
新しい養護施設
新しい屋敷の執務室で家令であるダリッシュと養護施設についての打ち合わせを行うことにした。早々にサヤや子供たちの住居を用意しなければならない。
ダリッシュはまだ二〇代半ばであるが、頭がキレるので大抵のことは任せておける。この帝都のことも熟知しており、アドバイスをもらうにはうってつけである。
「ねぇ、ダリッシュ。平民街のほうで養護施設を作りたいんだけどどうすればいいかな」
「サヤ様たちのためですね。そうですね、トウヤ様ご自身のお名前で施設を設立されるのはお立場的に難しいかもしれません。ルネット帝国では養護施設の設立や運営はマッグラー子爵家に代々任されておりますので、身分はトウヤ様が上でもマッグラー家を通すのが筋かと思います。ただ、トウヤ様は皇女殿下やアルトリア様以外の貴族との
「これ以上、無理やり婚約者や縁談が増えるのは無理だ」
「それでしたら帝都にもいくつか養護施設はあるかと思いますが、そこに一緒に入るというのはどうでしょうか。今までサヤ様一人で運営していたと聞いておりますし、何かあった時のために複数人で管理されたほうが楽でしょう」
確かに言えている。最初に会った時のサヤは病気で伏せていた。一人だけでは気苦労も絶えないはず。
また同じような状況になる可能性も十分にある。
しかし、いくら正式なルネット帝国民となったとはいえ、先日まで他国民だった者が受け入れてもらえるのかもわからない。そこで何かしら問題が起きる可能性があるのだったら、小規模でもいいから新しく養護施設を建てたほうがよい気がする。
俺が悩んでいるとダリッシュは言葉を続ける。
「サヤ様たちはトウヤ様の働きかけでルネット帝国民になりましたので、やはり新しく建てて国に登録された正規の施設がよいでしょう。国からの補助も出ますでしょうし。他の施設もいくつか見学してから考えてみるのもいいかもしれませんね」
「うん、そうだね。子供たちを預ける場所だから見ておきたいかも」
サヤと子供たちを預けるならば、人格者であるのが好ましいし、以前からいる子供たちと仲良くできるかとの心配もある。
あとから悪徳養護施設だとわかったら、その建物ごと破壊してしまうかもしれないし。
「でも行かれるのなら冒険者として行かれたほうがよいかもしれません。貴族として行くとあちらも恐縮してしまいますし、管理している貴族の
ダリッシュから帝国内の養護施設を統括する貴族がいることを教えられる。貴族が管轄し、各養護施設に補助金を出しているということだ。
しかも補助金を決めるのも全てその貴族が担当しており、胸先三寸で決まってしまう。
「しかし先の戦争で被災児が多くいるので、果たして受け入れてもらえるかは確認する必要がございます」
確かに言えている。俺が戦争に参加する前はルネット帝国が劣勢であった。多くの兵士が命を落としたので保護しなければならない被災児も爆発的に増えたことは聞いていた。
ジェネレート王国からの
「明日にでも養護施設を回ってみるよ」
「わかりました。私のほうでも地図の用意をしておきます」
「うん、よろしく」
打ち合わせを終えると、子供たちの顔を見るために以前住んでいた屋敷へと向かう。歩いていくつもりであったが、ダリッシュに
やはり侯爵という立場上、なるべく貴族街を一人で歩くのは避けないと面子が立たないとのことだった。
「一人で歩いても何があるってわけじゃないんだけどな……。何かあっても対応はできるし」
正直、襲撃者が何人こようが返り討ちにできる自信はある。
勇者にすら勝てたのに、襲撃者ごときに負けるはずはないと自負している。
「たまには冒険者らしいことしたいな……」
そんなことを思いながら馬車の窓から貴族街の街並みを眺めていた。

「あートウヤ兄ちゃんだっ!」
子供たちが住んでいる屋敷に到着し馬車を降りると、俺に気づいた子供たちから歓迎の声があがった。
「お前たち、元気にしてるかっ」
俺の言葉に、子供たちが元気よく手を挙げる。
「うん! この家大きいし、ご飯もいっぱい食べられるし楽しいよっ」
「それならよかった。サヤはいるかな?」
「こっちにいるよー!」
子供と手を繋ぎホールに行くと、サヤは数人の女の子と一緒に裁縫をやっていた。
「サヤ、遊びに来たよ」
俺の言葉に手を止めて振り向いたサヤは、俺の顔を見ると満面の笑みを浮かべた。
「トウヤさん、おかえりなさい」
裁縫を続けている子供たちに「少し席を外すね」と声を掛けてから近づいてくる。
案内してくれた子供はまた庭で遊ぶらしく、玄関へと駆けていった。
俺とサヤは応接室で向かい合って座る。
「どう? こっちでの生活は」
「こんなに大きな屋敷に住むのは緊張してしまいますけどね。それでも今は安全に住むことができるので、トウヤさんには感謝しかありません。しかしいつまでもここに住んでいるのはちょっと……」
本当ならこのままここに住んでいてもらいたいが、そうもいかない。貴族街に住んでいるのは暫定的であり、期限も決められている。普通であれば屋敷の外を歩いているだけでも貴族街の警備に捕縛される可能性もある。
侯爵という立場があるので無理をきいてもらっているが、一般的にはありえないことでもあった。
それをごり押しできたのは、俺にこの帝国での功績があったからこそだ。
