オープニング



 充実している日々というのは、あっという間に過ぎていくものだ。

 私──アニスフィア・ウィン・パレッティアは執務の合間にそう思い、そっと息を吐いた。そのためいきを聞いてプリシラが顔を上げた。

「どうかされましたか、アニスフィア王姉殿下?」

 私専属のメイドとして魔学都市に付いてきた彼女だけど、事務能力の高さから秘書としても働いてくれている。性格や態度には少し難ありな部分があるけれど、害になるということはないので十分に仕事を任せられる。

「いや、魔学都市もかなり形になってきたなって思って」

 窓の外に見える景色に視線を向けながらぽつりとつぶやく。

 魔学都市アニスフィア。その名前を心の中で呟くと気恥ずかしさが浮かんでくる。

 だから私はかたくなに魔学都市としか呼んでない。そんな内心を態度から察されているのか皆から時折生暖かい視線を向けられるけれど。

 都市の建設は順調の一言であり、これから更に外に拡張していく予定だ。私たちが住んでいる区画は優先順位もあってかほぼ完成している。

 驚くべき速度で建設が進んでいるのも、ぜいたくに魔法を使って作業を進めているからだ。トラブルなどが起きなければ、年内には完成の目処めどが立つだろう。

 まぁ、だからこそ私が忙しくなっている訳だけど。それが充実につながっているのだから悪いことなど何もない。

「これからもっと忙しくなるので、溜息をいていないで仕事を進めてください。でないとまる一方ですよ?」

「溜息じゃないから! 単に感慨深いなぁ、って思ってただけじゃん!」

「そうでしたか、それは失礼致しました」

「本当に思ってるのかなぁ……」

 そうして私がプリシラにあきれていると、ノックの音が聞こえてきた。

 プリシラが扉を開けに行くと、中に入ってきたのは二人。ガッくんとナヴルくんだ。

「失礼致します、アニスフィア団長」

「ただいま戻りましたーっと!」

「ナヴルくん、ガッくん、おかえり」

「視察、お疲れ様です」

 プリシラがそう声をかけると、ナヴルくんは軽く肩をすくめてみせた。

「視察という程ではないが……まぁ、下見であることには変わらないか」

「私の引っ越し先はどうだった?」

「えぇ、建設は順調に進んでいましたよ」

 そう、実は私には引っ越しの予定があるのだ。

 私が魔学都市で今いるのは開拓のための拠点であるとりでなんだけど、今後も使い続けるには問題がある。

 何せ、この砦はあくまで仮拠点。今後、改修工事をすることを前提に建てられている。間に合わせである以上、本来であれば王族である私が普段から使うのは建前上、よろしくないという訳だ。

 そこで建設が一通り落ち着いたのもあって、私が住むためのしきを作り始めた。砦では何をするにしても手狭だったし、ドラグス副団長も私が住む所をしきりに気にしていたから、良い機会だと思っていそうだ。

「私も王族である以上、えというものは大事にしないといけないんだけどねぇ」

「まだご自分の屋敷を作るのにご不満が?」

「不満というよりは、申し訳なさかな? だって、私のせいで仕事を増やしてるようなものでしょう?」

「いずれは必要になるものでした、その用意が早くなっただけのことですよ。いつまでもこの砦を使っていれば、シアン男爵の評判にも関わります」

「私が気にしない、って言ってもダメだよねぇ」

「アニスフィア団長は王族なのですから、受け入れてください」

 簡単に言ってしまえば、私がいつまでも今の生活を続けていると、開拓の責任者であるシアン男爵の能力を疑われてしまう訳だ。王族への敬意が足りない、とかね。

 そういった意味で私がいつまでも砦にいるのは不味まずい。余裕が出来たのであれば、そういった方面に気を遣う必要も出てくる。

 まぁ、正直屋敷に関しては専門家に丸投げしている。要望がないか聞かれたんだけど、変に要望を言うと奇抜になるんじゃないかって思ったんだよね。王族らしさとか私に求められても困る。

 そういう訳で、ナヴルくんは私を護衛する立場からの意見を出すために下見に向かっていたという訳だ。見栄えだけじゃなくて、警備のことについても考えないといけないというのが私の立場を改めて思い知らされる。

