──目の前に、役者が
大人気若手俳優、
駆け出し女性声優、
他にも大御所声優、ベテラン女優、新人、様々な役者さんたち。
そして──わたし。
わたし、
「──おはようございます。
監督が、わたしたちを前にそう切り出した。
『おやすみユニバース』の収録当日。
集合時間少し過ぎの、アフレコブースでのことだった。
「このたびは皆さん、出演いただきありがとうございます。個人的なことではありますが、今作には監督人生を賭けています。それを、こんな豪華な役者さんたちに彩ってもらえることに、まずは心から感謝しています」
熱意の籠もったその言葉に、何人かの役者がうんうんとうなずく。
スタジオ内には──深夜アニメとは違う、不思議な緊張感が満ちていた。
まず、シンプルに景色が違う。
コントロールルームにいる沢山の大人たち。
配給会社の人やレコード会社、メーカー、各声優のマネージャーさん。
スーツ姿の人が多くて、これが特別な現場だと改めて思い知る。
「今作、建て付けはSFではありますが、その本質は恋愛物語です」
塔ノ沢監督が、話を続ける。
「世界全体を揺るがす恋愛。それは幼い頃に自分たちが覚えた皮膚感、そのものの比喩です。それを、皆さんのお力を借りてリアルに描ききりたい」
その情熱に胸打たれながら、けれど頭は冷静にこのあとのことを考えている。
劇場版アニメだけあって、アフレコも様々な部分でテレビ放送のアニメと異なる。
矢盾さんはマイクワークに加わらず、1番のマイクを専用で使用する。
百分の本編をA、B、C、Dパートに分けて
すべてを一日で録り切るから、キャラの把握や表現も今日だけの一発勝負になる。
お芝居自体も、深夜アニメと別物だ。
距離感はリアルに、エチュードに近い感覚で。
キャラに込める意識量は多めで、トーンも全体に低めでいきたい。
そんな──普段と違うこの現場で。役者としてのすべてが丸裸になるこの場所で。
わたしたちは、それぞれのお芝居を
「大切な大切な作品です」
子を託す親の顔で、
彼はわたしたちに深く頭を下げ──。
「──どうぞよろしくお願いします!」
役者たちが、大きな声で返事をする。
スタッフさん含め、その場の全員から拍手が上がる。
ブースを出て行く監督、ソファのそれぞれの席に腰掛ける役者さんたち。
さあ……まずはテストだ。
わたしたちの、アフレコが始まる──。
「……」
わたしも腰を下ろしながら、ちらりと
その顔に薄く笑みを浮かべ、この大舞台でも『
一瞬、心臓が小さく跳ねかける。
彼女の怒りに反応していた自分に、戻ってしまいそうになる。
けれど……大丈夫だ。
「……ふう」
一度深呼吸して、わたしは気持ちを落ち着かせる。
わたしは、彼女の大切なものを知った。
自分との違いを理解した。
だから、尊重できる。
お芝居で──わたしたちのお仕事の中で、彼女のあり方を肯定することができる。
『──では、テストから参りましょう』
スピーカーから、音響監督の声が聞こえる。
『まずはAパート、つらっと最初から最後までいきましょうか』
「──はい!」
「──承知しました!」
返事をしながら、わたしは腰掛けていたソファから立ち上がった。
物語はわたしの──
マイクの前に立ち、呼吸を整える。
目の前のディスプレイに目をやると──カウントダウンが始まった。
5、4、3と数字が減っていき、画面に映像が映し出されて──。
──わたしは、お芝居を始めた。
***
『
最終日である今日は──戦闘ボイスの収録から始まった。
ずいぶんと
いつものように、ヘッドフォンを左耳だけ当ててお芝居を始める──。
「──やあッ!!」
「──はッ!!」
わたしの演じる女性主人公、
通常攻撃は五段。四段目だけ魔術を使い、それ以外は
「──ふッ!」
「──沈め」
だから──意識する。
この手に持った、細く繊細な装飾のされた剣。
それを魔物に向かって振り下ろし、ヒットする瞬間の手応え──。
自然とお
四段目、魔術だけは例外だ。
手の平から闇を生み出し、魔物を
