◆ルルのまくあい



 久しぶりに、ナナからメッセージが送られてきた。珍しくスタンプも一緒みたいだ。

「なんだろう?」

 なにかしら新しいスタンプを買った自慢でもしてきているのかなと思ったら……なんと違った。

『ルルちゃん。ちょっと話があるから、明日の放課後にでも屋上に来てね!』

 添えられているのは、ペコリと頭を下げているサンイオキャラクターのスタンプだった。

 い、嫌な予感しかしない……!

 ここまで不吉を感じるメッセージも、世の中にはそうそうないだろう。

 まずナナからルルちゃんって呼ばれてるんだって思うと、寒気がする。

 何もなくナナがそんな呼び方をするような人間だとは思えない。

 っていうか実際、普段は呼び捨てだし。

 それなのにわざわざそんな呼び方で呼んできているってことは、また何か厄介ごとに巻き込もうとしているってことなんだろう。

 うう、もうコリゴリだよ……。

 屋上に行かないって選択肢をとることも、出来なくはないだろう。

 でも、また丁寧な言葉でメッセージが送られてくるほうが怖かった。

 ないかもしれないけど、そのうち手首の画像とか送ってきそうだし……。それはいくらなんでもないと思っていたら、あるかもしれないから怖い。

 仕方がないので、言われた通り翌日に屋上に向かう。

 向かう途中で、友達と部活に行こうとしているエリムを見かけた。

 たくさんの本を持っているけど、なにに使うんだろうか?

 ちょっと気になるけど、話しかけることはしなかった。友達だったら話しかけても変じゃないんだろうけど、そうじゃないわけだし……。

 っていうか、今回はエリムは呼んでないんだ。

 それはそれで、不安が募る……。

 ちょっとおなかが痛くなってきたところで、屋上の扉の前に立った。

 おそるおそる、扉を開ける。

 ナナは私の存在に気付くと、待ってましたと言わんばかりに近づいてきて両手を広げて……抱きついてきた!?

「おお友よ! よくぞ来てくれましたね!」

「な、何!? なんの何!?

「ナナ様はうれしい!」

 本当に意味が分からなくて、思わず押し返してしまう。

 けどここは、モデルとして鍛えているからなんだろうか?

 ナナのほうが力が強くて、しばらく抱きしめられてしまった。

「もう、ずっと怖いからそろそろ普通に接してほしい……」

「そんな怖がらせることやった記憶ないんだけど」

 腕を私の腰から離しながら、ナナはいつもの感じでそう言った。

 いつものナナって感じがようやくしはじめて、ちょっと安心する。

「それで、何の用なの?」

「まぁまぁ、落ち着いて座って」

「そういうなら、まぁ……」

 言われた通り、比較的れいなところに座る。

 座らせるくらい、長い話をするんだろうか?

 もしかして、何かの相談?

「あんまり重い話は、勘弁してね。今は進路の話が出てきてどうするか悩んでて、それどころじゃないから……」

「そうなの?」

「うん……」

 将来のことって言われても、毎日の痛みと戦うことで精一杯だからなんにも思い浮かばない。

 それなのに先生は早く決めないと今後に差し支えるぞってかしてくるし、周りはもう決まってるみたいだし……正直、気がってしまう。


「そういう時こそ、推し活でしょ!」


「は……?」

「は?」

「ひ、ごめんなさい」

 ナナ相手に思わず端的な言葉が出てしまったと思ったら、逆にすごまれてしまった。

 だって、ナナの口から推しだなんて言葉が出てくるなんて想像もつかなかったし……。

 もしかして、自分を推しているって意味での推しだろうか?

