襲撃


 眠りについてどれくらいだろうか、違和感を感じテントから出る。

「なんだろう……この違和感は……」

 探査サーチを使い、森のほうに意識を向ける。

「……!?

 森のほうがざわめいていた。そしていくつもの魔物の気配が……。しかもこちらに向かってくる。

……っ!? 魔物の襲撃だっ!」

 思わず叫んだ。

 俺の言葉に、眠っていた商人たちもぞろぞろと起きてくる。まだ仮眠中の冒険者も武器を手に取りテントから出てきた。

「魔物の襲撃かっ!?

 俺のほうに冒険者たちが集まってきた。

 しかし護衛を受けている冒険者が──一組足りない。

 男たち三人組の護衛メンバーが見当たらない。

「魔物がこちらに向かってくる。まだ距離はあるが、あと一〇分もしないうちに森から出てくる」

 俺の探査サーチは他の魔法使いよりも何倍もの認識ができる。

「……そんな遠くまでわかるのか?」

「あぁ、一方向に特定するなら一キロくらいなら問題ない」

「そんなにっ!?

 ルミーナも武器を持ち、起きてきた商人たちを避難させ始めた。

 数台の馬車をバリケードのように並べ、その後ろに商人やギルド職員を避難させ、俺たちが馬車の前に立つ。

「おい、一組足らないぞ……。どこに行った?」

 俺の言葉に誰もが首を横に振る。

「テントは残っていたが、そいつらは今、夜番のはず……。どこに行ったんだ?」

 他の護衛が不思議がるが、俺は嫌なことが思い浮かんだ。

「もしかしたら……。誰かそいつらのテントを見てきてくれ」

「あぁ、わかった」

 一人の冒険者がテントに向かって走っていく。

 探査サーチは相変わらず続けているが、魔物たちは次々と集まって俺たちのほうに一直線に向かってくる。

 その数は──一〇〇体を超えている。

 もしかしたらと最悪の事態に思い至る。

 テントに向かった冒険者が焦った表情で戻ってくると、手に袋を一つ持っていた。

「テントは無人だ。誰もいない。あとテントの中にこの袋が一つだけ置いてあった。変な匂いを出しているんだが……」

「……その匂いはっ!」

 ルミーナが勢いよくその袋を取り上げ、匂いを嗅ぎ、悔しそうな表情を浮かべた。

「これは……魔物寄せの香だ……。もしかしたら森にもいているかもしれない」

 ルミーナの言葉に、全員の表情が引き締まる。

 魔物寄せの香の存在は、冒険者なら誰でも知っている。魔物が好む匂いを発する果物があり、それを乾燥させてすりつぶしたものだ。魔物が少ない場所での狩りに使われるものであり、戦闘を控える護衛任務などで使うものではない。

「もしかしたら……ジェネレート王国の手のものかも……」

 俺は眉根を寄せ魔物の来る方向をにらみつける。

 今回、グルシアからはジェネレート王国から何かしらの妨害があると言われている。襲撃かと思っていたら、こんな手を使ってくるとは……。

 もしかしたらジェネレート王国から、好待遇で迎え入れるから今回の商隊をつぶすように依頼されていたのかもしれない。

 まさかこのタイミングで……。

 下手をすれば商隊の全滅すらありえる。数億の賠償金のためにここまでやるのかあの王国は……。

 次第に近づいてくる魔物たちを感じながら他の冒険者たちに指示を飛ばす。

「もうすぐ魔物が出てくる。戦闘準備だっ! 馬車の前に並んで後ろの商人たちを守り切るぞっ」

 士気は少しだけ低いが各自が武器を強く握りしめながらうなずいた。

 魔物の駆ける音が次第に大きくなっていく。

 俺も時限収納ストレージからバスターソードを取り出して構える。

 いきなり取り出されたバスターソードに他の冒険者は驚いた表情をした。

回復術師プリーストでは……?」

 一人が声を掛けてくる。確かに自己紹介の時もずっとそう言っていた。しかしこの場で隠すつもりなどない。

 それで誰かの命を落とすようなことになったら後悔しかしないだろう。

 バスターソードを見れば、俺が救国の英雄だと気づく者がいるかもしれないが、今大事なのはここにいる全員の命だ。

「いくらそのゴツイ武器を持っていても、回復術師プリーストじゃ前衛にいるのは危ないぞ」

 他の者も声を掛けてきたが、ルミーナが鼻で笑った。

「トウヤなら気にする必要はないぞ、ここにいる誰よりも強いからな」

 ルミーナの言葉に全員が不思議そうな表情を浮かべる。

 ここに集まっている冒険者たちは全員がBランクだ。それなりの実力があるのは当たり前。その戦闘職よりも回復術師プリーストが強いと言っているのだ。

 そしてルミーナは言葉を続ける。

「なんといっても、トウヤは────救国の英雄様だからなっ」

「「「なにっ!?」」」

「まじかよ……」

 自慢げに俺の自己紹介をしてくれたルミーナは、自分の胸をたたき、剣を高々と上げる。

 ギルド職員は俺のことを知っていたので驚いてはいないが、商人たちの顔つきは変わった。命の危険に青ざめていた表情も、救国の英雄に会えたという興奮に変わったのかもしれない。

