◆エリムのまくあい



「どうしたの? 暗い顔してるけど……」

 漫研の部室で、漫画から顔を上げたユズハに声をかけられます。

 今回ばかりは彼女の勘がいいというよりも、私が誰が見ても分かるくらいの暗い顔をしているせいでしょう。

 絵を描いている間ならば忘れられるかと思って部活動をしに来てみたのですが、どうやらダメだったようです。

 それを証明するかのように、今日は全く筆が進んでいません。頭の中も真っ白で、描きたいものも浮かんでこない状況です。

「……暗い顔になってしまうほどの出来事が、あったのですが」

「そうなんだ。どういうの? 良かったら話してみてよ」

 前に私を肯定してくれていた唯一の存在であるメイと再び出会って、どうすればいいのか分からなくなっている……とは説明が出来ません。

 良かったら話してみてよという厚意に背くこととなってしまい、ちょっとだけ罪悪感を覚えます。

「ちょっと、説明が難しいことなのですが……」

「うんうん」

「えーと……」

 ……ユズハはもう聞く準備が出来ているという風でしたので、私は出来るだけかいつまんで話してみようとちょっと考えます。

 この問題で私が一番頭を悩ませていることを簡単に説明すると、どこが問題になるんでしょうか……?

「……昔にあまり良くない別れ方をした知人と再会したのですが、どのように向き合うべきか分からなくって」

 結局、そんな物言いになってしまいました。

 でも、端的に言うとそんなところだと思います。

「良くない別れ方?」

「う、はい。とにかく、良くない別れ方です」

 私と一緒に家から逃げてほしいと言ったなんてとても言えないので、私は曖昧にうなずきます。

「どのように向き合うべきって、普通じゃダメなの?」

 ユズハらしい疑問に、私は思わず動揺してしまいます。

 それが出来たら、どれだけいいか。

 ユズハだったら迷いなくそれが出来るのでしょう。彼女のそんなところを、羨ましくも思ってしまいます。

「普通じゃダメではないと思いますが……まず、知人は私ともう会いたくないんじゃないかと思ってしまって」

「そんなことないよ。良くない別れ方をしたんなら、なおさらちゃんと話をしたいって思ってるんじゃない?」

「そう、でしょうか……?」

 それはとても、希望に満ちた答えでした。

「そんな感じの言い方だとしたら、エリムは不本意だったんでしょ? だったらきっと、その相手も不本意だよ。ちゃんと話せば、また前みたいないい関係に戻れるんじゃないかな?」

「……なるほど」

 明るいユズハに話しているからこそ、こんなにも私が望んでいる答えが返ってきているのでしょう。

 でも、だからこそ希望が持てました。

 もしかしたら、向こうは関わるなと言っているであろう両親のことを除いても、話したくないかもしれません。

 私の顔も、見たくないかもしれません。

 でももしかすると、何万分の一の可能性だとしても、ちゃんと話してまたいい関係に戻れるのだとしたら、私は戻りたいと思います。

「ちゃんと、話をしてみようと思います」

 私の声は、思ったよりも震えていました。

 けれどそんな私の手を、ユズハの手は優しく包んでくれます。

「きっと大丈夫だよ! エリムなら、その人とまたいい関係になれる! 信じて!」

 これはユズハを信じてという意味も込められているのでしょうが、自分を信じてという意味合いのほうが強いのでしょう。

 自分を信じる。

 今までの私ならそんなことをしてもどうにもならないと嫌悪していたかもしれません。

 しかし、漫研で日々を過ごした今の私なら出来る気がします。

 さっそくメイと接触したというナナに詳細な居場所を教えてもらうために、メッセージを送りました。

『メイと話す決意が出来ました。居場所を教えてもらえますか?』