「……ごめん、今まで」

 自分でも、驚くくらい声がしおらしくなった。

「無理にわたしの芝居をさせて、役者としてのを縛ってごめん」

 とうさわ監督の言う通りだ。そんなこと、するべきじゃなかった。

 一人の役者に、わたしのやり方なんて押しつけるべきじゃなかった。

 それはきっと、尊重の気持ちの足りない態度だったと思う。

 役者として、決してしてはいけないこと。

「……え……」

 けれど良菜は、心底驚いた顔でこっちを見ている。

「今さらそんなこと言いだすの? しかもおんが……?」

「今さらになっちゃったから、反省してるんだよ」

 足下に視線を落とす。

 良菜とわたしのスニーカーが、仲良しの姉妹みたいに並んでいる。

「もっと良菜は、最初から自由な役者であるべきだったなって」

 そうだ──良菜は一人の役者だ。

 確かに、声と顔はわたしに似ていたかもしれない。

 先天的に近い二人だったのは、事実だと思う。

 それでも……わたしたちは別人だ。

 これまでの経験も性格も考え方も、何から何まで違うんだ。

 だとしたら、最初から良菜もそれを駆使して戦える方がよかった。

 その機会を奪ったのは、わたしだ。

「んー……!

 必死に言葉を探すように、良菜はうなり声を上げる。

 身をかがめ、目をつぶり、手すりをぎゅっとつかんでいる良菜。

 そして──、

「それ……全面的に、わたしは反論したい!」

 声に力を込めて、こちらを見て彼女は言う。

「大前提として、わたしがお芝居を始めたのは、紫苑が入れ替わりを必要としてくれたからだよ。あの話がなければ、絶対声優にならなかったもん。だから、そこはまず悔やんでほしくない!」

「……そっか」

 確かに、良菜から見ればそうなのかも。

 まあ、だからって許されるとも思えないけど。

「それに、『紫苑と同じお芝居をできるように』っていう目標も、わたしにとってすごく大事なことだったよ! 高いハードルがあるから、全力でがんばれた。もっと地道に、演劇部に入って養成所に行って預かりになって、って順番だったら、今よりずっと時間がかかっただろうし……そもそも、途中で諦めちゃってた気もする」

「そうかなあ……」

「そうなの!」

 真剣な顔で、は主張する。

「それに……反応だって。今わたしが得意なお芝居だって、おんの音をひたすら聞き込んだおかげでできるようになったんだもん。確かに、わたしは一人の役者になったって思うよ。紫苑とは別の、強さと弱さを持った役者に」

「だよね」

 そうだ。そのことを、わたしは体感した。

 自分が良菜に課してきた入れ替わり。それを、自分で試してみてはっきりとわかった。

 わたしたちは──もう『一人』ではいられない。

 わたしにはわたしの道があって、良菜には良菜の道がある。

「でも、その始まりは──」

 言って──良菜はぎゅっとわたしの手を握る。

 ひんやりしてすべすべで、細い良菜の指。

「──全部、紫苑だったんだよ」

 声に籠もった強い気持ち。

 わたしに伝えようという、良菜の意思。

「だから、謝らないで。悪いことしたなんて思わないで」

 彼女の熱量が、わたしの胸にストンと落ちる。

 気持ちが実体を持って感じられる。

「そこから、わたしは歩いていくことに決めたんだから。そのスタート地点を、紫苑にも大切に思ってほしい」

「……そっか」

 ふう、と肺から息が漏れた。

「スタート地点を、大切に……」

 そういう考え方も……ありなのかもしれない。

 自分のしてしまったことを、ちょっとは肯定してもいいのかもしれない。

「……ありがと」

 なんとか笑みを作って、わたしは良菜に言った。

「そう言ってもらえて、助かった」

「んーん。どういたしまして!」

 言って、は笑い返す。

「ていうか、そんな暗い顔しないで! おんにはいつも、笑っててほしい!」

「……そっか。そうだね!」

 うなずいて、わたしは背筋を伸ばした。

 良菜がそう言うなら……もう、湿っぽいのはおしまい。

 最近、わたしはちょっとわたしらしくなかった。ここからは──ちゃんと紫苑として。これまで通りのわたしで、前に進んでいこう!

