陰謀


 役所に設けられている担当貴族用の執務室では、一人の貴族が書類を眺めながら決裁をしていた。

 もともとは父親が担当をしていたが、先日の戦争で亡くなったために代替わりをし、役目を果たしている。

 基本的には上級職の役人がすでに確認しているので、ほとんどが決裁印を押すだけであったが、一枚の申請書で手が止まる。

「おい、誰かいるか」

「はい、お呼びでしょうか」

 一人の役人が貴族の御用聞きのために執務室へと入ってくる。

「これの説明をしてくれ」

 一枚の申請書を役人に手渡す。役人はその場で目を通してうなずいた。

「これは監理官がおりますので今お呼びいたします」

 役人は部屋を後にし、担当した監理官を呼びに向かった。

 ほどなくして監理官が執務室へ入ってくる。

「お呼びと聞きましたが……」

「あぁ、この新しい養護施設についてだ。これはどうなっている?」

「えぇ、実際に監査を行いましたが、収入に少し不安なところはありますが、特に問題はないと思い許可を出しました」

「……収入に不安なところだと? 何があった?」

「実は──」

 上級監理官は実際に現地を見たところを説明する。その説明を聞いた貴族──マッグラー子爵は笑みを浮かべた。

「そうなると、その寄付の主となっている冒険者がいなくなった場合、その養護施設は資金的に回らなくなるということだな」

「……確かにそうですね。まだ若いですがそれなりのランクで資産があるのかもしれません」

「そうか……。例のアレだが、評判が良くてな。もっと増やせないかと要望がきているのだよ」

「子爵……。アレをその養護施設でもやろうと……? あまり手を広げるとどこからか漏れる可能性が……」

「うるさいっ。それでうるおえば問題なくなくなるだろう。また手配は任せたぞ」

「……はい、わかりました。同じように手配しておきます」

 上級監理官は一礼してから執務室を退出した。

 自分の席につき、頭を抱える。今までを振り返り自分のことを品行方正だとは思ってはいないが、それでも限度はあった。

 事が明るみに出たら、子爵ともども極刑になるのは理解していたからだ。

 だが、子爵の言いなりになりいろいろな手配をしたことで今の地位まで引き上げてもらったこともあり、簡単に断ることはできない。

 一度悪事に手を染めたら逃げ出すことなどできず、次々とくるマッグラー子爵からの要望に応えていかなければならなかった。

 諦めた上級監理官はため息をひとつつき、席を立つ。

 そして指示を受けた通りの依頼をするために、役所を後にするのだった。



 侯爵とはいえ領地経営の仕事があるわけでもないので、養護施設へと通う日々が続いていた。

 役所からの養護施設の許可はすぐに下りて、補助金はもう少ししたら支給されるらしいとサヤから教えられた。

 帝国からの支給額だけでは運営はできないが、俺が寄付していれば今後も運営には問題ないはずだ。

 そろそろ冒険者の依頼でも受けようと思いながら、夕食を養護施設で済ませ薄暗くなった街を歩いていると視線を感じた。

 ……誰かにつけられている?

 振り返らずに探査サーチを使う。人通りが少ないとはいえ、まだそれなりに人が歩いている。

 一直線に屋敷へと戻らずに遠回りして歩いていると、やっぱり視線を感じた。

 つけてきているのは五人か。

「これはまっすぐ帰るわけにはいかないよな……」

 俺が貴族だと知っている者はいるが、普通の人の多くは俺がただの冒険者だと思っている。

 だからといって養護施設から出てきているのが知られているのなら放置はできない。

 それにしても心当たりがないんだよな……。直接聞いてみるしかないか。

 足を貴族街ではなく、スラム街へと向ける。だんだん街並みは寂れていき、ふと見つけた路地に一気に駆け込む。

 奥まで行くと見事なまでに突き当たりだった。

 後ろから数人の駆ける音が聞こえてくる。

 ……やっぱり来たか。

 路地に来たのは冒険者風が五人。全員武器をぶら下げている。よろいは皮製だが薄汚れていた。

「さんざん歩きまわりやがって。まさか自分からこんなところに迷い込むなんてな」

「そうだな。手間かけさせたぶん、楽しませてもらおうか」

 先頭に立っている二人がニタニタと笑みを浮かべている。

「俺に何か用が……? 初めて見る顔だけど」

 正直、低ランクにしか見えない冒険者たちに恐怖感などない。

 しかし俺があまりに普通に接しているのが気にいらないのか、一人が眉をり上げた。

「お前には少しの間、冒険者を休業してもらおうと思ってな。そのまま引退になるかもしれんがな」

「あははっ。確かにそうだ。そのまま墓場に行っちまうかもな」

「「「ぎゃはははっ」」」

 男たちの言葉にため息をつく。荒行を日頃からしているのか、すでに自分たちのほうが強者だと思っているようだ。

 これでもAランクなんだけどな……。見た目じゃわからないだろうけど。

「お前たちにそんなこと言われる筋合いもないと思うんだけど……」

「若いのに随分強気だな? だから他から恨みを買うんだよ。武器も持たずにこんなとこ入り込んじまって。荷物も金も全部もらってやるからよ」

「それは……どこかからの依頼ってことか……?」

「さぁな。そんなこと聞いても仕方ないだろう。さっさと仕事終わらせちまおうか」

 全員が剣を抜いた。三人はロングソードで二人は短剣だ。じわじわと俺を囲むように距離を縮めてくる。

「とりあえず腕だけはもらっておかないとな」

「まさか手ぶらのガキが相手とは思わなかったけどな……楽な仕事で助かるな」

 やはりどこかからの依頼か……。待っていても仕方ないので、次元収納ストレージからバスターソードを取り出して先を男たちに向ける。

「さて、どこが手ぶらなのかな? お前たちにはじっくりと聞かないとな」

 どこからともなく出したバスターソードに男たちは一歩だけ後ずさる。

「どこからそんなの出したんだ……?」

「まさか戦士系なのか、こいつ……」

「しかし五人で囲めば問題ない。お前らいくぞっ」

 五人一気に駆けてくる。振りかぶる剣にバスターソードを合わせ一人を吹き飛ばし、もう一人には左手で作った空気弾エアバレットを撃ち、二人が戦闘不能になっているところにそのまま飛び込んでもう一人には蹴りを放つ。残りは短剣を持っていた二人だ。

