俺の中の最優先事項に変化が

初めて自分の意志で人を殺した。

今まで沢山の海賊の命を奪ってきた俺が、初めて目の前で、自分の意志で、殺意をもって人を殺した。

俺は自分でも知らないうちに静かに涙をこぼしていた。

俺をここまで連れて来たその男性も泣いていた。

しかし、ことはこれで終わらない。

ここには同様な子供があと五人はいる。

「誰も救うことはできないのか」

俺は腫らした目をしながら泣いている男性に聞いた。

しかし、その男性は静かに首を横に振るだけだ。

生命維持で生かされている子供はその電源を切ればいいが、そうでない子もいる。

そういう子供には苦しまないように麻酔を注射して殺していった。

全員が静かに息を引き取っていく。

あの幼い彼女たちが捜していたマー君もこの中にいたのだろう。

そのマー君を俺が殺したのだ。

もう俺は泣いてはいない。

心が死んだように暗澹あんたんたる気持ちではあるが、作業のように子供たちを殺していった。

俺が手を下す前に、俺の護衛に付いてきた保安員に対して「すべて記録に残してくれ。俺が子供を殺すところを。処罰は後できちんと受ける」と命じてある。

保安員も泣きながら俺のことを何も言わずにただ見ているだけだ。

全てが終わると、俺は殿下から呼び出しを受けた。

途中、保護中の子供たちを集めてあるあの部屋に戻り、あの少女たちを探した。

すぐに少女たちは見つかる。

少女たちの方から俺に近づいてきたのだ。

「おじさん、マー君は、マー君はどこ」

俺は約束した以上彼女たちに伝えないといけない責任がある。

俺は少女たちの前でしゃがみ込み、幼い彼女に目線を合わせて静かに伝えた。

「ごめん。マー君を助けられなかった。マー君は殺されていた」

少女たちは分かっていたのだろう。

俺の話を聞いてもすぐに泣き出さなかったのだが、徐々に彼女たちの目から涙があふれだしてくる。

俺は淡々と少女たちに結果を伝えただけだ。

しかも俺は嘘を彼女に伝えたのだ。

彼女たちにとって、マー君が殺されたことには変わりない。

しかし、伝える俺は違う。

彼は海賊に殺されたのではなく、俺が殺してきたのだ。

この嘘は弱い俺の心を守るためについた薄汚い行為だ。

それを俺は自分でも理解している。

そんな俺に姉の方の一人が小さな声で「マー君を探してくれて、ありがとうございます」と言ってきた。

しかし、それを聞いても俺の心には何も響かない。

もう俺の心は死んでしまったのかもしれない。

俺の心は乾いた砂漠のような状態になっていたのだろう。

俺は彼女に頭を下げてから殿下の元に向かった。


スペースコロニーの中央制御室にいる殿下の前で、俺は自分が先ほど行ってきたことを隠さずに全てを伝えた。

殿下は俺の報告を静かに聞いていた。

最後に俺は「すべては私の判断でしたことです。どのような処罰でも受ける覚悟があります。全ては私一人の責任です」

俺はそう言って、殿下の前で頭を下げた。

すると殿下が俺に近づいてきて、静かにこう言った。

「私はあなたの行為を支持します。貴方の行った行為は全て私からの命令で行われており、それを全て私は認めます。ですから、私からあなたを処罰することは何もありません。遅くなりましたが、一般人の保護を艦長に命じます。その際に一切の行為に関しては艦長の判断に全て任せます。もう一度言いますね、私はあなたの行為について処罰しません」

そう言うと殿下が俺の下げている頭を優しく胸に抱え込むように抱きしめ俺の耳元で囁くようにこう言ってくれた。

「あなたの責任ではありません。全ては私の責任です。すみません、貴方を苦しめて。このごうはあなただけのものではありません、私も一緒に背負います。貴方と一緒にこの業を私は背負います。いや、背負わせてください」

殿下の優しい声でこのお言葉を聞いときに、完全に壊れていた俺の心に変化が生じた。

もう何も感じることがないと思っていたのに、砂漠に雨が降るように俺の心が何か暖かなものに包まれていく感じがしてくる。

気が付くと俺は声を上げ泣いていた。

止めどもなく涙がこぼれて床に落としていく。

俺のずっと傍にいた保安員も泣き始めている。

殿下も泣いたのだろう。

俺の頭に殿下の涙が落ちるのを感じたぐらいだ。

この時に俺の心の中で何かが起こった。

そう、俺の中の優先順位に変化が生じたのだ。

俺の中では、今までは『かっこよく殉職する』ことが一番だったが、この時にその順番が変わり、新たに『こんな不幸は二度と起こさせない』という気持ちが強くなり、『こんなことをする海賊を絶滅させる』が初めて最優先事項になった。