しかし全員が賛成であるはずもなく、小言を言う貴族もいたのは仕方ないことだと受け止めている。
だからといって〝救国の英雄〟と呼ばれる俺に対し、正面向かって文句を言えるはずもなく渋々納得していた。
「今、新しい養護施設にできる建物がないか、既存の運営している養護施設に入れないかを調べているところだから少し待っていてくれるかな」
「えぇ、トウヤさんがそう言うなら……」
サヤはこの国に来てから少しだけ俺に遠慮している。
以前だったらもっと親近感を持って接してくれていたのだが、ルネット帝国に移り住んで俺と再会し、屋敷に来た時は目が点になっていた。
しかもただの冒険者だったはずが、いつの間にか貴族になっており、上級貴族にあたる侯爵位まで得ている。
俺からは話していないが、屋敷の管理をしている従者からは話を聞いているのかもしれない。
俺がジェネレート王国とルネット帝国の戦争を終わらせた〝救国の英雄〟だと──。
だから普通ならこうやって面と向かって話すこともできないと理解しているのだ。子供たちはまだ理解していないようで以前と同じように接してくれるのは唯一の救いだ。
十分な食材や資金は渡してあるし特に困っていることもなさそうなので、少しサヤと雑談してから屋敷を後にする。
「早く住むところを見つけてあげないとな……」
ゆっくりと進む馬車の窓から外を見ながら

「帝都の地図に養護施設の場所をチェックしておきました」
ダリッシュから受け取った地図を眺めると、帝都の外壁付近の平民街にいくつのかの印がついていた。
見境なく帝都を探すことにならなくてホッとする。
「ありがとう、これで少し見学に行ってみるよ」
冒険者時代のローブを羽織りながら、もらった地図を
侯爵当主として一人で行くのは少しだけ難色を示されたが、実際に俺よりも強い者などこの国にいない。勇者ですら俺に勝てないのに護衛などいらないだろう。まぁどうしても誰かの同行が必要ならルミーナあたりを誘えばいいだろうと思っている。
徒歩で貴族街を抜け商業街を歩き、外壁近くにある一つ目の養護施設に
お世辞にも
しかし、いきなり入ってきた俺に気づいたようで不思議そうにこちらを見ている。
このままいても仕方ないと思い声を掛けた。
「こんにちは。ちょっと中を見学させてほしいんだ。責任者とかいるかな?」
「うんっ! いるよ~。ちょっと待っててねっ! シスター! 変な人が来てるよ~!」
……変な人って。
すぐにエプロン姿のシスターが扉から出てきた。まだ三〇代だろうか、少し疲れが見えるが問題はないように感じる。
「何かご用でしょうか? このような貧しい養護施設などにいらしても得になるようなことはないと思いますが……」
怪しむシスターに対し
「実は知り合いが養護施設を開きたいということで、普段どんなことしているのかなどを見学させてもらいたかったんです」
「そうでしたか……。今、国内の養護施設はどこも定員いっぱいのはずです。ここにいる子も多くは親が戦争の犠牲で……」
「確か陛下は子供たちのために養護施設の補助金を多く出すという
実際に補助金を多く出したというのは陛下本人からも聞いている。ジェネレート王国からの賠償金からかなりの金額が支給されているはずだ。
「そうなのですか? ここの養護施設は少しだけですが増額がありましたが、それでもどうにもならない状態でして……。まぁここではなんですから中へどうぞ」
シスターに案内され中へ入ると、やはり建物の劣化が激しい。
多くの補助金が出たはずなのに、いきわたっていないのではと疑わしくなる。
簡素な応接室に通されソファーに座るが、傷みが激しいのか異音がするほどだった。
「急にお伺いして申し訳ございません。この帝都で冒険者をしているトウヤと言います。先ほど伝えた通り、この帝都で養護施設を開く知人の代わりに見学させてもらおうと思って……」
「そうですか、しかし今は厳しい時期かもしれません。数年前までは助成金や寄付が行き届いておりましたが、戦争が終わり一気に助成金が引き下げられ、この小さな養護施設程度では子供たちの食事も満足に出せない状態です……」
申し訳なさそうに
「ちなみにこの養護施設では何人ほど子供を面倒見ているのですか?」
「ここでは二〇人の子供を面倒見ております。それがこの建物の限界ですので……。一五歳で成人して冒険者になったり、商人の奉公人などを務めている者から少しだけ寄付はいただいておりますが、先の戦争で幾人かは連絡が途絶えてしまい……」
きっと戦争で命を落としたのかもしれない。
俺が参戦するまでにこの帝都まで陥落していた。その間の犠牲者は数えきれないだろう。きっとここを巣立った子供たちも……。
思わず拳に力が入る。
「……そうですか。これは少ないですが、ここの運営に役立てていただければ」
「ありがとうございます。これで子供たちに栄養をつけさせてあげられます」
シスターはその場で手を胸の前で組み神へ感謝の祈りをささげてから、俺に向かって深々と頭を下げ、小袋を応接室に置かれている小さな祭壇に置いた。
「もう少ししたら昼ですし、
「それはもちろんです。しかし手荷物がないようにお見受けしますが……」
「あぁ、大丈夫です。
テーブルの上に市場で購入した大きめのパンをいくつか取り出した。
