1章 不協和音の激情



 ──話の発端は、アニスが王都にやってくる数日前まで遡ります。

「ユフィリア様、そろそろお時間です」

「もうそんな時間ですか。ありがとう、レイニ」

 王城の執務室で、私はレイニに声をかけられて顔を上げました。

 身内での会議の時間まで政務を進めるつもりでいましたが、集中しすぎていたようです。レイニが声をかけてくれなければうっかり忘れていたかもしれません。

 そんな心の内を読まれたのか、レイニは呆れたように溜息をきました。

「集中されるのはよろしいですが、少しは休みも入れてくださいね」

「えぇ、わかっています」

「わかっているなら良いのですけど……」

 そう言いながらレイニはジットリと私を見つめてきます。私は逃れるように視線をらしました。

 熱中しすぎてしまうと時間を忘れる癖については何度も注意されているのですが、ついつい忘れてしまうんですよね……。

「まったく! そういうところは本当にアニス様とそっくりだとイリア様も言っていましたよ!」

「以後、気をつけますから……」

「アニス様も返事だけはいいと言っていましたね……」

「さぁ、レイニ。時間が迫っているので急ぎましょうか」

 このまま話を続けていては不利だと思い、私は机の上を片付け始めました。

 しばらくレイニが何か言いたげに見つめてきましたが、諦めたように溜息を吐いています。

 机の上を片付け終わると、計ったかのように執務室の扉がノックされました。

 レイニが扉を開けに行くと、姿を見せたのはラング、マリオン、ミゲルの三人です。

「失礼致します、ユフィリア女王陛下」

「皆、よく集まってくれました。席についてください」

 挨拶もそこそこにして、三人が執務室にある来客用のソファーに腰かけました。

 三人が座ったのを確認し私も対面の席に腰かけて向き直ります。この三人は私にとって信頼が置ける相手であり、定期的に相談を持ちかけていました。

「それでは早速、本日の定例会議を始めたいと思います。まずラング、魔法省の近況はどうですか?」

つつがなく業務に当たらせて頂いております。アニスフィア王姉殿下に導入して頂いた念盤が普及したことで作業効率が上がり、資料の再編、管理体制の整備が整いました。今では人手の余剰も出てきております。後で報告書も上げますが、業務の手を広げようと考えています」

「具体的にはどのようなことを?」

「アニスフィア王姉殿下の提案で、魔法省は魔学都市に人材を送るために貴族ならぬ魔法使いたちの教育を担当致しました。この経験を基に、今後も人材発掘を継続していくために制度として整備しておきたいのです。そのための人材を引き続き選定し、教育したいと考えています」

「そうですね、それは良い考えだと思います。魔学都市の建築速度は予定よりも順調に進んでいます。これを応用して、まだまだ開拓が行き届いていない領地に手を入れるいい機会にもなるかもしれません。報告書が上がってきた際には目を通させていただきます」

「はい。それから私は将来的に魔法省の一部を独立させるべきだと考えております」

「魔法省から独立ですか?」

「はい。魔法省の中にも魔学や魔道具に関心を示す者が増えてきております。今後、更に魔学を学びたいと思う者は増えていくでしょう。魔学研究室も設立されましたし、今後の動きに対応するための組織を立ち上げた方が良いと考えました。それならば魔法省から意欲のある者を中心に独立させるのが良いかと考えた次第です」

 ラングの提案に、私は思わず微笑がこぼれてしまいました。

 かつてアニスと因縁があった魔法省が変わり始めているという事実がうれしいのです。

 私たちの努力が形になってきているのですから、自然と頰が緩みます。

「それはありがたい提案ですね。私もそうしたいとは考えていましたが、魔法省から言い出してくれるのであれば心強いです」

「えぇ。丁度、アニスフィア王姉殿下に次ぐ魔学の権威と婚姻した当事者がおりますので、適任だと思っています」

 ラングがそのように言うと、マリオンが思いっきり眉間にしわを寄せました。

「ラング……君までからかってくるのか?」

「何のことだかわかりかねるな、マリオン」

 楽しげに笑うラングに、マリオンは顔を赤くして怒ったような表情になっています。

 ハルフィスの友人である私としても、その反応は好ましく思います。

 ただ、若干の申し訳なさも感じています。ハルフィスは私やアニスと距離が近いため、どうしても政略的に狙われるようになってしまいました。ハルフィスとマリオンの結婚が急であったのも、二人が引き離されないようにするために必要な措置です。

 私のせいで結果的に結婚をかすことになってしまいましたが、どうか末永く幸せでいて欲しいと思います。

「魔法省の近況は良好で何よりです。では、次の議題を取り上げましょうか」

「それじゃあ、アニスフィア王姉殿下の魔学都市のうわさについて報告しまーす」

 真っ先に口を開いたのはミゲルでした。相変わらず感情が読み取りづらい軽薄な態度であり、隣に座っているラングの眉間の皺がより濃くなっています。

 すっかり見慣れたやり取りに小さく笑いつつ、私は話を進めました。

「ではミゲル、どのような噂がされているか把握はしていますか?」

「まず民たちの反応ですが、少しずつ生活用品用の魔道具が民の間にも広まりつつあるので期待が高まっているという感じですね。ざとい商会などは今から魔学都市の利権に食い込めないかと、懇意にしている貴族のツテを通じて画策しているようです」

