第七章 どいつもこいつもうそつきだ


 五月も終わりにかり、いよいよ外の空気もあつくなってきた。

 本来であればこんな日はさっさと家に帰り、エアコンのじよ湿しつ機能のおんけいせいだいに受けつつ映画かんしようなどとしや込みたいところなのだが。

「はぁ、はぁ……っ! だから……俺は典型的なインドア派だって言ってるだろうにっ!」

 そんな理想とは裏腹に俺は今、額にじわりとあせにじませながら、ひたすら昼下がりの市内を走り回っていた。

「ぜぇ……はぁ……あのぎつねめ……!」

 何が「こいびとごっこ」だ。

 何が「全部演技だった」だ。

 最後の最後の最後まで、クールでキザなイケメン美少女を気取りやがって。

 こんな後味の悪い「勝利」で俺が喜ぶとでも思ったら、とんだ大ちがいだぞ。

「くそ──どこにいるんだ、みずしまっ!」



 ──時は数十分前にさかのぼり。

「まさか……あの時の、あいつが!?

 ちゃんの口から語られた、みずしまの「はつこい」の話。

 その一部始終を聞いた俺ののうには、今までおくの引き出しにしまわれていた小学生時代の思い出がにわかによみがえっていた。

 そうだ。たしかに俺は小四の時の遠足で、あの森林公園に行っている。

 あの時はぐちと二人で公園内を探検していて、でもちゆうからぐちが年上のお姉さんたちに囲まれてしまって、の外に追い出されて退たいくつだった俺は一人で遊びまわっていたんだ。

 そうしたら雑木林の向こうでだれかがる声が聞こえてきて、かげからのぞいてみればびっくりだ。俺と同い年くらいの女の子が、ぱらいのオッサンにむなぐらつかまれていたんだから。

 それで俺は、とにかくその子を助けなきゃという一心で、考えるよりも先にオッサンにドロップキックをかましていた。

 正直、今となってはあの女の子の顔も声もほとんど思い出せないけど。

 そのエピソードを知っているのは、俺とあの女の子だけのはずだ。

「じゃあ、あいつは……本当に、小学生の時から?」

 ちゃんはだまってうなずいて、それからぽつりぽつりとじゆつかいする。

「……全部、しずちゃんが教えてくれたんです。この学校で再会した時に」

 同じ特進クラスに入ることになって、二人はまた小学生のころのような日々が送れることを喜んでいたという。

 はなばなれになってからのこと、これからの高校生活のこと、色々な話をしたそうだ。

 そしてある日、ちゃんは自分のなやみをみずしまに打ち明けたのだという。

 付き合っているかれが、本当は自分なんかにいやがさしているのではないかと。

 彼に好きでいてもらえるほどのりよくが、果たして自分にはあるのだろうかと。

「私がそう言ったら、しずちゃん、なんだかちょっとふんが変わって……それから、それまでかくしていた全部を私に打ち明けてくれました」

 小学生のころに話していた「好きな男の子」が俺であったこと。

 遠足でぱらいのおじさんから助けてくれたことがきっかけだったこと。

 もう一度俺に会った時におもいを伝えるために、今まで必死にがんってきたこと。

 けれど──その「好きな男の子」が、自分の親友とこいびと同士になってしまっていたこと。

 自分の中の複雑な心境を、みずしまつつかくさずちゃんに話したそうだ。

『だからさ、ちゃん──私と勝負しようよ』

 全てを打ち明けた後、みずしまちゃんにそう提案してきたという。

 俺がちゃんのことを本当に好きなのかどうかを確かめるために、二人でひとしばをうつ。

 その後、みずしまが一か月間「こいびと役」として俺にアピールをしかけ、それに俺がくつしてしまうかどうかをためす。

 俺がみずしまの告白をっぱねたら、ちゃんの勝ち。俺のちゃんへの愛が本物だったと証明され、その時はみずしまも大人しく身を引くことを約束したという。

 でも、もし俺がみずしまの告白を受け入れたら、みずしまの勝ち。俺のちゃんへの愛がその程度のものだったと証明されてしまい、大人しく身を引くのはちゃんの方だったそうだ。

『彼のこと、信じたいんでしょ? ならこの勝負、受けてくれるよね。ちゃん?』

 やっとめぐえた「仲間」であり、こいびとである俺を信じたいという強い願い。

 一方で、意図せず親友からはつこいの人をうばってしまったという事実への罪悪感。

 自分の中にうずいていた様々な感情に背中を押されて、だから、ちゃんはその「あくのささやき」に耳をかたむけたのだという。

 つまり、この一か月間の「勝負」は、俺とみずしまの勝負であると同時に、ちゃんとみずしまの勝負でもあったのだ。

「結果、そうくんは私を選んでくれた。それは、うれしい。すごくうれしいです。でも……やっぱりダメです、こんなの。こんな決着では、私……しずちゃんに勝ったなんて、言えない」

ちゃん……」

 とうとう、ちゃんの目からポロポロとなみだこぼちる。

「本当は、ポッと出は私の方なのに……しずちゃん、小学生の時のこととか、全然そうくんに打ち明けようとしなかったんです。私が『そんなの公平じゃありません』って言っても、『ちょうどいいハンデだよ』なんてカッコつけて」