「オーケー! 元気になった! だから最後に、念のため確認!」

 と、わたしはもう一度良菜の方を向き、

「良菜としても、意見は同じかな。もうここからは、自分の道を歩くよね?」

「うん、そうしたいなと思ってる」

「よし。じゃあ、入れ替わりはこれでおしまいね!」

「……いざそうなると、ちょっと寂しいけどね」

「おいおい、未練たらたらかよー」

 言い合って、わたしたちは笑う。

 初めて──対等な声優同士として、笑い合えた瞬間だった。


「──ありがとね、良菜。これまでありがとう」

「──こっちこそありがとう。短い間だけど、あなたであれて楽しかったよ」


 ──その言葉で、入れ替わりが終わった。

 わたしたちは──それぞれ別の役者になった。


「……さて、こうなるとー」

 頭を切り替えながら、わたしは言う。

「色々考えないとな。まず、入れ替わってた事実は公表して、ちゃんとお詫びする感じにしないと」

「だよねー……」

 不安げな顔で、良菜は肩を落とした。

「新しく始まってる仕事もあるし、隠し通すわけにはいかないよね……」

「燃えるのは間違いないから、やり方だけちゃんと話して詰めよう。ダメージ受けるのは避けられないだろうけど、誠心誠意全部明かして謝れば、引退まで追い込まれることはないでしょー」

 いやまあ、自分で言いつつわかんないけど。

 こんなの前例がないし、そこまでいく可能性もゼロではないだろうけど。

 でも、そんなの心配していてもキリがない。真正面から飛び込んでいくだけだ。

「……ていうか! おん!」

「ん?」

「起業の件は、どうするの!?

 そうだった! みたいな顔で。

 今日一番焦った顔で、は尋ねてくる。

「紫苑、会社作りたかったんでしょ!? それは、どうなっちゃうの!?

