王家からの依頼


 養護施設の一件から数か月が経過し、のんびりとした生活を送っていると、冒険者ギルドからの急な呼び出しで俺は久々にギルドへと向かうことになった。

「なんか嫌な予感がする……」

 ギルドマスターのグルシアについては手を組んでこの帝都を奪還したという過去があるが、基本さぼってばかりのイメージだ。

 俺も冒険者としてAランクを保持しているが、最近は貴族としての役目などをこなしているので必然的に依頼を受ける時間がない。

 たまにはのんびりとコクヨウと依頼を受けるのもありだなと思いながらギルドの建物に入った。

 ホールには多くの冒険者がおり、依頼票が貼り出されているボードの前では何人かがそれを眺めていた。そのままカウンターに向かい、初めて見る受付嬢に話しかける。

「ギルドマスターから呼ばれたんだけど……」

「はい、ではギルドカードを確認しますのでお出しください」

 受付嬢の言われるままにギルドカードをカウンターに置くと、手に取った受付嬢は驚いたように目を見開く。

「えっ、えっ……ほ、本物ですか?」

 ギルドからもらったカードを『本物ですか?』と聞かれてもこちらが困る。

「うん、本物なはず? 逆に偽物だったら俺が困るんだけど……」

「ですよねっ! 少々お待ちください」

 受付嬢はギルドカードを大切に持ちながら奥へと入っていく。

 ほどなくして戻ってきた受付嬢は緊張した表情をしている。

「と、トウヤ様、こちらへ。ギルドマスターがお待ちしてます」

 受付嬢の後を追い階段を上って突き当たりの部屋へと来た。ノックすると中から許可の声が聞こえたので扉が開かれた。

「どうぞ、中へ」

 俺はそのまま部屋へと入りソファーに腰掛ける。久々に見るグルシアは少しだけ疲れた表情をしていた。

「ちょっとだけ待っていてくれ。あと、茶を頼む」

「わかりました」

 執務机で数枚の書類にサインをして『処理済』の箱に入れていく。

「やっと終わった……」

 グルシアは背もたれに寄りかかりながら、一度大きく背を伸ばしてから立ち上がり、俺の向かいに座った。

 ギルドマスターになってから仕事が増えたのか、やはり以前と違って疲れているようだ。

 まぁ……今までさぼっていたのがわかっているから、少しだけざまぁみろと思ってしまう。

「待たせてすまなかったな。トウヤ侯爵……って敬語使ったほうがいいか?」

「いや、いつもと一緒で構わない。今さらだしな……」

「そう言ってもらえると助かる。ギルドマスターになってから貴族との付き合いは増えたが、どうも敬語は苦手でな……」

 年齢差や身分差はあるが、気軽に話せる友人に近い存在は少ない。俺が侯爵になってからは余計にそうなった。

「それよりも今回は何の用件だったんだ?」

 俺の言葉に、思い出したようにグルシアは手を打った。

「あ、そうだそうだ。護衛依頼を頼みたかったんだよ」

「……護衛? なんでわざわざ俺に……?」

 普通の護衛ならば他の冒険者でも問題はないはず。皇族の護衛ならば近衛騎士が出てもおかしくない。そんな中、俺に依頼する意味がわからない。

「それなんだがな、商業ギルドからの依頼なんだ。確実に届けないといけない書類があるからその護衛だ」

 ……さらにわからない。書類なら一般の冒険者に依頼して届けさせればいいだけのはず。Aランクに依頼することではない。

「まぁ、聞いてくれ。その書類はジェネレート王国からの帝国への賠償金の支払いに対しての証書だ。わかるだろ? お前が絡んだやつだよ」

 アールランドでダンジョンのコアをかけて勇者と戦って勝利し、賠償金として五億ギルを支払うと結んだ証書だ。

 あの時の証書は帝国からシファンシー皇国の商業ギルド本部に届けられて保管されることになっている。

 だからこそか……。

「あの時のね……。それなりの金額だよな……」

「あぁ、そうだな。それでジェネレート王国が実はその書類を奪還しようとしている計画があるといううわさが流れている。あの書類が商業ギルド本部に届かなければ、王国側が書類を破棄してあとは知らないと言い張る可能性があるんだ」

「下手したら商業ギルドと敵対するかもしれないのに……」

「あぁ、だが、知らぬ存ぜぬで通すだろう。決定的な証拠がなければ商業ギルドとしても国を糾弾するわけにもいかないしな」

 ジェネレート王国は短絡的に行動することが多々あるのかもしれない。この帝国に攻め入った時も第三王子がグルシアの口車にのった。そのおかげでこちらが奪還できたというのもあるだろうけど。

「だからって俺が護衛をするのもどうなんだ……? 冒険者としてなら王国の襲撃者と敵対しても問題ないと?」

「まぁ、どこかで襲撃はあるだろう。他の奴に任せてもいいが、うちのギルドとしても無駄に冒険者を危険にさらさせるわけにもいかないしな。ほら、たとえ貴族が出てきてもババーンと侯爵様の威光をチラつかせればいいだけだしな。これ以上の適任者はいないだろ?」