 むなもとでギュッと両手をにぎりしめて声をふるわせる彼女にどんな言葉をかけていいのかわからず、俺はただただくすしかなかった。

「私……そうくんのことが好きです。自分に自信がない私ですが、世界中のだれよりもそうくんが好きなことだけは自信があります。だけど……子供のころからつのらせていたおもいをひたかくしにして、あえてそうくんにきらわれるようなこいがたきからスタートして。そんな不利な状態でもいつしようけんめいいてもらおうとがんって……あまつさえ、自分の身が危ないのに迷わずそうくんをかばおうとした。そんなしずちゃんを見ていたら……私、わかっちゃったんです」

 制服のそでぬぐってもぬぐってもこぼれるなみだほおらし、ちゃんは俺を見上げてほほんだ。

 こんなに悲しそうに笑うちゃんを見るのは初めてで、俺はグッと胸がまりそうになる。

「ああ、無理なんだな、って。勝てないんだな、って。世界中のだれよりもそうくんのことが好きな女の子は、私じゃなくてしずちゃんだったんだなって……私、それがどうしようもなくわかっちゃったんです」

 なみだ交じりの声で、それでも必死にがおを保ちながら、ちゃんはそう言った。

しずちゃんは……悪役なんかじゃありません。全部自分が仕組んだことで、自分こそが黒幕だったって、そんな風にっているけれど……本当の悪者は、私です」

「そ、そんなこと」

 ない、と言いかけた俺の言葉にかぶせるように、ちゃんは続ける。

「私がもっとそうくんのことを信じられていたら、そもそもこんな勝負、受ける必要はなかったはずなんです。だけど……弱い私は、信じきれなかった。疑ってしまった。だから、しずちゃんのさそいに乗ってしまった。そうくんはずっと、私のことを思ってくれていたのに……私、最低ですよね」

「な、なに言ってるんだよ? それを言うなら、ちゃんに信じてもらえるようなことをしてこなかった俺にだって責任が……」

「いいんです、もう。今回のことで、いやというほど思い知ったんです。いん湿しつで、自分勝手で、大好きなはずの人からの愛情にすらさいの目を向けてしまうおくびようもの……こんなどうしようもない私には──もう、そうくんに好きでいてもらう資格なんか、無いんだって」

 つくろうようにほほちゃんの目からは、もはやこわれたじやぐちのようになみだあふてくる。

 いっそ目をそむけられたらどれだけ楽だっただろう。

 痛ましいまでに赤くれた彼女の目元を見ていると、俺も自分の身がかれるような思いだった。

「だから……お願いします、そうくん」

 それから不意にグシグシと目元をぬぐうと、ちゃんはその表情をにわかにしんけんなものにして、俺の目をまっすぐに見つめる。

「もし、ほんのひとかけらでもいいから、しずちゃんのことを好きだと思う気持ちが、そうくんの中にあるのなら……選んであげてほしいんです。私ではなく、私の大好きな親友のことを」

、ちゃん? な、何を言って……?」

「たとえそうなったとしても、私にはもはやそれを止める資格なんてないし、止めるつもりもありません。私なんかに気をつかう必要もありません。そうくんは……ただ、自分が思ったように決めていいんです。だから、その代わり──正直に、応えてください」

 そう告げるちゃんの顔は、一か月前に俺に「勝負」をけてきたみずしまが見せたような、「腹をくくった女の子の顔」だった。

 だから、その場しのぎの思いやりも、どっちつかずのちゆうはんな態度も、きっと今のちゃんには受け入れてもらえないような気がした。

 少し湿しめった初夏の風が、向かい合って立つ俺とちゃんのかみらす。

(俺は……)

 かくを決めたといった表情のちゃんを前にして、俺はしばし言葉をまらせる。

 キーン、コーン、カーン、コーン。

 そうしてたっぷり数分ほどはくしていたところで、耳慣れたチャイムの音が学校内にひびわたった。

……………………ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ

 やがて、小さくなっていくチャイムのいんが完全に消えたころ

 俺は肺の中の空気をすっからかんにする勢いで、大きく大きく息をく。

 それから、いつしゆんピクリとかたねさせたちゃんのもとへと、ゆっくり歩を進めて。

うそつきばっかりだ──俺を好きだって言ってくれる女の子は」

 そのままちゃんのわきを通り過ぎ、屋上のとびらに向かってした。



 校舎のあちこちをけずりまわってみても、どこにもみずしまの姿は見当たらなかった。

 仕方なくしようこう口までやってきた俺は、みずしまくつばこのぞいてみる。

 案の定、中にはうわきが入っていた。どうやらすでに学校を後にしてしまったみたいだ。

「……とりあえず行くしかないか」

 そうさくはんが一気に広がってしまったことに気がりそうになりながら、俺もうわきからスニーカーにえてしようこう口を飛び出した。

「はぁ、はぁ……っ! だから……俺は典型的なインドア派だって言ってるだろうにっ!」

 正門を出て、ひとまずえきまでの通学路をはしける。

 ちゆう、放課後にみずしまと立ち寄ったことがあるクレープ屋やゲームセンターなどにも足を運んでみたが、やはりあいつの姿はない。

 結局、みずしまを見つけられないまま、俺は学校のえきまでたどり着いてしまっていた。

 もしかして、あのまままっすぐ家に帰ってしまったんだろうか?

