* * *


 ドラグス副団長に王都に向かうことを伝えた後、私たちはすぐさま王都へと向かった。

 エアバイクで王城に着くと、警備に当たっていた騎士がすぐさま駆け寄ってくる。

「アニスフィア団長!? 突然どうされましたか!?

「ちょっと急な用事があってね。ユフィとレイニはどこにいるのか知ってる?」

「ユフィリア女王陛下ですか? 本日は離宮でお休みになられているはずですが……」

「ユフィが? 休日じゃないのに休みを?」

 あのユフィが平日に休みを取っているなんて、それはもうおかしさが満点だ。

 不安が更に増して、声がいつもより低くなってしまう。そのせいで騎士が萎縮してしまい、肩を縮めていた。

 これじゃあダメだ、ちょっと落ち着かないと……。

「ごめんね、ちょっと気が立ってて」

「は、はい……」

「教えてくれてありがとう。私は離宮に向かうから、エアバイクをお願い」

かしこまりました!」

 騎士たちにエアバイクを預けた後、私は早足で離宮へと向かう。一緒にきたナヴルくんたちも横に並ぶように付いてきてくれる。

「ユフィが休日じゃないのに休んでるなんて、本当に何かあったみたいだ」

「それで判断されるのもどうかと思いますが、ユフィリア女王陛下だと思えば納得してしまいますね……」

「休日でも働いていてもおかしくない印象があるからなぁ……」

 ナヴルくんとガッくんがそんな風にぼやいていると、一歩後ろを歩いていたプリシラから厳しい声が向けられた。

「そんなことを言っている場合ですか。早く参りましょう、アニスフィア王姉殿下」

「ブレませんね、プリシラさん……」

「……逆に和むような気さえしてきたよ」

 シャルネは感心しているのか、あきれているのか、息を吐きながら言葉を漏らす。

 それに少しだけ肩の力が抜けた。レイニが戻ってこれるなら、と言ったのであれば緊急事態ではないということだ。あせる理由はない、落ち着いて行こう。

 気持ちをなだめながら離宮に着くと、私に気付いたメイドが驚きの表情を浮かべながらこちらへと寄ってきた。

「アニスフィア王姉殿下!? お戻りになられたのですか!?

「ただいま、急に戻ってきてごめんね。ユフィが離宮で休んでるって聞いたんだけど、どこで休んでいるのかな?」

「ユフィリア女王陛下でしたら、私室にいらっしゃいます」

「そっか、ありがとう。すぐに向かうよ」

「えっ、あっ、アニスフィア王姉殿下!?

 メイドの返事も待たず、私はすぐさまユフィの私室へと向かう。

 部屋へと辿たどり着いてノックをすると、中からユフィの声が聞こえてきた。

「どうぞ」

「ユフィ、入るよ!」

「……アニス?」

 ユフィがあっに取られたような声を漏らしている間に、私は勢いよく扉を開く。

 部屋の中でユフィは読書をしているようだった。とてもくつろいだ姿をしているので、拍子抜けしつつもあんの息をいてしまう。

 良かった、体調を崩したとかそういう訳ではなさそうだ。

 でも、じゃあ何でレイニは私に知らせを送ってきたんだろう……?