ここは落差をつけて優雅な声色で、『闇のお姫様』感を強調。
そして最後に、
「──たァッ!」
五段目、切り上げるモーションに合わせ、大きく声を張って──、
『──ありがとうございます!』
ヘッドフォンの左耳に、音響監督の声が聞こえた。
『では、しばしお待ちくださーい』
「はい、ありがとうございます!」
ガラスの向こうで、プロデューサーやディレクターさんたちの相談が始まる。
手応えがあった。
はっきりと、
ディレクターの声だって、前回の収録と比べて明らかに明るくて、
『お待たせしました、さっきのでいただきます!』
予想通り、そんな言葉が返ってきた。
「ありがとうございます!」
『では次に、通常スキルとチャージスキル。続けて、攻撃全体の別パターンまでいっちゃいましょうか!』
「はーい、お願いします!」
ブースの中で、キューランプが光った。
わたしはもう一度
「──
「──
はっきりと──持ち直していた。
ブレていたわたしの芝居。見失っていた、わたし自身の魅力。
けれど今わたしは、わたしの輝きを、鮮やかさを、声に込めることができている──。
──楽しい。
わたしは、わたしの芝居を取り戻した──。
……けれど。問題はこのあとだ。
こうしてバトルやダッシュ、壁上りなどのフィールドのボイスを
今日は、リリース前に公開するPVの収録も控えている。
出演者は──わたしと
男性主人公、女性主人公二人の登場する映像になる予定だ。
しかも、収録はかけあい。つまり──正面から、小田原さんと
「──さあッ!」
「──とうッ!」
そこでわたしは、わたしであり続けることができるのか。
強い芯を持ち、わたしにクリティカルな問いを投げかける彼。
鋭い視線を向ける、
そこで──わたしは彼の目を
「──やッ!」
「──飲まれろ」
──できるに決まっている。
はっきりと、そう思う。
そんなの、わたしがわたしであればいいだけだ。
今の
『──いただきます、完璧です!』
「ありがとうございます!」
トークバックに笑顔で返しながら。来たるべきその大舞台に向けて、わたしの胸は高鳴りはじめる──。
***
「──うわー、魔法使える」
「──すご! あははは!」
「──……にしてもこの服、さすがにイタくない?」
『おやすみユニバース』Bパート、『魔法少女の夢』シーンのテストが始まる。
自分が作り出した夢の世界。魔法少女になった
「──これ許されるの、小学生まででしょー。JKにこれはさすがに
「──お、でも飛べる! 空飛べるー!」
「──わははーきれーい! ていうかここ、
──収録は、順調に進んでいた。
「──お、ちゃんと敵の怪物も登場する感じなのね」
「──じゃーちょっくら、倒しちゃいますかー」
「──いくぞー!」
美少女としてではなく、等身大の女の子としての彼女。色気もへったくれもない声で、ニチアサのアニメに出てきそうな怪物と戦う
冗談みたいな魔法を連発しまくって、ド派手に相手を追い詰めていく。
「──とりゃー!!」
「──えい! えいっ!」
「──よーし、これで終わりだー!」
そして──そんなお芝居のさなか。
──
台本を掲げ、ディスプレイに目をやる。
鼓動が一拍、存在感を主張する。
日向の妹。
──ここまでも、長閑は何度か映像に登場している。
Aパートの帰宅後のシーン。一緒に学校に登校する場面。
Bパートでも何度か顔を出していて、欄ちゃんもお芝居をしていた。
けれど──本格的にセリフを読むのは。
長閑のキャラが見えて、わたしとかけあいをするのはここが初めて。
……さあ、どんなお芝居で来るんだろう。
生意気でかわいくて勝ち気な妹、長閑。
高い位置で
アニメのグッズを通学
そして──この『魔法少女の夢』では、敵の魔法少女になる女の子。
──ここからが、一つの勝負だ。
映像に──魔法少女姿の長閑が大写しになる。
彼女が不敵に笑い、隣の欄ちゃんが口を開いて──、
「──ふーん。やっぱりドリーミーモンスターじゃ、すぐに倒されちゃうかあ……」
「──ここは……わたしが出ないとね」