 そのまま二人の横を駆け抜けて、逃げられないようにポジションを入れ替える。

「あっという間に残り二人だよ? まぁ依頼者を吐いてもらわないといけないから全員逃がすつもりはないけどな」

 バスターソードを構え逆に二人に迫っていく。二人はもう戦意がないのか身体を震わせているが逃がすつもりはない。

 依頼者についても吐いてもらわないといけないし、同じようなことを繰り返さないためにも、きっちりとろうにぶち込むつもりだ。

 二人を続けざまに剣の腹で殴りつけ、意識を飛ばし転がす。

「うーん、とりあえずこいつらどうするかな……。このまま放置して大通りまで衛兵を呼びに行ってもいいけど……。戻ってくるまで無事でいられると思えないしな……」

 ここら辺は裏道だし、スラムも近い。意識がない者が転がっていたら身ぐるみがされるだろう。命まで取られてもおかしくない。

「仕方ない。連れていくか……」

 次元収納ストレージからロープを取り出して、とりあえず全員を並べて縛りつける。

 転がっている武器は次元収納ストレージに仕舞う。

 五人をつなげたロープの端を持ち、身体強化ブーストの魔法を唱え、男たちを引きずるように路地を出る。

 いくら繁華街かられたところとはいえ、それなりに人が歩いている。

 五人をロープで引きずる俺の姿は注目されても仕方なかった。少し恥ずかしい気持ちを持ちながら繁華街のほうへ歩いていくと、こちらに数人駆けてきた。

 向かってきたのは、剣を片手に持った衛兵たちだった。

 やっとかと思い、ロープを手放しため息をついた。

「これはどうなってるんだっ!?

 四人の衛兵は俺のほうに二人、意識のない五人のほうへ二人が確認に向かった。

「歩いてたらこいつらから襲撃を受けて返り討ちにしたので、衛兵さんに引き渡そうかと」

「……五人を一人でか……」

「えぇ、それなりの腕はありますので」

「身分を証明するものは持っているかい? 見たところ冒険者のようだが」

「あぁ、それならこれを」

 俺は懐からAランクの冒険者カードを取り出して見せる。

「Aランクか……。それは、この襲撃者たちも相手が悪かったとしか言えないな……」

 もしこいつらが俺のことをAランクだとわかっていたら襲ってこなかったかもしれない。

 そういえば……。

「そういえば、こいつらは誰かの依頼で俺を襲ったと言っていました。もしかしたらこいつらを雇った依頼者がいるかもしれません」

 俺の言葉に衛兵の隊長だと思われる男が腕を組んで考え込む。

「冒険者を襲うように依頼するか……。しかも相手はAランクと知らずに……。あっ」

 隊長は表情を変え姿勢を正した。

「あの……。もしかしたら貴方あなたは救国の英雄であられる、キサラギ侯爵では……?」

 隊長の一言で衛兵全員の表情が凍りついた。

 この帝国で、俺が冒険者であることは有名なのは自分でも知っている。帝都まで占領されていた戦争の勝敗をひっくり返したのだから。

 しかも勇者との戦いに勝利したことで帝国の住民たちの話題にならないことはなかった。

 〝トウヤ〟という名前と〝Aランク〟という二つの要素に気づけば、俺の名前が出てくるのは仕方ないだろう。

 ならばと、俺は貴族証も取り出し提示する。

「あぁ、黙っていてすまない。トウヤ・フォン・キサラギだ。今は冒険者の格好をしているので考慮してほしい」

 俺を救国の英雄だと認めると、衛兵たちの目は一気に輝いた。

「おぉ、あの英雄と会えるなんてっ! ファンです!」

 若い衛兵がそう言いながら俺に向かってきたところで、隊長がその首根っこをつかんだ。

「お前、失礼だろう。侯爵閣下だぞ! キサラギ侯爵、失礼いたしました」

「いや、それは構わない。それよりもこいつらを頼む。できれば裏にいる依頼者を吐かせてもらえれば助かる」

「わかりましたっ! 責任をもって吐かせます。おいっ、こいつらを詰め所へ連れていけっ!」

 隊長にこいつらが持っていた武器も手渡し、襲撃者たちを連行するのを見送った。

「それにしても誰だろう……。俺の実力を知っているならあんなレベルの襲撃者に依頼なんてしないはずなのに……」

 俺のことを知っている者ならありえない。それなら一体誰が……?

「そのうち犯人が誰だかわかるかな……」

 そう思いながら屋敷へと足を向けた。



 数日後に衛兵が報告のために屋敷を訪れた。

 依頼してきた人物はフードをかぶっており、男性だとはわかったが人相については不明とのことだった。

 まぁ仕方ないよね。そんな簡単にわかるはずはないし。

 襲撃した者たちは冒険者ではあったが、Dランクだった。冒険者ギルドからの情報ではあまり依頼を受けている様子はなく、裏稼業専門なのだろうとの推測だった。

 結局、依頼者はわからずじまいである。

「さて、何もわからなかったか……。俺のことだけ狙われるなら問題ないけど、もし養護施設に向かったら、いない時じゃ対応できないし」

 ルミーナが泊まっているから問題ないとは思っているが、日中からいるとは限らない。

 最近は冒険者ギルドで依頼を受けていたしな……。

 一度相談してみるか……。


 数日後にギルドの一角にある酒場でルミーナと打ち合わせを行うことになった。

 養護施設でもよかったのだが、きな臭い話のため、サヤに聞かせるわけにもいかずギルドの酒場でとなった。

 まぁルミーナの要望でもあったんだけど……。

「トウヤ、まずは冷やしてくれ」

 エールのがれたジョッキを俺に突き出してくる。

 相変わらずのルミーナに苦笑しながらも、魔法で俺の分を含めて冷やしていく。

「まぁ話をする前にとりあえず乾杯だ。かんぱーい!」

「乾杯!」

 向かい合ったテーブルでジョッキをぶつけ合い、口へと運んでいく。

 やはりエールは冷えているほうが美味うまい。

「ぷはっ! やっぱり冷えたエールは最高だな。本当ならトウヤとはパーティーを組んで常に一緒にいたいが、そうもいかんからな……貴族様なだけに」

「今はそれはなしでかまないだろう……。昔からの仲なんだし」

 ルミーナとは気づかいされない関係が続いているのがありがたい。

 冒険者ギルドの中でも交友はあるが、やはり俺が侯爵という立場上、踏み込んでくることもないし、どこか気を使っているのを感じるからだ。

 しかも同じ依頼を受けた者は俺の実力を垣間見て余計に壁のようなものを感じるらしい。貴族であるシャルやアルは現在城で生活しているため一緒に依頼を受けることなどないが、ルミーナは同じ冒険者として対等な立場でいてくれる。