 窮屈さを感じるのはあんまり好きじゃないけれど、心配されているのだと思えば飲み込むことは出来る。出来るだけ私の要望をかなえようとしてくれたりとか、その心意気はありがたい。良くしてもらっている分、周りの人に感謝をしていかないといけないな。

「屋敷については何も問題はないと思いますが、本当に何も要望などは出さなくても良いのですか?」

「うん。私が望む通りにすると、多分だけど王族に相応ふさわしくならなそうだから」

「アニス様って王族なのに質素だったり、倹約家ですからね」

 ガッくんが感心したように言うけれど、すぐにプリシラが溜息を吐いた後に呟いた。

「いいえ、それは違いますガーク様。正確には贅沢に無頓着で、興味のないものには食指が動かず、必要なものは自分で集めれば良いとお考えだからです」

「……プリシラ、正論は時に人を傷つけるんだよ?」

「正論ということで同意を得られたことをうれしく思います」

「こいつぅ!」

「……まぁ、それなら下手に要望などを出して頂かなくて良かったかもしれませんね」

 ナヴルくんが反応に困ったように言葉を濁した。言われなくても、私に王族らしい感覚がないことは理解してるよ!

 そんなタイミングで、シャルネがお茶を載せたカートを押してくる。

 元気な彼女を見ていると、こっちまで元気を貰えた気になる。まだまだ子どもと言ってもいい年齢なのに、辺境という不便な土地でも元気に頑張ってくれている。

「アニスフィア王姉殿下、お茶をお持ちしました! 一息入れませんか……って、何かありました?」

「いや、何でもないよ。皆の分もいれてくれる?」

「はい! お任せください!」

 元気よく返事をしながらシャルネがテキパキとお茶の準備を進める。その間に私たちも席についてテーブルを囲む。

「私だって立場に合わせて振る舞いたいけど、すぐに身につくようなものじゃないでしょう? ずっと離宮にいて引き籠もった訳だし……」

 今は周りの期待に合わせようと頑張ってはいるけれど、人はそう簡単に変われる訳じゃない。私自身もそうだし、周囲の人たちもそうだろう。

 だから私自身の要望を伝えるのははばかられてしまう。特に王族としての立場が求められる時には下手に口出ししない方がいいとまで思ってる。結局、二度手間になるんじゃないかって考えちゃうとねぇ……。

「それを言われると何とも言葉に困るのですが……」

「私も困っちゃうよ」

 ナヴルくんが眉を寄せているのを見て、私も苦笑してしまう。

「それに、今後のことを考えれば私の要望を取り入れすぎるのもどうかと思うんだ」

「今後のことですか?」

 眉を寄せていたナヴルくんだったけど、私の言葉にきょとんとした表情を浮かべた後、首をかしげた。

「私だってずっと魔学都市にいる訳じゃないだろうからね。ちゃんと後任に引き継ぐことも考えると自分の要望ばかり通す気にはならないよ」

 そう言うと、ナヴルくんは驚いたように目を見開いた。思ってもみなかったことを聞いたと言わんばかりの仕草だ。

「まだ騎士団長や研究室長になって一年もっていないのに、もう引き継ぎのことまで考えているんですか? 流石さすがに気が早すぎると思いますが……」

 ナヴルくんが戸惑いを隠せないまま、そう言った。

 もちろん、でも気が早いと思ってはいるんだけど、最近はどうしても考えてしまうんだよね。色々と立場を得たのが理由だけど。

「正直、いつ今の立場を退くのかもハッキリしてないからね。だから備えだけはしておきたいんだ。良くも悪くも、私の進退はユフィ次第だから」

「……それは、ユフィリア女王陛下が王位から退いた時には、一緒に退くつもりだとお考えなのですか?」

「そのつもりだよ。ユフィが玉座を降りるのは、自分の後を任せられる人が育った時だろうから。だから私も後を引き継ぐことが出来る人を早めに育てておくつもり。いつその時が来てもいいようにね」