 そんなことを考えていると、私の登場で驚いていたユフィが手に持っていた本を置いて私の方へと寄ってきた。

「アニス、どうしたんですか? 今日は休日ではない筈ですが……」

「いや、それはこっちの台詞せりふだよ。今日の政務はどうしたの? どうして、その、まったりとしてるの?」

 私がそう問いかけると、一瞬ユフィの目が泳いだ。

 すぐに表情を取り繕ったけれど、その一瞬の変化を私は見逃さなかった。

 こういった反応をするのは、ユフィが何か隠し事をしたかったり、誤魔化したかったりする時だ。

 やっぱり何かあったみたいだ。しかも、ユフィはちゃんと説明する気がなさそうだ。

「今日はたまたま時間があったので、息抜きをですね……」

「……ユフィ?」

「……」

「ユフィさん?」

 問い詰めるように問いかけると、ユフィも誤魔化せなかったことを悟ったようだった。

 今度はしっかりと目をらして、私と目を合わせようとしない。

「なんで目を合わせないのかな? ユフィさん」

「いえ、特に理由はありませんが……」

「じゃあ、目を合わせてくれてもいいよね?」

「あ、何か窓の外に見えますね。ほら、アニス、あれは何でしょうか?」

「ユフィ?」

「……」

「何か変だよね?」

「いや、その、これはですね……」

 ユフィは下手な誤魔化しも交えながら、なんとか話を逸らそうとする。

 そんな彼女をジッと見つめていると、部屋に新たな人物が乱入してきた。

「アニス様、お戻りになられましたか」

「レイニ!」

 後ろに控えていたナヴルくんたちが道を空けて、レイニが姿を見せる。

 そのレイニの姿を見た瞬間、ユフィは何かに気付いたようにハッとして苦々しい表情を浮かべた。

「……レイニ、まさかアニスに」

「一報を入れるに決まってるじゃないですか。まさか、隠し通せると思ってるんですか? どうせ後で怒られるんですから、諦めてください」

「……」

 レイニにぴしゃりと言われて、ユフィは小さく縮こまるように黙り込んでしまった。

 ユフィの様子もおかしいけれど、レイニの様子もなんだかおかしい。妙にピリピリしているというか、怒ってる……? ユフィに対して怒っているようにも見えるけれど、何だかそれだけじゃないような……。

 この疑問を解消するべく、私はレイニへと声をかけた。

「レイニ、これは一体どういう状況なの? 今日の政務は大丈夫なの?」

「政務につきましてはオルファンス先王陛下とシルフィーヌ王太后殿下が代行してくださってますので、そちらは問題ありません。この状況についてですが、現在ユフィリア様は療養中です」

「療養!?

 思わぬ言葉が出てきて、私は声を荒らげてしまう。

 すると、ユフィが気弱げな表情のままレイニへと声をかける。その様がどこか慌てているように見えた。

「レイニ、何度も言っていますが体調そのものに問題はないんです」

「確かに顔色が悪いようには見えませんが……」

「普通に健康そうですよね?」

「私から見ても、特に体調を崩しているようには見えませんね?」

 ユフィが問題がないことをアピールしていると、ナヴルくんたちもそうは見えないことをつぶやいている。

 そんな中でプリシラだけが無言でユフィを見つめているのが印象的だった。

 ちなみにユフィの弁明を聞いたレイニは、呆れたと言わんばかりに深くためいきを吐いてから彼女をにらんだ。

「体調だけで言えばユフィリア様は確かに健康体です。ですが、ただそれだけです」

「どういうこと?」

「……ユフィリア様は、もう数日間も寝てないんですよ」

「は?」

 思わず声が低くなってしまった。しん、と。その場が一気に静まりかえる。一瞬、音がなくなってしまったのかと思ってしまう程だった。逆に思考がクリアになっていき、周囲の状況が手に取るように感じられるようになってしまった。

 だからこそ、私に視線が集まっていることは自覚出来た。そうなってしまうのも無理はないかもしれない。

 だって今、私は心の底から怒り出しそうになっていたからだ。

「……ユフィ?」

「……身体からだに問題はありませんよ?」

「眠れてなくて、何がどう問題がないのか言ってみなさい?」

 出来る限り声が優しくなるように問いかけたけれど、ユフィはびくりと震えてしまっている。いけない、別に脅したい訳じゃないんだけれど、何かが漏れ出てるみたいだ。

 私は自分を落ち着かせるために黙り、ユフィは何も言わない。そんな沈黙に耐えられなかったのか、代表するようにナヴルくんが口を開いた。

「待ってくれ、レイニ。ユフィリア女王陛下が数日間寝ていないというのは、そのままの意味なのか?」

「はい、ナヴル様」

「それにしては健康そうに見えるが……一体どういうことだ?」

「それは、ユフィリア様が精霊契約者であるせいです」

「精霊契約者だから、というのは?」

「端的に言えば、今のユフィリア様には人間として振る舞える程の余裕がありません」

 レイニは感情を殺したような淡々とした声で告げる。それにナヴルくんたちは絶句したような反応をそれぞれこぼしていた。

「そ、それは一体どういう……?」

「精霊契約者にとって、食事も睡眠も意識していなければ必要なものではないからです。なので余裕がなくなると、人間として振る舞うことすらも出来なくなります。現在は全く眠らず、食欲もなくなっています。周囲を誤魔化すために無理に食べてもらっていますが、それだって小鳥の餌程度の量です」