 押しかけても部屋に上げてはくれないだろうし、だとしたらさすがにお手上げなんだが。

「……今はとにかく、あいつが行きそうな場所を探すしかないか」

 俺は駅のホームへと降りて電車に飛び乗る。

 やってきたのは、となりまちにある商店街だった。

「あの広場は……」

 商店街のゲートをくぐけると、見覚えのある広場が見えてきた。

 俺がここでベジタブグリーンの代役を務めてヒーローショーに出演したのが、まるでつい昨日のことのようだ。

 思い返せば、あの日俺がたいから落ちそうになったみずしまを助けた時も、みずしまは俺のことを「私のヒーロー」と言っていた。

 あの時は、単に俺がヒーロー役をやっていたからそう言っていただけだと思ってたけど。

 あの言葉の裏には、あるいはあの遠足の日の思い出があったんだろうか。

「はぁ……ふぅ、着いた」

 やがてたどり着いたのは、みずしまの行きつけのきつてん「オリビエ」だ。今日はメイドデーではないようで、店先の看板は通常営業時のものとなっている。

「いらっしゃいませ……おや、はらさんでしたか」

 カランコロン、というドアベルの音をひびかせて店内に入ると、マスターが相変わらずのうやうやしい口調でむかえてくれた。

「あ、ども、マスターさん」

「今日はお一人ですか? そういえば、みなと学園はちょうど今時分はテスト期間中でしたか。自習をするのでしたら、どうぞ広い席をお使いください」

「いや、えっと、実は人を探していまして……みずしまのやつ、店に来ませんでしたか?」

みずしまさん、ですか?」

 整えられたくちひげさすり、マスターは首をかしげる。

「いえ。今日はお見えになっていないと思いますが」

「そう、ですか……わかりました」

「お力になれず申し訳ない。もし彼女を見かけたら、貴方あなたが探していたと伝えておきますよ」

「あ、ありがとうございます! 助かります!」

 しん的な老店主に頭を下げて店を出た俺は、けれどいよいよ心当たりがなくなってきてしまい頭をかかえる。

 さっきからチャットでメッセージを送ってみてもどくすらつかないし、ダメ元で何度か電話をかけてみてもつながらない。

 どうやらチャットはブロック、電話は着信きよにでもされているようだ。

(くそ、他にないのか?)

 あいつが行きそうな場所とか、あいつが好きそうな場所とか……。

「……あいつが、好きな場所?」

 俺ののうに、ふと昨日のみずしまとの会話がフラッシュバックした。

『──やっぱり私、海が見える町って好きだな』

(海、か……いやでも、それだけじゃばくぜんとし過ぎてるしなぁ)

 ブー、ブー、ブー!

「おわぁ!? な、なんだ?」

 不意にスマホに着信があり、俺はおっかなびっくり画面に目をやる。

「よ、よしさん?」

 表示されていたのは、みずしまのマネージャー、よしさんの名前だった。

 そういえばブライダルモデルのバイトの時に、手続きのいつかんとして一応れんらく先をこうかんしていたんだっけ。とはいえ、電話されるような心当たりはないんだけど。

「も、もしもし?」

《もしもし、はらさんですか?》

「はい、そうですけど……どうしたんですか?」

《その、ちょっとお聞きしたいんですけど……みずしまさんがどこにいるか、ご存じありませんか? 今日は学校が終わったら一度事務所に顔を出してもらうスケジュールだったのですが、まだ来ていなくて》

「え?」

 俺がおどろきの声をあげると、よしさんが声のトーンを一段下げて続ける。

《こちらから電話やチャットをしてみても、まったく音信不通なんです。それに、ついさっき『Sizu』のインスタのアカウントにみようとう稿こうがアップされていまして。もしかしたら何かあったんじゃないかって、不安になってしまって……》

みようとう稿こう、ですか?」

《はい。一枚の写真だけがてんされてて……ああいえ、実際に見てもらった方が早いかも……いまチャットでリンクをお送りします》

 よしさんのあわてた声が聞こえた直後、彼女とのチャットのトークルームにURLが送付されてくる。

 通話状態をしながらリンクをタップすると、「Sizu」のアカウントの最新のとう稿こうページに飛ぶ。

「これは……!」

 とう稿こうには、ハッシュタグもコメントも何もえられていない状態で、一枚の風景写真だけがせられていた。

《おそらく、どこかの海辺の風景だと思うのですが……目印になりそうなものが何も無くて、私にはどこの写真なのか全くわからないんです。いつさつえいされた写真なのか、そもそもみずしまさん本人がとう稿こうしたものなのかもわからないし……》

 たしかに、いきなりこんな写真だけをとう稿こうして音信不通なんて不自然だろう。

 とう稿こうのコメントらんにも、不思議に思ったらしいユーザーたちの声が集まっている。

〈Sizuさん、フォトテレこうしんおつです!〉

〈コメントもハッシュタグもナシ? なんぞこれ?〉

〈これどこ? 海? 白いのはすなはまかな?〉

〈今度のさつえい現場とかじゃないの?〉

〈Sizuさ~ん、何のにおわせなんですか~?(>_<)〉

 写真に写っているのは、白いすなはまと、その向こうに広がる海と空。

 たしかに、これだけで場所を特定するのはかなり至難のわざだろう。

 だけど。

「……よしさん。俺、わかったかもしれないっす。あいつの居場所」

《えっ!? ほ、本当ですか!?