 グルシアは笑いながら説明するが、要は襲撃者に負けない腕があり、貴族が出てきても対応できる俺がいればなんとかなると。

「それにしても、俺なら襲撃があっても平気だと思っているのか……」

「負けることはないだろう? 〝救国の英雄〟なんだからな。あの勇者に勝てる人材が他にどこにいるっていうんだよ? まさか王国も英雄が護衛しているとは思わないだろ。うちとしても商業ギルドにしても今回の運搬については確実に成功させないといけないんだ。だからよろしくな」

「……わかった。受けるようにするよ」

「そうでなくっちゃ! あと、依頼料は普通の護衛料金だからなっ! 頼んだぜっ」

「おいっ! 普通そこ危険料金が加算されるだろう。王国からの襲撃が確実にあるってわかってるんだから」

 確実にあるだろう襲撃、何かしらトラブルがわかっている護衛を他に誰が受けるのか。

「まぁまぁ、さっきのは冗談だ。割高になるだろうし、メンバーも基本的にBランク以上の冒険者を予定しているつもりだから安心してくれ。日程が決まり次第屋敷に連絡するようにする」

「決まったら早めに教えてくれ。こっちも都合があるからな」

「何の要職にもついていないのに忙しいのか? 暇だと聞いているぞ」

 ……何も言い返せない。確かに一時期は貴族の役目などがあり忙しかったのだが、役目を終わらせてからは自由な時間が増えていた。

 今は基本は皇帝の話し相手くらいだし、あとはシャルたちの相手をしたり、養護施設に顔を出すくらいしかしていないな……。

「……その顔はやっぱり正解じゃないか」

 グルシアが笑みを浮かべているが、どうも納得いかない。

 でもまぁ、貴族となってもこうして気軽に会話できる者は少ない。仕方ないかとため息をつきながら席を立つ。

「とりあえず陛下に聞いてくる。さすがに国外に勝手に行くのは問題だと思うから」

「そうだな、帝国の最終兵器に国外逃亡されたらたまらないもんな」

「──まったく。じゃぁまた」

 そのままギルドを後にして屋敷へと向かった。



 いくら護衛任務とはいえ、貴族が国を離れるのには皇帝の許可を得ないといけないことを家令のダリッシュが教えてくれた。

 確かに国の移動が自由な冒険者と俺の立場は違う。侯爵として、他国への抑止力としても働いている自覚はある。

 皇帝の許可をもらいに登城することにした。

 俺が行くとなぜか、すぐに応接室に通されることになった。陛下も忙しいはずなのにすぐに時間をつくってくれる。申し訳ないと思いつつ置かれた紅茶に口をつける。

 すぐに扉が開かれ、陛下が部屋に入ってきた。

「待たせてすまんな」

 俺の向かい側にどっしりと座る。同行してきた文官と護衛の騎士が陛下の後ろへと控えた。

「急に時間をつくってもらってすみません。実は護衛の依頼で国を離れることに……」

 俺の言葉に陛下は眉根を寄せる。やはり国外に行かせるのは問題があるのだろうか。

「なんで急に他国へ行くことになったのだ? どんな依頼だ?」

 俺は商業ギルドからの依頼について話す。自分がいた種であり、もしかしたら襲撃がある可能性についても説明すると、少しだけ悩んでいた皇帝の口元がわずかに緩んだ。

「……その依頼であったか。それは仕方ないのぉ……。冒険者としての役目もあるだろうし、国益のために無事に届けることが必要だ。問題ない、その依頼を受けてもいいぞ」

 なるべく国内にいてほしいという要望があったのだが、簡単に許可が下りたことを少し疑問に思う。

「……ずいぶんと簡単に許可を出してくれるんですね……」

 俺の言葉に陛下はにやりと笑う。

「もし、襲撃があるとすれば、シファンシー皇国内になるだろう。王国からも街道はつながっておるしの。だからといってお主が負けるとは思えん。そうなると、また賠償金が増える可能性もあるからのぉ。復興のためにいくら資金があっても問題ない。頼んだぞ、トウヤ殿」

 ……確実にこれは増える可能性がある賠償金目当てだ。

 俺に信頼をおいてもらえるのはうれしいが、少し違う気がする。だからといってここで反論しても仕方ないと思うし、意味がない。諦めて小さくうなずくだけにした。

 城を後にし、屋敷に戻ってからは家令のダリッシュに指示をして、大きなずんどうをいくつも用意させ、料理を作らせるようにした。俺の時限収納ストレージに入れておけば護衛の間、食事に困ることはない。

 干し肉と硬い黒パンだけの食事は食べたくないからな。

 そうして着々と護衛の日まで準備を進めていった。