 たまにおかしなことを発することもあるが、この世界に来て数少ない心を許せる友人と酒を交わしあうのはやはりいい。

 酒が少し進んだところで肝心の用件を話すことにする。

「トウヤのことを襲うなんて……。相当なバカだな。普通に依頼をこなしていれば嫌でも耳にするだろうに。本当に裏の仕事しかしていないのかもしれないな……」

「あぁ、そこはギルドマスターグルシアにも調査を依頼している。背後に誰かいるはずだからな」

 ルミーナは腕を組んで少し悩み始める。

 腕を組んだことによって持ち上がる胸に少しだけ視線がいく。

「わかった。なるべくサヤたちと一緒にいることにする。依頼も近くの日帰りのものを選ぶつもりだし、もし日をまたぐ依頼を受ける場合は事前にトウヤに話をしておくな」

「あぁ、そうしてもらえると助かる」

「そういえば、養護施設のことで聞きたいことがあったんだ」

 帝都でいくつもある養護施設のうち、見学させてもらった一か所だけやたら豪華な建物で神父も多くの金品を持っていそうなこと。子供たちは何かの作業をひたすらしていて、他とは違い元気がなかったこと。

 俺が疑問に思ったことを話していくと、ルミーナの表情は曇っていく。

「いくら大手商会からの寄付が多いからって、ぜいたくさせるほどの寄付は行わないはずだ。きっと何かあるな……。あっ、もしかしたら……」

 ルミーナは何か引っかかることがあるようだ。

「どうした、ルミーナ? 何かあるなら教えてほしい」

「あぁ、実はギルドの受付嬢から、高ランク向けに内々で依頼の相談があったのだが、商会と他国との裏取引の調査というものだった。それには人身売買も含まれる。この帝国では奴隷制度は認められていないが、他国では違う。隣国のシファンシー皇国では合法だしな」

「……もしかするとその商会と繋がっているかもしれないと……?」

「まぁ可能性があるだけだがな……」

 養護施設の様子を思い浮かべてみると、確かに成人間際の子供たちは少なかった気がする。実際に成人である一五歳を迎えると養護施設を出なければならない。普通なら繋がりがある商会に勤めたり、冒険者になったりするのだが、それがもし人身売買として売られていたら……。

 思わず握りしめた拳に力が入る。

「トウヤ、そんな顔をするな。それなら私とその依頼を受けてみるか? 確か依頼の難度はCランクだったはず。私たちなら問題なく受けられる。今までは一人だったから受けなかったが、トウヤと一緒なら問題ないはずだ」

「あぁ、一緒に受けるよ。もし人身売買などしているなら許せないからね」

「わかった。明日依頼を受けておく。できれば一緒に来てほしいから昼にギルド待ち合わせでいいか?」

「うん、よろしく」

 ルミーナと明日からの依頼について話し合い、その日は解散することにする。


 次の日。ダリッシュを呼び、疑惑の残る養護施設について調べてもらうことにした。

「あの養護施設ですか……。確かあそこの養護施設と取引をしているのは、スエーン商会だったと思われます。皇国との輸出入が主な取引だったかと」

「そうか、スエーン商会のことを少し教えてほしい」

「はい、スエーン商会は──」

 思ったよりダリッシュは情報を持っていた。優秀な家令を紹介してくれた陛下には感謝するしかない。

 冒険者の装いをし、ギルドで待ち合わせしているルミーナと落ち合う。

 まだギルドの調査依頼は残っていた。

 調査だけになるので、依頼料はあまり高いわけではない。しかも調査する商会すら定まっておらず、塩漬け状態だったのが理解できた。

 ついでにギルドマスターに面会を頼むと、新人だったのか受付嬢が顔をしかめる。

「ギルドマスターはいろいろと忙しいのです。そんなに簡単に会えませんよ?」

「わかっている。これを見せてダメならそれでいい」

 俺はギルド証をテーブルに置く。

 見て一発でわかる金色に光るAランクのカードを見て、受付嬢の顔が青ざめた。

「Aランクですかっ!? 失礼しました。すぐに確認してきます」

 焦ったように受付嬢は奥の階段を上っていく。数分もしないうちに額に汗をかいた受付嬢が戻ってきた。

「ギルドマスターがお会いになるそうなので、ご案内いたします」

「あぁ、助かる。ルミーナ行くぞ」

「わかった」

 ルミーナと一緒に受付嬢の後を追う。

 ノックをして許可が出ると受付嬢とともに部屋に入る。

「よう、トウヤ。久々だな。もう冒険者稼業などしていないと思ったよ」

「グルシアも相変わらずだな。またさぼって酒でも飲んでるのかと思ってたよ」

「おいっ! それは言うなよっ! あの時はあの時だ。今は仕事をしているぜ」

 グルシアが笑みを浮かべ手を差し伸ばしてきたので軽く握手をする。

 帝都奪還計画で俺とともに活躍し、褒賞として正式なギルドマスターとなったグルシアと気軽に会話する俺に受付嬢は驚いたような表情をした。

「あ、お前はトウヤのこと知らないんだっけか」

「はい……存じ上げておりません‥…」

 ギルド内でも俺のことは少数にしか知られていない。冒険者稼業をするのに〝救国の英雄〟と〝侯爵〟の知名度は邪魔でしかないからだ。

「なら仕方ないか。受付なら覚えておけよ? こいつがこの帝国の〝救国の英雄〟でもあるキサラギ侯爵閣下だぞ」

「えっ……えっ!? えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!