「私の元にもそういった貴族が来ていましたね。アニスに直接交渉をしようとする者たちがいたら厄介です。貴族の動向には注意を払ってください」

「はいはい、それはもちろん俺の仕事ですからね」

 ミゲルの実家であるグラファイト家はこの国の暗部を取りまとめている家であり、かれの本来の姿を知る者は限りなく少ないです。

 そんな彼からもたらされる情報というのは決して無視することが出来ない有用なものばかり。改めて、本当に味方になってくれて良かったと思います。

「続いて貴族についてですけど、明暗は様々ですね。王家に対して友好的になった東部からの反応はいいです」

「それは朗報ですね」

「精霊石を確保するための開拓地を支援したのが決定的ですし、冒険者として活動していたアニスフィア王姉殿下の評判も残っています。それにシルフィーヌ王太后殿下が東部出身だというのも要因としてあるでしょうね」

「成る程。そちらが明るいということは、陰りが出ているのは……」

「西部の貴族ですね」

 パレッティア王国の貴族の勢力は、大きく分けると三つになります。

 まずは中央。この中央には北部と南部も含まれていますが、勢力としては小さい北部と南部が中央に追従しているので一纏めにされています。

 次に東部。古くから王国の領土を広げるため、開拓に尽力してきた勢力ですが、うえが即位する前に起きたクーデターに加担していました。

 クーデターが終結した後は改革の手が入れられ、世代交代などが行われたために比較的若い世代が多いと言われています。

 それ故の苦労も多く、私が精霊資源を得るために行った開拓支援をもろを挙げて支持してくれました。

 元々お父様との縁も強いので、潜在的に私とアニスの味方が多いです。

 最後に、西部。勢力としては中央に匹敵するほどの大きさを誇り、王家であっても無視することは出来ません。

 代々国境線を守り、国防の要としての役割をになってきました。それ故に誇り高い一面があるのですが……。

「ユフィリア女王陛下が即位するまで貴族の腐敗が進んでいた訳ですが、腐敗の要因となる物の多くは西部が発信源であると断言していいでしょう」

「他国から輸入された禁制品ですね……」

 私が確認するように問いかけると、ミゲルは大きくうなずきました。それにラングとマリオンが表情を険しいものへと変えました。

「まだ違法とは言い切れない高級品はともかく、パレッティア王国では所有が禁じられている奴隷や珍獣は問題がありますね」

「まったく、嘆かわしい……貴族としてあるまじき醜態だ」

 ラングはぽつりと、吐き捨てるように言いました。

 パレッティア王国では奴隷の所有が禁じられていますが、これには王国の歴史が深く関わってきます。

 建国の祖である初代国王は、パレッティア王国から見て西側の国々から追われるようにしてこの地に辿たどり着いたろうの民出身です。しいたげられた者たちが自分たちの居場所を得るために作り上げられたのがこの国です。その歴史があるため、王国では奴隷の存在を認めておらず、個人での所有は厳罰に処されます。

 珍獣に関しては、万が一所有者の手から離れて野生化した場合、魔物に転ずる可能性を秘めています。そうなった時の生態系への影響や、またはそう本能によって元の生息地である土地を目指されても問題になってしまいます。

 それ故に他国から輸入される動物には厳しい制限が課せられているはずなのですが、それが西部の貴族の間では高価なペットとしてひそかに流行しているらしい、というのがミゲルの話でした。

「西部出身の貴族としては、この調査結果を知ってしまうと複雑な心境にさせられてしまいますね……」

 ぽつりと苦渋をにじませた表情でマリオンが小さくつぶやきました。そんな彼に対してラングが励ますように口を開きました。

「西部出身と言えど、アンティ伯爵家は魔法省に入ってからは中央勢力に属しているのだろう? それに西部については致し方ない一面も存在する。西部は国境の守りの要だが、同時に他国との窓口でもある。異文化に触れる機会が多く、毒されてしまうのも理解が出来なくはない。そこを自制してこそ、貴族であると私は思うが……」

「ラングはそう言うがね、自分の利益のためバレないように違法ギリギリのことをしている貴族は多いぞ。いちいち裁いてたら手が回らなくなるから、証拠だけつかんでおくのがいいのさ」