「そんなことよりもこれから来る魔物だっ! すぐに現れるぞっ!」

 俺の言葉に冒険者たちは息を飲み、俺から森へと視線を移した。

 今は確実に魔物をしとめることを考えなければならない。

 さっきルミーナが確認した魔物寄せの香は、すでに魔法で燃やして匂いは風魔法で拡散させた。

 こちらに向かってきている魔物さえ対処できれば、どうにかなるはず。

 次第に大きくなってくる魔物の足音に生唾を飲み込む。


 ──そして現れた。

 次々と森からい出てきたおおかみの魔物たち。体長は二メートルほどであろうか、黒い毛並みに赤い目がこちらを見据え一気に数頭が襲い掛かってくる。

 正面から向かってくる狼の魔物に上から剣を振り落とす。

 真っ二つに分かれた狼の魔物をそのまま転がし、次の獲物へと向かう。ルミーナたちも襲い掛かってくる魔物を斬り裂き、意地でも商人たちに近づけさせまいと盾になっている。

 最後の一体を倒し、一息つく。

「……これで終わりなのか……?」

 冒険者の一人がつぶやくが、そんなことはない。

 脚の速い狼の魔物が先行してきただけだ。探査サーチで常に確認しているが、まだまだ出てくる。

「次がもうすぐ来る」

 俺の言葉に全員が気を引き締めた。戦うのに邪魔になる魔物の死骸は、一言伝えてから次元収納ストレージに入れていく。

 数十体の魔物は数分もたずに仕舞い終わり、次の戦いの準備をする。

 次元収納ストレージは珍しいとはいえ、他にも持っている者がいるスキルなので気にしていないが、大量の魔物が収容できたのには驚いたようだった。

 フェンディーの街で住んでいた屋敷まで入るとはさすがに言えないが……。

 そんなことを考えていると、森の木々が揺れ、オークが次々と現れた。

「……オークがあんなに……」

 Bランクの冒険者ならオークは実力的には問題はないが、この数だと尻込みするみたいだ。

 そういえばルミーナと初めて護衛依頼をした時もオークに襲われたよな……。

 俺とルミーナ以外は表情を引きつらせているが、俺は気にせず前に数歩出る。

 三〇体はいるだろうか、剣を振りかぶりオークに襲い掛かる。

 いい経験値だよな。と思わず口元が緩む。

 大振りなバスターソードが他の冒険者に当たらないように誰よりも前に出る。

 少し離れたオークには魔法を放ち、剣を振り次々とオークを斬り伏せていく。チラッと横を見ると、少し距離を空けてルミーナも剣を振り回し危なげなくオークを倒している。

「トウヤにもらったこの剣、最高だなっ!」

 笑顔で返り血を浴びているルミーナに思わず苦笑してしまう。俺からしてみたらルミーナが狂戦士バーサーカーにしか見えない。

 ルミーナと二人で前線に立ち魔物にたいしているが、全て二人で処理できているため、後ろの冒険者たちは剣を構え見守っているだけで終わってしまった。

 オークのせんめつが終わりホッと息を吐く。

「……信じられない。あの数のオークを二人で……」

「だよな……。救国の英雄ってこんなに強かったんだな……」

 ただ眺めていた冒険者たちが呟いた。

 森からの襲撃が落ち着いたからか、冒険者たちは構えていた剣を下ろす。

「助かった……。もう何も出てこないよな?」

「お前、戦ってないだろ」

 パーティー仲間が笑顔で言葉を交わすが、俺はまだ気を抜かない。

 ルミーナもわかっているようで、返り血を浴びた顔をぬぐうが次の準備をしていた。

「なぁ、もう襲撃は終わりだろ? これだけ出てきたんだから」

「──まだだ。いや、これからが本番かもしれない」

 探査サーチで見つけた魔物は少なくはなっているが、森の奥深くから動き出した魔物から放たれる魔力はさらに強い。

 オークよりも強い魔物が出てくることはわかっていた。

 俺の言葉に生唾を飲んだ冒険者たちは、一歩下がりながら剣を構える。

 ゆっくりと近づいてきた魔物がついに姿を現す。

 三メートル程度で筋肉質な肉体を持ち、頭からは角が生えている。人と同じ大きさほどのこんぼうを握りしめたオーガだ。それも一〇体も。

 オーガはオークよりも上位でBランク程度とされているが、それは単体でのことだ。

 一〇体を超える数が現れたならそれはAランクに分類される。他の冒険者たちには荷が重いかもしれない。

 そのオーガが俺たちを見つけると、餌が見つかったと思ったのか、口元を緩めていた。