「はい。なんで、今からちょっと行ってきます」

《え? え? ちょ、ちょっと、はらさん!? せめて場所を──》

 よしさんの言葉も聞き終わらぬうちにばやくスマホをポケットにしまうと、俺は再び商店街をはしけた。



 商店街から電車に乗って一度さくらちよう駅へとやってきた俺は、そこからさらに電車とモノレールをいで、市内の沿岸部にあるかいひん公園へと降り立った。

 時計を見れば、時刻は十七時を回ったところ。学校内やら街中やらあちこちけずりまわっているうちに、気付けばこんな時間になってしまった。

 太陽もすっかり西の空にかたむき、東の空ではオレンジとピンクとむらさきのグラデーションがうっすらと形成されている。

「……さてと、あしにならなきゃいいけど」

 ここは、以前「はつけいじまシーパラダイス」に行った際に、みずしまがやたらワクワクした様子でながめていたかいひん公園だ。

 公園とは言っても、そのしき面積の大半はビーチがめているので、どっちかと言えば海水浴場って感じだけど。

『見て見てそう。めっちゃ広いよ、すなはま

『この辺りはプライベートでもさつえいでも来たことなかったんだよね。こんないビーチがあったなんて知らなかったなぁ』

 そう言って子供みたいにはしゃぎながら写真をっていた彼女の姿を思い出す。

 確証があるわけじゃない。単なる俺のおもちがいかもしれない。

 でも、あいつはきっと、この公園のどこかに……。

 ──ピィィィィィィィィ

 不意に、潮風とさざ波の音に交じって、かすかに笛の音のような音が聞こえてきた。

 海辺の上空でゆうに飛んでいるトンビたちの「ピィィィィヒョロロロロ」というとくちよう的な鳴き声ともちがう。一定の高さの音をひびかせる、この笛の音は……。

 俺は広いすなはまへと足をれ、風に乗って聞こえてくる音をたよりに歩みを進める。

 平日の夕方ということもあってか、すなはまを歩くひとかげはほとんどない。

 だから。

「ピィィィィィィィィィィィ……

 探していた人物は、存外にあっさりと見つけることができた。

「……海水浴にはちょっと早いんじゃないのか?」

 くつくつしたすなはまに置き、学校の制服を着たまますねのあたりまで海に入っていたその少女に、俺は背後から声をかけた。

「えっ……そ、そう?」

「おう。探したぞ、みずしま

 にわかに笛の音をれさせたみずしまが、あからさまにおどろいたような表情をかべてかえる。

 その左手がさりげなく背中に回されるのに、俺はちらりと視線を走らせた。

 ただそれもほんのいつしゆんのことで、みずしまはすぐさまいつものひようひようとしたみを仮面のように顔に張り付けると。

「え~と……どうしてはらくんがここにいるのかな?」

 いやいや、さっきとつに「そう」って言っちゃってるし。今さらよそよそしくしたって無理があるだろ。

 俺はかたすくめつつ、自分のスマホを取り出してひらひらとかかげて見せてやる。

「インスタ。お前、さっきこうしんしてただろ」

 たんに「ミスった」というような顔をして、けれどみずしまはまたすぐにつくろうように言った。

「ちょっと海で散歩したい気分になってさ。最近あんまりこうしんしてなかったし、ちょうどいいかなって。ただの気まぐれだよ、気まぐれ」

「コメントも、ハッシュタグも無しにか?」

「たまにはそういう日もあるよ。これはこれで、なんかエモくない?」

 この期におよんでのらりくらりとした態度だが、今はそれに付き合ってやるつもりはない。

 俺は一呼吸おいてから、単刀直入に切り出した。

「話がある」

「……それって、『勝負』のこと?」

 やれやれ、とでも言いたげに、みずしままゆをハの字にして首をる。

「その話ならもう終わったと思うけど? 勝負はキミとちゃんの勝ち。キミたちはこれからも仲良しカップルを続けて、水嶋静乃全ての元凶はもう関わらない。めでたし、めでたし、ハッピーエンド。それでおしまいでしょ?」

「いや、終わってない。フェアプレーに反する不正が発覚したからな」

 俺の言葉に、みずしまいつしゆんきょとんとした表情をかべると。

「……あはは。不正って? 私はべつにズルなんてしてないでしょ? それに、たとえ私が何かズルをしていたとしても、今さらそれをてきするメリットはないんじゃない? だって、勝ったのははらくんたちの方なんだから」