「……一体どれだけ貴族の弱みを握っているというのだ、グラファイト侯爵家は」

「それは秘密だ。それが表になるのは、ウチが滅ぼされた時だろうよ」

 ミゲルは不敵な笑みを浮かべますが、同時にすごみも感じます。

 暗部を担うグラファイト侯爵家、その次期後継者として彼にも背負うものがあるのだと感じさせられます。

 だから、なんとなく私は彼のことが気に入っているのでしょうね。大きな責任を背負う者として。性格に関してはまったくソリが合わないと思いますが。

「ともあれ、西部はオルファンス先王陛下の代より前から中央と距離を取っていたからな。実態が把握しきれていない、というのは仕方ないことだ」

「クーデターが起きた際にも、西部は国防を理由に義父上への助力は最低限だったと聞いています」

「悪く言えば西部はかざどりってことですね。あくまで自分たちの都合が優先ですよ、賢いとは思いますが」

「勢力としては大きい以上、無視は出来ません。私もここ数年で中央や東部の支持を集めてきましたが、西部はいまだに私の様子をうかがっている貴族が多いと感じます」

「そりゃユフィリア女王陛下の一声で自分の処遇が決まってしまうんだから、あちらさんも慎重になりますって」

「……精霊契約者の肩書きは重いものですね」

 王国を築いた初代国王と同じ偉業、魔法使いとしての極致、それを成し遂げた者。

 私にとってはアニスの力になるための手段でしかなくて、それをはや尊いものだと思えなくなってしまっていますが。

 それに、それだけの力をもってしても絶対ではない敵とも出会いました。だからこそ、今のままではいけないとは思うのです。

 そのためにも、やはりアニスによって齎された魔学と魔道具を発展させていくのが正しい道の筈です。

「幸いと言っていいかわかりませんが、西部でのアニスフィア王姉殿下の評判は悪いものじゃありませんよ。好意的というよりは打算が強いですが。あそこは商いが活発なので、魔道具が流通するかもと思えば商人たちが黙っていないでしょう」

「魔道具の国外の輸出は厳しく取り締まらなければいけないでしょうね」

「そうですね。魔道具に使用されている精霊石を悪用されるのも、魔道具そのものを悪用されるようなことも、他国に要らぬ警戒をされてしまうでしょうから」

 パレッティア王国では生活の補助として使用されている精霊石ですが、他国では武器として使われているという話も聞きます。それを思えば、魔道具の扱いについても慎重にならなければならないでしょう。

「先の話ではありますが、今から備えて流通の仕組みを作っておくのはいいと思いますよ。商会の評判を調べるのに心当たりがあるんで、情報を探っておきます」

「お願いします、ミゲル」

「いえいえ、我らが女王陛下の勅命であれば喜んで使命を果たしますとも!」

「……ごほん。現状ですが、西部が不穏なことを除けば細かな問題ばかりです。こちらは時間がかかりますが、解決の目処めども立っています。ユフィリア女王陛下が即位してからというもの、我が国の治政は安定していると言っても過言ではないでしょう」

 ミゲルの軽薄な態度を誤魔化すようにラングがそう告げました。私はおうように頷きつつ、息を吐くように言いました。

「安定してもらわなければ困ります。そのための精霊契約なのですから」

「……しかし、その功績でユフィリア女王陛下への関心が高まりすぎている、という欠点がありますね」

「あぁ……そういえばそうでしたね」

 マリオンの呟きに、私は思わず疲労感が籠もったためいきいてしまいました。

 精霊契約者は畏れられるだけではなく、興味の対象や、信仰の象徴になってしまうのでしょう。正直、煩わしいというのが本音ですが……。

「やはり、精霊契約については気になるものなのですか?」

「そりゃ気にならない筈がないですよ。俺は信仰心にあつい方ではないですけど、それでも契約者となったユフィリア女王陛下に逆らおうなんて気にはならない程度には」

「国の象徴ですからね。どうしても畏敬の念を感じずにはいられません」

 ミゲルとマリオンの言葉に、私はそっと息を吐きます。どちらの反応も理解が出来ます。それだけ精霊契約という偉業が貴族たちの中に根付いているというあかしでしょう。

「精霊契約も気になりますが、それよりもユフィリア女王陛下の威光に目がくらんで良からぬ野心に火がつきそうな者がいることがねんされますでしょうか。先のシャルトルーズ伯爵の事件を忘れてしまったのかと言いたくなりますが……」

「愚かなことだ。……と、言えるのも我々がユフィリア女王陛下とじかに話すことが出来るからなのだろうがな」

「信用の置けぬ者をそばに置くことは出来ません。……その点ではマゼンタ公爵ですら完全な味方とは言えませんからね」

 お父様の名前が出てきて、つい苦笑を浮かべてしまいました。

 家から絶縁されている私に対して、父上はあくまで臣下として尽くしています。それ故に意見がぶつかることも多く、周囲からは良好な関係には見られていないでしょう。

 それでも私はお父様を尊敬し、尊重しています。お父様も同じように私のことを思ってくれていると感じられます。だから私たちの関係は今のままがいいのです。

 そんなことを考えていると、ミゲルが問いかけてきました。

「ユフィリア女王陛下は実際、マゼンタ公爵とはなかたがいしてるんです?」

「おい、ミゲル!」

「構いませんよ、ラング。仲違いしたとは思っていませんが、互いに線は引いています。父上は私を支持している訳ではなく、国を守るために必要な義務を果たしているだけですので、その点は信じていますが」

「ふぅん。まぁ、それならいいですけど。本当に親子だけあって似てますね」

「いえ、そんなことはまったくありませんが?」

「やけに早口で否定するじゃないですか……」

 ミゲルったら、おかしなことをおっしゃいますね。私がお父様に似てるだなんて、そんなことはありません。えぇ、本当に。

 よくアニスも口にされますが、私がお父様のようだと思われることはとても心外です。

 そう思っていると、何故なぜか不穏の気配を感じ取ったかのようにラングが話を切り替えようとしました。

「しかし、西部が王家に心から恭順していないというのは昔からの姿勢だが、女王陛下への支持が増えている中で孤立するような状況を招くのは賢い選択だとは思えない。一体、何を考えているのやら……」

「それに関しては正直、いまいちわからん。西部は内部事情が複雑なんだよな。国防をになっている頭が固い貴族と、商売人と縁が強くて商機の気配に敏感で下心満載な貴族の勢力が釣り合って成り立っている状態だ」