シスターは大きく目を見開いたが、目じりを下げ再度深々と頭を下げてくる。
「トウヤ様には感謝しかございません。ご案内いたしますのでこちらへ」
シスターの後を追い、厨房に向かう。簡易的な厨房であるが、子供たちのために多くの食器が並べられていた。
「こちらを自由に使っていただければ。本当にありがとうございます」
「用意はすぐできますので」
その横にパンを山のように並べた。これで夕食分も問題ないはず。
「……っ!? こんなにっ!?」
「いえ、これくらいしかできませんから……」
「神に感謝を……」
シスターはその場で膝をついて俺に対して祈り始めてしまった。
思わず頬をポリポリとかいた後に、シスターの手を取って立たせる。
「そんなに気にしないでください。できることをしているだけですから。それよりも準備を手伝ってください」
「あっ、はいっ」
そんな時、厨房の外から声が響いてくる。
「なんか今日はいい匂いする~。シスター今日のご飯ー?」
厨房の入り口から子供が数人
「おぉ、
他の子も食事に気づいたのかぞろぞろと厨房へ集まってきた。
「ほら、みんな行儀悪いわよ。手を洗ってから手伝ってくれる?」
「「「「「はーい」」」」」
子供たちは食事が待ち遠しいのか勢いよく駆けていった。
「恥ずかしいところをお見せして申し訳ございません」
「いえいえ、元気があっていいですよ。準備しちゃいましょう」
皿やパンをダイニングへと運ぶのを手伝い、準備を進めていく。子供たちも寸胴の中身が気になるようだ。
寸胴の中身はクリームシチューになっている。魔物の肉と野菜をいっぱい入れて、最後にミルクを加えている。
キラキラと目を輝かす子供たちの皿へと順番によそっていく。子供たちも手伝ってくれ、各自にパンが配られる。全員に配り終わっても十分残っていた。
「今日は冒険者のトウヤさんがこうしてみんなのために食事を用意してくれました。皆さん感謝をしましょう」
「お兄ちゃんありがとー!」
「「「ありがとー!」」」
子供たちから感謝の言葉がダイニングに響き渡る。
「それでは神にお祈りしてから食事をしましょう」
俺も子供たちの間に入り、一緒に祈る。正直、神を信じているわけではない。しかし、熱心な子供たちの祈りを
「「「「「いただきます」」」」」
シスターの言葉に合わせて食事を始める。
うん、
ダリッシュに少し給金を上げるように言うか……。認めてくれるかはわからないが。
あちこちで「
戦争などで親がいなくなってこの養護施設で育っているのだが、それを感じさせてないほど笑顔で
「ほら、お替わりはいっぱいあるぞ。好きなだけ食べろっ」
俺の言葉に子供たちは喜びの声をあげ、我先にと寸胴へ群がっていく。
ほどなくして寸胴の中身は綺麗になくなっていた。しかし子供たちも満足そうな表情でお腹を
その顔を見ているだけで笑顔になる。
食事を済ませたあとは当番の子供たちと一緒に食器を洗い、空になった寸胴を
残ったもう一つの寸胴は夜に食べれば問題ないだろう。
「本当にありがとうございました」
他にも養護施設を回る予定だから、食事を済ませたあとは早々にお
「時間があれば、また顔を出しに来ますね」
「お兄ちゃんまた遊びに来てねっ!」
「また美味しいの待ってるぜっ!」
子供たちに手を振られて、養護施設を後にする。
「次の場所は……」
地図を見ながら次の養護施設へと向かう。
もう一か所の養護施設も同じような感じだった。笑顔の子供たちは庭で遊んでいる。神父と少し話をさせてもらって、寸胴を一つとパンを人数分、そして金貨を入れた小袋を寄付として預ける。
銀貨だと思っていた神父は小袋の中身を確認し、腰を抜かすほど驚き、何度も俺に頭を下げてきた。
やはりどこの養護施設も経営は厳しかったようだ。
笑顔の子供たちと、恐縮した神父に見送られ、次の養護施設へと目指す。
「次は……。ここは少し中心部にあるんだな」
他の養護施設は中心部からかなり離れた外壁部に建っていたが、次は少し中心部に近い場所にある。
養護施設に辿り着くと、思わず建物を見上げてしまった。
……なんでこんなに立派なんだ?
他の養護施設とは全く違う。お金をかけて管理されているようで、建物の大きさも他と比較にならない。
でも、他の場所とは全く違うところが一つ。
────子供の声が聞こえてこない。
思わず
子供たちは一か所に集まっている。
「何かやっているのかな……」
そのまま養護施設に入っていくと、若いシスターの一人が声を掛けてきた。
「この養護施設へ何かご用でしょうか?」
シスターは白いローブを着ているが、出るとこが出ていて色気に満ち溢れていた。少しだけ頬が熱くなる。
「いえ、知人が養護施設を運営するということで、参考になればと帝都にある養護施設を見学させてもらおうと」
「あら、そうでしたか。神父様もお見えになられておりますのでご案内いたします」
クネクネと官能的に歩くシスターの後を追うと、養護施設とは思えないほど立派な扉の前にシスターは止まり、ノックをする。
「神父様、見学の方がお見えになられております」
部屋の中から入室の許可があり、シスターは扉を開く。部屋に入ると、貴族の応接室かと思えるほど豪華な造りであった。
……ここは養護施設なのか? 他の養護施設とは違い過ぎる。なんでこんなに差があるんだ……?