 だとしたら、納得かもしれない。

「謝らなくていいよ。推し活に協力してくれたら、許してあげる」

「推し活に、協力……?」

 許してもらうも何もない気がするが、きっとそれが今回の本題なんだろう。

「どういうこと?」

「一緒に、カフェに来てほしいの」

 ナナの口からそんな普通の高校生みたいな提案が出てくるとは思わず、私は一旦置いてから疑問を返した。

「……それはカフェっていう隠語とかじゃなくて、本物のカフェなんだよね?」

「隠語って何? 正真正銘、普通のカフェですけど」

「ね、値段がめちゃくちゃするとか!」

「そんなことないってば。普通のカフェでーす。なんならむしろ、良心的まであるかもしれない」

 そこまで言うなんてそれはそれで怪しいと思ったけど、それ以上を口にするのははばかられた。

 ナナがここまで言いはるからには、きっと普通のカフェなんだろう。多分。

 でも、なんでそのカフェに行くのにこんな必死なんだろう。

 私に同行を頼まないと、カフェに行けないってタイプじゃないのに。

 ナナってこんなキャラだったっけ?

 いや。何かもっと肝心なことが……?

「カフェで推し活って、何?」

 推し活って言葉自体をあんまり理解していないからなんとも言えないけど、カフェでするものなのかどうか分からなかった。

 だから素直に聞いてみるけど、気まずそうに目線がらされる。

「……内緒」

 目線を私のほうに戻しながら、語尾にハートマークをつけているような甘い声でナナはそう言った。

 男性だったら今のですぐについていくんだろうけど、あいにく私はそんなことでされない。

「このまま曖昧なままだったら、危ないところに行くのかなって思って、ついて行けないよ」

 ナナは私の言葉にそれはそうかもしれないけど……と、これまた曖昧な言葉を返してきた。

 それからしばらくキューティクルで天使の輪っかが出来ている髪の毛をいじいじしてから、何かを決意したようにほおを両手でたたく。

「ちゃんと説明するから。そしたらついてきてくれる?」

「それなら、まぁ……危ないことじゃなければね」

「どんだけアタシが危ないことに巻き込むと思ってんの!?

