あとがき


 こんにちは、ふくしゆうです。

 マザーグースの詩の一つに、こんな一節があります。

〈女の子は何でできている?

 女の子は何でできている?

 砂糖とスパイス、そして『てきな何か』でできている〉

 筆者は小さいころにいくつかマザーグースのどうようを耳にしたことがあるのですが、今ではもうほとんど覚えていません。しかし、この一節だけはなぜか頭の中にずっと残っていました。

 ここで言う砂糖は「わいらしさ」や「あいきよう」、スパイスは「気品」や「ようえんさ」といった辺りでしょうか? それぞれが何を指しているのか、本当の所は筆者には分かりません。

 そして、きわめつけは「てきな何か」。読者のみなさんは、これが一体何のことなのかお分かりでしょうか。表現がアバウト過ぎて、これも筆者にはかいもく見当もつきません。

 それでもえて何かを当てはめるとしたら、それは「うそ」ではなかろうか、と思います。

 もちろん、うそというのは基本的には良くないものでしょう。うそつきはどろぼうの始まり、なんて言葉もあるくらいだし、あまり「てき」と表現されることはないかもしれません。

 けれど、うその中にも種類があります。だれかを守るためにく「やさしいうそ」だってあれば、好きな人が相手だからこそいてしまう「わいうそ」だってあります。

 女の子たちが時折くそんなうその裏に、たくみにかくされた本心。

 それがかいえた、あるいは明かされた時、彼女たちが持つ「砂糖」や「スパイス」がより一層りよく的に感じられることもあるのではないかなと、筆者はそう思います。

 それはまるで、だんはスカートの向こうにかくされていて、しかしふとしたしゆんかんにチラリと見えるパンツのような……いや、なんでもありません。今のは聞かなかったことにしてください。

 なんだか取り留めのない話をしてしまいましたが、要するにうそというのも時にはりよくの一つになるよね、という話です。ミステリアスで何か裏がありそうなお姉さんとか、だれでもみな好きですもんね?

 というわけで(?)、この本に登場する女の子たちも、それはもううそきます。めっちゃきます。なんならこの本のタイトルからしてもううそです。ごめんなさい。

 そんなうそきな女の子たちにまわされて、おどろかされて、しかし、それでもそんな彼女たちのことをりよく的に感じてくれる読者が一人くらいはいるんじゃないか。そんな気持ちでこの物語をつづっております。もしいたら、あとでこっそり筆者に教えてください。いつぱいおごります。

 さて、ではここからは謝辞のターン。

 まずは一巻に引き続きてきなイラストをえがいてくださったさなだケイスイ大先生。一巻以上にげき的なみずしまの姿に、筆者はもうなみだよだれの激流でワケがわかりません。本当にありがとうございます。いつも助かっています。

 担当編集のS様。前巻に引き続きもろもろのサポートをしていただき、ありがとうございます。イラストに対する筆者の暑苦しい長文感想を、いつもスルーすることなく聞いてくださるそのかんだいさには感謝の念が絶えません。これからもよろしくお願いいたします。

 そして何より、読者のみなさま。「彼女をうばったイケメン美少女がなぜか俺までねらってくる」がこうして晴れて二巻を出すことができたのも、本作を手に取ってくださったみなさまのおかげに他なりません。本当にありがとうございます。

 一巻の発売からずいぶんと間が空いてしまったことは申し訳ない限りですが、お待たせしてしまった分、最高におもしろいものが出来上がったという自負はありますので、楽しんで読んでいただけたのなら幸いです。

 というところで、今回はこの辺で筆を置かせていただきます。いつになるかは筆者にもまだわかりませんが、またみなさんとお会いできる日を楽しみに、これからもせいいつぱいがんります。


 Excelsior!


二〇二四年五月 ふく しゆう