故に滅ぼしてしまう。納得してしまう言葉だ。

 だって、アニス様がこの国を滅ぼす理由なんてたくさんある。

 魔法を使えない王族としてずっとしいたげられ、貴族たちによって弟であるアルガルド様が心を病み、両親もただひたすらに苦労をさせられた。

 恨む理由はあっても、アニス様にはかなえたい夢があるからとふくしゅうを選ばなかった。そう、選ばなかっただけ。

 アニス様は多くのものを愛していたから。家族を、魔法を、この国と民を。

 憎しみより愛が上回った。だからアニス様は憎しみのままに振る舞うことはなかった。

 ──じゃあ、もしもそれが反転してしまったら?

 憎しみが愛を上回ってしまったら、アニス様はもう止まらない。夢に向かって駆ける力が、全てを滅ぼすためだけに振るわれてしまう。そうなったらどうなるかなんて、想像をするのは容易い。

「あの子たちが理想を目指し続ける限り、どうしても向き合わなければならない問題よ。乗り越えられるかはあの子たち次第ね」

「……二人は大丈夫でしょうか?」

「さぁ? どうでしょうね。ただ、先達として言わせて貰うなら、精霊契約を結んだ時点で何も大丈夫なことなんてないのよ。精霊契約は、いつか来る結末を受け入れる代わりに力を得ているだけ」

「いつか来る、結末……」

「人はいつか死ぬわ。どんな終わり方をするにせよね。その中でも精霊契約者の死というのは生易しいものじゃないのよ。生きているだけ、存在しているだけ。それを永遠と捉えるなら不老不死ね。魂だけになって、自分が誰だったのかも思い出せないまま世界に溶けて、その一部になる。それを貴方あなたは生きていると定義出来る?」

 リュミ様の問いかけに、私は顔をしかめてしまった。

 永遠。それは私にとって、呪いのようにからみついてくる言葉だ。決して目を背けることは許されない、ヴァンパイアである私が抱えなきゃいけないごうそのもの。

 普段はあまり考えないようにしているけれど、こうして触れられると気分が落ちてしまう。はぁ、と溜息をいて気を持ち直す。

「ごめんなさい、気を悪くしたかしら」

「いえ、気にしないでください。向き合わなきゃいけないっていうことは理解していますから」

「貴方たちは本当に立派ね。だからこそわいらしいわ」

 クスクスとリュミ様が笑う。態度こそ摑み所がないけれど、この人なりに私たちを案じていることはわかっている。でも、少し苦手かもしれない。

 そう思っていると、リュミ様は笑うのを止めて神妙な表情を浮かべた。

「向き合うことは大事だけど、そんなに悲観することもないわ。貴方たちは支え合うことが出来るのだから。ユフィリアにはアニスフィアがいてくれたから良かったわ。あの二人が思い合っていれば私の思うような酷い末路は来ないでしょう。でも、それは互いに支え合っているという前提があればよ」

「あの二人が離れるとは思えませんよ」

「それはそうね。好き好んで離れることはないでしょう。でも、あの子たちが持ってる力は強大よ。ちょっとかせを外すだけで世界を壊してしまえる。そうしないから人の世にいられる。でも、いつ排斥されてもおかしくないのよ」

 排斥。リュミ様が告げた言葉に思わず肩が跳ねてしまった。

「常に強く自分を戒めてなければならない。力が強ければ強い程、その戒めは強くなっていくことでしょう。その分だけ、自分が壊れていくかもしれなくてもね」

 壊れていくと聞いた瞬間、私はみきってしまいそうな程に唇を嚙んでしまった。

「自分を犠牲にしてでも叶えたい願いがあるから、精霊契約はされてしまう。そうして願いに縛られるまま、生きるしかなくなってしまう。わかるでしょう? 幸せになるのが難しくなるって」

