9章 令嬢には、名前がある



 きよを持つ男性に全力ハグされたテレーゼが呼吸困難により天に召される前に救出してくれたのは、通りかかった大公だった。

「これはこれは、ベルエト将軍。うちの女官をハグして、どうかなさったのか」

「レオンか! 聞いてくれ、レディ・テレーゼが娘を助けてくれたそうでな!」

 ようやっとテレーゼを解放して床に下ろしてくれた男性は、あろうことか大公のことを呼び捨てにし、大きな手のひらでバシンと大公の背中を叩いた。ワインボトルのような腕で叩かれ、細身の大公はほんの少し笑顔を引きつらせてたたらを踏む。

「そなたの婚約者も美しいが、その姉君もなんとも優しく気の利く女性ではないか! わしは感激したぞ!」

「それはよかった。ただ、将軍。私の未来の姉君はそちらの国の作法に不慣れのようで、親愛のハグに驚いてしまったようだ。見てのとおり線の細い女性なので、無理はなさらぬように」

「おお、それはすまなかったな!」

 ガッハッハ、と笑い飛ばされ、テレーゼはぎこちなく笑った。内臓を圧迫されて体があちこちギシギシ痛むが、無様に倒れるわけにはいかない。

(な、なるほど。こちらの方は異国の将軍様だったのね……それも、大公閣下と対等に渡り合えるくらい、すごい方だったと……)

 てっきり国内貴族の誰かだと思っていたら、テレーゼが助けた少女の父親はかなりの大物だったようだ。

 その後、大公に「よくやった。仕事に戻るとよい」とお許しをもらえたテレーゼはお辞儀をし、少女ミミからは「またね、テレーゼさま!」と手を振られながら、逃げるように大広間を後にした。

 ……のだが。

(んんん……! すっごい視線を感じる!)

 今、会場の皆がテレーゼを見る目は、「受付係の女官その一」でも「もやしが主食の侯爵家の娘」でもなかった。「ベルエト将軍の──」「リィナ様の姉君が──」と、あちこちでひそひそささやき声が飛び交い、好奇心に満ちた眼差しが刺さってくる。

「おかえ──テ、テレーゼ! どうしたの!?

 ほうほうの体で受付まで戻ったテレーゼは、ぎょっとした顔のリズベスに迎えられた。よほどくたびれた顔をしていたのか、彼女にがしっと肩を摑まれる。

「車輪付き椅子の使い方を教えに行っただけで、こんなにヘトヘトになるものなの!?

「いや、それがその後いろいろあって──」

 どうやら自分でも気付かないほど、体力と気力を消耗していたようだ。リズベスはへなへなと椅子に座り込んだテレーゼを気遣わしげに見た後、手元の名簿を示した。

「えっと……お疲れのところ、ごめん。テレーゼが席を外している間に、予定していたお客様は全員通すことができたわ」

「えっ!? ごめん、ありがとうリズベス!」

「いいのいいの。……私たちはこれでいったん上がりで、会が終わるまで部屋で待機よ。……なんならこの後、私の部屋でお茶でも飲みながらゆっくりする?」

「全面的に賛成! なんか本当にごめん、リズベス!」

「いいってば! ほら、片づけしましょう」

 リズベスに励まされ、テレーゼは受付のテーブルや椅子などを物置に移動し、床を掃くよう使用人たちに頼んでその場を後にした。

「……はー、なるほど。それはたいへんだったわね」

 人気のない使用人用廊下を歩きながらテレーゼが先ほどの出来事を説明すると、リズベスはやれやれとばかりに肩を落とした。

「というか、貴族のお嬢様のドレスのシミ抜きなんて……よくできるわね」

「うん、本当は洗剤がほしかったんだけど、それはさすがにどうしようもなくて──」

「そうじゃなくて──」

 しばし口ごもった後、リズベスが何か言いかけた。

 その時──

「……ざけるな!」

 廊下の先から聞こえてきた怒声に、テレーゼとリズベスはそろって身を強ばらせた。

(今のは……男の人の怒鳴り声?)

「……何かあったのかしら?」

「お客様同士のけん? でも、使用人用廊下で……」

 背筋にひやっとした汗をきつつ、テレーゼたちはこそこそと相談する。もし酔客同士の喧嘩なら、すぐさま巡回の騎士を呼ぶべきなのだが──

 直後、女性の悲鳴と共に何かがどさっと倒れる音がした。同時に、廊下の曲がり角で一瞬ひらめいたものの正体は──

「今の……コーデリア様の髪?」

「あの一瞬で分かったの!?

