第四章 つなわたりにもほどがある


 二、三年くらいは行かなくてもいいかな、と思う程度にはシーパラをまんきつくした、その翌日の日曜日。

 昨日は散々歩き回ってつかれたし、今日はおたがい休養日にしよう……という展開にはもちろんならず、俺はやはりみずしまとのデートに付き合わされていた。

 とはいえ、さしものみずしまも完全には体力が回復しきっていないようで、今日は大人しく近場のプラザでのショッピングを提案してきた。

 まぁ、昨日あれだけはしゃいでいた上に、結局は閉園時間いっぱいまで遊び回ったからな。

 みずしま以上に体力のしようもういちじるしい俺にとってもありがたい話だし、断る理由はなかった。

「さてと。じゃあ色々見て回る前に、まずは必要な買い物を済ませちゃおうか」

 そんなわけでやって来たのは、さくらちよう駅からほど近い「ミナトミライスゴイタカイビル」、もといよこはまランドマークタワーのプラザだった。

「ほ~ん。必要な買い物って? 日用品か何かか?」

「まぁ、そんなところ。悪いんだけど、そうもちょっと付き合ってくれない?」

「別に構わないけど……荷物持ちをさせるつもりなら、あんまり大量にい込んでくれるなよ。なにせ今日の俺はいつも以上に体力が無いからな」

「ふふ、だいじようだよ。別に体力は借りるつもりないから」

「ならいいけど」

 なんだか回りくどい言い回しが少し気になったが、ひとまず俺はみずしまの後に付いていく。

 やがてたどり着いたプラザ二階の一けんのテナントの前で立ち止まると、みずしまはクルリと俺に向き直った。

「はいとうちやく~。じゃあ、さっそく入ろうか」

「へいへい。なら折角だしついでに俺も何か買って……って、アホっ!」

 グイグイとそでぐちを引っ張るみずしまの手をはらいのけて、俺は思わずベタベタなノリツッコミをしてしまう。

「わお、びっくりした。急にどうしたの、そう?」

「びっくりしたのはこっちだ! てっきり雑貨屋とかドラッグストアにでも行くのかと思ったらお前、何だよこの店は!」

 る俺に、けれどみずしまは毛ほども悪びれるりを見せずにのたまった。

「何って、ただのランジェリーショップだけど?」

 みずしまが指で示す先には、内装全体がパステルカラーなピンク色やむらさきいろにカラーリングされたオシャレなふんのショップ。

 男が足をれるような場所ではない、とひと目で分かるファンシーなオーラただよう店内には、色もデザインも様々な女性用下着がずらりと並べられていた。

「いやね。私もモデルのはしくれだし、体形管理には気を付けてるつもりなんだけど、最近またブラがキツくなってきちゃってさ。こないだサイズを測ってみたら、とうとうきゅ──」