「いや、だって、ねえ……?」

「ねえって何!」

 ナナは頬を膨らませて怒りを示してくるが、私としてはそのくらい仕方ないと思っている。

 普段の行いというやつだ。

 しばらくぷんすこしていたナナだったが、やがて諦めたのか、落ち着いて話をしはじめた。

「最近、男装執事喫茶に通ってるの」

「だ、男装執事喫茶?」

 思わず大きな声を出してしまいそうになったが、その瞬間にナナからものすごくにらまれたので無事に声を荒らげることなく終わった……。

 いや、ここが始まりなのかもしれない、ある意味で。

「だ、男装の上に執事の喫茶なんだ。すごいね」

「すごいでしょ」

 なぜかナナが誇らしげだ。

 誇らしげになるようなことじゃないと思うけど……あんまり茶々を入れるともっと睨まれそうなので、やめておく。

「それっていわゆる、コンカフェってやつだよね? 高校生が通って大丈夫なの?」

「なんでさっきからずっと心配されなきゃならないの。そんなにアタシってあぶなげな存在なワケ?」

 素直にはうなずけない問いだが、すぐに否定しない時点で肯定してしまっているようなものかもしれない。

「危なくないよ。本当に良心的な価格設定だし、なんなら高校生のうちからそのカフェで働いている人もいるって聞くし」

「そ、そうなんだ」

 知らないから危ないって思ってしまっただけで、実際は健全なのかもしれない。そうであってほしい。

「でも、意外かも」

「何が?」

「ナナが自分じゃなくて推しを作ってることが」

 なんだか不思議な感じだ。

 自分が一番最高!推し!って思ってそうだから、余計にそう思うのかもしれない。

 ナナは目をぱちくりとして、しばらくぼうっと私を見つめてきた。

 やがて顔がになって、それを隠すように手をほおに添えた。

「改めてそう言われると恥ずかしくなるからやめて」

 声色が真剣なので、本当に恥ずかしがっているんだろう。

 でも私は、そんなに恥ずかしがる必要はないと思う。

「そんなに恥ずかしがることかな? 推しって言葉、最近よく聞くし……夢中になれる人がいるってことは、すごいことだと思うよ?」

 これと言って好きなものが存在していない私は、より一層強くそう思う。

「じゃ、じゃあアタシの推し活に付き合ってくれる?」

「それとこれとは話が変わってくるんだけど……」

「えー!? いいじゃん行こうよ。最初はおごってあげるからさ!」

 本当かな?と思ったけど、おごってくれるという提案はとても魅力的だ。

 ちょうどカフェみたいなところに行ってみたい気分でもあったわけで。

 まぁナナがそんなに勧めるんなら……行ってみてもいいのかな。

 将来について一人で悩んでいても、すぐに答えが出るわけじゃないし。

「じゃあ、ちょっとだけ……」

「やった! ありがとーこれでミレイさんと写真が撮れるよ!」

「み、ミレイさん……?」

「アタシが推している執事の人。とっても素敵なんだよ」

「へぇ……」

 なるほど。その人が、ナナにありがとうなんてことを言わせているのか。

 きっとものすごく素敵な人なんだろう。

 会ってみるのが、楽しみになってきた。

「それじゃあ行こうか!」

「今から!?

「そうだけど……」

「大丈夫なの?」

「制服で行っても問題ないから大丈夫だよ」

「そうなんだ……」

 すでに制服でも何度か行ってるんだろうなぁと思うと、なんとも言えない気持ちになった。

「けど、本当にエリムはいいの?」

 そこで私は、気になったことを聞いてみる。

「いいでしょ! どうせ漫研の活動で忙しいだろうし」

「それは確かに……」

 さっき見かけた時も、なんだかたくさん本を抱えていたし。充実した部活生活を送っているんだろう。

 それもそれで羨ましいことだ。

 うう、なんだか取り残されてばっかりいる。

 こうなったらナナの言う通り、推し活をしてみよう。

 そうしたら、何か変わってくるかもしれない。

 いい感じに変わってほしいという願いを抱きながら、ナナと一緒に男装執事喫茶へと向かった。


 ○


 向かっている途中。

 歩いている大きな通りに面したお店から、メイド服を着た女の人が出てきた。

 その人と目が合ったと思ったら、彼女はいそいそと私のほうに近付いてくる。

「わ~! その制服、見たことあります! お姉さんたち、あの高校の人なんですか?」

 すっごくねこごえで、そんな風に話しかけられてしまった。

 ナナは嫌そうな顔をして振り払って!的な視線を送ってくるけど、そうにも出来ずに私はうなずいてしまう。

「は、はぁ……」

「そこの学校に通ってた友達がいるんですよ~すっごくいい子で~! だから多分、お姉さんと私も仲良くなれると思うんです!」

「そう、なんですかね?」

 引き寄せられそうになっている私を、ナナが反対側から引き寄せる。

 それが痛いくらいになってからようやく私は大丈夫ですとメイドさんからの手をはねけた。

 両方とも容赦ないのか、かなり痛い。

「なに捕まってるの。それどころじゃないんだけど!」

 またぷんすこと怒りはじめたナナだけど、今回は私が悪いと言っても過言じゃない……のかな……?

「ごめんごめん。まさか話しかけられるとは思ってなくて」

「この辺りは、ああいうお店も多いから気をつけてよね」

「気をつけます……」

 うーん。知らない人から話しかけられやすいとは思っていたけど、ここまでとは思っていなかった。

 本当に気をつけたほうがいいのかもしれない。

「話しかけられるのっていいことじゃなくて、められてるんだからね」

「そ、そうかもしれないけど」

「けどって何? あのままついて行って良かったの?」

「う」

 あのままついて行ってたら、もしかしたらとんでもないお金を使わされていたのでは? そうじゃなくても、もしかしたら危険な目に遭っていたのでは?

 そう思った私はナナに対してありがとうと言った。ちゃんと聞こえるように。

 すると満足そうに、ナナは分かればいいのよと言ってまた歩き始めた。

 ……ここに来ていたのがエリムだったら、こんなハプニングも起きずに済んだのかな。

 もしかしたら、三人だったら声かけられなかったかもしれないし……!