「ユフィリア女王陛下はそんなに早く退位するのですか?」

「流石に数年内とかじゃないはずだけど。でも遠くなりすぎるということにもならないかな、って思ってるよ。そうあるべきだとも思ってるしね」

「それは何故なぜですか?」

 ナヴルくんが真剣な表情で問いかけてくる。不満というか、納得がいってないという顔だな、これは。

「ユフィリア女王陛下とアニスフィア王姉殿下が始めた改革は、民に快く受け入れられています。貴族たちに浸透するにはまだかかると思いますが、それも時間の問題だと考えられます。それであれば、お二人の治世が長く続くことを多くの人が望むでしょう」

 まぁ、女王になってからのユフィの評判が良いものばかりだからね。それなら出来るだけ長く続いて国を安定させて欲しいというのはわかる。

「だからこそなんだよ。なるべく早く退くことを考えているのは、良くも悪くも私たちの影響力が大きすぎるから」

「影響力、ですか?」

 シャルネがいまいちわからない、と言うような表情で小首を傾げた。

 ナヴルくんは私が言いたいことを悟ったのか、表情が渋いものへと変わった。

「私自身、正直に言えばユフィの即位については色々と思うところがある。本来、王位を継ぐような立場ではないユフィが女王になった。国をまとめるためには必要だったけど、それが逆にゆがみを生んでしまいかねない」

「歪み……」

「ユフィが女王になるために望んだ精霊契約は、それだけの危険性も秘めていた。ユフィはそれをよくわかってる。もちろん、私もね」

 精霊契約はパレッティア王国の開祖が成し遂げた伝説的な偉業だ。

 ユフィは女王になることを認めさせるために精霊契約者となったけれど、一歩間違えれば貴族たちを更なる精霊信仰に傾倒させていた可能性がある。

 精霊信仰によって特権意識が高まったことで、貴族と平民の間に溝を生んでしまった。

 それを解消しなければ、平民たちがいつ不満を爆発させるかわからない。もし、そんなことが起きてしまえばこの国は混乱の最中にたたき落とされることになってしまう。

 更に言うなら、父上の代から王家を軽んじる貴族たちが増えていることも問題だ。

 元々父上に王位を継ぐ予定がなかったというのもあるけれど、私が魔法を使えなかったり、アルくんの才能がユフィに劣ってみられたりと、父上が強権を振るうことを避けたことであなどられていた部分はあると思う。そのせいで一部の貴族たちは信仰を優先して、王家すらも都合良く操ろうとした。

 そのせいで正統な継承者であった筈のアルくんは思い悩み、王位さんだつを企てた。ヴァンパイアの力で国を強制的に変えるために。

 私はアルくんを止めたけれど、彼を辺境に追放せざるを得なかった。

 残された私には信仰にのっとった王家の象徴になる資格がない。ユフィが女王になってくれなかったら、今頃もっとひどいことになっていただろう。

 国が纏まるには欠かせなかった精霊信仰だけども、貴族たちの腐敗が進んで国は不穏な方向へと進んでいた。父上が何とかしようと食い止めていたけれど、解決にまでは至っていない。それをなんとかするのが私とユフィの課題だと思っている。

「意識の改革は絶対に必要だ。じゃないと貴族と平民の溝は埋まらないままだ。その断絶が国を衰退に向かわせる危険性がある以上、放置出来ない」

「そのためには貴族の意識を変えなければならない、と」

「まぁ、そうだね」

 プリシラの答えに私はうなずく。結局、全ての問題はそこに行き着いてしまう。

 長きにわたって国を守ってきた、という自負が悪い方向に向かってしまったのが今までの貴族たちだ。

 それが様々な問題を引き起こしてきた根本的な原因だ。解決するためには国の在り方を壊すような劇薬でも投じなければならなかった。それが私の魔学であり、ユフィの精霊契約だった。

「ユフィの即位が決まった段階で、パレッティア王国は今までの方針を大きく変えざるを得なくなった。そうでもしないと国の問題に対応出来ないからね」

「それは良いことなんじゃないですか?」

 ガッくんが首を傾げながら問いかけてくる。それに私は苦笑を浮かべてしまった。

「結果が出てからじゃないと何とも言えないかな?」

「そういうものですか……?」

「私たちが望む改革が終わった後にも、問題は起こると思う。たとえば、魔道具によって平民が台頭して、逆に魔法使いである貴族が異端だと追いやられる可能性だってある」

 シャルネがギョッとした表情で私を見つめてきた。そして、誰も否定の声は上げない。その可能性を否定出来ないと思っているあかしだろう。実際、そういう話を昔にしたこともあったしね。私が魔法省と関係を改善した時の話だったかな?