「そのどちらかが主導権を握っている訳ではないのですね?」

「どちらもお互いの急所を握り合ってるような関係なのでね、持ちつ持たれつの関係でやっていかないと立ち行かないんですよ。それだけに勢力としての結びつきは強いですが、勢力内で意思統一するのに時間がかかるので即決の動きは難しい」

 私なりに調べた限りでも、西部にはそういったがあるように思えました。ミゲルからも同じ意見が出たということは、情報の精度は高いのでしょう。

 明確に敵対はしていませんが、かといって完全な味方とも言えない。当然の話ではありますが、ふと時折アニスの顔を思い出してしまいます。

 私にとって完全な味方と言える人は限りなく少なくて、その中でも絶対に裏切ることはない人。

 時折、どうしようもなく会いたくなります。離れる機会が増えてしまって、その気持ちは強くなるばかりです。

「まぁ、西部は気長に相手をしていくしかないですよ」

「そうですね。すぐに解決しなければいけない大きな問題にはおおよそ手を入れられたので、ここからは細部を詰めていくことになるはずです」

「まぁ、全部の改革をやり遂げるのに十年じゃ足りないぐらいでしょうけどね。進めていく間に問題は増えていくでしょうし」

 先は長い。ミゲルの言葉に自然と溜息が出てしまいます。私の生涯において、そう長いとは言えない時間にはなるでしょう。

 それでも気が重くなってしまうのは、地位の重さがそうさせるのでしょうか。

「……問題と言えば、ユフィリア女王陛下。直接聞くのははばかられていたのですが、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「何でしょう、ラング」

貴方あなたさまは結婚……いえ、世継ぎをもうけるつもりはないと思ってよいのでしょうか?」

 ラングの問いかけに、マリオンが驚いたように目を見開いて彼へと視線を向けます。

 ミゲルはいつもの微笑ですが、目に鋭い光が宿ったように見えました。

 一方で、私はその問いかけを落ち着いた気持ちで受け止めることが出来ていました。

 ラングはずっと問いたかったのだと思います。その気配はなんとなく感じていました。それでも、今日までなかなか問いかけてくることはありませんでした。

 そこには彼なりの葛藤があったのだと察します。

「ラング、私は国の在り方を変えるつもりです。私は精霊契約へと至りましたが、だからこそ魔法の万能性というものを信じていません」

「ユフィリア女王陛下ほどの魔法使いであっても、ですか?」

「はい」

 魔法はあくまで力であり、手段でしかない。以前からそのようには思っていましたが、よりその思いが強くなったのはライラナに敗北を喫してからです。

 ライラナが精霊契約者にとって天敵と言う程に相性が悪かったのもありますが、そこに彼女の才能と、ヴァンパイアという種に受け継がれた執念と言うべきものがあったからこそです。

 私自身、けんさんを怠ったつもりはありませんが、生涯を尽くして力を磨いてきたヴァンパイアに敗北してしまった事実は受け入れなければなりません。

 どれだけ強大な力を振るうことが出来ても、力を扱う者が探究を続けなくてはダメなのだと彼女は私に教えてくれました。

 正直、今でも夢にうなされることがある相手ですが、同時に忘れてはならない教訓を与えてくれたとも思っています。えぇ、本当に色々と苦い教訓ばかりですが……。

「ですが、私の考えがまた絶対に正しいとは思えません。もし他の誰かが従来の在り方を引き継ぎ、それが民の幸福にもつながると望むなら私は身を引きます。そこに私の居場所はないでしょうしね」

「そうですか……」

「もしも誰かが王位を継ぐのだとしても、それは私の子ではないでしょう。私の血はこの国に残すべきものではないと考えています」

 ラングは私の返答に何も言わず、唇を引き締めて何かを考え込んでいるようでした。

 そんな彼とは対照的に、ミゲルは明るい表情で手を打ちます。

「それが我らが女王陛下のご意向ならば。それじゃあ、なんとか隙あらばって息を潜めてる貴族たちには警戒しておかないといけないな。ユフィリア女王陛下を狙ってるやつもいれば、アニスフィア王姉殿下を狙っているのもいるからな」

「……それは私も把握しておくべきか、悩ましい話ですね」

 あれだけアニスのことを否定し、しいたげておいて自分たちの権力を得るために利用しようとするのは腹立たしい限りです。

 個人的な感情で罰するなど、女王としては問題でしかないでしょう。それでもこのいきどおりはそう簡単に静めることが出来ません。

 せめて利用しようと思うなら、もっと早く動けば良かったのです。だからといって、他の誰かにアニスが救われるというのも複雑な気分にされますが。

「おぉ、怖い怖い。物騒な気配が出てますよ? ユフィリア女王陛下」

「……失礼しました。つい、感情が表に出てしまったようですね」

「まぁ、この問題は何を今更感がありますからねぇ」

「離宮の追加人員についてもかなり紛糾していたしな……」

ひどかったぜ、ありゃもう。まぁ、逆に選定に落ちるような奴を事前にはじくことが出来たのは良かったんでしょうがね」

 ミゲルはケラケラと笑っていますが、その目はやはり笑っていません。

 それだけ裏で色々とあったということなのでしょうが、私としても手を抜くつもりはないので、そこには触れません。

「今更アニスに近づこうなんて、本当に今更ですね」

「まぁ、今まで冷遇したのでてのひらを返したように思われるのも無理はないですよ」

「それについては私も耳が痛いですが……」

「気にしたところで仕方ないことだ」

 ラングが何とも言えない複雑そうな表情でつぶやきました。

 ミゲルはそんなラングを慰めるように肩を強めにたたきます。ラングは迷惑そうにミゲルをにらんでいましたが、文句は言いません。

「それでもラングはアニスと真っ向から向き合ってくれました。私が問題視しているのはアニスを利用しようと考えている者たちの存在です。思惑を巡らせることそのものが悪だとは言えませんが、気に入らないものですね。せめて上手に隠して欲しいですが……」