「聞いてないから!」

 ずかしげもなく自らの胸囲をしんこくしようとするみずしまを制し、俺は深い深いため息をいた。

 というか、現時点でも高一女子としては規格外なのに、まだ成長するというのか……すえおそろしいにもほどがあるな。

「はぁ~……つまり、お前の言う『必要な買い物』ってのは下着のことだったと」

「うん」

「で、俺にその下着選びに付き合えって?」

「うん」

「なんでやねん!」

 みずしまくもりなきまなこうなずくものだから、今度はシンプルにベタツッコミが出てしまった。

 まったくかんべんしてほしい。いくら女子といつしよだとは言え、さすがにあの手の店に入れるほどの度胸パラメータはっていないんだ、俺は。

 こんな事を言ったら失礼かもだが、正直、女子こう室とか女子トイレに入れと言われているような気分だ。

「俺は入らないぞ。ここで待ってるから、行くならお前一人で行ってこいよ」

「それじゃ意味ないじゃん。どんなデザインがそうの好みなのか知りたいんだから、いつしよに選んでくれないと」

「知るか! あるわきゃねぇだろ、女物の下着の好みなんか!」

 俺が「シッ、シッ!」と手をはらうと、みずしまはわかりやすく不満そうな顔をして。

「もう、わかったよ。そこまでいやなら一人で行ってくる。でもちょっと時間かかるかもよ? 私のサイズ、いつもあんまりいい感じのデザインのやつ見つからないし」

「ならその辺の店で適当に時間つぶしてるよ。終わったらチャットでれんらくくれ」

りようかい。あ~あ、どうせ新調するならそうが選んでくれたやつが良かったんだけどなぁ」

 未練がましくボヤきながらも、結局はしぶしぶショップの中へと消えていった。

 ふぅ、やれやれ助かった。別に何の罪に問われるわけでもないんだろうけど、さすがにあれだけの女性用下着に囲まれちゃ気まず過ぎるからな。

 ほっと胸をろした俺は、さてどうやって時間をつぶそうか、と辺りを見回した。

 あいにくとランジェリーショップのある通りはブランドもののブティックやしようひん店ばかりで、やはり俺のような男子高校生はいささかちがいな感がある。

「お? あれは……」

 と、そこで。

 フロアのけをはさんだ反対側に、大きな書店チェーンがあるのを見つけた。あそこならひまつぶしにはちょうど良さそうだ。

 俺はけをかいして本屋に向かい、ブラブラともなく店内を物色する。

 そういえば、最近追いかけているまんの最新刊が、ちょうどこの前発売されてたんだっけ。折角本屋に来たことだし、ついでに買っていこうか。

 思い立ってまんコーナーへとおもむいた俺は、それから新刊の並ぶたなをチェックしようとして。

「……はらくん?」

「へ?」

 不意に背後からけられたその声におどろき、反射的にかえる。

「え……さ、さともりさん!?

 聞き覚えのあるんだ声の持ち主は、案の定、ちゃんだった。

 まさかのそうぐうに声が裏返ってしまう。そんな俺の様子にじやつかんこんわくした表情をかべながらも、ちゃんはりちにペコリと頭を下げた。

「はい。こんにちは、はらくん」

「え? あ、ああうん……こんにちは?」

 図書委員の仕事で会う時のように、あくまでも事務的な口調であいさつをしてくるちゃん。

 学校の外でも変わらない彼女の態度につられて、気付けば俺も思わず頭を下げていた。

 休日だから当然と言えば当然だが、今日のちゃんはいつもとちがって制服姿ではない。

 上はゆったりとしたタートルネックのセーターで、下はくるぶしまであるロングスカートと、せいな彼女らしい落ち着いたスタイルのファッションだ。そして首には、今日も今日とて例の首輪をつけている。

(おお……私服姿のちゃん、なんだかずいぶんと久々に見た気がするな)

 制服よりもしゆつ度は少ないけど、これはこれでまたおもむきがあって……。

(って、いやいやいや! のんかんしようしてる場合じゃないだろ、俺!)

 俺はのぼせかけてしまった頭をブルブルとった。

はらくん? どうかしましたか?」

「な、何でもない! それよりもぐうだね、こんな所で会うなんて! はは、はははは!」

 我ながら不自然だと思うくらいさわやかに笑いつつ、しかし俺は内心であせりにあせっていた。

(まずい、まずい! ちょっと待ってくれ!)

 ここでちゃんと出くわしてしまったのは、非常に由々しき事態である。

 なぜなら俺は今、ちゃんにないしよで、彼女の現こいびとということになっているみずしまとショッピングをしている最中。つまり、絶賛「うわデート中」なのだ。

 たまたま別行動をしていたことだけは不幸中の幸いだが、もし俺がみずしまいつしよにデートしていたなんてことがちゃんにバレたら……ダメだ、想像するのもおそろしい。

 ここはなんとかさとられないようにやり過ごさなければ!

「ええっと、さともりさんは買い物中? 何かしい本でもあったりするの?」

 俺は少しでもあやしまれないようにあくまで平静をよそおいつつ、ひとまずたりさわりのない世間話をぶつけてみる。

 ちゃんは気のせいかいつしゆんあわてた様子で「へっ?」とつぶやくも、すぐにまたりんとした態度にもどってコクリと小さな顔をうなずかせた。

「え、ええ、まぁ。手芸関係の本を少々」

「手芸? ああ、そうか」

 そういえば、ちゃんは高等部になってから手芸部に入ったんだっけ。

 本当は俺と同じ映研に入りたかったみたいだけど、周りの友達から「あんな変人のそうくつにわざわざ行くことはない」と必死に止められたらしい(ひどい)。

 だから映画の次に興味があった手芸をやってみることにしたんだそうだ。

『いつか、そうくんにマフラーでも作ってあげられるようにがんりますね』

 なんてうれしいことを言ってくれたこともあったっけ。まぁ、今となってはそれももはやかなわぬ夢になってしまったワケだけれども。

 くそぅ……ちゃんの手編みマフラー、欲しかったなぁ!

 きっとどんな高級素材で作ったマフラーよりもあったかかったんだろうなぁ!