──思わず、ほほえんでしまいそうになった。
そんな場面じゃないのに、画面の
それでも──
「──え、の、
「──やっほーお姉。ずいぶん恥ずかしい格好してるねえ」
「──こ、これはいいの! で。でもその……」
「──ああ、わたし? ……ふふ、そうなの。わたしも魔法少女なの!」
──高い声。
──はっきりした幼さと、いたずら好きのニュアンス。
いかにも──妹キャラ。
『おやすみユニバース』という作品のリアリティラインの中で、選び得るデフォルメの最大限に振って、欄ちゃんはお芝居をしていた。
そうだ──間違いなく、それが正解だ。
──深夜アニメへのリスペクト。
かつて、
『おやすみユニバース』は青春SFで、広い層に向けた作品作りをしたい。
リアルなお芝居が必要になるし、話作りもそれに準じたものになると。
ただ、塔ノ沢監督は元々深夜アニメ畑の出身で、若い頃からオタクだったことやその文化の中で育ってきたことを公言している。
そして──長閑。『おやすみユニバース』の中で、もっとも『深夜アニメ』的な、『
ただ──それだけじゃない。
欄ちゃんがそのお芝居を選んだのには、もう一つ大切な理由がある──。
***
一人の収録を無事に終え、そのままPVのアフレコを、と案内される。
通されたのは──同じスタジオ内、アニメ収録でも使われる広いブースだ。
明るい照明に照らされた、わたしたちの戦場。
ソファに腰掛け──深呼吸をする。背筋を伸ばしまっすぐ前を見る。
──もうじき、彼が来る。
今日わたしが
もちろん、様々な感情がある。期待、憤り、高揚、敵意、信頼、不安。
けれど──本当はわかっている。
わたしの前に立ちはだかっているのは、彼じゃない。
もっと大きくて、いかんともしがたい何かだ。
だから……動揺なんて必要なくて、わたしはただここで静かに呼吸を繰り返した。
「──おはようございます」
──
腹式呼吸の深い響き、声帯の織りなす爽やかな高音域。
「声協所属、
「よろしくおねがいしまーす!」
「お願いします!」
スタッフさんの挨拶に合わせて、わたしはソファを立つ。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
頭を下げると、小田原さんは短くそう答える。
それで、十分だった。
わたしたちは、お芝居で通じ合えばそれ以上の言葉は要らない。
プロデューサーさんの説明があって、すぐに収録が始まる。
映像は既に完成していて、それをディスプレイで再生してもらいながらわたしたちはお芝居をすることになる。
『──では、始めていきましょう』
トークバックから、ディレクターさんの声が聞こえた。
ディスプレイでカウントダウンが始まり──映像が流れ出す。
「──まがい物の彩り。偽物の鮮やかさ」
「──そんな世界に、わたしたちは生まれてしまった」
PVは──
『
『精彩世界』の『顔』になるのがこのPVで、ゲームの未来自体を大きく左右する。
「──千年前の戦いの続きが、静かに始まっていた」
「──俺たちは、ただ……
──芯を感じる芝居だった。
隣で聴いていても、胸を打つ存在感だった。
揺るぎないキャラの理解。自分の技術への信頼。
そのすべてが声に
改めて、さすがだなと思う。
何度も打たれ、折れ、それでも立ち直ってきた本物の強さ。
一体、どれだけ苦しい夜を越えてきたんだろう。一体、どれだけ自分を追い込んできたんだろう。そんな彼の隣で──わたしも息を吸い込み、
「──どの色にも
「──けれど……だからこそ、貫けるものがある。放てる光がある」
──心臓が、熱く駆動しはじめていた。
わたしが今、ここにいる。
小学生の頃、初めてマイクに向かい合ったあの日。あのときから全力で駆けて駆けて駆けて、
だから──いける。
わたしは今日、輝ける──。
少しずつ音楽が盛り上がっていく。
映像の動きも
PVは、穏やかな前半部、華やかな中盤部を経て──激しいアクションシーンで幕を閉じる。ラストは、映像はもちろんお芝居も見せ場になる。
同位存在である