「まぁ、それに関しては隠されても俺の仕事が増えるので勘弁して欲しいですがね」

 ミゲルが肩をすくめながら軽い調子で言いました。それに私も苦笑してしまいます。

「それもそうですね。……本当にこの手の問題は簡単にどうにか出来ないのが悩ましいですね。だからこそ、アニスにはこういったことで煩わせたくありません」

 アニスにはただ純粋に魔法の可能性を追い求め、未来をひらいて欲しいです。だからこそ、彼女を煩わせないように私が頑張らなければ。

「まずは近々行われる西部の貴族との会合次第ですね。そこで何らかの進展が得られればいいんですけど」

「そうですね。私もそのように願いたいところです」

 ──そう。私はその日までそう願っていたのです。

 まさか、会合の場で無視出来ない問題が発生するだなんて夢にも思わずに……。


* * *


 西部の貴族との会合の目的は、今後の流通の活性化を見込んでの街道の整備と、新たな流通路の開拓について協議するためでした。

 西部の要となる貴族は普段、領地にいることが多いので改めて機会を設ける必要があります。領地に籠もっている理由は様々ですが、主な理由として挙げられるのは国境の監視の必要があるからです。

 そのため、王都に足を運ぶのにも調整の時間がかかると言われ、ようやく会談が始まったのですが……。

「ユフィリア女王陛下のご要望につきましては理解致しました。西部としてもいなやもございません。このお話を受け入れるつもりで話を進めたいと思います」

 そのように答えたのは、すっかり髪が白く染まっている老紳士です。

 この方はローシェンナ侯爵。西部のトップと呼ぶべき人であり、御年六十を超えているご長寿な方です。

 それでも老いを感じさせず、大木のような静かな雰囲気をまとっています。何を考えているのか簡単に読ませてくれず、経験の違いをどうしても感じます。

 これはお父様と同じぐらい、いえ、お父様よりも相手にしたくないかもしれません。

 西部の貴族もローシェンナ侯爵に追随しているので、主に話をしているのはこの方です。それ故にやりづらいという意識が出てきてしまうのでしょうか。

「それでは、街道整備の計画に同意を頂けるということでよろしいのですね?」

「えぇ、国に活気が満ちるのはよいことです。アニスフィア王姉殿下によってもたらされている魔学のうわさは西部でもお伺いしていますから。期待に胸を躍らせる者も多くおります」

「では、詳しい計画についても検討させて頂きたいのですが……」

「ユフィリア女王陛下、はやるお気持ちはご理解いたしますが……一度、この話は持ち帰らせて頂きたく思っております」

 ローシェンナ侯爵は感情を読み取らせないような淡々とした声でそのように言いました。私は思わず眉が跳ねそうになるのをこらえつつ、彼をぐ見つめます。

「持ち帰りたいとは、何故なぜでしょうか?」

「今後、魔学による魔道具が発展し、その原動力となる精霊石の需要が高まること。その過程で需要が高まるとされる流通の整備と開拓を進めたいということ。ユフィリア女王陛下のお考えには我々としても深い理解を示しています。しかしながら、実際に進めるとなると計画の精査が必要となるでしょう。その精査の際には、西部の事情を知る者が草案を纏めるのが良策と考えています」

「ですので、今ここで草案を協議しようと考えていたのですが?」

「失礼ながら、西部とは特殊な地となります。中央や東部とは訳が違うのです。その背景を理解せずに計画を立てても二度手間になる恐れがあります。我々としては、そのようなお手間をユフィリア女王陛下にかけるのは心苦しく思っております」

「……だから一度、話を持ち帰って西部から計画を練って提案したいと?」

「我らが主導した計画に目を通してからの方が修正するにしても手間がかからないでしょう。これも全て、ご多忙なユフィリア女王陛下を思っての進言でございます」

「ローシェンナ侯爵、そのようにおっしゃるのであれば先に草案を用意しておくべきだったのではないか? 計画については事前に通達をしていた筈であるが」

 魔法省の代表として出席していたラングが眉を寄せながら苦言を呈しました。しかし、それを受けてもローシェンナ侯爵はじんも揺らぎません。

「ふん! そんな中央の要望ばかり求められても応じられんというのがわからんのか?」

 その代わりに口を開いたのは、かっぷくの良い壮年の貴族でした。身に纏っている衣装などがきらびやかで、己の富を誇示しているかのような印象を受ける方です。

 彼はエボニー伯爵。ローシェンナ侯爵と並んで西部では有力な貴族です。

 この二人の関係は、ローシェンナ侯爵が国境を守る騎士の頂点に立っており、エボニー伯爵は流通を取り纏める要として立っていると言えば良いでしょうか?

