シファンシー皇国領


 次の日、受付を済ませ早々に詰め所を出てシファンシー皇国に足を踏み入れた。

 国境を越えても、風景は同じだ。一本道が長く延びており、周りには草原が広がっている。

 シファンシー皇国の皇都までの道のりは、街を一つ経由して五日ほどの日程だ。

 休憩の時に途中加入の冒険者たちに襲撃がある可能性を伝えると顔を引きつらせていたが、襲撃がありそうなポイントを地図を広げ教えてくれた。

 この場所から街までに怪しい場所はないが、街から皇都へ向かう途中に襲撃の可能性がある場所があるらしい。

 その場所は分岐路になっており、違う道へ向かうとジェネレート王国へ続いているそうだ。

 だからといってその場所まで安心できるとは限らない。

 街までの道のりも注意深く探査サーチで探りながら進んでいったが、途中、ゴブリンやおおかみの魔物が出てくる程度で俺の出番などあるわけでもなく、他の冒険者が処理をしていた。

 そしてあっけなく街へと到着することになった。

 商人から指定された宿の部屋でゆっくりとくつろぐ。野営ばかりだったのでベッドで眠れるのは本当にありがたい。

 しかしなぜか俺がルミーナと同部屋になったのには納得いかなかったが、商人が手配している関係で個室を割り当てられないのは仕方ない。他の護衛たちから突き刺さるような視線を浴びながら部屋へと入る。

 さっそく目の前で装備を外そうとするルミーナを見て思わず背を向けた。

「ちょっと、俺がいるんだから待ってよ」

「私とトウヤの中で隠すものなぞないぞ。なんなら一緒に風呂にでも入るか?」

 ルミーナの女性的な肉体美を少しだけ想像してしまったが、首を横に振り煩悩を飛ばす。

 着替え終わるのを待ってから俺も部屋着へと着替える。

「冗談はやめてくれよ……」

「そうだな。先を越したらシャルロット殿下やアルトリア殿から何を言われるかわからんしな」

 確かに正式に婚約者がいるのに、護衛先で──なんてことになったら囲まれて冒険者を引退させられそうな気がする。

「ほら、くだらないこと言ってないで早く食堂で食事を済ませに行くぞ。明日からの予定についても再確認しておきたいし」

 襲撃があるとしたらこの街からシファンシー皇国の皇都に行くまでの間になるはずだ。

 どのような形で襲撃があるかわからない。

 この前は魔物を呼び寄せてきたし、次は兵士を投入してくる可能性もある。

 勇者を投入してまで奪いにくることはないと思うが……。

 今後のことを考えながら、部屋を出て食堂へと向かった。


 食堂ではすでに護衛メンバーが席を固めて座っていた。一人が俺に向かって手を挙げたので、軽く合図をして席へ向かう。

「そのままルミーナと部屋にこもって出てこないかと思ったよ」

「ルミーナとはそんな仲じゃないし、今は護衛中だろ?」

「確かになー。英雄は何とかというだろ?」

 確かに英雄は色を好むというが、俺はこの世界に転生してからそんなことは一度もない。前世でも……あまりなかったな。

 俺が苦笑すると、ルミーナが頭を傾け肩に乗せてくる。

「──トウヤだったらいつでもいいんだぞ? ぷはははっ。とりあえずエールな!」

 ルミーナの声に食堂のウエイトレスが返事をし、ちゅうぼうへと駆けていった。

 全員のドリンクが配られ、乾杯をし、雑談をしながら食事を進めていく。食事が終わってからが本番だ。

「……それでこの先、襲撃はあると思うか?」

「それはわからないが、あの一回だけってことはないと思う。どんな妨害があるか想像もつかないが……」

 他の護衛からの言葉に素直な気持ちを話す。

「何もなければいいんだがなぁ。野盗くらいならこのメンバーなら問題なく対応できるが、そう簡単にいくとは限らないよな。可能性としては……ようへいか?」

「……傭兵?」

 俺は一人の護衛の言葉に首をかしげる。

「あぁ、この皇国では冒険者ギルドもあるんだが、盛んなのは傭兵ギルドだ。対人も含めて戦争へも金次第で参加するくらいだからな。もちろん旗色が悪くなればすぐに撤退するんだが……」