疑問に思うが口に出すことはせず、案内されるがままに神父の前のソファーに座る。
質素な生活をしている神父とは思えないような巨体で、指には大きな宝石が彩られたいくつもの指輪をつけている。
「これは初めまして。我が養護施設へようこそ。ここの運営をしております、カマラと言います」
「初めまして、この帝都で冒険者をしているトウヤと言います。実は──」
新しく養護施設を運営する知人の参考になればと、今ある養護施設を見学させてもらっていることを伝えた。
「そうでしたか。ここの子供は遊ぶより、成人してすぐに働きに出られるように、幼い頃より職業実習をメインにしているのですよ。今も作業室で頑張っています」
だから静かだったのか。幼い子供もいるはずなのに、もう職業訓練とは……。でも悪いことではないので口出しはできない。
「そうでしたか。外から拝見して静かだなと思っていたので。それにしても、幼い頃から職業訓練など大変でしょう」
「ですな。しかし貴族様や商会などが大口の寄付をしてくれるおかげで、この養護施設は成り立っておりますので。子供たちが創ったものも商会で引き取ってもらっているのですよ」
ニタニタと笑みを浮かべた神父が堂々と答える。
「……そうですか。だからこの建物といいよく管理されておりますよね」
ただ、なんとなくこの神父は気に入らない。
「そうですね。寄付をいただける人たちを歓待する必要もありますから。ある程度無理しているところもあります」
……その指輪を含めてどう考えても信用度は薄い。運営費が厳しいならそんな指輪なんてしないだろう。
「子供たちの顔も見たいのですがよろしいですか?」
「……えぇ、問題はありません。ただ作業をしているのでお相手をできるのかわかりませんが……」
席を立った神父に、先導されるままついていく。
廊下を進み、一つの大きな扉を開けると、子供たちが座って何かを作っている。
「ここで様々な職業訓練しているのです。成人したら商会などを通じて職を世話していただいております」
子供たちを見渡すと黙々とテーブルで作業しているが、その表情は暗く感じられ、他の養護施設とはどこか違う。しかもよく見ると身体のあちこちが汚れている。服ではない身体がだ。
──もしかして……。
俺が表情を険しくすると、子供たちを隠すように神父が前に立って笑顔を向けてくる。
「まぁ今は作業中ですから、また後日にでも見ていただけたら」
「……はい、わかりました」
応接室に戻り、金貨を一枚寄付として渡すと、神父の態度はあからさまにご機嫌になる。
「トウヤ様には感謝いたします。これで子供たちにもいい食事が与えられます」
「それではまたお伺いするかもしれませんので、よろしくお願いします」
軽く挨拶した後に養護施設を後にする。
それにしてもここの養護施設はやはりおかしい。
「これはちょっと調べてみる必要があるかもしれない……」
そう心に留めつつ屋敷に戻ることにした。

「そんなことが……」
屋敷に戻った後に家令のダリッシュに養護施設の状況を話すと、少しだけ険しい表情をした。
「あぁ、他のところとは全く違っているんだ。もしかしたらあそこだけ何か裏があるかもしれない。陛下に聞いてみてもいいけど、一施設のことだけを聞くわけにもいかないしな」
「寄付があるのは知っておりますが、担当子爵がバランス良く支給することになっているはずです」
「どうも偏っているみたいだ。それにあそこだけ子供が全く元気がないように見えた」
これから先、サヤに運営してもらう養護施設についても、新しく建てたほうがよさそうに思える。一人では大変だから人を追加で雇うのもありだと思う。足りなければ俺が捻出すればいいことだ。
少しだけ
やはり一度、陛下に相談してみるべきかなと思いながら、紅茶を一口飲んだ。
俺が皇帝に会うのに、基本的に面会予約は不要とされている。
本来であれば公爵級以上が当てはまるそうだが、侯爵という役職ながら俺は救国の英雄ということで、いつでも会えることになっている。
午前中はダリッシュと打ち合わせを行い、帝都内で良い不動産がないか調べてもらい、午後から登城することにした。
「急にお伺いしてすみません」
「いやいや、トウヤ殿は義息子なのだからいつでも会いに来てくれていいのだ。早く孫の顔を見たいしの」
まだシャルは婚約者なのだが、気が早い陛下に思わず苦笑する。最近はシャルたちとなかなか時間が合わず会うことが少なくなっていた。やはり
雑談を少ししてから本題へと入っていった。
「実は知り合いが帝都内で養護施設を開く予定なのですが──」
昨日の状況を陛下に説明していくと、
「確か養護施設の管理は……マッグラー子爵だったな。復興している最中であるし、保護している子供が増え養護施設の予算が不足しているのは仕方ないと思っているが、そこまで差があるのはな……。わしのほうからも確認してみるとしよう。それにトウヤ殿が養護施設を支援するのであれば許可はすぐ出すようにしておく」
「ありがとうございます。私のほうも建物を探している最中なので、決まり次第またご報告するようにします」
「こちらこそ済まない。帝都の中でもわしの目が行き届かないことが多いからの」
陛下に礼を告げ、城を後にする。
あとは適した建物があれば一番いいんだけど。