 あくまでもすっとぼける腹づもりらしい。

 みずしまは相変わらずのひようひようとしたみをくずそうとせずそうのたまった。

「……お前、さっき言ったよな? この一か月のことはうそだったって。全部、俺のちゃんへの愛が本物かを確かめるための演技だったって」

「ふふ。自分で言うのもなんだけど、なかなかの演技力だったでしょ? まぁ、さすがにちょっとキミをめ過ぎたかもしれないって、反省はしてるけど」

「俺のことが好きだって言ったのも、全部演技か?」

 注意していなければ気付かないほど、ほんのいつしゆんだけ言葉をまらせたみずしまは、それでも白々しいがおうなずいた。

「うん、そうだよ」

「じゃあ、もし今日、俺がお前の告白を受け入れてたら、お前はどうするつもりだったんだ? 好きでもない男と付き合うつもりだったのか?」

「まさか。その時は、どっちみちさっきみたいにネタばらしをしてから、ちゃんにはらくんをお返しするつもりだったよ? まぁ、その場合はその後のキミたちの関係がギクシャクすることにはなっちゃってたかもだけど」

 おちゃらけた口調でそう言って、みずしまは「もういいでしょ?」とため息をついた。

うそだったんだってば、全部。だからはらくんも本気にしないでよ。っていうか、こんな所で私と話してていいの? せっかく愛を確かめ合えたんだから、ちゃんのそばにいてあげた方がいいんじゃ──」

「俺をここに送り出してくれたのは、そのちゃんだ」

 ようやく、みずしまがそれまでのうすら笑いをはらう。

 何を言っているのかわからない、という風にげんな顔をする彼女に向かって、今度は俺が不敵なみを向ける番だった。

「そういえば、むかし約束したっけな? その『Pホイッスル』の音が聞こえる場所に俺がいたらけつけてやる、ってさ」

 俺がみずしまの背中にかくされている左手を指差すと、今度こそ彼女はおどろきに目を丸くした。

 しかし、俺のそのセリフによって全てを察したらしい。いよいよ観念したといったていかんの表情をかべて、みずしまはゆっくりと左手ににぎりしめていたものを見せてきた。

 果たして、彼女のきやしやな手のひらのなかに収まっていたのは、いつか俺がくれてやった、「南極ちようじんペンギンナイト」のホイッスルだった。

「はぁ~あ……良くないなぁ、ちゃん。『それは言わないで』って言っておいたのに」

 この場にいないちゃんに向かって、みずしまたしなめるようにそう言った。

「でも、そっか……じゃあ、全部聞いたんだね。そうも」

「ああ。『このままじゃフェアじゃないから』って言って、全部話してくれたよ」

「ふふ、なにそれ? こいがたきに塩を送るようなことするなんて、とんだおひとしだね。『こいびとは性格が似る』って、ほんとだったんだ」

 クスクスと笑っておどけて見せて、けれど、それでもまだみずしまは、俺の顔を真正面から見ようとはしなかった。

「でも、同じだよ。結局」

「同じ?」

「たしかに、私は小学生の時からそうのことが好きだったし、勝負に勝ったらえんりよなくそうをもらうつもりだった。昔のことをかくしていたのは、同情とかれんびんとか、そういうのでそうの気を引きたくはなかったから。そもそも、そうの方はそんなこと覚えていないかもだったしね」

 けど、と。

 手のひらの中でホイッスルをコロコロと転がしながら、みずしまは言葉を続ける。

「それに、そんなことをしなくても……正直、勝てると思ってた。ちゃんが築いてきた数か月よりも、私の一か月の方が絶対に勝ってるって。今の私だけでも、十分キミにいてもらえるって……そう思ってた。だけど結局、そうが選んだのはちゃんだった。完敗だよ。これまでのちゃんのがんりと、そうがたさをめていた、私の完敗」

 いっそすがすがしいとでも言わんばかりに、みずしまは空を見上げて大きくびをした。

「一か月、私にやれるだけのことは全部やったつもり。それでけたんなら、もうしょうがないじゃない? いさぎよあきらめるよ。いつまでもしく引きずるなんて、『Sizu』のスタイルじゃないしね」

 俺に、というよりは自分に言い聞かせるようにそう言って、みずしまがパシャパシャと足元の水をねさせた。

 それからくるりと俺に背を向けて、水平線にしずみゆく太陽に目を向ける。

「だから、ほら。親友からこいびとうばろうとしたような、こんなどうしようもなく最低な女の子のことなんて、れいさっぱり忘れてさ。キミは今まで通りに──」

ちゃんはな」

 さえぎるように俺が言うと、みずしまがピタリと足を止めた。

ちゃんは、『しずちゃんを選んであげてほしい』って言ったんだ」

 はじかれたようにかえったみずしまは、おそらくは今日一番のおどろきの表情をかべていた。

「………え?」

 ぽかんと開いた口から、間のけた声がこぼちる。

 くすみずしまに、俺はついさっきちゃんから告げられたおもいのたけを話して聞かせた。

 本当は「ポッと出」なのは自分の方であること。

 この一か月に俺と過ごすみずしまの姿を見て「勝てない」とさとってしまったこと。

 愛を確かめるという名目のもとに一方的にためすようなことをしてしまった自分には、もはや俺に選んでもらう資格はないと思い知ったこと。

 だから、もし俺にほんの少しでもみずしまおもう気持ちがあるのなら、自分ではなくて「親友」のことを選んであげてほしいこと。

ちゃんは、俺に言ったんだ。『正直に応えてほしい』って。本当は裏切ってなかったんだからとか、ちゃんに申し訳ないからとか、そんなやさしさを優先して自分の気持ちをさないでほしい──そう言われてるような気がしたよ」