 傭兵について俺はわからないので、よく知っている冒険者が代わりに説明をしてくれた。

 傭兵ギルドは、冒険者ギルドとそこまで変わっていることはないのだが、基本的には対人が主になっている。

 護衛の仕事も請け負うが、一つのパーティーで護衛を行うことが多く、俺たちみたいに寄せ集めではなく、ある程度の人数がそろっているのが特徴だ、少人数で行う薬草採取や、魔物の討伐に関しては帝国と変わらず冒険者ギルドが行っているが、人数は圧倒的に傭兵ギルドが多いとのことだ。

 大規模なパーティーは傭兵クランを結成し、そこにいくつかのパーティーが所属している形になっている。新人などは個人で所属してもどこかのパーティーに組み込まれ育て上げられる。

 大手クランの中には一〇〇人を超えているところもあり、人気があるクランはやはり所属するのにも競争率が高く、なかなか入れない。

「もし大手クランから──狙われたら……?」

「その可能性もあるな……。さすがにこの護衛の人数で戦闘のプロと呼ばれる傭兵クランを相手することはできないぞ」

 俺の質問にすぐに返事が返ってくる。

 せんめつしていいなら、俺一人が魔法を連発すればなんとかなるだろう。しかし、これから向かう皇国の傭兵を皆殺しにして、そのまま何食わぬ顔で皇都に入れるとは思えない。

 まだ可能性の段階ではあるが、頭の隅に残しておくことにする。

 次の日の予定を再確認し、各自部屋に戻り眠ることにした。



 次の日。朝食を早々に済ませ、護衛の馬車の待ち合わせ場所へと皆で移動する。

 すぐに分かれて所定の位置につき馬車は出発した。

 何事もなく皇都まで到着してくれればいいのだがと思いながらもその考えはすぐに打ち砕かれた。

「傭兵だっ! 俺たちが目的でない可能性もある。戦闘準備だけしておいてくれっ」

 先頭を進む馬車より、後続へと伝達が回ってくる。

 俺も馬車から顔を出して先を眺めると、道の両側に一〇〇人近くだろうか旗を立てた集団が集まっていた。

「トウヤ、これは覚悟を決めたほうがいいかもな」

 ルミーナもいつになく真剣な表情をしている。

 ……先制攻撃で大規模魔法を放つしかないのか? いや、しかし目的が俺たちとは限らない。

 少しずつ傭兵の集団へと馬車は近づいていく。

 休憩していた傭兵たちも俺たちの馬車に気づき、警戒をするように動き始めた。

 一〇〇メートルほど手前で馬車を停車させ、護衛の冒険者数名とギルド職員で先行することになった。

 辺りは見晴らしがよいので襲撃とかの可能性は低いが、数名に馬車を守るように待機してもらっている。

 俺もルミーナと一緒に傭兵たちのもとへと向かった。


「この集団は誰かを待っているのか?」

 一応、俺がAランク冒険者ということで、代表して声を掛けることになった。

 これは前日の打ち合わせで決められていたことだ。

 前にいた傭兵が後ろに合図を出すと、一人が奥に走っていき、しばらくしてから一人の大柄な男が現れた。

「この傭兵団の団長をしているゴルドだ。念のため聞くが、お前たちは──ルネット帝国からの馬車か?」

「……だったらどうするんだ?」

 俺の警戒が一段上がる。

「そんなに警戒しないでくれ。って言っても無理だよな。この人数に囲まれていれば仕方ないか。まぁ簡単に言うとだな、シファンシー皇国に持ち込まれたら困る禁制のものがあるから、それを奪取してほしいとのことだ。場合によっては力尽くでもな」

