時は少し遡り、五月の中旬。
毎年恒例の「新入生歓迎スポーツ大会」から二日後の水曜日のこと。
放課後に例によって下校ルートで待ち構えていた水嶋と一緒に、俺は桜木町駅近くのファミレスへと足を運んでいた。
「じゃあ、次の部分ね。ここの『He head for Yokohama station.』は分かるでしょ?」
「……『彼は横浜駅の頭です』?」
「ええっと……たぶん横浜駅にそんな暴走族の親玉みたいな人はいないんじゃないかな?」
店の奥にある窓際ボックス席。ひとまずドリンクバーと適当なサイドメニューを注文した俺たちは、テーブルに広げた教材やらノートやらに目とペンを走らせる。
今日の放課後デートはズバリ、五月末に行われる中間テストに向けた勉強会というわけだ。
「ここの『head』は『head for』で『~に向かう』っていう意味。だから正解は、『彼は横浜駅に向かう』だね。熟語を覚えていれば簡単だよ」
「その覚えるべき熟語や単語が多すぎるんだよな、英語ってのは」
まぁ、勉強会とは名ばかりで、実際は水嶋を先生にした個別授業の様相を呈しているのだが。
「だいたい、テストまでまだ二週間あるんだぞ? いま覚えても当日には忘れてるよ、俺は」
「ええ~。じゃあ、いつ試験勉強するつもりなのさ?」
「はっ、知れたこと。一夜漬けだ。これまでもそれでなんとか赤点は回避してきた」
「むしろそれでなんとかなってたのが不思議だよ……」
水嶋が呆れ半分、感心半分といった風に苦笑する。
俺に言わせてもらえれば、モデル活動をこなしながら特進クラスの学力レベルについていけている水嶋の方が、よっぽど不思議に思えるけどな。
「でもまぁ、早めに対策しておくに越したことはないでしょ、やっぱり。それに土日はデートをするんだから勉強できる時間も少ないし、平日にちょっとずつでも進めとこうよ」
「あ、そう……土日は試験勉強よりデート優先なのね」
ため息を吐きつつ、俺は先ほど口にした二週間という言葉を頭の中で反芻する。
(あと二週間、か……)
それはもちろん、目下の憂鬱の種である中間テストまでのタイムリミットでもあるが。
同時に、俺と水嶋との「勝負」、その決着がつく日までのタイムリミットでもある。
『一か月だけ、私と「お試し」で付き合ってよ──』
そんな提案から始まった恋人生活(仮)も、気付けばすでに折り返しだ。
この二週間はあまりにも色々なことがありすぎて、俺としてはすでに一か月なんかとうに経っているくらいの感覚だった。
(服選んだり、食べ歩きしたり、一緒にモデルの撮影なんかもして……他にもまぁ色々やらされたよなぁ)
テスト勉強が億劫なのもあって、俺は窓の外の並木道を眺めながら、しみじみと水嶋との日々を思い返す。
(こいつと過ごす放課後にも、なんだかすっかり慣れちまったなぁ)
ため息交じりにテーブルの対面に目を戻すと、ちょうど水嶋が手元のメロンソーダのストローに口をつけるところだった。
「んっ……」
軽く髪をかき上げながら形の良い唇をすぼめるその姿に、思わずドキリとする。
次の瞬間、俺の脳裏にフラッシュバックしたのは、数日前の「恩返しデート」の一幕だった。
(キス……したんだよな、俺。こいつと)
夕暮れのオレンジに染まる観覧車のゴンドラ。
それに負けないくらいに頰を赤く染めた水嶋が、ほとんど不意打ちのように俺の唇を奪ったあの瞬間は、今もはっきりと脳に焼き付いてしまっている。
(って、やめやめ! なに考えてるんだ!)