 当然のむくいとはいえ、これでもう俺との関係がすっぱり終わってしまうこと。

 やっと見つけた心のどころを失い、またもとの灰色でつまらない人生にもどってしまうこと。

 自分が──「選ばれない側」になってしまうこと。

「それを全てかくの上で、ちゃんは俺にそう言ったんだ。だから俺も、ちゃんのそのせんたくを尊重することにした。ちゃんのかくと、自分の正直な気持ちに従って……だから今、俺はこうしてお前の目の前に立ってんだよ!」

 みずしまのクールぶった態度にもいい加減ムカついていた俺は、だから、ぼうぜんとするやつに向かってビシリと人差し指を向けて宣言する。

「俺がお前に勝ったら、なんでも一つ言うことを聞かせられる約束だったな? その『追加ほうしゆう』の権利を、今、ここで使わせてもらうぜ」

 きよかれたようにどうもくするみずしまに、俺はきっぱりと言い放った。

「もうこれ以上、うそくのは止めにしろ。俺にも、ちゃんにも──お前自身にもな」

「あ……」

 まるで石像にでもなってしまったみたいに、みずしまどうだにせずくす。

 ひともなく静かな海辺を、ザザーン、という波の音が支配する。

 そして。

「あ、れ……?」

 ぼうぜんとした表情のまま、それでも、さながら彼女のエメラルドのひとみけ出したかのように。

 みずしまほおを、一筋のなみだが伝っていた。

(うえぇ!? あ、あのみずしまが、泣いてる!?

 笑った顔、おこった顔、悲しそうな顔、子供みたいにはしゃぐ顔。

 この一か月だけでも色んな顔を見てきたけれど。

 それでも決してなみだだけは見せなかったみずしまが初めて見せたその泣き顔に、今度は俺がきよかれる番だった。

「あ、あはは……いやだな、なんで……なんで私、こんな……」

 ただ、おどろいたのはみずしま自身も同じだったらしい。

 かわいた笑い声をあげながら、みずしまあわててゴシゴシとなみだぬぐう。

 それでも、その目元はうっすらと赤くれていた。

「……お前でも、泣いたりするんだな。ちょっとびっくりした」

「え~……ひどいなぁ。私のこと、血もなみだもないれいてつ女とか思ってたってこと?」

 ひとしきりなみだいたタイミングを見計らって俺が言うと、みずしまがおどけた口調でそう返してほほんだ。

 さっきまでの白々しいそれではなく、この一か月で何度となく目にしてきた、ごく自然なみだった。

 なんだよ。「全部うそだった」なんて、それこそやっぱりうそっぱちだったんじゃないか。

「はぁ~あ……そっかぁ。そうきたか~」

「言っとくけど、お前が言いだしたことなんだからな。まさか忘れたとは言わないよな?」

だいじよう。ちゃんと、覚えてるよ」

 事ここにおよんで、さしものみずしまもいよいよれたらしい。

「──さっきの、インスタの話だけどさ」

 張りつめた空気をかんさせ、みずしまはすこしバツが悪そうに後ろ手を組みながら口を開いた。

「『気まぐれ』なんて言ったけど……本当は、ちょっと期待してたんだ。そうなら、気付いてくれるんじゃないかなって。気付いて、ここまで来てくれるんじゃないかなって。……そんなワケないのにね? だって、私はそうに選ばれなかったんだから」

 そこでいつたん言葉を切って、みずしまは左手に持っていたホイッスルを口元にあてがう。

 ピィィィィィィィィ……──

 広いすなはまに、みずしまいた笛の音が再びひびわたった。

「でも……来てくれた。この笛をいたら、本当に来てくれた。小学校のあの遠足の日からずっと大好きで。高校生になっても、なんだかんだであのころと変わらずにやさしくてお人よしで。この一か月間、本気の本気の本気でいてもらおうとがんったけど、そのおもいが届かなくて……。だけど、もうなにもかもが終わっちゃった今このしゆんかんも……やっぱりどうしてもあきらめられなくて、忘れられなくて、この先もずっと大好きでいることをやめることなんてできない──そんな、私のヒーローが」

 めるようなみずしまの言葉を、俺はだまって聞き続けた。

「だから、もし……もし本当に、ちゃんが、そうが、私の本当の気持ちを受け入れるって言ってくれるなら……もう一度だけ、チャンスをくれないかな?」

 そこにはもう、文武両道、容姿たんれいなカリスマJKを演じるイケメン美少女の姿はない。

 あつとうてきなオーラで多くの若者をりようする、ちよう人気モデルの「Sizu」の姿はない。

 いまの俺の目の前には、どこにでもいるような、けれど世界にたった一人だけの、ごくごくつうの「こいする少女」しかいなかった。

「──ずっと、大好きでした」

 いつものゆうぶった態度も、全てをかしているかのようなひようひようとした顔も、その気になればいくらでも口にできるだろうきよげんたわごとも。

 何もかも全部をかなぐり捨てて。

「もし、こんな最低で、自分勝手で、わがままで、キミを困らせるようなことしかしてこなかった……こんなどうしようもない女の子でも、いって言ってくれるなら」

 ゆうに照らされる中でもそれとわかるくらい真っ赤にほおを染めながら、俺に向かってゆっくりと手を差し出して。

 みずしまは、自分の中に最後に残っていたらしい、かざのないシンプルな言葉を口にした。

はらそうくん──キミの、ヒロインになってもいいですか?」

 みずしまの口から告げられる、三度目の告白。

 けれど、一度目とも二度目ともちがって何のふくみもおもわくもない、じゆんすいな愛の告白。

 きっとみずしまにとっては、小学四年生から高校一年生までの六年間もの時を経てようやく初めて伝えることができたのであろう、そのおもいを受け止めて。

 俺はゆっくりと、みずしまが差し出してきた右手に向かって自分の右手を──。

────待ってぇぇっっ!!

