ダイヤモンド王国の王宮は今日も何事もなく朝を迎える。

午前六時に陛下の寝室に侍従の一人が朝の挨拶に向かう。

陛下は三人いる王妃の部屋に御渡りにならない限りこのようなことが慣例になっている。

御渡りになるのは毎週一回ずつ全ての王妃様のところに御渡りになるので、このように陛下お一人が寝室で朝を迎えるのは週のうち半分くらいだ。

実は今朝はご予定にないことで、昨夜の陛下は夜遅くまで執務をしており、御渡りするご予定だった第三王妃殿下にご予定の変更を急遽伝えてのことだった。

このようなことは全くないわけではないが、それでも珍しいことで、いつもは事前に組まれているご予定に沿って夜も迎えているのだ。

今朝は、ご予定がなかったとはいえ、それでもたまにあることなので、いつもと変わらずに挨拶に向かった侍従は陛下の御準備の手伝いをしている。

そんな時に、いつもとは違うことが起こった。

侍従長が直接陛下の寝室を訪ねてきたのだ。

「おはようございます、陛下」

「侍従長か。何かあったのか」

「はい、先ほど第三王女殿下よりご連絡が入りました」

そう、陛下が昨夜遅くまで仕事をしていたのは第三王女殿下の組織である広域刑事警察機構設立準備室が大海賊の拠点を制圧に向かったためであった。

それだけならば後日報告を貰えば済むだけの話なのだが、よりにもよって第三王女殿下自らその拠点に出向くと報告があったためだ。

王女殿下の直接の訪問先が海賊の拠点であることも問題ばかりなのだが、何より制圧前から軍に協力を願い、自ら一緒に行動していると軍から報告があったことには陛下も驚いていた。

『あの跳ねっ返りめ』と報告を聞いた陛下は侍従たちがいる前で思わず口にしたという。

だが、それでも陛下も人の親であり、第三王女殿下を心配して、遅くまで仕事をしていたのだ。

その心配をかけた第三王女殿下から、無事に海賊拠点の制圧が終わったと連絡があったと、侍従長より今報告されている。

ただ、その後にもたらされた報告が少し気になる。

侍従長が言うには、拠点制圧が終わったばかりの元海賊の拠点に王室から監査室の応援依頼を受けているとある。

監査室の応援依頼の可否については監査室長の仕事であるので陛下といえ口を挟むことではないのだが、それでも気にはなる。

「監査室の応援依頼だと。貴族がらみか。それで……」

「はい陛下。監査室長はすぐに部下を軍から艦船を借りて急行させたとのことです」

「もう出発したのか」

「はい、どうも昨夜から王女殿下より連絡を受けていたようでして、ちょうど今しがた出発したようですね」

「急ぎとは、いよいよきな臭くあるな。その後について問い合わせをしておいてくれ。後れを取るわけにもいかないだろう」

海賊討伐に貴族が絡んでくるとなると、ちょっとばかし騒ぎになることを陛下は予想していた。

なので、この件をもう少し注意深く見ていくことにして侍従長との会話を終えた。


午前七時、陛下はいつものごとくお王妃様たちとの朝食をお取りになり、今日は少しばかりお早めに執務室にお入りになった。

午前八時、日常である決裁業務を始める。

この時間だと、まだ役所には役人が出勤していないので、急ぎ仕事でない溜まりがちな決済を片していく。

午前九時、役所が仕事を始める時間に監査室長が緊急の面会を求めてきた。

通常では午前中、それも始業開始直後は陛下も執務室におられる。

監察室長としてはそこを狙っての面会の申し出だ。

監査室長の判断では急ぎ報告する必要はあるが、緊急かというと微妙な案件なので、昨夜遅くに殿下より連絡を受けた時にこの時間での訪問を決めていた。

普通、陛下に限らず政府の高官にはそう簡単に面会などできない。

しかし、この国の根幹が腐り始めてからだいぶ時間は経過したが、完全に腐ったわけでもないので、陛下への緊急連絡の方法はまだ生きている。

侍従長、宇宙軍を含む軍の長官、それに監察室の室長に限り、飛び込みでの訪問を許されている。

これは建国よりもはるか以前からある国の根幹を揺るがす事態に際しての報告が速やかにトップに伝わるようにという慣習に由来している。

予期しない戦端が開かれるとか、大規模なテロ攻撃があった、もしくは貴族の大規模反乱など国の根幹を揺るがすような事態に直結することを責任者が順番を待って陛下に報告などしていてはそれこそ国が亡ぶ。