「……はい」

「アニスフィアの力も破滅と隣り合わせよ。それでも、人は強大な力に縋ってしまうのかしらね」

 ふと、その時だった。

 扉の向こうから、泣き声が聞こえてきた。

 アニス様が泣いている。まるで、縋り付く子どものように。

 どうして、アニス様が泣かなければいけないんだろう。どうして、ユフィリア様が苦しまなければならなかったんだろう。

 身勝手な理想の押し付け。アルガルド様の時と同じだ。まだ、この国は変わりきっていない。そうやって誰かを傷つける人がいる。

 許せない。そう思う気持ちがぎしりを鳴らせる。そうしていると、ぽつりとリュミ様が呟いた。

「……貴方はこの国がなかった方が良かったって思うことはない?」

「そんなことは……」

「世界は広いわ。魔法がなくても生きていける場所なんていくらでもあるものよ。いっそ魔法なんて捨ててしまったら、そもそも不幸なんて生まれなかったと思わない?」

「……私は、別にこの国が好きだと思ったことはありません。私も虐げられる側でしたからね。身分にこだわることに関しては思うところがあります」

「思うところがあるなら、滅んでしまった方がいいと思わないの?」

「思いません」

 しゅんじゅんすることもなく、すぐに答えることが出来た。

 すると、リュミ様が私の方へと顔を向けた。まるで何かを見通そうとするような瞳が、私を映し出している。

「あっさり言うわね。どうして迷わなかったの?」

「この国で生まれたからこそ、大事な人に出会えたからです。だから、たったそれだけの理由で見限らなくていいかなって思うんです。特に、アニス様の魔法が人を呪うものではなく、人を祝うものであって欲しいという願いを応援したいですから。だから、私はそれでいいんです」

「……ふぅん、そう」

「まぁ……だからこそ、今回の一件には頭に来てますけど」

 そこでようやく苦笑することが出来た。すると、釣られるようにリュミ様も笑う。気が抜けたような柔らかな笑みだった。

「……幸せは永遠に続かないものだと、私は知っていたわ」

「……リュミ様?」

「何事も終わりが来るの。いいえ、どこかで終わらせたくなってしまうのかもしれない。それでも、私はこの国の行く先を見届けたい。最後にどんなにむなしくなっても、この国は私の大事な人が守り抜いた国だから」

 ぽつり、ぽつりとこぼされる言葉に、私は何も言えなくなってしまう。

 その言葉を遮るべきではないと、何故なぜかそう思ってしまったから。

「だから最後は美しいまま幕を閉じて欲しいなんて、それこそ過ぎた願いだわ。それでも、願いたくなってしまう。人ってどこまでも身勝手で、欲深い生き物よ」

「……そうかもしれませんね」

「だからアニスフィアとユフィリアを放っておく気になれなかったのかしら。あの子たちは私にとって……希望に思えてきたから」

「希望ですか?」

「私たちの願った国の行く末が、私たちの思った幸せではなくてもいいと思える日が来るかもしれない。私たちの思った幸せよりも先に行ってくれるかもしれない。そうしたら、私はもう要らないのだと、そう思えるかもしれない」

「……リュミ様は、死にたいのですか?」

「そうね……叶うのなら夢を見たまま、眠りたいわ。もう目を開けていなくてもいいんだと思いながら。それが、私の思う最上の終わり方ね。もう必要とされないんだと諦めるのではなくて、私がいなくても大丈夫なのだと終わりを選べるように」

 リュミ様は穏やかに語る。その日がくれば良いと心から願うように。

「あの子たちの願いが私の願いの終着点であって欲しい。そう思ってしまったから、ここから離れるつもりにならないのね。これまでだったら、どこかで諦めがついて森に戻ってたんだと思うけど」

「森に帰らないでいてくれてありがとうございます。本当に助かりました」

 もしリュミ様がいてくれなかったら、もっと状況は混乱していたと思う。本当にいてくれて良かった。

 でも、同時にそれで良いのかと考える。リュミ様は精霊契約者は生まれない方がいいと言った。願いにとらわれるまま、ただ存在し続ける。でも、その願いが必ず望んだ形でじょうじゅする訳ではないと考えると、それは業の深いことだと思う。

 ユフィリア様も同じ考えなんだろう。だから二人とも、精霊契約者は生まれない方がいいと言うのだと思う。

 それなら、私が出来ることは何だろう? 精霊契約者が生まれてしまわないためにはどうすればいいのか。

 ユフィリア様が精霊契約を果たしたのはアニス様のためだった。アニス様を苦しめていたのは、この国の在り方そのもの。腐敗してしまった貴族たちの問題だ。それなら、やるべきことは……。