 とつじよとしてひびわたったその声に、俺たちは思わずかえる。

「え……?」

「あ……」

 ほとんど同時に声をらした俺とみずしまの視線の先で。

 海とは反対側、すなはまの向こうに立ち並ぶ松林の間からだれかが飛び出してくる。

 遠目からでも息を切らしているのがわかるくらいにかたを上下させ、ギュッと両のこぶしにぎりしめながら。

 少女は、そこに立っていた。

「「ちゃん!?」」

 またまた俺とみずしまが同時にさけぶやいなや、ちゃんが両手をっていつしようけんめいにこちらに向かって走ってきた。

 俺と同じく典型的な文化系であることもたたってか、ちゆうで何度か砂に足を取られて、すなはまに顔面からベシャッ、とダイブしてしまう。

 しかし、その度にちゃんは顔についた砂をはらとして、必死な顔でけてきた。

「はぁ……はぁ……けほっ……」

「え、ちゃん? どうして、ここに……」

 やっとの思いで俺たちの近くまでたどり着いたちゃんに、俺はこんわく気味に声をかける。

「──噓つき、なのでっ!」

 それには答えず、ちゃんは息も絶え絶えに俺の顔を真っすぐえて言い放った。

「私……そうくんが言う通り、うそつきなので! 『しずちゃんにはかなわない』って……『しずちゃんを選んであげてほしい』って……そう言ったけど!」

 すでに真っ赤に目元を泣きらしながら、ちゃんはなおもポロポロとなみだを流す。

「今さら、そんな資格はないかもしれません。たくさんめいわくをかけて、傷付けておいて、虫のいい話なのもわかっています。それでも、私……私、やっぱり無理です! これでそうくんとお別れなんて……これから先ずっと、そうくんのいない人生を過ごしていかなきゃいけないなんて……生きて、いけない……イヤ……イヤなんでず!」

ちゃん……」

 なんとなく、わかってはいた。

 自分が選ばれなかったとしても、それで構わない──ちゃんのその言葉が、本当はせいいつぱいの強がりだったんだろうということは。

 もちろん、本気でそう思っていた部分もあると思う。俺がもし本当にみずしまを選ぶことになったら、それを甘んじて受け入れようと。

 長年おもいをつのらせていた親友のために、自分の方こそ身を引こうと。

 だからこそ、自分にうそをついてまで俺を送り出そうとしてくれたちゃんのかくに、俺も腹をくくって応えようと思ったのだ。

「……ダメ、でしょうか?」

 だけど、やっぱりそのかくつらぬとおせるほど強くはなくて。

「私……そうくんのそばにいては、ダメでしょうか?」

 だからいま、ちゃんはこうして俺のもとへと走って来たんだろう。

「もう一度──あなたの彼女になっては、ダメでしょうか!?

 俺ののうに、四か月前の冬休み明けのおくよみがえる。

『私と……付き合ってください』

 本当はこちらから言い出そうと思っていたのに、あしみをしている内に結局先をされてしまったのは情けない限りだけど。

 だからそれは、俺が人生で初めて経験した告白だった。

 そして、俺に人生初の彼女ができたしゆんかんでもあった。

 言葉も、シチュエーションも、何もかもがあの時とはちがうけれど。

 俺を真っすぐに見つめるそのしんけんひとみだけは、あの時と何一つ変わっていなかった。

(なんて言えばいい? 俺は、ちゃんに、なんて)

 みずしまに差し出しかけて中空で動きを止めた右手のように、俺の心はものの見事に宙ぶらりんになってしまっていた。

 みずしまの本音も、ちゃんの本音も……そして自分自身の本音も、俺はもういつさいがつさい知ってしまった。

 どんなせんたくを選んでも、必ずだれかを傷つけることになると知ってしまっているのだ。

 しかし悲しいかな、俺はれんあい映画の主人公でも、ラブコメ小説の主人公でもない。

 ただちょっと映画にくわしいだけの、それこそ石を投げれば当たるくらいどこにでもいる、いんキャでオタクなえない男子高校生に過ぎない。

 創作の中に登場するかっこいい男たちみたいに、こんなじようきようでなんて答えたらいいのか、どんな行動を取るのが正解なのか、なんてことはまったく見当もつかなくて。

(俺は……)

 もの言わぬのように、ただただくすことしかできなくて。

「──ダメだよ」

 だから、最初にちゃんにそう答えたのは、俺ではなくてみずしまだった。

「今さらそんなこと言ったって、もうおそいよ」

 そう言ったみずしまの表情は、彼女にしてはめずらしく険しいものだった。

おさなじみなんだから知ってるでしょ? 私、一度貰ったものはよっぽどのことがないと返さないから」

「へ? お、おい、ちょ、みずしま!?