「私はルネット帝国の冒険者ギルド職員だ。禁制になるものなど何も運んではいない。それは私が証言しよう」

「ふふふっ。お前には禁制でなくても、こちらには禁制になるかもしれないだろ? それを決めるのは俺たちだ。なぁ?」

「そうだな」

「団長の言う通りだ」

 傭兵の各々が笑いながら、同調していく。

 どちらにしろ、素直に通すつもりなどないのかもしれない。

「これは冒険者ギルドと傭兵ギルドの問題になるのだぞっ! 完全に規約違反だっ!」

 職員が怒りながら団長へと詰め寄っていく。

 しかし、一瞬のうちに団長が剣を抜き、冒険者ギルド職員を斬り捨てた。

「うぐっ……」

 そのまま崩れ落ちるギルド職員を助けるために、俺は一気に詰め寄り、職員を抱き抱え後ろに下がる。

「ちょっと待ってろ、ハイヒール」

 傷は深かったが、これでもう大丈夫だろう。

 そのまま意識のない職員を寝かせ、俺は前に立つ。

「……お前ら、何しているのかわかっているのか? ギルド職員に対して殺傷沙汰を起こして」

「おい、誰か、その男が何か言ってたか?」

「いや、なんも聞いてねぇ。一人で騒いでただけだろ? 職員様になんて手をあげるなどありえねぇ」

「「「「ぎゃははははは」」」」

 傭兵たちは団長の言葉に大きな声を出しながら笑う。

 気を良くしたのか、団長は剣を肩にかけたまま、俺に視線を送る。

「それで、冒険者の諸君。この人数を相手にお前たちはどうするつもりなんだ? 皆殺しにして禁制の品ってものを取り上げてもいいんだぜ? 依頼主からはできればそちらのほうを勧められたしな。まぁ、お前らの有り金全て寄こせば命くらいは助けてやるかもしれないがな」

「おい、トウヤ、どうするつもりなんだ? この人数はさすがに……」

 一緒にいた冒険者も表情が暗い。自分たちの末路を考えたのかもしれない。

「……ルミーナ」

 俺の言葉にルミーナがすぐそばまでやってくる。

「なんだ? トウヤ。どうせやるつもりなんだろう? もちろん私も参加させてもらうぞ。トウヤからもらった剣がフィットしていてな。誰にも負けるつもりなどない」

 ルミーナの表情を確認し、満足した俺は他の冒険者に小声で声を掛ける。

「おい、この職員を抱えて馬車に下がって後退してくれ。戦いに巻き込まれないようにすぐに向かうんだ」

「ちょっと待ってくれ、もしかして二人でか!? この人数に……?」

「いいからすぐに下がってくれ」

「あぁ、わかった」

 冒険者二人で意識のない職員を抱えて馬車へと走っていく。

 この場に残った俺とルミーナに対して、傭兵団一〇〇名以上……。

 思わず口元が緩む。

 この高鳴る高揚感はゲーム中の戦争と同じだ。

 大勢を前にして、狂戦士バーサーカーとして先頭に立っていた頃のものと。

 次元収納ストレージから両手剣を取り出し、地面へと突き刺す。

 この人数だ。遠慮はするつもりはない。俺の次元収納ストレージに入っているいつもの武器だ。

 つかから剣先まで黒く、刃の幅は三〇センチほど。長さは俺の身長と変わらないほどの──両手剣バスターソード

 俺の取り出した武器に、傭兵団の団長の表情が変わった。

「そのひょろい身体でそんな武器を扱えるのか? しかも二人で。その姉ちゃんは俺があとでたっぷりわいがってやるからな」

「あぁ、もちろん使えるさ。それに実力をこの状態で出し渋るつもりもない」

 次元収納ストレージから取り出す──相棒。

「な、なんだと!? なんで黒曜馬バトルホースがいきなり現れた!?