自分の屋敷へと戻ると、ちょうどダリッシュは来客との打ち合わせを終えたところであった。
「これはちょうどいいところに。目ぼしい物件を紹介してもらいましたので、確認をしていただこうと思ったところでした。ルーハンさん、こちらがキサラギ閣下でございます」
紹介されたルーハンは不動産業なのかもしれない。俺の若さに驚きの表情を少し見せたが、さすがに商人なのかすぐに平常心のように振る舞う。
「これは救国の英雄、キサラギ侯爵閣下にお会いでき、光栄でございます。閣下のご要望の物件を用意しましたので、ご確認いただければと至急お伺いさせていただきました」
深々と頭を下げるルーハンに軽く挨拶をし、先ほどダリッシュに見せただろう資料をテーブルで広げていく。
「これが当商会が一番お勧めする物件でございます。もともとは宿屋であったのですが、先の抗争で営業ができなくなり手放した物件になります」
テーブルに広げられた用紙には、簡単な間取り図が書かれている。
一階には食堂と厨房、事務所、そしてお風呂もある。二階、三階は客室になっていて、各フロアごとにトイレも設置されている。養護施設にするには十分な広さだ。
今、サヤたちと暮らしている子供たちが全員入っても十分に余裕があり、新しい子供が増えたとしても問題はない。
俺が満足そうに
「治安のいい場所ですし、裏には広くはないですが、庭もあります。建物も宿屋を経営していたので、綺麗に保全されておりますし一番お勧めの物件になります」
「うん、敷地的にも間取りも問題ないね。ダリッシュ、ここで話を進めてもらって構わない」
「あ、ありがとうございますっ!」
あとの話はダリッシュに任せることにした。最終的な売買契約の際に俺がサインをするだけでいいことになったので、挨拶をしてから自室へと戻る。
ある程度の資金は渡してあるので、養護施設への改装から準備まで大丈夫なはず。
ソファーの背もたれに寄りかかりながら俺は先日行った養護施設を思い浮かべる。
あの養護施設はきっと何か裏がある。子供たち表情を見ていたらわかる。が、さすがに勝手に調べるわけにもいかないか……。
悩んでいると、部屋にフェリスと新しく陛下からいただいた屋敷にいた
「トウヤ、どうしたの?」
「……」
ティルはやはりまだ言葉は話さないか……。まぁそれでもフェリスと一緒にいてくれるなら問題はない。
「うん? ちょっと考え事をね。何でもないから大丈夫だよ。心配してくれてありがとうフェリス、ティル」
「それならよかった」
フェリスは笑みを浮かべて頷き、ティルは首を横に
今、他のことを考えても仕方ない。新しく養護施設ができるまでは他の養護施設を見て勉強していくしかないか……。
数日間、いろいろな養護施設を回ってみたが、あそこ以外はどこも一緒だった。
やっぱりあの金満神父がいる養護施設だけおかしい。
もう一度行ってみるか……。
買い取った宿屋の契約が終わり、養護施設に使うための改装の手配も済んで出来上がるのを待つだけだ。
俺は街をぶらぶらと歩きながら目的の養護施設へと向かう。
到着するとやはり他の養護施設とは金のかかり方が違う。敷地の大きさから建物の大きさまで。
門のところへ行くと、ちょうど来客があったのか、官僚とも思われる服装の男が出てきた。
「では、手はず通りに。楽しみにしているぞ」
「はい、もちろんでございます。監理官様にはこれからもご贔屓に」
神父はごまをするように手をさすりながら、見送りをしているところだった。
出てきた男と視線が合う。先ほどとは表情が変わり眉根を寄せ俺のことを
「……冒険者風情が何を見ているんだ? 俺を誰だと思っている? 上級監理官だぞ、俺は」
上級監理官のことは知っている。貴族に仕えている多くの官僚の中で、上位の役職だった。
元いた日本であったら、部長職あたりであろうか。
しかし、だからといって文句を言われる筋合いはない。
「監理官様、この方は冒険者ですが、何か養護施設を新しく開くと言っておりました」
「なんだと……新しく養護施設を開くだと……。ふーん。そうか……」
養護施設の開設には役所の許可が必要だ。コネがあれば認可は早く下りるし、何もなければ一定の時間が必要になる。
俺の場合はすでに陛下から許可をもらっている。今さら役所を通す必要はないのだが……。
ここは探りを入れるのに相手に合わせたほうがよさそうだな。もしかしたらここの養護施設がなぜ他と違うのかもわかるかもしれない。
「……実は知り合いがもともと養護施設をしていたのですが、今回帝都に新しく出そうと考えているのです」
「そうか、戦後多くの養護施設が必要となっているからな……。それにしてもその若さで……。何かあったら私が口を利いてやろう。それなりの手回しが必要だしな」
「そうですか。それはありがとうございます。必要になったらぜひ」
「よし、それでは」
監理官は片手を上げてそのまま去っていく。
俺と神父は見送りを行ったあと、改めて向かい合う。
「それで、今日はどのようなご用で? 先日、見学はしましたよね」
「えぇ、こちらの養護施設は他とは違い、良い経営をされていると聞いたので、ご教授賜ろうかと思いまして」
先ほど神父が監理官にしたようにごまをすると、神父は上機嫌となる。
「そうかそうか。何かあれば言ってくるといい。私も上級監理官とは仲が良いのでな」