きっと──そこですべてが決まる。
わたしと小田原さん、存在そのものがぶつかり合う、そのシーンで──。
***
「──いっくよーお姉! 勝負だ!」
「──え、ええ!? わたしたち、戦うの!?」
そして──わたしにははっきりわかる。
彼女が応えようとしているもの。お芝居で満たそうとしているもの。
──ファンの期待だ。
彼女は──アニメ的にかわいい女の子、を求められている。
しっかりと利いたデフォルメ。日常では聞けない、耳に心地いい高い声。
それを駆使して演じられる、かわいいキャラ──。
それを誰よりも理解している欄ちゃんの、針の穴に糸を通すようなお芝居。
「──ほらほらほらー! 飛び回ってるだけじゃジリ貧だよ! 真正面からかかってきなよー!」
「──くっ……!」
……すごいなあ。
演技中ながら、改めて思ってしまう。
作品に、監督に求められるお芝居をしながら、ファンの期待にもしっかり応える。
自分に課しているハードルの高さと、それを越えていくだけの努力量。
欄ちゃんが背負っている──
欄ちゃんが、わたしたちに怒ったのも当然だ。
紫苑が出ているからとアニメを見て、紫苑が歌っているからと曲を聴いた。
なのに入れ替わるなんて、別人が香家佐紫苑の振りをするなんて、不誠実このうえない。欄ちゃんが、そのことに気付かせてくれたんだ。
「──もう、こうなったら仕方ない……」
「──お、やるの?」
「──うん……夢の中なんだから、痛くっても文句言わないでね」
……ただ、そのうえで。
それを
自分は、
──わたしは、お芝居が好きだ。
作品のためにお芝居をするのが好きで、素晴らしいお芝居に焦がれてここまで来た。
優先すべきは、キャラクターの表現だ。
誰かのために演じるのではなく、できるのは提供だけ。
わたしはキャラをこう理解して演じるという、一つの提供、表現。
誰のためでもなく自分のため。キャラクターを魅力的に表現するため、わたしは演じる。
色んな価値観がある。色んな目的がある。色んなお芝居がある。
そのすべてが、今のわたしには
だから、わたしはわたしにできるやり方で。
わたしだけの方法で──欄ちゃんの隣にありたいと思う。
「──ほらほらー、そんなもんなのー?」
欄ちゃんが、
「──それじゃいつまで
ディスプレイの中で、軽やかに
……ここで、日向はそれを受け流すはずだった。
冷静に、長閑に反撃を繰り出すはずだった。
けれど、
「──そんなこと言ってられるのも……今のうち!」
──ほんの少し。
表情と
日向のキャラの範囲内、すべてのバランスを壊さないよう気を付けて。
つまり──欄ちゃんがより自由に。より楽しく演じられる余地を作るお芝居──。
「──おー? やっと本気出してくれたー!?」
欄ちゃんの声が──さっき以上に色づいた。
きっと、わたしのお芝居を基点にして。
やりとりは、テンポよく続いていく──。
「──そんなことない! しょうがなくだよしょうがなく!」
「──その割にはー、大技連発しすぎじゃなーい?」
「──そっちがちょこまかうるさいからでしょ!」
「──うわっと! んーさすがにまずくなってきたなあ」
ひらひらと
彼女の持てる強さ、魅力を完璧に
それが──わたしの芝居と絡み合う。
色合いはどんどん加速して、強力に混じり合っていく。
きっと──そろそろ気付いてくれただろう。
わたしがしていることを、欄ちゃんもわかってくれたはず──。
「──よーし、じゃあここらで終わりにしようか!」
欄ちゃんの声が──はっきりと、高揚していた。
自由で楽しげで、百点満点にかわいい欄ちゃんの声──。
「──お姉! そろそろこの夢も覚めるよ! とっととカタ、つけちゃおう!」
「──もう、しょうがないなあ!」
「──いくよ! お姉!」
「──かかってきなさい!」
ディスプレイの中で、二人が強力な魔術を放つ。
真っ白な光ですべてが満たされて──唐突に、映像は切り替わる。
『魔法少女の夢』のシーン、終了だ。
わたしと欄ちゃんは、マイク前から素早くはけた。