 そう思うと、ここにいないご令嬢が恋しくなった。

「あのさ」

「何?」

「本当にエリムは連れて来なくて良かったの?」

 私は思わず、そんな最終確認をしてしまう。

「来ると思う? あの堅物さんが」

「うーん……」

 私としては、案外来そうなんだけどなぁという思いがあった。

 けどナナは絶対に来ないと言って、そのまま誘わなかったんだけど……。

 後から「なんで誘わなかったんですか」って、ねながら言われそうな気がする。

 ……まぁ、その時はその時かな。

 言われてしまった時は、ナナが誘おうとしなかったって言おう。

 ナナのせいにすれば、多分エリムも納得してくれるだろうし。

 でも、ナナからコンカフェに誘われたのは驚いてしまった。

 しかも、男装執事喫茶らしい。

 男装ってだけでもすごいのに、さらに執事って属性まで加わるなんて。

 なんでもその男装執事喫茶店が新規のお嬢様キャンペーンとかで、新しいお嬢様(と呼ばれているお客様)を誘ったら、素敵な衣装を着ている執事の人とのツーショットが撮れるのだとか……。

 色々な感情がないまぜになってついてきたけど、お小遣いはあまりない。

 誘う時には自分が出すとナナは言っていたものの、本当に出してくれるかどうかは分からないからちょっと怖い。

 そういうカフェって、めちゃくちゃ高いって聞くし……本当に良心的なんだろうか?

 ナナの感覚がしてるだけだったらどうしよう?

「緊張してる?」

「まぁ……緊張くらいするよね」

「最初はアタシもそうだったから分かる」

「そんなに何年も前から来てるの?」

 なんとなく、口ぶりからしてそんな感じがした。

 だから聞き返すと、ナナは不服そうにほおを膨らませる。

「……そういうわけじゃないけどさ」

「え、どうしてそんな不機嫌そうになるの?」

「なんでもないから!」

「な、なんでもないわけないじゃん!」

 そんなやりとりをしていたら、いつの間にかれいなカフェの前に着いていた。

 まさかここがそうじゃないだろうと思ったけど、ナナが迷いなく入っていくのを見て、認識を改める。

 ここが男装執事喫茶なんだ。

 外側だけ見たら、普通のカフェと変わらない気がする……。

「おかえりなさいませ、お嬢様」

「ひょえ……」

 扉を開けてからのすごく非現実的なお迎えに、私は圧倒される。

 い、いきなりすご過ぎる……。

 余裕そうに「ただいま」なんて返しているナナもすごい。

 通い慣れているんだろうとは思ったけど、それにしたってだ。

「ミレイさんもいらしたんですね?」

「もちろん。ナナお嬢様のお帰りを待っていたよ。おかえりなさいませ。こちらはご友人?」

「そ、そうそう! ね、ルル!」

 ナナの視線が合わせろと訴えかけてきたので、私は縦に精一杯首を振った。うう、目が怖いのやめてほしい。

「ルルお嬢様か。ナナお嬢様とは、仲良くやれてる?」

「まぁ、そうですね。人並みには……」

「それなら良かった」

 本当にうれしそうな顔で笑う執事さんを、ぽうっとした顔で見つめるナナ。

 そんな彼女を、どんな目で見たらいいのか分からない。

 知り合いのこういう一面って、あんまり知りたくないものなんだなぁ……。

 かといってナナから目線をらしても、どこを見ていいのか分からなくて、視線をきょろきょろさせてしまう。

 そんな私の挙動を感じ取ったのか、ミレイさんが席に案内してくれた。

 い、椅子を引かれて座るのなんて小学生の頃にあったマナー教室で行ったお店以来だよ……。

「はい、これ」

「あ、ありがとう」

 隣に座ったナナが、メニュー表を私に渡してくる。

 開いて見てみると、たしかにそんなにめちゃくちゃ高いものではなかった。私でも払える値段だ。

 でも良心的ってほどじゃないから、やっぱりちょっとナナがしてるところはあるんだろう。

「ルルははじめてだし、アタシがおごるよ」

 そんなことを思っていると、ナナがそう言ってきた。

 どうやら、本当におごってくれるらしい。

「わ、本当?」

「もちろん。写真を撮らせてくれるお礼だよ」

うれしいな」

「ふふ、微笑ほほえましいね」

 再び現れたミレイさんは、真っ白い衣装を身にまとっていた。

 って、え? そんなに長い間離れていたわけじゃないはずなのに、どうして着替えているんだろう?

 早着替え? アイドル?