 私とユフィが長い時を生きられるからって、いつまでも私たちが君臨している訳にもいかない。この国は今を生きる人の国だ。それなら、自分たちが進む道は自らで決めなければならない。

 私たちはそのための道筋を用意して、この座を退かなければならない。そうじゃないと精霊信仰と同じ問題を繰り返しかねない。

「要は問題を解決するためにはアニス様やユフィリア様の力が必要だけれど、いつまでも二人に頼るようではダメってことでいいですか?」

 ガッくんは腕を組み、小首を傾げながらそう言った。合ってはいるんだけど、その仕草が面白くて笑ってしまう。

「そういうことだね、ガッくん。言ってしまえば私たちは過剰な劇薬みたいなものなんだ。使いすぎてもよろしくないんだよ」

「劇薬ですか。言いえて妙と言いますか……」

「アニスフィア王姉殿下の力も、ユフィリア女王陛下の力も、この国を滅ぼしても余る程ですからね」

 プリシラはしれっととんでもないことを真顔で言った。それに対して皆が一歩引いている。私もあきれて口元が軽く引きつってしまった。

「物騒なこと言わないでよ、プリシラ……」

「ですが、事実ではございませんか?」

 私が苦言を呈しても、プリシラは表情を揺るがせることもなく淡々と続ける。

「今だって、お二方が騒乱を望んでないから現状が保たれているようなものでしょう?」

「いや、それはそうなんだがな……」

 ナヴルくんが神妙な表情で言葉を漏らす。それに苦笑を浮かべてしまいそうになるけれど、表情を保ち続ける。

「アニスフィア王姉殿下は民からの支持も厚く、やろうと思えば民を味方につけて貴族を排することだって不可能ではないですし、ユフィリア女王陛下に至ってはこの国の根幹たる精霊契約という偉業を成し遂げたお方です。その力を十全に振るえば、逆らえる者がどれだけいると思いますか?」

「いや……そのだな、プリシラ? 流石に言い過ぎでは……?」

「だからこそ、アニスフィア王姉殿下とユフィリア女王陛下は早く今の地位を退き、後任に引き継ぐべきという話をしていたのでは?」

「それは、うん……間違ってはいないな……」

 ナヴルくんがプリシラをせいちゅうしようとするけれど、相変わらずの態度に言葉を濁すことになっている。彼女は有能ではあるんだけど、とがっているというか、つかみ所がないというか……。

「まぁ、私が王位にくよりはマシではあるよね。私だと確実に国が荒れるから。表面上は穏やかだけど、切羽詰まっていた状況だったのは間違いない。私たちがやるべきことは、その危機的な状況を脱して国を安定させることだと思っているよ」

「ご立派な志かと思います」

「プリシラに褒められると、微妙に皮肉っぽく聞こえるんだよね……」

「気のせいでしょう」

「よく自分で言えるな……」

「何かおっしゃいましたか? ガーク様」

「いや、なんでもないっす!」

 じろり、とプリシラから流し目の視線を受けて、背筋を正すガッくん。

 恒例なやり取りとなりつつあるけれど、気心が知れてきたと前向きに思おう。

「アニスフィア王姉殿下もご自分で言っておられましたが、ユフィリア女王陛下が精霊契約を成し遂げたからこそ保たれているのが今の平穏です。この国を救ったのは女王陛下だと思う者がいても、それは当然のことでしょう。正に神のごとしお方です」