音を立てないよう気を付けて、ソファまで後退する。
そんなタイミングで、
「……」
欄ちゃんが、真剣な表情で。
驚きの混じった真面目な顔で、こちらを見ているのが目に入った。
意外そうな、戸惑うような、けれど、どこかかすかにうれしそうな表情。
……やっぱり、わかってくれたんだね。
わたしの
あなたが見せたいあなたを、一緒に見せようという意思──。
そう、わたしは、あなたを尊重する。
その意思があるし、実際そうすることができる。
そして──次はわたしの番。
最後に、自分の芝居を全部ぶつけよう──。
***
楽しげな、PV中盤が終わる。
画面が暗転、BGMが唐突に途切れ──。
──すべてを塗り替えろ。
そんなテロップが画面に大写しになった。
それが──合図だ。
──かけあいが始まる。
ディスプレイの中で、
お互い剣を振り、魔術を放ち──わたしたちは、喉を鳴らした。
「──わたしたちが間違い!?」
「──そんなはずはない!」
「──調和が必要なの!?」
「──俺は、決して染まらない!」
皮膚が、服が、その響きでビリビリと震えた──。
熟練者の芝居は、質量を帯びる。
幻覚なんかじゃない、確かな衝撃が
──強い。やっぱり、この人は強い。
決して簡単に並び立てる相手じゃない。
だから──すべてを背負って、わたしは輝く。
目の
「──この世界、おかしいよね?」
「──最初からわかっていたさ!」
「──わたしが変えてあげる!」
「──ああ、それしかないな!」
喉が震える。全身にしびれが走る。
汗が噴き出して、手に力が籠もった。
今のわたし、きっと泥臭い。
前髪は額に張り付いている。表情を作る余裕はない。
唇も歯も舌も、すべては暗の声を紡ぐためにある。
今のわたしはかわいくない──。
それでも! そのすべてが!
わたしをまとうすべてが誇らしい!
──わたしは美しい。
それを今、世界に知らしめたい。
暗を通じて、お芝居の力で、この世すべてに焼き付けたい。
「──走れ! 届け! 光よりも速く!」
「──飛べ!
気付けば──調和している。
小田原さんの声とわたしの声。暗の心と
それは一つの大きな固まりになって、ブースを突き破りそうなほどに膨らんで──。
わたしと彼は──声を合わせた。
「「さあ──黒く塗りつぶそう!」」

***
「──おやすみなさい。
『おやすみユニバース』。
アフレコは──最終盤に差し掛かっていた。
すべての夢を乗り越え、現実世界。
夕方。とある田舎のバス停、
オーディションで想定されていたラストシーンだ。
本来なら、物語はここで終わり。アフレコも終了なのだけど、
「──おはよ」
「──何ー、眠そうな顔して」
ただ……完成した動画には、続きがある。
エンディング後に流れる、短い後日談。
監督が原作者と相談して追加した、短いワンシーンだ。
現実世界に戻った翌日。
「──なんか眠いんだよな」
「──昨日寝れなかったの?」
「──んなことねーんだけど」
日向と彼が、学校へ向かって歩き出す。
朝の光が、二人を淡く照らしている。
──
あなたの意思を、大切なものを尊重したい。そんな気持ちは──十分に伝わったはず。
だからあとは、芝居を聞いてほしい。
わたしのすべてを、そこに込めるから。
「──日向、なんか大人っぽくなった?」
「──え、どしたの急に」
「──いや……なんとなく雰囲気変わったなって」
「──ほんとー?」
セリフを読みながら──わたしは感じ取る。
日向のいる、朝の住宅街。
匂いや音や、肌に感じる空気の温度。
それから、彼氏。隣にいる、夢の世界で追いかけてきた彼。
日向は恋をしている。ずっと彼に、会いたいと思ってきた。
いくつもの夢を越えて、彼に会いたいと願った。
──わたしも、これまで何度か恋をしてきた。
だから──思い出す。
わたしにとって、大切な誰か。どうしても会いたい、特別な人。
……けれど、不思議だった。
思い浮かんだのは、好きになってきた男の子じゃなかった。
代わりに……お芝居。
焦がれて仕方ない、お芝居のことをわたしは思う。