「その衣装も素敵ですね!」

「そうかい? どうもありがとう」

 ナナはそんなこと気にならないのか、ミレイさんに対してキャーキャー言っている。

 ……ある意味で、本当にアイドルなのかもしれない。

 店内にある撮影スペースで、ナナとミレイさんが写真を撮る。

 次は私と一緒に撮ってくれるんだと思うけど、なんだかあんまり実感がなかった。

 自分のこととしてまだ認識してないっていうか……。

 そんなことを考えている間からあまり時間がたないうちに、ナナによって撮影スペースに押し込まれてしまった。

 ミレイさんという執事さんと二人、カメラの前に立つ。

「えーと……こういうのって初めてなんですけど、どうしたらいいんですか?」

 私は勝手が分からなくて、震える声で素直に問いかけた。

 ミレイさんは私を安心させようとしているのか、にっこりと笑っている。

 れいな顔だなぁ……。

 言われなきゃ、あんまり女性だって分からない感じだ。

「とってほしいポーズなんかはあるかい?」

「わ、分からないのでお任せで」

「それじゃあ、一緒にハートを作ろうか。片側を任されてくれるかい?」

 ハート!? いきなり難易度が高い!? と思ったものの、それ以外にポーズなんて思い浮かばないし、お任せにしたのは私だし……と思い直し、おそるおそる片手でハートを作る。

 そして、ミレイさんのハートと合わせようとする。

「ちょっと遠いな。もう少し近付いてきていいんだよ」

 そう言ってミレイさんは、なんと私の肩を引き寄せた!

 顔が近くてドキドキするし、なんだかすごくいい匂いがする……!

 その瞬間、こちらを見ていたナナの視線に怒りが宿ったような気がしたけど、これ私は悪くないよね!?

 ミレイさんがサービス精神がすごいってだけだよね!?

 そんなこんなで脳内が混乱しているうちに、撮影が終わっていた。

 手元にはミレイさんと至近距離でハートを作っている私の写真があるので、無事に撮ることは出来たらしい。

 私の表情が硬すぎて、自分のことなのに面白く思えてしまうけど……。

「おごろうと思ったけど、やっぱりおごらなくていい?」

 再び席についてメニュー表を手に取ったナナが、そんなことを聞いてくる。

「な、なんでそんないじわる言うの」

「だって! あんなに近付くなんて聞いてないし!」

「まぁまぁ、落ち着いてナナお嬢様」

 またいつの間にか黒い執事服に戻ったミレイさんがテーブルにやってきて、ナナにぐいっと顔を近づける。

「そんなに私と近付きたかったのかな?」

「は、はい……」

 一気におとの顔になるナナがちょっと面白い。

 笑ったらまた怒られそうだから、笑わないけど……。

「ふふ、かわいらしいお嬢様」

「あ、え、ありがとうございます……」

 ナナからちょっと離れたミレイさんは、小首をかしげてにっこりと笑う。

「かわいらしいお嬢様なら、約束は守るよね?」

「はい。約束してた通り、ルルにおごります! ね、ルル?」

「え!? あ、ありがとう……」

 ……なんだか、ナナの全てを見透かされているみたいでちょっと怖くなってきた。

 でも、それも込みでナナは楽しんでいるのかな?

 じゃあ、私が気にすることでもないよね。

 そう思って、改めてメニューに向き直る。

 ナナがおごってくれるんなら、値段をあんまり気にしなくていいから気が楽だ。

 結局、私は今日のオススメだったパスタとオレンジジュースを注文した。

 ナナは控えめにと言ってコーヒーだけ。

 なんだか私が食欲旺盛みたいに思えちゃうけど、気にしなくていいよね?

 高校生のうちからいっぱい食べるのはいいことってお母さんも言ってたし。

 注文をとったミレイさんが、ちゆうぼうに下がっていくのを、名残なごり惜しそうに眺めるナナ……。

 けれどすぐに表情を元に戻して、私のほうに向き直った。

「どう? ルル。楽しんでる? よね?」

「ま、まぁ……」

 そんなことを聞かれる。

 私はドキドキしながらもうなずいた。

 しばらくここに滞在していたせいか、だいぶ落ち着いて周りを見ることが出来るようになってきた。

 右も左も、女性とはいえ格好良く着飾った人がいるのだ。

 ドキドキしないわけがない。

 こういう場には慣れないけれど、カッコイイ人を見ると自然とテンションは上がってしまうわけで……そういう楽しみ方をしてもいいんだよね?

