◆露出過多少女の推し活1



「ナナちゃん! 最近は表情もより豊かになっているし、調子いいね!」

「そうですか? ありがとうございます!」

 表情が豊かになっている、か。

 自分ではそんな自覚なかったけど、第三者から見てそう思われてるってことはそうなんだろう。

 理由は単純だ。

 ミレイさんに出会ってから、自分の中の感情がゆっくりと引き出されているような感じがする。

 今までは、感情を表に出すこと自体を心のどこかで冷笑していた。

 だから、感情を表に出すことを無意識に控えていたんだろう。

 けれど今は、感情をきちんと表に出して相手に少しでも自分が思っていることを伝えないといけないと思えるようになった。

 大きな進歩だ。

 多分……いや、絶対。

 それはミレイさんのおかげであり、ミレイさんがいたからだ。

 あの人がいなかったら、私はきっとずっとあんまりなままだっただろう。

 だから、これは感謝の現れだ。

 感謝っていうのは、直接伝えないと意味がないだろう。

 そんなことを言い訳にして、今日も喫茶店に向かっていた。

 もうこの道にも、慣れたものだ。

 目隠しをしても、駅から喫茶店まで行けるような気がするっていうのは言い過ぎかもしれないけど。

 お店に着いて、ちょっと重たい扉を開ける。

「おかえりなさいませ。お嬢様」

「ただいま」

 いつものように出迎えられる。

 たくさんいる執事の中から、ミレイさんを見つけると顔が綻んでいくのが自分でもよく分かる。

「おかえりなさいませ。ナナお嬢様」

 改めて言ってくれるミレイさんにうれしくなりつつ、促されて席についた。

「今日も、ミレイさんのオススメで」

 メニューを見ることなく、そう言った。

「かしこまりました。……最近は、ずっとそう注文してくれるね?」

「ハズレがないですから」

 いつもアタシが食べたいと思っているものが運ばれてくるので、心を見透かされているのかと思うくらいだ。

「お眼鏡にかなっているようでなによりだよ。それじゃあ、ちょっと待っていてね」

 ちゆうぼうに下がっていくミレイさんを見ながら、今日はこれからどうしようかと思考を巡らせる。

 ツーショットを撮ってもらうべきだろうか。

 それとも、ミレイさん単体の写真にするべきか……。

 どっちも魅力的だから、すごく悩ましい。

 一緒に撮っていただくのは至近距離で隣にいられるから、とても魅力的だ。

 でも、単体でポーズをとってもらうのは当たり前のようにかっこいい! 素敵! 大好き!

 私という邪念がいないからこそ、輝きも増しているような気もする。

 そこに気付いてからは、いつも悩むようになってしまった。

 本当に困る。

 でも嬉しい悩みだから、ニヤニヤしながら考えてしまう。

 気持ち悪い?

 ここにいるお嬢様のみんな、同じ悩みでニヤニヤしてると思うから問題なし! 多分だけど!

「お待たせしました。今日のオススメはオムライスだよ」

「わー! ありがとうございます!」

 ちょうど卵料理が食べたかったから、嬉しい!

 ゆっくりと食べながらも、頭の片隅では悩み続けている……この前はツーショにしたし、今日は単体でポーズをとってもらおうかな。

 なにか特別なことがない限り、交互にやってもらうのがいいようなカンジがする!