 ローシェンナ侯爵はうたぐり深いまでに静かな方ですが、エボニー伯爵はゆるんだ頰肉を持ち上げながら笑みを浮かべます。

 その様相が不気味になっているのですが、喉が焼けたかのようながらついた声がその印象を深めているようでした。

「ローシェンナ侯爵が説明したであろう! 西部は王国を守る要である! 同時に国外との交易がからむ以上、何事も簡単に決めれば良いというものではない! それを押してまで女王陛下に賛同の意を伝えようとした我々の心意気を理解してもらいたいものだな!」

「理解とは仰いますが、それが西部の不透明さに対しての弁護にはなり得ませんな」

「我々の忠誠を疑うと言うのか!?

「誰が忠誠の話を致しましたか? 私が問題視しているのは、西部の資金の流れに不透明な部分が見受けられる点です。不正を疑われても不思議ではないというのに、問い合わせても精査に時間がかかるというばかり。何事も鈍足なのは西部のお家芸だとでも?」

「思慮深く、慎重であると言ってくれたまえ! これだから中央の横暴さには眉をひそめるのだ! 我々の功に報いるつもりがないのは貴君等の方ではないか!?

 苦言を呈するラングに対して、怒鳴りつけるかのようにエボニー伯爵はそのように言いました。ラングは表情を動かすこともなく、淡々と応じます。

「我々は自らの職責を果たそうとしているだけです」

「はん! どこまで信用出来たものかな! シャルトルーズ伯爵の反逆は我々の記憶にも新しい! それからどれだけ立て直せたと言うのか疑いたくもなる! 未熟者の集いだからこそ、はかどるものも進まないのではないか!?

「……それは、魔法省への侮辱だと受け取っても?」

「何が侮辱か! ただの事実ではないか?」

 エボニー伯爵の一言でラングの表情が大きくゆがみました。ラングのいらちを肌で感じつつ、このまま見過ごす訳にはいかないと口を開こうとした瞬間でした。

 私よりも先に口を開いたのは会議に参加していた西部の貴族たちです。思わぬ者たちが声を上げたことに驚き、口を挟む機会を失ってしまいました。

「エボニー伯爵! 黙っていれば口が過ぎるのではないか!? 貴様の横暴な態度が西部の評判を落としていると自覚なさらぬか!」

「私はただ事実を申し上げただけだと言ったはずだが? 横暴なのは魔法省を抱えた中央の貴族たちの態度こそであろう!」

「しかし、問題視されているのは貴殿等の資金の不透明さである! その問題に西部全体を巻き込まないで頂きたい!」

「自らだけが清廉潔白のようにさえずるでないわ! 貴様等は国防のためにと一つ覚えのように繰り返すだけで、計画性も何もなく資金を食い潰すではないか! 実を伴わない空論は聞き飽きているというのだ!」

「金に目をくらみ、しつこく囀っているのは貴殿等であろう! その頭にはかねもうけのことしかないのは一目瞭然であろう!」

「何を言うか! それを言うのならば、国防のためだと無作為に資金を浪費する貴様等こそ、王国にあだす不忠者ではないのか!? 今ここで己の不明を恥じ、女王陛下に頭を下げたらどうだ!?

「エボニー伯爵! 貴様ァ!」

 突如、口汚く言い争いを始めた西部の貴族たち。私はあっに取られるしかなく、いきどおりを見せていたラングですら困惑しきっていました。これは、私が思っていたよりも西部というのは纏まりがなかったということなのでしょうか?

 そうして戸惑っていると、沈黙していたローシェンナ侯爵が口を開く。

「静まれ、女王陛下の前であるぞ」

「ロ、ローシェンナ侯爵……」

「……お見苦しいところをお見せ致しました、ユフィリア女王陛下。ラングきょうにも謝罪申し上げます」

「……謝罪を受け取ります。顔を上げてください、ローシェンナ侯爵」

 席を立ち、深く頭を下げたローシェンナ侯爵。どうするべきかと考えて、ここは謝罪を受けました。

 ここでかれぎわを盾に詰め寄ることも出来たのですが、それにしては何やら様子がおかしいと感じたので踏み込めませんでした。

 そうして私が考えている間にローシェンナ侯爵が顔を上げて、静かに言いました。

「これでは纏まる会議も纏まらないでしょう。やはり、この話を持ち帰らせて頂くということで進めさせて頂けないでしょうか?」

「……それは」

 私としては、ここで打ち切るというのは望ましい展開ではありません。ここで見逃したところで同じことが繰り返されるだろうという予感があったからです。

 しかし、かといってどう踏み込むべきか。やはり彼等の不手際を責めることで切り込んでいくべきなのか、そう考えているとまた別の貴族が口を開きました。

 口を開いたのは西部の中では若年と言うべき貴族の青年です。

「お待ちください、ローシェンナ侯爵。西部の恥を見られた以上、ユフィリア女王陛下にも我らの実態を知って頂くべきかと進言させて頂きます」

「レグホーン伯爵、控えよと言った筈だが?」

「いいえ、控えませぬ! これも王国のための進言にございます! ユフィリア女王陛下、どうかお聞き届けください!」

 レグホーン伯爵と呼ばれた青年は、ローシェンナ侯爵からの制止を物ともせず私に向けて声を張り上げました。

 私を見つめる真っ直ぐな視線には、異様なまでの熱が込められているように感じます。

「我ら西部の貴族は日々、この国を守るために盾としてあることを志しておりました! しかし、国境と接するが故に我々は多くの物事と向き合わなければなりません! これによって主義主張が入り乱れ、意思の統一も難しい状況に陥っております! その中に法を犯す不逞のやからまで紛れ込む始末! この状況は改善されなければなりません! 女王陛下のご威光をもって西部を纏めて頂きたく願っております!」