「プリシラさんは本当にユフィリア女王陛下を尊敬しているんですね……」

「えぇ。あのお方のためならば、この身をささげてもいいと思っている程度には」

「重いな……」

「女性に向ける言葉ではないかと思いますが?」

「えぇい、体重の話ではないということぐらい会話の流れでわかるだろうが!」

 プリシラにぼやきを拾われたナヴルくんが頭が痛そうに押さえながら強めに言う。

「よろしいのですか? 私にそのような態度を取っても。私はナヴル様がユフィリア女王陛下とご学友だったという事実を妬みながら毒を吐く覚悟があるのですよ?」

「妙な脅しをやめろ……! 貴族学院の頃の話は控えてくれ……!」

「ナヴルくんにとっては黒歴史だからね……」

「一生の恥です……」

 改めて思うけど、この中ではシャルネの次に若いんだよね、ナヴルくん。普段はしっかりしているからそんな気がしないだけで。

 そんな話をしていると、ふとシャルネがぽつりとつぶやいた。

「学生だった頃のユフィリア女王陛下ですか。それはちょっと気になります、私は女王になってからお会いしたので……」

「言われれば、俺もそうだな」

「じゃあ、学生だった頃のユフィリア女王陛下を知ってるのはナヴル様だけですよね?」

「それでは、ナヴル様には学生時代のユフィリア女王陛下について語っていただくということで」

「待て待て! 何故なぜそうなった!?

「シャルネが気になったというので……」

「あっ、いや、あの、ご迷惑だったら別にいいです……申し訳ありません」

 シャルネが申し訳なさそうに頭を下げると、ナヴルくんが狼狽うろたえ始めてしまった。

「い、いや、謝るようなことはない……ただ、過去の醜態を思い出してしまうので、気が進まないというだけで……」

「ほ、本当に無理はしないでいいので……!」

「だから気にしなくていいんだ。……というよりも、私からユフィリア女王陛下について語れるような話があまりなくてだな……」

「私も聞いた話でしかないけど、ユフィって交友関係がすごく希薄だったらしいからね」

「そうですね。ユフィリア女王陛下は、昔はマゼンタ公爵家の令嬢であり、次期王妃という立場にありました。その地位故に近づこうという者は多かったのですが、良くも悪くも平等に接していましたからね。特別、親しい友人というのもいなかったと思います」

「公爵令嬢として、次期王妃として、完璧であろうと心掛けていたらしいからね。だから人間味がなかったとはよく聞くよ。ナヴルくんも似たようなこと言ってたし」

「うっ、またあまり思い出したくない話が……扉が蹴破られた時の光景が時折夢に出てくるんですよ……」

 ナヴルくんが何か嫌なことでも思い出したのか、頭を抱えてしまった。一体、何があったんだろうね?

「扉が蹴破られるって、一体何があったんですか?」

「ははは、それはどうでもいい話だからユフィの話に戻そうよ」

 誰かな? 事情聴取と称して閉じこもっている人の扉を蹴破るようなをしたのは。きっとろくでもないようなやつなんだろうな、忘れてしまおう。

「人間味がないですか……私の知るユフィリア女王陛下はとても優しそうな人という印象なんですけど、全然想像がつかないですね」

「俺もアニス様が大好きって常にわかりやすく雰囲気が出てる人って印象だしなぁ」

「ちょっと待って? シャルネはともかく、ガッくんのユフィ評は聞き捨てならないんだけど?」

 突然何恥ずかしいことを口走ってるんだ、ガッくんは!?

 思わずツッコミを入れると、ガッくんは何とも情けない表情を浮かべる。

「えぇ……? そんなことを言われましても……」

「公の場ではともかく、私的なところでは学生の頃と別人だと言われても不思議ではないですが……特にアニスフィア団長がからむことに関しては」

「ナヴルくんまで!?

「つまり、アニスフィア王姉殿下への愛情がユフィリア女王陛下を変えたということなんですね」

「う、うるさーい! どうしてそういうまとめ方をしたの、プリシラ! 絶対に悪意があるよね、それ!?