「それは、何という……精霊契約者とは、そういうものなのか……」

 衝撃が抜けきらない、と言った様子でナヴルくんが呟き、額を手で押さえた。

 精霊契約者であることは公表されているけれど、実際にどのような弊害が出てくるのかなどは身近な人間でもなければ知り得ることではない。ましてや、その感覚を理解するということさえ出来ないだろう。

 実際、そばにいたって私がユフィの感覚を理解することは出来ていない。それが今、どうしようもなくがゆい。

「……どういうこと? 何があったの?」

「……」

「ユフィ」

「……少々、疲れがまっただけです」

「えぇ、心労が溜まるような面倒ごとが降りかかっただけです。このような状態ですので、アニス様に早めに戻って頂ければと思いまして。この判断にはティルティ様に確認も頂いております」

「そっか、ティルティには後でお礼を伝えておくよ」

 頼りになる悪友の顔を思い浮かべつつ、私はそっと息を吐く。さて、どうやって頑固者になってしまったユフィの口を割らせようか。

 ユフィの顔をじっと見るけれど、絶妙に視線を逸らされる。

「それで? このままだんまりを決め込むつもり?」

「……申し訳ありません」

「謝って欲しいんじゃないんだよ。……本当に大丈夫?」

「……大丈夫じゃないです」

 ここに来てようやく、ユフィが素の感情を零した。固い殻が割れて、中身が出てくるような様を見た私は皆へと声をかけた。

「ごめん、皆。二人にして貰って良いかな?」

かしこまりました」

 真っ先にレイニがそう返事をして、皆に退室を促しながら去って行く。

 部屋に残されたのは私とユフィだけ。二人だけになった瞬間、ユフィがおずおずと手を伸ばしてきて、腫れ物に触るかのように私の手を握った。

 握り返しながら、もう片方の手でユフィの身体を引き寄せるように抱きしめる。するとユフィが肩口に頭を預けるようにして身を寄せてきた。

「……ごめんなさい、アニス」

「いいよ。よしよし、本格的に何かあったんだね? 甘えた後でもいいから聞かせて」

「ただ、自分がなくなっただけです……」

「不甲斐ないって、ユフィは頑張ってるよ。その上で何か問題が起きたんでしょう?」

「問題という程のことでは……いえ、個人的にはかなり精神に来ていますが」

「何があったの?」

 私が問いかけると、ユフィは一瞬だけ小さく震えた。その震えが止まってから、そっと口を開く。

「……感情の制御が、少し出来なくて。それで失敗してしまいました」

「失敗……?」

「……危うく、人を殺しかけました」

 思わず息をんだ。ユフィが人を殺しかけた、という事実に驚きを隠せない。

 ユフィが明確に殺意を持ったのは、私はライラナぐらいしか知らない。それだけユフィは他者に対して殺意を向けるような子ではないことを知っている。

 それなのに、そんなユフィが自分で後悔する程までに明確な殺意を誰かに向けたというのが信じられなかった。

「本当に何があったの? ユフィが感情の制御が出来なくて人を殺しかけたって、とんでもないことだよ」

「そう言って頂けるのは、本当に光栄ですが……」

 ユフィの声はとことん落ち込んでいた。最近はここまで弱った彼女を見ることがなかっただけに歯痒さが募ってしまう。

「ユフィのことだからすごい気にしていると思うけど……一体、何があって人を殺しかけるなんてことに? 余程、頭に来ることでも言われた?」

「……怒らないで聞いてくださいね?」

「あっ、私関係か……」

「……察しますよね」

「いや、うん。なんか納得しちゃったよね」

 抱き合っていた身体を離して、私たちは顔を見合わせて苦笑してしまった。

 何とも気恥ずかしい。けれど、これで少しユフィの緊張がほぐれて元気が戻ってきたようだった。