「う、うん、まあ。……それより、もしかしたらコーデリア様が酔ったお客に絡まれているのかもしれないわ」

 テレーゼたちがまごまごしている間にも、やめてください、お許しください、というコーデリアの悲痛な声が届いてくる。

 今は大切な夜会真っ最中なので、警備も客人の通る廊下や客間のある棟に集中させている。そのため、使用人用の狭い廊下だろうと普段ならちらちらとは見られるはずの騎士の姿も、今夜は一切見当たらなかった。

(……こうしちゃいられないわ!)

「リズベス、すぐに巡回の騎士を呼んできて」

「え、ええ。でも、テレーゼは……」

「様子を見に行くわ。……もし相手が酔っていたとしてもお客様なら、騎士団に通報できても言い逃れされてしまうかもしれないわ。現場を押さえないと」

「でも、でも……それで、テレーゼまで巻き込まれたら──」

「私だって痛いのは嫌だから、まずくなったら全力で逃げるわ!……リズベス、お願いね」

「テレーゼっ──!

 テレーゼはなおも戸惑いの表情を浮かべるリズベスの肩をとんと押した後、履いていたブーツを靴下ごと脱いで廊下の隅に放った。足下は石の床だから、靴さえ脱げば足音を立てずに忍び寄ることができるし、いざ逃げるとなってもこちらの方がテレーゼにとっては走りやすかった。

(この奥義を発揮するのも半年ぶりね──お母様、お願いします!)

 母の教えに従い、ドレスのすそをぐいっと持ち上げてヒタヒタと石の床を駆ける。初冬の空気を存分に吸い込んだ石の床は震えが走るほど冷たく、数歩進んだだけで指先までかじかんでしまう。

(無理はしない。様子をうかがって、うまくいけそうならコーデリア様を助けないと!)

 たとえ客人相手だろうと、仲間が暴力を振るわれては黙っていられない。

 コーデリアと男がもめている廊下のすぐ脇まで一気に駆け、壁に背中をくっつけて耳を澄ませる。振り向きざまに来た道をちらっと見てみたところリズベスの姿はなく、テレーゼが脱ぎ捨てた靴がぽつんと残されているだけだった。一刻も早くリズベスが騎士を連れてきてくれることを願うしかない。

「……おまえというやつは! よりによって大公閣下とリィナ様の婚約記念式典でよくも、恥をさらしてくれたな!」

 足の裏から上ってくるような冷気に耐えていたテレーゼは、男性の怒声にふとまゆを寄せた。てっきり泥酔した客がコーデリアに絡んでいるのだと思っていたのだが、この語り口からしてそうではなさそうだ。

「も、申し訳ありません! 今すぐ会場に戻り、リィナ様に重ねておびを──」

「黙れっ! 今さら自分の発言を撤回できるとでも!? せっかくの好機をくだらん対抗心でふいにしおって──おまえは我が家の恥だ! 引き取ったのが間違いだった!」

「お、お許しください、お父様っ! 勘当だけは!」

 ──その瞬間、テレーゼの胸がばくん、と鳴った。

(この声は──コーデリア様のお父様?)

 以前ジェイドと一緒に立ち聞きした時はくぐもっていたのでよく聞こえなかったが、コーデリアが「お父様」と呼ぶのならば間違いないだろう。

『なんてったってその令嬢ってのは、子爵が愛人に産ませた婚外子じゃないか』

『六歳くらいの時にいきなり引き取ったんだっけ?』

『それも、最初のうちは子爵のその令嬢への当たりも厳しくってさぁ』

『あんまりいい待遇を受けていなかったんだろうな』

『その令嬢も、かわいそうに』

 貸本屋で耳にした会話が脳裏によみがえる。

 婚外子で、幼少期に引き取られたものの実の父親から冷遇されてきたコーデリア。

 女官として実績を上げながらも、たびたび何かにおびえるようなまなしをしていたコーデリア。

 今父親に怒鳴られ、「勘当だけは」と泣きつくコーデリア。

「……コーデリア様!」

 テレーゼは身を翻し、廊下に飛び出す。そうして飛び込んできた光景を目にし、胃がぎゅっと絞られるような感覚を覚えた。

 星明かりを浴びて立つ大柄な男と、その足下でうなれているコーデリア。彼女の特徴的な長いポニーテールは男の右手につかまれており、コーデリアは無理な姿勢で体を引っ張り上げられていた。

