◆プロローグ



 アタシの承認欲求は、またふつふつと大きくなっているらしい。

 求愛性少女症候群という悪夢みたいな現象は、まだまだ続くようだ。

 今日の撮影中のことだ。順調に撮影が出来ていると思っていた時に、カメラマンさんが苦い顔をして私の顔をじっと見つめてきた。

 さっきまで明るい顔で撮影をしていたのに、どうして?

 撮影中だって分かってはいても、動揺が隠せない。

 何かこちらに不手際があったんだろうか?

 だとしたらどうしよう。

 どれがそれだか分からないから、改善のしようがない。

 改善の余地がないことほど、困ることもない……とりあえず何かをしようと思っても、余計に悪くなったらどうしようと思って動けなくなった。

「えっと、なにかありましたか?」

 だからアタシは、素直に聞いてみる。

 カメラマンさんは苦い顔をしたまま、鏡のほうを指差した。

「いや……ちょっとナナちゃん、鏡見てもらえる?」

「鏡? ですか?」

 そう言われて鏡を見た時には、まるで最初からそこにあるのが自然とでも言いたげにハートマークが二つ並んでいた。

 アタシは思わず大きな声をあげてしまいそうだったけれど、なんとかこらえた。

 どうしてと叫ばなかったのは、えらいと褒められていいと思う。

 ちょうどその時には、撮影が終盤だったことはかなりの救いかもしれない。

「求愛性少女症候群だよね? 何回か見たことあるから分かるよ。途中までハートマークなんてなかったって、流石さすがに覚えてるし……」

 カメラマンさんは、苦笑しながら言葉を続ける。

「とりあえず今日はもう終わりにするから、帰ってからゆっくり休んでね」

「すみません……」

 その時のアタシは、一言謝ることしか出来なかった。

 こんな形で撮影を終わらせることが、とにかく悔しかった。

「謝らなくていいけど、次までにはなくなってるとうれしいかな」

「分かりました」

 今の雑誌の傾向からして、瞳にハートマークが浮かんでいるような写真はあまり喜ばれないだろうことはすぐに分かった。

 だから、悔しくて手を握りしめる力が余分に入ってしまう。

 後で見たら、爪の痕がくっきりと残っているかもしれない……そんな痕だったら、すぐに消えるからいいよね?

「ありがとうございました。お疲れ様でした」

 出来るだけ感謝の念は込めたつもりだけど、出てくる言葉が機械的になることは避けられなかった。

 なんだか情けなくて、その場から逃げるように立ち去り衣装も急いで着替えて、撮影所から出た。

 まだ日は高い。

「あーあ……」

 ため息。どうして、また出てくるの。

 不本意な早めの帰り道で、道端に転がっていた石を蹴り上げる。石はそのまま壁に当たって、パラパラと砕けた。

 もう消えたって思っていたのに。最悪……。

 でも、「どうしてまた承認欲求が大きくなっているのか」。

 その理由は、自分で分かっている。だからこそ、余計に情けないのだ。

 しようこりもなく、また好きな人を作ってしまった。

 でも高校生だもん。好きな人くらい出来てもなんにもおかしなことなんてないよね?  症候群がおかしいんだから!

 今度の相手は、誰からも好かれているお調子者みたいなキャラ……と見せかけて、陰では苦労しているらしい人だ。

 ひょんなことから彼の陰の部分を見てしまったアタシは、こんなキャラの人にも陰があるのかと驚いた。

 それから何回か話をしている間に、いつの間にか恋に落ちてしまっていた。

 単純?

 恋なんて、落ちる時は一瞬でしょ。地獄も一緒かもしれないけど。

 ……って、誰に話してるワケでもないのに、なんで言い訳してるんだろう。

 SNSで発言しようとするたびに、炎上なんかしたりしないように言葉を選んでいるから、そういう思考回路が影響しているのかもしれない。

 アハ、依存症真っ最中♪

 とにかく、陰の部分を見せてくれるってことは、アタシに気があるのでは?と思っている。

 しかし誰からも好かれているから、昼間はめつに近づくことが出来なくてマジで困っている。本当に困る。ただ近くにいたいってだけなのに、それすらかなわないんだもん。

 なんとアタシが近づこうとすると、周りにいる主に女子たちが彼を遠ざけようとしてくる!

 勘がいいというか、なんというか。

 そんなことするよりも、自分磨きしたほうがよっぽどいいじゃんって思うんだけどね。

 そういうことしか出来ないのってカワイソ。

 時々、放課後の誰もいなくなった教室で話している時が、今は一番の幸せだ。

 ……やっぱり、本当に単純なのかもしれない。

 だって好きなんだもん! 仕方ないじゃん?

 そんな相手の特別になりたいと、願ってしまった。

 つまり承認してほしい人は一人だけ。

 でも、その人に承認してもらうのが一番難しいワケで。

 だからこそ、ハートマークが浮き出てくる羽目になっているんだろう。

 そしてもう一つ……どうしてだか近くにいる男子から好かれてしまったのも、もしかしたら関係しているのかもしれない。

 これは完全に事故だから、あんまり気にしてなかったけど……表面上はそう思っているだけで、自分の内側ではありえないくらいのストレスになっていたりするのかも。

 もしくは、ものすごくうれしいとか?

 あんまりピンとこないから、前者のほうがきっと近いんだろう。

 どちらにせよ、好きでいることをやめてもらうことなんて出来っこない。

 私だって、好きでいることをやめろってハートマークに言われてるようなものだけど、そんなの無理だ。

 だから、そのまま好きにさせているけど……もしも症候群の原因になっているんだとしたら、即刻やめてもらいたい。

 どうなんだろう!

 どれが原因の正解か分かんない!

 とりあえず、次回の撮影までに症候群をどうにかしていなきゃ!

 本気で、どうにかしなきゃいけない。

 うう。なんでこんな症状があって、アタシが苦しまなきゃいけないの……。

 とにかく症候群さえ消えてくれたら、それだけでいいのに。

 どうしてこうなんだろう。