「さぁ、口を開けて。私のご主人様?」
「……いや、あのさ」
「ふふ、緊張してる? 大丈夫、優しく食べさせてあげるから。ほら、あ~ん♪」
一体なんなんだ、この状況は。意味が分からなさ過ぎて頭が痛くなってきた。
俺はシワの寄った眉間を指で揉みほぐしながら、改めて右隣に座る水嶋の格好を眺めてみる。
水嶋が身に纏っているのは、足元が隠れるほど長いロングスカートタイプの黒いワンピースだった。その上からフリルのついた白エプロンを重ね着し、頭にはこれまたフリルが付いた白いヘッドドレス。
そう──メイド服である。
正確には、いわゆる「本職」の方々が身に付けるようなクラシックなスタイルのメイド服だ。
「ほらほらご主人様? 私に見惚れるのは構わないけど、早く食べないとせっかくの料理が冷めちゃうよ?」
そんなオールドタイプなメイドさんに扮した水嶋が、さっきからスプーンで掬ったカレーライスを俺の口にねじ込もうとしてきているのだ。
「あ、それとも……ご主人様は料理より、メイドとのイチャイチャをご所望ですか? そういうことなら、たっぷりとして差し上げますよ? ──ご、ほ、う、し♪」
「だから、そういう問題じゃなくて……」
蠱惑的な微笑を浮かべて、ノリノリで俺にすり寄ってくる水嶋。
ただ、これだけであれば、別にどうっていうことはない。
水嶋が男心をくすぐる衣装でスキンシップを図ってくるのは、なにも今回が初めてのことではないからだ。
では、なぜ俺がこんなに狼狽えてしまっているのかと言えば……。
「──ご、ご奉仕なら、私がしてあげますっ」
水嶋のアピールに待ったをかけるように、今度は俺の左隣から声がかかる。
そこにはもう一人、長くてサラサラした黒髪が印象的なメイドさんが座っていた。
ワンピースにエプロンというスタイルは水嶋と同じだが、こちらはスカートの部分がかなり短い。露わになったおみ足を覆うガーターベルトや、大胆に空いた胸元部分など、全体的にセクシーさを重視したデザインだ。
その上、犬耳のようなものが付いたヘッドドレスや首に巻かれたチェック柄の首輪のおかげで、どこか庇護欲をくすぐられる小動物的な可愛さも醸し出されている。
ただ、黒髪のメイドさんは水嶋と違って、なぜか顔にアイマスクを装着していた。
「ご、ご主人様のお世話は、私の仕事です、ので……!」
羞恥心を捨てきれていないのか、若干ぎこちない様子の犬耳メイドさん。
それでも彼女は水嶋から引き離すようにして、俺の左腕をぐいっと引っ張った。そのままコアラみたいに「ぎゅっ」と腕に抱き着いてくる。
そんな初々しい姿は正直とても微笑ましいのだが、今の俺の中ではそれよりも、この状況の意味不明さに対する困惑の方が勝っていた。
「ちょ、ちょっと、里……いや、エレナさん!? 何をっ」
「は、はい、エレナです! 私は『サトモリ』などではなく、エレナです!」
自分のことを「エレナ」と名乗る、黒髪ロングの犬耳メイドさん。
アイマスクで目元を隠していることもあって、彼女の中ではもしかしたら完璧に別人を装えているつもりなのかもしれない。
けれど──申し訳ないが、「自称エレナさん」はどこからどう見ても、江奈ちゃんだった。
(マジでなんなんだ、この状況は!)
俺の人生初の彼女で今は元カノである女の子と、その女の子を俺から奪ったイケメン美少女が、二人してメイドに扮して俺に「ご奉仕」をしようと迫ってくるのだ。
どうだ? わけがわからないだろう?
(どうして、こうなったんだっけ……?)
どちらが俺に「ご奉仕」をするかで静かな戦争を繰り広げているメイドさんたちをよそに、俺は記憶を遡る。
そうだ……思えばあの日、あのファミレスでの出来事が、そもそものきっかけだったんだ。