「しかし、ただの事実では?」

「じ、事実の認識に曲解がある!」

「では、挙手による意見の統一を図りましょう」

「やめなさい! 恥ずかしい!」

「しかし、実際にアニスフィア王姉殿下が特別なのは間違いないですよね? 身近な方々には心を開いている様子が見られますが、それ以外の相手ですとほぼ対応が変わらないですし」

「うっ……それは否定はしないけどさ……!」

 私はプリシラの言葉に思わずうなってしまう。誰も否定しないところを見るに、その評価は変わらないんだろうね……。

 ユフィらしいと言えばユフィらしいんだけど、そう見られることがそもそも大丈夫なんだろうかと心配になってしまう。

 そういうところは本当にグランツ公とそっくりなんだよね。良く言えば誰にであっても平等であり、悪く言えば他者に対して無関心だ。私以外に心を開いてない訳じゃないけれど、その人数は多いとは言えない。

 だからユフィの交友関係については心配しているのだけど、私が言えた立場ではないんだよなぁ……。

「ユフィリア女王陛下は立場故の教育もあったかと思いますが、ご本人の気性もそう見られる理由かと」

「確かにあまり外に交流を広げるような性格はしてないと思うけど……」

「心移りする恐れがないのは、好意を向けられている身としては望ましいのではありませんか?」

「……プリシラ」

 思わず脱力しそうになったけれど、眉間をほぐしながら息を整える。なんでこの子は隙あらば人をからかおうとしてくるのか。

 まさかと思うけど、イリアが変なことを教えたんじゃないでしょうね?

「交友関係が広ければ頼れる人も増えるかもしれないでしょ? ユフィは何でも自分でやっちゃうようなところがあるから心配なんだよ」

「まぁ、それはそうっすね」

「今はレイニとか、ティルティとか、ハルフィスがそばにいてくれるから安心は出来るんだけどねぇ……」

「どうしても利害が絡むと、素直な友人関係というのは難しいですから……」

「それもそうだけどさぁ……」

 ユフィの覚えが良くなれば出世の道もあるかもしれないし、気に入らない話ではあるけれど万が一見初められるようなことがあれば、なんて夢を見ちゃう気持ちもわかる。

 それだけユフィの価値というのはとても重いのだ。その重さがユフィから自由を奪っているような気がして、どうにも気が沈んでしまう。

 ユフィは自ら望んで背負ったと言ってくれるけれど、だからこそ私は彼女のために何かしてあげたい。

「うぅ、一度心配になったら気になってきちゃったな……ユフィ、ちゃんとやってるかな、心配になってきたよ……」

「き、きっと大丈夫ですよ!」

 気になるあまり、うめくような声を出していると励ますようにシャルネが声をかけてくれる。その純真さに和んでしまう。

 それでも、やっぱりユフィの顔は見たい。もうすぐ週の終わりの休日が来るから会いに行くことは出来るんだけど……。

「おや……?」

「ん? プリシラ?」

 ふと、何かに気付いたようにプリシラが窓の外へと視線を向けた。

 そのままプリシラが窓へと近づいて開ける。すると、プリシラの側に一でんしょばとが降り立った。

「伝書鳩だと?」

「これは王城からのようですね」

「えっ、王城から?」

 伝書鳩で連絡が来るなんて、何かあったってことじゃないの?

 思わず腰を浮かしてしまい、そのまま立ち上がってプリシラの方へと寄っていく。

 その間にプリシラが伝書鳩によって運ばれた手紙に目を通していた。そして、読み終わったのか私の方へと手紙を差し出す。

「アニスフィア王姉殿下、レイニ嬢からのようです」

「レイニから?」

 プリシラから告げられた名前に思わず反応してしまった。

 私はすぐさまプリシラから手紙を受け取った。内容に目を通したけれど、その間に私の眉間にしわが寄っていく。

 不穏な気配を察したのか、皆が緊張していく様が手に取るようにわかってしまった。

「アニスフィア団長、レイニはなんと?」

「……ナヴルくん、ドラグス副団長に連絡を入れてきて。悪いけど、これから急ぎで王都に戻るって」

「何かあったのですか?」

「この手紙には何も。どうにも詳しくは話せないみたいだね、可能なら王城に戻ってきて欲しいとしか書いてない」

「文面から察するに、何か起きたのは間違いないですが、緊急事態ではないということでしょうか。しかし、一体何が……?」

「それを確かめるためにも王都に向かうよ! 準備を急いで!」

 私の一声で皆が表情を引き締めて、慌ただしく動き出す。それを見送って、もう一度手紙に視線を落とした。

 わざわざレイニから伝書鳩で知らせが届くなんて初めてのことだ。だからこそ、不安がじわじわと湧いてきてしまう。

「あまり良くないことじゃないといんだけど……」