◆帰宅不可少女に起きた偶然



 漫画の資料にするためという口実のもとに好奇心で来た男装執事喫茶という場所は、思ったよりも楽しいところでした。

 チーズケーキもしいですし、紅茶の種類も豊富のようですし……また来てもいいかもしれないと思えるほどには、楽しんでしまっています。

 ……ああ、そうでした。

 うっかり場にのまれていましたが、資料用に写真を撮らなければ。漫研のメッセージグループに男装執事喫茶に行くと書いたら資料お願いと頼まれたので、しっかりしないといけません。

 一応許可も、取った方がいいですよね?

 なんて言えばいいんでしょうか?

 素直に漫画の資料にするので……と言うべきなのでしょうが、ちょっと照れが入ってしまいます。

 そんなことを考えていると、私はスマートフォンを落としてしまいました。

 すぐに拾おうと思ったところで、それよりも早く別のお客さんが拾ってくれました。

「あ、ありがとうございます」

 感謝の念を感じつつも、室内でも深めに帽子をかぶっている珍しい人だと思っていたところ、拾った際に下を向いたせいでバランスが崩れたのでしょうか。

 帽子が、落ちて……。

「え、メイ……?」

 帽子の下に隠れていたのは、何度も再び見ることを願った顔でした。

 こんなところに、どうしているのでしょうか?

 も、もしかしたら、よく似ているだけの別人ということも……。

 ……いえ。私が、メイの顔を間違うわけがありません。

 こんなところにいるわけがない。

 しかしこの顔はメイでしかないという二つの相反した思いが浮かびます。

 そのせいで、私はその場で固まってしまいました。

「え、エリム様……!?

 あぁ……。

 反応からして、この方は本当にメイなんでしょう。

 少し、やつれたでしょうか。

 美しい瞳も、ややうつむきがちになっている気がします。

 それは私が、私が……愚かだったから。

「……すみません。今日は帰ります」

 私が自責の念に駆られていると、手のひらにスマートフォンをやんわりと載せられました。

 そして彼女は執事さんにそう言うと、財布を取り出しました。

 私に出会ってしまっては良くないのでしょう。

 まるで逃げるような彼女に、胸が痛みます。

 けれど私には、何をすることも出来ません。

「いいの? 彼女、なにか言いたげだったけど」

 ナナに、そう問いかけられます。

 去り際に固く閉じられていた唇は、途中まで開いていたようです。

 それはもちろん、言いたいことはとてもたくさんあるでしょう。

 けれど、去ろうとしているのです。

 急いで私の前から去ってしまう彼女を引き留めたい気持ちは、山ほどあります。

 しかし、自分がそれをしていいのかどうかを考えると、動くことが出来ませんでした。

「いいのです。これで、きっと……」

 ようやく出てきた言葉は、本当に自分の言葉なのかを疑ってしまうほどに乾いていました。