事実、今までにいくつもの国が滅んできたが多くの国が、情報の伝達がうまくいっていなかったと言われている。

ダイヤモンド王国では、まだ国政は貴族連中に壟断ろうだんされてはいない。

それた話を戻すが、陛下に会った監察室長はすぐに陛下に人払いを要求して、執務室には陛下の他侍従長しかいなくなるまで、一言も発さなかった。

「これでいいか、室長」

「ありがとうございます」

「で、ここまでして、何があった」

陛下の御下問に対して、室長は昨夜もたらされた情報を陛下に包み隠さずに報告していく。

報告を聞いているうちに陛下の顔色がどんどん悪くなる。

「今の報告だが、人を呼ぶ。もう一度できるな」

「ことがことだけに、できる限り情報を知るものを抑さえたいと考えておりますが」

室長は若干の抵抗を示すが,陛下の人選を知って納得したようだ。

午前九時四十五分、陛下の選んだ宇宙軍長官、宇宙軍人事局長、侍従長、それに宇宙軍警察長の新たに呼ばれた四人を加えての会議が始まる。

この四人はそろって陛下が信頼を置く腹心ともいえる人物ばかりだ。

「ちょっと待ってくれ、監察室長。海賊どもは人身売買をしていたというのだな。しかも、宇宙軍の高官が関与していると」

報告を受けた時に、人事局長のドードン少将が声を上げた。

「提督、それは若干違います。確かに人身売買にはなるのでしょうが、実情はそれよりもはるかにおぞましく、生きた人間からの臓器売買になるそうです」

「しょ、証拠はあるのか」

「はい、心臓が摘出された少年を直に見ているとのことです。尤もその少年もすぐに息を引き取ったとか」

「あ~~」

思わず、だれかが感嘆の声を上げる。

部屋の空気も暗く悪い。

「軍部が関与しているというのは本当か」

陛下は暗い空気の中、室長に対して質問をする。

「はい、そこは王女殿下が証拠を直接見分しているとのことです。それを受けて監察室に応援依頼を出してきております」

そこから、ロングランの会議が始まる。


平常ならばこの時間は陛下のルーチンである決裁書類の処理がされている筈だったのだが、監察室長が陛下の下を訪ねてから他からのアクセスが一切できなくなった。

陛下の決済業務全般を担当している部署が、この異常事態に騒ぎ始める。

急に陛下にアクセスができなくなるなんてと若い官僚が慌てている。

そこをベテランの官僚が宥める。

「若い連中は経験ないかもしれないが、ごくごくたまにこのようなことは起こる。俺が前に経験した時には国境で戦端が開かれた時など、こんな感じだったかな」

「え、では、また戦争が……」

「バカなことを言っているんじゃないよ。この国はそれこそ俺が生まれたころから戦争中だ。しかもまだフェーノールの連中とは停戦どころか休戦すらしていない。今もしっかり戦争中だ。尤もここ数年来大規模な衝突はなかったけどな」

そんな会話がされているころに、侍従長から、当分の間の陛下への面会が一切禁止される旨が伝わる。

いよいよ戦争かといような感じで王宮全体が騒がしくなり始める。


午後二時、第三王女殿下の下に向かっている監察官から室長あてに中間の報告が入る。

軍の大物の名前の入ったリストが一緒にもたらされた。

それを急ぎ陛下の下で会議をしている室長まで監察官の一人が運ぶ。

午後二時三十分、監査官から会議に参加しているメンバーにそれらが報告される。

「ちょっとまて、これほどまでとはさすがに……」

宇宙軍長官があまりのことにショックを受けている。

「確かに、彼らは怪しげな貴族連中に連なるが、それにしてもここまでとは……」

「ここまで汚染されていれば軍に海賊の盗伐は無理だな」

「宇宙軍傘下にあるコーストガードにも言えますね」

全員が、あまりのショックで一時的に機能不全を起こすが午後三時にはどうにか対策を考えようとまた話し合いを始める。

しかし、軍の汚染がひどく、対策しようにも簡単にはいきそうにない。

午後九時ころになって、まず名前の挙がっている連中の職権の停止と身柄の確保をできるだけ貴族連中を刺激しないように行うことで意見を一致させる。

「しかし、どうやっても貴族連中は騒ぎますね」

そこからまた延々と会議を行って、ドードン少将が妙案をひねり出した。

「陛下、貴族連中の目を他に逸らせば身柄の確保まではできそうなのですが」

「他に逸らすって言っても……な。閣下には何か案でもあるのですか?」

「はい、ここは手柄を上げた第三王女殿下に頑張ってもらいましょう」

「どういうことだ」

「殿下の準備室を正式に国の官庁として、しかも殿下の身分を大臣格で就任させてはいかがでしょうか。幸い殿下も各地を回りご自身の宣伝も盛んにしておられたようですから、貴族連中の目をそちらに逸らすことも容易では」

「おいおい、いくら逸らす目的でも、すぐに官庁など発足できまい」

「ですから期限を決めて発足させることを広く周知させるのはどうでしょうか」

「……それは妙案ですね。すでに無視できないくらいの功績を挙げておりますし、此度の件もあれば誰もが反対はできますまい」

「ちょっと待て。娘の件はすでに発表済みだぞ」

「そうでしたね」

この案もすでに発表済みなので、お蔵入りとなる。

結局、皆が会議を終えて陛下の執務室を出たのはすでに翌日の午前二時を過ぎていた。