 ここまで大事に思われているのを自覚するのは恥ずかしいけれど、それよりもユフィが優先だ。

「それで? 私にどんなことを言っていたの?」

「会合の最中だったのですが、その場で直訴を受けたのです」

「直訴? それは……何というか、随分な話だね」

 どういった状況でユフィに直訴するという話になったのかは知らないけど、政治にうとい私にだって中々驚くような振る舞いなのは間違いない。

 会合となれば他の貴族の目もあるし、その訴えがとんでもないものであれば波紋を呼ぶことは間違いない。その貴族は何を思って直訴しようなんて思ったんだろう?

「その貴族ってどんな人だったの?」

「若い方だったのですが、アニスの功績に疑惑があると訴えたのです」

「私の功績に? それって魔学とか魔道具についてってこと? 魔学都市について何か言われたとか?」

「……いいえ、そちらではありません」

 私に問われて、ユフィは一度押し黙ってしまった。

 一度大きく深呼吸をしたのは、思い出したことでまた感情が高ぶりそうになったからなのだろう。

 その感情のうねりを押さえ込んだ後、ユフィはゆっくりと否定した。

「そっちじゃない? えっ、じゃあ私の功績って何だ……?」

 私が首をかしげていると、ユフィはあきれたような表情で私を見た。

 えぇ? なんで……?

「どうして思い当たらないんですか……? ドラゴンの討伐ですよ」

「えっ、それ!? 今更というか、そっか、あれは一応、私の功績扱いか……」

 私にとってはドラゴンの魔石を手に入れたということが重要なので忘れがちだけど、世間的にあの功績は、私がユフィと一緒にドラゴンを討伐することで婚約破棄の風評を打ち消すために美談に仕立てたものだ。

 だから私個人の功績というより、私とユフィの功績であるとは思うんだけど、それが疑われた? まったくの予想外のことを言われて、私は逆に戸惑ってしまった。

 ドラゴンを討伐したのなんて、もう何年も前の話だ。その話を今更蒸し返すって、何が狙いだったのかがわからない。

「一体、どういう流れでそんな話になったの?」

「……ドラゴン討伐は、実は全部私が成し遂げたのではないかと言われました」

「それ、本気で言われたの?」

「……はい」

 私は思わずとうめき声を零してしまった。一体、何をどう考えればそんな結論に行き着くんだろう?

「えっと、つまりドラゴンは私が倒したんじゃなくて、実は全部ユフィがやったんじゃないかってこと?」

「その通りです。私がアニスにドラゴン討伐の功績を譲って、アニスの地位を上げようとしたんじゃないかと、その貴族は疑っていました」

 呆れてためいきが出てしまう。意図は理解出来たけれども、それだったらもう少しやりようがあったんじゃないかと思ってしまう。

 当時の私の評判を考えれば、何やら奇っ怪な道具を研究・開発しているだけの変人だ。それがドラゴンを倒しただなんて言われても、確かに信じないかもしれない。

 国をおびやかす程の脅威を、魔法を使えない私が討伐出来るはずなんかないと言われればそう考えるのは理解出来る。

 でも、それにしたって言いがかりに近い。ドラゴンの討伐はユフィ以外も目撃者がいるし、王家が功績として公表したことだ。それを踏まえての提言だったんだろうか?

 言いがかりをつけるのは自由だけど、不敬罪に問われてもおかしくない。そんなリスクがある。なんでそんな疑惑を今になって持ち出すのかがわからない。

「……それを聞いた瞬間、目の前が真っ赤になって我を忘れそうになりました」

「……ユフィ」


「──どうして、私は貴方あなたあなどってしいたげる国なんか守ってるのだろう、と」


 そう、思ってしまったんです。

 ぽつりと、力なくユフィはそうつぶやくのだった。