 後ろで身構えていた冒険者や商人たちは恐怖からか身体を震わせる。

「オーガがこんなに大量に……。信じられない……」

「もう助からない……」

 恐怖に顔をこわばらせる冒険者たちをよそにルミーナに話しかける。

「……ルミーナ、大丈夫か?」

 しかしゆうだったようだ。自信満々の表情を浮かべている。

「ふふ、剣がよく斬れると楽しいな、トウヤ」

 やばいやばい。そういえばルミーナが戦闘マニアだったことを忘れてた。俺の渡した武器で戦力が上がったから余計に高揚しているのかもしれない。

 まぁ、をしても俺が治せるから問題はないか……。

 即死だけは無理だけど、生きているならなんとかなる。

「……ルミーナ、死ぬなよ?」

「ふんっ、わかっている。トウヤは言わなくても大丈夫だな」

 ルミーナと視線を合わせてお互い頷くとオーガの群れへ向かって駆けだした。

 大振りで振られる棍棒を魔法でけんせいをしながら、斬りつける。一体、二体程度なら後ろの冒険者たちでもなんとかなるかと思うが、通すつもりもない。

 一〇体いるオーガたちは数分で片がついた。

「ふぅ、やっと終わりか……」

 ルミーナは剣についた血を振り払い、無事に終わったことに息をついた。

 しかし、まだ終わっていない。最後の魔物がこちらへと向かってくるんだ。

 それも──一体だけ。

 さっきのオーガたちもわいく思えるという魔物がこちらへゆっくりと進んできている。

 森の奥から木々がへし折れる音、近づくたびにズシンズシンと響き渡る足音。

 握っている剣に力がこもる。

 次第に魔物の姿が見えてくるが、木よりも高い……。

 うそだろ……。

 今までこんな大きさの魔物など見たことない。魔物寄せの香だけでなく、魔物の血の匂いが森の奥まで届いたのかもしれない。

 体長は一〇メートル以上、体高も八メートルほどだろうか。イノシシをそのまま大きくした姿。下あごからは二本の牙がせりだしている。今までに見たこともない魔物だ。

 その魔物の姿を見て、冒険者たちは足を震わし、そのまま腰が抜けたように座り込んだ。

「……うそだろ……なんでベヒモスなんているんだよ、こんなところに……」

「あれがベヒモス……。終わった……」

 冒険者たちはこの魔物のことを知っているらしい。ルミーナを見ると、今までとは違い顔を青ざめさせている。

「トウヤ、あの魔物は無理だ……Sランクの魔物だ……」

 こわらせた顔で視線をベヒモスに向けたまま呟いた。

 Sランクの魔物か……。初めて見たかも。ここまで大きい魔物は見たことなかったしな……。

 さて、この魔物をどうしようか……。ルミーナもこの調子じゃ戦力になりそうもないし。

 確かに大きさは手に余るほどだが、そこまで恐怖は感じない。

 ……仕方ない一人でやるか。

 ルミーナよりも前に立ち、バスターソードを地面に突き刺す。

「トウヤ、何をするつもりだ?」

 ルミーナに問いかけられるが、俺は気にせずに時限収納ストレージから違うバスターソードを取り出した。

 見覚えがあったのか、ルミーナは目を大きく見開いた。このバスターソードは、ドラゴンバスター。ドラゴンですら切り裂く剣で、ルミーナとフェンディーの街で向かい合った時に使用した武器だ。

「……その剣は懐かしいな……。あの時は……あれで私はきそうになったもんな……」

 ほおを染めているルミーナに苦笑しながら、剣をベヒモスに向ける。

「いくらAランクで強いからってその魔物は無理だっ! 逃げる準備をするぞっ!」

 ルミーナ以外の冒険者は這いずるように馬車の後ろへ隠れ始めた。俺は気にせず右手に剣を持ち、左手に魔力を集める。

 ……最大級の魔法でどれだけ効くのか。

 ゆっくりと近づいてくるベヒモスに向かって魔法を放つ。

真空竜巻エアトルネード

 これもゲーム時代の上級風魔法だ。竜巻の中は真空刃エアカッターが無数に発生し、中にいる魔物を切り裂く効果があった。

 左手から放たれた空気の渦は次第に大きくなり、ベヒモスを包み込んでいく。

「あっ……やべっ」

 やばいと思った時には遅かった。

 ベヒモスを包み込むだけでは飽き足らず、さらに巨大化し直径数十メートルほどの大きさになっていく。ベヒモスの姿は竜巻の外側からは見られないが、出てきた時に剣で始末をすればいいだろう。