頭に浮かんだ邪念を霧散させるべく、俺は眉間を指で揉みほぐした。
「ん? どうしたの颯太?」
「……なんでもない。勉強のし過ぎでちょっと頭痛が、な」
「いやいや、まだ『し過ぎ』ってほどしてなくない? 普段どんだけ勉強してないのさ。困るなぁ、もっと頑張ってもらわないと」
「ほっとけ。というか、俺の成績が悪くてもべつにお前が困ることなんか何もないだろ」
俺が吐き捨てると、水嶋はあからさまに呆れたような目を向けてきやがる。
何をたわけたことを、とでも言いたげだ。
「いやいや、あるよ。だって、颯太には私と同じ大学に通ってもらわなくちゃいけないんだから。このままの成績じゃ、確実に颯太だけ不合格になっちゃうもん」
「おい待て。なんで俺がお前と同じ志望校を目指していることになってるんだ?」
「なんでって、そりゃあ一緒にキャンパスライフを送りたいからに決まってるじゃない? 恋人同士なんだからさ」
「決まってない。勝手に俺の進路を決めるんじゃあない」
こちとらお前みたいな優等生と違って、意識低い系の不真面目高校生ですよ。
志望校どころか、まだ大学受験の「だ」の字すら頭の片隅にもありませんでしたよ、ええ。
それに、その発言は随分とまぁ余裕を見せつけてくれるじゃないの。
だってこいつは、少なくとも大学生になるまで俺と恋人同士でいられると、当然のように思っているってことなんだから。
「決まってるよ。颯太は私と同じ大学に行きます。それで、学科も同じで、受ける講義も全部同じ。お昼ご飯も毎日一緒に食べて、サークル活動なんかも一緒にして。そして夜になったら同じ部屋に帰って、同じベッドで寝るのです」
おい、その颯太くんお前と同棲までしてない?
なんだその典型的なバカップルのキャンパスライフは。
「はぁ……妄想するのは勝手だけどな、水嶋。お前は一つ大事なことを忘れている」
「え? 何のこと?」
「そのイチャイチャ大学生活が実現するのは、その時まで俺たちが恋人同士であればの話だ。でも、そうはならない。だって俺たちは、この『勝負』が終わったらんむっ!?」
言いかけた俺の言葉を遮るように、水嶋が俺の唇に人差し指を押し当てて口をふさぐ。
次にはふふん、と得意気な笑みを浮かべて言い放った。
「言ったでしょ? 私は絶対に颯太を攻略してみせる、って。だから──確定事項だよ、その未来はね」
水嶋のエメラルドの瞳には、ただ一点の曇りもなかった。
まるで、それが世界の真理なのだとでも言わんばかりに。
「……よくもまぁ、そこまで言い切れるもんだよな。ある意味感心するよ、おまえのその自信家ぶりにはさ」
「狙った獲物は逃がさない性分だからね、私」
言いつつ、水嶋は俺の注文したフライドポテトの山からヒョイッ、と一本を摘まみ上げる。
「例えばほら、こんな風に」
「あっ! お前それ、俺がとっといた一番長いヤツ!」
「隙だらけだねぇ、相変わらず。そうやって油断してるから奪われちゃうんだよ?」
なす術なく搔っ攫われたフライドポテトは、そのまま水嶋の口の中へと消えていった。
「ん、美味しい」
「くっ! こいつマジで……!」
食い物の恨みは恐ろしいことを知らんのか? 今夜はせいぜい背中に気を付けることだな!