 みんな、カッコイイ人を見てカッコいいと思うために来てるんだよね?

 だとしたら、ナナがハマってしまうのも頷ける。

 いや、ナナくらいハマることはないだろうけど……それでも悪くないとは思えてきた。

 落ち着いた今、写真を撮り直したいくらいだ。

「ミレイさん、カッコいいでしょ?」

 ナナは、自信満々にそう言ってきた。

 ナナが誇らしげなのは、なんでなのか分からないけど。

「うん、カッコいいと思う」

「アタシが先に推してたんだからね」

「は、張り合うつもりとかないし……」

「そう? もっといっぱいお金かけたり、毎日通ったりしない?」

「しない……っていうか出来ないよ!」

 そんなことをすれば、一瞬でお小遣いがなくなってしまう。

 きっと二日が限界だ。

 そこまで好きになれたら苦じゃないのかもしれないけど、今のところそこまで好きになれそうな感じはしていない。

 ……してたらそれはそれで困るけど!

「借金してでもってくらい好きになったらどうするの!?

「なんでそんな興奮してるの!?

 っていうか、高校生のうちから借金はまずいでしょ……。

「……もしかして、ナナがそうなりそうなの?」

 ギクッと、分かりやすい効果音が聞こえたような気がする。

「そ、そんなことないし」

「冗談で言っただけなのに、ありえそうなの……?」

「本当にそんなことないから! そっちの方が、逆にミレイさんにも迷惑をかけるだろうし」

「それは本当にそうかも」

「知ったような口きかないでよね」

「本当に二人とも仲がいいね」

「はい! 大親友なんですよー。ね、ルル?」

「そ、そうなんですよー……ははは……」

 ……ミレイさんが来ると、なんだか口調まで柔らかくなっているような気がするのは、気がするだけなんだろうか?

 もうよく分からなくなってきた。

 混乱する頭で、届けられたパスタを食べる。

「うわ、おいしい……!」

 本格的なイタリアンのお店で食べるパスタってこんな感じだろうなって想像していた味がして驚いた。

 来る途中にナナがご飯メニューにもこだわっていておいしいって言っていて本当かどうか疑っていたけど、どうやら本当だったらしい。すごい。

「おいしい? それなら良かった」

 そう笑うミレイさんがなんだかキラキラして見えるのも、きっと気のせいだ。

 それからナナとミレイさんの会話するのを見ながら、パスタを食べた。

 途中あんまりにもナナがナナじゃなさすぎて笑ってしまいそうになったけど、なんとかこらえた。

 本当にキャラが違いすぎて困る……!

 ナナは自覚があってやっているんだろうか? それとも自然に?