 男がげんそうな顔で、そしてコーデリアがはっとした顔でこちらを見やる。

「あ、あなたは──!」

「なんだ、おまえは」

 男──コーデリアの父親であるフィリット子爵は不機嫌を隠そうともしない低い声で問うてきた。おそらくテレーゼの立ち位置は廊下の柱の陰になっている上、女官の標準装備であるエプロンも外しているため、正体が分からないのだろう。

 コーデリアは、唇を引き結んでテレーゼをにらむように見ている──が、その唇の端からはつうっと赤いものが滴っているし、左のまぶたがれている。テレーゼが駆けつけるまでに既に父から暴行を受けていた証を目にし、テレーゼは前歯できつく下唇をみしめた。

「……そちらはコーデリア様のお父上、フィリット子爵と存じます。わたくしはコーデリア様の後輩の女官見習でございます」

「見習?……はん、だから何だ? 女官長にでも進言するのか?」

 子爵は薄く笑い──テレーゼの目の前で、娘の肩をり飛ばした。

(なっ──!

 いきなり背後から蹴られたコーデリアがうめいて倒れ込むと、冷静に冷静にと己に言い聞かせていたテレーゼもたまらず、ずいっと前に進み出た。

「ちょっと、コーデリア様に何してるの!」

「何とは? 不出来な娘を教育しているだけであろう」

「そんなの、教育じゃなくてただの暴力じゃない! そういうことばかりするから、コーデリア様は怯えてらっしゃったのね!」

「……は?」

 あまりコーデリアと顔立ちの似ていない子爵は、テレーゼの言葉にますます機嫌を損ねたようだ。娘の髪を摑んでいた手を離すとその体をまたぎ、一歩テレーゼに近づいてくる。

「……見習風情が何を言うか。だいたい、なぜおまえがコーデリアをかばう?」

(……私がコーデリア様を「庇う」理由?)

 子爵に低い声で問われたテレーゼはしばし考えた後、おもむろに口を開いた。

「庇ってはいないわ」

「……」

「コーデリア様もおっしゃっていたもの。一人の女官が失態を犯せば、女官全体が責任を負わなければならなくなるかもしれない。だったら、一人の女官が困っていたらそれは女官全体の問題。困っている仲間を助けようとすることの、何がいけないの?」

 まさか、テレーゼがそのように答えるとは思っていなかったのだろう。子爵がいかつい顔を不快感でしかめ、その足下でうつぶせになっていたコーデリアが「馬鹿な子……」とつぶやく傍ら、テレーゼはくいっとあごを上げて子爵を見上げた。

「ようやっと分かったわ。……コーデリア様がやたら私にきつく当たっていたのも、時々怯えたような眼差しをなさっていたのも、あなたのせいだったのね」

 婚外子として生まれ、六歳の頃に子爵家に引き取られたコーデリアは実の父親からは愛してもらえず、寂しい幼少期を過ごしたのだろう。

 そんな彼女は今、女官として出仕している。基本的に後輩に厳しい彼女だが、やたらテレーゼにばかりしんらつに当たってきていた。

(それはもしかしたら……とされるのを何よりも恐れていたからじゃないかしら)

 コーデリアがリィナの姉であるテレーゼに小言を言っていたのは──テレーゼに「大公妃付きの女官」の地位を狙われるのを阻止するためだったのではないか。そして彼女がそうまでして地位に執着する理由は、この父親にあるのではないか。

「コーデリア様が何をしてしまったのかは知らないけど、あんなに怯えるほど差し迫っていたのは、あなたが原因なんじゃないの? リィナの専属になれないなら勘当するとか言って、脅していたんじゃないの!?

「……コーデリア貴様、この小娘に何を話した!」

「ただの私の予想だから、コーデリア様は関係ないわよっ!」

 娘が告げ口したと思いこんだ子爵が振り向いて、足を振り上げた。その仕草に、テレーゼの目の前がカッと真っ赤に染まったように感じられた。

 子爵が、コーデリアの顔を踏みつけようとしている。

 嫡子ではないけれど、実の子なのに。わざわざ引き取った娘なのに。

 女性の顔を踏みつける──それはいくら貧乏とはいえ、貴族としての教えを身につけているテレーゼにとっては許し難い行為であり、コーデリアと同じ女として看過できなかった。

「っ……やめなさいっ!」

 とっさにテレーゼは動いていた。

 素足のまま駆け、床を蹴って子爵の左側から思いっきり体当たりした。

(うっ……硬っ……!