はらくんは、今日はお一人でお買い物ですか?」

 しみじみとあのころの思い出にひたっていたところで、ちゃんがどこかいぶかしげにたずねてくる。

「へ? ま、まぁそんなところかな、うん! ちょっと本をね、探してて!」

「なるほど…………じゃあ、今日はいつしよじゃないのかな」

 俺がうなずくと、ちゃんは小さな声で何事かをつぶやいた。

「ん? ごめん、なんて?」

「いえ、何も。それで、探している本というのは見つかりましたか?」

「あ、ああ~、それなんだけどさ。どうやらこの店には置いてないみたいで。ぼちぼち別の本屋に行ってみようと思ってたところなんだ」

「別の本屋さん、ですか?」

「うんうん。それにほら、さともりさんの買い物をじやするのも悪いしさ。ってわけで、この辺で退散させてもらうとするよ」

 言うが早いか、俺は「それじゃ!」と片手をあげて回れ右。そのまま書店の入り口に向かって歩き始めた。

 ちょっとごういんだったかもしれないが、この際細かいことは言っていられない。

 今はとにかくこの場をはなれてみずしまと合流し、一刻も早くこの建物からだつしゆつしなければ。

 立ち読みをしている客の合間を足早にって、やがて入り口へとたどり着き。

「──あ、あの、はらくんっ」

 しかし、書店を後にしようとした俺の足は、そこでピタリと止まる。

 名前を呼ばれてかえってみれば、そこには俺の背中を追いかけてきたらしいちゃんの姿があった。

「あの……もしよければ少しだけ、私の買い物に付き合ってもらえませんか?」

 ………………ファ?



「……図書室に新しくまんを置く?」

「はい。実は、手芸関係の本を探すのはついででして」

 その後、再び書店のまんコーナーまでもどってきた俺は、ちゃんの言う「買い物」について説明された。

 今のみなとの図書室にはいくつかまん本も蔵書されているが、それらはどれもいわゆる「学習まん」に分類されるものや、俺たちが生まれる前に書かれていたような古典的なものばかりだ。

「ただ、そうした本はなんというか……生徒のみなさんはあまり興味がないみたいで。以前から司書きようなかやま先生のもとに、『もっと最近のものやエンタメ性のあるものも置いてほしい』という声が届いていたそうなんです」

 そこで、このほどなかやま先生が図書委員の各メンバーに「新しく蔵書するまん」のアイデアをつのる、という運びになったのだそうだ。

「じゃあ、さともりさんもそのまん選びをするために本屋に?」

「はい。ただ、私は正直あまりまんくわしくなくて……だから、できればはらくんの意見も参考にさせていただければ、と」

 なるほど。それでさっきの「付き合ってほしい」発言につながってくるわけか。

 せっかくの休みの日にまで委員会の活動をするなんて、相変わらずなんて真面目な子なんだ。

「……あれ? でも、俺はなかやま先生からそんな話は聞いてなかった気がするけど……そのアイデアしゆうって、いつの話?」

 図書委員の各メンバーへのしゆうということなら、俺の所にもその話が来るはずなんだが……。

 まさか俺、ハブられてる? それとも存在を忘れられている?

「そ、それは、えっと……」

 ふとかんだ疑問を投げかけると、たんに歯切れが悪くなるちゃん。

 あっちこっちに視線を泳がせるその様は、どう言い訳をすればいいか必死に考えているようにも見えた。

 おっとぉ? もしかしてだけど、俺ってマジで仲間外れだった感じ?

 俺以外のメンバーで構成された図書委員のチャットグループとかある感じ?

 いやまぁ、それならそれでも別に大して気にしないけども。

 俺がはぐれ者気質なのは今に始まったことじゃないし。

「えっと……そ、そう! なかやま先生からお話があった際に、私からはらくんにも伝達するように言われまして。ほら、私たち、おなじシフト同士ですし」

 どこかつくろうような口調で、ちゃんはそう説明した。

 う~ん、気をつかわれてるなぁ……でもまぁ、せっかくこうしてフォローしてくれてるんだし、ここはそういうことにしておいた方が良さそうだな。

「とにかく、そういうわけでご協力いただけないかと。もちろん、貴重な休日かと思いますので、はらくんのごめいわくにならなければ、ですが」

「そ、そうだなぁ」

 本音を言えば今すぐこの場をはなれたいところなんだけど……。

「ダメ、でしょうか?」

 うっ! こ、こんな捨てられた子犬のような目をされては、すごく断りづらい!

 俺はポケットからスマホを取り出し、チラリと待ち受け画面をのぞき見る。

 みずしまからのれんらくは……まだ無いみたいだな。

「……わかった。そういうことなら、俺もアイデア探しに付き合うよ」

 しばしのしゆんじゆんの末に、俺はしゆこうした。

 まぁ、みずしまも「時間がかかる」って言ってたし……ちょっとくらいなら、だいじようだよな?