 含み笑いをするグルシアと顔を真っ青にする受付嬢。

 その場で膝をつこうとする受付嬢を止める。

「……先ほどは申し訳ありませんでした……。知らなかったとはいえ失礼な言葉を……」

「いいよ、今は冒険者としてここにいるしね。最近はあまり冒険者の仕事はしていなかったから仕方ないよ」

「ありがとうございます。それにしてもあの英雄とお会いできるなんて光栄です。ぜひとも握手してもらえますか……?」

「まぁそれくらいなら……」

 気軽に握手に応じると、先ほどまでとは違い満面の笑みを浮かべて受付嬢は部屋を退出していった。

「とりあえず座れよ。何か用事があるんだろ」

「あぁ、依頼を受けるにあたってな」

 裏取引の調査の依頼を受けたことと、養護施設とダリッシュから聞いたスエーン商会についてルミーナを含めて話をしていく。話を終えるとグルシアは腕を組んで考え始めた。

「スエーン商会は確かにシファンシー皇国との輸出入で潤っているな。それにしても養護施設と組んで人身売買か……ありえるな……」

「あぁ、他の商会にもあるんだろうが、今回はスエーン商会と養護施設を主に調べるつもりだ」

「調査といってもトウヤの場合、そのまま解決しちまいそうだしな。よし、調査だけでなく解決までしたら、依頼料は上乗せするぜ」

「まだ解決できるとは言ってないけどな……」

「いや、これは多分トウヤにしか解決できないはずだ」

 自信満々に言うグルシアにルミーナは首をかしげる。俺も同じ気持ちだ。

「なぜ、トウヤじゃないとできないんだ?」

「そりゃ、裏に──貴族がいるからだ。普通の冒険者が対応しても、貴族にもみ消される。場合によっては不敬罪とか理由をつけて冒険者が断罪される可能性だってある。それに比べてトウヤは侯爵閣下だろう? それを処分できる奴なんてこの帝国には一人もいないだろう」

「……確かに」

 ニヤリと笑って答えたグルシアに、ルミーナは深く頷いた。

 確かにそこらの貴族が出てきても、俺に文句を言えるはずもない。しかも俺が違法性を確認したらその場で断罪すらできる立場だ。

 それだけこの帝国で上級貴族というのは強い存在だった。

 まぁ勝手に断罪をして処分することはないだろうけど。陛下に確認はしておくつもりだし。

「これでこの塩漬け案件が解決するのは確定だな」

「おい、随分簡単に決めつけるな」

「そりゃそうだろう。この帝国を救った英雄が、こんな案件楽にこなしてもらわないとな。あ、そうだ。あの酒持ってないか? 大事に飲んでいるが手に入らなくてな……」

 俺の持っている酒か……。この帝国を救った時にも乾杯したしな。

 仕方ないから時限収納ストレージから一本だけ取り出してテーブルに置いた。

「おお! これだこれ! やっぱり持っているじゃねーか。助かるぜ!」

 喜ぶグルシアにルミーナは不思議な表情をする。

「……トウヤ……。その酒はなんだ? 私は飲んだことないぞ」

「なんだ? トウヤと付き合い長いのに飲ませてもらったことないのか? めちゃくちゃ美味いんだぞ」

…………

 ルミーナからの無言の視線が痛い。

 諦めて時限収納ストレージからもう一本取り出してルミーナの前に置く。

「さすがトウヤ。わかっているな」

「ルミーナだっけか。その酒は美味いぞ。以前トウヤから一本もらったから、封が開いているやつがあるはずだ。ちょっと飲んでみるか?」

「ギルドマスター。それはいい考えだ。私も試飲したいしな」

 ちょっと待ってろよ、と言い、グルシアは奥の棚から半分以上減っている同じ瓶を持ってきた。

 グラスも三つ取り出し、少しだけ注いでいく。

「おい、グルシア。職務中は飲んだらダメなんじゃないか? 前にもそれで怒られていたよな」

「トウヤ、細かいことは気にするな。これは仕事だ。侯爵閣下に誘われてお付き合いしているんだから、断れるわけないだろう?」

 もっとも染みた言い訳に思わずため息がでる。

「まぁそれよりも飲むぞ。依頼の完遂を願って乾杯」

「乾杯!」

「……乾杯」

 三人でグラスに口をつける。

 芳香な味わいが口の中に広がっていく。

 やはり美味いな……。

 ルミーナも一口飲んで目を大きく見開いた。

「トウヤ、この酒はいったい!? 酒精は強いがこの香りと口の中に広がる芳香な味。なんで今まで隠していたっ!?

「そう言われてもな……。いつも冷やしたエールしか飲んでないし」

 ルミーナは冷やしたエールを飲むためにしか酒場に行かない。

 まさか店に自分の酒を持ち込むわけにもいかないので、この酒を出すことはなかったのだ。

「美味いだろ。ほら、もう一杯」

「ギルマス、感謝する」

 俺を放置したままでのグルシアとルミーナの試飲という飲み会は、他のギルド職員が来てグルシアが怒られるまで続いたのだった。



 さっそくルミーナと二人で養護施設の監視を始めることにした。

 路地裏から養護施設の入り口を見ているだけなのだが……。

「……それにしてもルミーナ、その格好は……?」

 どう見てもルミーナの格好は不審人物だ。

「いや、目立たないような格好をしてきただけだが……?」

 ルミーナはいつものビキニアーマーに頭までフードを被っているだけなのだが、その色がおかしい。

 なぜこんな時に目立つピンク色を着ているんだ……?