「はい、ありがとうございます」
神父の後を追い、養護施設に入る。
やはり豪華な造りであり、他とは全く違っている。
いくら寄付が多いとはいえ、養護施設としてはありえなかった。
廊下の装飾品を眺めながら廊下を進み、応接室へと通され、勧められるまま席に座る。
「まぁ養護施設を
グラスにワインを注ぎゴクゴクと神父は飲み始める。
やはり賄賂か……。しかし賄賂を出していたら養護施設は余計に予算が足りなくなってくるはずだ。きっと何か裏があるはず。
それがわからないと解明できない。
子供たちが作っている物を商会に売ったとしてもたかが知れているはずだし……。
先ほどから子供の声も聞こえてこないし、他の養護施設とは違う何かがきっとあるのだろう。
神父からさんざん自慢話を聞かされ、ぐったりとしたが、仕方ないと思いながら金貨一枚を寄付した。
出口はわかっていたので、神父には別れの挨拶をし応接室を退出すると、子供たちの様子を
廊下を進み、以前子供たちが作業していた部屋を覗き込む。
部屋では子供たちが数十人、無言でひたすらテーブルに向かって作業をしている。しかしその表情はやはり暗いままだ。
しかもよく見ると腕にはアザらしきものが見える。
……もしかしたら。
俺が部屋に入ると、子供たちの視線が集中した。
「みんな静かに」
ひとさし指を立てて合図をすると、子供たちは小さく頷いた。
『
部屋いっぱいに広がるように意識を広げて回復魔法を掛けると、子供たちの身体が光りだす。
子供たちは我慢していた痛みがなくなったのか、光りだしたことと合わせて驚いたようで、自分の身体を確かめている。
養護施設の職員たちに気づかれないように、子供たちに笑顔で手を振ってから養護施設を後にした。
「やはり虐待されている可能性があるか……」
どうにかしたいと思っているが、直接見たわけでもないし、まだなんともいえない。
傷についても先ほどの回復魔法で治してしまったしな。
これから先、注意深く見ていくしかない。
そう考えながら自分の屋敷へと戻ることにした。

契約が終わってから改修工事に入っていた養護施設も無事に引き渡された。
サヤを含めて子供たちと一緒に新しく住む養護施設へと向かう。
「トウヤ兄ちゃん、今度住むところってどんなとこっ!?」
「サランディール王国で住んでたところよりは大きいかな? あとは見てからのお楽しみだ」
「おう、楽しみにしてる。ほら、サヤ姉ちゃんも急いでっ」
「そんなに急がなくても住むところは逃げないから」
子供たちに両手を引かれ、小走りになるサヤを見て頬が緩む。
実際にサヤを含めて養護施設を見るのは初めてのことになる。気に入ってもらえればいいんだけど……。
ルミーナも一緒に住むと先に聞いていたので、大人も数人は住めるように個室を作っておいた。
一般街を歩き、ほどなくして新しく住む場所へと到着した。
三階建ての建物を見上げている子供たちに声を掛ける。
「ここが新しく住むところだよ」
「おぉ、立派だ。すげー!」
「「「「「わーい」」」」」
子供たちは走って建物の中へと入っていく。サヤが止めようとしたが子供たちは建物の中へと消えていった。
「トウヤさん、申し訳ありません……」
「気にしないでいいよ。子供たちも
サヤの背中を押し、一緒に建物の中へと入る。
建物の入り口を入るとホールとなっており、一階には食堂や厨房、そして事務室がある。
二階から上は子供たちの部屋とサヤやルミーナが泊まるための個室になっている。
子供たちは建物の中を走り回り、自分たちの部屋を探していた。
「おい、トウヤ。この建物はいつから使えるようになるんだ? 私もここに引っ越す予定だからな」
一番後ろをのんびり歩いていたルミーナから声が掛かる。
実際には建物ができたばかりなので、これから使用申請をする必要がある。それによって国からの補助金などが支給されると聞いている。
まぁ俺の資産を考えたら補助金がなくても問題はないけど、これから先のことを考えたら申請はしておいたほうがいいだろう。
「使うのはいつでも問題ないよ。帝国への申請については俺はあくまで後援者ってことで代表者はサヤになってもらうから」
「そんな……。トウヤさんが全部用意してくれたのに……」
「気にしないでいいよ。これからはサヤに全部やってもらわないといけないし」
「それならサヤ、今週末にでも引っ越しをするぞ。どうにも貴族街は性に合わないからな」
サヤとルミーナと三人で建物へと入る。中では子供たちの走り回る音が響いている。
部屋を案内しながら二人に説明すると、サヤの目は子供のように輝いていた。
三階まで上がると子供たちが自分たちの部屋決めをしていたようで、各自、ベッドを確保していた。
「あ、トウヤ兄ちゃんだっ! ねぇねぇこれからここに住んでいいんだよね?」
子供たちが希望に満ちた視線を送ってくるので素直に頷いた。
「あぁ、今週末には引っ越しをするつもりだ。そうしたらお前たちが住むことになるぞ。ちゃんとサヤの手伝いもしろよ?」
「もちろん! サヤ姉ちゃんは俺たちに任せろ」
子供たちの返事に思わず頬が緩む。やはり子供の笑顔は一番だ。
一通りの見学を終え、週末の引っ越しを行うために屋敷に戻って荷造りを行うと、サヤたちは戻っていった。

俺も自分の屋敷へと戻り、ダリッシュに引っ越しの手配を頼む。