心中で呪詛の言葉を並べつつ、俺は腹立ち紛れにグラスのコーラを飲みほした。
「……ん? おや、佐久原くんじゃあないか!」
「あれ~、ほんとだ~」
と、そこで不意に名前を呼ばれ、俺は声のした方へと振り返る。
果たして、視線の先に立っていたのは。
「やぁやぁ! こんな所で会うとは奇遇だねぇ!」
「やっほ~、佐久原くん~」
俺の所属する映画研究部の二年生、宮沢真琴部長と菊地原海先輩だった。
「いや~、まさか佐久原君があの『Sizu』と親交があったとはねぇ。こんな形で学園きっての有名人と知り合えるなんて光栄だよ!」
「こちらこそ、颯太の先輩方とお知り合いになれて嬉しいです。よろしくお願いします、宮沢先輩、菊地原先輩」
「おっと、これはご丁寧にどうも! こちらこそひとつよろしく、水嶋君!」
「海でいいよ~。よろしくね~、静乃ちゃん」
まったくもって計算外だった。
俺たちのいるファミレスは桜木町駅からそう離れていないとはいえ、あまり人通りのない並木道に面した店舗である。
勉強会の場所をここにしたのも、他の帆港生と遭遇する可能性が低いだろう、と考えてのことだ。なにしろ、俺と水嶋の「関係」を学校の奴らに知られるわけにはいかないからな。
それなのに、まさか部長と菊地原先輩に出くわしてしまうだなんて。
「まったく、水臭いじゃないか佐久原くゥん? それならそうと教えてくれれば良かったのに。君もなかなかどうしてお安くないな、このこの~!」
「いや、ははは……」
成り行きで相席することになった部長が、右隣からバシバシと俺の肩を叩いてくる。その対面、水嶋の左隣に座った菊地原先輩もニコニコ笑顔でこっちを見ていた。
や、やりづらい。会社の飲み会で酔っぱらった上司に絡まれるサラリーマンって、こんな気持ちなんだろうか? そりゃ、みんな嫌がるハズだよ。
「私から颯太にお願いしていたんです。『伏せておいて欲しい』って」
困り果てる俺を見かねてか、水嶋がさりげなく助け船を出す。
「自分で言うのもなんですけど、私と友人同士であることが公になったら、その……颯太にも色々と迷惑がかかるかもしれませんから」
「む……なるほど。たしかに君のファンは学校内にも大勢いるだろうからね。嫉妬心から佐久原君を逆恨みする不届き者がいないとも限らない、というわけか」
「まぁ、端的に言えば。なので先輩たちも、できれば私たちのことは……」
水嶋が手を合わせて片目を瞑ると、それで全てを察したらしい部長は鷹揚に頷いた。
「うむ。そういうことなら、ここで見たことは決して口外しないと約束しよう。可愛い後輩が謂れのない不利益を被るのは、私たちとしても本意ではないからな!」
「ありがとうございます、先輩。助かります」
言うなり、水嶋が部長たちに気付かれないように俺に目くばせをしてみせた。
すげぇな、こいつ。あくまでも俺たちが「友人同士」であることを強調しつつ、ごく自然な形で部長たちの口止めまでさせるとは。
この咄嗟の対応力と演技力には、改めて脱帽である。
「ええっと……それで、部長たちはどうしてここへ?」
話が一段落したタイミングを見計らって、俺は話題の矛先を部長たちへと向ける。
途端に悩まし気な表情を浮かべた部長は、「それがだねぇ」とため息交じりに語り始めた。
「実はさっきまで、部室で次回作制作のための予算集めについて話し合っていたんだが、これがなかなか難航してね。少し気分を変えようと、続きはお茶でもしながら、と思った次第さ」
「また、ですか」
「うむ。ちなみに藤城君は『資金調達は部長の仕事だろ』と言って、早々に帰ってしまったよ」
遠い目をした部長が「ハハハ」と乾いた笑い声を漏らす。
う~ん、相変わらず人望が無い。
「そういえば、前に俺がヒーローショーに出た時のバイト代は? 結構いい稼ぎになりましたよね、あれ」
「いやいや。たしかにまとまった額が入ってきたのは助かったけれどもね。それでもあれだけではまだ少し足りないんだ」
「ってことは……またバイトですか?」
「そういうことになるねぇ」
肩を落とした部長は、次には鞄から一枚のチラシを取り出した。
「一応、また例の商店街会長殿から単発のバイトの話が来ているんだが……これがまた、かなり人選が難しそうな仕事なのだよ」