「き、貴様! 何を言うか!」

「畏れ多くもユフィリア女王陛下に何を願うかと思えば!」

「黙れ! 何が西部の二本柱だ! この二つの頭が我々を互いに食い合わせているのだと何故気付かんのだ!」

「だからといって、王家の介入を望むとは! 我ら西部の信念を忘れたか!」

「王家の純粋性を保つために、国の盾という使命を忘れ得ぬために、西部には独立性が必要であるというお題目のことか! それをよこしまにも利用し、私腹を肥やす者たちが蔓延はびこっているではないか!」

「証拠は、証拠はあるというのか! それがなければただのぼうであるぞ!」

 西部の貴族たちはそろってレグホーン伯爵を口汚く罵り始めました。その中には戸惑いを隠しきれぬまま、右往左往している者たちもいます。

 まるでまとまりが取れていない状況に頭痛さえしてきました。一体、どうしてこのようなことになったのでしょうか……?

「ユフィリア女王陛下! どうか西部に御身のご威光をお示しください!」

「いい加減にせぬか! ユフィリア女王陛下! この者の言葉に耳を貸してはなりませんぞ! 誰か、この者をつまみ出せ!」

「──皆、静粛に」

 耳をつんざくような怒声の数々を制するように、いつもより低い声で私は言いました。

 けんそううそだったかのように静まりかえり、ようやく私は息をくことが出来ます。とにかくこの状況を仕切り直さなければ……。

「レグホーン伯爵、貴方あなたの訴えはしかと耳にしました。しかしながら、あかしがない罪を罰することは出来ません。まずはしかるべき調査をしてから判断致しましょう」

「ユ、ユフィリア女王陛下! この者の言葉を信用するというのですか!」

「いいえ、しかし火のないところに煙は立たないというものです。それも全ては白日の下に明かしてからになりますが……」

「これは我ら西部と王家の関係を引き裂くはかりごとに違いありません! ユフィリア女王陛下、判断を間違えてはなりませぬ!」

「私は今、ここで貴方たちを罪人と認めている訳ではありません。詳しくは調査をしてからに……」

 次々と訴え出す貴族たちの怒号をいさめようとしますが、それに負けぬ勢いでレグホーン伯爵がえました。

「ユフィリア女王陛下! 時を与えれば隠蔽に走る者もいる筈です! 故に、私も含めた上で西部の貴族は拘束すべきかと進言致します!」

「小僧、貴様ッ! まだその口を閉ざさぬか!」

「黙るのは貴殿等の方だ! 何故なぜ、ユフィリア女王陛下の意に沿わぬ振る舞いばかりする!? このお方は精霊契約者! 祖たる初代国王の再臨なのだぞ! そのお方に従わずして、一体何を信仰しているというのだ!?

 レグホーン伯爵は強く叫ぶと、貴族たちは口を閉ざしました。

 彼等の浮かべる表情は様々でした。いまいましげに口を閉ざす者、私の顔色をうかがうように見つめている者、顔色を悪くしてうつむいている者……。

 そんな彼等の顔を見つつ、私は内心へきえきとしていました。レグホーン伯爵のように信仰心が強すぎる者が私にとって一番厄介な相手とすら言えます。

 発言が行き過ぎてしまうのも、その信仰心故なのでしょう。とがめる際にも言葉を選ばなければ逆に面倒なことになりかねません。

 どんどんと頭痛がはっきり感じられるようになっていく中、この事態を収拾するために口を開こうとした時でした。私に先んじて、再びレグホーン伯爵が口を開いたのです。

「ユフィリア女王陛下! この国に平穏をもたらすのは貴方様の使命でございます! 貴方様の慈悲はうわさの数々より感じております! しかし、その慈悲は貴方様に忠実な臣下にこそ与えられるものでございます! どうかご決断を!」

「レグホーン伯爵。確かに私は精霊契約を成し遂げ、この王位の座につくこととなりました。しかし、私は法そのものではありません。罪を裁くのは、私の意思ではなく、国の法の下でなければなりません。そこはくつがえしてはならないのです」

「そのような甘いお考えでは不正は正せませぬ!」

 ……今、私は一体何を言われたのでしょうか? 理解が追いつかず、言葉を失ってしまいました。

「……それでは、国の法よりも王の意思が優先されるとおっしゃるのですか? そのような前例を残せば、後の世の王が前例を盾に己の都合を優先して臣下を罰することもあり得るのでしょう。その危険を冒してまで正さなければ、西部というのは悪辣な地にちたとでも仰りたいのでしょうか?」

 私の声から感情が失われ、ただ淡々と問い詰めるだけになっていきます。

 感情がてついていくような感覚に反して、腹の底ではぐつぐつと煮え立つような苛立ちが湧いてきます。

「どうなのですか、レグホーン伯爵」

「御身のご威光が、西部には必要なのです。そう! それはあの地に住まう心正しき者たちを救うために! 私とて、全ての者が悪辣であるとは思っておりません! なればこそ正しき臣下のために慈悲を授けて頂きたく!」