 どっちにしろ困ることには変わりはなかったけど、なんとかパスタを食べ終えた。

「そろそろ帰ろうか」

 時間もかなりって、ナナも満足したらしい。

 そう言って立ち上がるので、私も立ち上がった。

「いってらっしゃいませ。お嬢様」

「ひぃ……」

 そしてミレイさんたちに見送られながら男装執事喫茶を後にした。

 最後まであつにとられることばかりだったけど……。

「今日は楽しかったよ。ありがとう」

「そう、なら良かった。ハマりそう?」

「いや、ハマることはないかな……」

「そうなんだ。それならそれでいいよ」

「いいんだ」

「変にハマられて、アタシよりお金使われたら困るもん」

「そうなったら私も困るから……」

 高校生のうちから借金は本当にまずい。

「でも、悪くはなかったよ。気分転換になったのは事実」

「アタシも特別な衣装を着たミレイさんと写真が撮れたから良かった。ありがとうね」

「そのお礼も、ミレイさんが言わせてるって思ったらなんか納得」

「なにそれ、意味分かんないし」

 最寄りの駅についてから、ナナと別れて帰路についた。

 ナナと別れてから疲れがドッときたようで、帰りの電車内で眠ってしまいそうになって危なかった。

 またいつかみたいなことになりかけた。

 私って本当にぼんやりしてるのかな、気をつけよう……。


 ○


 男装執事喫茶に行った日から、しばらくったある日のこと。

「あれ?」

 なんとなく屋上に行きたい気分になったから行ってみると、そこにはすでにエリムとナナがいた。

 二人はそれぞれのことをしているけれど視線はお互いを見ていて、ちょっとバチっている感じだ。

 まるで縄張り争いをしているようなので近寄りがたかったけど、せっかく階段を上がってきたのにまたすぐに下がっていくのも面倒で、そのまま円になるような位置に座る。

「二人とも、進路のこととか考えてるの?」

 話題がすぐには思いつかなかったので、自分の中で今一番悩んでいることのアドバイスをもらえないかとそんな問いを投げかけてみる。

 二人はそれぞれにやっていたことの手を止めて、こっちに向き直った。

「アタシは占い師」

「まだその話続いてたんですか?」

「アタシが本気でなろうとしてたら、その発言は失礼だと思わない?」

「本気でなろうとしてから言ってくださいよ」

「いやでも、なってみたら楽しいかなとは思ってる」

「それはどの職業でもそうでしょう……」

「そうかなー?」

「ナナって、コンカフェ嬢とかしてそうなイメージあるけど……」

 そこで私は、ボソリとつぶやいてしまった。

「いや、ないない!」

 すぐにナナに否定されるけど、私としてはそこまで否定するようなことでもないんじゃないかと思う。

「いや、この前連れて行ってもらったところはそうかもしれないけど、途中ですれ違ったメイドさんがいるところは、ナナみたいな子がいっぱいいそうじゃん」

「それはちょっと、双方に失礼な発言じゃない!?