 次第にベヒモスを包み込んでいた竜巻が薄れていき、上空へと舞い上がっていった。俺は剣を振りかぶりベヒモスへ向けて走り出そうとしたが、一歩だけ踏み出して足を止めた。

 そこには横たわり、身体中をけいれんさせ切り刻まれ、すでに死に体のベヒモスがいた。

…………えっ?」

「そんな……Sランクが魔法一撃……?」

「「「「……」」」」

 ルミーナや冒険者たちもぜんとしているが、俺も予想外の展開にぽかんとしてしまう。

 すぐに痙攣を繰り返していたベヒモスは動かなくなった。

 しかしルミーナが一番立ち直るのが早く、いきなり大声で笑い始めた。

「やっぱりトウヤかっ! まさかSランクの魔物を一撃とはな。さすが私の男だな」

 ……その言葉足らずなところをどうにかしてほしい。『さすが私の認めた男だろ』を略したら俺とルミーナが男と女の関係だと思われるじゃないか。

「そうだよな。トウヤだからルミーナクラスとくっつくのが当たり前だよな。というか、救国の英雄様だったらこの帝国の貴族様じゃないかっ!」

「「「確かにっ!」」」

 危機が去ったが冒険者や商人たちはまだ隠れたところから俺をのぞいている。

 探査サーチを使い、もう魔物がこないことを確認した俺はバスターソードを次元収納ストレージに仕舞った。

「もう魔物が出てくる気配がないから大丈夫だよ」

 俺の言葉に冒険者や商人たちも恐る恐る出てきて、ベヒモスの死骸に近づいていく。

 一人の冒険者が剣でつつくように確かめていた。

 ギルド職員も俺に近づいてきた。その表情は何かを考えているような笑みを浮かべていた。

「トウヤ殿、目の前で見せていただきました。まさかSランクの魔物を一撃とは……。これはギルドに戻ったら検討しないといけませんね」

 ……何を検討するんだ? もしかしてまた面倒なことに巻き込まれそうな気がする。

「このベヒモスの死骸も時限収納ストレージに入りますよね? ぜひギルドで引き取らせてください」

 ギルド職員の言葉に商人たちが反応する。

「いや、ちょっと待ってください。ぜひ、うちの商会でこのベヒモスを引き取らせてもらえれば」

「おい、抜け駆けするなっ! キサラギ侯爵、ぜひうちの商会にて! もちろん色はつけますので」

 ギルド職員に負けないように商人たちがこぞって俺を囲んでくる。

 数人の商人に囲まれた俺が困っていると、ルミーナが助けに来てくれた。

「ほら、処理が先だ。今は依頼できているのだから、交渉については街に着くなりしてからにしてくれ。私はもう眠いんだ」

 ルミーナはそう言い残しテントへと入っていく。

 朝日が昇る時間となり地平線はすでに明るくなっている。すぐにでも朝を迎えるだろう。

 商人たちもルミーナに言われた通りに自分の寝床へと戻っていった。

 すぐに俺一人になることになった。

 き火の火もそろそろ消す必要があるが、その横に座り探査サーチを使いこちらに寄ってくる魔物がいないことを確認してゆっくりとくつろぐ。

 今日には街に到着すると聞いているし、宿でゆっくりと休めるとありがたいかも。

 残り火を眺めながらゆっくりと……あ、ちょっと待てよ。

 ──何かおかしい。

 少しだけ考えてこの違和感がなんだかわかった。

 俺は立ち上がり、ルミーナが眠っているテントへと向かう。

 テントの中へ入るとベッドに潜り込み気持ちよく眠っているそばに立つ。

 無言のままルミーナの頭を叩くと、頭を痛そうにさすりながら目をゆっくりと開けた。

「……トウヤ、何をするんだ? 人がせっかく気持ちよく眠っているのに……」

 想定通りの言葉に思わずため息が出る。

「ルミーナ、お前、まだ夜番終わってないのになに寝てるんだよ……」

 一人で夜番をしていた違和感を伝えたのだった。





 無事に野営地を出発し、何事もなく途中の街へ夕刻には辿たどり着いた。

 シファンシー皇国との国境まで二日の場所にあり、商取引の窓口になっている街なのでそれなりに繁栄しているようだ。三メートルほどの高さの壁が街を一周回っている。

 門で各自が身分証を見せて街へと入る。いつもなら宿に向かえばいいのだが、今回は途中、俺たちを魔物寄せの香で始末しようとした三人組の件を報告するためにすぐに冒険者ギルドへ向かう。