「今日も学校お疲れ様。今日は何か変わったことあったかい?」

「いつも思ってたんですけど」

「ん?」

「その言葉って、なんだかお母さんみたいですよね」

 その言葉に、ミレイさんが固まってしまった。

 まさか固まってしまうと思わなかったので、悪いことをしてしまったのかもしれないと思って慌ててしまう。

「お、お母さんっていうのはたとえで……その……」

「……いや、間違っていないよ。私も、よく母から言われていたことを今思い出したから」

「そ、そうですか……?」

「ふふ、私の言葉だと思っていたはずなのに、自然と誰かの言葉になっていただなんて恥ずかしいな」

「恥ずかしいなんてことないですよ。お母さんの言葉をいつの間にか言ってるだなんて、ミレイさんも人の子なんだって思えます」

「本当にナナお嬢様は……私のことを、宇宙人だとでも思っているのかい?」

「同じ人間とは思えないくらいすごいとは思っています!」

「そう思われるのは光栄だけどね。同じ人間だから、そこは分かってほしい」

「はい!」

「お嬢様を疑うわけにはいかないけれど、本当に分かってくれているのか、少し心配だよ……」

 苦笑しているミレイさんも可愛かわいらしくて、より一層好きになってしまう!


 ○


 エリムをコンカフェに連れて行くと決めてから数日後。

 予定を合わせた結果、また学校終わりに制服で行くことになった。

 かルルも一緒に行くことになったから、今度はおごらないからねと念入りに言っておいた。

 そしてその予定の日。

 アタシたちは、学校の玄関前に集まっていた。

「本当に行くの? ハマってないって言ってたのに?」

「は、ハマってないけど……ナナがエリムに変なことをさらに吹き込まないか心配だからついて行く」

「頼りないですね……」

「そんなこと言わないでよ……!」

 エリムからもひどい言われようだ。

 ま、ハブられることのほうが嫌なんだろう。

 ルルのことだから、そうに違いない。

 友達じゃないんだから、ハブられたって気にすることないのにね?

 それから前と同じ道を通って、喫茶店に向かう。

「ナナがその喫茶店にハマっている理由って、なんなんですか?」

 向かう途中に、そんなことをエリムから聞かれた。

「……長くなるけど、いい?」

「むしろ長いほうが面白いのでいいですよ」

 面白いって何と思ったが、話せる機会もめつにないことだから堂々と話そうと思ってせきばらいをする。

「まずアタシって、求愛性症候群に悩まされてるじゃん?」

「まだ悩まされてたんだ」

「それはちょっと、色々あってまた悩まされるようになったっていうカンジなんだけど置いておいて」

 また恋した上に失恋したって説明するのも嫌で、とりあえず悩まされるようになったってことだけを話す。

「それを、肯定してもらえたんだよね。それがすごくうれしくて、どうしようもなくときめいてしまって……」

「なるほど。肯定は、コミュニケーションにおいても大事ですからね」

「そうそう。それにね、モデルもコンカフェのキャストも私が私がって主張する人が多いと思うの」

「へぇ、そういうものなんですか? よく分からないので、そこは肯定出来ないのですが……」

「そういうものなんだよ! でもミレイさんはそんなことなくて、執事としてお客さんであるお嬢様を立ててくれるんだよ? すごくない?」

「そのミレイさんという人が執事というコンセプトに徹しているのであれば、それはプロということなんでしょうね」

「そう! プロなの!」

 エリムはやっぱりメイドが家にいるだけあって、話が分かるなぁ!

「さらにはその執事としての在り方が自然なんだよ」

「自然、ですか」

「そういうところにもインスピレーションをもらって、さらにモデルとしての勉強にもなっているっていうね。すごいでしょ!」

「……ナナが、ものすごくその人を好きだということは充分伝わりました。ねえ、ルル?」

「うん。それは前回から、ひしひしと伝わってきてる……」

「最終的にそれさえ伝わればいいから! だから、同じく推しになったとしてもアタシのほうが先に推してたから、あんまり貢献しないでね!」

「それは分かってますし、ナナほどにまでハマることはないと思うので安心してください」

「そうかなー? 案外、めっちゃハマってたりして」

 それはそれで面白いからそうなってほしい気持ちもなくはないんだけど、アタシ以上に貢献されると困るから、違う人でそうなってほしい。

「……私の心には、ずっと変わらず一人のメイドがいますから」

「あー……」

 そういえばそうだった。

 そういうことだったら、きっと本当にそこまでハマることはないだろう。

 面白い姿が見られないのは、残念だけど。

「そういえば」

「そういえば?」

 エリムが露骨に話題を変えてきた。もっとミレイさんの魅力を語りたいのに!