 しかも無意味に飾りがヒラヒラとかついているし。逆にどこで売っているのか知りたいと思うくらいだ。

 通りかかった通行人もルミーナのことをチラッと見て目を逸らす。

 一緒にいる俺も通行人だったら目を逸らすと思う。

「……そうなんだ。そのフードはどこで……?」

「いや、酒場でしょうかんの子と仲良くなってな、目立たない格好と言われて教えてもらったんだが……。何かおかしいか?」

 その女に説教をしたいと思う気持ちを抑えながら、養護施設の入り口に視線を送ると、ルミーナがゴソゴソと荷物をあさって目の前にパンを出してきた。

「これは……?」

「いや、監視するならこれは必須と言われてな。ほら、ミルクもあるぞ」

 どこの探偵だよっ! って突っ込みたいのを我慢してパンを受け取る。

 さすがにこの世界には日本のようにあんパンはないから、サンドウィッチだった。

 一口食べたが、なかなか美味おいしい。

 ミルクも受け取って飲んだが……少しぬるい。ルミーナも同じことを考えていたようで、ミルクが入っている瓶を俺に突き出してきた。

 仕方ないなと思いながら魔法で冷やしていく。もちろん自分の分もだ。

 冷えたのを確認したルミーナは、一口ミルクを飲んで満足したように頷いた。

「やはりエールもミルクも冷えているほうが美味いな」

「確かにな……」

 言ってることには同意できるが、なぜ監視するのにパンとミルクを用意したのか、ルミーナに無駄な知識を教えた人に問い詰めたい。


 監視を始めたが、大きな問題が一つだけあった。

「ルミーナ……。やっぱり、ソレ、どうにかならないか?」

 俺の言葉にルミーナは不思議そうに首を傾げる。

「何か問題があるのか?」

「あるよっ! どう考えても監視にその格好はおかしいだろ」

 いつものビキニアーマーも変なのに、上にピンク色のフード付きのマントはさらに変だ。

「そんなものどこで手に入れ──。もういいっ。目立たないようにしてくれ」

 渋々ながら頷いたルミーナと監視を続けることになった。


 数日がった時、商会風の男が養護施設へ入っていった。

「おい、ルミーナ。入っていったぞ」

「ついにか……。もっと時間がかかると思っていたが」

 会話を聞ければ決定的だと思うが、忍び込むわけにもいかず、そのまま監視をしていると一時間ほどで神父と一緒に出てきた。

「では、神父。いつものように明日よろしくお願いしますね」

「ふふふ、もちろんです。子供たちには明日寝室を分けるように手配しておきます」

 男が立ち去った後、神父は養護施設の中に戻っていく。

 やはり正解だったか。明日、何かしら取引があるはずだ。もっと長期間かかると思っていたが思ったより早く決着がつくかもしれない。

「ルミーナ、明日、何かしら取引があるみたいだ。明日は昼夜監視するぞ」

「あぁ、わかった。武器は携帯しているが、今日と変わらない格好をしてくるつもりだ」

 初日からピンク色のフードを被ったままだったが、ルミーナの中では当たり前の格好のようで、もう口を挟まないことにした。

 あとは明日、どんな取引があるのか……。

 俺はしばらく養護施設の入り口を見つめてからギルドへと向かうことにした。


 冒険者ギルドでグルシアに状況を話し、連絡用に冒険者を一組手配してもらうことになった。

 ギルドへの連絡、場合によっては衛兵たちにも連絡しなければならない。

 戦闘が起きたとしても俺たち二人で十分に対応は可能だと思うが、その後がどうにもならない。

 戦闘をさせるつもりはないのでグルシアに任せたが、紹介されたのはまだ若い三人組だった。

 若いといっても俺ととしは変わらないだろうが……。

 男性二人と女性一人でランクはEランク。ルミーナを見て男二人は顔を赤くし、連れの女性につえたたかれている。

「私はルミーナ、Bランクだ。剣士をしている」

「依頼を受けてくれてありがとう。俺はトウヤ、回復術師プリーストでランクはAだ」

 歳の変わらない俺がAランクだと知り、三人は目を大きく見開いた。

 まぁそれは普通の反応だよな……。

 各自の自己紹介を終え、役目について説明していく。三人は納得したように大きく頷いた。対人戦を行う可能性がなくなったことに安心した様子だ。

 路地裏に隠れて様子をうかがいながら待っていると、一台の馬車が養護施設の前にまった。帆がかかっており、中身は見えない。

 馬車からは数人の大人が出てきて次々と建物に入っていく。

「もしかしたらアレかもしれない。みんな準備はいいか?」

「もちろんだ、いつでも準備はできている」

 三人とも頷いて、いつでも駆ける準備ができていた。

「出てきたところを俺とルミーナが襲い掛かって証拠をつかむ。そうしたら衛兵詰め所とギルドに通報に行くんだ」

「「「わかりました」」」

 いつでも出られる準備をして待っていると、男が大きな袋を肩に担いで出てきた。

 次々と馬車の後ろへと放り投げていく。

 探査サーチで確認すると袋の中身は人間で間違いない。恐らく養護施設の子供たちだろう。

「よし、ルミーナ行くぞ」

「おうっ!」

 ルミーナと二人で馬車へ向かって静かに駆けていく。ルミーナはそのまま馬車の後ろから乗り込み、俺はその前で待機する。

 待ち構えていると男が肩に袋を担いだまま外に出てきた。

 俺に気づいた男は表情を変えて叫ぶ。

「お、お前らっ!」

 バスターソードを出てきた男に向ける。

「その袋の中身を見せてもらおうか? もし……子供だったらわかっているだろうな?」

……っ!?

 男は袋を無造作に投げ捨てると、懐からナイフを取り出して俺に向けてきた。

 俺が男たちを引きつけている間にルミーナは馬車へと忍び込み袋の中身を確認していく。

「トウヤ! やはり袋の中は子供たちだ。他のところにも寄ったみたいで別の子供たちがいる! 予想通りだっ!」

「やっぱりな。お前ら子供をどうするつもりだったんだ? まぁ全部吐いてもらうけどな」

 ナイフを構え襲い掛かってくる男をバスターソードの腹で殴りつける。男は一発で意識を飛ばしその場で倒れていく。

 俺は隠れて見守っていた冒険者たちに各所へ通報するように合図を送ると、三人は駆けていった。

 これで出てきた奴らを捕まえて、あとは……神父だな。

 出てきた男は全部で四人、そして最後に神父が出てきた。

「……これはいったい……お前はっ!」

「神父……お前がやっていることはもう割れている。すぐに衛兵も駆けつけてくるだろう」

「な、なんだとっ! お前たちこいつを殺すんだっ」

「あぁ、わかっているよ。お前らこいつを囲め」

 四人が子供の入っている袋を投げ捨てて俺を囲むように迫ってくる。

「おら、死ねっ!」

 四人同時に襲い掛かってくるのを軽くかわし、一人ずつ剣で打ちつけ意識を奪っていく。

 全員の意識を刈り取るのにかかった時間は一分にも満たなかった。

「ま、まさかそんな……。えいっ」

 神父はナイフを拾い上げると、転がっている袋を手繰り寄せ、ナイフを当てた。

「お前ら、子供がどうなってもいいのかっ!?