 今回は冒険者ギルド職員も同行しているので後についていく。

 ギルドは規模の違いはあるものの、どこの街も基本的には同じような造りになっている。よく見た建物だなと思いながら職員の後を追い建物に入った。

 夕刻だったこともあり、報告に訪れる冒険者も多数いる中、護衛の団体を引きつれたギルド職員に視線が集まる。

 職員はそのまま気にせず、カウンターの裏側に回り、少しだけ会話をしてから奥へと消えていった。

 俺たちは待合場所でテーブルを囲む。他にも依頼を終え、代表者がギルドに報告をしている間に待っている者が多くいた。

「なぁ、冒険者が三人抜けたがこの街で補充すると思うか?」

 俺の正体を知った冒険者たちはうかがうように声を掛けてきた。

 ギルドの威信をかけても冒険者の補充は行うはずだろう。そうしなければ商業ギルドの信頼さえ失ってしまう。

 逃げた三人は多分ジェネレート王国にでも亡命するはずだ。情報を共有しているので、冒険者ギルドには顔を出すことはできないが、兵士にはなれる。いや、大金をもらって冒険者を引退するか……もしくは消されるかのどちらかであろう。

 王国の考えなら、後者の可能性が大きい。下手に情報を漏らされて商業ギルドとめることは避けたいはずだ。

 あいつらもバカなことをしたもんだ……。

「多分、どこかから雇われていたはずだ。しかもこんなことしたらもう帝国では冒険者は続けられない。引退できるだけの大金をもらうか、冒険者ではない職種につくかしかないだろう」

 今回輸送している国同士の証書について他の冒険者たちは聞いていないので、王国の名前を出すわけにもいかない。もし同じような襲撃があるのがわかっているのなら、高額報酬だったとしても護衛をやめるかもしれない。

「そうだよな……。あいつらと一緒に依頼を受けたの初めてだったが、許せねぇ。トウヤさん、あんたがいなかったら確実に命を落としていた。本当にありがとう」

 言葉に合わせて三人組が頭を下げる。

「そんな気にしなくてもいいんだ。シファンシー皇国との往復をずっと一緒に過ごす仲間だしな」

 俺の言葉にルミーナも頷いた。

 五人で会話をしていると、ギルド職員が戻ってきた。

「全員いいか? これから会議室で再度報告をしてもらう」

 全員頷き、席を立ち案内された会議室へと入る。

 部屋の中央には一人、壮年の男性がすでに座っていた。元冒険者だろうか、鍛え上げられた胸筋が服を押し上げており、鋭い目つきの短髪だ。

 全員が着席すると同行していたギルド職員が立ち上がり話を始めた。

「まず、ダグランの街へ無事に到着できたことをうれしく思う。しかし、予想外のことも多々起きた。それも普通なら全滅してもおかしくないほどの出来事だ。そこにいるトウヤ殿がいなければ私たちはこの場にいなかっただろう。この場で改めて感謝する」

 そこで話を区切り、職員は俺に向かって軽く頭を下げた。

「このダグランのギルドマスターをしているバッファだ。話はすでに聞かせてもらっている。もちろん魔物寄せの香を使った冒険者たちのことは、全ギルドに通達して見つけ次第捕縛するようにするつもりだ。それにしても……ベヒモスまで現れるとはな……」

 俺は初めて見た魔物であるが、それなりに有名らしい。もちろん悪い意味でだ。

 途中、他の冒険者たちから休憩時に聞いたが、森の奥地にいるということが伝わっているだけで、見つけたら死を覚悟するしかないSランクの魔物だということだった。

 まさか一撃で倒れることなど、と言って苦笑していた。

 素材も普通なら他の冒険者と均等に分ける必要があるが、ベヒモスに関しては誰が見ても俺が一人で倒したと、全員が素材の辞退を申し入れてきた。

 ただ、それでは申し訳ないのでオークなどの素材は均等に分けることで納得してもらっている。

 それでも他の冒険者たちには魔物の数からいって少なくないボーナスみたいなものだった。俺の次元収納ストレージに仕舞っていても仕方ないので、この打ち合わせが終わり次第ギルドに納品して換金する予定だ。

「ベヒモスに関しては皇国の本部で納品されると聞いておる。残念だがそれは諦めよう。それ以外の魔物の素材についてはこのあと受付に案内するから聞くがよい。それでだが、今回の護衛の不足に関しては職員が今手配しておる。明日の出発には間に合うようにするはずだ」