「駅を出てからちらほらとメイドさんの姿が見えますが、皆さん、その……」

「スカートが短い?」

 なるほどと思いながら、言い淀んだ言葉をそのまま言ってみる。

「そ、そうですね。すごくセクシーです」

「そういうものだからね」

「そういうもの、とは?」

「あー……改めて説明するのってムズイから、そこは感覚で感じてっていうか……」

「感覚で感じるってどういうことですか? さっきまでじようぜつだったのに、急に曖昧な説明になるのやめてください」

「アタシに全部求められても困るっていうの!」

 不服そうなエリムからの質問をかわしながら、なんとか喫茶店に着いた。

 前のルルと同じように目の前を通り過ぎようとしたエリムが、えっと言いながら立ち止まる。

「ここが、男装執事がいるという喫茶店ですか? 至って普通のお店に見えますが……擬態がい?」

「擬態って何、擬態って」

「擬態とは……他の物に様子を似せることですね。この場合は、普通の喫茶店に様子を似せていると言えるのでしょうか」

「いや、そういうことじゃないってば。やめて」

「はぁ」

 擬態についての解説を始めそうになったエリムを、あきれ顔で止める。

 ホント、そういうことじゃないんだってば……。

「あのね、本当にすごいんだからね」

「分かりましたから、とりあえず入りましょう」

 大胆にも、エリムが扉を開けた。

 変なところで度胸があるから、こっちのほうが驚いてしまう。

「おかえりなさいませ、お嬢様」

「なるほど……」

 第一声がなるほどって何!?と思いながら、ミレイさんを探す。

「おや、今日もご友人と一緒なのかい?」

「あ、今日はちょっと、ここに興味があるって子を連れてきたんです……」

「そうなのかい」

 ルルは友達ってことに出来るとは思ったけど、エリムは出来ないだろうと思って、用意しておいた言葉で返す。

 ルルからは驚いた顔で見られ、エリムからは目を細められた。

 ……どういう感情なんだろう? 白々しいって感じなんだろうか。

「興味を持っていただけるのであったら幸いだな。いらっしゃいませ、お嬢様」

「あなたが、ミレイさんですか?」

「おや。私が名乗る前に名前を知っていただけているとは光栄だ。いかにも、私がミレイです。以後お見知り置きを」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」

 そうして二人は、なんと握手をした!