そう言って部長がテーブルの上に置いたのは、フリーイラストなどを使った手作り感あふれる求人広告だった。
用紙の上部に大書されているのは、「メイドさんを募集します!」という文言だ。
「メイド、ですか」
「うむ。要は、メイド喫茶でのホールスタッフの募集というわけだ」
「はぁ……でも、あの商店街にメイド喫茶なんてありましたっけ?」
「最近新しくオープンしたんだそうだ。まぁ正確に言えば、すでに営業している喫茶店が月に何度かメイド喫茶の業態になる、といった立て付けのようだがね」
「なるほど」
つまり、その月に何度かの「メイドデー」の一日スタッフを探している、というわけだ。
「日給もそこそこだし美味しい話ではあるんだが、いかんせん内容が内容だろう? ただでさえ女子部員の少ない映研の中では、前回のヒーローショー以上に立候補者が見込めなくてね」
深いため息を吐いた部長が、そこで対面の菊地原先輩を見やった。
「海なんかは適任だと思うんだがねぇ。なんというかこう、『ゆるふわ~』な感じのおっとり系メイドさんとして、いかにも人気が出そうじゃないか」
言われて、俺もなんとなくメイド服姿の菊地原先輩を想像してみた。
あののんびり癒し系ボイスで「お帰りなさいませ~」とお出迎えする菊地原先輩。
……うん、たしかに似合うかも。
「メイド服ってちょっと興味あるし、私的には全然OKなんだけどね~。でもウチはほら、高校生のうちはバイトしちゃダメっていうルールだから~」
ごめんね~、と両手を合わせる菊地原先輩。
まぁ家庭の事情なら無理強いはできないよな。
「となると、あと映研のレギュラーメンバーで残っている女子は……」
「な、なんだい佐久原君? その目は?」
俺がちらりと右隣に視線を向けると、部長は冷や汗をかきながら丸メガネを押し上げた。
「言っておくが、私は無理だからな? こんな映画制作しか能がない女に接客業は、ましてや高度なコミュニケーション能力と愛嬌を必要とするメイド喫茶のバイトなんか、逆立ちしたって務まらないからな?」
「あ、はい。それは知ってますが」
「ぐはぁっ!? ……せ、先輩相手でも容赦ないそのスタイル。私はとても良いと思うぞ、佐久原君……ぐふっ」
テーブルに顔を突っ伏したまま、部長がヨロヨロとサムズアップする。
この人もたいがいタフだよな、メンタルが。
「え~? 私は似合うと思うけどな~。マコちゃん、普段はこんな感じだけど、ちゃんとおめかしすればとっても……」
「ちょ、ちょっと海! 余計なことは言わなくていいから……!」
顔を上げた部長が慌てて菊地原先輩の言葉を制し、それから仕切り直すように咳払いをした。
「コホンっ! と、とにかく、現状の我が部にはメイドさんとして働ける人材がいなくてね。どうしたものかと考えあぐねているところなのだよ」
「なら今回はお断りするしかないんじゃないですか? 割りの良いバイトを逃すのは痛いですけど、人がいないんじゃどうしようもないでしょう」
「そうだねぇ。会長殿には申し訳ないが、やはり今回は縁が無かったということで……」
そう言って、部長がチラシを鞄にしまおうとした時だった。
「そのバイトって、絶対に映研部員のメンバーでないとダメなんですか?」
それまで静かに話を聞いていた水嶋が、不意に口を開いた。
「え?」
「例えば、映研部員以外の帆港生が応募したりとかはできるのかな、って」
……おいおい、いきなり何を言い出すんだこいつは?
「それはもちろん可能さ。映研に持ち込まれた案件とはいえ、部員でなければできない仕事ではないからね。ただ……」
「映研の資金を集めるためのアルバイトだからね~。部員以外の誰かが請け負ったら、当然だけど映研には一円も入らないでしょ~?」
「うむ。それでは意味がないのだよ。まぁ、『映研の代理』として出向した上で、全てとは言わずとも給料を部に還元してくれる、なんて都合の良い人材でもいるなら話は別だがねぇ」
投げやりな口調で部長がそう言うや否や。
「私、やりますよ。『映研の代理』ってことで」
あっさりと口にした水嶋のその言葉に、俺と部長たちの「えっ」という呟きが重なった。
「お前、本当にやるつもりなのか? メイド喫茶のバイト」
ファミレスを後にして、部長たちと別れたその帰り道。