 護衛が二組では夜の警戒を含めるとさすがにつらい。今回は商隊が大きいことから最低でも三組必要だからここでの護衛の補充は必須だろう。

 明日からの予定を説明され、俺たちは会議室を出て受付に向かう。

「ここで、持ち込んだ魔物の素材を引き取ってくれると聞いたんだが……」

 俺がランク的に一番高いので代表して受付に確認する。

「はい、先ほど聞いております。素材が多いとのことで倉庫に出してもらえますか、ご案内いたしますので」

 受付嬢に案内され、ギルドの裏にある解体ができる倉庫へと案内された。

 倉庫の中では数人の職員が大きなナイフを持ち、納品された素材の解体をしているようだった。

「おう、話は聞いているぞ。そこの空いているスペースに出しておけばすぐに査定しておいてやる」

 職員の言われた場所に次元収納ストレージから次々と今回の討伐で倒した魔物を積み重ねていく。

 狼からオーク、オーガまで、その数は三桁を優に超えている。

 これでも皇国に持っていく分を除いているので半分ほどだ。

 軽い気持ちの職員の表情は次第に青くなっていく。オークでさえ食用に適しているのでそこそこの金額で引き取ってもらえる。今回はそれに追加してさらに上位のオーガまでいるのだ。

 それなりの金額にはいくだろう。

「これで最後かな」

 最後のオーガを取り出して、空きの増えた時限収納ストレージを確認して頷く。

「「「…………」」」

 解体を担当していた職員も手を止めてぼうぜんと眺めていた。

 しかし自分たちがこの後、この山となった魔物の処理を行わなければならないと理解すると、その表情は一気に暗くなっていく。

 案内してくれた受付嬢もここまでの量だと思っていなかったのか、頬を引きつらせていた。

「……明日の朝には出発しますので、それまでに精算をお願いしますね」

 俺の言葉に、解体を担当していた職員たちはさらに顔を青ざめさせていた。

 職員たちには申し訳ないが、これはギルドマスターからの許可ももらっているし頑張ってもらうしかない。

 恨めしそうに見てくる職員といると居心地が悪いので早々に退避させてもらおう。


 ホールで待っていた他の冒険者たちに合流する。今日はここで食事を済ませ宿に戻ることになった。

 五人で案内されたテーブルを囲む。

 ドリンクと食事を適当に頼んで注文すると、早々にエールが入ったジョッキが五つ運ばれてくる。

 全員に行きわたったところで、一人が立ち上がる。

「無事にダグランの街に到着できた。これも全部トウヤのおかげだ。それと魔物たちの運搬ありがとう。俺たちもそこまで余裕があるわけではないから助かる。次からはシファンシー皇国に入る。また何があるかわからないが協力してこの依頼を無事にこなそう。それでは乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」

 各自、ジョッキを掲げぶつけ合う。

 そのまま俺はテーブルの下にこっそりとジョッキを隠し魔法を掛けて冷やす。

 テーブルの上に再度ジョッキを置くと、視線を感じ、横を向くと同じことを期待したルミーナがニコニコしていた。

「……」

 小さく頷いて、こっそりとルミーナのエールも冷やしていくと満足したルミーナは勢いよくエールを喉に流し込んでいった。

 明日が早いから控えめにしようと最初話していたはずだったが、ここの街までの苦労話に花が咲いたのか酒の消費は多くなっていく。

 それに伴ってじょうぜつになっていくのは仕方ないのかもしれない。

「トウヤ、お前そんなに強かったのな。最初、寄生の回復術師プリーストだと思っていた。すまんっ!」

「そんなこと気にしませんよ。こうしてここまで来た仲間ですしね」

「さすがAランクは言うことが違うぜっ。それでこそ救国の英雄様だっ」

 ……その言葉はまずい。

 今回の護衛関係の仲間は知るきっかけがあったにしろ、このホールで飲んでいる他の冒険者たちは知らない。

 まだルネット帝国内なのだ。その言葉を聞いたら他の冒険者が寄ってくるのは目に見えている。

「なになに? 救国の英雄だって?」

 ぞろぞろと近づいてくる冒険者たち。

 それに気を良くしてかルミーナが勢いよく立ち上がり椅子に上る。

「ここにいるトウヤが救国の英雄様だっ!」

 俺を指さし叫ぶと、ホールが歓声で沸いた。

 ルネット帝国は獣人の冒険者も多々所属している。ジェネレート王国が侵略してきた時は将来を憂いたが今は違う。

 ガレットたちが俺の功績を大々的に広めたせいで、一部ではあがめられるほどになってしまった。

 帝都では人族が主となっているのと、身分を隠しているのでそんなに騒ぎにはならないが、酒の入った冒険者たちに遠慮はない。

 次々と他のテーブルから差し入れが入り、俺の目の前に酒が並べられていく。

 こんなに飲めないと、ルミーナに恨みの小言を吐く。ある程度の時間が経ったとはいえ、戦争の時の話は話題が尽きない。

 気づいたら俺の記憶はなくなっていた。



 目を覚ますといつの間にかベッドに戻っていた。

 途中までは記憶があるんだが……。

 確かギルドで思いっきり飲んだまではよかったが、他のメンバーのノリがひどすぎた。ルミーナが冷やしたエールの美味うまさをバラしてしまったおかげで、他のメンバーのエールも冷やすことになってしまったのだ。

 水を出せる魔法使いは多くいるが、氷を作れたり冷やしたりする概念がなかったせいか、途中、魔法使いから質問責めにもあった気がする。

 それにしても今日は昼から出発になったおかげで少しゆっくりと眠れたのはありがたい。

 さすがに商業ギルドとしても、今回の出来事があったのでこの街の支部で一度打ち合わせを設けることになったため、出発が遅れたのだが、ありがたい。

 いや、出発が遅れたからあんなに飲んだのかもしれない。

「とりあえず起きるか……っ!?