 そういう触れ合い方もあるのだと分かり、戦慄する。

 エリム、やはり侮れない。

「……なんだかバチってるような気がするのは、気のせいかな?」

「気のせいじゃない?」

 ミレイさんとバチってどうするんだっていう気持ちが強くて、そう返した。

「それじゃあ、とりあえず座ってここに来るまでに動かした足を休ませてね」

「ありがとうございます!」

 その心遣いがうれしくて、アタシは真っ先にお礼を言った。

 するとエリムが驚いたような顔になった。

 ……ルルもそんなこと言ってたけど、アタシだってお礼くらい言うってば。

 ただ、あんまり思わないから言わないだけで。

「それじゃあ、メニューを見て何を注文するか決めてくれるかな?」

 そういって一様に、メニューを手渡された。

「大事なことなのに言い忘れてた! ここは本格的な食事メニューが楽しめる上に紅茶もこだわっているから、すごいんだからね」

「そうなんですか……あの、このチーズケーキというのは、どういうものなんですか?」

「今日入っているのは、しっとりとした濃厚なやつだね」

「なるほど……それじゃあ私は、アッサムミルクティーとチーズケーキをお願いします」

 しばらくしてから、エリムはそう言った。

 ミレイさんは納得したように、注文を繰り返す。

「紅茶通だね? もしかすると」

「ちょっと知っているだけですよ。……ありますよね? アッサムミルクティーって」

「もちろん。お嬢様のためにご用意してあるよ」

「それじゃあ、お願いいたします」

「じゃ、じゃあ私もそれで」

 つられたように、ルルもそう言って注文した。

 ミレイさんが通と称する組み合わせが気になったけど、そんなふうに思われているエリムと一緒の注文にするのは気が引けた。

 というか、ちょっと苛立ち始めている。

 落ち着かないといけないのに、落ち着けそうにない。なんでミレイさんもちょっとエリムのこと気に入っているみたいな風なんだろう。

 まだ出会ったばかりなのに。

「ナナお嬢様は? ご友人たちと一緒にするかい?」

 悩んでいると、ミレイさんにそう聞かれる。

「そうですね……お願いします」

 ミレイさんにそう聞かれてしまうと、そうですと答える他ない。

 若干の後悔をしつつも、お願いしますと言ったからには後戻り出来ないと思って軽く拳を握りしめた。

「かしこまりました。アッサムミルクティーとチーズケーキのセットが三つ、ですね。それでは、少々お待ちくださいませ」

 注文を取ったミレイさんがちゆうぼうに戻ると、エリムがまたなるほどと納得しているようだった。

「確かに、自然な執事としての接客ですね。セリフのひとつひとつはとても芝居がかっているというのに、違和感がないと思います」

「そ、そうでしょう?」

 ミレイさんの良さがちゃんと伝わっているようで、自然と顔が綻んでうれしくなってしまう。

「私の家にいる執事はあそこまでフランクな口調ではないのですが……そこのギャップもまた、いいのかもしれませんね」

「そう! そうなの!」

 思わずエリムの手を握りしめそうになったのを、すんでのところでやめた。そこまでテンションを上げる場じゃないと思ったからだ。

 代わりにせきばらいをして、ゆっくりとうなずく。

「エリムにもミレイさんの良さが伝わって何よりだわ。おほほ」

「……現実のマダムは、おほほというかもしれませんが」

 言葉にはせずとも、アタシには似合っていないと言いたいのだろうと分かった。そのくらい分かってると思いながらも、笑みを浮かべてしまう。

「ナナ、口元緩みすぎじゃない?」

「そうかな?」

 ルルに指摘されて、口元を押さえる。

 でもどうしても笑って緩んでしまって、なかなか戻らない。

「ナナ、楽しそうだね」

「楽しいっていうか、嬉しいんだよ」

「えっ? どうして?」

「だって、アタシの推しが褒められてるんだよ? そりゃあ、喜ばしいことでしょ!」

「そういうものかなぁ……」

 いまいちピンときていないのか、ルルは首をかしげていた。

 推しの良さを、人と分かち合うことも大事なのだと思う。

 独り占めしたいって思うのも抑えられないけど、推しってアイドルみたいなものだから、みんなで良さを語り合った方がきっと楽しいだろう。

 だからアタシは、ケーキと紅茶が運ばれてくるまでの間、出来る限りミレイさんの良さを語ってみせた。

 ルルもエリムも、興味深そうに聞いてくれた。

 だから語りがエスカレートして、とにかく好きとしか言葉が出なくなってしまった頃。

「お待たせしました。アッサムミルクティーとチーズケーキです」

 ミレイさんともう一人の執事さんが、ケーキと紅茶を運んできた。

 あれ? ミレイさんの顔がなのはなんでなんだろう。

 もしかして熱!? だとしたら看病してあげたいかも……無理かな……?

「ナナお嬢様……愛を語ってくれるのはうれしいけど、少し恥ずかしいかな」

 ミレイさんの一言で、私は我に返った。

 いくらなんでも、語り過ぎた……?

「と、とにかくミレイさんが好きってことなんです!」

 私は、そう弁明しながら紅茶を啜った。

 熱いっ!

 口の中、やけどしてしまう!

 うう。こんなことになるんなら、やっぱり独り占めしたほうがいいのかも……。