 そうして思考を巡らせていると、リュミ様が笑みを浮かべたまま問いかけてきた。

「貴方は、これからどうするの?」

「……どうするとは?」

「何か動き出したくてたまらないって気配がしてるから」

「わかりますか」

「わかっちゃうわねぇ」

 リュミ様と言葉を交わしていると、何だか笑みが込み上げてきた。

 うん、確かに動き出したくて仕方ない。このままでいたくないから。

「私は自分に出来ることをします。このままユフィリア様とアニス様に任せっきりには出来ませんから」

「そう。なら、頑張りなさいな。二人の様子は私が見ておいてあげるから」

「ありがとうございます、リュミ様」

 私はリュミ様にお礼を告げて、その場を離れた。

 すると、丁度良いタイミングで捜そうと思っていたイリア様が姿を見せた。

「レイニ」

「イリア様、ナヴル様たちの案内をありがとうございます」

 アニス様が二人で話したいと言って退室してもらった後、ナヴル様たちの案内はイリア様にお願いしていました。

 かれに用が出来たので、丁度そちらに向かおうと思ったところでイリア様と会えたのは良かった。

「私から出来る限り状況を説明しておきました」

「ありがとうございます。少し話があるので、お茶の用意をお願いしても良いですか?」

「わかりました」

 イリア様にお茶のお願いをした後、私はナヴル様たちが待機している部屋へと向かう。

 中に入ると、ナヴル様が真っ先に私に視線を向けました。彼は険しい表情を浮かべて、私に問いかけてきた。

「レイニか。アニスフィア団長とユフィリア女王陛下は……?」

「まだ部屋で二人で話しているみたいです。話を聞いてアニス様が怒ってしまったみたいですけど……」

「あの気配は、やはりアニスフィア団長の気配だったか……」

「……おっかないぜ。ここにいてもビリビリ伝わってくる程だぜ? どんだけ怒ってるのか想像するだけで震えてきちまう」

 ナヴル様が顔をしかめて、ガークさんは腕を抱きかかえるようにしてさすっている。

 確かに、あの殺気を感じた時は私も生きた心地がしなかった。それを思えば苦いものが込み上げてくる。

「……アニス様があのままお怒りだったら、西部の貴族を手にかけに向かっていたかもしれませんね」

「そこまでお怒りか……いや、話は聞かせて貰った。納得したが、頭が痛いな……」

「というか、アニス様が本気で怒ったら誰が止められるんだよ? 馬鹿なめてくれよな。一体、何を考えてるんだか……」

 ナヴル様は憂鬱そうに目を伏せている。ガークさんは今にも舌打ちしそうな様子で悪態をいてる。気持ちはよくわかる。だからこそ、動き出さなければいけない。

「皆さん、申し訳ありませんが協力をお願い出来ますか?」

「協力?」

「二人にはもう少し二人っきりの時間を過ごさせてあげたいですが、今回の一件を放置するのも良くないと思っています。ですので、私たちで出来る限りの準備をしておきたいので。そのためにもラング様たちも呼んで話し合いたいと考えています」

 私の言葉を受けて、ナヴル様が目を軽く見開いて丸くした。私からそんなことを言い出すのがそんなに意外だったかな?

「レイニ。それは、西部の貴族への対応を話し合っておくということか?」

「はい。どの道、何かしら手を打つことは必要でしょう。だからあの二人が動くと決めた時にすぐに動き出せるように準備を調えておきたいんです」

「そのためにラング殿たちを呼ぶ訳か……」

「はい。可能であれば、この後すぐにでも」

 ラング様たちは来れるかな? 後始末をお願いしてしまっているから大変かもしれない。無理なのであれば仕方ないと思って諦めよう。

「それでは、魔法省には私がことづてに参りましょう」

「プリシラさん、お願いします。シャルネちゃんはクラーレット侯爵家の別邸に行って、ティルティ様に声をかけてきてもらっていいですか?」

「ティルティ様を呼んでくるんですね! わかりました!」

「ナヴル様とガークさんはそれぞれお二人の護衛を、私はハルフィスさんに声をかけてくるので。イリア様、会議のための部屋を準備して貰えますか?」

「わかりました。任せてください、レイニ」

 皆に指示を出してから、軽く両手で頰をたたく。

 私の判断で人を動かすなんて、昔のことを思えばあり得ないと笑ったかもしれない。

 でも、これが今私のやるべきことだと思っている。だから、迷わずに進もう。

「それでは、皆さんお願いします!」


* * *


 私が集合をお願いすると、皆が快く集まってくれた。ラング様たちなど忙しい中ではあるけれど、私との話し合いを優先してくれるということで来てくれた。

 ここにいるのはまず私とイリア様にハルフィスさん、アニス様と一緒に魔学都市から来てくれたナヴル様、ガークさん、プリシラさん、シャルネちゃん。魔法省からラング様、マリオン様、ミゲル様。ここにティルティ様を加えて全員。