誰かを演じる。声で他人に成り代わる。
そんな──芝居に恋している。どうしようもなく
きっと、この恋は一生解けない。
解けないままで、生きていこうと思う。
だから、そんな気持ちを込めて──、
「──夢を見たんだ」
光の満ちる住宅街で。
木々の緑がざわめく中で、
──わたしは、
「──あなたと、とても長い夢を見たんだよ」

***
『──ありがとうございましたー』
──真空みたいな無音のあと。
トークバックで、ディレクターの声が聞こえた。
『──
「お疲れ様です!」
「ありがとうございましたー!」
口々にそう言って、わたしと小田原さんは息をつく。
呼吸を整え、少し水を飲む。
熱を帯びた
──終わった。
わたしと小田原さんの、PV収録が終わった。
達成感と満足感。そして、身体に満ちる自己肯定感。
……すべて出し切れた、と思う。
わたしは、わたしの力をこの収録ですべて出し切れた……。
「お疲れ様」
そんな風にぼんやりしている間に。
さっさと荷物を片付け、小田原さんがブースを出て行こうとする。
「……ええ、お疲れ様でした」
わたしも短く、彼にそう返した。
ずいぶん、あっさりした態度だなあ。
こっちは
そういうの、いくら顔がよくてもモテないぞー。
けれど……彼はふいに、こちらを振り返った。
そして、じっとわたしの顔を見たあと……、
「……すまなかった」
生真面目な顔で、ふいにそんなことを言った。
「撤回するよ」
そして──彼は短く、こう続ける。
「これまでぶつけた失礼な言葉、すべて撤回する。すまなかった」
「……ありがとうございます」
どへえ、と身体から力が抜けるのを感じながら、頭を下げた。
「そう言ってもらえて、光栄です……」
「そうか」
そして──彼は小さくほほえむと。
どこか子供みたいな笑みをその顔に浮かべ、ブースを出ていったのでした。
去り際に、こんなセリフを残して──。
「次に一緒にできる現場を、楽しみにしてる」
***
「……本当に、ありがとうございました」
──感極まっていた。
アフレコを終え、打ち上げにやってきたイタリア料理のお店で。
あの
「とても素晴らしいお芝居を……ありがとうございました。おかげで、
──役者たちから上がる、小さな歓声。
お互いにかけあう、喜びの声。
「あとは、編集や宣伝など様々ありますが……精一杯やりますので! 大ヒットするよう、全力でがんばりますので。皆様、今後もどうぞよろしくお願いします!」
「お願いします!」
「ありがとうございましたー!」
演者からそんな声が上がって──乾杯する。
未成年のわたしたちはソフトドリンクを、大人の皆さんはアルコールを。
コップを打ち合わせながら、お互いに言葉をかけあった。
「よかったよ、
「いえいえ、
「監督、休憩時間もめちゃくちゃ褒めてたよ!」
「え! ほんとですか!? うれしー!」
良いお芝居ができた、と思う。
わたしの思いを、恋する気持ちを、
もちろん、まだまだなところも沢山ある。
わたしは
それでも、今日は自分を褒めてあげたいと思う。
問題にぶつかりつつも、前に進むことができたわたし。全力でお芝居することができたわたし。
そんなわたしを、自分なりに褒めてあげたい。
「──お疲れ様でーす!」
ふいに──後ろから明るい声が聞こえた。
高いトーンに甘い響き。
この場のほぼ全員が素の自分に戻る中、きちんと『声優』している発声。
「今日は本当に、ありがとうございましたー!」
振り返ると……
予想通り、彼女が100%の彼女でそこにいる。
「……うん、こっちこそありがとう」
「楽しかったですね、アフレコ!」
「だね」
うなずき合うと、ふいに彼女はふっと息を漏らす。
そして──素の彼女で。
声のトーンと音程を下げ、近い距離感の声でわたしに言う。
「……
「え?」
「
驚いて──彼女の顔を見た。
欄ちゃんは、口元を緩めてかすかに笑う。
そして、
「大事にしてくださいよ」
そう言って、挨拶をしに監督の方へ向かった──。
「せっかく素敵な、芸名なんですから──」