「……おい、神父が保護している子供を盾にとるってどういうことなんだ?」

「私は関係ないっ! こいつらが仕組んで頼まれていただけだっ……ぐはっ」

 神父の視線が俺に集中している間に、ルミーナが気配を消し神父の後ろに回り込んで首に手刀を放った。

 一撃で意識を刈り取られて神父はそのまま崩れ落ちた。

「よし、これで全員だな。ルミーナ、このひもで縛ってくれ」

「ああ、わかった」

 時限収納ストレージから取り出した紐で男たちを縛っていく。逃げられないように手首を体の後ろで縛り、同時に足首も縛りつける。

 皆を縛りつけてから、子供たちが入っている袋を開けていく。

 やはり口を縛られていた子供たちだった。全員の意識がない。もしかしたら薬で眠らされているのかもしれない。

 しかも男たちに投げ捨てられた時にできたと思われる擦り傷があったので、回復と状態異常回復の魔法を掛けていく。

 回復させると子供たちは次々と目を覚ました。

 状態異常回復で目覚めるなら眠り薬か何かで眠らされていたのかもしれない。

「あれ、なんで外にいるの……?」

 目をこすりながら起きてくる子供たちは成人する手前に見える。

「大丈夫か? 痛いところもないかな? 寝る前のこと教えてもらっていいかな?」

 俺の問いに子供たちは少し悩んだあと、ゆっくりと口を開いた。

「うんと……。神父様から今日は違う部屋で眠るように言われて……。そういえば甘い匂いのする部屋だった気がする……」

 俺は気絶して倒れている神父をにらみつける。

 やはり神父もグルだったか。

「トウヤ、全員縛り上げたぞ。次はどうするんだ?」

「とりあえず神父を起こしてどこに運ぶつもりだったのか吐かせよう」

「わかった。ほら、起きろ!」

 ルミーナは神父のほおを叩き始めた。何度か叩いているとうなり声をあげながら意識を取り戻した。

「うぐぐ……な、なんだっ!?

 自分が縛られて身動きがとれないことに気づき、周りを見渡して男たちも縛られていることを理解したのか眉根を寄せた。

「お前たち、何をしているのかわかっているのか……? 冒険者風情が誰を相手にしているのか──」

「──うるさい。誰が相手だろうが、お前が子供たちを売り渡そうとしたことは変わらないだろ……?」

 少しだけ殺気を放つと神父は震えながら後ずさっていく。

 一歩ずつ神父へと近づいていくと、遠くから大勢の足音が聞こえてきた。

「こっちです!」

 通報しに行った冒険者たちが衛兵を連れてきたようだ。

 視線を送ると一〇人ほどの衛兵が一緒に駆けてくる。

 衛兵が到着すると、縛られている男たちと神父をいちべつしてから俺に視線を送る。

「こいつらが人身売買の犯人で間違いないか?」

「えぇ、袋に子供たちを詰めて運んでいるのを目撃しましたから。馬車の中には他の養護施設からさらったと思われる子供たちもいるので確認してください」

「わかった。お前たち馬車を確認しろ」

「「「はいっ」」」

 衛兵の数人が馬車へ乗り込み、他は気絶している男たちを起こし始めた。

「おい、お前たちが犯人で間違いないな」

「ふんっ、知らないな。俺たちはここにいただけなのにこいつらに襲われたんだ」

「そんな言い訳が通じると思っているのか?」

「そんなの関係ない。俺はスエーン商会の者だ。子供たちはうちの商会で見習いとして雇うから連れてこいと言われていただけだ。なぁ神父、そうだろう?」

「そ、そうだっ。その人の言っている通り。だから悪いことなどしておらんっ」

 無茶苦茶な説明に少し驚いた神父も、あわてて首を大きく縦に振って同意する。

 衛兵は俺に視線を送るが、他にも証拠はある。

「子供たちが寝かされていた部屋を調べてくれ。甘い匂いの眠りの香があるはずだ。それにその袋の中も。子供たちはその中に入れられておりしている子供もいた。中に血がついていてもおかしくない。子供を商会で引き取ると言いながら、眠らせてこんな夜中に袋に詰めて運ぶのか? お前のところの商会は」

 俺の的確な言葉に男は言葉を詰まらせる。

 どう言い訳をしてもこの状況が物語っている。それだけは覆らない。

 男はいまいましそうな表情をしながら、衛兵に引き立たされる。

「お前たち、どうなっても知らないぞ? 俺たちの後ろにはマッグラー子爵という貴族様がついてるんだからな」

「「……!?」」

 衛兵は一気に表情を変えた。

 やはり貴族が出てくると衛兵たちでは対応できないのかもしれない。

 だけど俺には関係ない。

「……だからどうした? それならこの人身売買はそのマッグラー子爵がやっているということなのか? それなら俺たちもギルドにそう説明するつもりだが。勝手に貴族の名前を出して──わかっているのか?」

 俺の言葉に失敗したと思ったのか、男は舌打ちをする。

「こいつらの取り調べはこちらでやっておく。君たちも詰め所に同行してもらっていいか?」

「えぇ、もちろんです」

 馬車や証拠品を押収し、宿泊している職員をたたき起こし、状況を説明した後に二名の衛兵と助っ人の冒険者三人、そして子供たちを残し、衛兵たちが神父と男たちを連行する。俺とルミーナもそれに同行した。

 冒険者の三人には朝になったら依頼は完了として報告していいと伝えてある。

 一人の衛兵と会話をしながら歩いていたのだが、スエーン商会と事を構えることになるかもしれないと教えられた。

 この帝都でも大きな商会で貿易などを手掛けているとのことだ。

 マッグラー子爵がこの件に関わっているのかはわからないが、確実に繋がっているはずだとこっそり教えてもらう。

 それにしても貴族か……。正直、俺の名前を出せばいいんだろうけど、今の時点で身分を説明したら証拠を隠滅される可能性がある。

 ギリギリまではあくでまで冒険者としてのトウヤでいなければならない。

 上手うまく網にかかってくれればいいんだけどな……。

 そう思いながら衛兵たちの後を追い、詰め所へと向かった。



「なんだとっ!?