「本当ですか?」

「もちろん。それに、図書委員の仕事って言うなら、俺もメンバーとして手伝わないわけにはいかないしね」

「ありがとうございます、はらくん。助かります」

 相変わらず事務的ながらも、ちゃんが心なしか声をはずませる。

 そうして話もまとまったところで、俺たちは改めてまんコーナーをぐるりとめぐってみた。

「ちなみにだけど、さともりさんはもう何かアイデアとかあったりする?」

「そうですね。まんとはいえ、あくまでも学校内に置くものですから。あまりにもらくに特化したものや、過激なものは難しいかもしれません」

「となると、やっぱり少年まんとか異世界系コミックとかは除外かな」

「なるほど……はらくんは、だんそういったまんを読んだりはするんですか?」

「まぁ、人並みにはね」

 二人並んで歩きながら、顔をわせてあーでもないこーでもない、と言葉をわす。

 考えてみれば、委員会活動のいつかんという名目はあるものの、こうして休日にちゃんと過ごす時間というのはずいぶんなつかしい感じがする。

 まるで「あのころ」にもどったみたいだな……なんて、そんな仕方のないことを考えてしまう自分に、思わずしようした。

はらくん?」

「ごめん、何でもないよ。それより、学校に置いてあっても不適切じゃなくて、かつ多少のエンタメ性もあるものとなると……この辺りなんかどうかな?」

 俺が指差したのは、実際の歴史や文化、民族などをベースにしたタイプのまんたちだった。

「例えば、これは中世のヴァイキングたちをテーマにした戦記モノで、こっちは平安京をたいにしたかいサスペンス。ストーリーとか設定こそくうだろうけど、どっちも当時の時代背景のびようしやがリアルだったり、実在の人物がキャラクターとして登場したりして、結構勉強になったりするんだよ」

「なるほど。それならたしかに、学校の図書室にあっても不自然ではありませんし、読み物としても楽しめそうですね」

 目からうろこ、といった風にうなずいたちゃんは、俺に習うようにしてほんだなに目を走らせる。

 並べられた本の背表紙をなぞるように指をスライドさせ、やがて一冊を手に取った。

「あ、これはどうですか? だいえいていこく時代のメイドが主人公のれんあいロマンス、だそうですよ」

「いいかもね。当時の上流階級の生活様式なんかも、主人公がメイドならリアルなびようしやが……」

 そこまで言いかけてふと、俺は数日前に目にしたちゃんのメイド姿を思い出し、思わず口をつぐんでしまう。

 気まずさからとうとつに目をせた俺を見て、最初はキョトンとしていたちゃんも、やがてその理由を察したらしい。にわかにほおしゆいろに染めて、勢いよく俺から顔をそむけてしまった。

「あ~、その……メイドものは、止めとこうか。いや、特に理由はないけどね!?

「そ、そうですねっ。私も別にメイドさんに何か思うところなど全く、全然、これっぽっちもありませんが……ひとまず、これは保留ということで」

 あの時の犬耳マスクメイドさんはあくまでも「エレナさん」であって、さともりとは何のえんも関わりもない人物である。

 ずかしそうに口元に手を当てるちゃんの横顔は、言外にそう主張していた。

 う~ん……やっぱりあの時のちゃん、自分でもやってて相当ずかしかったんだろうなぁ。これ以上ほじくり返すのはこくってもんだろう。

(それにしても……じゃあ、なんでちゃんはメイドなんかに……)

 ブブッ、ブブッ──。

 不意にズボンのポケットがしんどうし、思考の海にしずみかけていた俺の意識がもどされる。

 あわててポケットからスマホを取り出せば、みずしまからの着信画面が表示されていた。

(やばっ!? そういや、いつの間にか結構な時間っちまってるな……)

 きっと買い物が終わったというれんらくだろう。

 あまりみずしまを待たせるわけにもいかないし、流石さすがにそろそろ潮時か。

はらくん? どうかしましたか?」

「へっ? いや、えっと……」

 ああでも、こっちの本選びはまだ終わっていないし、付き合うと言った手前こんなちゆうはんな状態で投げ出すわけにも……!

 ふるえ続けるスマホと、不思議そうな顔で俺を見上げるちゃんとをこうに見て。

(や、やむを得ん!)

 後から考えてみれば、我ながら何を血迷ったのか、と思わないでもないが。

「ごめん、さともりさん! ちょっとおなか痛くなってきたから、トイレ行ってくる!」

 気付けば俺はちゃんにそう口走っていた。

「え? さ、はらくん?」

「すぐもどるから! だからさともりさんはここで待ってて! 絶対にここから動かないでね!」

「は、はぁ……」

 うなずきながらもげんそうに首をかしげるちゃん。そんな彼女をしりに書店を後にして。

(くそっ……こんなことなら、多少無理してでも遠出のデートを提案するんだったぜ!)