 コクヨウは鼻を鳴らし、そして──俺の頭をあまみする。

「──こんな時でもそれか……。勘弁してくれ」

 次元収納ストレージに仕舞われていたことが気に入らないのか、甘噛みしたあとに尻尾で俺の頭をバチバチとたたいてくる。

 頭についたコクヨウのよだれぬぐいながら、突き立てていた剣を引き抜く。

「こっちの用意は終わったぞ」

 俺の言葉に団長は鼻を鳴らす。

「剣士二人にそのバトルホースだけで俺たちとやり合うつもりなのか? おい、お前ら。傭兵の強さを教えてやれっ!」

「「「「「おうっ!!」」」」」

 傭兵たちも次々と剣を構えた。俺たちに興味がなくなったのか、団長は集団の中へと下がっていく。

「いや、俺、回復術師プリーストだし。いや……今は──賢者か」

火炎竜巻ファイヤーストーム

 無詠唱で魔法を唱える。

 いきなり燃え広がった炎の竜巻が傭兵たちを包み込んでいく。

「なんだ!? 魔法使いなのかっ!?

「熱いっ! 誰か消してくれっ」

 炎の竜巻から逃げるように散開していく傭兵たちに俺とルミーナは斬りかかっていく。

 もちろん、俺は殺すつもりはない。

 統制のとれていない傭兵などに後れを取るつもりはなく、ルミーナと二人、背中を合わせるように背後を守りながら傭兵たちを打ちのめしていく。

 少し離れた相手には空気弾エアバレットを放つと、直撃を受けた傭兵が次々と倒れていく。

 半分くらいに減ったところで、後ろに下がっていた団長が出てきた。

「……少しはやるようだな。冒険者を侮っていたかもな。これからは俺が相手だ」

 金属製の盾を左手に持ち、右手には大型の片手剣を構える。

 他の傭兵は後ろに下がり、俺たちを囲むように広がった。

「ルミーナ、あいつは俺一人でやる。下がっていてくれ」

「あぁ、わかった」

 うなずいたルミーナは剣を構えながら俺から少し距離をとった。

 傭兵団を率いているだけあり、その構えにすきはない。しかしレベル的にも負ける気はしない。

 両手剣バスターソードを構えながらゆっくりと近づいていく。

 一気に詰め寄って剣を振りかぶる。団長は盾と剣を構え、俺の剣を受け止めた。

「ほう……。なかなかの力だな。この人数に挑むだけある。だがなっ!」

 力任せに俺の剣をはじき返した団長は、そのまま俺によこぎに斬りかかってくる。寸前のところで一歩下がり、その剣をかわすと前髪が数本散っていった。

「これも躱すか……。お前、冒険者なぞ辞めて俺の傭兵団に入らねぇか? 冒険者よりよっぽど稼げるし、お前なら俺の後釜にしても惜しくないぞ」

あいにく、帝国からは離れられないのでねぇ。謹んで断らせてもらうよ。待っている人もいるから」

 帝国ではシャルやアル、そして養護施設の皆も帰りを待っている。

 俺がこの世界で世話になった人たちを見捨てるようなことはしない。

「残念だが仕方ない。この場でお別れになりそうだなっ!」

 振りかぶってきた剣をはじき返す。やはり今まで戦ってきた兵士よりも強い。これだけの人数を率いている傭兵の団長なだけある。

 しかし──それだけだ。

 身体強化ブーストを掛けると自分自身に力がみなぎってくる。

 俺は先ほどとは全く違うスピードで斬りかかる。俺のスピードについていけないようで、団長は一撃で吹き飛んでいった。

 周りを囲んでいる傭兵たちはその光景にぜんとする。

「──まだ足りないか? 次からは容赦はしない」

 片刃の両手剣バスターソードを反対側にし、次からは命を刈り取るということを示す。

 それだけで傭兵たちは後ずさっていく。

 そんな時だった。

「あれあれ。一人にこれだけの傭兵団がおじづいちゃうんだ~?」

「サキちゃん、そんなこと言わないの。みんながおびえてしまうでしょう」

 気軽に話しながら傭兵たちの間から出てきたのはまだ一〇代に見える女性四人組だった。