 集まってくれた皆を確認してから、私は深々と頭を下げる。

「皆さん、集まって頂いてありがとうございます」

「状況が状況だ、問題はない。……しかし、改めてレイニ嬢に集められるというのは不思議な気分になるな」

 ラング様はいつものように浮かべている険しい表情を少しだけ緩めてそう言った。

 確かに、仕事の関係上顔を合わせることは多かったけど、こうしてユフィリア様がいない場所で言葉を交わすというのは珍しいことだ。

「普段はユフィリア様が段取りを決めていますからね……ですが、ユフィリア様、そしてアニス様には落ち着く時間が必要です。二人が落ち着いた後、すぐさま動けるように備えておく必要があると判断したので」

「それはもっともだ。……お二人の様子は?」

「はっきり言いますと、かなり危険でした」

「そうか……」

「アニス様に至っては暴走一歩手前でした。あの方が暴走したらどうなるのか、想像出来ますか?」

 私がそう言うと、ラング様が眉を寄せて嫌そうな顔を浮かべた。

「それはひどいことになるでしょうね」

 ティルティ様が肩をすくめながらそう言う。

「西部の貴族が皆殺しにされても俺は驚かねぇなぁ」

「……そこまで自制出来ない方だとは思わないが」

 ガークさんがあんたんとした様子で言うと、ナヴル様が力なく反論した。声に力がないのは都合の良い願いだと言うのがわかってるからでしょう。

「いやいや、我慢は出来るだろうよ。問題は、め込んでる鬱憤がとんでもないって点だ。はっきり言って、アニスフィア王姉殿下が我慢してくれてるってだけで、温情としか言いようがないぞ? それを当然とするのは危険だと思うがね」

「……それは、そうだな」

 ミゲル様が相変わらず軽い調子で言うと、マリオン様が神妙にうなずく。

 だろう? と同意を求めるように言いながら、ミゲル様が続けてしゃべる。

「アニスフィア王姉殿下が我慢出来なくなるってことは、今まで溜め込んだ不満や怒りが全て解き放たれるかもしれないぞ? 最悪、内戦まで行ってもおかしくはないね」

「西部とですか? それは流石さすがに行き過ぎた想像だと思いたいですが……」

 ミゲル様の言葉にハルフィスさんが目を見開いて、軽く驚いた様子を見せる。けれど、ミゲル様は手を左右にひらひらと振った。

「あんなことが起きた以上、西部に手を入れないなんて選択肢はないからな。問題は西部の問題に対してどこまで手を入れるのかだ。このままアニスフィア王姉殿下が怒りを抑えきれずに西部を滅ぼすって言い出したらどうするよ?」

「……止めるしかないだろう」

「成る程。ラング、それならどうやって止めるつもりなんだ?」

「どうやってとは……苦言を呈するしか……」

「それでも止まらなかったら? アニスフィア王姉殿下を実力行使で止められるやつがこの国にどれだけいるんだ?」

 しん……と場が静まりかえる。

 心当たりと言えば、ユフィリア様、グランツ公、シルフィーヌ王太后、リュミ様ぐらいしか思い浮かばない。

 でも、リュミ様は本当に暴走したら自分では止められないと言っていたから、やっぱり誰にも止められないかもしれない……。

「最悪なのは、アニスフィア王姉殿下に人望があるという点だ。アニスフィア王姉殿下に同調する奴が出たらどうする? 特に民なんてまだまだ貴族への不満を溜め込んでる状態だぞ? 同調して暴走したら止めるのだって一苦労だ」