大した量はないとはいえ、大人はサヤとルミーナの二人しかいない。荷馬車を含めていろいろと手配しておく必要がある。
その後、執務室でサヤを代表とした養護施設の開設届を記入した。

こうして週末には引っ越し作業を無事に終え、俺はサヤとともに役所へと届け出書類を持っていくことに。
窓口にて書類を提出する。
「少々お待ちください」
受付をした女性が書類を奥の上司へと持っていくと、その上司は書類を持ってカウンターまで出てきた。
「お待たせしました。こちらで話を聞きますのでどうぞ」
上司の男性に個室に案内される。
勧められるまま、俺とサヤは男性の向かいに座った。
「書類を確認させていただきました。いくつか質問をさせていただきますね。現在は代表者のサヤさん一人で、えーっと、子供が一二人ですね。一人でこの人数を大丈夫でしょうか?」
「えぇ、トウヤさんも見てくれますし、今でもBランクの冒険者が子供たちの相手をしてくれてますから」
男性は俺のほうへ視線を向ける。
「トウヤさんってあなたですか?」
「えぇ、そうです。Aランクの冒険者をしています」
ここで貴族の名前を出してもいいが、そうしたら役所の担当者では格が下となってしまう。しかも養護施設は管轄する貴族がいるので、その貴族の顔をつぶすことになりかねず、あくまで冒険者としての立場を通す。
「そうですか。それでしたら当面の資金については問題ありませんね。これから書類を作成し、上司、担当貴族の審査が下り次第承認という形になると思いますが、少し時間がかかるかもしれません」
「時間というとどれくらい……?」
サヤが質問をすると、男性は腕を組み少し考え込む。
俺はそっと銀貨を数枚入れた小袋を取り出し、男性に握らせる。
いくら役人とはいえ、多少の賄賂は必要だと理解している。本当は不正になるのかもしれないが、いざとなったら侯爵という立場を出せば問題ない。
「できるだけ早めにしてくれると助かりますのでよろしくお願いします」
男性はテーブルの下で小袋の中身を確認すると、何もなかったようにポケットに小袋を忍ばせて笑みを浮かべ大きく頷いた。
「任せてください。できるだけ早く対応するようにいたします。査察がありますので、そのあとに許可を出すことになります」
「わかりました。ご助力感謝します」
俺が軽く頭を下げると、サヤも合わせたように頭を下げた。
軽く雑談を終えてから、役所を後にする。
二人で養護施設まで歩いていると、サヤが少し悩んだように口を開く。
「トウヤさん、あれでよかったのでしょうか」
きっとさっき渡した賄賂のことだろう。
「まぁ、必要悪ってことになるだろうね。本当ならダメなんだろうけど、貴族が役人に渡すのは違法ではないんだ。俺が侯爵の名前を出して仕事をさせるなら、結局同じように渡すことになるから」
実際に貴族が役人を呼び出してお願いする時には、多少の金銭を渡すことがある。逆に役人は自分の出世のために賄賂を渡すこともあると聞く。俺は役人とのしがらみがない貴族なのでその必要はなかったのだが。
「……そうですか、わかりました。トウヤさんには何から何までお世話になりっぱなしで、どうやってこの恩を返していけばいいのか……」
「そんなこと関係ないよ。俺が子供たちのためにしてあげただけだから」
「ありがとうございます」
サヤの浮かべた満面の笑みに、俺も笑みを浮かべ頷く。
二人で市場に寄り、俺が
子供たちは庭で走り回ったり、食堂で遊んだりしていた。
……やっぱり子供はこうじゃないとな。
先日行った養護施設を思い浮かべながら食事の準備をする。
パンを
出来上がった寸胴を
全員に行きわたり、サヤが代表して挨拶をする。
「トウヤさんのおかげでこうして新しい養護施設に住むことができました。神々とトウヤさんにお祈りして食事を始めましょう。いただきます」
「「「「「いただきます」」」」」
新しい養護施設での初めての食事を楽しみながら新しい生活が始まるのだった。

新しい生活が始まって一週間ほどたち、役所の監査が入ることになった。
時間は昼前と聞いているが、やはり心配になり朝食を済ませたあとにすぐに養護施設へと足を運ぶことにする。
監査といっても帳簿と子供たちの生活環境については、申請を出した時に聞かれている。
寄付金が主の収入源となっていて、俺とルミーナ二人の収入だけで賄っている。とはいってもルミーナは宿代程度を寄付しているだけなので、実質、俺一人の寄付だけで
そこだけが少しだけ不安なところである。
俺が爵位を出せば通るのだが、今後のサヤたちの運営のことを考えると正規の手順を通したいので、あくまで冒険者として寄付していることにするつもりだ。
養護施設に着いてから、とりあえず昼食の準備をしていく。昼食はスープとパンが主となっており、買ってきたパンを
厨房にいると、サヤが顔を出してきた。
「トウヤさん、あの、役所の人がみえたのですが、できれば一緒に……」
「うん、今いくよ」
やはりサヤも一人では不安のようだ。サランディール王国では親の代から続いている施設なので、サヤの代になったからといって監査があるわけでもなかったみたいだ。
ルミーナは冒険者ギルドに行っているので二人で対応することにする。
門に迎えに行くと、三人の男性が立っていた。そのうち一人は見覚えがある。