 神様のいたずらおのれの不幸をのろいながら、俺は大急ぎでみずしまの元へとひた走った。



「お~そ~い~」

 息せき切ってランジェリーショップまでもどってきた俺への、みずしまの第一声である。

わいい彼女を待ちぼうけさせて、そうは一体どこまで行ってたのかなぁ?」

「わ、悪い……ハァ、ハァ……ちょっと、トイレに寄ってて」

 かみぶくろを片手にうでみをしておうちしていたみずしまに、俺は呼吸を整えながら弁明する。

 ジトッとした目でそれを聞いていたみずしまは、けれど次にはフッと口元をゆるめて破顔した。

「ふふ、なんてね。じようだんじようだん。待っててくれてありがとう。おかげでゆっくり選べたよ」

「そ、そっか。そいつは良かった」

「ちなみに今買ったのはこんな感じのやつで~」

「それは見せんでいい!」

「あはは、じようだんだってば」

 そうしてひとくさり俺を揶揄からかったところで、みずしまはおもむろにうでを組んできた。

「じゃあ、買うものも買ったことだし、あとは色々見て回ろっか」

「お、おう」

そうはどこか行きたいお店とか、ある?」

「へ? う~ん、そうだな……」

 なんて、考えるりを見せるものの。今の俺は、ぶっちゃけ買い物どころではなかった。

(とりあえずもどってきたはいいけど……さて、どうしたもんか)

 俺とみずしまがデートしている場面をちゃんに見られるわけにはいかないが、かといって俺がみずしまの知らぬ間にちゃんと会っていたことがバレるのもまた問題だ。

江奈ちゃん他の女のことなんて考えないで』

 昨日の水族館でみずしまが放ったセリフがのうを過る。

 どういう心境の変化かはわからないが、最近のみずしまはなんというか、なんだかみようちゃんをけいかいしているように感じた。

「勝負」が始まった当初はちゃんの話題が上がっても軽く受け流す程度だったけど、今のこいつは俺が彼女のことを考えたりするだけでも、あからさまにげんになるんだ。

 それが例えば、ただしつ心やどくせん欲といった感情からのものであればまだ話はわかるけど……なんとなく、どうもそれだけではないような感じもする。

 いわんや、俺がデート中にちゃんと「密会」していたなんて知れたら、こいつにまた何をクドクド言われることやら。

 ただぐうぜん出くわしただけとはいえ、だから、知られないにしたことはないだろう。

(一番いいのは、さっさとここを出て別のプラザなりに行くことなんだろうけど)

 とはいえ、ちゃんに「すぐもどるから待ってて」と言ってしまった手前、そのままバックレというのはあまりにも後味が悪い。

 別のせつに移動してしまえばもどってくるのは難しいし、今ランドマークタワーをはなれるわけにはいかないよな。となると……。

「……そういえば俺、いくつかぶんぼうを切らしててさ。たしか上の階に文具店があったと思うから、ちょっと付き合ってくれないか?」

ぶんぼう? うん、全然いいよ。じゃあ行こっか」

 二つ返事でりようしようするみずしまに、俺は内心で「ヨシ」と指を鳴らした。

 俺たちが今いるのはプラザ二階の南エリア。ちゃんがいる本屋もこのエリアにある。

 そして、文具店があるのは五階の北エリアだ。階層もエリアもちがうし、ちゃんにも本屋から移動しないように言ってある。まずはち合わせることはないだろう。

 ランドマークタワーの外には出ず、かつみずしまちゃんがそうぐうしないようにゆうどうし、その上で両方との買い物をカバーできるように立ち回る。

 かなりつなわたりにはなるが……このじようきようをうまくやり過ごすには、もうこれしかない!

ぶんぼう屋さんかぁ。私も何か買い足しておこうかな。あ、そうだ。せっかくだし、そうが何か私に選んでプレゼントしてよ」

 エスカレーターで上階へと向かう道すがら、みずしまけにそんなことを言う。

「プレゼントって、文具をか?」

「そうそう。さっきはそうに下着を選んでもらえなかったし、その代わりってことで」

 落差がひどいな、おい。

ぶんぼうなんて、わざわざ人からもらうようなもんでもないだろ。自分で買えよ、そんくらい」

「え~、いいじゃん。そうの試験勉強だって見てあげてるんだから、これくらいのお返しがあったってバチはあたらないと思うけどなぁ」

「うっ! そ、それを言われると断りづらいんだが……ちなみに何がしいんだ?」

「う~ん……万年筆とか? ペン先が金のやつ」

「高っけぇぇわ! 自分で買えよ、そんなもん!」

 そうこうしている内に、やがて俺たちは目的の文具店へとたどり着いた。

(さて、ひとまずみずしまをあの本屋から遠ざけることには成功したが……あとは、どうやって自然にこの場を一時だつするかだな)