「否定は出来ないな。頭が痛くなりそうだ……」

 ラング様が眉間のしわほぐすようにしながら、そっとためいきを吐く。

 そこに畳みかけるようにミゲル様が口を開いた。

「それからもう一つ、最悪の未来があり得るんじゃないか?」

「……まだ他にも最悪があるというのか?」

「──ユフィリア様とアニス様が、この国を見限って出て行くことだよ」

 再び場が沈黙に包まれた。今度は嫌な空気まで流れ始める。

「むしろ、私はまだアイツがこの国を見限ってないのがすごいと思ってるけれど」

 ティルティ様の意見に皆が深くうつむいた。誰もが険しい表情だったり、沈痛な表情を浮かべてしまっている。

「アニス様はこの国を大事にしてくれてるけれど、この国がアニス様を大事にしてきたと言えるのかしらね? それでもどうにかしたいって甘いことを言うから、ユフィリア様が精霊契約まで果たしたんでしょう? その結果がこれってどうなのよ?」

「……温情、ですよね」

「そうね。あの二人が甘い顔をするから勘違いした馬鹿が付け上がって、あの二人の怒りをあおったのよ。どうしようもないでしょう。笑い話にもならない」

「……多分、ユフィリア様も自分が思った以上に疲弊してしまったんだと思います。そもそもアニス様が魔学都市を開発するために離れることも増えたので、不安定になるのは避けられません」

「……レイニ嬢、アニスフィア王姉殿下は本当にユフィリア女王陛下を連れて国を出奔する可能性はあると思うか?」

 ラング様が沈痛な表情を浮かべたまま問いかけてきました。それに私は頷きます。

「十分あり得ます」

「……そう、か」

「アニス様は自分がユフィリア様を追い込んでしまったと考えても不思議じゃありません。自分が夢をかなえることを願ったから、と思ったらユフィリア様を連れて国を出て行くかもしれませんね」

 仮に、もしそうなったらイリア様や私も二人に付いていくつもりだけど。

 そういう点では、私はパレッティア王国に未練というものがない。アニス様たちがいないならこだわる理由がなくなってしまう。

 二人が頑張ると決めたから力を貸しているけれど、この国があの二人を望まないなら私たちだって好んで残りたいとは思わない。

「ユフィリア女王陛下とアニスフィア王姉殿下が姿を消したらこの国は滅びそうだな」

「ミゲル、不吉なことを言うな……」

「だが、十分あり得ることだ。アニスフィア王姉殿下がこの国を見限ってないのがおかしいって言われても否定出来ないだろう? それなのに、ここに来てまだアニスフィア王姉殿下の功績まででっち上げだとのたまって、ユフィリア女王陛下は信仰の象徴になるのが最善なんてマジで信じてるような奴等が声を上げた。それによってユフィリア女王陛下が体調を崩してしまった。まだ最悪じゃないってだけで、状況は悪い」

「……そう、だな」

「ユフィリア女王陛下も国が自分とは違う未来を望むというのなら身を引くって言ってるからな。それに、今回はあまりにもお粗末な暴走ではあったが、同じように考えている奴は絶対にいるぞ? 仮に甘い処罰にしてみろ、また同じような馬鹿が出てくるぞ」

「かといって、厳しすぎる処罰をすれば貴族たちの動揺を招くでしょうね……」

「……あの、一ついいすか?」

「何だ、ガーク」

「そもそも、アニス様たちに反対している貴族たちって今さらアニス様たちが改革も何も全部止めて国を飛び出したりしたらどうなると思ってるんですか?」

「どう、とは……?」

「それこそ貴族第一みたいな平民や魔法が不得手な貴族をしいたげるような頃に戻れって言うなら、俺だって国を捨てたくなりますね。仮にそうなったとして、どれだけの人たちが受け入れるんですかね? 今度こそ反乱が起きるんじゃないすか?」

「……否定は出来んな」

 ガークさんの言葉に尤もだ、と言うようにラング様が頷く。

「アニスフィア王姉殿下がもたらした変革は、良くも悪くも大きな影響を及ぼしている。特に民は歓迎している」

「民だけじゃない。貴族たちの支持だって馬鹿に出来ない」

「ですよね? なのに、いんですか? こんな真っ向からアニス様にけんを売るようなことして。そもそもユフィリア様だって怒らせてますよね? 一体何を考えてるのか俺にはさっぱりなんですけど」