 自分の身体に違和感を感じ、駆け布団をめくるとそこには何も身に着けていない──ルミーナが寝ていた。

「………なんでこうなってるんだ……?」

 俺の動きに反応してか、ルミーナがゆっくりと目を開けていく。

 まだ寝ぼけているのか、俺の腹を枕にして頬をこすりつけながらゆっくりと身体を起こした。

「トウヤ。おはよ~。それにしてもよく寝たな。ここまで運ぶの大変だったんだぞ。ふわぁ~」

 あくびをしながら起き上がるルミーナに、シーツを投げつける。

「る、ルミーナ、服着てないからっ!」

 俺が焦ったように言うと、ルミーナは自分の姿を見下ろして鼻を鳴らす。

「トウヤだったら見られても構わんぞ。一つ屋根の下に過ごした仲ではないか。この護衛中も一緒にテントで寝ただろう」

「そういう問題じゃないよっ! 早く服を着て自分の部屋に戻ってくれっ」

 俺の言葉に仕方ないと言わんばかりに服を着だした。

「もうすぐ朝食だぞ。下の食堂で待っているからな」

 片手を振りながらルミーナは部屋を出ていった。

 一人となってやっと安心してため息をつく。

「まったく……。ルミーナは相変わらずで困るよな……」

 愚痴を言いながらベッドから起き上がり、脱ぎ散らかしていた服を着込んで部屋を出る。


 階段を下りて食堂に行くと、なぜか俺に視線が集中した。しかも視線にはせんぼうと嫉妬がこもっている。

 特に男性陣から……。

 居心地の悪さを感じながらルミーナと同じテーブルを囲む。

「なぁ、ルミーナ。なんか周りからの視線に殺気がこもっているんだが……?」

 ルミーナは食べていたパンを飲み物と一緒に流し込むと、軽く首をかしげた。

「なんなんだろうな? ただ、昨日はトウヤを連れて部屋で一緒のベッドで寝たぞ。と言っただけなんだが」

 こいつ……。

「……理由はわかった。もういい……」

 ルミーナの無頓着さはわかっていたが、こんな時も威力を発揮するとは……。

 ほどなくして出された朝食を無言で食べ、空気の悪さから早々に席を立つ。

 部屋に戻って少しのんびりしながら集合時間まで待った。

 扉がノックされ、ルミーナが迎えに来たので一緒に宿の前に行くと、すでに三人の冒険者が待っていた。

「よし、全員集合だな。それじゃ、一度ギルドに向かうぞ」

 今回依頼を受けている全員でにぎやかな街を歩き、一〇分ほどでギルドに到着した。

 俺は受付嬢に声を掛け、ギルド証と割符をテーブルに置く。

「昨日の分の精算を頼む。あと新しい護衛についてギルドマスターから話があると聞いている」

「トウヤ様ですね、すぐに会議室にご案内いたします。先に昨日の精算分になります。ご確認ください」

 すでに用意されていたのか、カウンターには金貨が何枚も積まれていく。

 金貨二枚あれば普通の人なら一年は過ごせる金額だが、それが次々と積み重なっていく。

「合計で金貨二〇枚と銀貨一二枚になります。ご確認ください」

「うん、確認した。ありがとう」

 俺は金貨と銀貨を一つの袋にまとめて入れる。

 あとで他の冒険者たちと分ける必要があるので、今は自分のものとは別にしておく。

「それでは会議室にご案内いたします」

 受付嬢の後をぞろぞろとついていき昨日の会議室へと入る。

 すでにギルドマスターのバッファと帝国から同行したギルド職員が待っていた。それと見知らぬ冒険者が三人座っている。

 きっと護衛として同行する冒険者なのだろう。

 俺たちが空いている席に座ると、バッファが話し始めた。

「待たせてすまなかったな。代わりに入る冒険者を手配した。この街の冒険者だが、街でも指折りのパーティーだ」

 バッファが視線を送ると三人の冒険者が席から立ち上がる。

 二人は戦士で一人は盗賊シーフ系だろうか。男性三人でそれなりのベテランのようだ。

きゅうきょギルドマスターからの指名ということで、護衛に参加することになった。ここからシファンシー皇国までであるが一緒に向かうので、よろしく頼む」

 代表の一人に合わせて二人も軽く頭を下げた。

「三人ともBランクのベテランだ。護衛依頼で何度も皇国へ行っているので問題ないはずだ」

 確かに皇国へ行ったことのない俺からしたら、ルートがわかっている冒険者が同行するのは助かる。

 Bランクといえばそれなりの実力があると思うし、反対する理由はない。下手な人選をしたら、ギルドとしての面子メンツも立たないし、ギルドマスターも自信をもって紹介したのだろう。