あの金満養護施設にいた上級監理官だ。
「いらっしゃいませ、今日はよろしくお願いいたします」
サヤが頭を下げるのに合わせて一緒に下げる。
「うむ、そういえば君はこの前会ったね。この養護施設がそうだったのか」
「えぇ、そうです。今日はよろしくお願いいたします」
「では、案内してもらうかね」
「はい、ではこちらへ」
サヤが先頭にたち、一階の事務室から食堂、厨房を確認してから階段を上がり、部屋を案内する。
子供たちの部屋については、小さい部屋に無理な人数が押し込まれていないか確認しなければいけないそうだ。
「部屋については問題ありませんね。建物もよく出来ている。あとは食事のチェックですが、その前に帳簿の確認をさせてもらいます」
全員で階段を下りて事務室へと向かう。
テーブルに置かれた帳簿をチェックしていると、やはり気づいたようだった。
「寄付金についてですが、これを見るとほぼ全額がトウヤさんになっていますが、間違いないですか?」
「えぇ間違いありません。トウヤさんからいただいている寄付金でほとんどが賄われております」
「……そうですか。トウヤさんは
「……帝都で冒険者をしています」
「……そうですか」
帳簿をチェックしていた男性の表情が少しだけ
やはりそこが不安だったが、当たりだった。
冒険者は自分の身一つで稼ぐ職業だ。腕が良ければそれなりに稼げる。
しかしこの世界、何があるがわからない。魔物に襲われて命を落とす可能性だってある。
役所が求めているのは継続した安定的な寄付金である。俺が商会などを経営していれば問題ないのだろうが、不安定な冒険者ということが問題なのだろう。
「それはまずいですね」
上級監理官から声があがった。
「トウヤさんがこの寄付金を出せるほど優秀な冒険者なのはわかります。しかしもう少し寄付金を分散させてほしいのです。その見込みはありますか?」
「……それは……」
帳簿をチェックしていた男性からの質問にサヤは悩み始めた。実際に声を掛ければいくらでも寄付金は集まると思う。
しかしそれはしていない。かといってシャルやアル、ナタリーの名前を出せば問題ないのだろうが、さすがに帝国の上層部過ぎる。俺との繋がりを疑問に思われたくない。
二人で返答に困っていると、上級監理官は少しだけ悩んだ後に口元を緩める。
「まぁ……許可が出るかは私たち次第です。後援者としてどうでしょう?」
言っていることはわかった。とりあえず賄賂をよこせってことだな。
まぁ金貨数枚なら今後の補助金を考えたら安いものだと思っているし、申請の際にもそのような助言は言われている。
「それはもちろん。ぜひよろしくお願いします」
金貨を入れた小袋を持ち、握手をするように上級監理官に握らせる。話を早くまとめるのには必要悪だと思っている。
この先何か言ってくるようだったら、最終的には身分を明らかにする方法もあるしな。
上級監理官は一度振り返り、中身を確認してから笑みを浮かべた。
「うむ……。書類の監査はこれくらいで大丈夫でしょう。あとは子供たちの食生活だけ確認します。他は何かありましたら後から連絡をしますが、何事もなく許可が下りることでしょう」
「そうですかっ! ありがとうございます」
上級監理官の言葉にサヤがお礼を言う。
「それでは食事を見せてもらえますか」
「もう準備もできているので、少し温めるだけになっております」
「サヤはここにいて。俺は子供たちと準備をしてくるよ」
サヤに後を頼んで俺は厨房へと向かい、スープを温めてからパンを持ち食堂へと向かう。
子供たちは全員食堂ですでに待っていた。
「トウヤ兄ちゃん、もうお腹減ったよ」
「ちょっと待ってな。今から配るから」
順番にスープをすくい子供たちに配っていく。中央には自分たちで取れるようにパンをいくつか籠に入れておいてある。
準備が整ったところでサヤが監理官たちをつれてきた。
子供たちは知らない人たちが来たことに不審な目を向けるが、サヤの言葉で食事に入る。
監理官は寸胴に入ったスープなど、子供たちの食事を食べている風景を確認し、満足したのか笑みを浮かべて頷いていた。
「食生活も問答なさそうですね。子供たちの表情も明るい」
「そう言ってもらえると助かります」
「それではこれで私たちは失礼しますね」
「門までお送りいたします」
監査をしていた三人が引き上げるのを門まで見送る。
やっと終わったかと思うとため息が漏れる。
「それにしてもトウヤさん、いいのですか……? 貴族という立場を出せば、あの……賄賂など渡す必要はなかったのでは……」
「本当ならね。できれば身分は隠しておきたいんだ。養護施設を管轄している貴族は別にいるし、口を出すと相手の顔をつぶすかもしれないから黙っているつもりなんだ。俺の名前を出してあまり強引にするとサヤがやっかみを受ける可能性もあるから。まぁ何かあったら貴族の立場を出すつもりだけど……」
この養護施設や子供たちに危険が及ぶなら、いつでも貴族としての立場を使うつもりでいる。そこにためらいはない。
ルミーナもこの養護施設に泊まっているし、何があっても大丈夫なはず。
「それよりも早く戻ろう。子供たちも待っているから」
「そうですね。緊張が解けたらお腹がすきました」
サヤと笑みを交わし、子供たちと食事をするために食堂へ戻ることにした。