 大柄な成人男性の体は、重くて硬い。自分の方からぶつかったというのに肩がじんじん痛むし、のうしんとうになったかのように一瞬視界もぐらついた。

 テレーゼの軽い体重では、全力でぶつかっても子爵を倒れさせることはできなかった──が、ほんのわずかバランスを崩した子爵はコーデリアを踏みつけようとした足で床を踏む。

(よかった、間に合った)

 ずるずるとその場にへたり込んだテレーゼは子爵に睨み下ろされながらも、一番にそう思った。

 だが、コーデリアを踏みつけそこねた子爵はゆらりと振り返り、床に座り込むテレーゼをへいげいしてきた。

「……子爵に体当たりを食らわせるとは。女官も落ちたものだな?」

「お、女の子の顔を踏もうとする人に言われたくないわ! 人間として最低よ!」

「くっ……もうやめなさい、テレーゼ!」

 耐えかねたのか、コーデリアがしわがれた声で叫んだ。けほっとき込みながらも、テレーゼにきつい眼差しを送ってくる。

「これ以上お父様に逆らわないで! あなたは関係ありません!」

「今さらじゃないですか!? もう体当たりしちゃいましたし!?

「お、お黙りなさい!……お父様、その小猿の不行き届きはわたくしが償いますので──」

「……テレーゼ、だと?」

 子爵が、ぼうぜんと呟く。

 コーデリアがテレーゼを制そうとし、テレーゼがややズレた反応を返している中、二人に挟まれている子爵は目を瞬かせ、ぽかんとしてテレーゼを見下ろしていた。

「……ま、まさか貴様──いや、あなたは、リィナ様の姉君──!?

「そうだけど……」

 だから何だ、と唇の端をひくっと引きつらせたテレーゼだが──

 突如、目の前から子爵が消えた。

「……ん?」

「こ、これは失礼いたしました! 愚女がたいへんな無礼をはたらいた様子で!」

 子爵はいなくなったわけではなく、すさまじい速度で頭を下げていた。彼はぽかんとするテレーゼに頭頂部を向けたまま、同じく呆然としていたコーデリアの頭をひっ摑んで無理矢理下げさせた。コーデリアは鼻を床にぶつけたらしく、うぐっと小さくうめいている。

「まさか大公妃の姉君だとは思わず、失礼いたしました。娘の愚行を、父親である私が代わってお詫びします!」

 ──そう言われたとたん。

 すっと、テレーゼの胸にくすぶっていた炎が消えていく。

 怒り、焦り、驚き──様々な感情が消えせた後に残っているのは、虚しささえ感じられる「失望感」。

(……コーデリア様の愚行? 子爵が謝っているのは、コーデリア様のこと?)

 その場にひれ伏すフィリット子爵親子。

 彼らを見ているとたまらず──

「失礼なのはコーデリア様じゃなくてあなたじゃないの?」

(あ、うっかり言っちゃった)

 あまりにも衝撃的で、口が滑ってしまった。父親のなすがままに頭を下げさせられていたコーデリアが顔を上げ、「……馬鹿なことを」と呟いている。

(で、でも。今の状況で「愚女が無礼をはたらいた」って、おかしくない?)

 テレーゼの真っ当すぎる指摘を受け、顔を上げた子爵はそわそわと視線を左右に動かす。

「い、いえ。娘が不用意な発言をしたのがそもそもの──」

「……確かにコーデリア様にはいろいろ注意されたけれど、それは先輩として当然のことよ。私はそれより、あなたの方が失礼だと思うわ」

「しかし、これは娘への教育でして──いえ、それもやりすぎであったことはお詫びします! これからのことは屋敷に戻り、親子で話を──」

「そっちじゃないの」

 ゆっくりと、テレーゼは首を横に振る。

 テレーゼが子爵のことを「失礼」と判断する理由は、そこではない。テレーゼが失望している理由も、それが原因ではない。

 ……そのことに、子爵はまだ気付いていない。

「……あなたは私の名前を知ってから、態度を急変させた。私が『大公妃の姉君』だからあなたは私に対して謝ったし、そんな私に指摘されたからコーデリア様への仕打ちを反省した」

 もし、ここに現れたのがテレーゼではなく──たとえば、リズベスだったら?