 全員が自己紹介を行い、すぐに出発することになった。

 商業ギルドではすでに出発の準備ができており、護衛の配置を再確認したのち、出発となった。

 この街を出れば、あとは国境の関所を越えシファンシー皇国に入ることになる。

 しかし、前回の襲撃だけで済むとは思えない。皇国に入ってからも油断はできない状況に、荷台に座りながら思わずため息が出る。

「トウヤ、何ため息をついてるんだ? ため息をつくと幸せが逃げるって言うだろ。あと二日で国境に到着する予定だし、気楽に行こう。トウヤの魔法を使えば奇襲など怖くないだろう?」

 ルミーナは俺の魔法を信用しているのか、気軽に考えている。確かに探査サーチを使っていれば奇襲など受けることもないし、十分に用意しての対応が可能だ。

 陽気なルミーナに毒気を抜かれたのかもしれない。寄りかかりながらのんびりと外の風景を眺めることにした。



 国境までの二日間、何事もなく到着することができた。

 簡易的であるが、柵に囲われた中に兵士の詰め所と宿がいくつか並んでいた。

 ここで受付を行ってからシファンシー皇国へと出発することになる。

 しかしすでに夕刻近くなので、ここの宿にて一泊することになった。冒険者用の宿は大部屋が用意されていた。

 追加料金を払えば個室も使えるとのことで、金に困ってない俺とルミーナはさっさと個室をとることに。

 個室といっても、簡素なベッドとテーブルと椅子が二脚あるだけだ。

 まぁ、あの大部屋で寝るよりはマシなのでありがたい。

 ここでは食事の用意はされておらず、護衛メンバーは各自食事することになった。

 商隊の商人たちが用意する食事を購入することもできるが、ルミーナは期待を込めた目で俺を見つめている。

 やれやれと思いながら共用の炊事場近くに次元収納ストレージからテーブルと椅子を取り出すことにした。

 まだ熱い状態のずんどうを取り出して、いくつかの器を並べ、そこにパンを並べていく。日持ちがする硬いパンではなく、焼き立ての柔らかいパンだ。

 それに肉と野菜が盛りだくさんに入ったスープを器によそっていく。

 ルミーナはすでにフォークを手に持ちながら、まだかまだかという期待の視線を送ってくる。

「ほら、準備できたぞ」

「さすがトウヤ。わかっているな」

「酒は出さないからな」

「……仕方ない。これだけで我慢するか……」

 飲む気満々だったのか……。

 たとえ柵に囲まれている詰め所だからといって、ジェネレート王国からどんな妨害があるかわからない。

 この前みたいに酔いつぶれることになったら、何かあった時、対策もとれない。

 しかし全員が簡素な食事をしている最中に、俺たちだけテーブルを囲んで温かい料理を食べていれば目立つのは仕方ない。

 一緒に護衛していたメンバーも、商人から購入したと思われる干し肉をかじりながらうらやましそうな視線を送ってくる。

「「「「「…………」」」」」

 何も言わずに期待を込めた視線に思わずため息が出てしまう。

「……一人一杯だけだからな……」

「やったー! さすがトウヤだっ! おい、みんなトウヤが振る舞ってくれるぞっ」

 護衛メンバーがぞろぞろと集まってくる。その様子に途中から合流した三人も何かあったのかと、同じように集まってきた。

 気がつけば護衛メンバー全員が集まっている。

 次元収納ストレージから全員分の器を出し、一人ずつスープを入れた器を配っていく。

 大量にしまってあるとはいえ、毎日振る舞っていたら帰りの分は足らなくなるなと思いつつ配っていった。

「……本当に分けてもらっていいのか……?」

 やはり途中から合流したからか、遠慮気味であったが、俺は笑みを浮かべて頷く。

「これだけ配って渡さないわけにはいかないだろ。味わってくれ」

「あぁ、感謝する。護衛中に温かい食事がとれることなど皆無だからな」

 三人も俺に頭を下げてから、自分たちの場所へと戻っていった。

 全員に配って落ち着いたので席に座ると、すでに皿に盛ったパンがなくなっていた。

「トウヤ、もうちょっとパンが欲しい。このスープと合うんだよな」

 口元にパンくずをつけたまま笑みを浮かべたルミーナに苦笑しながら、お替わりのパンを皿に乗せ、俺も食事をすることにした。