 これ以上待たせるとあやしまれるかもしれないし、そろそろ一度ちゃんの所にもどらないといけないだろう。何かうまい言い訳を考えなければ。

 まったく……俺はどっちかと言えば人の演技をさつえいする側の人間であって、自分が演技をするのはそこまで得意じゃないんだけどな。

(うん、そうだな。これでいこう)

 そうして頭の中で算段を立てたところで、一足先に店内へと足をれていたみずしまがくるりと俺に向き直る。

「それで、そうが切らしてる文具って? 教えてくれれば、私も探すの手伝うよ」

「おう、サンキュー。ならまずは……」

 と、そこまで言いかけて、俺はあえて言葉を切る。

 次にはあからさまにしようそうした表情をかべ、おもむろにポケットをまさぐり始めて見せた。

そう? 急に難しい顔してどうしたの?」

「……俺、さい置きっぱなしにしちゃった、かも」

 だんから息をするようにうそ、ハッタリをかましているみずしまのことだ。こっちが下手な演技をすれば、きっとすぐに看破されてしまうにちがいない。

 そう考えた俺は、過去に本当にさいくした時の出来事を思い出しながら、精々深刻な表情と声を作ってみずしまに向き直った。

 そう。あれは忘れもしない、中学二年の冬のことだ。家族旅行でおとずれた群馬県はくさの温泉街を散策していたら、いつの間にかしりポケットに入れていた長さいが消えていたのである。

 当時は雪も降っていたし、道に落としたさいなんてすぐさまもれてしまってまず見つからないのがつうだろう。あの時はさすがに「終わった」と思った。

 まぁ、幸いにも心やさしい人が俺のさいを拾って交番に届けてくれていたらしく、なんとか事なきを得たけれども。以来、俺は絶対に長さいは使わないと心に決めたのだ。

 かんきゆうだい

「え、さいを? ど、どこに?」

 実体験をもとにした俺のあわてっぷりは奏功し、どうやらそれなりのリアリティを演出できたらしい。みずしまもにわかにどうようするりを見せていた。

「多分、さっき行った二階のトイレだ」

「あちゃ~。なら早く取りにもどらないと」

「ああ。ごめん、俺ちょっと行ってくる」

「じゃあ私もいつしよに……」

「いや、だいじよう! すぐもどるから、みずしまはここで待っててくれ!」

 後に続こうとしたみずしまにそうふくめて、俺はそそくさと文具店を後にする。

 一度五階の北エリアから南エリアへと移動し、エスカレーターを一気に下って二階へ。

 フロアのざつとうを速足でけて、ほどなく先ほどまでいた書店までもどってきた。

「あ……お帰りなさい、はらくん」

 店の中に入ると、りちというか何というか、ちゃんはさっきまで俺といつしよながめていたほんだなの前からどうだにしていなかった。

 いや、たしかに「ここから動かないで」とは言ったけれども。まさか本当にその言葉通り待っているとは。

 首元にチラリとのぞく例の首輪も相まって、その姿はさながら主人の帰りを待っていた忠犬のごとしだ。さしずめ「ハチ公」ならぬ「エナ公」といったところか……ちがうか。ちがうね、うん。

「た、ただいま。待たせちゃってごめん」

「いえ、私はだいじようです。でも、ずいぶんと時間がかかっていたようですけれど」

「それが、二階の男子トイレがどこもかしこも混んでて。りのトイレなんてもうちようの列でさ。あちこち走り回ってたんだよ。いやぁ、参った参った!」

 りを交えての俺の適当な口八丁を、それでもちゃんは「そうでしたか」と言って信じてくれたようだった。

 う~ん、なお。俺が言うのもなんだが、ちょっと心配になるレベルだ。

 将来悪い男に引っかからないといいけど……いや、もう悪い女には引っかかっているが。

まん選び、再開しましょうか」

「あ、ああうん。そうだね」

 と、うなずいてみたはいいものの。

 結局すぐにまたここをはなれて、みずしまの元にもどらないといけないんだよなぁ。

 今度はどんな理由でしたものか。

(……結局、今日もハードな一日になりそうだな)