「……あー……」

 起業の件。

 そう、わたしは声優という仕事をやめ、大学を出たら会社を作りたいと思っている。

 だからこそ良菜に入れ替わりを頼んだわけだし、今もその目標は変わっていない。

 実は、いくつかの大学の経済学部を受験する方向で準備も進めている。

 この入れ替わりを世に明かせば、間違いなくその夢にも影響があるだろう。

 もしかしたら不誠実なイメージがわたしについてまわって、資金調達が厳しくなるとか、そういうことになるかもしれない。

 ただ、

「それは正直、焦ることはないと思ってる」

 落ち着いて考えて、わたしはそう答えた。

「お芝居の方を立て直せれば、きっとそっちはどうにでもなるよ。だからまずは──再スタートを切ることを。わたしたちが、二人の声優として歩き出すことを考えよう」

「……そっか」

 真面目な顔で、うんうんうなずいている良菜。

「そうだね、そうしよう!」

 自分のことよりも、わたしのことでこんな風にうろたえる良菜。

 入れ替わりをお願いしたのが、この子でよかったなと思う。

 この子とクルクル回りながら過ごした日々は、きっとわたしの一生の中で、特別で大切な時間になっていく。

「ということで」

 改めて、わたしはそんな良菜に向かい合った。

「まずは、さいとうさんに話すかー」

「そうだねー。忙しくなるだろうなあ……」

 朝の日差しの中で、良菜はわたしに笑い返す。

「まあでも、大丈夫でしょ」

「そうかな?」

「わたしたちなら、乗り切れるでしょ」

「……そうかもね」

 言い合いながら、わたしたちは歩き出す。

 屋上をあとにして、さいとうさんに電話をかける。


 こうして──わたしたちは再スタートを切った。

 忙しくて騒がしい毎日の始まりを、強く強く予感しながら──。


   ***


 そこから──とうの毎日が始まりました。

 まずは週明け、斎藤さんに口頭で二人の意思を伝え、今後の方針を相談。

「そう……決めたのね」

 彼女はわたしたちの報告に、なんだか涙ぐみながらそう言ってくれた。

「まずはやまさん、お疲れ様でした。これから、もっと大変になっていくと思うけれど……一緒にがんばりましょう!」

 わたしたちの入れ替わりを、最初から間近で見ていた斎藤さん。

 彼女にとっても、この決断は感慨深いものだったみたいだ。

「で……ここからは、これからのお話!」

 今後の方針も、みんなで悩みながらもなんとか決めることができた。

 まず、わたしは新人声優としてプロダクションモモンガに所属することに。

 芸名は『』。おんがつけてくれた。

 これでわたしと紫苑は、同じ事務所の声優仲間ということになる。

 ……。

 ……。

 ……マジかあ。

 マジでわたし、声優デビューしちゃうんだ……。

 その事実を前に、改めて足が震えそうになる。

 半年ちょっと前には、予想もしていなかった展開だ。人生が激動すぎる。

 まあ……これまでわたしが替え玉として出ていた作品には、今後わたし本人として出演するわけで。こうしないと『おやすみユニバース』にも『渡る世間は推しばかり!』にも『はる日和びよりは春じゃない』にも出られないわけで。当然といえば当然なんだけど。

 でも、いきなり事務所所属で紫苑に芸名までもらっちゃうなんて。

 すごいことですよこれは……。

 それから、世間への公表を前に、入れ替わりの事実を関係各所にお詫びすることになった。オーディションを受けた作品や関わった企業。とうさわ監督や、既に事情を知っていた音響監督のはまろうさん。そして、わたしの憧れの声優さんであるたまちゃん、ことみつむね珠さんにも連絡。

 特に、出演させてもらった『コミック・ロジック・レトリック』を始めとして、いくつもの関係先には直接のお詫びに伺った。

 ……死ぬほど緊張した。

 怒られる覚悟はしていたし、保障や賠償の話になる可能性もあるだろう。「今後おたくの役者は使わない」と宣言されることだって、ありえると思う。

 けれど……、


「──え。ええ!? 入れ替わり!?

「──あのときいたの、さんじゃなかったんですか!?

「──それは……マジか……」


 多くの場合、返ってきた反応は純粋な『驚き』だった。

 信じられない。うそでしょう? そんなことできるんだ、という驚き。

 どうやら、本当に誰も入れ替わりには気付いていなかったらしい。

 あまりにもインパクトが強すぎて、それ以外のリアクションが出にくいようだった。

 もちろん……そこから踏み込んで、お叱りをいただくこともあった。

 当たり前だと思う。ご迷惑をおかけしたし、そこから色々調整や説明も必要になるだろうし、怒って当然だ。そういう人には誠心誠意お詫びをするしかない。実際わたしとおんさいとうさんで、必死に繰り返し頭を下げた。

 けれど、むしろそれと同じくらいに好意的な声をくれる人さえいて、


「──へー……こんな言い方あれだけど、大したもんだ」

「──本当に気付かなかったよ。すごいな……」

「──これはこれで、話題になるかもしれませんねー」


 数週間かけて、ひとまずのご連絡とお詫びを終え。

 結果として──許してくれた感じの関係先が六割。笑っていた関係先が二割。

 怒ってしまって、今後の取引が難しそうなのが二割……という感じだった。

 内心、この結果にはほっとした。

 もっと激怒してフライング気味に事実を公表したり、多額の賠償金を求めるところもあるかもしれないと思っていた。そういう雰囲気には、ひとまずならなかった。

 もちろん、社内に持ち帰って検討するから、とまだ結果が見えないところもある。けれど、今のところそんなに温度感は高くない。なんとか乗り切れるんじゃないかと思う。

 ちなみに……現在進行形のお仕事。その共演者の皆さんには、世間への公表後に直接お詫びをすることになった。

 具体的には、『おやすみユニバース』『渡る世間は推しばかり!』で共演するらんかんばしゆうちゃん。そして、おんが出演する『せいさいかい』のわらとおるさんなど。

 事前にお伝えするところはできるだけ絞りたくて、順番を考えた結果そうなってしまった。ここはちょっと、不安の残るところ。


   *


 個人的に、もう一つ大きな山場だったのは──両親。

 そう、わたしのお父さんとお母さんだ。

 これまで隠してきた声優としての活動を、ついに親に明かしたのだ。

「──ええ、声優!?

「──もう、出演も……!?