 言うが早いか、みずしまは宙ぶらりんになっていた俺の右手をぎゅっとつかむと、そのままあさの中へと引っ張っていく。

「ま、待て待て待て!? くつ! 俺、スニーカーいたままだから!」

らしちゃえ、らしちゃえ」

「無茶言うな! グチョグチョのくつで帰りたくないぞ俺は!」

 そうこうしている内に、俺はとうとう片足を水の中にっ込んでしまった。

「つ、冷てぇ~!?

「全部れちゃえば慣れるって」

 なおもうでを引っ張ってくるみずしまのせいで、とうとうもう片方の足も水にかりそうになった、そのしゆんかん

「……ん~~~~っ!

「ふぁ!? え、ちゃん!?

 しかし、空いていた俺の左手を、今度はちゃんがギュッとにぎりしめて引っ張ってきた。

 必然、両方のうでを別々の方向から引っ張られた俺の体は、片足を水の中に、片足を砂の上に置いた格好で静止する。

 か細いうでを目いっぱい使って、非力ながらも必死に俺のうでを引っ張るちゃん。

 モチモチとやわらかそうなっぺたをプクッとふくらませ、まさにぜんしんぜんれいといった様子だ。

 そんな彼女の姿に、みずしまが「へぇ」と不敵なみをかべる。

ずいぶんと食い下がるんだね。いつも引っ込みあんちゃんのクセに」

 いつになくちようはつ的なセリフをみずしまに対して、ちゃんもちゃんでめずらしくキッとした表情だ。

 全神経を俺のうでを引っ張ることに集中させているためにしやべゆうもないみたいだが、みずしまに無言のていこうを見せている。

 こんなふんの二人は、今まで見たことがない。

そうせんたくを尊重するんじゃなかったの? だまって送り出すかくを決めたんだよね? なら今さらてつかいするなんて、それはちょっとズルいんじゃない?」

「……(フルフルフルフルフル)!」

「それでもゆずりたくないって? ふ~ん、おもしろいじゃん」

「お、おい、キミタチ!? いいからとりあえず手を放して──」

 そろそろうでの痛みも限界に達しようとしていた俺が、なんとか二人をなだめようとしたしゆんかん

「……もう……げん、かい……」

「わっ!?

「へ!?

 先にスタミナ切れを起こしたらしいちゃんがだつりよくする。

 ちゃんサイドからのひつぱり力がなくなったことで、当然、力のベクトルは一気にみずしまの方へとかたむいていき……。

 バシャァァァァン!

 あわれ、手をつないだままだった俺たち三人は、そのまま勢いよくあさの中へとたおれ込むハメになってしまった。



「キミたちね~。何があったんだかしらないけど、ダメだよ。制服着たまま海に飛び込んだりしちゃあさぁ」

 十分後。

 海っぺりで俺たちがめていた様子を見て、公園を通りがかっただれかしらが管理事務所に通報したらしい。

 けつけてきた事務員のおじさんに連れられ、びしょびしょの制服から貸してもらった職員用のツナギにえた俺たちは、おじさんからのお説教に耳を痛めていた。

「足がつくとこでも、そのままおぼれちゃう人だっているんだよ?」

「……はい」

「キミたち、学生さんだよねぇ? 通報してくれた人の話を聞く限りじゃ、なに? げんしてたんだって?」

「……はい」

「いやね、こう見えておじさんもキミぐらいの年のころは、色んな女の子にモテてね。おじさんをめぐっての言い争いなんてしょっちゅうだったから、キミの気持ちもわかるんだけどさぁ。でも、そういう時こそ男がビシッと場を収めなきゃダメよ」

「……そっすね」

 しまいにはいつの間にかおじさんの学生時代の武勇伝が始まってしまい、俺はさっきから「はい」か「そっすね」しか言えなくなっていた。

 タオルでかみかせてもらった上にツナギまで貸してもらっている手前、こちらから話を中断させるのはしのびないのがなんとも歯がゆい。

「まぁとにかく、けんもほどほどにね。今日はもう事務所も閉めないとだから、そのツナギは着て帰っちゃっていいよ。今度ここに来た時に返してくれればいいからさ」

「……すみません、助かります」

「いいの、いいの。じゃ、三人とも気を付けて帰りなさいね」

 温かい言葉で見送ってくれたおじさんにお礼を告げて、俺たちはかいひん公園のモノレール駅へと向かう。

 すでに陽も完全にしずみ、空にはうっすらと星の光が見え始めていた。

…………

…………

(き、気まずい!)

 俺をはさむようにりようわきを歩くみずしまちゃんは、さっきから一言もしやべらない。

 ピリついた空気にされて、俺もただただ押し黙るしかない。

 結局、モノレールと電車をいでさくらちよう駅に降り立つまで、その気まずいちんもくは続き。

「……じゃあ私、バスだから」

「……私は、地下鉄なので」

「お、おう……気ィ付けて、な?」

 最後に短い別れの言葉を口にする二人を、俺はおそおそる見送ることしかできなかった。