そうだいじよう? なんかつかれた顔してるけど……もしかして具合悪い?」

「だ、だいじようだ、問題ない。ちょっと歩きつかれただけだから」

 そうして、何度かみずしまちゃんの元を往復したころには、さすがに俺もすっかり気力と体力をしようもうしてしまっていた。

「そう? なら、いいんだけど」

 当然だが、みずしまはいつまでも同じエリアに留まってはいない。色々な店を見るためにあちこちの階に移動する。

 なので、みずしまに見つからないように、俺はその度にちゃんを別のフロアへとゆうどうしなければいけなかった。

 プラザには二階の店の他にも何てんか本屋があるので、別の階にゆうどうすること自体はそこまで難しくなかったのは幸いだったが。それでもこう何度も階段やエスカレーターを上り下りすれば、そりゃあつかれた顔のひとつもかぶってもんである。

(そろそろすための言い訳もネタ切れになってきたし……マズいな)

 四階西エリアのブティック内。目の前で服選びにいそしんでいるみずしまを見やりながら、俺はあせを流していた。

「うん。こっちの色の方がいかな、やっぱり。じゃあ、これとこれ合わせてみるから、ちょっと待っててくれる?」

「お、おう。行ってこい」

 俺がうなずくと、みずしまはウキウキした顔をしながら、店内に一つきりの試着室へと入っていった。

 カーテンによってみずしまの姿が見えなくなったところで、深いため息をく。

(この様子じゃ、こっちの買い物はまだまだ終わりそうにないなぁ……)

 となると、やっぱりちゃんとのまん選びを早々に終えて、彼女の方を先にランドマークタワーからだつさせるのが得策か。もうせつ内の本屋もあらかためぐり終えてしまったことだし、ちゃんとのターンは次で最後に……。

(……んんっ!?

 なんて考えながら何気なくブティックの入り口に視線を向けたところで、俺は思わず目を見開いた。

 それもそのはずだ。だって、店の前の大通りに、なぜかちゃんがいたんだから。

(なぜここに!?

 ちゃんとはさっきまで一階北エリアの本屋にいた。そこで俺は、「四階の本屋で買い忘れた本があるから」と言ってして来ていたのだが。

(しまった、さすがに待たせ過ぎたか? しびれを切らして、俺を探しに来たのかも!)

 向こうはまだこっちに気付いていないみたいだが、俺たちが今いるブティックはそこまで大きな店じゃない。店前の通りからでも店内全体を十分にわたせてしまうだろう。

 俺はちゃんの視界に入らないように、ひとまず近くにあったマネキンのかげかくれて様子をうかがう。どうにかこのままやり過ごせればいいが……。

「……(スンスン)」

 ブティックの前を通り過ぎようとしたちゃんは、けれどしきりに鼻をヒクつかせると。

(な、なにぃ!?

 なんと、次にはおもむろにブティックの店内に入ってきた。

(な、なんでだ!? 姿は見られてないハズなのに……はっ!)

 そういえばちゃん、前に俺が体育倉庫のばこかくれた時も、「そうくんのにおいがした気がした」とか言ってたような……。

 まさかちゃんには、俺のにおいを感知できるほどのきゆうかくがあるとでもいうのか?

(ど、どうする!?

 俺は必死に頭を回転させながらキョロキョロと店内をわたして。

 やがて、つい先ほどみずしまが入っていった試着室が目に入った。

(他にかくれられそうな場所はあそこぐらいしか……いやっ、でもさすがにそれは……!)

 などとかつとうしている内にも、ちゃんはどんどん俺のひそんでいるマネキンの近くまで歩いてくる。迷っている時間は、もうなさそうだ。

(……ええい、ままよ!)

 とうとうかくを決めて、俺は試着室のカーテンに手をかけて中へとった。たんに、甘いきんもくせいの香りが鼻をくすぐってくる。

「へ……?」

 当然と言うべきか、試着室の中には今まさにえの真っ最中のみずしまがいた。

 いきなり押し入って来た俺をぜんとした表情でむかえると、さすがにしゆうしんが勝ったのか、みずしまはいつものように俺を揶揄からかう余裕もなさそうにろうばいする。

「うえぇ!? そ、そう!? な、なん、なんで急に……!?

 顔を赤くしながらめずらしいくらいにあわてふためくみずしま

 そんな彼女の口を右手でばやふさいで、俺はかべぎわまで押し込んだ。

「んむ!?