すっかり黄昏時を迎えたみなとみらいの街並みを歩きつつ、俺は改めて水嶋に問う。
「しかも『映研の代理』として、だなんて」
「うん。部長さんたちにももう『やる』って言っちゃったしね」
「なんで?」
「実は私もちょっと興味あったんだ、メイド服。だから、いい機会だからやってみようかな~、って。ああ、もちろんバイト代はぜんぶ映研に渡すから、そこは安心していいよ」
一体どういう風の吹き回しなのか。水嶋の突拍子もない行動に、俺は頭を悩ませる。
こいつが何かバイトをしようというのなら、べつにそれを止める気も理由もない。
水嶋がバイトしている間は俺も「勝負」のことを気にせず自由に過ごせるわけで、こちらとしてはむしろ好都合なくらいだ。
……そう、都合だ。
バイトによって俺と過ごす時間が減るのは、水嶋にとっては明らかな「不都合」。だからこそこいつは、モデルの仕事すらこの一か月は休むと言っていたんだから。
「お前、ま~た何か企んでるんじゃないか?」
「あ、『企む』だなんて傷付くなぁ。私ってそんなに信用ない?」
「ははははは」
あるわけがなかった。
今までお前のウソや演技にどれだけ騙されてきたと思ってるんだっての。
……いやほんと、どんだけ騙されてるのよ、俺。
「お前がただ善意だけで映研のボランティアを買って出たとは思えない。一か月という決して長くない期間で俺を『攻略』しなきゃいけないお前にとっては、バイトなんて時間のロスでしかないはずだからな。違うか?」
俺がそう言ってビシッと人差し指を向けてやると、水嶋はにわかに芝居がかった仕草で肩を竦めて見せた。
「面白い推理だ、探偵さん。キミは小説家か映画監督にでもなった方が良いんじゃないかな?」
「そういうベタベタな犯人ムーブはいいから。で、どうなんだよ?」
「ふふ。まぁたしかに、『百パーセント善意で』って言うと噓にはなるかな」
組んだ両手を前方に伸ばし、水嶋が「ん~~」と体をほぐす。
「もちろん、映研の助けになりたいって気持ちはあるよ。部長さんたちには私たちのことで口止めをお願いしている立場でもあるし。それに何より、好きな人が所属してる部活だもん。私で手伝えることがあるなら、協力したいじゃない?」
好きな人、って……こいつはまた、恥ずかしげもなくそういうセリフを言うよなぁ。
「けどまぁ、本音を言えばそれ以上に、颯太にメイド服姿の私を見てもらいたいな、と思ってさ。だから私がバイトしてる間は、もちろん颯太にもお客さん……いや、ご主人様として付き合ってもらうから。そしたらバイト中も一緒に過ごせるでしょ?」
はぁ……ほら見ろ。そんなこったろうと思ったよ。
「覚悟しててね? 私のご奉仕で、颯太のことを『萌え萌えキュン♪』にしてあげる」
「いや、意味わかんないから。何されるんだ俺は」
「萌え萌えキュンにする」ってどういう状態なんだよ。逆になんかちょっと怖ぇよ、語感が。
ため息を吐きつつ、俺は改めて部長から渡された求人広告に目を通す。
「けど、お前って学生とはいえ、一応は事務所所属のモデルなんだろ? 掛け持ちでこういうバイトとかするのって、そもそも事務所のルール的にどうなんだ? アリなのか?」
「ああ、それは大丈夫。たしかに事務所によっては全面的に禁止だったり、接客業はNGだったりってルールはそれぞれらしいけど、ウチは基本自由だから。私の同僚にも、居酒屋さんとかで働きながらモデルやってる人、結構いるみたいだよ?」
「ふむ……」
そういうもんなのか。相変わらず業界の事情はよくわからん。
やっぱりこいつって、普通の高校生とはずいぶん違う世界を生きてるんだなぁ。
なんて、しみじみとそんな事を考えていたら。
「…………ん?」
不意に背中に誰かの視線を感じた気がして、俺は振り返る。
ぼちぼち街灯も灯り始めた並木道。
ファミレスを出てだいぶ桜木町駅に近付いてきたためか、通行人の姿もちらほらとある。
しかし、ざっと見渡してみた限りでは、こちらに目を向けている人はいないようだった。
気のせい……だったのか?
「颯太? どうかした?」
「え? ああ、いや……何でもない」
きっと部長たちに遭遇してしまった所為で、またぞろ誰か知り合いに見られちゃいないかと神経質になっているんだろう。
俺はフルフルと頭を振って、少し先で立ち止まっている水嶋の元へと歩いていった。