「──何かしているとは、思ってたけど……」

 二人とも「、あやしくない?」とは思っていたらしい。

「知り合いのつてで声優事務所でバイトを始めた」とは言ってあったけれど、明らかに拘束時間がバイトのそれじゃない。わたし自身、家でもそこそこお芝居の練習をしちゃったし。

 ただ、まさか声優活動をしているとは思っていなかったようで、両親も大混乱。

 二人とも勢いがついてしまって、どうにも抑えられなくて、

「──進学は、どうするんだ!?

「──ていうかそれ、何かだまされてない!? 詐欺なんじゃないの!?

「──そうだ、プロダクションモモンガなんて聞いたことないぞ!」

「──警察に話した方がいいんじゃないの!?

 結果──ケンカになった。

 紫苑やさいとうさんやプロダクションモモンガ。他にも一緒に仕事をしてきた人を疑われた気がして……わたしもカッとなってしまった。

「──いい加減にして!」

「──紫苑も斎藤さんもすごいんだから!」

「──そんな言い方、絶対にしてほしくない!」

 結果……話し合いという名の親子ゲンカは深夜まで及び、最終的にわたしが『コミック・ロジック・レトリック』の動画を見せることで落ち着いた。

 わたしとお母さんはボロボロ泣きながら、お父さんも目に涙をめながら、結果として「応援するよ……」「がやりたいことなら……」と言ってもらえた。

 ……お互い色々言っちゃったけど。

 一時は「こんな家出てく!」「おう出てけ出てけ!」なんて話にさえなったけど……本当はとっても理解のある両親です。

 認めてくれてありがとう、お父さん、お母さん……。


   *


 そして──最後。

 入れ替わりの事実を世に明かす前日。

 Twitterへのお詫び書面アップや、謝罪動画を出す前の日のこと──。

「……マジ、か」

「……おんさんと……?」

「……入れ、替わり……」

 いつもの養成所のレッスンのあとで。

 わたしはあおものくん、うおとりさん、ぜにくんの三人をご飯に誘い──そこですべてを打ちあけた。

 ひょんなことから香家佐紫苑と知り合い、代役としてアフレコに参加したこと。

 そこから彼女に『入れ替わり』を提案されたこと。

 つのはずボイスカレッジでレッスンを受けていたのは、なんとか芝居の基礎を身につける必要があったから、ということ。

 そして──明日にはその事実を公表する、ということまで。

「……」

「……」

「……」

 驚きの表情で、三人が黙り込む。

 人が少ないのを確認して選んだ、和食のお店の個室。

 店内BGMは静かで、沈黙が耳に痛くて、わたしは手をぎゅっと握った。

 ──不安だった。

 この三人に、その事実をどう受け止められるか、怖かった。

 正直……腹が立つだろうと思う。

 だってこの三人は、日々不安に駆られながらも、必死に声優になろうとしているんだ。しかも、わたしがおんに出会うずっと前から。

 彼らからしてみれば、わたしはなんて目障りな存在だろう。

 なんの実績も下積みもないのにプロの声優に気に入られ、そのうえアフレコの現場にまで参加した。

 その一方で、自分たちが泥臭い努力を重ねる養成所にまで通い、入れ替わりを隠したままでレッスンを受け続けた。

 ……自分が同じ立場だったら、穏やかではいられないと思う。

 少なからず、嫉妬やいらちの気持ちを覚えてしまうだろう。

 ……嫌われてしまうかもしれない。

 この三人との間に、距離ができてしまうかもしれない……。

 それを思うと……握った手の平に、じっとりと汗がにじんだ。

 けれど──、

「……大丈夫……か?」

 沈黙のあと──そう尋ねられた。

 妙に緊張の表情をしているあおものくん。

 普段は冷静でつんけんしたところのある彼に。

やまさん……大丈夫?」

「……え、な、何が?」

「いやだって、明日公表するんでしょ!?