 試着室の中は、人間二人が入るにはややぜまな広さしかない。

 なので、俺は必然的に左手でかべドンをしながら、え中のみずしまを右手で押さえつけるような格好になってしまう。

(……はたから見たら今の俺、完全に変態犯罪者だよなぁ)

 顔見知りとはいえ、え中という無防備な状態でいきなり乱入してきた男に身動きをふうじられてしまったんだ。

 ちゃんをやり過ごすためとはいえ、みずしまにはちょっとこわい思いをさせてしまったかもしれない。あとでちゃんと謝らないとな。

「悪い、みずしま。文句なら後でいくらでも聞くから……今は、少し静かにしててくれ」

 いちまつの罪悪感を覚えながらも、外に声がれないように、俺はささやごえみずしまふくめる。

…………(コク、コク)」

 しかし、一方のみずしまおどろきに目を丸くしてはいるものの、特におびえるようなりは見せずに、なおうなずき返してくる。

 それどころか、なぜかで熱にかされている時のようなトロンとしたひとみで、じっと俺の顔を見上げていた。

 そうして五、六分ほども固まっていただろうか。やがて試着室の外からちゃんの気配が消えたころを見計らい、俺はカーテンのすきから店内を見回した。

「……行ったみたいだな」

 どうにか危機は去ったらしい。俺はあんのため息をついて、みずしまこうそくを解いてやった。

「あ……えっと、よくわかんないけど、もうしやべってもだいじよう?」

「ああ。悪かったなみずしまとつぜんこんな、こ、と……」

 試着室内をかえった俺は、そこでようやく、みずしまが下着にシャツ一枚を羽織っただけというあられもない格好をしていたことに気が付いた。

「うおわっ!?

 俺はあわてて試着室を飛び出し、カーテンを閉めてくるりと背を向ける。

「わ、悪い! 見るつもりはっ……!

「あはは。べつに、そこまで必死に謝らなくてもだいじようだよ」

「け、けど」

「たしかにちょっとびっくりしたけど、それだけ。前にも言ったでしょ? 『そうに見られてずかしいことなんて一つもない』って」

 いや、さすがに一つ二つくらいはあってくれ……俺が言うのもなんだけど。

「それに、そうが理由もなくこんなことする人じゃないって知ってるからね。それで? 何かあったの?」

「あ、ああ、そうだな……」

 みずしまの質問に、俺はしばし考えてから答える。

「実はさっき、店の中にみなとの知り合いが入ってきて」

 うそは言ってない。「元カノ」だって知り合いは知り合いだしな。

みなと生の知り合い? それって、そうの友達?」

「そうそう、友達! 山口っていうんだけど、小学生のころからの付き合いでさ」

 こっちは思いっきりうそである。悪いな山口、もといぐち。せいぜいたてにさせてもらうぜ。

「他のやつらならまだしも、あいつ、俺が休日にこんなショッピングモールに来るようなやつじゃないって知ってるからな。見つかったら絶対あやしまれちまう」

「なるほど。それであわてて試着室に身をかくした、と」

「ああ」

 みずしまの言葉にうなずいて、それから俺は努めて自然体をよそおいながら言葉を続ける。

「でもあいつ、もしかしたらまだ近くにいるかもな。いま店を出たらはち合わせるかもだし、ちょっとその辺を見回ってくるよ。すぐもどってくるから、みずしまはそのままここにいてくれ」

「え? う、うん。わかった……そうも見つからないように気を付けてね」

 じやつかんいぶかしげではあるものの、みずしまとしてもみなと生と出くわすのはけたいようで、なおに俺のだつを認めてくれた。

 よし。これで後はちゃんを追いかけて合流し、そのままあっちの買い物を終わらせてランドマークタワーから送り出せば任務達成ミツシヨンアコンプリツシユドだ!


※ ※ ※


「すみません、はらくん。せっかくの休日なのに付き合っていただいて……でも、おかげで色々と参考になりました。ありがとうございます」

「いやいや。俺は特に何もしてないから。それに図書委員としての仕事なんだから、手伝うのは当たり前だしね。気にしないでよ」

 フロアの二階からプラザ北の正面口を見下ろすと、そうちゃんがそんな会話をしているのが見えた。

(なるほどねぇ……そうってば、それでちょくちょくしてたのか)

 なんとなく、おかしいなとは思っていた。

 いつもは表情やこわいろからすぐにボロが出て分かりやすいのに、今日のそうは彼にしては演技が自然過ぎたのだ。

 だから、本当にトイレや忘れ物を取りに行くためにいなくなっていたんだとばかり思っていた。ついさっきまでは。

(調べた限りだと、そうの小学校からの友達の名前は『山口』じゃなくて『ぐち』だったはず。必死にかくそうとするあまり、最後に余計なうそをついちゃったかな?)

 めが甘いなぁ、とつぶやきつつ、視線をそうからちゃんの方へと向けてみる。

 あくまでも事務的な態度をくずさないけど……同類だからわかる。あれは、必死に自分の気持ちを押し留めている顔だ。

 あの様子じゃ、多分ここに居合わせたのは本当にぐうぜんっぽいけど……。

「う~ん……良くないなぁ」