 目の前にいるのが「大公妃の姉君」ではなくただの女官見習だったら、子爵はコーデリアへの暴行を続けていたかもしれないし、邪魔をしてきた見習にも手を出していたかもしれない。

 割って入ってきたのがテレーゼ──リィナの姉だから、態度を変えた。

 それが、テレーゼはたまらなく嫌だった。

 子爵のみならず他の皆が、テレーゼがまるで「大公妃の姉君」という名であるかのように接してくるたび、テレーゼの胸は冷たくなっていた。皆が見ているのはテレーゼという女ではなく、「リィナの姉」という肩書きだけなのでは。「テレーゼ・リトハルト」というのはただの器で、「大公妃の姉君」が本体なのでは──そう感じられてくるからだ。

(私は、大公妃の姉君なんて名前じゃない。テレーゼ・リトハルトという十八年間付き合ってきた名前がある)

「だから私はあなたが失礼だと思うし……そんなあなたのことは、大公閣下もリィナも嫌いだと思うわ」

 我ながらあまり格好いい台詞ではなかったと思うが、「大公閣下もリィナもあなたのことが嫌いだと思う」は、子爵にとって決定打となったようだ。

「なっ……!

 子爵の目が見開かれる。星明かりに照らされた彼の目は──しくも、娘と同じヘーゼルだった。

 子爵ががくっとひざを折った直後、遠くからバタバタとせわしない足音が近づいてきた。そして廊下の角を曲がってきたこの騎士の青年はテレーゼたちを見、手に持っていたカンテラを掲げる。

「……テレーゼ・リトハルト嬢、コーデリア・フィリット嬢発見! 保護いたします!」

 リズベスが呼んだ騎士たちのようだ。あんのためか、コーデリアの体がふらっとぐらついたため、テレーゼは大柄な子爵の体をかいして急ぎコーデリアの肩を支えた。

「コーデリア様!……あのっ、コーデリア様は負傷されています。すぐに医務室に運んで差し上げてください! 事情は私が代わりに説明しますので──」

「……それはいけませんよ」

 分かりました、と言いかけた騎士の向こうから、低い声が聞こえてきた。

 慌てて彼が道を譲った先。騎士たちが持つカンテラの明かりに照らされ、焦げ茶色の髪を持つ青年がたたずみ、テレーゼをじっと見つめていた。

 ──そのりんとした姿を見、テレーゼの胸がとくっと脈動した。

「……ジェイド?」

「リズベス嬢の報告を受け、せ参じました。……テレーゼ様、あなたもお疲れのはずです。この場は皆に任せ、あなたも部屋に参りましょう」

 テレーゼが肩を貸していたコーデリアが、騎士たちに抱えられていく。そしてテレーゼの前にひざまずいたジェイドもまた両手を差し伸べ、床に座り込んでいたテレーゼの体に腕を伸ばして、ひょいっと一息で抱き上げてしまった。

「おわっ!?

「私の首に腕を回してください」

「こ、こう?」

「……こ、これだと私が窒息しますので、首の後ろで手を組んで……そう、こんな感じです」

 誰かにこんな姿勢で抱き上げられたことのないテレーゼは危うくジェイドを絞殺しそうになったが、正しい手の組み方を教えてもらってなんとか落ち着くことができた。

(……視線を感じるわ)

 気絶してしまった様子のコーデリアが騎士に抱き上げられているのは仕方ないとして、ジェイドに抱えられたテレーゼは騎士たちの注目を浴びまくっている。騎士に縛られている子爵でさえうつろな目でこちらを見てくるものだから、なんだかとても申し訳ない。

「……あの、ジェイド。私、歩けるわ」

「そうですか」

「あの、だからね、下ろしてくれる?」

「嫌です」

「ええっ……」

「あなたは勇敢ですが、無茶をしすぎです。……本当に、俺はあなたが心配で心配でなりません」

 そう言いながらぎゅっと抱きしめられると──テレーゼはもう、何も言えなくなった。

 ジェイドはテレーゼを心配するだけでなく、注意してくれた。甘やかすだけ、テレーゼを尊い人間だと敬うだけではない。

「大公妃の姉君」という目に見えない壁をぶっ壊し、素の姿の自分を案じ、気にし、叱ってくれる──そんなジェイドの思いが、今は痛いほどうれしかった。

「……ご、ごめん、ジェイド」

「それでいいんです。こういう時くらい、俺にあなたを甘やかさせてください。……よく頑張られました、テレーゼ様。まずはゆっくり休みましょうね」

「いや、こんな状況で休めないからね!?


 結局テレーゼは医務室まで運ばれる道中、ずっときゃんきゃんと叫んだのだが、ジェイドからは「まあ、いいじゃないですか」「ああ、そうですね」「それはそれは」と、ホイップクリームにねじを打ち込んでいるかのように手応えのない反応しか返してもらえなかった。

 そうして医務室のベッドに寝かされ、「おやすみなさいませ」と掛け布団を掛けられた五秒後には、安らかに眠っていた。

 テレーゼはよく動きよく寝る、健康優良児なのであった。