 うおとりさんが、切羽詰まった顔で青物くんに続く。

 そして、ぜにくんに至っては顔をそうはくにして、

「きっと……大騒ぎになるよね、そんなの公表したら……」

「……まあ、だね」

「それって、山田さん……大丈夫なのかよ?」

 そこまで言われて……ようやく理解した。

 心配してくれている。

 三人は……わたしのことを。このあと世間の注目や厳しい声にさらされるわたしを、心配してくれているんだ……。

「もちろん……それは怖いよ」

 まずは素直に、そのことを認めた。

「絶対めちゃくちゃ炎上するだろうし、怒る人も山ほどいるだろうし、それ以上に色んなネット媒体の、格好のネタになるだろうし……正直、すごく怖い」

 それが、わたしの本音だった。

 今も、明日のことを思うとドキドキが止まらなくなる。

 どんな反響があるのか、どんな声が上がるのか。

 不安で不安で仕方なくて、生きた心地がしなかった。きっと今夜は一睡もできない。

「でも、その……」

 目の前の三人に、わたしは躊躇ためらいながら、

「怒って……ないの?」

 恐る恐る、そう尋ねた。

「わたし、みんなに隠しごとして……しかも、内容も内容だし。これをきっかけに、嫌われたりするかもと、思ってたんだけど……」

「……あー」

 あおものくんが、視線を落として低い声を出す。

 うおとりさんはお水を一口飲み、ぜにくんは手に持っていたフォークを置いた。

「正直、心穏やかではねえな」

 端的に、青物くんはそう言った。

「悔しいし、うらやましいよ、正直」

「なんでわたしに、そういうこと起きないんだろうとも思ってる」

 魚鳥さんも、こちらを見ないまま続ける。

「だってさー、中学のときから必死にやってきて。人気声優と出会うチャンスなんて、一回もなかったし」

「僕は……秘密にされてたのはちょっとショックかなあ……」

 銭独楽くんは、ストローの入っていた紙袋を指でいじりながら、

「いやそりゃ、言えるわけないのはわかるんだけどね。事情が色々絡んでるし、絶対秘密にするしかないけど……僕は、隠しごとはしてないから、ちょっと寂しい……」

「……だよね」

 やっぱり、そうだろう。

「みんな、嫌な気分になるよね……」

 そうに決まってる。

 優しい彼らだって、真剣にやっていることに関わるのであれば。

 自分にとって大事な『お芝居』に関わることであれば、本気で憤ることもあるだろう。だから、そんな風に思われて当然──。

「まあでも……そんなの、俺が売れればどうとでもなるから」

 青物くんは、けれどケロッとした顔で言う。

やまさんより、おんより売れればどうでもよくなるだろ」

「そもそも、やまさんマジでかったしね」

 うおとりさんも、悔しさ半分の顔で笑った。

「才能が半端ないのは知ってるから。だったら、普通に追いつくしかないでしょ」

「ふがいない思いは、ずっとしてるしね。今回が初めてってことでもないから」

 ぜにくんはそう言って、わたしに笑いかけてくれる。

 アイドル声優になりたいという彼の、百点満点の笑顔──。

「だから、すぐ追いついてやるよ」

 あおものくんは、短くそう言う。

 いつもの彼らしい、自信に満ちた不敵な笑みで。

「あっという間に、山田さんのいるところまでいってやる。俺らのことは気にすんな」

「……ありがとう」

 感謝で胸が一杯になりながら、わたしは彼らに頭を下げた。

「そう言ってもらえて、すごくうれしい。ありがとう」

「なんかあったら頼れよ」

「遠慮なく言ってね」

「まあ、そんなに力になれることもなさそうだけど」

 言い合って、三人は笑う。

 釣られるようにして、わたしも噴き出してしまったのでした。


   *


 ──翌日。

 予定されていた時間、14時に、わたしたちの入れ替わりが公表された。

 まず、事務所のサイトとTwitterアカウント、おんのTwitterアカウントとInstagramアカウントに、社長名義でお詫びと報告が上げられた。

 文面は、関係各所や事務所の弁護士と相談し、経緯を含めて詳細に記したもの。

 簡潔に事実を認め、わたしの声優としてのデビューまで包み隠さず報告した。

 それから、YouTubeの事務所公式チャンネルに、社長、さいとうさん、紫苑の出演するお詫びの動画がアップロードされた。


 そして──日本のネットスペース。

 声優周りの空間をひっくり返したような、大騒ぎが始まった──。