「コンカフェ?……って、なんの話ですか?」

 その言葉に、私とナナは顔を見合わせる。そしてしまったと思った。

 けれどナナは、強気の表情を崩さなかった。

 むしろチャンスだと思ったのかもしれない。

「へぇ、お嬢様にも知らないことってあるんだ」

「あ、当たり前でしょう。そんなことで優位に立っていないで、教えてくれたって構わないのですよ」

「素直に教えてって言えばいいのに」

 しばらくにらんだエリムにやれやれと言いながら、コンカフェについての説明を始めるナナ。

「コンカフェっていうのはコンセプトカフェの略で、様々な姿にふんしたキャストさんと楽しくお話をしながらお食事をしたりするカフェのことだよ」

「世の中には、そんなものが……」

 ナナの説明のりゆうちようさもさることながら、そんな話を真剣に聞いているエリムを見ていて、なんともいえない感情が胸を埋め尽くす。

 どういう状況なんだろう、これ……。

「そのコンカフェに、私を誘うことなく二人で行ってきたんですか……?」

 誘われないのは、それはそれで寂しいと思っているんだろうか、きっと。

 私が同じ立場だったらそう思っていただろう。

 ナナたちとは友達というわけでもないのに、どうしてそう思ってしまうのかは分からないけど。

「だってお嬢様、来ないと思ったんだもん」

「漫画の材料になりそうなところだったら、どこにでも行きます」

「ふーん。アミューズメントホテルでも?」

「アミューズメントホテル……?」

 あー、また変な知識を植えつけようとして。

 好奇心を刺激したらどうするのと言う間もない。

 それにそんなことを言ったら、余計にエリムは興味を持ってしまいそうな気がするから、あきれるだけにしておく。

「ごめん、なんでもない」

 ナナは申し訳なさそうなこともなく、そう言って話を元に戻した。

「エリムちゃんも、コンカフェに行きたいのね?」

「ちゃん付けやめてください」

 ゾッとしたような顔でナナを見るエリムだった。

 ナナからちゃん付けされているメッセージが来た時の私も、こんな顔だったのかもしれない。

「エリムがコンカフェに興味を持ってくれたのはうれしいかも。私に及ばない範囲で、推しに貢献してほしいから」

「なんですかそれ。貢献とは……?」

「これよ」

 ナナは手でお金を表現する。

 生々しい話だ。

「エリムが貢献してくれたら、もしかすると推しが一位になるかもしれないし……あ、もちろん私より貢献するのはダメだよ?」

「はぁ」

「それに……推しが一位になったらもっとみんなのミレイさんになっちゃうかも……どうしよう?」

「どうしようとは?」

「推している身としては一位になってほしい気持ちもあるけど、そんなカンジであれよあれよという間にみんなのミレイさんになって近寄りがたくなってしまったら本末転倒だよね。どうせなら私だけのミレイさんでいてほしいんだけどそういうわけにはいかないし……」

「はぁ……」

 ものすごく早口で、そんな悩みをボソボソと話しはじめてしまった。

 なんというか……とてもオタクっぽい。

 でもきっとナナ自身にはそういう自覚はないんだろう。

 オタクっぽいって思われるの、嫌そうだし。

 何なら独り言が口に出てるって思ってなさそう。

 きっと、エリムも似たようなことを思っているんだろう。ちょっと引いている。

 まぁ、それくらい好きってことだからいいことなんだとは思う、多分……。

「メイドもそのコンセプト? とやらの一種にあるんですか?」

「そうそう。というか、一番メジャーなんじゃないかな?」

「そうなんですか。メイのような方がたくさん……?」

「多分、エリムが想像しているメイドみたいなものじゃないと思うよ……」

「え、違うんですか??」

「それが最初の……ナナがいっぱいいるって話になってて……」

「アタシがいっぱいいるって表現、ものすごく失礼なんですけど!? あと話の腰を折らないでよ、いいところなんだから」

「そ、そんな怒らなくていいじゃん!」

 必死すぎてちょっと怖いまである。

 何がナナをここまで……いや、ミレイさんなんだろうけど、どうしてここまで……。

 ナナはせきばらいをしてから、再び口を開いた。

「コンカフェにも種類がいっぱいあるって話はさておき、アタシが通っているのは男装執事喫茶。どう? 漫画の話のタネになりそうでしょ?」

「男装……執事……喫茶……」

 それぞれの単語をゆっくりと繰り返すエリムは、明らかに混乱しているようだった。

 多分私にとって難しい数学の問題を見たとしても、こうはならないだろう。

 それなのに混乱しているさまが、なんだかちょっと面白く思えた。

 人って知らない分野の単語を聞いて、ここまで動揺できるんだ。

「……男装している執事が運営する喫茶店ですか?」

 しばらくしてから、エリムは口から絞り出すようにそう言った。

「そうそう。どう? 興味湧いてきた?」

「そうですね……興味深いことは深いです……」

「その『ふかい』は、不愉快のほうのふかいじゃないよね?」

「ちゃんと興味深いほうの深いですよ。なんでそうなるんですか」

「いや、エリムって堅物だから不純って感じるのかなって思ってたから」

「私は、すぐに不純だから良くないとは思いませんよ。そんなお母様みたいな考え、したくありません」

「なるほど」

 まだエリムの家庭内で亀裂はあるのかもしれないと、その発言から思った。

 漫画を描いているから、むしろより一層強くなっているのかもしれない。

 それでもずっと描き続けているから、きっとエリムは強い。

 だからこそ、私は置いていかれているんだろう。

 そう思うと、自分がなんだか惨めに思えてきた。

 強くもなれず、頑張れもせず、ただ毎日痛みをこらえているだけの私じゃ、きっといけないんだ。

 それは分かっているけれど、どうやって変わったらいいのか分からない。

 周りが変わっていく中で、ただ一人取り残されてしまう……。

「そこに今度連れて行くから。よろしく」

「……こちらこそ、よろしくお願い致しますね」

 私がぼうっとしている間に、話はまとまったようだ。

 ちょっとだけ楽しみな感じを出しながら、エリムはうなずいた。

 でも、顔は不本意そうである。ナナに頭を下げるのが嫌なのかもしれない。その気持ちは、私にもあるからちょっと分かる。エリムに頭を下げるのは、そんなに気にならないのにな。

 やっぱり、日頃の行いなのかもしれない。