◆露出過多少女の推し活3
自暴自棄に……いや、無敵になったアタシは、
こんな目的でコンカフェの周辺に来るなんてと思いつつ、ちょっと楽しみなところもある。
幽霊みたいな存在に出会えるって思ったら、ワクワクしてこない?
いや、多少は怖いっていう感情もあるけど……メイドが襲いかかってくるわけないっていう思い込みもある。
人に仕える存在が、人を襲うなんて思えない。
何より襲いかかっているんなら、もっと大ごとになっているだろう。
だからきっと、大丈夫。
そんなことを考えながら歩いていると、道路の真ん中にクラシカルなメイド服を着ている女性が座っていた。
メイド服はこの辺では珍しくないけど、
彼女は時々女の人に避けられながらも、そこに確かに存在している。
おそらくあれが、
アタシは、おそるおそる彼女に近づいてみた。
近づいてみる途中で、とあることに気がついた。
彼女は、以前喫茶店でエリムと話していた女性で間違いなかった。
放心しているようで、目線がどこを向いているのか分からない。
呼吸をしているっぽいからきっと生きているんだろうけど……それ以外のことに注目してみると、まるで死んでいるかのようだった。
だからきっと、彷徨えるメイドとして怪談話のように語られているのだろう。
「あなたが、彷徨えるメイド?」
アタシはさらに、勇気をもって話しかけた。
この前に見た時よりもずっとすさんだその目は、アタシを見て一瞬だけ驚いたように見える。
けれどまたすぐに、真顔へと戻った。
その表情の徹底ぶりは、本当にメイドのように思えた。
「……どうして、見えるんですか?」
彼女は、思っていたよりもしっかりした声色で問いかけてくる。
そう聞かれても、アタシにもどういう原理なのかは分からなかった。
きっと、求愛性少女症候群なんだろうってことだけは分かるけど……。
「それは分からない。だから多分今、アタシすごい視線を浴びていると思うんだけど……良ければ、別の場所で話さない?」
「ああ、それなら場所を変えたほうがいいですね。分かりました。ちょうどいい場所があるので、ついてきてください」
彼女は、アタシの提案に納得した上で承諾した。
ちょうどいい場所ってなんだよと思ったけど、彷徨えるようになってから見つけたような場所なんだろうと察して、あまり深く突っ込まないでおく。
近くのお店の裏、誰もいないし注目もあんまりされないだろうところに場所を移した。
「エリム様の、お友達ですよね?」
「ん? まぁ友達ってほどじゃないんだけど……話すことは話すかな」
「そうなんですか……」
彼女は、明らかに落胆したようだった。
おそらく、エリムの友達だってことを否定したのが悪かったんだろう。
それくらいは、アタシにも分かった。
メイドなのにそんなところは表情が
「エリム、ちゃんと友達いるっぽいから大丈夫だと思う。最近は漫研で絵も描いて、毎日充実してるっぽいし」
「……それなら、良かった」
一瞬で安心した表情になる彼女を見て、彼女にとっては本当にエリムが大切なんだと理解する。
それなのにどうしてエリムのところに行かずこんなところにいるのとか、どうしてあの喫茶店にいたのとか、本当にこんな状態の人間が転売をしているのか、いろんな疑問が浮かぶ。
けれど彼女の方が先に、疑問をぶつけてきた。
「……どうして、話しかけたんですか?」
「え? いやー、たまたまだよ。たまたま。ちょっと、話題の人と話してみたいなと思って」
まさか自暴自棄になって、ちょっと肝試し的な感じで話しかけたとは本人を前にして言えなかった。
失礼になるだろうし……。
けれど彼女は、「なるほど、肝試しですか」と納得しているようだった。
「……何? 読心術でも会得してるの?」
「
「えー? こう見えても、ポーカーフェイスには自信があるのに……」
「全然ですよ」
「そこまで言わなくたっていいじゃない!」
ああ。エリムのメイドだけあってクセがあるなと、今更ながらに思う。
というか、どことなくエリムっぽい。
もしかすると、この人の性質を無意識に
「エリム様のところに行かないのは、彼女のご両親に会うことを禁止されているからです」
「そうなんだ。それでも会いたいんじゃないの?」
彼女は肩を震わせる。
どうやら図星らしい。
どこまでもエリムのことなら分かりやすくなる人のようだ。
ちょっと面白い。
「会いたいんなら、バレないようにして会えばいいじゃん。ダメなの?」
「ダメですよ。当たり前じゃないですか」
「会いたいのに会わないの? バカみたい」
「バカですよ、私は……」
あえて挑発的な言葉を使ってみたが、どうやら逆効果だったらしい。
彼女は目を伏せて、分かりやすくへこんでしまった。
っていうか、そんな簡単にへこむんだ。
ちょっと罪悪感。
「……そ、それよりさ、なんで男装執事喫茶にいたの? しかもなんか、常連ってカンジだったじゃん」
気まずくなった私は、話題を変えた。
「話すと長くなりますが、いいですか?」
「出来るだけ手短にお願い」
彼女は一瞬考えるように顔のふちに手をやってから、口を開いた。
「エリム様が漫画を描かれているとかつての仕事仲間から教わった私は……」
「あ、それは伝わってたんだ」
「……そうですね。たまたま、教えてくれる人がいらっしゃったので」
「それで?」
「久しぶりに漫画を読もうと、この辺りに買いに来たのです」
「わざわざここまで?」
「ここくらい栄えているところで買った方が、エリム様に近づけるかなと思ったものでして……」
そこまでするくらいなら早く会った方がいいんじゃないかと思いながらも、何も言わずに続きを促す。
「そこでたまたま、お店のチラシを懸命に配っているミツキさんに出会ったのです」
「ベタな出会いだね」
「べ、ベタとか言わないでくださいよ」
「そう言われても」
っていうか、メイさんの推しはミツキさんって言うんだ。
最初からミレイさんと会っていたから、全然顔が分からないや。
っていうかもしかして、あのお店は「ミ」から始まる名前じゃないといけないみたいな決まりでもあるんだろうか?