 スエーン商会の応接室で一人が怒鳴り散らしていた。

 昨日の人身売買の現行犯で捕縛されたことは、次の日の朝にはスエーン商会の会頭の耳へと入る。

 会頭はすぐに上級監理官に連絡を行い、そこからマッグラー子爵へと報告を行う予定であったが、衛兵詰め所からも役所へと連絡があり緊急性が高いとのことで、朝一番でマッグラー子爵へと報告がなされた。

 自分が関わっているだけに腹の中は煮えたぎっていたが、それを表情に出さずに淡々と報告を聞き指示を出した。

 会頭自身も詰め所へ赴き事情聴取に応じたが、知らぬ存ぜぬで通し夕刻には解放されることとなった。

 そしてその日の夜に三者で極秘の会談が設けられた。

 会頭からの説明を聞いていたマッグラー子爵は、怒りで飲んでいたワイングラスを投げつける。

「なんで捕まったんだっ!? いつもの通りであったのだろう」

「それが……何やら冒険者が嗅ぎまわっていたらしいです。それで現行犯で……」

「どうするつもりだ!? 相手方とは話がついてるんだぞ。すぐに他の子供を用意しなければならんだろ」

「そうは言ってもですね……。今回のことで各養護施設に通達が回ったらしく、子供たちの人数まで確認しに来ているらしいです。あそこの養護施設には衛兵が詰めておりますし……」

 そこで黙っていた上級監理官も口を挟む。

「実はですね……。その捕縛した冒険者というのが、前に数人けしかけて逆につぶされてしまったAランクの冒険者なんです」

「なに……Aランクだと……。そんな高ランクがなぜ養護施設の調査などやってるんだ!?

「それが……養護施設を支援しているようなのです。私が監査をしたので間違いありません」

 上級監理官の言葉にマッグラー子爵は考え込む。

「そういえば新規の養護施設の許可を承認したな……。その養護施設のことを教えろ」

「えぇ、実はそこの養護施設は──」

 養護施設の子供は多くないが、若い女性一人が運営していることを上級監理官が説明していく。

 若い女性一人と聞き、マッグラー子爵の口元が緩む。

「その運営者の女はどうなんだ……?」

「まだ成人して間もないですが、それはなかなかの……。まさかっ!?

「冒険者なら、依頼を受けて留守も多かろう。新しい養護施設の子供が誰もいなくなってもおかしくはないだろう?」

 マッグラー子爵は、注文を受けていて足りなくなった子供をその養護施設から補充することにした。

 上級監理官も深く頷く。

「確かに。冒険者は依頼を受けないと金銭は入ってきませんからね。高ランクの冒険者なら遠くの依頼を受けることも多いでしょうし。その養護施設に寝泊まりしている様子ではありませんでしたからね。一晩で全てを終わられば……」

 上級監理官の言葉に満足したマッグラー子爵は、新しいグラスにワインを注いで一気に飲み干した。

「なら、わかっているな……? 三日以内になんとかしろ。あと、女はわしの屋敷へと連れてこい。じっくり調教してやるから」

「わかりました。うちの商会の裏の者を全員集めます。三日後までに必ず」

「うむ、それでいい。あとは任せたぞ」

「「はいっ」」

 その後、マッグラー子爵が商会を後にし、上級監理官と会頭の二人が残る。

 先ほどまでの緊張感は抜け、二人はゆっくりとくつろぎながら酒を酌み交わした。

「それで上手くいきそうか……?」

「必ず成功させねばなるまい。それにしてもマッグラー子爵も無理を言われる。今後は警戒されるだろうから少し大人しくしないとまずいな……」

「そうだな。役所のほうはこちらで上手くやっておく」

 こうして遅くまで二人の密談は重ねられていったのだった。



 衛兵たちの調査が行われて二日が経った。

 いましんちょくはないとのことだ。実行犯は逮捕されたが、裏にいるであろうスエーン商会とマッグラー子爵には辿たどり着いていない。

 俺が屋敷に乗り込んだとしてもシラを切られておしまいになるだろう。

 どうにかならないかと考えながら眠りについていると、フェリスに起こされた。

「トウヤ、来客。急いでいるみたい」

「う、うん……。わかった。起きる」

 寝間着のままであったがホールに行くと、息を切らしたルミーナがいた。

「トウヤ! すまない! 子供とサヤが……誘拐されたっ!」

 その言葉で眠気が吹き飛んだ。

「なにっ! ルミーナ! どういうことだ!?