「西部の貴族が何を考えてるのか、か……これは俺の推測にはなるが、行き詰まってるんだろうなぁ」

「行き詰まってる、ですか?」

 私が首をかしげると、ミゲル様は頷いてみせた。

「西部は内部事情のせいで変わりたいと思っても、それが難しい状況にある。西部に求められる役割や、各派閥が足並みをそろえたりするために力が入ってしまい、代償として柔軟さを失ってるんだろう。何せ変わりたくても変われない、変わろうとすれば派閥のあつれきによって黙らされる。後ろ暗いことにも手を出してるからな。けんせいし合いながらも、互いの利益を守ることは躊躇ためらわない。そんな状況にうんざりしている奴はいくらでもいるだろう。ラングみたいに信仰に熱心なくそ真面目な貴族だっているだろうからな」

「馬鹿にしているのか、貴様」

「おぉ、怖い怖い。まぁ、そんな土地にはめない奴が魔法省とかに役職を狙って中央に上がってくるんだろうな、とは思う。マリオン、そうだろう?」

「そうだね、我がアンティ伯爵家は正にそんな家と言えるだろうな」

 マリオン様の実家であるアンティ伯爵家は、西部に領地を持つけれど魔法省の一員であるという意識が強いのだと聞いている。

「自分たちが犯した不正を隠すためにがんがらめになってるんだな。それで身動きが出来なくなってしまっている。まぁ、己の立場を守ることに夢中だからアニスフィア王姉殿下が齎す新技術には忌避感はないんだろうよ。表向き従っているように見せられるし、魔道具に利用価値があるなら貪欲に利用したいだろうからな」

「でも、馬鹿がアニス様の功績がねつぞうだって言ってたんだろう?」

「まぁ、馬鹿というのは否定出来ないんだが。問題は、その状況にくすぶってる奴が真っ当な手段で訴えて来なかったという点だ」

 ミゲル様がお調子者のような態度から一転して、鋭い目つきへと変わった。

「俺たちが思ってるよりも西部の腐敗は進んでいるのかもしれないな。正当な訴えも事前に消されている可能性がある。それだけ身内で争っている割に、外部から介入されそうになると一丸となって拒もうとする。あまり相手にはしたくない手合いだな」

「もう、全部ぶっ飛ばして解決すれば良くないすか?」

「そんな簡単な話じゃないですよね……」

 うんざりとした様子でガークさんがつぶやくと、シャルネちゃんが困ったように苦笑した。

 すると、ガークさんは唇をとがらせて不満そうな表情になる。

「じゃあ、何がどう複雑なんですか? 良いことは良い、悪いことは悪いじゃダメなんですか? 喧嘩売ってきた西部が悪いで終わりましょうよ」

「そりゃそうなんだがね。処罰が行き過ぎれば貴族たちの間で動揺が広がる恐れがある。結果的に王家への不信につながりかねないだろう。そうなれば国のかじりが難しくなってしまう。力による圧政に切り替えるという道もあるが……」

「力による圧政は、アニス様もユフィリア様も望みません」

「そもそも、全て力でどうにかするって言うなら、とっくの昔に反乱が起きてるわよ」

 私とティルティ様がそう言うと、皆もわかっているというようにうなずく。

「結局、西部の奴等だって困るんじゃないんですか? なんで足引っ張ってくるんですかねぇ? 俺みたいに馬鹿だから何もわかってないんですか?」

「過去の栄光を捨てられないからでしょうか? それ以外、誇れるものがないのでしょう。だからこそ執着してしまうのでは?」

「おい、プリシラ……」

「はて? ナヴル様、何故なぜあきれているのでしょう?」

「お前はもう少し歯にきぬを着せられないのか?」

「間違ったことを言っていると思いませんが。そもそも、将来的には魔学や魔道具は魔法の在り方を大きく変えるでしょう。そうなった時、ただの魔法使いの価値なんて落ちるだけじゃないですか。そんなのわかりきっています」

 プリシラさんがそう言うと、皆が苦笑したり何とも言えない表情を浮かべる。特にラング様は渋い表情になってしまっていた。

 言っていることは正しいと思うんだけど、あまりにも明け透け過ぎる。

「それならアニスフィア王姉殿下を味方につけるなり、上手うまく利用するために立ち回れば良いじゃないですか。ここであの方を敵に回して何が残るんですか? それすら何も考えていないというのなら、そんな馬鹿にする配慮なんて必要なんでしょうかね」