全員そうだとしたら、もしかしたらハンネみたいなものなのかもしれない。
本名だとは思ってなかったけど……こんな形でそうかもしれないと知ってしまうのは、なんだか複雑!
「あとこれが本題なんだけど……イベントのチケットの、転売とかしてる?」
「……どうしてですか? それはいけないことではないですか」
「いや、そうなんだけど……転売しているSNSのアカウントのアイコンが、メイド服だったから」
「そんな理由で、私を探して話しかけることまでしたんですか?」
「うっ」
全部行動目的が知られてしまった。
「と……とにかく、メイさんが転売しているわけじゃないのね?」
「私は転売なんてしていません。それに、あなたは転売サイトなんて見ずに真っ当にチケットを手に入れてください」
「でも、どうしてもイベントに行きたかったんだもん!」
メイさんに当たっても仕方がないことだと思いつつも、アタシはそんなふうに振る舞った。
するとメイさんは
「もうあのカフェにも行かないと思うので、良かったらこれを」
そう言って差し出されたのは、なんと近日中にカフェで行われるイベントのチケットだった!
これはきっと、アタシが取り損ねたチケットなんだろう。
それが今、こうしてアタシの元に来たって考えると感慨深いものがある……。
とにかく
「ありがとうございます!」
高校生になってからはじめてになるくらい全力のお礼をメイさんに告げるのであった。
「エリムお嬢様のことも、良かったら気にかけてくださいね」
「それはまぁ……気が向いたら」
「はい、気が向いたらでいいので」
本当にどこまでも、エリムのことにしか興味がなさそうな人だ。
どうにかして二人を会わせてあげられたらと考えそうになって、やめた。
そこまでするような関係性じゃない。
○
ワクワクしながら、メイクをする。
メイク自体結構好きなことだけど、今日はいつもにも増して楽しい。
だって今日は、ミレイさんのところでイベントに参加する日だから!
今日がなにもない休日で良かったと何度目になるか分からない感想を抱きつつ、準備を進める。
イベントの主役はあくまでミレイさんたちだからそこまで目立たないように。
でも個性まで埋もれてしまわないようにと思いながら見た目を整えた。
「どこ行くの?」
ずいぶん前に仲直りしたお姉ちゃんに聞かれる。
「内緒ー」
「まさかデートじゃないよね?」
「そんなまさか! それよりもっと楽しいことだよ」

「それよりもっと楽しいことか。良かったね。いってらっしゃい」
「うん、行ってきます!」
お姉ちゃんに手を振って、アタシは早めに家を出た。
もう慣れたいつもの道を、なにか起きてお店に行けなくなってしまわないように慎重に歩く。
こういう時に限って、前のルルみたいに変なのに絡まれたりするんだよね……そう思ったから、早く出てきたんだけど、今のところ大丈夫そうだ。
そう思っていると、いつもの喫茶店の姿が見えてきた。もうすでに多くの人で賑わっており、本当にイベントの日なのだと理解する。
列に並んで、お店の中に入れる時間を待つ。待っている間もお店の中がちょっとだけ見えて、ミレイさんが頑張っているのが見えてニヤけてしまった。頑張っているミレイさんを外側から見るのも、それはそれで……いや、どうせなら向かい合いたいからそこまではなれない。
しばらくしてから、お店の中に入れるようになった。
「まさかナナお嬢様がこのイベントに参加するとは、思ってもいなかったよ」
ミレイさんにそう言われて、私は本当にイベントに参加できているんだという実感が強くなった。
ミレイさんにとってはささいなイベントかもしれないけど、私にとっては無事に参加することが出来た最初のイベントだ。
「楽しんでいってね」
「はい!」
ミレイさんの言う通り、めいっぱい楽しまなくっちゃ。
「……あ」
席についてミレイさんが一瞬離れた隙に、ふっと指が自然と裏アカにアクセスしていた。
そこには、過度に露出しているアタシの姿が映っていた。
前までのアタシだったら「イイ出来♪」とか思っていたんだろうけど、今のアタシは違った。
こんなことして、何になるんだろう。
自分の体を大切にしなきゃいけないとか、高校生の身でこんなことをするだなんてハレンチだとかそういうことを思ったわけじゃなく、ただ単純に何になるのか分からなくなった。
何になるか分からないのに、露出をしているという事実と、そこまでしなければ承認されなかった自分の欲求が怖くなった。
「……えいっ」
だからアタシは意を決して、裏アカを消した。
今のアタシには。もうこのアカウントは必要ない。
アカウントを消しただけなのに心だけじゃなく体まで楽になるような感覚に、思わず笑ってしまった。
どんだけ肩肘張って生きてたんだろう。
もう変に注目を集める必要もないし、炎上することもない。
そう考えると、楽になるのも当然かもしれないと思った。
そういえば、ルルは裏のアカウントについて触れてたからまだアカウントもあるんだろうけど……エリムはどうなんだろう?
もう消してるのかな?
でも親との確執がまだあるから、それを吐き出す用のアカウントとして残している可能性もある。
まぁどっちでもいいかと、アタシは思った。
裏のアカウントを持っていようが人の本性はあんまり変わらないわけだし、こんなところに来てまでエリムのことを考えるなんて間違っている。
今は、ミレイさんのことだけを考えよう。
推し活最高、と!