「……ご自分で正そうとはしなかったのですか?」

「誰も私の声に耳を傾けませんでした! 長く続いた西部の体制が生み出したしき因習がはばむのです! どれだけ正しくあろうとも、あの地では抑圧されてゆがまされていくのみ! そこに誰の幸福があろうと言うのですか! はや、手段を選んではいられなかったのです! どうか、この切実な思いを聞いて頂きたく……!」

 ……あぁ、何故こんなにもいらつきを抑えられないのでしょうか。

 熱意は伝わります。正しくあろうとする心意気も伝わります。きっと、彼はとても善良なのでしょう。他人を思い、己の身を粉にして尽くす精神性を持ち合わせています。

 でも、ただそれだけです。それでは私の心は動きません。その事実が私に深いためいきを吐かせます。

「レグホーン伯爵、貴方の仰りたいことはわかりました。しかしながら、私は貴方に退室を命じます」

「ユフィリア女王陛下……! 何故ですか!?

「この会合は王家と西部の今後を話し合うための場です。個人の嘆願を聞き入れる場ではありませんし、ましてや貴方は西部の一員としては問題になるでしょう。一度、頭を冷やして己が行いを振り返ってください」

「どうしてわかって頂けないのですか! 今の法は不正を正すことが出来ない不完全なものだと言うことは貴方様でもご理解しているはずです! なればこそ、貴方様の力が必要なのです!」

「それを正すのだとしても、それは私の意思一つであってはならないのです」

「いいえ! この国は貴方の意志で変えられるのです! 何故そうも偉業の成果を他者に譲られるのですか! その力を誇示すれば誰もが貴方にこうべを垂れます! 回りくどくアニスフィア王姉殿下の存在を誇示する必要もないでしょう!」

…………それは、どういう意味ですか?」

 今、私は何を言われたのでしょうか? 理解が追いつかず、思わず聞き返してしまいました。

 すると、レグホーン伯爵は我が意を得たりと言わんばかりに続けました。

「かのお方の魔学という発想は民にあまねく広めるべきでしょう! しかしながら、新設とはいえ騎士団長の地位はあまりに過分でありましょう! あくまで上に立つのは貴族であらなければなりませぬ! 魔法の術を持たぬアニスフィア王姉殿下に何故そのような分不相応な立場をお与えになるのか!?

「……理解が及ばないのですが、何を以てアニスが分不相応だと?」


「──全てです! 冒険者として名をせた過去はおありなのでしょうが、それもどこまでが真実と言えるのかと疑わしいもの! ドラゴン討伐の功績も本当はユフィリア女王陛下の功績なのでしょう!? そうでなければおかしい!? 魔法を使えないのにそのようなことが本当に可能だと、どれだけの人が信じると言うのですか!?


 ──私は、一瞬時を忘れてしまっていたのでしょうか。

 気付けば、私は椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がっていました。

 会議の場であるからと外していたアルカンシェルを求めた手が空振りし、自分が無手であることを自覚します。

 私から放たれた殺気が圧となり、空気を震わせているかのようでした。恐れおののき、椅子から崩れ落ちる貴族たちが何人かいるのを目撃しました。

 その中には、直接殺気を向けられたレグホーン伯爵も含まれています。その姿を視界に入れていると息が震えて、フーッ、と獣のようなうなり声が何度もこぼれます。

 自分のことの筈なのに、薄い壁によって隔てられてしまったかのような遠い感覚。人の声ですらもどこか遠くて、何を言っているのか聞き取れません。

 このまま、この衝動に身を任せてしまいたい。何故、動けないのでしょうか。目の前にいるこの不届き者をどうにかしてしまいたいのに──

「──女王陛下! お気を確かに! それ以上はなりません!!

 そうして、漸く私の耳にハッキリと届いたのはラングの声でした。

 薄い壁が剝がれるように世界の認識が戻ってきます。身体からだが震えて、衝動的に振る舞いたくて仕方がありません。それをこらえようとすればもどかしくて我慢がならなくなりそうになります。

「ラング……」

「どうか、どうか気を静めてください!」

 必死なラングの声に、少し冷静さを取り戻せたような気がします。

 それでも頭がしびれてしまったかのように何も考えられず、自分でもどうしようも出来ない感情の奔流を堪えることしか出来ません。

「会議はここまでだ! 女王陛下はここで退室とする!」

 口早にラングが叫び、私の手を引くようにして会議室を後にしました。

 会議室を出ると、外で待機していたレイニが飛びつくように私に向かってきました。

「ユフィリア様!? 一体何があったのですか!?

「レイニ嬢、ユフィリア女王陛下を頼む! 私はこの場を収める! 陛下をここにいさせてはいけない、すぐに離宮へお連れしてくれ!」

「ッ、わかりました!」

 ラングがすぐさま指示を告げ、レイニは表情を引き締めてうなずきました。

「ユフィリア様、行きましょう」

「……」

「ユフィリア様! しっかりしてください!」

 レイニに声をかけられるも、私はどうしても動けずその場に立ち尽くすしか出来ませんでした。

 どこまでも激しい感情が湧き出るのに、湧き出た瞬間にふっと消えてしまうような虚脱感。その繰り返しが目まぐるしく行われ、指一本すら動かすのがおっくうです。

 結局、それから私はどう離宮に戻ったのかわからないまま、西部の貴族との会合を終えるしかなかったのでした。