 肩で息をしながらルミーナは説明を始めた。


 日帰りの依頼をこなし、養護施設で寝ていると急に騒がしくなって部屋を出た。

 すると顔を隠した男が一〇人ほど養護施設に侵入していた。

 すぐに剣を持ち男たちに立ち向かったが、サヤと子供たちの首にナイフを当てられ人質にされていて、何もできなかったと。

 サヤと五人ほどの子供が連れていかれたと。


 悔しそうに崩れ落ちるルミーナの肩にそっと手を当てる。

「──行き先はわかっている。すぐに着替えるから待ってろ」

 俺はすぐに着替えをし、ルミーナと一緒にコクヨウにまたがる。いつもなら他の人を乗せるのを嫌がるコクヨウだったが、俺の真剣な表情を察してか、ルミーナも乗せてくれた。

 二人で貴族街から一般街を抜けていく。

 目的地はスエーン商会だ。

 誰も歩いていない暗い街中を全力でコクヨウを走らせる。

 裏手の荷さばき場に馬車が停まっているのを確認すると、そのままコクヨウに屋敷の扉を蹴破らせた。

 勢いよくはじけ飛ぶ扉を気にせず、俺とルミーナは屋敷へと侵入する。

 建物の中を探査サーチで探ると、一つの部屋に数人がまとめられており、すぐに子供たちの居場所はわかった。

 しかし豪快に音を立てて侵入したことで、警備の男たちが次々と現れた。

「侵入者だっ! 早く集まれ!」

 一〇人を超える男たちがすぐに俺たちのいる場所に集まってくる。

「……トウヤ、ここにいる奴ら、見覚えがある。養護施設を襲った奴らだ」

「……わかった。あとは俺に任せろ。ルミーナは自分の身を守れ」

 俺はゆっくりと男たちに近づく。

「お前たち……俺はお前たちを許すつもりはないぞ。攫った子供たちを返してもらおうか?」

「ふんっ、そんなの知らんな。それよりもこの人数差でどうにかなると思っているのか?」

 各自が剣やナイフを取り出して構えているのに、俺だけは手ぶらだ。

 時限収納ストレージからバスターソードを一本取り出して構える。

 何もないところから剣を出したことに男たちは身構えるが、引くことはない。

「ルミーナは子供たちを頼む。いる場所は……そこの奥の部屋だ」

「わかった。子供たちは任せておけ」

 子供たちの居場所を言い当てられて男たちに緊張が走る。

「これだけいれば怖くねぇ、お前らやるぞ」

 男たちが一斉に襲ってくるが、バスターソードを一振りすると、三人の上半身と下半身が分かれることになった。

 今回だけは容赦するつもりはない。

 三人が一振りで殺されたことに動揺したところのすきをついて、ルミーナは子供たちの場所へと駆け抜けていく。

 男たちをくぐりルミーナが向かった通路をふさぐように立つ。

 右手でバスターソードを構え、左手には魔力を込め空気弾エアバレットを放ち二人の身体に風穴を開けて吹き飛ばす。

 ……残り五人だ。数分で片がつくだろう。

 一人を上から斬り捨ててそのまま返すようにもう一人を斬る。

 残り三人になったところで、ルミーナが部屋から出てきた。

「トウヤ! 子供たちは全員いる! でもサヤがいないっ!」

「わかった。お前ら、もう一人の女の子はどこにいった……?」

 一人の男が口元を緩める。

「さぁな、俺たちは知らねぇな。もしかしたらどこかで野垂れ──」

 言葉を最後まで言わせずに首を斬り飛ばした。

「残り二人……。お前らも言わないつもりか……?」

 一〇人いたはずが数分で残り二人になったことで、男たちは剣を捨てしりもちをつきながら後ずさる。

「殺さないでくれ。女は会頭が……貴族のところへ連れていったはずだ……」

 やはり絡んでいたか……。

「わかった……。命だけは取らない」

 バスターソードを次元収納ストレージに仕舞い、そのまま男たちの太ももに空気弾エアバレットを放つ。

「いでぇぇ……

「ぐふっ……」

 二人は血が出てきた太ももを必死に押さえる。

 全員を制圧すると、ルミーナが子供たちと一緒に部屋を出てきた。

「「「トウヤ兄ちゃん!」」」

 子供たちは俺めがけて抱きついてきた。全員の頭をでる。

「お前たち怖い思いをしたな。助けに来たからもう安心していいからな」

「でも、サヤお姉ちゃんだけ連れていかれたの。トウヤ兄ちゃん、サヤお姉ちゃんを助けて」

「わかっている。俺が必ず連れて帰るから養護施設で待ってるんだぞ」

 子供たちに言い聞かせていると、衛兵たちが建物に飛び込んできた。

 あれだけ豪快な音を立てて門を壊したから、さすがに気づいたか。

「この屋敷に侵入者が……ってお前はこの前の!?

「あぁ、門は俺が壊した」

「それよりもこれは……」

 衛兵たちが男たちのなきがらを見て顔を青くする。

「ここにいる子供たちの養護施設がこいつらに襲われて、全員連れ去られた。それを取り戻しに来ただけだ」

「……だからといってこの人数を……? 連れ去られたのはここの子供で全員か?」

「いや、あと運営をしているサヤって子が違う場所に連れていかれた。彼女はこれから俺が取り返してくる」

「……取り返してくるって言われても、この惨状で、はいそうですか、とお前を解放できるわけないだろう。確かトウヤ殿であっているかな? それでどこに行くつもりだ」

 衛兵の問いに素直に頷く。しかしここでのんびりしているわけにもいかない。

「連れていかれたのは……マッグラー子爵の屋敷だ」

 俺の言葉に衛兵は目を大きく見開いた。俺がこれから貴族の屋敷を襲うのは目に見えている。

 いくら攫われたからといっても、素直に通してくれるはずもないか。

 衛兵たちは剣を抜き俺に向ける。

「貴族の屋敷を襲うと言われても、通せるわけないだろう……?」

 俺は時限収納ストレージから貴族のあかしを取り出して衛兵に向ける。

「──トウヤ・フォン・キサラギ侯爵だ。これで文句ないだろう?」

「なっ!!

「まじかっ!?

 俺の言葉に衛兵は驚くが、まだ生き残っている男たちもきょうがくの表情をする。

「……まさか……救国の英雄に俺たちはけんを売ったのか……」

「あぁ、その通りだ」

 俺は振り向いて、残った二人の男たちに告げる。

「失礼いたしました。キサラギ侯爵とは知らず。この場は私たちにお任せください。すぐに貴族街の衛兵にも連絡します。おい、誰かすぐに走れ!」

「はいっ!」

 若い衛兵が一人駆けていく。

「ルミーナ、あとは任せた。俺はサヤを取り返しに行ってくる」

「あぁ、子供たちと養護施設で待っているからな」

 ルミーナが拳を突き出してきたので、俺も手を上げて拳を合わせる。

「子供たちは私たちが責任をもってお届けしますので安心してください」

「頼む」

 俺は軽く頭を下げて、門のところで待っていたコクヨウに飛び乗る。

「行くぞ、コクヨウ! 目指すはマッグラーの屋敷だ!」

「ヒヒーン!」

 コクヨウは勢いよく走りだす、来た道を戻り、貴族街の門で監視をしている衛兵の上を飛び抜けて一直線にマッグラー子爵の屋敷へと向かった。