俺って、ひょっとしたら大泣きするたびに人生観が変わるのか。

心の隅で、ちょっとだけこんなくだらないことまで考えてしまっていた。

俺が泣き止むのを待って、殿下は静かに俺から離れた。

俺の目に生気が戻るのを確認した後にもう一度殿下は命じてきた。

「今保護している人たちを速やかに首都に運びます。要請中の王室監査部がここに到着次第、首都に戻ります。それまでに保護中の人を全員『シュンミン』に乗せておいてください」

殿下は泣き止んだ赤い目をしながら俺に命じてきた。

俺もすぐに敬礼姿勢を取りながら、命令を拝命した。

あとで、保安室長から聞いた話だが、今回の件は殿下の心にかなり大きな爪痕を残したようだ。

ここは海賊たちだけの問題では済まないことがありありと分かる証拠ばかりが出てきた。

殿下は王国の先行きに大きな不安を感じ、精力的にその対応に追われていたところに俺のしでかした業まで背負わせる羽目になった。

それでも心が折れることなくご自身の仕事を精力的にこなしていたのだ。

俺はこの時殿下に心酔したのかもしれない。

この先、俺は殿下のために、王国のためにこんな薄汚い海賊の取り締まりに全力を注ぐことを強く誓った。

俺は先ほど少女のいた場所に戻り、それこそ声が枯れるまで現場で指示を出して、一人でも多くの子供を保護していく。

この場所に連れて来た子供たちの中には、体力的にも危ない子もいたが、とにかく治療が必要な人を探しては、できる限りに丁寧に接していく。

先ほど生命維持装置の傍で会った医療関係者や、保護中の医療関係者に協力を仰ぎ、治療の必要な子供たちに治療をしながら『シュンミン』に連れて行く。

連れて来た人は三つある多目的ホールに、容体別に分けて収容していく。

とにかく、治療が必要な子供たちには、空きのある船室のベッドに寝かせるなど、これ以上の死者の出ない措置を取りながら、殿下の指示を待つ。

それほど待たされることなく王室から監査部の人たちが、王室警護に当たっている軍人を引き連れてやってきた。

ここのポートが小さいために、応援が来た時に俺らは鹵獲した二隻の駆逐艦を引き連れて外に出る。

どうも、この駆逐艦の面倒は最後まで俺らが見ないといけないようだ。

程なくしてコロニーから追い出された『シュンミン』に殿下が内火艇を使ってやってきた。

捜査員と、機動隊員は引き続きこのコロニーで捜査を続けるようで、俺は殿下を連れて首都に戻ることになった。

いつ壊れるかも分からない航宙駆逐艦二隻を連れてなので、高速での移動は望めない。

一応駆逐艦スペック上限に近い四宇宙速度で首都に戻ることにした。

幸い、スペースコロニーの捜査で、今まで探していた航路も分かり、今回はその航路での移動なので、いったん商用の航路まで戻るといった無駄がなかった。

そういえばあの後マーク達に説明すると約束していたが、会うことすらできなかったな。

今度あったらきちんと説明しておこう。

しかし、何を説明すればいいのか、俺には分からない。

俺は首都星『ダイヤモンド』に向かう途中こんなくだらないことをふと思い出した。

なにせ、今は俺にやることがない。

首都に戻るだけだと、本当にやることがないのだ。

副長のメーリカ姉さんやカリン先輩が優秀なので、指示すら出さずに全てが回る。

子供たちの保護についても、ケイトが率先して行っているのだ。

そういえばここの乗員たちのほとんどが孤児院出身で、こういった扱いに慣れている。

ケイトも孤児院出身で面倒見の良いお姉さんだったのだろう。

ポンコツの部分もあるが、なんとなくマキ姉ちゃんに通じるものがあると、この時初めて感じた。

また、殿下が今回捕縛した者たちからあの医療従事者を連れてきているので、彼らを使って診療も行わせていた。

今の殿下は保護した子供たちの世話に全力で当たっている。

王国の存続を揺るがせかねない、悪徳貴族に関しては完全に王宮の監査部に任せているが、どうなるのかは俺には分からない。

ただただ、今は時間だけがゆっくりと過ぎていくのを傍観しているだけだ。