「……それも、確かにその通りではあるんだがな」

 言葉に困る、と言った様子でナヴル様が呟く。

 私も同じようなことを思ったことはあるけれど、口に出せば解決するような問題じゃない。思わず溜息をいてしまう。

「こうして政治に携わるようになってから、先王陛下の苦労がどれ程のものだったかわかるようになりました」

「……オルファンス先王陛下か」

「先王陛下はクーデターで揺れる最中に即位しました。国の戦力を落とさないために立て直しを優先して、貴族たちの利害調整に苦心したと聞いています。西部だけでもこれだけの苦労があるのですから、当時はもっと苦労があったのでしょうね……」

 オルファンス先王陛下を華がない地味な王様だったと蔑む声は今でも聞こえてくる。

 けれど、私には先王陛下が地盤を整えてくれていなければ、間違いなく国が荒れていたと確信している。

「ユフィリア様も、アニス様も、先王陛下の意志をもうと努力しています。是非はともあれ、あの二人には力でこの国を一つにまとめることだって出来るんですよ」

 でも、二人ともそんな形での改革を望んでなんかいない。

 それはすごく立派なことだと思うのと同時に、身を削るように自分を押さえ込んでいるのだから、もう少しワガママになってもいいはずだ。

「私は、二人を国の人柱にはしたくありません。いつかあの二人は、この国を去るつもりです。そうでなければならないと定めています」

「……国を出る、か。レイニ嬢。それは改革が無事に終わってもか?」

「えぇ、ラング様。自分たちの手がもう要らないと思えば、恐らく。人が人らしく生きていくための国で、人を外れた存在が居座るのを良しとしていませんから」

「……王家が終わる、ということか」

 ラング様はぽつりと呟きをこぼす。入り乱れた複雑な感情を感じさせる声だった。

「それに人柱とは、耳が痛いな。貴族には民を守り、導く責任がある。それは王族も同じだ。だから、ただ王族であるというだけで責任を果たすことを求めてしまった。今でも、立場ある者が大きな責任を背負うことが間違っているとは思わないが、背負った責務の分だけ恵まれないのなら……捨てられてもおかしくはない、か」

「アニス様は見捨てるつもりなんてありませんよ。手を離せる時を目指しているのは間違いないですが」

「だからこそ、不安に感じるのだろうな。国を変える、その重さを改めて突きつけられた気がする。だからアニスフィア王姉殿下は育てようとしているのだろう。魔法を全ての民に授けることによって、立場だけで人の生き方が決まってしまわないように。それは理想だ。実現する確証などないから、惑ってしまう……」

「でも、アニス様とユフィリア様はその理想を実現するために全力で頑張っています」

「わかっている。……わかってはいるのだ。だが、付いていくというのはなかなかに大変なことであるな」

「なんだ、ラング? じ気づいてるのか?」

「ぬかせ、ミゲル。ここで怖じ気づくくらいなら今の地位を返上するとも。歴史に名を残せるかもしれない機会を前にして逃げるなどと、そのような情けないが出来るか」

 ラング様がいつものように眉間にしわを寄せて、険しい表情でそう言った。

あなどられたままで、失望されて終わる訳にはいかんのだ。お二方がそのように望むと言うのであれば、その希望をかなえるのが臣下の務めだ」

「私も、いつか二人が安心してこの国を離れられるようにしてあげたいんです。そのためにも、いつまでも二人に頼りっきりになっている訳にはいきません」

 私が決意を込めて告げると、皆も同意するように頷いてくれた。

「私たちで、西部の対応をどうするのか案だけでも纏めておきましょう。ユフィリア様とアニス様がどのような選択をしても、二人の力になることが出来るように」

「そうだな。お二人の意志に添えられるように、同時に国のためになる対応を考えよう。それが私たちの役目だ」

 ラング様が力強く頷くと、他の皆も続いた。

 ユフィリア様とアニス様、二人の力を知ってしまえば、その力につい頼りたくなってしまう気持ちは私でもわかる。

 でも、私はそうはならないようになることが貴方あなたたちの願いだと知っているから。自分の意志で人が立ち上がり、進むことが出来るようにする。

 だから、私も自分の意志で進もう。今、自分がすべきことを果たすために。

 ほんの少しでもいいから、どうかゆっくり休んで欲しい。貴方たちが休んでいても、私たちがいれば大丈夫なんだと思って欲しい。

 今こそ、力を尽くす時だ。気合いを入れるように軽く頰をたたくように両手で顔を挟む。さぁ、頑張っていこう!